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(18)乙ゲーミスキャスト
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百重少年は姉と間違われ、異世界に召喚される。そこで姉の代わりに、魔王の呪いでやる気を失った王子の呪いを真実の愛で解いてほしいと言われ……。
少年:和葉 百重(かずは ももえ)
王子:ミュレスター
執事:シータ
魔法使い:サーリェ
先に言うと、百重×サーリェです。脇役ちゃんが可愛い性分です。あと、攻めの女装(一瞬だけど)注意です。最初は攻めが受けっぽいのが好きです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「あ~。明日テストとか~。くそ~。勉強したくね~!」
誰もが眠気を覚えるうららかな昼下がり。
俺は自室の机に座りながら、ぐっと腕を上に伸ばし悪態をつく。
期末テストを明日に控えた俺は、勉強を進めること約10分。早くも集中力が途切れ、
目についた漫画を何気なく手に取り、ぱらぱらとめくる。
そこに描かれているのは、剣や魔法の定番ファンタジー。この巻では確か、ヒロインの女の子が悪い魔法使いに掴まるんだったか……。
「あ~。魔法使いでもなんでもいいから、俺もファンタジーの世界に連れてってくんねーかな~」
……なんて。一人で呟くのには、ちと恥ずかしいセリフだったな。
「にしても……。だめだ。眠い……」
そうだ、30分だけ寝よう……。そして、起きたらきっと勉強をしよう。
すでに瞼が閉じかけていた瞳を完全にシャットダウンして、俺は机に突っ伏し、そのまま深い眠りへ落ちていった……。
*
「き……て、さい」
「ん……?」
ぼんやりと耳に響く声に眠っていた脳が引きずり起される。
うう……。待ってくれよ。こっちは疲れてんだよ……。テスト勉強なら、あと少ししたらやるから……。うん。多分……。
「そろそろ起きてくださ~い!!」
「うわっ!」
耳元で精一杯叫ばれた声に、俺は思わず飛び起きる。
「貴方が『カズハサクラ』様ですね! お待ちしておりました! どうかミュレス王子をお助けください!」
「は?」
なんだ、このお子様は……。
俺の手を取り懇願する少年は、やけにフリフリした洋服を着ていて。
コイツ、漫画やゲームに出てくるような恰好してんな……。えっと、ゴスロリってやつだっけか? さっき読んでた漫画に出てくる服にそっくりだ。
「サクラ様! 聞いていらっしゃいますか?!」
「え、ああ。ごめん」
って、なんでこんなチビに怒鳴られなくちゃいけないんだよ……。
「貴方は我が国の救世主なのです!」
「きゅうせいしゅ……?」
「魔王の呪いにより、やる気を失ってしまった王子を救い出せるのは貴方しかいないのです!」
「おうじ……?」
「このままだと未来の政治はままならない。そこで、魔法使いに聞いた解決策が」
目の前の少年が、ずいと一歩踏み出し鼻息荒く言葉を止めて……。
「王子を骨抜きにできるほど完璧なお姫様! なのです!」
キラキラとした眼差しで俺に向けて、じゃじゃーんと手を広げてみせた。
「愛こそが呪いを解く魔法! 王子が真実の愛に触れたとき、邪悪な呪いは効力を失うのです! だから、どうか愛のパワーで王子を取り戻してください!」
あ~。おとぎ話とかでよくあるご都合主義なやつか。そんなんで呪いが本当に解けるのかは知らないが……。
「……あのさぁ、わかってるとは思うけど。俺、男だよ?」
「……」
しばしの沈黙。
「人間界の女の子にはそういうボーイッシュな子もいるのかなぁと」
あはは、と言葉を濁しながら苦笑いを決める少年がだらだらと汗を流す。
「いるかもだけど、残念ながら俺は正真正銘男だ。しかも、『桜』って俺の姉ちゃんの名前だし……。お前ら、明らかに召喚する相手間違ってるぞ」
確かに姉ちゃんは綺麗で何でも出来て、まさにプリンセスの素質アリって感じだからな~。
まぁ、そんな完璧お姫様が近くにいるせいで、俺の理想が跳ね上がって、そこらの女の子じゃピンとこないんだよな~。迷惑な話だ。
「ああ、やはり! 魔法使い、貴方、ミスりましたね!」
少年が後ろを向き、誰もいない物陰に向かって怒鳴り始めるもんだから、俺もつられてそっちを見てみると。
「いやぁ、悪いね。複雑な魔法だからね、それに、なんだか調子が悪くてね」
「うわっ。またなんか出てきた」
ぬぼっといきなり現れたそれは、真っ黒なローブに身を包んだ男だった。
うわ~。いかにも悪い魔法使いって感じだ……。
「彼は我が国の専属魔法使い、サーリェです」
「どうも~」
俺の視線に気づいた魔法使いは、胡散臭い笑みを浮かべながら手をひらひらさせる。
「とにかく、こうなったからには強引にでもプリンセスをやっていただきますよ!」
「は?」
いやいや。俺にプリンセスとか、無理に決まってんだろ……!
「いや~。なんか、すみませんね~」
いや、お前は本当にな!
全く悪びれる様子もない魔法使いに、心の中でツッコミをいれる。
あ~。なんかあれだ。これはあれだ。
未だごちゃごちゃと何か言い募る執事をよそに額に手を当て、地面を見つめる。
大理石の床。そのそこここに埋められた煌く宝石。歩くことも憚られるほど豪華な造りは、一般人の俺にとっては全く縁のないもので。
俺はまた、ひどく面倒な夢を見たもんだ……。
まだ焼き立てだということを示す湯気と共に、香ばしい匂いを辺り一面に漂わせるパン。その匂いにも劣らず香り、ジュウジュウと音を立て、その存在を主張する肉の塊。これはスパイスが上に乗り、程よく焼き色がついていて、見ているだけで食欲をそそられる。他にも、黄金に輝くスープ、瑞々しい野菜や果物が所狭しとテーブルの上に並べられている。
普通なら冷めないうちにと、ルンルン気分で急いで食べるところだが。
「あ~。ええと。初めまして。俺は和葉 百重(かずは ももえ)っていうんですけど……」
「……」
テーブルを挟んで俺の目の前に座っているのは、この国の王子。ええと、名前はたしか、ミュレスターとか言ったかな。確認する意味でも、喋って欲しかったのだが。
気まずい……。
「あ~。今日はお招きいただいて~その、ありがとうございます……」
「……」
笑顔でなんとかその場を凌ごうと決めていたのだが、早々に顔の筋肉が引きつる。
あ~。王子なんでこんな無口なんだよ! こんな格好で一人べらべら喋らされてんの、最高にクールなんですけど……!
水を一口含み、自分を落ち着かせるために目線を膝に落とす。
目に映るのは、ピンク色のドレス。これ高そうだよな~。肌触りもいいし。いや~。俺なんかが着るには勿体ない……。
いやいやいや! やっぱ無理だろ!
自分を落ち着かせることに失敗したどころか、女装への羞恥を再度思い起こした俺は、慌ててコップの水を飲み干す。
そう俺は今、女が着るドレスを着て、靴を履いて、可愛い髪留めまで付けている。なんでも、姉ちゃんのために揃えたんだとか。サイズはもちろん小さいので、背中のホックは閉まり切らず、仕方なしにカモフラージュのカーディガンを羽織っている。
いやこれ、絶対失敗だろ……。
自分でも鏡を見たが、どう見ても男だった。
俺だって勿論こんなことはしたくなかったのだが、魔法使いやシータ(少年執事の名前らしい)が作戦を実行しないことには元の世界に帰さないと脅してくるのだから仕方がなかった。
「えーっとそのぉ。……う~ん。あ、そうだ。ご趣味は?」
って、お見合いか!
会話がなさすぎて出た苦し紛れの質問に、思わず自分でツッコむ。……まぁ、これもどうせだんまりなんだろうけど。
目の前の王子をそっと見つめる。
絵本の中の爽やかな、いかにも王子様~って感じのタイプではなく、頑固で融通の利かない剣士タイプって感じだよな。
そんな奴が愛のパワーで骨抜きになるとは思えないが……。
「剣の修行」
「え?」
あ、もしかして今、俺の質問に答えてくれたのか!
ぼそりと呟かれた言葉の意味を理解した途端、不思議な安心感を覚える。
あまりに自分の格好がキツすぎて、無視されてるのかと……。
「あ~。俺も剣道ならやってますよ~! 部活ですけど」
「剣道?」
「あ~。剣の修行っす」
「ほぅ」
ぶんぶんと腕を振ってみせると、王子は感心したように自分の顎を擦り、俺の方をじろじろと見つめ始めた。
「というか、お前は男だよな?」
「あ~、はい。気づいちゃいました?」
「というか、気づかない奴がいるのか?」
「あ、あはは。ですよね~」
うわ~! なんか俺が恥ずかしい奴みたいで死ねるんだけど?!
ていうか、こんな鈍感そうな奴に言われるとグサッとくる!
「大方、シータの仕業であろう?」
「えっ。それも気づいてたんですか」
意外と鈍感じゃないのか、この人。
そう思ったのがバレたのか、王子がムッとしたの表情をし始めたので、俺は慌てて話を続ける。
「ええっと。……正直あんたの執事頭おかしいっすよ。あんたが俺と付き合うとか絶対ありえないのに、ヤケになりすぎってか」
「そうでもないぞ」
「は?」
「お前と話すのはなかなか嫌ではない」
聞き間違いかと顔を上げると、満更でもなさそうに、はにかむ王子と目がかち合う。
「それは、俺もまぁ」
なんとなくこそばゆい雰囲気に、もぞもぞとパンをちぎり、頬張る。
噛んだ瞬間、素材そのものの素朴な味が口いっぱいに広がる。しっとりとした触感がまた絶妙で、ついもう一口と頬張ってしまう。
「とりあえず、今日はゆっくり食事を楽しもう」
「あ、はいっ」
パンに舌鼓を打っているところを笑われ、再び羞恥に襲われるが。……女装に比べりゃ可愛いもんだ。
吹っ切れた俺は、食べなきゃ損だと言わんばかりに、手あたり次第料理を平らげてゆく。
「機会があればまた頼む」
「そりゃこっちも願ったり、ですよ」
あらかたの料理を食べつくし、満足した頃には、王子との会話も進み、その場の空気も温まっていた。
「やっぱり! 見込んだ通り! 王子、いつもより生き生きしてました!」
食事が終わり、王子と別れた後、様子を見ていたシータは興奮気味に目を輝かせて近づいてきた。
「う~ん。そうなのか?」
「ええもうそりゃあ! だって、最近の王子と言ったら、剣の修行でさえ身が入らない様子でして。公務なんか、ずうっと放ったままなんですから……!」
「あいつ、そんな不真面目な奴には見えなかったけどな」
「だから、呪いなんですってば!」
「呪い、ねえ……」
女装が見破られたこともあり、元の格好でいることを許されたので、さっそく制服に袖を通す。こっち世界の衣装も勧められたが、そのフリフリ具合に思わず断ってしまったのだった。
「モモエ様の世界じゃピンと来ないかもしれませんが、こちらでは起こりうることなのです!」
「でも、それって俺じゃ解決できないだろ? もっと可愛い子呼んだ方がいいんじゃねえの?」
確かに王子とは、少しだけだが仲良くなれた気がした。でも、それが恋愛感情であるかと問われれば……。
「いえ。そうしたいのは山々なのですが、召喚の儀はそう簡単に何回もできるものではないのです」
そういえば、あの魔法使いも複雑なんだって言ってた気がする。
「でもなぁ。俺が居ても意味ないし……。そろそろ元の世界に帰してくれると嬉しいな~なんて」
「いいえ! 貴方ならばきっと……。脈アリです!」
「いや、それも困るんだけど」
ずいっと謎の自信を押し付けてくるシータに一歩引きながら、苦笑いを浮かべ、頬を掻く。
「とにかく、貴方は王子を落とせばよいのです! そうすれば、この国も安泰! モモエ様も元の世界に帰れてハッピー! なのです!」
「俺、逃げていいか?」
「いいですけど、国の兵数万を使って地獄の底まで追いかけ回しますよ。その後、捕まった暁には、どんなに足掻こうと拘束具をつけ、今まで以上に規制された生活を送ってもらいますけどね……」
「ひぇ……」
「……なんて、嘘ですよ!」
地獄の呪いみたいに歪んだ笑みが、一瞬で少年の純粋な笑みに戻る。
「あ、あは、は……。は、はい……」
その様子にそれ以上追及することもできずに、引きつった笑いを浮かべ、脱走を断念する。
あの目は、絶対本気だった……。
一国の王子の執事が、可愛いだけの少年に務まるわけがないよなぁ……。
シータの動向をいつも離れて見守っている兵士をそっと見つめる。その先にはきっと何万もの兵がいて、シータの一声でその全てが動くと考えると……。
たとえ夢であっても、自分の置かれている状況に頭を抱えざるを得ない。
って、あれ……。これ、本当に夢だよな……?
がりがりと引っ掻いた頭皮に走る微かな痛み。
それに気づいた俺は、慌てて自分の頬を思いっきり抓る。
「痛っ……!」
ええと。夢なのに痛いとは、これ如何に……。
「やっひゃり、いひゃい……」
無駄に広い城内を探索がてら、暇あらば自分の頬を引っ張り続けてみる。
気の遠くなるほど長い廊下で時々すれ違うメイドからは、もちろん奇妙な目で見られる。
見知らぬ制服の男が、頬を抓りながら一人で歩いてたらまぁ、そうなるわな……。
シータから、なんとか城の中だけでも探索する許可を貰った俺は、何をするでもなく、途方もない散歩に出た。が。
ほんとに広すぎる……。
現実とは思えないほど、だだっ広い城内に気が遠くなる。
……こんなのが現実なんて、信じられるわけないだろ。
少年執事に堅物王子、それから魔法使い。そのどれもが俺の常識からかけ離れている。
特にあの胡散臭い魔法使いは無いだろ……。
そういえば、こっちに来る前読んでた漫画にも似たようなのがいたな。ああいうのは絶対、実は黒幕でしたってオチで……。
「っ?!」
突然、肌を刺すような視線を感じ、振り返る。
「誰も、いない……?」
注意深く辺りを探ってみるが、何かの気配はとっくに消え去り、静寂を保っていた。
あれは、殺気だった。振り返るのが一歩でも遅ければ、殺されていた。それぐらいに鬼気迫る殺意があった。
「やぁ、どうかしたのかい?」
「うわっ!」
突然背後から肩を叩かれ、飛び上がる。
「ああ、ごめん。驚かせちゃったかな」
「魔法使い……」
ここまで近づかれていたのに、何の気配も感じなかった……。
「いやね。大切なお客様である君がこんなところで何をしてるのかな~って思いましてね」
「……お前こそ、どうしてこんなところに?」
魔法使いの顔を見つめる。その飄々とした態度の裏にはきっと何かある。そう語り掛けてくる直感に、自然と汗が滲む。
「私は貴方がちゃんと王子のお相手出来ているか、心配になって見に来た次第ですよ」
「心配、ねぇ?」
「そりゃあ心配に決まってるじゃありませんか。なんせ、私が間違って貴方を呼んでしまったもんですから! もし貴方に何かあったらと思うと……」
「例えば、魔王に襲われる、とか?」
その言葉に反応するように、魔法使いの眉がぴくりと動く。
「あ、はは。魔王だなんて。ここは結界で守られていますから。魔王といえど、そう簡単に侵入できやしませんよ」
「それにしちゃ、物騒なモン持ってんじゃん」
ワントーン低く紡いだ声に、からからと笑う魔法使いの手が止まる。
「ええと、何のことです?」
「袖の下。ナイフ隠してるだろ?」
一向に袖から出さない左手を見つめてみる。
「嫌だなぁ。そんなもの隠しているわけがない」
「……そうですよね。すみません、気のせいだったかも」
やっぱり、コイツは隠してるな。
動作の僅かな違和感からそう見極めると同時に隙をつき、魔法使いの左手に手刀を入れる。
「な……!」
カラン。
固い床に落ちたナイフが、その存在を主張する。
「ほらね」
魔法使いの足元に落ちたそれを拾い上げ、目の前に見せつける。
「これは、貴方に何かあったらいけないと……」
……怪しい。
「ええと。それじゃあ、私はこれぐらいで。仕事をしないといけませんのでね」
疑いの目を向けると、それを察した魔法使いがそそくさとその場を後にする。
「……魔王、か」
返しそびれたナイフを握りしめる。確かに現実味のあるその重みに、ふとナイフを回転させながら真上に放ってみる。
「痛ッ……」
カラン。
キャッチに失敗したナイフは指を傷つけ、そのまま地面に落ちる。
「あ~。痛いな」
つぅと流れる赤い血を舐める。その鉄臭い味に、思わずため息が出る。
「これ、やっぱ夢じゃないのか」
「……君は何をしているんですか?」
「はは。バレた?」
魔法使いの後をつけて、辿りついた研究所らしき部屋に入った途端声を掛けられる。
「ほら、これ。返さなきゃいけないかなって」
「……」
ナイフを差し出すと、魔法使いは呆れたようにため息をつく。
「手、出してください」
「ん?」
「ああ、もう!」
言葉の意味を理解し兼ねていると、魔法使いが痺れを切らしたように俺の腕を引っ掴み、指に何かを吹きかける。
「うわっ」
傷口に液体が沁みて怯んだところに、真っ白い布をぐるりと巻かれる。
あ、もしかしてこれ治療してくれたのか?
