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(2)無口と人気者
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無口と人気者
傍若無人な人気者×無口不愛想。
陰キャの心に入り込む陽キャが好きです!
那賀澄 音名(なかずみ おとな):無口無表情不愛想。周りからよく思われていない。
来栖 律(くるす りつ):クラスの人気者。何故か毎日音名に絡む。
ーーーーーーーーー
「でさー、アイツってばピーピーうるせぇから振ってやった」
「まじ~?」「うっわ、ひどっ」
男女が机をくっつけて昼食を摂りながら、下らない話で盛り上がる。
どこにでもある高校生活のひと時だ。
実に下らない。
「……」
「おい、音ってば聞いてる?」
心の中で悪態を吐いていると、話の中心人物がこちらを覗き込んでくる。
実に不愉快だ。
「……」
「律~。お前、那賀澄に絡むのやめろよ~。コイツ絶対お前のこと見下してんじゃん」
「そーそー。いじめてやろうってんなら、他の奴選んだ方がいいって。コイツいじめても全然可愛くないだろ」
「ん~、そう?」
「だってコイツ、何されても澄ました顔してさぁ。先生にしれっとチクりそうじゃん」
本人を前にして言いたい放題。それもこれも、僕が何も言い返さないのをわかっているからだ。
いや、多分その言葉を僕が気にも留めないのだと思っているのだろう。
冷酷で周りのことに無関心。無感情。それが周りから見た那賀澄 音名。
実際、当たらずも遠からずだと思う。何事にも無気力で、同級生たちの話題にはてんでついて行けないし、楽しいとも思えない。
ただ、僕だって感情はある。でも、それを表に出すのが極端に苦手なのだ。
僕だって普通の高校生のように、馬鹿をやって楽しく過ごしたいとは思う。でも――。
「ん~、だって音は俺のお気に入りだからさ~。ねっ、音?」
「……」
ぐだぐだ考えていたところに同意を求められ、顔を上げる。
彼は、その整った顔をこちらに向けて笑っていた。その瞳には含みがあるように思えて、胃がむかむかと痛み出す。
だが、そんな表情もこの顔には浮かんでいないらしい。感情を顔に出すのが苦手で、いつも同じ顔ばかり。
その淡々とした様子が、周りには「馬鹿にしたような態度」に見えるのだろう。「気味が悪い」と思うのだろう。
口数も少なく、愛想笑いもできない。いじめても楽しくない、むしろ気味が悪いだけだろう。なのに何故――。
「那賀澄もなんで逃げないのよ~?」
面白半分に聞いてくる女子を無視して心の中で呟く。
そりゃ逃げたいに決まってる。でも、こいつから逃げたら……。
無意識に彼の様子を窺おうとして、視線がかち合う。途端に、自分の体が強張るのがわかった。
それを知らでか、アイツはにっこりと微笑んでみせる。女子がその笑顔を向けられたのならばきっと惚れてしまうのだろう。
でも。
僕にとっては恐怖でしかなかった。
「ちぇ、また無視か。全然読めないわ、那賀澄」
女子が吐き捨てた言葉にほっとする。僕の考えていることは周りに伝わっていない。それは、不便なことが多いのだが、今は助かったと思う。アイツのことを恐れているなんて知られたくはない。
「音」
悪魔がにこにこしながら、僕の名を勝手に短縮して呼ぶ。
「今日も一緒に帰ろうね」
あぁ、その目が嫌いだ。何もかもを見透かしたようなその目が。
思えば小学生の頃から、僕はこうだった。
感情を出すことができなくて。よく不気味がられた。
先生もクラスメイトも、僕のことを避けるようにしてたっけ。近所の人も、僕を見るなりひそひそ話。死神とかいうあだ名もつけられたっけ。
もっとも、それを僕の目の前で堂々と呼ぶ奴なんかいなかったけど。
授業が終わり、教室を出る。内心焦りながら、早足で靴箱へと向かう。
そう。奴が話に夢中になっている隙に、早く帰らなければ――。
「ッ!」
下履きを乱雑に放り投げ、上履き脱ぐ。それを取るべく、しゃがみ込もうとした瞬間。腕を掴まれ、ぐいと背を壁に押し付けられる。
「音、忘れたの? 一緒に帰るって言っただろ?」
にこりと微笑む律を見て、思わず息を止める。
あぁ。恐い。僕が死神なら、こいつは悪魔だと思う。思いつつも、表面では平静を装う。
「他の奴と一緒に帰ればいいだろ?」
今日初めて声を発した僕に一瞬だけ目を丸くした彼は、気を良くしたのか、さらに距離を詰めてくる。
「俺は、お前がいいんだけど」
彼は僕の耳元で、女子が聞いたら卒倒しそうな台詞を吐き、怪しく笑ってみせる。
逆らっても無駄な気がした。
「わかった」
そう短く答えると、ようやく腕が解放される。
「それじゃ、帰ろっか」
にこりと笑う彼を見て、ぞわりと心臓が冷えた。
ああ、あの時の僕がもっとちゃんと誤魔化せていたら……。絆創膏をしっかりと貼っていたのならば――。
*
自分でも気づかない内に、明るくて誰からも好かれる彼に憧れていた。暗くて嫌われがちな自分とは正反対だから、憧れてしまうのは仕方がないのだが、いつも目で追ってしまっていた。
彼の品性は決して褒められたものではないにせよ、それも含めて彼には人を惹きつける天賦の才がある。明朗闊達に微笑む彼から目を逸らす方が難しい。
こういう人間であれば、どんなに人生が楽しいことかと羨ましく思っていた。だが、そんな僕の憧れは、誰にもバレることはなかった。
何故なら、僕の目は冷めているから。
羨望の眼差しも、周りから見れば嘲笑の眼差しだ。そんな視線に腹を立てた彼のファンは、悪口を言うだけでは飽き足らず、僕に嫌がらせを始めた。
正直、こういうことがあったのはこれが初めてではないので、なんとも思わなかった。靴に画びょう。持ち物の紛失。鞄にゴミ。むしろ可愛い方だった。
朝。いつも通りに靴箱を開ける。丁度その時、隣に人がやってくる。
彼だ……。
僕は思わずそちらに目を向けてしまったが、彼はこちらに見向きもせず、気怠げに上履きを取った。
それだけでも絵になるんだな、と感心した。
それがいけなかった。
「っ、」
上履きを手にしたとき、手に痛みが走る。見ると、上履きの側面にカッターの刃が貼られていた。それを気づかず手に取ってしまい、皮膚が裂けてしまったのだ。
油断した……。
思わず唇を噛みしめると、クスクスとどこからか陰湿な笑い声が聞こえてくる。
「……」
別に、これくらいなんともない。
すぐに刃を剥がし、上履きにこれ以上細工がないことを確認してから、床に落としてそれを履く。そして、しゃがんで下履きを手にしたとき、僕の頭上に影が落ちた。
「それ、大丈夫?」
「!」
心臓が止まるかと思った。それと同時に、彼に嫌がらせの現場を見られてしまったことへの羞恥が、僕を襲う。
だが、そんな感情とは裏腹に、僕の表情筋はいつもどおり動かない。
「平気。なんでもないから」
そう淡々と告げ、彼を無視して教室へ向かおうとする。が。
「待って」
ふいに腕を掴まれ、指に出来た傷口を見られる。
「何?」
「絆創膏。貼っといた方がいいよ」
彼は自然な動作で自分の鞄を漁り、絆創膏を取り出すと、僕の怪我していない方の手に握らせる。
「……どうも」
なんとかそれだけ告げると、僕は素早く立ち上がり、彼から逃げた。勿論、傍から見れば僕はただ不愛想で無礼な男に見えたのだろう。
しかし実際のところ僕は、心臓が馬鹿みたいに高鳴り、触られた腕が熱くて堪らなかった。
教室に着くと、僕は真っ先に絆創膏を丸めてゴミ箱に捨てた。
こんなもの持っていると自分がどうにかなりそうだった。
先ほどの出来事を頭から追い出し、引き出しに教科書を詰めたところで、彼が教室にやってくるのが見えた。彼は一瞬、僕の方をちらりと見た気がした。
絆創膏を貼っていないこと、どう思っただろうか……。流石に酷い奴だと思われただろうか……。
わかってる。僕が絆創膏を貼っているかなんて、彼が見ている訳がない。
それなのに、自意識過剰に考えてしまう自分に嫌気がさした。
放課後。靴箱には、たくさんの紙が詰め込まれていた。
キモイ。死ね。死神。消えろ。最悪。目障り。
なんとなく一つ一つの紙を読んでしまう。どれもこれも、今まで何回も向けられてきた言葉の数々だった。
真新しくもなく、何も感じない。
まとめて鞄に押し込み、靴を履こうとする。
「ねぇ、それっていじめられてんの?」
びくっ、と肩を震わせてから振り返ると、すぐ後ろに彼がいた。
「あ……」
僕にしては、珍しく狼狽えた声が出たと思う。
落ちつけ。どうせ僕の感情が伝わる訳ないんだから。
彼を無視して立ち去ろうとする。が、すぐに手首を掴まれ、掌を上に向けられる。
「絆創膏。貼ってないじゃん」
冷ややかに響く言葉に、どきりとする。しかし、意識せずとも僕の口調は勝手に冷静を装う。
「あぁ、ちょっと剥がれちゃって」
「そう」
「……」「……」
「あの、手、放してくれる?」
沈黙に耐え切れなくなった僕は、控えめに彼に告げる。
「放したら逃げるでしょ?」
彼は、探るような瞳をこちらに向けると、更に指に力を籠めた。途端に彼の指の下の血液が沸騰したかのように熱く滾る。
「はは。まさか」
しかし、やっぱり僕の口は淡々と乾いた言葉を吐き出すのだ。ああ、早く逃げたい。
「ねぇ、那賀澄はなんでいつも俺の方見てくるの?」
「見てないけど」
感情の乗らない瞳で彼を見据えて、間髪入れずに嘘を吐く。
ああ、本人にまでバレていたなんて。出来ることならば、さっさと視線を逸らしてしまいたい。
「そう? てっきり俺のこと嫌いなのかな~、って思ってたんだけど」
そっと息を吐く。どうやら肝心なところはバレていないらしい。まぁ、睨まれたと勘違いするのが普通だよな。さて、どうやって誤解を解こうか。
いや。それより、いっそ嫌われた方がいいのかもしれな――。
「それとも。俺のこと好きだったりするのかな?」
「え?」
どくん、と心臓が嫌な音を立てる。
流石の僕も、すぐに舌を動かせなかった。それどころか、体中が時を忘れ固まり、息をすることさえ忘れていた。
目を細めた彼を見て、腹の底がざらつくような感覚に陥る。
なんだよ、これ。知らない。わからない。
「な~んて。そんなわけないか」
「下らない」
冷たく言い放ってから、手を振って無理やり彼を剥がす。
これでいい。これで彼は僕に嫌な印象を抱く。そして、近づかなくな……。
ふいに強く肩を掴まれ、何事かと口を開こうとする。が、次の瞬間、唇に柔らかいものが触れる。
「は……?」
ちゅっ、と軽いリップ音を立て、唇が離されると同時に、間の抜けた声が漏れる。
「あれ。意外と可愛い顔するんだ」
目を弓のようにしならせた彼から、僕はついに目を逸らす。
意味が解らない。今何が起きた? 彼の顔が近づいてきたと思ったら、いきなり……。あれは、どういう……。
「は、なに?」
唇を擦る僕の手を取り、彼はそのまま無言で引っ張り始める。
「おいっ、来栖?」
人気のない廊下を引き摺られるようにして突き進む。足を縺れさせながら、何とかその手を外そうと試みるが、びくともしない。
ついに足を止めた彼は、資料室の扉を開け、乱暴に僕を床に放る。
状況が呑み込めないまま、棚に打ち付けた背中を擦っていると、かちり、とドアの鍵を閉める音が響いた。
まさか、僕はこれから殴られるのか?
