宵闇の魔法使いと薄明の王女

ねこまりこ

文字の大きさ
76 / 81
二章;OPENNESS

74話;光芒(1)

しおりを挟む

+++

 「大丈夫だって、マリア」
 にかりと笑うジルファリアがこちらへ手を差し出した。

 アカデミーの鉄門前でマリスディアは立ちすくんでいた。
 最近はずっと裏門から登校していたからか、正門からの登校は少し勇気が要った。
 今日は飛行術の授業があるというのでマリスディアは意を決して出席するつもりだったのだが、支度をしている間にも気持ちが沈んでいった。

 そんな彼女を慮っていたのか、朝、王城を出て橋を渡ったすぐのところにジルファリアが待ち構えており、一緒に行こうと言ってくれたのである。
 おかげでこうして校門までは難なく歩けたのだが、どうしても門をくぐることに躊躇して一歩を踏み出せずにいる。
 手を差し出したままのジルファリアとその後ろに見える学舎を交互に見比べた。


 __徒花姫だ。

 その時、そんな言葉が耳を掠めた。
 声がしたほうを振り返ると、自分たちより少し年上らしき少女たちがこちらを見ながら門扉をくぐるところだった。
 初めてそう呼ばれた時のことを思い出し、マリスディアの胸が波打ちだした。
 あの時向けられた好奇に満ちた眼差しや嘲るような笑みが頭を過り、段々と呼吸が浅くなっていくのを感じる。

 「おい」

 だが、あの時と違ったのはすかさずジルファリアが少女たちに声をかけたことだった。
 びくりと肩を跳ねた彼女らがお互い顔を見合わせて、その場に立ち止まるのを見計らい、ジルファリアが不機嫌そうに首を傾げた。
「その、あだばなってのは何だよ?」
 マリスディアは胸がきゅっと縮まる思いだった。あまり触れてほしくない事だったからである。

 しかしそんな問いかけにも彼女らは苦笑いしか見せなかった。
「何って聞かれても、ねぇ?」
 などと曖昧に笑うのみだ。
 ジルファリアとこちらをちらちらと見ながら歪んだ口元を隠そうともしない。
「みんなそう呼んでるし?」
 ジルファリアは眉間の皺をいっそう深くするとため息を吐いた。
「お前らさ、人に説明もできねぇような名前をあだ名に使うなよ」
「なっ……!」
 そんな正論を真っ向からぶつけられ、彼女たちは顔を真っ赤にジルファリアを睨みつけた。
「あなたにそんな事言われたくないわよっ、悪ガキクソガキジルファリア!」
 そう言い返しながら、学舎の方へと走り去ってしまった。

 「ははっ、悪ガキクソガキってのは当たってんな」
 そんな背中を鼻で笑いながら見遣ると、ジルファリアはこちらへ顔を向ける。
 マリスディアは急いでかぶりを振った。
「ジルはクソガキじゃないと思うわ!優しいもの」
「……悪ガキってのは否定しねぇのかよ」
「あっ、それは……」
 途端にマリスディアは口ごもる。
 にやりと意地悪な笑みを浮かべたジルファリアはまぁいいけど、と続け手をこちらに向けた。
「それよりもうすぐ予鈴が鳴っちまうぞ。マリア、行こう」


 「あたし達も一緒に行くわ、マリア」

 その時、溌剌とした声が突然後ろから聞こえ、マリスディアは振り返る。
「サリ、サツキ」
「おはよう!マリア」
 にっこりと笑顔を浮かべるサリと、いつも通り気怠げだが優しく微笑んでいるサツキの姿があった。
「まさかジルファリアが抜け駆けしてマリアに会いに行っていたなんてね」
 じろりとジルファリアを睨め付けると、サリがこちらに向き直る。
「マリアに会えてうれしいわ」
「サリ……」
 彼女の優しい眼差しにマリスディアは胸の奥が温かくなった。
 ありがとうと伝えると、サリがさっとこちらの腕を取る。
「さぁ、行きましょ」
 そうしてぐいと引きながら学舎の方へと走り出した。
「えっ、ま、待って」
 つんのめりながらマリスディアも走り出す。

 「今日の一限目はヒオ先生の座学だよ。呪文についてもいろいろ教えてくださるって」
 楽しみだねと肩越しにこちらを振り返るサリを見て、マリスディアは心がまた軽くなった。
 そして気づけば校門をくぐり抜けていたのである。

 「おい、サリ!マリアはオレと……」
 後ろでは手を伸ばしたままのジルファリアが不満気に唇を尖らせていた。
 それに向けてサリが勝ち誇ったように笑う。
「ふふん、早い者勝ちよっ」
 サツキに肩を叩かれながら、ジルファリアは悔しげに舌打ちしていた。

 マリスディアは進めている足取りがいつの間にか軽くなっていることに気がついた。

 「みんな、ありがとう」

 そして心からの感謝を告げたのである。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います

こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!=== ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。 でも別に最強なんて目指さない。 それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。 フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。 これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】花咲く手には、秘密がある 〜エルバの手と森の記憶〜

ソニエッタ
ファンタジー
森のはずれで花屋を営むオルガ。 草花を咲かせる不思議な力《エルバの手》を使い、今日ものんびり畑をたがやす。 そんな彼女のもとに、ある日突然やってきた帝国騎士団。 「皇子が呪いにかけられた。魔法が効かない」 は? それ、なんでウチに言いに来る? 天然で楽天的、敬語が使えない花屋の娘が、“咲かせる力”で事件を解決していく ―異世界・草花ファンタジー

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...