包帯の巻かれた指を鼻に近づける。
「くさっ」
「それ、臭いけど治りが早いんですよ。あ、傷口は触らないようにしてくださいね。その匂いが消える頃には治ってますんで」
気だるげに忠告した魔法使いは、ナイフにも何か吹きかけ、ついた血を拭き取る。
「ここ、アンタのラボなのか?」
壁一面に張られた魔法陣らしき模様、そして変テコな記号。独特な匂いを漂わせる様々な色の液体。変な植物や何かの一部が液体につけこまれている瓶。乱雑に高々と積まれた本。……いかにも魔女の住処って感じだ。
「早く王子のとこに戻った方がいいですよ。私は忙しいんですから」
横目でこちらを見つめた後、魔法使いは本を片手にせっせと液体と液体を混ぜ合わせる。
「何の研究してるんだ?」
「……別に、貴方の気を引くようなものはありませんよ」
一瞬の間がある返事。僅かに逸らされた視線。
なるほど、教えられないってわけか。
「さあさあ。私なんかに構っているより、王子のところへ赴いて認めてもらう方が賢明ですよ。なんせ貴方は救世主なのですから」
一向に帰るそぶりを見せない俺に、魔法使いはにこにこと、さも善人のように微笑み助言する。
「なぁ、これはやっぱり俺の夢ってことはないんだよな」
「……え? 夢だと思ってたんですか?」
突拍子のない問いかけに、魔法使いは馬鹿にしたような、呆れたような顔でこちらを見つめる。
「俺の世界には魔法なんてないんだよ」
だから、すぐに現実だと認められる訳がないだろ……!
「ああ。なるほど。でも残念ですが。この世界、そんなお菓子みたいにふわふわした夢の世界ではないですよ」
すっと周りの空気が冷たくなり、彼の表情に影が差す。
「お前は、一体なんだ……?」
「やだなぁ。私はただのしがない魔法使いですよ」
「それにしちゃあ、随分胡散臭いけどな」
「そうですか? 魔法使いなんてそういうものでしょう?」
「さぁ。俺は馴染みがないもんでな」
挑発的な視線を向けてやると、魔法使いは詰まらなさそうに目を逸らす。
「……貴方は何も考えなくていいんですよ」
そうぽつりと呟いた魔法使いは、再び本に目を落とす。
「おい。まだお前に聞きたいことが」
「仕事なんで、邪魔をしないでください」
まるで興味を失ったように俺をしっしと手で払うと、魔法使いは無表情な顔で研究に没頭する。
それから何を話しかけても返答が返ってくるわけでもなく。
「魔法使いですか?」
「そ。アイツ一体何者なのかな~って」
魔法使い本人に直接聞くことを諦めた俺は、シータに質問をぶつけてみた。
「ああ見えてあの方は魔法が使える者ならば崇拝しない者はない、と言われるぐらい優秀な賢者様なのですよ」
「え……。アイツそんなに偉いの?」
確かに、あのストイックな研究姿勢は変態的ではあったけど。
「今、唯一魔王の悪行を止められる人物だと言われています」
「……」
魔王、か。
「まぁ。ミュレス王子の方がすごいんですけどね!」
「あの王子が?」
王子の顔を思い浮かべる。無口で不愛想に見えた王子も、思い返してみると中々かっこよかった気がする。
「王子は勇者の生まれ変わりだと言われているのです!」
拳を握ったシータが興奮気味に威張ってみせる。
「勇者……?」
ほんのりと熱くなった頬を手のひらで冷やしながら尋ねると、シータが待ってましたと言わんばかりに胸を張り、説明を続けてみせる。
「魔王を倒せるのは勇者しかいない。これは古くからの言い伝えです」
「あ~。なんとなくわかるよ」
ゲームとか漫画じゃ鉄板だし。
「我々民は、勇者様がいたからこそ平和に暮らせていました。しかし、あるとき勇者様は魔王に殺されてしまったのです」
胸の前で手を組んだシータが芝居掛かった様子で、歌うように物語を紡ぎ出す。
「それからというもの、数々の国が魔王の手によって滅ぼされてゆきました。この国は、ミュレス王子のお父様、先代国王様の頑張りによって、守られてきたのですが……」
愁いを含んだ瞳をそっと伏せ、シータは声のトーンを下げる。
「ミュレス様が15のときにお亡くなりになって……。それからミュレス様もお父様同様必死に国を守られてきたのですが……」
「魔王に呪われてやる気をなくしたというわけか」
「はい……。今はお父様の残された結界が働いているので魔王が入ってくることはないのですが……もう結界の限界は近いのです」
「それは……」
大変なんだな、と呟こうとした俺の手を、はしとシータが掴み上下に振りだす。
「でも! モモエ様が来てくれたからには、もう安心です!!」
「え……。待て待て。そんなに重い話とか俺、知らないし……!」
きらきらと期待の籠もった眼差しからのプレッシャーに耐え切れなくなって、シータの手を離そうとするが。
「ミュレス王子が勇者として覚醒するためには、貴方様の協力が不可欠なのです。モモエ様、モモエ様は、王子がこのまま国とともに朽ちてしまってもいいのですか?!」
「それは……」
正直、見ず知らずの国と王子がどうなったって俺には関係ない。でも……。
嫌になるほど頭の中で、王子の悲しげな顔が想像される。あの人が傷ついたら俺は。あの人がいなくなったとしたら……。
「モモエ様?」
心配そうに覘き込んでくるシータに、慌てて頭を振って思考を遮る。
「わかったよ。どうせ帰れないんだ。俺もできる限りのことはしよう。つっても愛でどうのこうのはよくわかんないけど」
「それは、きっともうモモエ様の中に……」
シータの言葉にどきりとする。
王子から離れて、まだ少ししか時は経っていないはずなのに、さっきから思うのは王子のことばかりだった。
まさかそんなはずは、と思うのに、胸の痛みは強くなるばかりで。
ミュレス王子を救いたい。そんな思いがじわりじわりと湧いてくる。
これが愛だって? 馬鹿を言え。そんなものに溺れるくらいなら。
「魔王の方をどうにかしなきゃな」
「なぁ。アンタは魔王についてどう思うんだ?」
「え。魔王、ですか……?」
今まで散々無視してきた魔法使いがようやく口を開く。
あれから数日の間、俺はこうして魔法使いの仕事場に通い詰めるようになっていた。
理由は明確。
「そう。魔王」
「モモエ様。ここは結界で守られているから大丈夫だと言ったでしょう? それに、いざとなれば王子がどうにかしてくれるはずで」
やけに早口に話す魔法使いの様子に、目を細め、試すような視線を送る。
「じゃあ、もうすでに魔王がこの城の中にいるとしたら?」
「えっ?」
ガタッ。
「う、わっ!」
油断した魔法使いを椅子から引きずり倒して、そのまま上に覆いかぶさる。
「な、退け!」
「なんだ。力弱いな。結界とやらで弱ってんのか?」
抵抗する魔法使いの腕を取り、ぐっと力を入れるだけで、魔法使いの顔は痛みに歪む。
「っ、」
力では勝てないと悟った魔法使いが何やらぶつぶつと呟きだす。
「あ、もしかして呪文か?」
「んむっ!」
それが紡ぎ終わる前に、慌てて魔法使いの口を手で塞ぐ。
すると、魔法使いの手のひらに宿った光が蝋燭を吹き消したみたいにふっと消える。
「へぇ。ほんとに魔法使えるんだ」
「んんん~!」
じたばたと暴れる魔法使いの手をまじまじと見つめる。
どういう仕組みなんだろう。俺にも使えたりすんのかな。
「って。いってえ!」
場違いな感想を抱いていた俺の手に、魔法使いが思いっきり噛みつく。
「っは。くそ、凶暴なお姫様だな……!」
俺の手から抜け、距離を置いた魔法使いが悪態をつく。
揉み合ったせいで魔法使いの衣服は乱れ、いつもすっぽりと被られていたフードが取れて黒髪がはらりと揺れる。
神経質に顰められた眉。髪と同じくらい真っ黒な瞳。真っ白い肌。乱れた前髪。どれも今までフードに隠されて見えなかったもので。
「アンタ、そんな顔してたんだな」
声や雰囲気から察していたが、やはり自分よりも幾分か年上。寝不足なのか目の下の隈がはっきりと見て取れる。深く刻まれた眉間の皺は日々顔をしかめて生活しているんだろうかというぐらい緩まらない。うん。全体的に神経質~って感じだ。
「……! じろじろ見るな、見せモンじゃない!」
苛々とした声で威嚇し、魔法使いは再びフードを被る。
「なあ、アンタが魔王なんだろ」
「な、僕は……! いや、私は、その……。ただの魔法使い、ですけど」
何とか自分を押さえた魔法使いが、にこりと笑ってみせるが意味はない。
「ミュレス王子は俺が救う。だから、お前には」
「ま、待て」
一歩後ずさった魔法使いが、転がっていた瓶に足を滑らせる。
「あ、」
どんっ。
ぱりん。
転倒した魔法使いの頭に薬品がぶっかかる。
「えっと。大丈夫ですか?」
「っ~」
頭を押さえながら起き上がった魔法使いの周りには、割れたガラスと怪しげな色をした液体が飛び散っていて。
「……!」
それを見た魔法使いが、さあと青ざめる。
「どうしたんですか?」
「あ。い、いや」
明らかに様子のおかしい魔法使いに詰め寄り……。
「どうしたんだって、聞いてるんですけど!」
「……っ!」
ぐいと引っ張り立たせてやるが、目が合った瞬間に魔法使いが崩れ落ちる。
「もしかして、それ大事な薬でしたか?」
目を合わせない魔法使いにわざとらしく問いかける。
「……」
挑発には乗らない、か。いや、それどころじゃないのか?
体を小刻みに震わせながら顔を歪ませる魔法使いに目を細める。
「アンタの思い通りにさせやしないさ。魔法使い」
「また君ですか」
「はは。嫌そうな顔しないでくださいよ」
「前にも言ったように、こんなところに来ても意味ないですよ」
早々に顔を逸らし、本に視線を落とす魔法使い。そのフードから覗く口元は固く結ばれ、どこか緊張しているように思えた。
「そんなことはないですよ。それに、俺はアンタのこと心配してんですから」
「貴方が心配するようなことは、何一つありませんよ」
やっぱりそうだ。冷静を装っているが、いつもの余裕が全く感じられない。
「でもほら、この前思いっきり薬品を被ってたからさ。体調でも壊してないか心配で」
「いえ。あれはただの風邪薬なんで、大丈夫……」
演技掛かった口調で距離を詰めると、いよいよ魔法使いの瞳は不安に揺れ動く。
「なんだ。それは良かった」
「わかったなら、早く王子のところ行ってくださいよ。それが貴方の使命なんですからね」
わざとらしく笑って見せると、魔法使いはそっぽを向き退室を促す。
「もう少しここに居させてよ」
魔法使いの肩に手を置き、耳元で囁いてやる。
「……貴方がいると集中できない」
すると、魔法使いは居心地悪そうに身じろぐ。
「ええ。邪魔してますから」
「……出ていけ!」
にっこりと微笑んだところで、魔法使いの堪忍袋の緒が切れる。
「ちぇ」
もう少し本性引き出してやりたかったんだけどな。
勢いよく追い出された後、閉ざされた扉をノックしてみるが返事はない。
でも、ただの風邪薬、ねぇ……?
「なにか面白いものでもあるのか?」
「わっ、王子!」
笑いをかみ殺していたところに背後から声を掛けられ、振り向くと王子がいた。
「他の男に興味を向けるなんて。オレは随分軽く見られたものだな」
「いや、そういうわけじゃ」
「でも、お前は最近どうもサーリェに構いすぎていると聞くが?」
「それは、何ていうか。ええと」
「……」
王子が黙り込み、そっぽを向く。
いや、これは何かを睨んでいる……?
王子の睨みつけた先を追いかけるように見つめる。
「あ~。えっと」
そこにあるのは覗き窓。そこから魔法使いがこちらを伺っていたらしい。
「いや、気にせず続けて欲しいな~なんて」
王子に睨まれ、さすがの魔法使いもばつが悪そうに目を泳がせる。
「貴様、殺されたいみたいだな」
「な、なんでそうなるかなぁ……。私はそういうんじゃなくてですね」
「いいから出てこい」
「いや、私には研究が……」
「これは命令だ。早くしろ」
「うう……」
渋々扉の鍵を開け、出てきた魔法使いが恨みがましくこちらを見つめる。
「……っわ!」
それを見た王子が殺意とともに、手袋を投げつける。
「あの、王子さん? 私はべつにコイツのこと、何とも……」
「お前が魔王なのだろう?」
「え……?」
魔法使いのへらへらとした表情が一瞬凍り、じろりと俺を睨みつける。
「や、俺は何も言ってねえぞ」
「なんだ。モモエも疑っていたか。これはいよいよ違いない」
「いや、それは誤解です! 違いますって……! って、うぎゃ!」
言い訳をする魔法使いの足元に剣が転がされる。
「剣をとれ」
「本気ですか……?」
「貴様に拒否権などない」
「は~。こんな予定なかったんだけどな……」
のろのろと魔法使いが手袋と剣を拾い上げる。
「ふっ。それでいい。白黒はっきりさせようじゃないか」
「ったく。王子様にもわかってもらわないといけないみたいですね」
二人の鋭い視線がかち合い、場に緊張感をもたらす。
両者に挟まれた俺は、自分が戦うわけでもないのに無性に乾きヒリつく喉を、唾を飲み込み無理やり潤す。
「モモエ。オレが魔王を倒したならば、我が人生、共に歩んでもらうぞ」
「あわわ、こんなことになるなんて……。王子、大丈夫でしょうか?」
きんっ!