確かに、僕の言動は殴られるに値する。だが、彼が人に暴力を振るうところなど、今まで見たことがなかった。軽薄そうに見えて、彼はそこまで素行が悪くない……と思っていたのだが。
ああ、油断した。暴力目的で絡まれたことは何度かあった。でも、いつもなら相手の隙をついてなんとか逃げ出すことができた。果たして、僕はこの状況でも同じように逃げられるだろうか。
「退いてくれ。僕はさっさと帰りたいんだ」
自問を決意に変え、ゆっくりと立ち上がる。そして、冷めきった虚ろな目で彼を見つめる。
こうすれば、大抵の人間は怖がったり気味悪がったりして退いてくれる。殴られてもこの目をすれば、気持ち悪いと相手の方から逃げ出す。
さぁ。殴るんなら殴れ。
伸びてくる手から目を逸らさずに、その攻撃を受けようとする。が。
「っむ!」
唇を押し付けられて、頭が真っ白になる。
さっきから何なんだコイツは……!
「っ、」
抜け出そうと抗うが、そのまま壁に押し付けられる。
「っは、な、んっ!」
口を開けた拍子に舌が入ってくる。
なんだよ、これ。足、がくがくする。上手く力が、入らない……。
ずるずると座り込むと、彼も離れないように追ってくる。必死にいつもの冷めた目を努めるが、それもどうやら限界で……。
目を閉じる。その音が、その感覚が、彼の一挙一動が、僕の羞恥を誘う。ああ、苦しい。息が、心が……。どうしようもなく――。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。
「ッ、はっ、」
ようやく解放された僕は、息を吸うのに精いっぱいで無防備な姿を晒していたのだろう。
カシャ。
「?」
くらくらする頭を押さえながら、音のする方を見る。それと同時に、彼の手がスマホに触れ「カシャ」という音を発する。
「な、なんで撮って……」
「あ、ごめん。つい」
「……」
何か言いたかったが、思考が纏まらず結局口を噤む。
「でも。これでようやく君が言うことを聞いてくれる」
「は?」
「この写真、ばら撒かれたくなかったら。俺のものになって?」
「なに、言って……」
彼がスマホの画面をこちらに向ける。そこに映っているのは、さっき撮られた自分の写真。顔が赤くて、涙目で、弱々しくて……。吐き気がする。
「これじゃ足りないんなら、もっとすごいの撮る?」
「……いや、わかった」
わかりたくもなかったが、手を上げて彼の笑顔を制する。これ以上何か言ってもコイツの行動がエスカレートするだけだろう。
「そう。物分かりがいいね」
笑みを深めた彼に、顔を顰める。最悪だ。ああ、僕はあんな顔をしていたのか。
仕方のないこととはいえ……ああ、恥ずかしい。情けない。こんなに簡単に他人に弱みを晒してしまうだなんて。己への嫌悪感で、はち切れてしまいそうだ。
「じゃあ明日から、俺とお前はお友達。何をするにも一緒だからね」
そう言い残して去った彼を、僕はぼんやりと見つめていた。
訳がわからなかった。わからないまま流されて、僕は意味の解らない友達ごっこを強いられるようになったのだった。
*
不運なことに、どうやら彼とは家が同じ方向らしく。登下校という長い時間を彼と過ごすのが、近頃のお決まりとなりつつあった。
彼は他愛もないことを話す。僕はそれを黙って聞く。
ただそれだけ。
僕なんかと話していて、果たして楽しいのだろうか。僕の目は冷めていて、よく人に「話をちゃんと聞け」と怒鳴られる。もちろん聞いている。それなのにこの顔は、話に興味がないと言わんばかりに不愛想を貫くのだ。いや、まぁ大抵は人の話に興味なんかないから間違ってもないのだが……。
「今日もまた合コンやるらしくてさ。まぁちょうどいいと思うんだけど。俺、振ったばっかだしさ」
この手の話は苦手だ。どう反応するべきかわからない。
でも、彼はこの手のことが好きなのだろう。毎日飽きずに話している。まあ、それも仕方のないことだ。
彼はとてもモテる。他校の女の子がわざわざ告白しに来るくらい人気がある。誰もが憧れる人物と言っても過言ではない。なんせ、この僕さえもが憧れるのだから。
……まぁ、そのせいでファンの女子に嫌がらせを受ける日々なんだけど。ただでさえ嫌がらせを受ける体質なのに、堪ったもんじゃない。大体、ファンってなんだよ。そんなものがいること自体おかしいだろ。
ちらりとその横顔を盗み見る。やはり、それだけ人を惹きつけるものがあるな、と感心してしまう。でも。であれば、なおさら、だ。
どうして僕を脅し、わざわざ友達のフリをするのだろうか。
隣に自分よりも劣るものを置いておきたいのか? それとも、僕が気に食わなくてわざと嫌がらせを?
「どうかした?」
「……」
「ね、何か言わないと怒るよ」
「……どうして君が僕に構うのかと思って」
誤魔化すつもりだった。だけど、実際は自分でも驚くほど素直に呟いていた。
「あぁ。だって俺、音のその顔、壊してやりたいって思うんだもん」
あぁ。なるほど。そういうことか。ただの探求心か。得体の知れないものの正体を暴き出そうという。
ああ、否定したい。期待していた気持ちがあったことを。
そこまで考えて、首を捻る。
あれ? 僕は何を期待していたのだろう。
心がざわつく。泥の沼にゆっくりと沈んでゆくように。足掻こうとしても、余計に沈んで。自分の感情がコントロールできない。
最初は本当に羨望の気持ちしかなかったはずだ。なのに。
見つめるうちに、だんだん惹かれていって……。
あのとき。彼に口づけられたとき。気づいてしまった。
僕は、彼を好きになってしまったんだって――。
ああ、僕の心は、もうとっくに壊されている――。
「音?」
立ち止まってしまった僕を見て、彼は訝しがる。
「あ、いや。何でもない」
それだけ絞り出すと、僕はまた歩き出す。
ちゃんと表情を取り繕えただろうか。いや、心配せずとも大丈夫だろう。だって、僕の感情を理解できる人なんていない。
ああ、そうだ。こんな気持ちだって気づかれなければ、なんてことはない。
いつも通り隠せばいい。全部。感情なんて隠せばいいんだ。全部、塞いでしまえ。
家に帰るなり、両親の喧嘩する声が聞こえる。早足で自室に戻り、ベッドで蹲る。
だって、僕には止められない。幼い頃からずっと聞いてきた。それなのに、未だ慣れることができずにいる。幼い頃と同じく蹲って、ただ時が過ぎるのを待つことしかできない。意気地のない僕は、ただその声に恐怖することしかできない。
両親の声が一段と騒がしくなり、耳を塞ぐ。人を好きになっても、結果がこれじゃあ、気持ちなんて紛い物でしかない。愛だの恋だのと聞いているだけで吐き気がする。
そして、異常な感情を持ってしまった自分にも吐き気がする。塞いでしまえばいい。全部。
朝。いつも通り、彼は律儀に僕を待ち伏せていた。
「おはよう」
いつも通り、爽やかな朝に似つかわしい微笑みだ。それをちらりと見ながら、僕も小声で応える。
「おはよ」
「あれ?」
驚いた表情をする彼に、心の中で苦笑する。いつもなら返事なんて絶対にしないからな。
でも、何でもいいから声を発したかった。昨日の両親の声が耳について離れなくて。塞ぎ切れなかった気持ち悪さを、どうにかして外に出したかった。
「今日は機嫌がいいの?」
「……」
「いや、違う。嫌なことがあった?」
鋭い言葉と眼差しを受けて、ぎくりとする。なんでコイツはわかるんだ? いや、わかるはずなんてない。
「音、俺で良かったら力になるよ?」
そんなことを言って、また弱みを握る気だろう?
彼に娯楽を提供するつもりのない僕は、それを無視して先を行く。
「ね、音が悩んでるのって、もしかして家族絡み?」
びくっ。言い当てられて、微かに肩が震える。立ち止まりそうになってしまう足をなんとか踏み出す。
「だって昨日の帰りは別に普通だったもんね。家族と喧嘩しちゃったとか?」
駄目だ、耳を貸すな。平静を装え。そう思えども、勝手に思考は繰り返される。
家族。家族家族家族家族家族。
ぐるぐると昔の記憶が蘇る。罵る言葉。大きな声。怒鳴られて。叩かれて。
「……っ」
だめだ、今思い出すな。隠せ。何も考えるな。やめろやめろやめろ。
「音?」
ふいに目の前に手が伸びてきた途端、記憶と重なって体がびくりと竦む。しかし、その手は危害を加えることなく、僕の髪をふわふわと優しく撫でつけた。
「え……?」
「ごめん、悪かった。嫌なこと思い出させたかな」
「は?」
なんでコイツには全部バレているんだろう。呆然と彼を見つめていると「あれ、違った?」と優しく微笑まれる。
「意味の解らないことを言うな、放せ」
腹の底から沸き上がってくる何かをぎゅっと押さえつけて、彼の手を振り払い、歩き出す。
「ごめんごめん」
それに文句を言わず軽薄に謝ってから、彼はいつものように僕の隣を歩く。
そういえば、彼と一緒に登校するようになってからは、朝から嫌なことを考える回数が減った気がする。前は、自分を責めるようなことばかり考えていた。朝から晩までずっと、飽きることもなく。自分を傷つけて。他人を羨んで。それが、いつの間にか減っていたのは、間違いなく彼のお陰だった。
「どうかした?」
「なんでもない。急がないと遅れる」
「そうだね」
あぁ。いつまでもこの関係が続けばいいと思っている自分がいる。例え、面白がられているだけだとしても、彼の隣を歩きたかった。
でも、そんな甘い願いがいつまでも続く訳がなかった。
転校することになった。元々、近い内に引っ越すことはわかっていた。父親の仕事の都合でこれまでに幾度となく転校を繰り返してきたのだ。名残惜しいなんて感情は当の昔に消えてしまったはずだったのに。
来栖 律。彼の存在が頭にチラつく。彼はどう思うだろうか。いや、何も思わないだろう。だって彼にとっての僕は、ただの暇つぶしにしか過ぎない。
それに。僕も彼のことは忘れるべきなんだ。こんな感情は、あってはいけないものだから。
翌日、さっそく学校では「いじめられたから転校するのでは?」という噂が流れた。これで転校まではいじめが減るかな。
そんなことを考えていると「ね、音。転校するって本当?」と頭上から声がした。
「本当だよ」
席に着いたまま、視線だけを彼に向けて答える。我ながら冷めた声だなと思った。
「そっか」
そう短く言うと、彼はいつものうるさい仲間たちの元へと戻っていく。
その態度に面食らいながら、無意識に彼を追いそうになる視線を押し留め、意味もなく机を見つめる。
なんだよ。あっさり過ぎるだろ。今までのはなんだったんだよ。……どんな形であれ、ちょっとは興味を持たれて嬉しかったのに。クソ。
自分が期待していたことに気づいて心底嫌になる。顔を伏せると、ふいに目頭が熱くなる。
初めて人を好きになったんだと思う。
こんな感情。知りたくなかった。離れたくないと思ってしまう自分が気持ち悪い。
こんな恋が叶うはずない。叶える気もない。どうしてこんな気持ち持ってしまったのかと自分を恨み、唇を噛む。知られちゃ駄目だ。絶対に。あと少しの間、塞いでおくだけだ。僕にとって難しいことじゃない。
放課後。担任と転校の件を話し合ってから教室に戻る。誰もいないと思っていたが、人の気配を感じて息を詰める。そして、夕日で照らされたその人に目を凝らす。その顔を捉えた瞬間、心臓が縮み上がる。それは、僕が一番会いたくない人物だった。
しかし、どうやら彼は僕に関心がないらしい。こちらを見るでもなくスマホを弄っている姿を見て、息を吐く。
そして、少しでも「自分を待っていたんじゃないか」と期待したことが恥ずかしくなり、そそくさと鞄に教科書を詰める。
あぁ。もう、こうしてこの学校に来るのも、あと数回なのだと思うと少し切なくなる。なんだかんだ、今の学校には長く世話になった。他と比べるとあまり不便もなく、一番平和に過ごせていた気がする。まぁ、彼のこと以外は、だが。
「音ってば、遅くなったのにゴメンも無しで先に行こうとするわけ?」
「え?」
感傷に浸りながら立ち上がり、教室を出て行こうとする僕に向かって、彼が当然のように語り掛ける。
え? 本当に僕を待っていたのか?