両手を胸の前で組み、心配そうにするシータの見つめる先で二人の剣が激しくぶつかり合う。
『モモエ。オレが魔王を倒したならば、我が人生、共に歩んでもらうぞ』
ふとミュレス王子の言葉を思い出し、心が跳ねる。
あれは、やっぱりそういう意味なんだろうか……。
最初の食事から今まで、王子とは何回も他愛もない会話を交わして来た。食事にティータイム、剣の稽古、庭を散歩したこともあったな。どれも思い返すだけで、ぼんやりと、ぽわぽわと、熱で頭がやられたようになる。
ああ、やっぱり俺は……。
「モモエ様、顔が赤いですが、大丈夫ですか?」
「あっ、ああ。平気平気!」
シータに声をかけられ、ようやく現実に引き戻される。
剣戟の音は未だ激しく、止むことを知らない。
今のところ、王子の優勢。魔法使いは王子の剣を受け止めるだけで精一杯といった様子だ。
「ぐっ」
王子の伸ばした剣の切っ先が、回避したはずの魔法使いの頬に触れる。
「どうした。お前の力はそんなものではないだろう? 魔王よ」
「だから、違うって……、くそ!」
反応の鈍くなってきた魔法使いに王子が容赦なく剣を振るう。その度、回避しきれなかった剣先はローブをきりきり引き裂いてゆく。
「あ~! やっぱ剣じゃ無理だっての! この手は使いたくなかったんですけど……」
王子の追撃を後ろに飛んで躱し、距離を取った魔法使いが口の中で小さく紡ぎ始める。
「我が声に耳を傾け現れ出でよ!」
詠唱を終えた魔法使いが地面に手を翳す。
『ぐるるるるる』
煙とともに異形が現れ、迷うことなく王子に襲い掛かる。
「やはり貴様、魔王で違いないな」
召喚に驚いた様子もなく、的確に剣を振るいそれを排除した王子が魔法使いを睨む。
「僕は魔法使いだっての!」
早々に魔物が倒され焦った魔法使いが、さらに詠唱を重ねようと口を開いた瞬間。
「王子! これ以上魔法が使えないよう結界を張っておきました!」
「シータ、よくやった」
「にゃろー!」
笑顔で手を振るシータに、魔法使いが切りかかる。が。
「終わりだ」
「魔法使い!」
ざしっ!
「ぐ……」
魔法使いの剣先がシータに触れるよりも先に、王子の剣が魔法使いを薙ぐ。
もろに攻撃を受けた魔法使いは、呻きながら為す術もなく崩れ落ちる。
「ちょっとやりすぎじゃ……!?」
尚も魔法使いを斬ろうとする王子に、慌てて声をかける。
「……モモエは黙って見ていろ」
しかし、王子の殺意は止まらない。落ちた剣に手を伸ばす魔法使いを蹴り上げて……。
「やめろって、言ってるだろ!」
剣を振りかぶった王子の腕にしがみつく。
確かに、俺も魔法使いのことを疑っている。でも……。
「本当に彼は魔王なんだろうか……?」
「え?」
ぽそりと口をついた言葉に、その場にいた皆が驚きの色を示す。
「でも、サーリェが一番怪しいことには変わりは……」
「違う……。この人じゃない」
王子の言葉に反論し、自分の出した答えを噛みしめるようにゆっくりと呟く。
「魔法使い……サーリェは違う。魔王じゃない」
「う……。百重……様?」
「……なぜそう思う?」
サーリェの前に庇うように立ちふさがる俺に、王子が静かに問いかける。
「それは」
サーリェの瞳を見つめる。蹴り上げられた拍子に取れたフードから覗くその顔は、痛みによって歪んではいるが、邪悪な気配など一つも無い。
「直感です」
「は?」
きっぱりと言い切る俺の答えに、サーリェがぽかんと口を開ける。
「何かと思えば。モモエ様、気でも狂いましたか? 王子、モモエ様はきっと混乱しているのです」
肩を竦めたシータが、俺の答えを流すよう王子に促す。しかし。
「……お前の直感は頼りになるのか?」
王子が固い表情のまま、真っすぐに聞いてくる。
「自慢じゃないけど、マーク式のテストで全問正解だったことがあります。もちろん全部勘で」
「マーク式……?」
「つまり、勘で問題全部わかったってことです。俺ってば昔っから何かと勘が当たるんですよ」
だから絶対今回も俺の勘は当たっているはずだ、と言うより前にシータが王子の前に立ち塞がる。
「王子、耳を傾けてはいけません。目を冷ましてください。こいつは男で、異界の者。それがいきなり魔法使いを庇うなど、正気ではありません! きっと、何か操られて、」
「正気じゃない、か。はは。ほんとにね」
シータの台詞に割り込んだサーリェが不敵に笑いながら、その身をふらつかせ起き上がる。
「サーリェ!」
「は~。やっぱり君には驚かされる。勘で僕を庇うだなんて。ほんと。いいセンスしてるよ」
体を支えてやると、サーリェは真っすぐに俺を見つめ、苦笑する。
「百重、君のおかげでようやく力を取り戻せたよ」
「力……?」
瞳を閉じ、慈しむような声音で告げるサーリェに思わず息を飲む。そして、次にその瞼が震え、開いたときには、サーリェの双眸は黄金色に輝いていた。
「そう。僕にはね、信じてくれる人が必要だったんだよ」
サーリェの神々しい気配にあてられ、ぼうっとしていると、彼の腹の傷がみるみる治っていくのが見えた。
「……まさかお前、勇者か?」
その様子に驚愕したシータが、その姿に似合わぬ低音でサーリェに問う。
ん……。勇者?
「はは、今さら気づくなんてさ。随分と勘が鈍ったんじゃない? 魔王さんよぉ」
え……。魔王?
サーリェの視線の先にあるのは、可愛らしい少年の姿をしたシータ。
「な……。シータ、まさかお前が……?」
俺と同じく、その正体に驚きを隠せないらしい王子が声を震わしながら顔を青くする。
しかし、その言葉も今のシータには届かない。
「そんなはずは……。勇者は昔に殺したはず……。その生まれ変わりがミュレス王子のはずで……」
シータは、ぶつぶつと呪うように呟きながら爪を噛む。その異様な雰囲気は徐々にどす黒さを増し、魔王の片鱗を覗かせる。
「死んでないので、生まれ変わってはいないですね。……まぁ、あの時はさすがに死にかけたけど、危機一髪、なんとか皮一枚繋がっててね」
「生きていた……なんて。まさか!」
飄々と告げるサーリェに、シータはついに爪を噛み切る。
ああ、やっぱりシータが魔王なんだな。
怒りを露わにした彼にぞくりと身が震える。まさかこんなに可愛らしい少年が魔王だなんて、誰が疑おうものか。俺だって少し前までは当然のようにサーリェのことを疑っていた。
シータが放つどす黒い殺気は、間違いなくあのとき感じたものだった。
あそこで俺を殺そうとしていたのだろうか。そう考えただけで更に肌寒さが増す。
サーリェを見つめる。その瞳は全てを包み込むように優しく輝いていて……。
サーリェが魔王だと疑ったきっかけだったあれは、俺を守ろうとしていたのだ。
皮肉なもんだな。
疑った結果、サーリェにはひどい仕打ちをしてしまった。
「はは。勇者を舐めてもらっちゃ困るな」
サーリェがシータに向けて挑発的な視線を送る。
「こっちのことは最初から気づいていたというわけか」
それを受け、シータは尚も歯噛みしながら、苦々しく吐き捨てる。
「まぁ、アンタが勇者の生まれ変わりだって言われてるミュレス王子を殺そうとするのは予測できたからさ。先にここで魔法使いとして働いてたんだよね。アンタが訪ねてきたときにゃ、すぐわかったさ。どんだけ隠したって、魔王の爪に染み込んだ血の臭いはわかるんだよ」
「チッ、しぶといクソ犬が」
悪態をついたシータが口の中に残った爪を唾と共に吐き捨てる。そんな彼を物ともせずにサーリェは俺の方を向き、説明を続ける。
「勘違いされちゃったみたいだけどさ。王子を呪いで腑抜けにしたのもコイツだよ。城の誰かが進言するより先に、僕に呪いを解く方法を聞き、あたかも自分は正義のように振る舞って。先手を打つことで誰もがこの計画に託し、静観する」
「ええと」
「つまり、新しい勇者の解呪をわざと失敗させて時間稼ぎをしたかったんだろう」
「時間稼ぎ?」
「おそらく魔王は、僕との戦いでの傷が今も癒えていないんだろうよ」
「……チッ」
サーリェが挑発するような視線を送ると、シータが忌々しそうに舌打ちをする。
「だから召喚が失敗したのも魔王が魔術に干渉したせいだ。百重を強引に姫に仕立て上げたのも失敗を狙ってわざとだ。他の女を召喚されて成功しちゃあ意味がない。望みの薄い男の百重で時間稼ぎしたってわけ」
つまり、俺はただの時間稼ぎのために呼ばれたってわけか……。
「でも、魔王の企みを知ってる僕としては、君と王子に惚れ薬を盛ったディナーをご馳走するわけで」
不敵に笑ったサーリェが俺と王子をそれぞれ指し示し――。
「めでたく二人はラブラブってね」
ばーん、と茶目っ気たっぷりに、手で作った銃で撃つ振りをする。
「む……。だから男相手にこんな感情。おかしいと思ったんだ」
「ほんとにね……」
不服そうに腕組みをするミュレス王子に同意する。
ああ、やっぱり俺は薬に操られていたのか。
そりゃあそうだろう。こんなに熱っぽい乙女思考が俺のものであるはずがない。
王子への憧れが胸に込み上げてくるたびに、どこか冷めた気持ちになっていた。
それもそのはず。だって俺は……。
「だがお前を殺してこいつらも殺せば問題ないだろ?」
シータが残虐な笑みを浮かべ、サーリェを見る。
「殺せるなら、ね」
それを物ともせず、サーリェはさらりと答える。
「はっ。力を取り戻したとはいえ、お前が勇者だと信じる者はモモエしかいない。そんなちっぽけな信仰でボクを殺せるとでも?」
「信仰?」
勝ち誇るシータの言葉に、つい疑問を口にする。
「勇者とは神と等しい存在。神が人々の信仰心で強さを得るように、勇者もまた、人々の勇者を信じる力を強さに変えるんだ」
それを受けて、王子がこの世界の理を説明してくれた言葉を自分の中で噛み砕く。
おとぎ話のような話だ。ここにいる二人がそんな途方もない存在だなんて。
でも、納得できるほどに本性を現した二人の気配は、その異質さを物語っていた。
「そうだ。でも馬鹿な人間どもはミュレスターのことを勇者だと思い込んでいたからな! コイツへの直接的な信仰ではない!」
みんなサーリェが勇者だと知らないから、力に繋がらないということか?
「アンタもオレが勇者だと思い込んでたくせに、よく言う」
「うるさい! とにかく! お前にボクは殺せない。残念だったな、勇者!」
ぼそりと呟かれた王子のツッコミに、シータが過剰に反応する。そして、サーリェを見つめ、高笑いし始める。が。
「残念なのは君の方だ」
冷たく放たれたその言葉に、シータの笑いがぴたりと止まる。
「負け惜しみを。ミュレスターの信仰心を足したって、到底叶いっこないだろう。ボクには信仰心など必要ない。ただ、この世に満ちる悪意を吸い込めばいい。それもたっぷり休んだおかげで十分なほどに蓄えた」
つまり、魔王は信仰ではなく、悪意を力に変える存在なのだろうか。
「時を経て結界も薄くなった今、ボクは何の抵抗も受けず力を発揮することができる!」
そう言い放ち、高々と掲げた手は天を貫き、弱っていた結界を無に帰す。
「しかし勇者よ、お前はどうだ? 昔と違ってお前を知る者はない。隠れていたのが裏目に出たな!」
「……そんなんじゃないよ」
「あ?」
ここまで言われてもなお、平静を保つサーリェに、シータの眉がぴくりと動く。
「確かに僕の力は弱まっている。君の力も回復したんだろう。けどね、そんなことは関係ないんだ」
「何を言って……。ボクが力を振るえば、この城どころか国ごと一瞬で、」
尚も言い募ろうと声を荒げるシータに、サーリェが大きく息を吸い込んで……。
「だから、アンタに王子を殺せるかなって言ってんの」
凛とした声で空気を震わせた。
「は……? 何を馬鹿なことを。確かにコイツのことは恐れていたが。それも勇者だと思っていたからこそ。お前が勇者だと分かった今、これはただの人間にしか過ぎん」
「じゃあやっちゃいなよ。人間を一人残らず消し去るのがアンタの望みだろ?」
無表情のままにけしかけるサーリェに、一瞬シータがたじろぐ。
「ええい! 何を企んでいるのかは知らんが、こんな唐変木ただの一瞬で……!」
首を振り、叫んだシータが王子に手を翳し……。
「な、なんで、」
動きを止め、信じられないといった様子で己の腕を見つめる。
「薬盛ったの、二人だけじゃなくてアンタにも、だ。特別サービスってね!」
「は……?」
心臓を押さえ、苦しそうに顔を歪ませるシータに、魔法使いがピースサインを見せつける。
なるほど。シータにも惚れ薬を飲ませていたのか……。
「愛する王子は傷つけられないでしょ?」
「き、さま……。だが、貴様を殺して解毒すればいい話、」
「言っとくけど、解毒作れるの僕しかいないんで。うっかり僕を殺すと、本当にヤバいことになっちゃうかもね」
魔法使いの抜かりない言葉を聞いたシータが青ざめる。
「こんな馬鹿らしい感情を、よくも……」
「それ、ずっと抱えたまま生きたくないでしょ?」
「だったら、コイツ以外の人間を殺す……!」
「ひっ」
怒りに震えたシータの手が、真っすぐ俺に向けられる。が。
「それはさせない」
王子が立ちはだかり、シータを制す。
「ぐっ……。そこを退け!」
「よくわからないが、オレがお前を阻止すればいいのだろう?」
「ひゅ~! さっすが王子、わかってますね!」
嬉しそうに手を叩くサーリェを見て、シータが崩れ落ちる。
「ぐ、ぐぐぐ……。た、頼むから、解毒、」
「作るよ。もちろん。百重も、ずっとここに居させるわけにはいかないからね」
サーリェがぽんと肩を叩く。その瞳は、慈しみを湛えていて。
「でも、ちょっと時間はもらうよ。なにせ難しい薬だからね」
そう言って、シータを宥めたサーリェだったが、素直に解毒を作るはずもなく。
結局、シータが拘束されているうちに、薬の効果はみるみるその身を侵食し。
「あ~! もういい! わかった! やめればいいんだろ! 魔王なんかやめてやるよ!!」
「そうしてくれると嬉しい」
「あー! ほんとお前ムカつくな! ムカつくほど愛おしいな! もうどうにでもなれ!」
愛の力により、すっかり腑抜けになってしまったシータが、ミュレス王子に叫び散らす。
「ほい。めでたしめでたし。ってね」
仕向けたサーリェの言葉に思わず身震いをする。
「勇者って一体……」
「僕は武力嫌いの手段を択ばない系の勇者だからさ」
そうして、結局シータは以前の通り、王子の執事として生きることになった。
王子も呪いが解け、徐々に公務をこなし、民は平和を心の底から喜んだ。
サーリェは相変わらず部屋に籠もりっきり。魔王の監視も兼ねて、しばらくはこの城で魔法使いとして過ごすらしい。
俺はというと、サーリェの解毒剤待ちで。この際だと、異世界を満喫するのだった。
*
「んで、俺はいつ帰れるんだ?」
「だから。急ぎで解毒を作ってる。転移の儀式だって準備中なんだよ。気が散るからここには来るなと言って」
「そう言わずに。俺も手伝えることあったら手伝うからさ」
どき。
「あ~。くそ、」
顔を近づけ囁きかけてくる百重を、手で払いながら悪態をつく。
まだ解毒が効いてないのか……。
魔王が腑抜けになってしばらく、そろそろ解毒を作っても大丈夫そうだと研究を進め、完成に至った。
最初に百重で試すわけにもいかないし、何より自分の効果を一刻も早く打ち消したかったので、秘密裏に自分だけ薬を煽った。
そもそも、最初に解毒まで作っておくべきだったな。
己の失敗に歯噛みする。
魔王の力で、先に解毒の作り方を知られでもしたらまずいと、研究を後回しにしたのが間違いだった。
「気分でも悪いんですか?」
払われることを物ともせず、こちらの心配をしてくる百重に言葉を詰まらせる。
その姿は、フィルターがかかったみたいにきらきらとして、見つめるだけで顔が熱く火照る。
まさか、自分の薬に踊らされる日が来るとは……。
「お前は、帰りたいのか? まだ薬が効いてるから王子と離れたくないはずだろう?」
百重から視線を外し、なるだけ平静を装って尋ねる。
「実は、薬の効果、大分薄くなってるんですよねぇ」
「は?!」
突拍子もない百重の言葉に、机を叩き、立ち上がる。
「そんなまさか! 失敗か?! いや、完璧だったはず……。っていうか、それじゃあ魔王がまた元に戻って、」
「いや、多分ですけど」
「ん?」
取り乱した僕に、百重がずいと顔を近づける。
「その薬って、本当に恋してる人には効かないんじゃあないですか?」
「!」
まさか。たとえ他に恋愛感情があったとしても、それを押しのけ、薬の効果が優先されるように作って……。
「いや、やっぱそうですよ」
きっぱりと言い切った百重が、僕の手を取る。そして。
「だって俺、あんたのことが好きになったからさ」
「へ?」
手の甲に口づけが落とされ、思わず手を振り払う。
「あはは。やっぱり自分のこととなると鈍い」
「人をおちょくるのは好きだけど、おちょくられるのは嫌いなんだけど」
「冗談じゃないってば。現に王子も俺にそっけなくなってきてるし」
「は? なんでだ?」
「そりゃアンタ、王子がシータのこと好きになったからっしょ」
あんだけアピールされりゃあ嫌でも意識するでしょ、と百重がさも当然と言った感じで呟く。
まさか王子が自然とシータを好きになるだなんて。いや、待てよ。薬の効果が発揮してから、他の人間に恋をする……? その可能性は予想していなかった……!
自らの失敗に気づき、冷や汗が伝う。
「まさか、そんな簡単に人間は恋に落ちるのか……?」
「ええ。そりゃあもう」
問いに答えた百重は、含み笑いで仰々しく僕の手を取ると、そのままぐいと腰を引き寄せる。
どき。
唇が触れようという距離まで近づいて、馬鹿みたいに跳ねる心臓に息を詰まらせる。
くそ、こんなときに……。
「どきどきする?」
「そんなわけないだろ、」
「強がるね。薬、効いてるくせに」
「あれは、風邪薬だって、」
彼の肩を押し返し距離を取ろうとするが、腰を掴む手も、その肩も中々びくともしない。
「ていうかさ。実はあのとき惚れ薬被せたの、わざとなんだよね」
「……は?」
わざと……?
「何のために……?」
「そう警戒しないでくださいよ。てか、惚れ薬っての否定しなくていいんですか?」
「……」
「俺が解毒しましょうか? ま、意味はありませんが」
「いいから退け」
からからと笑う百重をぐいと押しのける。が、やっぱりびくともしない。
「駄目ですよ。本当に俺のこと愛するまで付き合ってもらうんですから」
「お前は何を考えているんだ……? からかっているのか? 早く帰りたいんじゃないのかよ」
「あれは、あんたに会うための口実。本当は別にあっちの世界に未練があるわけでもない、むしろこっちのが居心地いいし。なにより、あんたがいるからね」
言葉を偽っている様子でもない彼に頭を抱える。まさかこいつ、本当に僕のことが……。
「で、返事は?」
「お断りだ。あいにく私は恋愛なんてしてる場合ではないんだ」
「じゃあ性別の壁はないってこと?」
「別に他人のことならどうだって構いやしない。ただ、私自信は恋愛なんてどうでもいいし、それよりも研究していたほうが、」
「はは。枯れてますねぇ。惚れ薬効いてないんですか?」
「解毒、そろそろ効く頃だからな」
これはハッタリでもない。順調にいけば、ここらで厄介な感情におさらばできるはずだ。
「なるほど。んじゃ、これ、なんだ」
指差したのは色が濃い薬。そこには研究したまま放置していた惚れ薬の原液。
まずい……。
「それは。他の研究中の薬だ、触るな」
「これ、もしかして惚れ薬の原液?」
「違う、それは人体に影響のある薬だから、こっちに渡せ、」
平静を装って、催促する。が。
ぺろ。
「やっぱこれ、惚れ薬でしょ。貴方が好きって気持ち、増しましたもん」
薬を舐め、こちらを向いた百重が悪魔のように微笑む。
「てことで、」
「待っ……、ん、んぐ……!」
手を取られ、動きを封じられた隙に、口移しで無理やり薬を飲まされる。
「っ、は、お、まえ、」
薄めた薬でも十分に効いていたというのに……! こんなものを飲んだら……。
「ほら、よ~く俺を見てくださいよ。これってあれでしょ。どうせ最初に見た人に惚れるんでしょ?」
「っ、なんで、」
「やっぱり。そうだと思ったよっと!」
モモエが俯く僕の頬に手を当て、ぐいと上を向かせる。
「あっ……!」
目が合った瞬間、ばちりと電撃が走る。
「どうですか? 俺に惚れましたか?」
「っ……」
ぐらぐらする。あ、熱い……。体が、全部、熱くて……。
「勇者って結局、神様みたいなもんなんでしょ? そんなんでも効くんですね」
「う……。早く、解毒を、」
「させませんよ」
余っていた解毒剤に手を伸ばそうとするが、そのまま抱き締められる。
「っ~」
「どうですか? 俺に触られたいんじゃないですか?」
耳元で囁かれる声に、全て持っていかれそうになる。
「っ、ふ、いい加減に、」
「いい加減にはこっちの台詞ですよ」
「っあ、」
耳を食まれながら呟かれる言葉に、ぞくりとして声が漏れる。
「いい加減、俺に落ちてくださいよ」
「そんなの、」
おかしい。間違ってる。わからない。
自分を支える力すら失った体は、彼にしがみつく形になって。
ああ、無力だな。神だの勇者だの言われたって。所詮は弱い。
「なんで、僕、なんだよ……」
「なんでって……。なんでだろ?」
「は……?」
首を傾げる百重に、一瞬熱が引き、イラつきを覚える。
「なんでだろって、お前、」
「いや、明確な理由とかわかんないけど……。最初はずっと研究してて気持ちわりぃなって思ってたし。でも、いつでも一生懸命で。しかも、一人で魔王に立ち向かおうとして」
言葉を切った百重が頬を撫で、フードを外す。
「こんなに白い肌で。こんなに細くて弱くて折れそうなのに。守ってあげたい、そう思うようになって……。いつしかそれが独占欲に変わって」
「な、撫でるな! 勝手にフードを取るな!」
再びフードを被り、頬やら腰やらを好き勝手触りまくる百重の手を払いのける。
「勿体ない。俺はあんたの顔、見てたいんだけど」
「僕は見られたくない」
ふいとそっぽを向いてみる。我ながら子どもっぽいなと思うけど。
どうも素顔を人に晒すのは抵抗がある。
理由はなんてことない。人々の描く勇者像と自分の外見が違いすぎるせいだ。
弱々しいとまではいかないが、別段逞しくも勇ましくもない。どちらかといえば、まさに魔法使いといった面持ち。
そのせいで、人々の信仰が薄れることを、自分が傷つくことを避けた結果、いつからかこんなものを被るようになっていた。
「俺のこと嫌いなの?」
「さあね。この通り薬漬けじゃわかりゃしないさ」
開き直ったように吐き捨ててやると、彼は俯き黙り込む。
そして。
「俺は、どうすればあんたに好きになってもらえるんだろうか、」
「っ、」
なんつー顔してんだ。
再び顔を上げた彼の瞳は、泣きそうで、一生懸命で、真っ直ぐで。痛くて仕方がない、と叫んでいるようで。
これが全部僕なんかのために向けられているのか?
ぐらぐら揺れる。
いつもと違う百重の表情に、全身がぐらりと熱くなる。
違う、これは薬のせいで、間違っててそれで……。
顔が近づく。目をつぶる。
怖い。
でも、このまま全て熱に任せられたならば……。
「すみません、やっぱりこんなの駄目ですよね」
掴んでいた手が、あっさりと離される。
「は?」
目を開けると、一歩引いた百重が申し訳なさそうに頬を掻く。
「俺、人をこんなに好きになったことなんかなくって。元居た世界では、ずうっとどこか冷めていて。本当はここに飛ばされたとき、どこかホッとしたんです。薬のせいとはいえ、王子と話してるときは楽しかったし、あんたと話してるときはもっと楽しかった」
「百重……?」
不思議に思って問いかける。
遠くを見つめるように目を細めた百重が、どこか遠くに行ってしまいそうな気がして。
しかし、百重はそれを無視して言葉を続ける。
「この世界は俺にとって新鮮で、俺を知る人なんてどこにもいなくて、肩の力が抜けて、本当の自分でいられて……」
「も、」「楽しかったです」
彼の名を呼ぼうと開きかけた口を閉ざす。
「俺を喚んでくれてありがとう」
切なく笑う彼は夕日に照らされてとても綺麗だった。
全ての発言が無意味に思えるくらい、完成されたラストシーンのようで。
彼がその場を去るまで、何も言えなかった。
それからだ、彼が黙って元の世界に帰ってしまったのは。
「魔王、お前がやったのか?」
どこを探しても見つからない百重の気配。そして、高等な魔術の匂い。
魔王が百重に力を貸したことは火を見るより明らかだった。
「ボクは魔王だからな。禁忌くらい使えるさ」
力が弱まったにも関わらず、転移魔法まで使えるとは。
「何を企んでいる?」
これだけの力を使えば、魔王といえど負担はあるはず。それをわざわざやってのけるには何か善からぬ理由があるに決まって……。
「失敬な。ただ、あんたのことはまだ許してないんでね。まぁ、嫌がらせかな!」
あっかんべーっと容姿に似合う仕草をして、魔王が勝ち誇る。
「嫌がらせって……」
「そもそも、これはあの子が頼んできたことだ。そうだなぁ、きっとお前に愛想つかして……」
べしっ。
「いて!」
「あんま調子乗るな」
「お、王子……」
意地の悪い態度で語る魔王の頭を後ろから引っ叩く王子に辟易する。……この人、結構魔王に厳しいよな。
魔王が大人しくなったのは、まさにこの人のお陰って感じだ。……この人、本当に魔王のことが好きなのだろうか。百重はそう言ってはいたが、僕の目ではあまりよくわからない。
「魔法使い、まさかアンタまでもが恋愛だのに現を抜かしてるんじゃあないだろうな?」
「え? いや、そんなわけ……」
段々と萎んでゆく声に王子が厳しい視線を送る。
「なんだ、やっぱり惑わされているな」
そんなんじゃない。これは薬のせいで……。
そう言いたかったが。
解毒をがぶがぶ飲んでも消えないこの胸の痛み。
作り方を間違えたか、それとも……。
「よく考えろ」
王子の冷たい言葉が頭を冷やす。
「そうそう。よく考えた方がいいぞぉ勇者。じゃないと、お前もこんなに可愛くなっちまうぞ~?」
「……可愛く?」
王子を指し示す魔王に、首を傾げる。
「ああ。少なくとも夜はめちゃくちゃ可愛いぞ?」
「ええと」
「シータ、お前は少し黙っていろ」
自慢げに胸を張る魔王に王子が睨みを利かせる。
「え~ん。恥ずかしがらなくてもいいじゃないですか~。ミュレス王子~」
それを受けて、魔王が以前のようなかわい子ぶりっ子で応える。
「思ったより仲良くやってんだな」
「……とにかく。お前もオレのように絆されたくなかったら、深追いはやめておけ」
とは言われたものの。
「少し、様子を見るくらいなら……。そもそも、魔王がちゃんと送り返してくれたのか、心配でもあるし……。巻き込んだ身としては責任を感じるわけで……」
そう自分に言い聞かせながら、転移の術式を完成させる。
準備を渋っていたそれは、あっけないほど簡単に整った。
「百重……」
彼と離れて過ごす日々が、こんなに味気ないものだったなんて。
ずっと一人で生きてきた。人間と必要以上に馴れ合うこともなく。一定の距離を保って。自分は人間にはなれないのだからと。ただひたすらに、勇者として。この力を人間たちのために使ってきた。
だけど。今は。
「百重に会いたい」
入念に描いた魔法陣の上に手を翳す。
どっ。
陣から風が吹き出し、髪を揺らす。
目を瞑る。
思い描く。
あの少年を。
危うくて、攻撃的で、不器用で。
悲し気に笑った彼に。もっと愛されたい。
もっと、伝えたい。
もっと、一緒に居たい――!