「そ、音を待ってたの」
ゆっくりと立ち上がり、微笑む彼に、ずきりと心が痛む。もしも僕が女子だったなら、最後にこの思いを伝えたのだろうか。いや、中身が僕じゃあ、到底無理か。
そう結論付けて、彼を無視して行こうとするが、「無視は酷いよね、音」と行く手を阻まれる。
「僕はもうすぐ転校するんだ。構っても時間の無駄だろ?」
「そうかな。それじゃあさ、最後に俺ん家に遊びに来ない?」
「……悪いけど」
構わず彼の横をすり抜けようとするが、腕を引っ張られて戻される。
「来るでしょ?」
「行かないって」
「写真、ばら撒いちゃってもいいわけ?」
「……わかったよ。行くから放せ」
目を細めてスマホを振ってみせた彼を見て、肩の力を抜く。
そうだ。どうせコイツに振り回されるのも最後なんだから。最後ぐらい素直になったっていいか。どの道、逆らえやしないんだから。
そう思い、いつも通りの道を行こうと歩き出すが止められる。不審に思って、彼を見上げると「あ、音、違う違う。そっちじゃなくてこっち」と反対方向を指し示す。
「は? お前、本当はどこに連れて行く気なんだよ」
「あれ、疑ってるの?」
「お前の家、こっちじゃないだろ」
「まぁ黙って着いてきてよ、ね?」
歩いている間、ずっと無言だった。彼が全く喋らないなんて珍しい。よっぽど世間話でも持ちかけようと思ったが、結局は躊躇ってしまった。
自分から話しかけるのはどうも苦手だ。それに。彼の様子がいつもと違うように思えて。下手に喋って地雷を踏むのが怖かった。
「ここだよ」
着いた先は立派なマンションだった。エレベーターで上がり、部屋の前で足を止める。
「ほら。俺の家でしょ?」
鍵を差し込むとカチリ鍵が開く。どうやら本当に彼の家らしい。
「どういうことだよ」
お前の家は僕と同じ方向なはず。なのに、なんで――。
「えっ」
立ち止まっていると、ふいに腕を取られ、部屋の中に押し込まれる。抵抗する間もなく壁に押し付けられ、その痛みに思わず目を瞑る。
「どういうことか、なんて。それはこっちが聞きたいよ、音名」
低く響くその声に慌てて目を開けると、彼の形の良い眉は見ているこちらが苦しくなるほど歪み、その瞳は必死で怒りを抑え込んでいるのがわかった。
何か怒らせてしまったのだろうか。彼の吐いた息が頬に掛かるのを感じて息を詰める。あまりに近いその距離は、僕にとって都合が悪い。
早く適当に謝って、見逃して貰わなければ……。そう思うのに、言葉を紡げば何か別のものが溢れてしまいそうで、僕はただ、冷や汗を伝わせて押し黙る。
「転校なんてさせないよ」
彼の口が、ただ静かにそれだけ告げる。それをぼんやりと眺めていると、次第に彼の目に怒りが灯り、染め上げてゆく。
「俺が嫌になったから逃げるの? それとも皆からいじめられたり避けられたりしてるのが辛かったの?」
「痛っ、」
両腕を強く掴まれ、体が強張る。しかし彼は止めることなく、僕を揺さぶる。
「ねぇ、どうして? 音名……、音名……」
吊り上がっていた眉が、今度は逆に歪んでゆく。どうしてそんな顔をするんだろう。
「僕が転校するのは、親の都合だから……」
「じゃあ音名の意思じゃないんだね?」
「うん」
縋りつくように僕を掴んだ彼を見て、つい頷いてしまう。すると、彼の顔はみるみる内に花が咲いたように喜色を表す。
「それじゃあ、一緒に住もう。そしたら転校しないで済む!」
抱き着かれたかと思うと、耳のすぐ傍で彼の声が弾む。
「は?」
「この部屋、いつか彼女と一緒に住むつもりで広めのやつにしたんだよ」
そう言われて見てみると、その部屋は確かに二人暮らしでも問題のない広さだった。でも。
「揶揄うのはもうやめてくれ」
「俺は本気だけど?」
悲鳴を上げるように呟いて身を捩るが、彼は全く動じない。
「そんな訳ないだろう? お前が僕と暮らしても何のメリットもない。そもそも、どうしてお前は、」
言葉を切ってから考える。そうだ。そもそも、どうしてコイツは僕にここまで執着する必要があるんだろうか。いじめにしたって、得体の知れないものを暴きたいにしたって、ここまでするのはおかしいだろ。こんな芝居までするほどに、僕は彼の気に障る人間なのだろうか……。
「あれ、もしかして本当に気づいてないの?」
「?」
「そっか。そうなんだ。俺ってば結構アピールしてたんだけどなぁ。足りなかったかな」
ぶつぶつと呟き始めた彼を怪訝な顔で見つめていると、唐突に唇が重なる。
「な、なにす、」
「俺、好きでもない奴にこんなことしないんだけど」
「……え?」
「音のこと脅して一緒に居させたのは悪かったと思ってる。でも、そうでもしないと、音は俺のことを見てくれないから」
「何言って、」
「そう。もう気づいただろ。俺は、音名のことが好きなんだよ」
好き。その言葉に頭を殴られたような衝撃が走る。
「そ、そんな、そんなわけ、」
「この部屋だって誰も入れたことない。俺、他人が自分の領域に入るの嫌いなんだよね」
「え、だって彼女がいっぱい、」
「彼女たちには悪いけど、どうしても部屋に入れる気にはなれなくって。……前の彼女なんか、部屋に入れろってすっげーうるさくって。それで別れたんだよ。でも、音は違う」
頬を撫でる指に愛情を感じて、訳も分からず目を瞑る。
「俺さ、そんな潔癖じみた性格を直したくてわざわざこんな部屋借りたんだけどさ。結局誰も入れらんなかった。でも、音なら入れられるかもって思って。試してみたわけ」
「え、僕、入って良かったのか?」
「うん。良かった。音だから。音だから特別に許せるんだよ」
これは僕を揶揄うための演技だ、と自分の目を覚まそうとするのに、どうにも彼の熱い瞳が、僕を焦らせ追い詰める。
「まさか、本当に……? 僕は、お前に気に入られるようなことしてないのに、なんで……」
「ん、なんでって。わかんないけどさ、気づいたら音が好きになってたんだよ。帰り道だって、真逆なのに嘘ついて一緒に帰ったりしてさ。馬鹿だろ?」
「嘘だろ……?」
「悪いけど、嘘じゃない。本当に、こんなことになるなんて。俺だってびっくりだよ。でも、もうお前を手放したくないんだよ。ずっと近くに置いていたい。だから」
「ま、待っ」
「俺と一緒に暮らしてくれ、音名」
ふいに跪かれて手を取られる。その真剣な彼の表情を見て、ぶわりと血液が沸騰する。
ああ、顔が、手が、心臓が、熱い。痛い程に、苦しい。
「ッ……」
慌てて手を離し、赤くなっているであろう顔を思わず手で覆う。
「それ、もしかして照れてくれてる? 音が表情に出すなんて珍しいね」
やっぱり表情に出てしまっていたのか!