どんっ。
「うわっ」
「っ、てて……」
ぐにゃりと全てが混ざり合うような感覚から解放された瞬間、体に何かが思い切りぶつかり、よろよろと地面に倒れる。
「う……」
照りつける日差しの眩しさ。固い地面。行き交う人々の声。
それらが全て別世界のものだと意識したところで、目の前にいる存在に気づく。
「あ……」
「さ、サーリェ?!」
手を差し伸べた彼の瞳が大きく見開かれる。
「あ、はは。良かった。成功だ」
「もしかして、魔法で……?」
「それ以外ないだろ」
「……ああ、サーリェ!」
手を引っ張られ、そのまま百重の腕の中で抱きしめられる。
「お、おい」
「夢だったんじゃないかって思った。サーリェ、俺は……」
ざわっ。
通行人の視線が一気に突き刺さる。
「も、百重……」
「サーリェの格好目立ちすぎだね」
「それだけじゃない気がするけど」
「はは。とりあえず、こっち」
「サーリェ、大丈夫?」
少し走った人通りのない路地で、百重が振り向く。
「ああ、大丈夫だ」
息切れする自分に対して、百重は全然息が上がっていない。
運動不足もそうだが、これは格好の違いも大きい。
あまりの暑さにフードを取っ払う。百重の涼しそうな服装に比べて、ずっしりと重いこのローブ。場違いであることは一目瞭然だ。
「ええと。待ってくれ。僕も服を替える」
そう言って、意識を集中させる。頭の中で百重と同じような服を描き、手に魔力を込め、呪文を唱え……。
「あ、れ、」
目を開ける。そこは以前、太陽が照りつける地獄の暑さ。身に纏った服を慌てて掴む。
「服、変わってないけど……」
百重の不思議そうな顔。手に触れるのは愛用しているローブの分厚い生地。百重の言葉通り、全く変化がみられない。
「魔法が、使えない……?」
言葉にした瞬間、それは現実味を帯び、一気に背筋を凍らせた。
「……ここにいて。服は俺が服買ってくるから」
「う、なんかぴったりしてて落ち着かない」
着替えたはいいが、いつもと違いすぎる服に不満を隠しきれず、服の裾を掴んで伸ばしてみる。
「中々似合うじゃん」
「変じゃないか?」
「いや。こっちの人間と変わりないよ」
「そうか?」
「ええ。とても勇者には見えませんよ」
「どうせ僕は勇者らしくないですよ」
「はは。そういうとこも全然勇者らしくないですね」
「どうせ元々胡散臭い魔法使いだからね。……まぁ、今はその肩書ですら使えないけど」
「全然魔法使えないんですか?」
「あぁ」
念じてみるも上手くいかず、ただ精神が擦り減るだけ。
「しょうがない。迎えが来るまではとりあえず僕の家にいてください」
「え、いいのか? いや、でもそれはお前に迷惑が……。そもそも、迎えなんて、来るかどうか」
僕が知る限り、転移を使えるのは魔王しかいない。あの魔王が自分のために動いてくれるだろうか……。
「……サーリェはあっちに帰りたいのか?」
「そりゃあ……」
魔術や薬の研究、勇者としての使命。あっちでやり残したことはたくさんある。でも。
「じゃあ、何のために来たの?」
「それは……」
「それは?」
「……」
「サーリェ」
言い渋る僕に、百重が優しく促し、両手を包み込む。
「お前に……どうしても、もう一度会いたくなったんだよ。悪いか」
「会ったら満足しました?」
観念して絞り出した言葉は、意地の悪い質問によって逃げ道を失くす。
「……なんだその笑いは」
「ふふ。だって。サーリェからそんな言葉が聞けるなんて。俺にべた惚れじゃないですか」
「うるさいな!」
嬉しくてたまらないといった笑みを浮かべる百重。その様子に心臓がどきどきと痛いほど跳ねるものだから、誤魔化すように語気を荒げる。
「解毒、飲んだんでしょ? 効かなかったんですか?」
「……わかってて聞いてるだろ、お前」
「はは。でも、危険を顧みず一人でこっちの世界に来るなんて、ねぇ? なんなら俺のことをもう一度召喚してくれてよかったのに」
「……召喚は時間がかかり過ぎるんだよ」
「意外とせっかちなんですね」
「誰のせいだ」
「俺ですかね」
「自覚あるんなら責任取れよ」
「それってプロポーズってやつですか?」
「……そんな感じだよ」
「サーリェ!」
ため息交じりに吐き出した本音。それを受けて、百重が弾けるような笑みを浮かべる。
そして、思い切り抱きしめられる。
「おい、また変な目で見られたら……」
「誰も来ませんよ。それに、俺は気にしない」
「僕は気にするんだけど」
「何言われたって、もう絶対離さない。あんたが男だろうが魔法使いだろうが勇者だろうが、俺はサーリェが好きなんだ。一度は身を引いたのに。あんたから来たんだ。一生離してやらないから」
「百重……」
「あっちに帰るって言ったって、俺もついていってやるからな……!」
「ふふ。お前の方がべた惚れじゃないか」
「じゃあべたべたの両想いってことで、いいですか?」
「ああ。もうそれでいいよ」
目を瞑った瞬間、唇が重なる。
それは、どんな薬でも打ち消してしまうほどに、甘く、刺激的で。
少年:和葉 百重(かずは ももえ)
王子:ミュレスター
執事:シータ
魔法使い:サーリェ
先に言うと、百重×サーリェです。脇役ちゃんが可愛い性分です。あと、攻めの女装(一瞬だけど)注意です。最初は攻めが受けっぽいのが好きです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「あ~。明日テストとか~。くそ~。勉強したくね~!」
誰もが眠気を覚えるうららかな昼下がり。
俺は自室の机に座りながら、ぐっと腕を上に伸ばし悪態をつく。
期末テストを明日に控えた俺は、勉強を進めること約10分。早くも集中力が途切れ、
目についた漫画を何気なく手に取り、ぱらぱらとめくる。
そこに描かれているのは、剣や魔法の定番ファンタジー。この巻では確か、ヒロインの女の子が悪い魔法使いに掴まるんだったか……。
「あ~。魔法使いでもなんでもいいから、俺もファンタジーの世界に連れてってくんねーかな~」
……なんて。一人で呟くのには、ちと恥ずかしいセリフだったな。
「にしても……。だめだ。眠い……」
そうだ、30分だけ寝よう……。そして、起きたらきっと勉強をしよう。
すでに瞼が閉じかけていた瞳を完全にシャットダウンして、俺は机に突っ伏し、そのまま深い眠りへ落ちていった……。
*
「き……て、さい」
「ん……?」
ぼんやりと耳に響く声に眠っていた脳が引きずり起される。
うう……。待ってくれよ。こっちは疲れてんだよ……。テスト勉強なら、あと少ししたらやるから……。うん。多分……。
「そろそろ起きてくださ~い!!」
「うわっ!」
耳元で精一杯叫ばれた声に、俺は思わず飛び起きる。
「貴方が『カズハサクラ』様ですね! お待ちしておりました! どうかミュレス王子をお助けください!」
「は?」
なんだ、このお子様は……。
俺の手を取り懇願する少年は、やけにフリフリした洋服を着ていて。
コイツ、漫画やゲームに出てくるような恰好してんな……。えっと、ゴスロリってやつだっけか? さっき読んでた漫画に出てくる服にそっくりだ。
「サクラ様! 聞いていらっしゃいますか?!」
「え、ああ。ごめん」
って、なんでこんなチビに怒鳴られなくちゃいけないんだよ……。
「貴方は我が国の救世主なのです!」
「きゅうせいしゅ……?」
「魔王の呪いにより、やる気を失ってしまった王子を救い出せるのは貴方しかいないのです!」
「おうじ……?」
「このままだと未来の政治はままならない。そこで、魔法使いに聞いた解決策が」
目の前の少年が、ずいと一歩踏み出し鼻息荒く言葉を止めて……。
「王子を骨抜きにできるほど完璧なお姫様! なのです!」
キラキラとした眼差しで俺に向けて、じゃじゃーんと手を広げてみせた。
「愛こそが呪いを解く魔法! 王子が真実の愛に触れたとき、邪悪な呪いは効力を失うのです! だから、どうか愛のパワーで王子を取り戻してください!」
あ~。おとぎ話とかでよくあるご都合主義なやつか。そんなんで呪いが本当に解けるのかは知らないが……。
「……あのさぁ、わかってるとは思うけど。俺、男だよ?」
「……」
しばしの沈黙。
「人間界の女の子にはそういうボーイッシュな子もいるのかなぁと」
あはは、と言葉を濁しながら苦笑いを決める少年がだらだらと汗を流す。
「いるかもだけど、残念ながら俺は正真正銘男だ。しかも、『桜』って俺の姉ちゃんの名前だし……。お前ら、明らかに召喚する相手間違ってるぞ」
確かに姉ちゃんは綺麗で何でも出来て、まさにプリンセスの素質アリって感じだからな~。
まぁ、そんな完璧お姫様が近くにいるせいで、俺の理想が跳ね上がって、そこらの女の子じゃピンとこないんだよな~。迷惑な話だ。
「ああ、やはり! 魔法使い、貴方、ミスりましたね!」
少年が後ろを向き、誰もいない物陰に向かって怒鳴り始めるもんだから、俺もつられてそっちを見てみると。
「いやぁ、悪いね。複雑な魔法だからね、それに、なんだか調子が悪くてね」
「うわっ。またなんか出てきた」
ぬぼっといきなり現れたそれは、真っ黒なローブに身を包んだ男だった。
うわ~。いかにも悪い魔法使いって感じだ……。
「彼は我が国の専属魔法使い、サーリェです」
「どうも~」
俺の視線に気づいた魔法使いは、胡散臭い笑みを浮かべながら手をひらひらさせる。
「とにかく、こうなったからには強引にでもプリンセスをやっていただきますよ!」
「は?」
いやいや。俺にプリンセスとか、無理に決まってんだろ……!
「いや~。なんか、すみませんね~」
いや、お前は本当にな!
全く悪びれる様子もない魔法使いに、心の中でツッコミをいれる。
あ~。なんかあれだ。これはあれだ。
未だごちゃごちゃと何か言い募る執事をよそに額に手を当て、地面を見つめる。
大理石の床。そのそこここに埋められた煌く宝石。歩くことも憚られるほど豪華な造りは、一般人の俺にとっては全く縁のないもので。
俺はまた、ひどく面倒な夢を見たもんだ……。
まだ焼き立てだということを示す湯気と共に、香ばしい匂いを辺り一面に漂わせるパン。その匂いにも劣らず香り、ジュウジュウと音を立て、その存在を主張する肉の塊。これはスパイスが上に乗り、程よく焼き色がついていて、見ているだけで食欲をそそられる。他にも、黄金に輝くスープ、瑞々しい野菜や果物が所狭しとテーブルの上に並べられている。
普通なら冷めないうちにと、ルンルン気分で急いで食べるところだが。
「あ~。ええと。初めまして。俺は和葉 百重(かずは ももえ)っていうんですけど……」
「……」
テーブルを挟んで俺の目の前に座っているのは、この国の王子。ええと、名前はたしか、ミュレスターとか言ったかな。確認する意味でも、喋って欲しかったのだが。
気まずい……。
「あ~。今日はお招きいただいて~その、ありがとうございます……」
「……」
笑顔でなんとかその場を凌ごうと決めていたのだが、早々に顔の筋肉が引きつる。
あ~。王子なんでこんな無口なんだよ! こんな格好で一人べらべら喋らされてんの、最高にクールなんですけど……!
水を一口含み、自分を落ち着かせるために目線を膝に落とす。
目に映るのは、ピンク色のドレス。これ高そうだよな~。肌触りもいいし。いや~。俺なんかが着るには勿体ない……。
いやいやいや! やっぱ無理だろ!
自分を落ち着かせることに失敗したどころか、女装への羞恥を再度思い起こした俺は、慌ててコップの水を飲み干す。
そう俺は今、女が着るドレスを着て、靴を履いて、可愛い髪留めまで付けている。なんでも、姉ちゃんのために揃えたんだとか。サイズはもちろん小さいので、背中のホックは閉まり切らず、仕方なしにカモフラージュのカーディガンを羽織っている。
いやこれ、絶対失敗だろ……。
自分でも鏡を見たが、どう見ても男だった。
俺だって勿論こんなことはしたくなかったのだが、魔法使いやシータ(少年執事の名前らしい)が作戦を実行しないことには元の世界に帰さないと脅してくるのだから仕方がなかった。
「えーっとそのぉ。……う~ん。あ、そうだ。ご趣味は?」
って、お見合いか!
会話がなさすぎて出た苦し紛れの質問に、思わず自分でツッコむ。……まぁ、これもどうせだんまりなんだろうけど。
目の前の王子をそっと見つめる。
絵本の中の爽やかな、いかにも王子様~って感じのタイプではなく、頑固で融通の利かない剣士タイプって感じだよな。
そんな奴が愛のパワーで骨抜きになるとは思えないが……。
「剣の修行」
「え?」
あ、もしかして今、俺の質問に答えてくれたのか!
ぼそりと呟かれた言葉の意味を理解した途端、不思議な安心感を覚える。
あまりに自分の格好がキツすぎて、無視されてるのかと……。
「あ~。俺も剣道ならやってますよ~! 部活ですけど」
「剣道?」
「あ~。剣の修行っす」
「ほぅ」
ぶんぶんと腕を振ってみせると、王子は感心したように自分の顎を擦り、俺の方をじろじろと見つめ始めた。
「というか、お前は男だよな?」
「あ~、はい。気づいちゃいました?」
「というか、気づかない奴がいるのか?」
「あ、あはは。ですよね~」
うわ~! なんか俺が恥ずかしい奴みたいで死ねるんだけど?!
ていうか、こんな鈍感そうな奴に言われるとグサッとくる!
「大方、シータの仕業であろう?」
「えっ。それも気づいてたんですか」
意外と鈍感じゃないのか、この人。
そう思ったのがバレたのか、王子がムッとしたの表情をし始めたので、俺は慌てて話を続ける。
「ええっと。……正直あんたの執事頭おかしいっすよ。あんたが俺と付き合うとか絶対ありえないのに、ヤケになりすぎってか」
「そうでもないぞ」
「は?」
「お前と話すのはなかなか嫌ではない」
聞き間違いかと顔を上げると、満更でもなさそうに、はにかむ王子と目がかち合う。
「それは、俺もまぁ」
なんとなくこそばゆい雰囲気に、もぞもぞとパンをちぎり、頬張る。
噛んだ瞬間、素材そのものの素朴な味が口いっぱいに広がる。しっとりとした触感がまた絶妙で、ついもう一口と頬張ってしまう。
「とりあえず、今日はゆっくり食事を楽しもう」
「あ、はいっ」
パンに舌鼓を打っているところを笑われ、再び羞恥に襲われるが。……女装に比べりゃ可愛いもんだ。
吹っ切れた俺は、食べなきゃ損だと言わんばかりに、手あたり次第料理を平らげてゆく。
「機会があればまた頼む」
「そりゃこっちも願ったり、ですよ」
あらかたの料理を食べつくし、満足した頃には、王子との会話も進み、その場の空気も温まっていた。
「やっぱり! 見込んだ通り! 王子、いつもより生き生きしてました!」
食事が終わり、王子と別れた後、様子を見ていたシータは興奮気味に目を輝かせて近づいてきた。
「う~ん。そうなのか?」
「ええもうそりゃあ! だって、最近の王子と言ったら、剣の修行でさえ身が入らない様子でして。公務なんか、ずうっと放ったままなんですから……!」
「あいつ、そんな不真面目な奴には見えなかったけどな」
「だから、呪いなんですってば!」
「呪い、ねえ……」
女装が見破られたこともあり、元の格好でいることを許されたので、さっそく制服に袖を通す。こっち世界の衣装も勧められたが、そのフリフリ具合に思わず断ってしまったのだった。
「モモエ様の世界じゃピンと来ないかもしれませんが、こちらでは起こりうることなのです!」
「でも、それって俺じゃ解決できないだろ? もっと可愛い子呼んだ方がいいんじゃねえの?」
確かに王子とは、少しだけだが仲良くなれた気がした。でも、それが恋愛感情であるかと問われれば……。
「いえ。そうしたいのは山々なのですが、召喚の儀はそう簡単に何回もできるものではないのです」
そういえば、あの魔法使いも複雑なんだって言ってた気がする。
「でもなぁ。俺が居ても意味ないし……。そろそろ元の世界に帰してくれると嬉しいな~なんて」
「いいえ! 貴方ならばきっと……。脈アリです!」
「いや、それも困るんだけど」
ずいっと謎の自信を押し付けてくるシータに一歩引きながら、苦笑いを浮かべ、頬を掻く。
「とにかく、貴方は王子を落とせばよいのです! そうすれば、この国も安泰! モモエ様も元の世界に帰れてハッピー! なのです!」
「俺、逃げていいか?」
「いいですけど、国の兵数万を使って地獄の底まで追いかけ回しますよ。その後、捕まった暁には、どんなに足掻こうと拘束具をつけ、今まで以上に規制された生活を送ってもらいますけどね……」
「ひぇ……」
「……なんて、嘘ですよ!」
地獄の呪いみたいに歪んだ笑みが、一瞬で少年の純粋な笑みに戻る。
「あ、あは、は……。は、はい……」
その様子にそれ以上追及することもできずに、引きつった笑いを浮かべ、脱走を断念する。
あの目は、絶対本気だった……。
一国の王子の執事が、可愛いだけの少年に務まるわけがないよなぁ……。
シータの動向をいつも離れて見守っている兵士をそっと見つめる。その先にはきっと何万もの兵がいて、シータの一声でその全てが動くと考えると……。
たとえ夢であっても、自分の置かれている状況に頭を抱えざるを得ない。
って、あれ……。これ、本当に夢だよな……?