恥ずかしさのあまり、見上げてくる彼に背を向ける。言葉が紡げない口の端を引っ張り、その痛みで湧き上がってくる感情をやり過ごす。
「でもね、音。俺は例え音が無表情だろうとわかるから」
「わ」
そっと立ち上がった彼は、僕を後ろから抱きしめると耳に口づけを落とし、流れるような手つきで僕の体を正面に向け直す。
「俺、ずっと音を見てたら、なんとなくわかるようになったっていうか。音はさ、感情がないわけじゃないもんね。本当は人一倍いろんなこと思ってるでしょ?」
「なに、訳の分かんないこと言って……」
目を逸らそうとするが手を掴まれ、そのまま手の甲に頬を寄せられる。
「俺だけはわかるから。音のこと、見てるから」
じっとこちらを見つめる瞳は真剣だった。そんな目を誰かから向けられたことなんて、人生で一度も無かった。
「だから、傍に居てほしい」
返事を求める瞳に、思わず頷いてしまいそうになる。
「でも……」
「親説得してさ、自由になっちゃえばいいよ。もうこれ以上音が苦しむ必要なんかない」
「そんなの、無理だよ……」
「俺が一緒に行って説得する。絶対に認めさせる」
「そんなの、迷惑でしょ……」
「あ~、そうだよな、ごめん。でも、俺、諦められる気がしないからさ……」
項垂れる彼に、慌てて首を振る。こういうところでコミュニケーション能力の低さが出るなんて……。
「そうじゃなくて、お前にとって迷惑だろって言ってんだよ」
「え?」
「お前は、僕と違ってカッコいいし、モテる。僕は、何考えてるかわかんない根暗だし、一緒に居ても何にも楽しくないし、嫌な思いさせるだけだ」
「そんなこと」
「僕は、お前みたいに真っ直ぐに思いを伝えることもできないし、それどころか、親にだって何も言えない……。惨めな奴だよ。臆病なんだよ。お前が眩しいよ、僕とお前じゃあ釣り合わないよ」
今まで貯め込んだ想いが、一気に口を衝く。自分の顔が感情を隠そうとして、でも隠しきれなくて歪んでいるだろうと思うと嫌になる。だけど、もうこの想いは止められそうになかった。
「音は、自分が思ってる以上に良い奴だよ? 俺が惚れたんだからね」
彼が静かに、しかし淀みのない声で言った。
泣きそうになった。いや、泣いてしまっているのかもしれない。
ただ、彼の真っ直ぐに優しく見つめる瞳を、素直に受け入れている自分がいる。
「ねぇ、俺は一緒に暮らしたいけど……。音はどうしたいの? きっぱり断ってくれても構わない。本心を聞きたい」
まぁ、断られても引く気はないけど、と彼は苦笑する。
「……それは、正直、すごく魅力的な提案だよ。元々、高校卒業したら家出るつもりだったから。僕は親から逃げたかったから」
「うん」
情けない話を聞いても、彼は柔らかい表情で静かに頷いてくれた。
「それから、僕だって……」
「?」
ここまで言ってしまったのだから、と腹を括って息を吸う。
「僕は、ずっとお前に憧れてたんだよ。人間として。だから、ずっと見てたし、見てるだけでよかったのに、なのに、お前がいきなり、あんなキ……するから、だから……変に考えて……いや、やっぱなんでもな」「音」
大事なところで恥ずかしくなり、顔を背けようとしたところに、口づけを落とされる。
「……っ、お前な」
「思えば俺もさ、あのとき音にキスしたのは気まぐれだったんだよ。どんな反応するかな~程度の。でもさ、音ってば可愛いんだもん」
可愛い、という言葉に気恥ずかしさを感じて俯くと、あやす様に頬を撫でられる。
「結局、きっかけは二人ともあのキスだったんだね。俺たちってば同じ瞬間に恋に落ちたんだ」
「……お前、言ってて恥ずかしくならないのかよ」
「ふふ。音、顔赤いよ」
「お前のせいだよ!」
「それは嬉しいな」
目を細め、口元を緩めた彼は心の底から幸せそうだった。
「はぁ、なんか調子狂う」
「音はさ、そうやって素直にしてるのがいいと思うよ。その方が音も楽でしょ?」
「ほんとお前ってば、恥ずかしい奴」
「俺が音を素直にしてあげるって言ってんのに」
「イケメンは何言ってもカッコいいからいいよな」
「俺は音が何言っても可愛いよ?」
「う、鬱陶しい、離れろ!」
耳元で甘やかすように囁かれたところで、羞恥が限界に達し、身を捩る。
「いいじゃん、恋人同士なんだからさ」
「こ、恋人ッ……?」
くつくつと笑う彼の言葉を復唱してから、カッと顔に熱が籠る。
「あれ、まだ認めてもらえてなかったの?」
「いや、だって。僕は、お前の足枷になりたくないっていうか、お前の将来壊したくないし、迷惑かけるのもなんだし、こんなの正しい道じゃないし、それに……」
「音、そんなんじゃ、いつまでたっても素直になれないよ?」
「うっ」
「俺は、音はどうしたいのかって聞いてるんだよ?」
小さい子をあやすような口調で言われると、いたたまれない。
「僕は……」
「うん」
「律と離れたくない、と思う、から……」
顔が熱い。汗だか涙だかわからないものが頬を伝う。まるで言うことを聞かなくなった体は、感情の昂りを受けて小刻みに震える。
「うん。ありがとう、音名」
彼に抱きしめられた途端、涙が堰を切ったように溢れ出す。僕は、言葉に出し切れない感情を押し付けるようにして、彼の肩に額を擦りつけた。
「そういえば、初めて俺のこと名前で呼んでくれたね」
優しい手つきで髪を撫でながら微笑まれて、そういえば意識的に彼の名前を呼ばないよう努めてたんだっけ、と思い出す。呼んでしまえばきっと、もっと愛おしくなってしまうと思ってた。
「音名」
「律……」
促されるままに彼の手を取り、手の甲に口づけを落とす。口の中で転がした彼の名前は甘く心の中に響く。
「一緒にいたい」
ただただ単純で純粋な言葉を呟く。それを受けた彼は一瞬目を丸くして、そしてこれ以上なく幸せそうに微笑んだ。
「喜んで」
*
「ふふ~ん。お前ら、今日は俺が奢ってやるよ」
いつもの昼食時間、彼は友人たちに向かって宣言する。
「えっ、マジかよ律!」「なんかすごい機嫌いいじゃん。なんかあった?」
「実は俺、恋人が出来まして~!」
さっそく飛びついてきた友人たちに、律は「待ってました」と言わんばかりに自慢する。
「なんだ、またかよ」
「でも律が恋人できたからって浮かれてるの初めて見た」
「あ、確かに。いつも来る者拒まずのなぁなぁで付き合ってる奴なのに」
しげしげと律を見つめる彼らに、律は隠しきれていない笑みを浮かべて勿体ぶった口ぶりで「ふふ。初めて恋したって感じかな」と答えてみせる。
「うぜ~。なにコイツ、マジなの?」
「マジ。だから今、全人類に優しくしたい気分な訳!」
見てるこっちが恥ずかしくなるような浮かれっぷりをみせた律は、そのまま全員分の注文を取る。
「まさかほんとに奢ってくれるとは、ありがたきこと南無網南無網」「ほんと、ありがと~!」「律サイコ~!」
各々が料理を受け取り、彼に礼を口にしてから席に着く。
「いや~、律様の女神様、是非ともお目にかかりたいよな~」「ほんとほんと! 女神様がいれば律もカッコつけたがってもっとオレらに奢ってくれるじゃん?」「キャー! 財布目的サイテー!」
「そいえばさ、結局、那賀澄ってば転校しないで済んだんだね」
彼らが冗談を飛ばしあっている傍らで、僕はいきなり女子に話題を振られ、どう答えたものかと考えてしまう。
「なに、また無視~?」
「ほら、音」
それに気づいた律に、後ろから囁かれて肝を冷やす。いきなり近づいて来ないで欲しい。
「う……。えと、僕もいい年だし、こっちに残ることに決めたっていうか……」
口にしてから、本当にこれが現実であっていいのかと不安になる。
あれから、律は本当に僕と共に両親を説得してくれた。ルームシェアできる友人を探している、という態で言葉巧みに両親を丸め込み、驚くほどあっさり了承を得たのだった。まあ、彼らにとっても厄介払いが出来て丁度良かったのだろう。それは悲しいことではあるが、悲観するべきではない。
彼らは条件として、家賃はバイトをして稼げと言い渡した。律は家賃など要らないと首を振ったが、僕としても最初からそのつもりだったので異論はなかった。律はそのことに関して納得いかないようで、二人になってからつらつらと文句を垂れていたが、学費を払ってくれているだけありがたい。彼らは確かに僕に対する愛情が欠けていたが、心の底から恨むべき対象ではないのだろう。今はまだ、彼らを認められるほど寛容な心を持ち合わせてはいないけれど。いつの日か、心の底に沈んだままの彼らへの恐怖を克服したい。それはきっと、律のような光の隣に居れば、難しいことではないような気がした。
「へ~。じゃあ一人暮らしなんだ! いいな~。今度みんなで遊びに行きたい!」
「それは駄目!」
女の子の言葉に、律が咄嗟に叫ぶと、可哀想な彼女は「え?」と目を丸くする。
「いや……、実は、同居人がいて……」
「えっ、えええええ。もしかして那賀澄、彼女いんの?!」
仕方がないので僕がフォローすると、彼女は幽霊でも見たかのような顔で僕を見る。……失礼だな。
「最近出来たんだよね、恋人」
「ちょっと律、」
意地悪く目を細めて僕を肘で突いてくる律に、小声で非難する。コイツ、もしかしなくても調子に乗りまくっている……。
「え~。まじかよ! 那賀澄まで彼女できたのかよ!」
「お前らなんなの?!」
男子たちも話に加わり、てんやわんやと嘆き出す。……面倒くさいことになってきたな。
「え~、ねえ、誰だか気になる! 私たちの知ってる人?」
「そ、知ってる人」
平然と答える律に無言で目を向けるが、律はどこ吹く風と、湯気が立ち上るラーメンを美味しそうに啜る。
「なんだよ、律知ってんのかよ、教えろよ」
「教えない」
「なんだよお前ら、そんな仲良かったのかよ」
「あれ、知らなかった? 俺は音のことだ~い好きだけど?」
「っ、ごほっ」
僕が啜っていたラーメンを喉に詰まらせると「ほら、お水飲んで?」と律が甲斐甲斐しくコップを差し出す。彼の勧めでお揃いにした学食人気トップ3にランクインする豚骨ラーメンは、全然喉に優しくない。
「お前、それ彼女が聞いたら怒るぞ~?」
「怒んないよ、ね?」
揶揄いを受けて、律はわざとこちらに目配せしてくる。
「律~」
水を飲み干し、窘めようと睨みを利かす。しかし、彼は僕の視線を軽く流して背中を優しく擦る。
「なんだよ、寛大な彼女ってわけ? クソ~! 惚気かよ!」
「那賀澄~お前、当て馬にされてるぞ~」
勝手に解釈して同情の目を向けてくれた男子たちに胸を撫で下ろす。しかし、恋バナが好物だという女子の「え~、じゃあさ~、お返しに那賀澄もなんか惚気てよ~!」という言葉でまた咽そうになる。
「気になる気になる~!」「ねえねえ、どんな人なの~?」
あっという間に興味の対象になってしまった僕は、無意識に助けを求めるように律に目を向けるが「あ、それは確かに。俺も聞きたいな~」と意地の悪い目を返された。
「律は知ってるんだろ~?」
「知ってるけどさ、音から直接聞きたいなって」
「……あのねぇ」
「ね、いいでしょ、音?」
律はここぞとばかりに便乗して、その強い顔面を武器に僕の言葉を強請る。
「は~。ったく。わかったよ。言えばいいんだろ?」
「うん」
眉間を揉んでから、心底楽しそうな彼を見て深呼吸する。
「なんていうか、僕のことを僕以上にわかってて、ぜんっぜん敵わなくって、僕なんかには勿体ないくらい完璧な奴だよ」
「ひゅ~!」
すぐさま拍手と共に冷やかしの言葉が飛び交う。下らない。本当に! 下らない!
「ちなみに俺の恋人はね~、可愛くて、ずっと見ていたいし傍に居たいし、守ってあげたいなって思える子なんだ~」
「ッ~!」
聞かれてもいないのに勝手に惚気た律が、にこにこと僕を見る。
「うぜー。お前には聞いてないっつの~!」
「くっそ、幸せそうにしやがって」
「ふっふ~。俺たち、幸せです!」
肩に手を回され、引き寄せられる。僕だけが知るその言葉の本当の意味に顔を赤くする。
「律、調子乗んな!」
「痛てて」
「なんだ、那賀澄って意外と普通なんだね」「うん、なんか安心したわ」
殴られた律を横目に会話する女子。
「音に惚れないでね~。人のモンだから」
それに律儀に牽制する彼を見て、僕は羞恥で沸騰しそうになる。
「いや、惚れるまではいかないけど」「私は律派だからね~。その子に飽きたらいつでもおいで~」
「あはは。ありがと~。って、いや、待って。これは違くて! 浮気とかじゃないよ? 社交辞令っていうか!」
「なんで那賀澄にいきなり弁解してんの?」
「あ、いや、音ってば俺の恋人のこと知ってるから、それでチクられるとまずいなって」
今までスリルを楽しみながら盛大に惚気てた癖に、いざバレそうになったらあたふたと弁解する律が、なんだか可笑しくて「ぷ、はは」と堪え切れずに僕は笑った。
「え?」
「那賀澄が、笑った……」
目を丸くする一同の顔が可笑しくて、そのままくつくつと堪え切れない笑いを漏らす。
ああ、気分がすっきりして、まるで世界が明るい。
今なら、今からならばもっと素直に本当の自分になれる気がした。
律の隣ならば。
「って、なんで律くんは写真撮ってんの?」「あ、那賀澄が殴った」
……やっぱり、完全に素直になれるのはまだまだ先かもしれない。
傍若無人な人気者×無口不愛想。
陰キャの心に入り込む陽キャが好きです!