がりがりと引っ掻いた頭皮に走る微かな痛み。
それに気づいた俺は、慌てて自分の頬を思いっきり抓る。
「痛っ……!」
ええと。夢なのに痛いとは、これ如何に……。
「やっひゃり、いひゃい……」
無駄に広い城内を探索がてら、暇あらば自分の頬を引っ張り続けてみる。
気の遠くなるほど長い廊下で時々すれ違うメイドからは、もちろん奇妙な目で見られる。
見知らぬ制服の男が、頬を抓りながら一人で歩いてたらまぁ、そうなるわな……。
シータから、なんとか城の中だけでも探索する許可を貰った俺は、何をするでもなく、途方もない散歩に出た。が。
ほんとに広すぎる……。
現実とは思えないほど、だだっ広い城内に気が遠くなる。
……こんなのが現実なんて、信じられるわけないだろ。
少年執事に堅物王子、それから魔法使い。そのどれもが俺の常識からかけ離れている。
特にあの胡散臭い魔法使いは無いだろ……。
そういえば、こっちに来る前読んでた漫画にも似たようなのがいたな。ああいうのは絶対、実は黒幕でしたってオチで……。
「っ?!」
突然、肌を刺すような視線を感じ、振り返る。
「誰も、いない……?」
注意深く辺りを探ってみるが、何かの気配はとっくに消え去り、静寂を保っていた。
あれは、殺気だった。振り返るのが一歩でも遅ければ、殺されていた。それぐらいに鬼気迫る殺意があった。
「やぁ、どうかしたのかい?」
「うわっ!」
突然背後から肩を叩かれ、飛び上がる。
「ああ、ごめん。驚かせちゃったかな」
「魔法使い……」
ここまで近づかれていたのに、何の気配も感じなかった……。
「いやね。大切なお客様である君がこんなところで何をしてるのかな~って思いましてね」
「……お前こそ、どうしてこんなところに?」
魔法使いの顔を見つめる。その飄々とした態度の裏にはきっと何かある。そう語り掛けてくる直感に、自然と汗が滲む。
「私は貴方がちゃんと王子のお相手出来ているか、心配になって見に来た次第ですよ」
「心配、ねぇ?」
「そりゃあ心配に決まってるじゃありませんか。なんせ、私が間違って貴方を呼んでしまったもんですから! もし貴方に何かあったらと思うと……」
「例えば、魔王に襲われる、とか?」
その言葉に反応するように、魔法使いの眉がぴくりと動く。
「あ、はは。魔王だなんて。ここは結界で守られていますから。魔王といえど、そう簡単に侵入できやしませんよ」
「それにしちゃ、物騒なモン持ってんじゃん」
ワントーン低く紡いだ声に、からからと笑う魔法使いの手が止まる。
「ええと、何のことです?」
「袖の下。ナイフ隠してるだろ?」
一向に袖から出さない左手を見つめてみる。
「嫌だなぁ。そんなもの隠しているわけがない」
「……そうですよね。すみません、気のせいだったかも」
やっぱり、コイツは隠してるな。
動作の僅かな違和感からそう見極めると同時に隙をつき、魔法使いの左手に手刀を入れる。
「な……!」
カラン。
固い床に落ちたナイフが、その存在を主張する。
「ほらね」
魔法使いの足元に落ちたそれを拾い上げ、目の前に見せつける。
「これは、貴方に何かあったらいけないと……」
……怪しい。
「ええと。それじゃあ、私はこれぐらいで。仕事をしないといけませんのでね」
疑いの目を向けると、それを察した魔法使いがそそくさとその場を後にする。
「……魔王、か」
返しそびれたナイフを握りしめる。確かに現実味のあるその重みに、ふとナイフを回転させながら真上に放ってみる。
「痛ッ……」
カラン。
キャッチに失敗したナイフは指を傷つけ、そのまま地面に落ちる。
「あ~。痛いな」
つぅと流れる赤い血を舐める。その鉄臭い味に、思わずため息が出る。
「これ、やっぱ夢じゃないのか」
「……君は何をしているんですか?」
「はは。バレた?」
魔法使いの後をつけて、辿りついた研究所らしき部屋に入った途端声を掛けられる。
「ほら、これ。返さなきゃいけないかなって」
「……」
ナイフを差し出すと、魔法使いは呆れたようにため息をつく。
「手、出してください」
「ん?」
「ああ、もう!」
言葉の意味を理解し兼ねていると、魔法使いが痺れを切らしたように俺の腕を引っ掴み、指に何かを吹きかける。
「うわっ」
傷口に液体が沁みて怯んだところに、真っ白い布をぐるりと巻かれる。
あ、もしかしてこれ治療してくれたのか?
包帯の巻かれた指を鼻に近づける。
「くさっ」
「それ、臭いけど治りが早いんですよ。あ、傷口は触らないようにしてくださいね。その匂いが消える頃には治ってますんで」
気だるげに忠告した魔法使いは、ナイフにも何か吹きかけ、ついた血を拭き取る。
「ここ、アンタのラボなのか?」
壁一面に張られた魔法陣らしき模様、そして変テコな記号。独特な匂いを漂わせる様々な色の液体。変な植物や何かの一部が液体につけこまれている瓶。乱雑に高々と積まれた本。……いかにも魔女の住処って感じだ。
「早く王子のとこに戻った方がいいですよ。私は忙しいんですから」
横目でこちらを見つめた後、魔法使いは本を片手にせっせと液体と液体を混ぜ合わせる。
「何の研究してるんだ?」
「……別に、貴方の気を引くようなものはありませんよ」
一瞬の間がある返事。僅かに逸らされた視線。
なるほど、教えられないってわけか。
「さあさあ。私なんかに構っているより、王子のところへ赴いて認めてもらう方が賢明ですよ。なんせ貴方は救世主なのですから」
一向に帰るそぶりを見せない俺に、魔法使いはにこにこと、さも善人のように微笑み助言する。
「なぁ、これはやっぱり俺の夢ってことはないんだよな」
「……え? 夢だと思ってたんですか?」
突拍子のない問いかけに、魔法使いは馬鹿にしたような、呆れたような顔でこちらを見つめる。
「俺の世界には魔法なんてないんだよ」
だから、すぐに現実だと認められる訳がないだろ……!
「ああ。なるほど。でも残念ですが。この世界、そんなお菓子みたいにふわふわした夢の世界ではないですよ」
すっと周りの空気が冷たくなり、彼の表情に影が差す。
「お前は、一体なんだ……?」
「やだなぁ。私はただのしがない魔法使いですよ」
「それにしちゃあ、随分胡散臭いけどな」
「そうですか? 魔法使いなんてそういうものでしょう?」
「さぁ。俺は馴染みがないもんでな」
挑発的な視線を向けてやると、魔法使いは詰まらなさそうに目を逸らす。
「……貴方は何も考えなくていいんですよ」
そうぽつりと呟いた魔法使いは、再び本に目を落とす。
「おい。まだお前に聞きたいことが」
「仕事なんで、邪魔をしないでください」
まるで興味を失ったように俺をしっしと手で払うと、魔法使いは無表情な顔で研究に没頭する。
それから何を話しかけても返答が返ってくるわけでもなく。
「魔法使いですか?」
「そ。アイツ一体何者なのかな~って」
魔法使い本人に直接聞くことを諦めた俺は、シータに質問をぶつけてみた。
「ああ見えてあの方は魔法が使える者ならば崇拝しない者はない、と言われるぐらい優秀な賢者様なのですよ」
「え……。アイツそんなに偉いの?」
確かに、あのストイックな研究姿勢は変態的ではあったけど。
「今、唯一魔王の悪行を止められる人物だと言われています」
「……」
魔王、か。
「まぁ。ミュレス王子の方がすごいんですけどね!」
「あの王子が?」
王子の顔を思い浮かべる。無口で不愛想に見えた王子も、思い返してみると中々かっこよかった気がする。
「王子は勇者の生まれ変わりだと言われているのです!」
拳を握ったシータが興奮気味に威張ってみせる。
「勇者……?」
ほんのりと熱くなった頬を手のひらで冷やしながら尋ねると、シータが待ってましたと言わんばかりに胸を張り、説明を続けてみせる。
「魔王を倒せるのは勇者しかいない。これは古くからの言い伝えです」
「あ~。なんとなくわかるよ」
ゲームとか漫画じゃ鉄板だし。
「我々民は、勇者様がいたからこそ平和に暮らせていました。しかし、あるとき勇者様は魔王に殺されてしまったのです」
胸の前で手を組んだシータが芝居掛かった様子で、歌うように物語を紡ぎ出す。
「それからというもの、数々の国が魔王の手によって滅ぼされてゆきました。この国は、ミュレス王子のお父様、先代国王様の頑張りによって、守られてきたのですが……」
愁いを含んだ瞳をそっと伏せ、シータは声のトーンを下げる。
「ミュレス様が15のときにお亡くなりになって……。それからミュレス様もお父様同様必死に国を守られてきたのですが……」
「魔王に呪われてやる気をなくしたというわけか」
「はい……。今はお父様の残された結界が働いているので魔王が入ってくることはないのですが……もう結界の限界は近いのです」
「それは……」
大変なんだな、と呟こうとした俺の手を、はしとシータが掴み上下に振りだす。
「でも! モモエ様が来てくれたからには、もう安心です!!」
「え……。待て待て。そんなに重い話とか俺、知らないし……!」
きらきらと期待の籠もった眼差しからのプレッシャーに耐え切れなくなって、シータの手を離そうとするが。
「ミュレス王子が勇者として覚醒するためには、貴方様の協力が不可欠なのです。モモエ様、モモエ様は、王子がこのまま国とともに朽ちてしまってもいいのですか?!」
「それは……」
正直、見ず知らずの国と王子がどうなったって俺には関係ない。でも……。
嫌になるほど頭の中で、王子の悲しげな顔が想像される。あの人が傷ついたら俺は。あの人がいなくなったとしたら……。
「モモエ様?」
心配そうに覘き込んでくるシータに、慌てて頭を振って思考を遮る。
「わかったよ。どうせ帰れないんだ。俺もできる限りのことはしよう。つっても愛でどうのこうのはよくわかんないけど」
「それは、きっともうモモエ様の中に……」
シータの言葉にどきりとする。
王子から離れて、まだ少ししか時は経っていないはずなのに、さっきから思うのは王子のことばかりだった。
まさかそんなはずは、と思うのに、胸の痛みは強くなるばかりで。
ミュレス王子を救いたい。そんな思いがじわりじわりと湧いてくる。
これが愛だって? 馬鹿を言え。そんなものに溺れるくらいなら。
「魔王の方をどうにかしなきゃな」
「なぁ。アンタは魔王についてどう思うんだ?」
「え。魔王、ですか……?」
今まで散々無視してきた魔法使いがようやく口を開く。
あれから数日の間、俺はこうして魔法使いの仕事場に通い詰めるようになっていた。
理由は明確。
「そう。魔王」
「モモエ様。ここは結界で守られているから大丈夫だと言ったでしょう? それに、いざとなれば王子がどうにかしてくれるはずで」
やけに早口に話す魔法使いの様子に、目を細め、試すような視線を送る。
「じゃあ、もうすでに魔王がこの城の中にいるとしたら?」
「えっ?」
ガタッ。
「う、わっ!」
油断した魔法使いを椅子から引きずり倒して、そのまま上に覆いかぶさる。
「な、退け!」
「なんだ。力弱いな。結界とやらで弱ってんのか?」
抵抗する魔法使いの腕を取り、ぐっと力を入れるだけで、魔法使いの顔は痛みに歪む。
「っ、」
力では勝てないと悟った魔法使いが何やらぶつぶつと呟きだす。
「あ、もしかして呪文か?」
「んむっ!」
それが紡ぎ終わる前に、慌てて魔法使いの口を手で塞ぐ。
すると、魔法使いの手のひらに宿った光が蝋燭を吹き消したみたいにふっと消える。
「へぇ。ほんとに魔法使えるんだ」
「んんん~!」
じたばたと暴れる魔法使いの手をまじまじと見つめる。
どういう仕組みなんだろう。俺にも使えたりすんのかな。
「って。いってえ!」
場違いな感想を抱いていた俺の手に、魔法使いが思いっきり噛みつく。
「っは。くそ、凶暴なお姫様だな……!」
俺の手から抜け、距離を置いた魔法使いが悪態をつく。
揉み合ったせいで魔法使いの衣服は乱れ、いつもすっぽりと被られていたフードが取れて黒髪がはらりと揺れる。
神経質に顰められた眉。髪と同じくらい真っ黒な瞳。真っ白い肌。乱れた前髪。どれも今までフードに隠されて見えなかったもので。
「アンタ、そんな顔してたんだな」
声や雰囲気から察していたが、やはり自分よりも幾分か年上。寝不足なのか目の下の隈がはっきりと見て取れる。深く刻まれた眉間の皺は日々顔をしかめて生活しているんだろうかというぐらい緩まらない。うん。全体的に神経質~って感じだ。
「……! じろじろ見るな、見せモンじゃない!」
苛々とした声で威嚇し、魔法使いは再びフードを被る。
「なあ、アンタが魔王なんだろ」
「な、僕は……! いや、私は、その……。ただの魔法使い、ですけど」
何とか自分を押さえた魔法使いが、にこりと笑ってみせるが意味はない。
「ミュレス王子は俺が救う。だから、お前には」
「ま、待て」
一歩後ずさった魔法使いが、転がっていた瓶に足を滑らせる。
「あ、」
どんっ。
ぱりん。
転倒した魔法使いの頭に薬品がぶっかかる。
「えっと。大丈夫ですか?」
「っ~」
頭を押さえながら起き上がった魔法使いの周りには、割れたガラスと怪しげな色をした液体が飛び散っていて。
「……!」
それを見た魔法使いが、さあと青ざめる。
「どうしたんですか?」
「あ。い、いや」
明らかに様子のおかしい魔法使いに詰め寄り……。
「どうしたんだって、聞いてるんですけど!」
「……っ!」
ぐいと引っ張り立たせてやるが、目が合った瞬間に魔法使いが崩れ落ちる。
「もしかして、それ大事な薬でしたか?」
目を合わせない魔法使いにわざとらしく問いかける。
「……」
挑発には乗らない、か。いや、それどころじゃないのか?
体を小刻みに震わせながら顔を歪ませる魔法使いに目を細める。
「アンタの思い通りにさせやしないさ。魔法使い」
「また君ですか」
「はは。嫌そうな顔しないでくださいよ」
「前にも言ったように、こんなところに来ても意味ないですよ」
早々に顔を逸らし、本に視線を落とす魔法使い。そのフードから覗く口元は固く結ばれ、どこか緊張しているように思えた。
「そんなことはないですよ。それに、俺はアンタのこと心配してんですから」
「貴方が心配するようなことは、何一つありませんよ」
やっぱりそうだ。冷静を装っているが、いつもの余裕が全く感じられない。
「でもほら、この前思いっきり薬品を被ってたからさ。体調でも壊してないか心配で」
「いえ。あれはただの風邪薬なんで、大丈夫……」
演技掛かった口調で距離を詰めると、いよいよ魔法使いの瞳は不安に揺れ動く。
「なんだ。それは良かった」
「わかったなら、早く王子のところ行ってくださいよ。それが貴方の使命なんですからね」
わざとらしく笑って見せると、魔法使いはそっぽを向き退室を促す。
「もう少しここに居させてよ」
魔法使いの肩に手を置き、耳元で囁いてやる。
「……貴方がいると集中できない」
すると、魔法使いは居心地悪そうに身じろぐ。
「ええ。邪魔してますから」
「……出ていけ!」
にっこりと微笑んだところで、魔法使いの堪忍袋の緒が切れる。
「ちぇ」
もう少し本性引き出してやりたかったんだけどな。
勢いよく追い出された後、閉ざされた扉をノックしてみるが返事はない。
でも、ただの風邪薬、ねぇ……?
「なにか面白いものでもあるのか?」
「わっ、王子!」
笑いをかみ殺していたところに背後から声を掛けられ、振り向くと王子がいた。
「他の男に興味を向けるなんて。オレは随分軽く見られたものだな」
「いや、そういうわけじゃ」
「でも、お前は最近どうもサーリェに構いすぎていると聞くが?」
「それは、何ていうか。ええと」
「……」
王子が黙り込み、そっぽを向く。
いや、これは何かを睨んでいる……?
王子の睨みつけた先を追いかけるように見つめる。
「あ~。えっと」
そこにあるのは覗き窓。そこから魔法使いがこちらを伺っていたらしい。
「いや、気にせず続けて欲しいな~なんて」
王子に睨まれ、さすがの魔法使いもばつが悪そうに目を泳がせる。
「貴様、殺されたいみたいだな」
「な、なんでそうなるかなぁ……。私はそういうんじゃなくてですね」
「いいから出てこい」
「いや、私には研究が……」
「これは命令だ。早くしろ」
「うう……」
渋々扉の鍵を開け、出てきた魔法使いが恨みがましくこちらを見つめる。
「……っわ!」
それを見た王子が殺意とともに、手袋を投げつける。
「あの、王子さん? 私はべつにコイツのこと、何とも……」
「お前が魔王なのだろう?」
「え……?」
魔法使いのへらへらとした表情が一瞬凍り、じろりと俺を睨みつける。
「や、俺は何も言ってねえぞ」
「なんだ。モモエも疑っていたか。これはいよいよ違いない」
「いや、それは誤解です! 違いますって……! って、うぎゃ!」
言い訳をする魔法使いの足元に剣が転がされる。
「剣をとれ」
「本気ですか……?」
「貴様に拒否権などない」
「は~。こんな予定なかったんだけどな……」
のろのろと魔法使いが手袋と剣を拾い上げる。
「ふっ。それでいい。白黒はっきりさせようじゃないか」
「ったく。王子様にもわかってもらわないといけないみたいですね」
二人の鋭い視線がかち合い、場に緊張感をもたらす。
両者に挟まれた俺は、自分が戦うわけでもないのに無性に乾きヒリつく喉を、唾を飲み込み無理やり潤す。
「モモエ。オレが魔王を倒したならば、我が人生、共に歩んでもらうぞ」
「あわわ、こんなことになるなんて……。王子、大丈夫でしょうか?」
きんっ!
両手を胸の前で組み、心配そうにするシータの見つめる先で二人の剣が激しくぶつかり合う。
『モモエ。オレが魔王を倒したならば、我が人生、共に歩んでもらうぞ』
ふとミュレス王子の言葉を思い出し、心が跳ねる。
あれは、やっぱりそういう意味なんだろうか……。
最初の食事から今まで、王子とは何回も他愛もない会話を交わして来た。食事にティータイム、剣の稽古、庭を散歩したこともあったな。どれも思い返すだけで、ぼんやりと、ぽわぽわと、熱で頭がやられたようになる。
ああ、やっぱり俺は……。
「モモエ様、顔が赤いですが、大丈夫ですか?」
「あっ、ああ。平気平気!」
シータに声をかけられ、ようやく現実に引き戻される。
剣戟の音は未だ激しく、止むことを知らない。
今のところ、王子の優勢。魔法使いは王子の剣を受け止めるだけで精一杯といった様子だ。
「ぐっ」
王子の伸ばした剣の切っ先が、回避したはずの魔法使いの頬に触れる。
「どうした。お前の力はそんなものではないだろう? 魔王よ」
「だから、違うって……、くそ!」
反応の鈍くなってきた魔法使いに王子が容赦なく剣を振るう。その度、回避しきれなかった剣先はローブをきりきり引き裂いてゆく。
「あ~! やっぱ剣じゃ無理だっての! この手は使いたくなかったんですけど……」
王子の追撃を後ろに飛んで躱し、距離を取った魔法使いが口の中で小さく紡ぎ始める。
「我が声に耳を傾け現れ出でよ!」
詠唱を終えた魔法使いが地面に手を翳す。
『ぐるるるるる』
煙とともに異形が現れ、迷うことなく王子に襲い掛かる。
「やはり貴様、魔王で違いないな」
召喚に驚いた様子もなく、的確に剣を振るいそれを排除した王子が魔法使いを睨む。
「僕は魔法使いだっての!」
早々に魔物が倒され焦った魔法使いが、さらに詠唱を重ねようと口を開いた瞬間。
「王子! これ以上魔法が使えないよう結界を張っておきました!」
「シータ、よくやった」
「にゃろー!」
笑顔で手を振るシータに、魔法使いが切りかかる。が。
「終わりだ」
「魔法使い!」
ざしっ!
「ぐ……」
魔法使いの剣先がシータに触れるよりも先に、王子の剣が魔法使いを薙ぐ。
もろに攻撃を受けた魔法使いは、呻きながら為す術もなく崩れ落ちる。
「ちょっとやりすぎじゃ……!?」
尚も魔法使いを斬ろうとする王子に、慌てて声をかける。
「……モモエは黙って見ていろ」
しかし、王子の殺意は止まらない。落ちた剣に手を伸ばす魔法使いを蹴り上げて……。
「やめろって、言ってるだろ!」
剣を振りかぶった王子の腕にしがみつく。
確かに、俺も魔法使いのことを疑っている。でも……。
「本当に彼は魔王なんだろうか……?」
「え?」
ぽそりと口をついた言葉に、その場にいた皆が驚きの色を示す。
「でも、サーリェが一番怪しいことには変わりは……」
「違う……。この人じゃない」
王子の言葉に反論し、自分の出した答えを噛みしめるようにゆっくりと呟く。
「魔法使い……サーリェは違う。魔王じゃない」
「う……。百重……様?」
「……なぜそう思う?」
サーリェの前に庇うように立ちふさがる俺に、王子が静かに問いかける。
「それは」
サーリェの瞳を見つめる。蹴り上げられた拍子に取れたフードから覗くその顔は、痛みによって歪んではいるが、邪悪な気配など一つも無い。
「直感です」
「は?」
きっぱりと言い切る俺の答えに、サーリェがぽかんと口を開ける。
「何かと思えば。モモエ様、気でも狂いましたか? 王子、モモエ様はきっと混乱しているのです」
肩を竦めたシータが、俺の答えを流すよう王子に促す。しかし。
「……お前の直感は頼りになるのか?」
王子が固い表情のまま、真っすぐに聞いてくる。
「自慢じゃないけど、マーク式のテストで全問正解だったことがあります。もちろん全部勘で」
「マーク式……?」
「つまり、勘で問題全部わかったってことです。俺ってば昔っから何かと勘が当たるんですよ」
だから絶対今回も俺の勘は当たっているはずだ、と言うより前にシータが王子の前に立ち塞がる。
「王子、耳を傾けてはいけません。目を冷ましてください。こいつは男で、異界の者。それがいきなり魔法使いを庇うなど、正気ではありません! きっと、何か操られて、」
「正気じゃない、か。はは。ほんとにね」
シータの台詞に割り込んだサーリェが不敵に笑いながら、その身をふらつかせ起き上がる。
「サーリェ!」
「は~。やっぱり君には驚かされる。勘で僕を庇うだなんて。ほんと。いいセンスしてるよ」
体を支えてやると、サーリェは真っすぐに俺を見つめ、苦笑する。
「百重、君のおかげでようやく力を取り戻せたよ」
「力……?」
瞳を閉じ、慈しむような声音で告げるサーリェに思わず息を飲む。そして、次にその瞼が震え、開いたときには、サーリェの双眸は黄金色に輝いていた。
「そう。僕にはね、信じてくれる人が必要だったんだよ」
サーリェの神々しい気配にあてられ、ぼうっとしていると、彼の腹の傷がみるみる治っていくのが見えた。
「……まさかお前、勇者か?」
その様子に驚愕したシータが、その姿に似合わぬ低音でサーリェに問う。
ん……。勇者?
「はは、今さら気づくなんてさ。随分と勘が鈍ったんじゃない? 魔王さんよぉ」
え……。魔王?
サーリェの視線の先にあるのは、可愛らしい少年の姿をしたシータ。
「な……。シータ、まさかお前が……?」
俺と同じく、その正体に驚きを隠せないらしい王子が声を震わしながら顔を青くする。
しかし、その言葉も今のシータには届かない。
「そんなはずは……。勇者は昔に殺したはず……。その生まれ変わりがミュレス王子のはずで……」
シータは、ぶつぶつと呪うように呟きながら爪を噛む。その異様な雰囲気は徐々にどす黒さを増し、魔王の片鱗を覗かせる。
「死んでないので、生まれ変わってはいないですね。……まぁ、あの時はさすがに死にかけたけど、危機一髪、なんとか皮一枚繋がっててね」
「生きていた……なんて。まさか!」
飄々と告げるサーリェに、シータはついに爪を噛み切る。
ああ、やっぱりシータが魔王なんだな。
怒りを露わにした彼にぞくりと身が震える。まさかこんなに可愛らしい少年が魔王だなんて、誰が疑おうものか。俺だって少し前までは当然のようにサーリェのことを疑っていた。
シータが放つどす黒い殺気は、間違いなくあのとき感じたものだった。
あそこで俺を殺そうとしていたのだろうか。そう考えただけで更に肌寒さが増す。
サーリェを見つめる。その瞳は全てを包み込むように優しく輝いていて……。
サーリェが魔王だと疑ったきっかけだったあれは、俺を守ろうとしていたのだ。
皮肉なもんだな。
疑った結果、サーリェにはひどい仕打ちをしてしまった。
「はは。勇者を舐めてもらっちゃ困るな」
サーリェがシータに向けて挑発的な視線を送る。
「こっちのことは最初から気づいていたというわけか」
それを受け、シータは尚も歯噛みしながら、苦々しく吐き捨てる。
「まぁ、アンタが勇者の生まれ変わりだって言われてるミュレス王子を殺そうとするのは予測できたからさ。先にここで魔法使いとして働いてたんだよね。アンタが訪ねてきたときにゃ、すぐわかったさ。どんだけ隠したって、魔王の爪に染み込んだ血の臭いはわかるんだよ」
「チッ、しぶといクソ犬が」
悪態をついたシータが口の中に残った爪を唾と共に吐き捨てる。そんな彼を物ともせずにサーリェは俺の方を向き、説明を続ける。
「勘違いされちゃったみたいだけどさ。王子を呪いで腑抜けにしたのもコイツだよ。城の誰かが進言するより先に、僕に呪いを解く方法を聞き、あたかも自分は正義のように振る舞って。先手を打つことで誰もがこの計画に託し、静観する」
「ええと」
「つまり、新しい勇者の解呪をわざと失敗させて時間稼ぎをしたかったんだろう」
「時間稼ぎ?」
「おそらく魔王は、僕との戦いでの傷が今も癒えていないんだろうよ」
「……チッ」
サーリェが挑発するような視線を送ると、シータが忌々しそうに舌打ちをする。
「だから召喚が失敗したのも魔王が魔術に干渉したせいだ。百重を強引に姫に仕立て上げたのも失敗を狙ってわざとだ。他の女を召喚されて成功しちゃあ意味がない。望みの薄い男の百重で時間稼ぎしたってわけ」
つまり、俺はただの時間稼ぎのために呼ばれたってわけか……。
「でも、魔王の企みを知ってる僕としては、君と王子に惚れ薬を盛ったディナーをご馳走するわけで」
不敵に笑ったサーリェが俺と王子をそれぞれ指し示し――。
「めでたく二人はラブラブってね」
ばーん、と茶目っ気たっぷりに、手で作った銃で撃つ振りをする。
「む……。だから男相手にこんな感情。おかしいと思ったんだ」
「ほんとにね……」
不服そうに腕組みをするミュレス王子に同意する。
ああ、やっぱり俺は薬に操られていたのか。
そりゃあそうだろう。こんなに熱っぽい乙女思考が俺のものであるはずがない。
王子への憧れが胸に込み上げてくるたびに、どこか冷めた気持ちになっていた。
それもそのはず。だって俺は……。
「だがお前を殺してこいつらも殺せば問題ないだろ?」
シータが残虐な笑みを浮かべ、サーリェを見る。
「殺せるなら、ね」
それを物ともせず、サーリェはさらりと答える。
「はっ。力を取り戻したとはいえ、お前が勇者だと信じる者はモモエしかいない。そんなちっぽけな信仰でボクを殺せるとでも?」
「信仰?」
勝ち誇るシータの言葉に、つい疑問を口にする。
「勇者とは神と等しい存在。神が人々の信仰心で強さを得るように、勇者もまた、人々の勇者を信じる力を強さに変えるんだ」
それを受けて、王子がこの世界の理を説明してくれた言葉を自分の中で噛み砕く。
おとぎ話のような話だ。ここにいる二人がそんな途方もない存在だなんて。
でも、納得できるほどに本性を現した二人の気配は、その異質さを物語っていた。
「そうだ。でも馬鹿な人間どもはミュレスターのことを勇者だと思い込んでいたからな! コイツへの直接的な信仰ではない!」
みんなサーリェが勇者だと知らないから、力に繋がらないということか?