那賀澄 音名(なかずみ おとな):無口無表情不愛想。周りからよく思われていない。
来栖 律(くるす りつ):クラスの人気者。何故か毎日音名に絡む。
ーーーーーーーーー
「でさー、アイツってばピーピーうるせぇから振ってやった」
「まじ~?」「うっわ、ひどっ」
男女が机をくっつけて昼食を摂りながら、下らない話で盛り上がる。
どこにでもある高校生活のひと時だ。
実に下らない。
「……」
「おい、音ってば聞いてる?」
心の中で悪態を吐いていると、話の中心人物がこちらを覗き込んでくる。
実に不愉快だ。
「……」
「律~。お前、那賀澄に絡むのやめろよ~。コイツ絶対お前のこと見下してんじゃん」
「そーそー。いじめてやろうってんなら、他の奴選んだ方がいいって。コイツいじめても全然可愛くないだろ」
「ん~、そう?」
「だってコイツ、何されても澄ました顔してさぁ。先生にしれっとチクりそうじゃん」
本人を前にして言いたい放題。それもこれも、僕が何も言い返さないのをわかっているからだ。
いや、多分その言葉を僕が気にも留めないのだと思っているのだろう。
冷酷で周りのことに無関心。無感情。それが周りから見た那賀澄 音名。
実際、当たらずも遠からずだと思う。何事にも無気力で、同級生たちの話題にはてんでついて行けないし、楽しいとも思えない。
ただ、僕だって感情はある。でも、それを表に出すのが極端に苦手なのだ。
僕だって普通の高校生のように、馬鹿をやって楽しく過ごしたいとは思う。でも――。
「ん~、だって音は俺のお気に入りだからさ~。ねっ、音?」
「……」
ぐだぐだ考えていたところに同意を求められ、顔を上げる。
彼は、その整った顔をこちらに向けて笑っていた。その瞳には含みがあるように思えて、胃がむかむかと痛み出す。
だが、そんな表情もこの顔には浮かんでいないらしい。感情を顔に出すのが苦手で、いつも同じ顔ばかり。
その淡々とした様子が、周りには「馬鹿にしたような態度」に見えるのだろう。「気味が悪い」と思うのだろう。
口数も少なく、愛想笑いもできない。いじめても楽しくない、むしろ気味が悪いだけだろう。なのに何故――。
「那賀澄もなんで逃げないのよ~?」
面白半分に聞いてくる女子を無視して心の中で呟く。
そりゃ逃げたいに決まってる。でも、こいつから逃げたら……。
無意識に彼の様子を窺おうとして、視線がかち合う。途端に、自分の体が強張るのがわかった。
それを知らでか、アイツはにっこりと微笑んでみせる。女子がその笑顔を向けられたのならばきっと惚れてしまうのだろう。
でも。
僕にとっては恐怖でしかなかった。
「ちぇ、また無視か。全然読めないわ、那賀澄」
女子が吐き捨てた言葉にほっとする。僕の考えていることは周りに伝わっていない。それは、不便なことが多いのだが、今は助かったと思う。アイツのことを恐れているなんて知られたくはない。
「音」
悪魔がにこにこしながら、僕の名を勝手に短縮して呼ぶ。
「今日も一緒に帰ろうね」
あぁ、その目が嫌いだ。何もかもを見透かしたようなその目が。
思えば小学生の頃から、僕はこうだった。
感情を出すことができなくて。よく不気味がられた。
先生もクラスメイトも、僕のことを避けるようにしてたっけ。近所の人も、僕を見るなりひそひそ話。死神とかいうあだ名もつけられたっけ。
もっとも、それを僕の目の前で堂々と呼ぶ奴なんかいなかったけど。
授業が終わり、教室を出る。内心焦りながら、早足で靴箱へと向かう。
そう。奴が話に夢中になっている隙に、早く帰らなければ――。
「ッ!」
下履きを乱雑に放り投げ、上履き脱ぐ。それを取るべく、しゃがみ込もうとした瞬間。腕を掴まれ、ぐいと背を壁に押し付けられる。
「音、忘れたの? 一緒に帰るって言っただろ?」
にこりと微笑む律を見て、思わず息を止める。
あぁ。恐い。僕が死神なら、こいつは悪魔だと思う。思いつつも、表面では平静を装う。
「他の奴と一緒に帰ればいいだろ?」
今日初めて声を発した僕に一瞬だけ目を丸くした彼は、気を良くしたのか、さらに距離を詰めてくる。
「俺は、お前がいいんだけど」
彼は僕の耳元で、女子が聞いたら卒倒しそうな台詞を吐き、怪しく笑ってみせる。
逆らっても無駄な気がした。
「わかった」
そう短く答えると、ようやく腕が解放される。
「それじゃ、帰ろっか」
にこりと笑う彼を見て、ぞわりと心臓が冷えた。
ああ、あの時の僕がもっとちゃんと誤魔化せていたら……。絆創膏をしっかりと貼っていたのならば――。
*
自分でも気づかない内に、明るくて誰からも好かれる彼に憧れていた。暗くて嫌われがちな自分とは正反対だから、憧れてしまうのは仕方がないのだが、いつも目で追ってしまっていた。
彼の品性は決して褒められたものではないにせよ、それも含めて彼には人を惹きつける天賦の才がある。明朗闊達に微笑む彼から目を逸らす方が難しい。
こういう人間であれば、どんなに人生が楽しいことかと羨ましく思っていた。だが、そんな僕の憧れは、誰にもバレることはなかった。
何故なら、僕の目は冷めているから。
羨望の眼差しも、周りから見れば嘲笑の眼差しだ。そんな視線に腹を立てた彼のファンは、悪口を言うだけでは飽き足らず、僕に嫌がらせを始めた。
正直、こういうことがあったのはこれが初めてではないので、なんとも思わなかった。靴に画びょう。持ち物の紛失。鞄にゴミ。むしろ可愛い方だった。
朝。いつも通りに靴箱を開ける。丁度その時、隣に人がやってくる。
彼だ……。
僕は思わずそちらに目を向けてしまったが、彼はこちらに見向きもせず、気怠げに上履きを取った。
それだけでも絵になるんだな、と感心した。
それがいけなかった。
「っ、」
上履きを手にしたとき、手に痛みが走る。見ると、上履きの側面にカッターの刃が貼られていた。それを気づかず手に取ってしまい、皮膚が裂けてしまったのだ。
油断した……。
思わず唇を噛みしめると、クスクスとどこからか陰湿な笑い声が聞こえてくる。
「……」
別に、これくらいなんともない。
すぐに刃を剥がし、上履きにこれ以上細工がないことを確認してから、床に落としてそれを履く。そして、しゃがんで下履きを手にしたとき、僕の頭上に影が落ちた。
「それ、大丈夫?」
「!」
心臓が止まるかと思った。それと同時に、彼に嫌がらせの現場を見られてしまったことへの羞恥が、僕を襲う。
だが、そんな感情とは裏腹に、僕の表情筋はいつもどおり動かない。
「平気。なんでもないから」
そう淡々と告げ、彼を無視して教室へ向かおうとする。が。
「待って」
ふいに腕を掴まれ、指に出来た傷口を見られる。
「何?」
「絆創膏。貼っといた方がいいよ」
彼は自然な動作で自分の鞄を漁り、絆創膏を取り出すと、僕の怪我していない方の手に握らせる。
「……どうも」
なんとかそれだけ告げると、僕は素早く立ち上がり、彼から逃げた。勿論、傍から見れば僕はただ不愛想で無礼な男に見えたのだろう。
しかし実際のところ僕は、心臓が馬鹿みたいに高鳴り、触られた腕が熱くて堪らなかった。
教室に着くと、僕は真っ先に絆創膏を丸めてゴミ箱に捨てた。
こんなもの持っていると自分がどうにかなりそうだった。
先ほどの出来事を頭から追い出し、引き出しに教科書を詰めたところで、彼が教室にやってくるのが見えた。彼は一瞬、僕の方をちらりと見た気がした。
絆創膏を貼っていないこと、どう思っただろうか……。流石に酷い奴だと思われただろうか……。
わかってる。僕が絆創膏を貼っているかなんて、彼が見ている訳がない。
それなのに、自意識過剰に考えてしまう自分に嫌気がさした。
放課後。靴箱には、たくさんの紙が詰め込まれていた。
キモイ。死ね。死神。消えろ。最悪。目障り。
なんとなく一つ一つの紙を読んでしまう。どれもこれも、今まで何回も向けられてきた言葉の数々だった。
真新しくもなく、何も感じない。
まとめて鞄に押し込み、靴を履こうとする。
「ねぇ、それっていじめられてんの?」
びくっ、と肩を震わせてから振り返ると、すぐ後ろに彼がいた。
「あ……」
僕にしては、珍しく狼狽えた声が出たと思う。
落ちつけ。どうせ僕の感情が伝わる訳ないんだから。
彼を無視して立ち去ろうとする。が、すぐに手首を掴まれ、掌を上に向けられる。
「絆創膏。貼ってないじゃん」
冷ややかに響く言葉に、どきりとする。しかし、意識せずとも僕の口調は勝手に冷静を装う。
「あぁ、ちょっと剥がれちゃって」
「そう」
「……」「……」
「あの、手、放してくれる?」
沈黙に耐え切れなくなった僕は、控えめに彼に告げる。
「放したら逃げるでしょ?」
彼は、探るような瞳をこちらに向けると、更に指に力を籠めた。途端に彼の指の下の血液が沸騰したかのように熱く滾る。
「はは。まさか」
しかし、やっぱり僕の口は淡々と乾いた言葉を吐き出すのだ。ああ、早く逃げたい。
「ねぇ、那賀澄はなんでいつも俺の方見てくるの?」
「見てないけど」
感情の乗らない瞳で彼を見据えて、間髪入れずに嘘を吐く。
ああ、本人にまでバレていたなんて。出来ることならば、さっさと視線を逸らしてしまいたい。
「そう? てっきり俺のこと嫌いなのかな~、って思ってたんだけど」
そっと息を吐く。どうやら肝心なところはバレていないらしい。まぁ、睨まれたと勘違いするのが普通だよな。さて、どうやって誤解を解こうか。
いや。それより、いっそ嫌われた方がいいのかもしれな――。
「それとも。俺のこと好きだったりするのかな?」
「え?」
どくん、と心臓が嫌な音を立てる。
流石の僕も、すぐに舌を動かせなかった。それどころか、体中が時を忘れ固まり、息をすることさえ忘れていた。
目を細めた彼を見て、腹の底がざらつくような感覚に陥る。
なんだよ、これ。知らない。わからない。
「な~んて。そんなわけないか」
「下らない」
冷たく言い放ってから、手を振って無理やり彼を剥がす。
これでいい。これで彼は僕に嫌な印象を抱く。そして、近づかなくな……。
ふいに強く肩を掴まれ、何事かと口を開こうとする。が、次の瞬間、唇に柔らかいものが触れる。
「は……?」
ちゅっ、と軽いリップ音を立て、唇が離されると同時に、間の抜けた声が漏れる。
「あれ。意外と可愛い顔するんだ」
目を弓のようにしならせた彼から、僕はついに目を逸らす。
意味が解らない。今何が起きた? 彼の顔が近づいてきたと思ったら、いきなり……。あれは、どういう……。
「は、なに?」
唇を擦る僕の手を取り、彼はそのまま無言で引っ張り始める。
「おいっ、来栖?」
人気のない廊下を引き摺られるようにして突き進む。足を縺れさせながら、何とかその手を外そうと試みるが、びくともしない。
ついに足を止めた彼は、資料室の扉を開け、乱暴に僕を床に放る。
状況が呑み込めないまま、棚に打ち付けた背中を擦っていると、かちり、とドアの鍵を閉める音が響いた。
まさか、僕はこれから殴られるのか?
確かに、僕の言動は殴られるに値する。だが、彼が人に暴力を振るうところなど、今まで見たことがなかった。軽薄そうに見えて、彼はそこまで素行が悪くない……と思っていたのだが。
ああ、油断した。暴力目的で絡まれたことは何度かあった。でも、いつもなら相手の隙をついてなんとか逃げ出すことができた。果たして、僕はこの状況でも同じように逃げられるだろうか。
「退いてくれ。僕はさっさと帰りたいんだ」
自問を決意に変え、ゆっくりと立ち上がる。そして、冷めきった虚ろな目で彼を見つめる。
こうすれば、大抵の人間は怖がったり気味悪がったりして退いてくれる。殴られてもこの目をすれば、気持ち悪いと相手の方から逃げ出す。
さぁ。殴るんなら殴れ。
伸びてくる手から目を逸らさずに、その攻撃を受けようとする。が。
「っむ!」
唇を押し付けられて、頭が真っ白になる。
さっきから何なんだコイツは……!
「っ、」
抜け出そうと抗うが、そのまま壁に押し付けられる。
「っは、な、んっ!」
口を開けた拍子に舌が入ってくる。
なんだよ、これ。足、がくがくする。上手く力が、入らない……。
ずるずると座り込むと、彼も離れないように追ってくる。必死にいつもの冷めた目を努めるが、それもどうやら限界で……。
目を閉じる。その音が、その感覚が、彼の一挙一動が、僕の羞恥を誘う。ああ、苦しい。息が、心が……。どうしようもなく――。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。
「ッ、はっ、」
ようやく解放された僕は、息を吸うのに精いっぱいで無防備な姿を晒していたのだろう。
カシャ。
「?」
くらくらする頭を押さえながら、音のする方を見る。それと同時に、彼の手がスマホに触れ「カシャ」という音を発する。
「な、なんで撮って……」
「あ、ごめん。つい」
「……」
何か言いたかったが、思考が纏まらず結局口を噤む。
「でも。これでようやく君が言うことを聞いてくれる」
「は?」
「この写真、ばら撒かれたくなかったら。俺のものになって?」
「なに、言って……」
彼がスマホの画面をこちらに向ける。そこに映っているのは、さっき撮られた自分の写真。顔が赤くて、涙目で、弱々しくて……。吐き気がする。
「これじゃ足りないんなら、もっとすごいの撮る?」
「……いや、わかった」
わかりたくもなかったが、手を上げて彼の笑顔を制する。これ以上何か言ってもコイツの行動がエスカレートするだけだろう。
「そう。物分かりがいいね」
笑みを深めた彼に、顔を顰める。最悪だ。ああ、僕はあんな顔をしていたのか。
仕方のないこととはいえ……ああ、恥ずかしい。情けない。こんなに簡単に他人に弱みを晒してしまうだなんて。己への嫌悪感で、はち切れてしまいそうだ。
「じゃあ明日から、俺とお前はお友達。何をするにも一緒だからね」
そう言い残して去った彼を、僕はぼんやりと見つめていた。
訳がわからなかった。わからないまま流されて、僕は意味の解らない友達ごっこを強いられるようになったのだった。
*
不運なことに、どうやら彼とは家が同じ方向らしく。登下校という長い時間を彼と過ごすのが、近頃のお決まりとなりつつあった。
彼は他愛もないことを話す。僕はそれを黙って聞く。
ただそれだけ。
僕なんかと話していて、果たして楽しいのだろうか。僕の目は冷めていて、よく人に「話をちゃんと聞け」と怒鳴られる。もちろん聞いている。それなのにこの顔は、話に興味がないと言わんばかりに不愛想を貫くのだ。いや、まぁ大抵は人の話に興味なんかないから間違ってもないのだが……。
「今日もまた合コンやるらしくてさ。まぁちょうどいいと思うんだけど。俺、振ったばっかだしさ」
この手の話は苦手だ。どう反応するべきかわからない。
でも、彼はこの手のことが好きなのだろう。毎日飽きずに話している。まあ、それも仕方のないことだ。
彼はとてもモテる。他校の女の子がわざわざ告白しに来るくらい人気がある。誰もが憧れる人物と言っても過言ではない。なんせ、この僕さえもが憧れるのだから。
……まぁ、そのせいでファンの女子に嫌がらせを受ける日々なんだけど。ただでさえ嫌がらせを受ける体質なのに、堪ったもんじゃない。大体、ファンってなんだよ。そんなものがいること自体おかしいだろ。
ちらりとその横顔を盗み見る。やはり、それだけ人を惹きつけるものがあるな、と感心してしまう。でも。であれば、なおさら、だ。
どうして僕を脅し、わざわざ友達のフリをするのだろうか。
隣に自分よりも劣るものを置いておきたいのか? それとも、僕が気に食わなくてわざと嫌がらせを?
「どうかした?」
「……」
「ね、何か言わないと怒るよ」
「……どうして君が僕に構うのかと思って」
誤魔化すつもりだった。だけど、実際は自分でも驚くほど素直に呟いていた。
「あぁ。だって俺、音のその顔、壊してやりたいって思うんだもん」
あぁ。なるほど。そういうことか。ただの探求心か。得体の知れないものの正体を暴き出そうという。
ああ、否定したい。期待していた気持ちがあったことを。
そこまで考えて、首を捻る。
あれ? 僕は何を期待していたのだろう。
心がざわつく。泥の沼にゆっくりと沈んでゆくように。足掻こうとしても、余計に沈んで。自分の感情がコントロールできない。
最初は本当に羨望の気持ちしかなかったはずだ。なのに。
見つめるうちに、だんだん惹かれていって……。
あのとき。彼に口づけられたとき。気づいてしまった。
僕は、彼を好きになってしまったんだって――。
ああ、僕の心は、もうとっくに壊されている――。
「音?」
立ち止まってしまった僕を見て、彼は訝しがる。
「あ、いや。何でもない」
それだけ絞り出すと、僕はまた歩き出す。
ちゃんと表情を取り繕えただろうか。いや、心配せずとも大丈夫だろう。だって、僕の感情を理解できる人なんていない。
ああ、そうだ。こんな気持ちだって気づかれなければ、なんてことはない。
いつも通り隠せばいい。全部。感情なんて隠せばいいんだ。全部、塞いでしまえ。
家に帰るなり、両親の喧嘩する声が聞こえる。早足で自室に戻り、ベッドで蹲る。
だって、僕には止められない。幼い頃からずっと聞いてきた。それなのに、未だ慣れることができずにいる。幼い頃と同じく蹲って、ただ時が過ぎるのを待つことしかできない。意気地のない僕は、ただその声に恐怖することしかできない。
両親の声が一段と騒がしくなり、耳を塞ぐ。人を好きになっても、結果がこれじゃあ、気持ちなんて紛い物でしかない。愛だの恋だのと聞いているだけで吐き気がする。
そして、異常な感情を持ってしまった自分にも吐き気がする。塞いでしまえばいい。全部。
朝。いつも通り、彼は律儀に僕を待ち伏せていた。
「おはよう」
いつも通り、爽やかな朝に似つかわしい微笑みだ。それをちらりと見ながら、僕も小声で応える。
「おはよ」
「あれ?」
驚いた表情をする彼に、心の中で苦笑する。いつもなら返事なんて絶対にしないからな。
でも、何でもいいから声を発したかった。昨日の両親の声が耳について離れなくて。塞ぎ切れなかった気持ち悪さを、どうにかして外に出したかった。
「今日は機嫌がいいの?」
「……」
「いや、違う。嫌なことがあった?」
鋭い言葉と眼差しを受けて、ぎくりとする。なんでコイツはわかるんだ? いや、わかるはずなんてない。
「音、俺で良かったら力になるよ?」
そんなことを言って、また弱みを握る気だろう?
彼に娯楽を提供するつもりのない僕は、それを無視して先を行く。
「ね、音が悩んでるのって、もしかして家族絡み?」
びくっ。言い当てられて、微かに肩が震える。立ち止まりそうになってしまう足をなんとか踏み出す。
「だって昨日の帰りは別に普通だったもんね。家族と喧嘩しちゃったとか?」
駄目だ、耳を貸すな。平静を装え。そう思えども、勝手に思考は繰り返される。
家族。家族家族家族家族家族。
ぐるぐると昔の記憶が蘇る。罵る言葉。大きな声。怒鳴られて。叩かれて。
「……っ」
だめだ、今思い出すな。隠せ。何も考えるな。やめろやめろやめろ。
「音?」
ふいに目の前に手が伸びてきた途端、記憶と重なって体がびくりと竦む。しかし、その手は危害を加えることなく、僕の髪をふわふわと優しく撫でつけた。
「え……?」
「ごめん、悪かった。嫌なこと思い出させたかな」
「は?」
なんでコイツには全部バレているんだろう。呆然と彼を見つめていると「あれ、違った?」と優しく微笑まれる。
「意味の解らないことを言うな、放せ」
腹の底から沸き上がってくる何かをぎゅっと押さえつけて、彼の手を振り払い、歩き出す。
「ごめんごめん」
それに文句を言わず軽薄に謝ってから、彼はいつものように僕の隣を歩く。
そういえば、彼と一緒に登校するようになってからは、朝から嫌なことを考える回数が減った気がする。前は、自分を責めるようなことばかり考えていた。朝から晩までずっと、飽きることもなく。自分を傷つけて。他人を羨んで。それが、いつの間にか減っていたのは、間違いなく彼のお陰だった。
「どうかした?」
「なんでもない。急がないと遅れる」
「そうだね」
あぁ。いつまでもこの関係が続けばいいと思っている自分がいる。例え、面白がられているだけだとしても、彼の隣を歩きたかった。
でも、そんな甘い願いがいつまでも続く訳がなかった。
転校することになった。元々、近い内に引っ越すことはわかっていた。父親の仕事の都合でこれまでに幾度となく転校を繰り返してきたのだ。名残惜しいなんて感情は当の昔に消えてしまったはずだったのに。
来栖 律。彼の存在が頭にチラつく。彼はどう思うだろうか。いや、何も思わないだろう。だって彼にとっての僕は、ただの暇つぶしにしか過ぎない。
それに。僕も彼のことは忘れるべきなんだ。こんな感情は、あってはいけないものだから。
翌日、さっそく学校では「いじめられたから転校するのでは?」という噂が流れた。これで転校まではいじめが減るかな。
そんなことを考えていると「ね、音。転校するって本当?」と頭上から声がした。
「本当だよ」
席に着いたまま、視線だけを彼に向けて答える。我ながら冷めた声だなと思った。
「そっか」
そう短く言うと、彼はいつものうるさい仲間たちの元へと戻っていく。
その態度に面食らいながら、無意識に彼を追いそうになる視線を押し留め、意味もなく机を見つめる。
なんだよ。あっさり過ぎるだろ。今までのはなんだったんだよ。……どんな形であれ、ちょっとは興味を持たれて嬉しかったのに。クソ。
自分が期待していたことに気づいて心底嫌になる。顔を伏せると、ふいに目頭が熱くなる。
初めて人を好きになったんだと思う。
こんな感情。知りたくなかった。離れたくないと思ってしまう自分が気持ち悪い。
こんな恋が叶うはずない。叶える気もない。どうしてこんな気持ち持ってしまったのかと自分を恨み、唇を噛む。知られちゃ駄目だ。絶対に。あと少しの間、塞いでおくだけだ。僕にとって難しいことじゃない。
放課後。担任と転校の件を話し合ってから教室に戻る。誰もいないと思っていたが、人の気配を感じて息を詰める。そして、夕日で照らされたその人に目を凝らす。その顔を捉えた瞬間、心臓が縮み上がる。それは、僕が一番会いたくない人物だった。
しかし、どうやら彼は僕に関心がないらしい。こちらを見るでもなくスマホを弄っている姿を見て、息を吐く。
そして、少しでも「自分を待っていたんじゃないか」と期待したことが恥ずかしくなり、そそくさと鞄に教科書を詰める。
あぁ。もう、こうしてこの学校に来るのも、あと数回なのだと思うと少し切なくなる。なんだかんだ、今の学校には長く世話になった。他と比べるとあまり不便もなく、一番平和に過ごせていた気がする。まぁ、彼のこと以外は、だが。
「音ってば、遅くなったのにゴメンも無しで先に行こうとするわけ?」
「え?」
感傷に浸りながら立ち上がり、教室を出て行こうとする僕に向かって、彼が当然のように語り掛ける。
え? 本当に僕を待っていたのか?
「そ、音を待ってたの」
ゆっくりと立ち上がり、微笑む彼に、ずきりと心が痛む。もしも僕が女子だったなら、最後にこの思いを伝えたのだろうか。いや、中身が僕じゃあ、到底無理か。
そう結論付けて、彼を無視して行こうとするが、「無視は酷いよね、音」と行く手を阻まれる。
「僕はもうすぐ転校するんだ。構っても時間の無駄だろ?」
「そうかな。それじゃあさ、最後に俺ん家に遊びに来ない?」
「……悪いけど」
構わず彼の横をすり抜けようとするが、腕を引っ張られて戻される。
「来るでしょ?」
「行かないって」
「写真、ばら撒いちゃってもいいわけ?」
「……わかったよ。行くから放せ」
目を細めてスマホを振ってみせた彼を見て、肩の力を抜く。
そうだ。どうせコイツに振り回されるのも最後なんだから。最後ぐらい素直になったっていいか。どの道、逆らえやしないんだから。
そう思い、いつも通りの道を行こうと歩き出すが止められる。不審に思って、彼を見上げると「あ、音、違う違う。そっちじゃなくてこっち」と反対方向を指し示す。
「は? お前、本当はどこに連れて行く気なんだよ」
「あれ、疑ってるの?」
「お前の家、こっちじゃないだろ」
「まぁ黙って着いてきてよ、ね?」
歩いている間、ずっと無言だった。彼が全く喋らないなんて珍しい。よっぽど世間話でも持ちかけようと思ったが、結局は躊躇ってしまった。
自分から話しかけるのはどうも苦手だ。それに。彼の様子がいつもと違うように思えて。下手に喋って地雷を踏むのが怖かった。
「ここだよ」
着いた先は立派なマンションだった。エレベーターで上がり、部屋の前で足を止める。
「ほら。俺の家でしょ?」
鍵を差し込むとカチリ鍵が開く。どうやら本当に彼の家らしい。
「どういうことだよ」
お前の家は僕と同じ方向なはず。なのに、なんで――。
「えっ」
立ち止まっていると、ふいに腕を取られ、部屋の中に押し込まれる。抵抗する間もなく壁に押し付けられ、その痛みに思わず目を瞑る。
「どういうことか、なんて。それはこっちが聞きたいよ、音名」
低く響くその声に慌てて目を開けると、彼の形の良い眉は見ているこちらが苦しくなるほど歪み、その瞳は必死で怒りを抑え込んでいるのがわかった。
何か怒らせてしまったのだろうか。彼の吐いた息が頬に掛かるのを感じて息を詰める。あまりに近いその距離は、僕にとって都合が悪い。
早く適当に謝って、見逃して貰わなければ……。そう思うのに、言葉を紡げば何か別のものが溢れてしまいそうで、僕はただ、冷や汗を伝わせて押し黙る。
「転校なんてさせないよ」
彼の口が、ただ静かにそれだけ告げる。それをぼんやりと眺めていると、次第に彼の目に怒りが灯り、染め上げてゆく。
「俺が嫌になったから逃げるの? それとも皆からいじめられたり避けられたりしてるのが辛かったの?」
「痛っ、」
両腕を強く掴まれ、体が強張る。しかし彼は止めることなく、僕を揺さぶる。
「ねぇ、どうして? 音名……、音名……」
吊り上がっていた眉が、今度は逆に歪んでゆく。どうしてそんな顔をするんだろう。
「僕が転校するのは、親の都合だから……」
「じゃあ音名の意思じゃないんだね?」
「うん」
縋りつくように僕を掴んだ彼を見て、つい頷いてしまう。すると、彼の顔はみるみる内に花が咲いたように喜色を表す。
「それじゃあ、一緒に住もう。そしたら転校しないで済む!」
抱き着かれたかと思うと、耳のすぐ傍で彼の声が弾む。
「は?」
「この部屋、いつか彼女と一緒に住むつもりで広めのやつにしたんだよ」
そう言われて見てみると、その部屋は確かに二人暮らしでも問題のない広さだった。でも。
「揶揄うのはもうやめてくれ」
「俺は本気だけど?」
悲鳴を上げるように呟いて身を捩るが、彼は全く動じない。
「そんな訳ないだろう? お前が僕と暮らしても何のメリットもない。そもそも、どうしてお前は、」
言葉を切ってから考える。そうだ。そもそも、どうしてコイツは僕にここまで執着する必要があるんだろうか。いじめにしたって、得体の知れないものを暴きたいにしたって、ここまでするのはおかしいだろ。こんな芝居までするほどに、僕は彼の気に障る人間なのだろうか……。
「あれ、もしかして本当に気づいてないの?」
「?」
「そっか。そうなんだ。俺ってば結構アピールしてたんだけどなぁ。足りなかったかな」
ぶつぶつと呟き始めた彼を怪訝な顔で見つめていると、唐突に唇が重なる。
「な、なにす、」
「俺、好きでもない奴にこんなことしないんだけど」
「……え?」
「音のこと脅して一緒に居させたのは悪かったと思ってる。でも、そうでもしないと、音は俺のことを見てくれないから」
「何言って、」
「そう。もう気づいただろ。俺は、音名のことが好きなんだよ」
好き。その言葉に頭を殴られたような衝撃が走る。
「そ、そんな、そんなわけ、」
「この部屋だって誰も入れたことない。俺、他人が自分の領域に入るの嫌いなんだよね」
「え、だって彼女がいっぱい、」
「彼女たちには悪いけど、どうしても部屋に入れる気にはなれなくって。……前の彼女なんか、部屋に入れろってすっげーうるさくって。それで別れたんだよ。でも、音は違う」
頬を撫でる指に愛情を感じて、訳も分からず目を瞑る。
「俺さ、そんな潔癖じみた性格を直したくてわざわざこんな部屋借りたんだけどさ。結局誰も入れらんなかった。でも、音なら入れられるかもって思って。試してみたわけ」
「え、僕、入って良かったのか?」
「うん。良かった。音だから。音だから特別に許せるんだよ」
これは僕を揶揄うための演技だ、と自分の目を覚まそうとするのに、どうにも彼の熱い瞳が、僕を焦らせ追い詰める。
「まさか、本当に……? 僕は、お前に気に入られるようなことしてないのに、なんで……」
「ん、なんでって。わかんないけどさ、気づいたら音が好きになってたんだよ。帰り道だって、真逆なのに嘘ついて一緒に帰ったりしてさ。馬鹿だろ?」
「嘘だろ……?」
「悪いけど、嘘じゃない。本当に、こんなことになるなんて。俺だってびっくりだよ。でも、もうお前を手放したくないんだよ。ずっと近くに置いていたい。だから」
「ま、待っ」
「俺と一緒に暮らしてくれ、音名」
ふいに跪かれて手を取られる。その真剣な彼の表情を見て、ぶわりと血液が沸騰する。
ああ、顔が、手が、心臓が、熱い。痛い程に、苦しい。
「ッ……」
慌てて手を離し、赤くなっているであろう顔を思わず手で覆う。
「それ、もしかして照れてくれてる? 音が表情に出すなんて珍しいね」
やっぱり表情に出てしまっていたのか!
恥ずかしさのあまり、見上げてくる彼に背を向ける。言葉が紡げない口の端を引っ張り、その痛みで湧き上がってくる感情をやり過ごす。
「でもね、音。俺は例え音が無表情だろうとわかるから」
「わ」
そっと立ち上がった彼は、僕を後ろから抱きしめると耳に口づけを落とし、流れるような手つきで僕の体を正面に向け直す。
「俺、ずっと音を見てたら、なんとなくわかるようになったっていうか。音はさ、感情がないわけじゃないもんね。本当は人一倍いろんなこと思ってるでしょ?」
「なに、訳の分かんないこと言って……」
目を逸らそうとするが手を掴まれ、そのまま手の甲に頬を寄せられる。
「俺だけはわかるから。音のこと、見てるから」
じっとこちらを見つめる瞳は真剣だった。そんな目を誰かから向けられたことなんて、人生で一度も無かった。
「だから、傍に居てほしい」
返事を求める瞳に、思わず頷いてしまいそうになる。
「でも……」
「親説得してさ、自由になっちゃえばいいよ。もうこれ以上音が苦しむ必要なんかない」
「そんなの、無理だよ……」
「俺が一緒に行って説得する。絶対に認めさせる」
「そんなの、迷惑でしょ……」
「あ~、そうだよな、ごめん。でも、俺、諦められる気がしないからさ……」
項垂れる彼に、慌てて首を振る。こういうところでコミュニケーション能力の低さが出るなんて……。
「そうじゃなくて、お前にとって迷惑だろって言ってんだよ」
「え?」
「お前は、僕と違ってカッコいいし、モテる。僕は、何考えてるかわかんない根暗だし、一緒に居ても何にも楽しくないし、嫌な思いさせるだけだ」
「そんなこと」
「僕は、お前みたいに真っ直ぐに思いを伝えることもできないし、それどころか、親にだって何も言えない……。惨めな奴だよ。臆病なんだよ。お前が眩しいよ、僕とお前じゃあ釣り合わないよ」
今まで貯め込んだ想いが、一気に口を衝く。自分の顔が感情を隠そうとして、でも隠しきれなくて歪んでいるだろうと思うと嫌になる。だけど、もうこの想いは止められそうになかった。
「音は、自分が思ってる以上に良い奴だよ? 俺が惚れたんだからね」
彼が静かに、しかし淀みのない声で言った。
泣きそうになった。いや、泣いてしまっているのかもしれない。
ただ、彼の真っ直ぐに優しく見つめる瞳を、素直に受け入れている自分がいる。
「ねぇ、俺は一緒に暮らしたいけど……。音はどうしたいの? きっぱり断ってくれても構わない。本心を聞きたい」
まぁ、断られても引く気はないけど、と彼は苦笑する。
「……それは、正直、すごく魅力的な提案だよ。元々、高校卒業したら家出るつもりだったから。僕は親から逃げたかったから」
「うん」
情けない話を聞いても、彼は柔らかい表情で静かに頷いてくれた。
「それから、僕だって……」
「?」
ここまで言ってしまったのだから、と腹を括って息を吸う。
「僕は、ずっとお前に憧れてたんだよ。人間として。だから、ずっと見てたし、見てるだけでよかったのに、なのに、お前がいきなり、あんなキ……するから、だから……変に考えて……いや、やっぱなんでもな」「音」
大事なところで恥ずかしくなり、顔を背けようとしたところに、口づけを落とされる。
「……っ、お前な」
「思えば俺もさ、あのとき音にキスしたのは気まぐれだったんだよ。どんな反応するかな~程度の。でもさ、音ってば可愛いんだもん」
可愛い、という言葉に気恥ずかしさを感じて俯くと、あやす様に頬を撫でられる。
「結局、きっかけは二人ともあのキスだったんだね。俺たちってば同じ瞬間に恋に落ちたんだ」
「……お前、言ってて恥ずかしくならないのかよ」
「ふふ。音、顔赤いよ」
「お前のせいだよ!」
「それは嬉しいな」
目を細め、口元を緩めた彼は心の底から幸せそうだった。
「はぁ、なんか調子狂う」
「音はさ、そうやって素直にしてるのがいいと思うよ。その方が音も楽でしょ?」
「ほんとお前ってば、恥ずかしい奴」
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「う、鬱陶しい、離れろ!」
耳元で甘やかすように囁かれたところで、羞恥が限界に達し、身を捩る。
「いいじゃん、恋人同士なんだからさ」
「こ、恋人ッ……?」
くつくつと笑う彼の言葉を復唱してから、カッと顔に熱が籠る。
「あれ、まだ認めてもらえてなかったの?」
「いや、だって。僕は、お前の足枷になりたくないっていうか、お前の将来壊したくないし、迷惑かけるのもなんだし、こんなの正しい道じゃないし、それに……」
「音、そんなんじゃ、いつまでたっても素直になれないよ?」
「うっ」
「俺は、音はどうしたいのかって聞いてるんだよ?」
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「僕は……」
「うん」
「律と離れたくない、と思う、から……」
顔が熱い。汗だか涙だかわからないものが頬を伝う。まるで言うことを聞かなくなった体は、感情の昂りを受けて小刻みに震える。
「うん。ありがとう、音名」
彼に抱きしめられた途端、涙が堰を切ったように溢れ出す。僕は、言葉に出し切れない感情を押し付けるようにして、彼の肩に額を擦りつけた。
「そういえば、初めて俺のこと名前で呼んでくれたね」
優しい手つきで髪を撫でながら微笑まれて、そういえば意識的に彼の名前を呼ばないよう努めてたんだっけ、と思い出す。呼んでしまえばきっと、もっと愛おしくなってしまうと思ってた。
「音名」
「律……」
促されるままに彼の手を取り、手の甲に口づけを落とす。口の中で転がした彼の名前は甘く心の中に響く。
「一緒にいたい」
ただただ単純で純粋な言葉を呟く。それを受けた彼は一瞬目を丸くして、そしてこれ以上なく幸せそうに微笑んだ。
「喜んで」
*
「ふふ~ん。お前ら、今日は俺が奢ってやるよ」
いつもの昼食時間、彼は友人たちに向かって宣言する。
「えっ、マジかよ律!」「なんかすごい機嫌いいじゃん。なんかあった?」
「実は俺、恋人が出来まして~!」
さっそく飛びついてきた友人たちに、律は「待ってました」と言わんばかりに自慢する。
「なんだ、またかよ」
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「あ、確かに。いつも来る者拒まずのなぁなぁで付き合ってる奴なのに」
しげしげと律を見つめる彼らに、律は隠しきれていない笑みを浮かべて勿体ぶった口ぶりで「ふふ。初めて恋したって感じかな」と答えてみせる。
「うぜ~。なにコイツ、マジなの?」
「マジ。だから今、全人類に優しくしたい気分な訳!」
見てるこっちが恥ずかしくなるような浮かれっぷりをみせた律は、そのまま全員分の注文を取る。
「まさかほんとに奢ってくれるとは、ありがたきこと南無網南無網」「ほんと、ありがと~!」「律サイコ~!」
各々が料理を受け取り、彼に礼を口にしてから席に着く。
「いや~、律様の女神様、是非ともお目にかかりたいよな~」「ほんとほんと! 女神様がいれば律もカッコつけたがってもっとオレらに奢ってくれるじゃん?」「キャー! 財布目的サイテー!」
「そいえばさ、結局、那賀澄ってば転校しないで済んだんだね」
彼らが冗談を飛ばしあっている傍らで、僕はいきなり女子に話題を振られ、どう答えたものかと考えてしまう。
「なに、また無視~?」
「ほら、音」
それに気づいた律に、後ろから囁かれて肝を冷やす。いきなり近づいて来ないで欲しい。
「う……。えと、僕もいい年だし、こっちに残ることに決めたっていうか……」
口にしてから、本当にこれが現実であっていいのかと不安になる。
あれから、律は本当に僕と共に両親を説得してくれた。ルームシェアできる友人を探している、という態で言葉巧みに両親を丸め込み、驚くほどあっさり了承を得たのだった。まあ、彼らにとっても厄介払いが出来て丁度良かったのだろう。それは悲しいことではあるが、悲観するべきではない。
彼らは条件として、家賃はバイトをして稼げと言い渡した。律は家賃など要らないと首を振ったが、僕としても最初からそのつもりだったので異論はなかった。律はそのことに関して納得いかないようで、二人になってからつらつらと文句を垂れていたが、学費を払ってくれているだけありがたい。彼らは確かに僕に対する愛情が欠けていたが、心の底から恨むべき対象ではないのだろう。今はまだ、彼らを認められるほど寛容な心を持ち合わせてはいないけれど。いつの日か、心の底に沈んだままの彼らへの恐怖を克服したい。それはきっと、律のような光の隣に居れば、難しいことではないような気がした。
「へ~。じゃあ一人暮らしなんだ! いいな~。今度みんなで遊びに行きたい!」
「それは駄目!」
女の子の言葉に、律が咄嗟に叫ぶと、可哀想な彼女は「え?」と目を丸くする。
「いや……、実は、同居人がいて……」
「えっ、えええええ。もしかして那賀澄、彼女いんの?!」
仕方がないので僕がフォローすると、彼女は幽霊でも見たかのような顔で僕を見る。……失礼だな。
「最近出来たんだよね、恋人」
「ちょっと律、」
意地悪く目を細めて僕を肘で突いてくる律に、小声で非難する。コイツ、もしかしなくても調子に乗りまくっている……。
「え~。まじかよ! 那賀澄まで彼女できたのかよ!」
「お前らなんなの?!」
男子たちも話に加わり、てんやわんやと嘆き出す。……面倒くさいことになってきたな。
「え~、ねえ、誰だか気になる! 私たちの知ってる人?」
「そ、知ってる人」
平然と答える律に無言で目を向けるが、律はどこ吹く風と、湯気が立ち上るラーメンを美味しそうに啜る。
「なんだよ、律知ってんのかよ、教えろよ」
「教えない」
「なんだよお前ら、そんな仲良かったのかよ」
「あれ、知らなかった? 俺は音のことだ~い好きだけど?」
「っ、ごほっ」
僕が啜っていたラーメンを喉に詰まらせると「ほら、お水飲んで?」と律が甲斐甲斐しくコップを差し出す。彼の勧めでお揃いにした学食人気トップ3にランクインする豚骨ラーメンは、全然喉に優しくない。
「お前、それ彼女が聞いたら怒るぞ~?」
「怒んないよ、ね?」
揶揄いを受けて、律はわざとこちらに目配せしてくる。
「律~」
水を飲み干し、窘めようと睨みを利かす。しかし、彼は僕の視線を軽く流して背中を優しく擦る。
「なんだよ、寛大な彼女ってわけ? クソ~! 惚気かよ!」
「那賀澄~お前、当て馬にされてるぞ~」
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「気になる気になる~!」「ねえねえ、どんな人なの~?」
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「うん」
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資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
タトゥーの甘い檻
マリ・シンジュ
BL
執着系わんこ攻(大学生)× 高潔な美形教授受(30代)
どのお話も単体でお楽しみいただけます。
「先生、ここ……僕の瞳を入れるから。ずっと、僕だけを見てて」
真面目な大学教授・新城が、大学生の・羽生にだけ許した、あまりにも淫らな「わがまま」。
それは、誰にも見えない内腿の奥深くに、消えないタトゥーを刻むこと。
「下書き」と称して肌を赤く染めるペン先の冷たさ。
アトリエの無機質なライトの下、四つん這いで晒される大人の矜持。
ずっと年下の青年の、必死で、残酷で、純粋な独占欲。
愚かだと知りながら、新城はその熱に絆され、ゆっくりと「聖域」を明け渡していく――。
「……お前のわがままには、最後まで付き合う」
針が通るその時、二人の関係は一生消えない「共犯」へと変わる。
執着攻め×年上受け、密やかに刻まれる秘め事のお話。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
今からレンタルアルファシステムを利用します
夜鳥すぱり
BL
大学2年の鳴水《なるみ》は、ずっと自分がオメガであることを隠して生きてきた。でも、年々つらくなる発情期にもう一人は耐えられない。恋愛対象は男性だし、男のアルファに会ってみたい。誰でも良いから、定期的に安全に話し相手をしてくれる人が欲しい。でもそんな都合のいい人いなくて、考えあぐねた結果たどり着いた、アプリ、レンタルアルファシステム。安全……だと思う、評価も星5で良いし。うん、じゃ、お問い合わせをしてみるか。なるみは、恐る恐るボタンを押すが───。
◆完結済みです。ありがとうございました。
◆表紙絵を花々緒さんが描いてくださりました。カッコいい雪夜君と、おどおど鳴水くんです。可愛すぎますね!
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