「アンタもオレが勇者だと思い込んでたくせに、よく言う」
「うるさい! とにかく! お前にボクは殺せない。残念だったな、勇者!」
ぼそりと呟かれた王子のツッコミに、シータが過剰に反応する。そして、サーリェを見つめ、高笑いし始める。が。
「残念なのは君の方だ」
冷たく放たれたその言葉に、シータの笑いがぴたりと止まる。
「負け惜しみを。ミュレスターの信仰心を足したって、到底叶いっこないだろう。ボクには信仰心など必要ない。ただ、この世に満ちる悪意を吸い込めばいい。それもたっぷり休んだおかげで十分なほどに蓄えた」
つまり、魔王は信仰ではなく、悪意を力に変える存在なのだろうか。
「時を経て結界も薄くなった今、ボクは何の抵抗も受けず力を発揮することができる!」
そう言い放ち、高々と掲げた手は天を貫き、弱っていた結界を無に帰す。
「しかし勇者よ、お前はどうだ? 昔と違ってお前を知る者はない。隠れていたのが裏目に出たな!」
「……そんなんじゃないよ」
「あ?」
ここまで言われてもなお、平静を保つサーリェに、シータの眉がぴくりと動く。
「確かに僕の力は弱まっている。君の力も回復したんだろう。けどね、そんなことは関係ないんだ」
「何を言って……。ボクが力を振るえば、この城どころか国ごと一瞬で、」
尚も言い募ろうと声を荒げるシータに、サーリェが大きく息を吸い込んで……。
「だから、アンタに王子を殺せるかなって言ってんの」
凛とした声で空気を震わせた。
「は……? 何を馬鹿なことを。確かにコイツのことは恐れていたが。それも勇者だと思っていたからこそ。お前が勇者だと分かった今、これはただの人間にしか過ぎん」
「じゃあやっちゃいなよ。人間を一人残らず消し去るのがアンタの望みだろ?」
無表情のままにけしかけるサーリェに、一瞬シータがたじろぐ。
「ええい! 何を企んでいるのかは知らんが、こんな唐変木ただの一瞬で……!」
首を振り、叫んだシータが王子に手を翳し……。
「な、なんで、」
動きを止め、信じられないといった様子で己の腕を見つめる。
「薬盛ったの、二人だけじゃなくてアンタにも、だ。特別サービスってね!」
「は……?」
心臓を押さえ、苦しそうに顔を歪ませるシータに、魔法使いがピースサインを見せつける。
なるほど。シータにも惚れ薬を飲ませていたのか……。
「愛する王子は傷つけられないでしょ?」
「き、さま……。だが、貴様を殺して解毒すればいい話、」
「言っとくけど、解毒作れるの僕しかいないんで。うっかり僕を殺すと、本当にヤバいことになっちゃうかもね」
魔法使いの抜かりない言葉を聞いたシータが青ざめる。
「こんな馬鹿らしい感情を、よくも……」
「それ、ずっと抱えたまま生きたくないでしょ?」
「だったら、コイツ以外の人間を殺す……!」
「ひっ」
怒りに震えたシータの手が、真っすぐ俺に向けられる。が。
「それはさせない」
王子が立ちはだかり、シータを制す。
「ぐっ……。そこを退け!」
「よくわからないが、オレがお前を阻止すればいいのだろう?」
「ひゅ~! さっすが王子、わかってますね!」
嬉しそうに手を叩くサーリェを見て、シータが崩れ落ちる。
「ぐ、ぐぐぐ……。た、頼むから、解毒、」
「作るよ。もちろん。百重も、ずっとここに居させるわけにはいかないからね」
サーリェがぽんと肩を叩く。その瞳は、慈しみを湛えていて。
「でも、ちょっと時間はもらうよ。なにせ難しい薬だからね」
そう言って、シータを宥めたサーリェだったが、素直に解毒を作るはずもなく。
結局、シータが拘束されているうちに、薬の効果はみるみるその身を侵食し。
「あ~! もういい! わかった! やめればいいんだろ! 魔王なんかやめてやるよ!!」
「そうしてくれると嬉しい」
「あー! ほんとお前ムカつくな! ムカつくほど愛おしいな! もうどうにでもなれ!」
愛の力により、すっかり腑抜けになってしまったシータが、ミュレス王子に叫び散らす。
「ほい。めでたしめでたし。ってね」
仕向けたサーリェの言葉に思わず身震いをする。
「勇者って一体……」
「僕は武力嫌いの手段を択ばない系の勇者だからさ」
そうして、結局シータは以前の通り、王子の執事として生きることになった。
王子も呪いが解け、徐々に公務をこなし、民は平和を心の底から喜んだ。
サーリェは相変わらず部屋に籠もりっきり。魔王の監視も兼ねて、しばらくはこの城で魔法使いとして過ごすらしい。
俺はというと、サーリェの解毒剤待ちで。この際だと、異世界を満喫するのだった。
*
「んで、俺はいつ帰れるんだ?」
「だから。急ぎで解毒を作ってる。転移の儀式だって準備中なんだよ。気が散るからここには来るなと言って」
「そう言わずに。俺も手伝えることあったら手伝うからさ」
どき。
「あ~。くそ、」
顔を近づけ囁きかけてくる百重を、手で払いながら悪態をつく。
まだ解毒が効いてないのか……。
魔王が腑抜けになってしばらく、そろそろ解毒を作っても大丈夫そうだと研究を進め、完成に至った。
最初に百重で試すわけにもいかないし、何より自分の効果を一刻も早く打ち消したかったので、秘密裏に自分だけ薬を煽った。
そもそも、最初に解毒まで作っておくべきだったな。
己の失敗に歯噛みする。
魔王の力で、先に解毒の作り方を知られでもしたらまずいと、研究を後回しにしたのが間違いだった。
「気分でも悪いんですか?」
払われることを物ともせず、こちらの心配をしてくる百重に言葉を詰まらせる。
その姿は、フィルターがかかったみたいにきらきらとして、見つめるだけで顔が熱く火照る。
まさか、自分の薬に踊らされる日が来るとは……。
「お前は、帰りたいのか? まだ薬が効いてるから王子と離れたくないはずだろう?」
百重から視線を外し、なるだけ平静を装って尋ねる。
「実は、薬の効果、大分薄くなってるんですよねぇ」
「は?!」
突拍子もない百重の言葉に、机を叩き、立ち上がる。
「そんなまさか! 失敗か?! いや、完璧だったはず……。っていうか、それじゃあ魔王がまた元に戻って、」
「いや、多分ですけど」
「ん?」
取り乱した僕に、百重がずいと顔を近づける。
「その薬って、本当に恋してる人には効かないんじゃあないですか?」
「!」
まさか。たとえ他に恋愛感情があったとしても、それを押しのけ、薬の効果が優先されるように作って……。
「いや、やっぱそうですよ」
きっぱりと言い切った百重が、僕の手を取る。そして。
「だって俺、あんたのことが好きになったからさ」
「へ?」
手の甲に口づけが落とされ、思わず手を振り払う。
「あはは。やっぱり自分のこととなると鈍い」
「人をおちょくるのは好きだけど、おちょくられるのは嫌いなんだけど」
「冗談じゃないってば。現に王子も俺にそっけなくなってきてるし」
「は? なんでだ?」
「そりゃアンタ、王子がシータのこと好きになったからっしょ」
あんだけアピールされりゃあ嫌でも意識するでしょ、と百重がさも当然と言った感じで呟く。
まさか王子が自然とシータを好きになるだなんて。いや、待てよ。薬の効果が発揮してから、他の人間に恋をする……? その可能性は予想していなかった……!
自らの失敗に気づき、冷や汗が伝う。
「まさか、そんな簡単に人間は恋に落ちるのか……?」
「ええ。そりゃあもう」
問いに答えた百重は、含み笑いで仰々しく僕の手を取ると、そのままぐいと腰を引き寄せる。
どき。
唇が触れようという距離まで近づいて、馬鹿みたいに跳ねる心臓に息を詰まらせる。
くそ、こんなときに……。
「どきどきする?」
「そんなわけないだろ、」
「強がるね。薬、効いてるくせに」
「あれは、風邪薬だって、」
彼の肩を押し返し距離を取ろうとするが、腰を掴む手も、その肩も中々びくともしない。
「ていうかさ。実はあのとき惚れ薬被せたの、わざとなんだよね」
「……は?」
わざと……?
「何のために……?」
「そう警戒しないでくださいよ。てか、惚れ薬っての否定しなくていいんですか?」
「……」
「俺が解毒しましょうか? ま、意味はありませんが」
「いいから退け」
からからと笑う百重をぐいと押しのける。が、やっぱりびくともしない。
「駄目ですよ。本当に俺のこと愛するまで付き合ってもらうんですから」
「お前は何を考えているんだ……? からかっているのか? 早く帰りたいんじゃないのかよ」
「あれは、あんたに会うための口実。本当は別にあっちの世界に未練があるわけでもない、むしろこっちのが居心地いいし。なにより、あんたがいるからね」
言葉を偽っている様子でもない彼に頭を抱える。まさかこいつ、本当に僕のことが……。
「で、返事は?」
「お断りだ。あいにく私は恋愛なんてしてる場合ではないんだ」
「じゃあ性別の壁はないってこと?」
「別に他人のことならどうだって構いやしない。ただ、私自信は恋愛なんてどうでもいいし、それよりも研究していたほうが、」
「はは。枯れてますねぇ。惚れ薬効いてないんですか?」
「解毒、そろそろ効く頃だからな」
これはハッタリでもない。順調にいけば、ここらで厄介な感情におさらばできるはずだ。
「なるほど。んじゃ、これ、なんだ」
指差したのは色が濃い薬。そこには研究したまま放置していた惚れ薬の原液。
まずい……。
「それは。他の研究中の薬だ、触るな」
「これ、もしかして惚れ薬の原液?」
「違う、それは人体に影響のある薬だから、こっちに渡せ、」
平静を装って、催促する。が。
ぺろ。
「やっぱこれ、惚れ薬でしょ。貴方が好きって気持ち、増しましたもん」
薬を舐め、こちらを向いた百重が悪魔のように微笑む。
「てことで、」
「待っ……、ん、んぐ……!」
手を取られ、動きを封じられた隙に、口移しで無理やり薬を飲まされる。
「っ、は、お、まえ、」
薄めた薬でも十分に効いていたというのに……! こんなものを飲んだら……。
「ほら、よ~く俺を見てくださいよ。これってあれでしょ。どうせ最初に見た人に惚れるんでしょ?」
「っ、なんで、」
「やっぱり。そうだと思ったよっと!」
モモエが俯く僕の頬に手を当て、ぐいと上を向かせる。
「あっ……!」
目が合った瞬間、ばちりと電撃が走る。
「どうですか? 俺に惚れましたか?」
「っ……」
ぐらぐらする。あ、熱い……。体が、全部、熱くて……。
「勇者って結局、神様みたいなもんなんでしょ? そんなんでも効くんですね」
「う……。早く、解毒を、」
「させませんよ」
余っていた解毒剤に手を伸ばそうとするが、そのまま抱き締められる。
「っ~」
「どうですか? 俺に触られたいんじゃないですか?」
耳元で囁かれる声に、全て持っていかれそうになる。
「っ、ふ、いい加減に、」
「いい加減にはこっちの台詞ですよ」
「っあ、」
耳を食まれながら呟かれる言葉に、ぞくりとして声が漏れる。
「いい加減、俺に落ちてくださいよ」
「そんなの、」
おかしい。間違ってる。わからない。
自分を支える力すら失った体は、彼にしがみつく形になって。
ああ、無力だな。神だの勇者だの言われたって。所詮は弱い。
「なんで、僕、なんだよ……」
「なんでって……。なんでだろ?」
「は……?」
首を傾げる百重に、一瞬熱が引き、イラつきを覚える。
「なんでだろって、お前、」
「いや、明確な理由とかわかんないけど……。最初はずっと研究してて気持ちわりぃなって思ってたし。でも、いつでも一生懸命で。しかも、一人で魔王に立ち向かおうとして」
言葉を切った百重が頬を撫で、フードを外す。
「こんなに白い肌で。こんなに細くて弱くて折れそうなのに。守ってあげたい、そう思うようになって……。いつしかそれが独占欲に変わって」
「な、撫でるな! 勝手にフードを取るな!」
再びフードを被り、頬やら腰やらを好き勝手触りまくる百重の手を払いのける。
「勿体ない。俺はあんたの顔、見てたいんだけど」
「僕は見られたくない」
ふいとそっぽを向いてみる。我ながら子どもっぽいなと思うけど。
どうも素顔を人に晒すのは抵抗がある。
理由はなんてことない。人々の描く勇者像と自分の外見が違いすぎるせいだ。
弱々しいとまではいかないが、別段逞しくも勇ましくもない。どちらかといえば、まさに魔法使いといった面持ち。
そのせいで、人々の信仰が薄れることを、自分が傷つくことを避けた結果、いつからかこんなものを被るようになっていた。
「俺のこと嫌いなの?」
「さあね。この通り薬漬けじゃわかりゃしないさ」
開き直ったように吐き捨ててやると、彼は俯き黙り込む。
そして。
「俺は、どうすればあんたに好きになってもらえるんだろうか、」
「っ、」
なんつー顔してんだ。
再び顔を上げた彼の瞳は、泣きそうで、一生懸命で、真っ直ぐで。痛くて仕方がない、と叫んでいるようで。
これが全部僕なんかのために向けられているのか?
ぐらぐら揺れる。
いつもと違う百重の表情に、全身がぐらりと熱くなる。
違う、これは薬のせいで、間違っててそれで……。
顔が近づく。目をつぶる。
怖い。
でも、このまま全て熱に任せられたならば……。
「すみません、やっぱりこんなの駄目ですよね」
掴んでいた手が、あっさりと離される。
「は?」
目を開けると、一歩引いた百重が申し訳なさそうに頬を掻く。
「俺、人をこんなに好きになったことなんかなくって。元居た世界では、ずうっとどこか冷めていて。本当はここに飛ばされたとき、どこかホッとしたんです。薬のせいとはいえ、王子と話してるときは楽しかったし、あんたと話してるときはもっと楽しかった」
「百重……?」
不思議に思って問いかける。
遠くを見つめるように目を細めた百重が、どこか遠くに行ってしまいそうな気がして。
しかし、百重はそれを無視して言葉を続ける。
「この世界は俺にとって新鮮で、俺を知る人なんてどこにもいなくて、肩の力が抜けて、本当の自分でいられて……」
「も、」「楽しかったです」
彼の名を呼ぼうと開きかけた口を閉ざす。
「俺を喚んでくれてありがとう」
切なく笑う彼は夕日に照らされてとても綺麗だった。
全ての発言が無意味に思えるくらい、完成されたラストシーンのようで。
彼がその場を去るまで、何も言えなかった。
それからだ、彼が黙って元の世界に帰ってしまったのは。
「魔王、お前がやったのか?」
どこを探しても見つからない百重の気配。そして、高等な魔術の匂い。
魔王が百重に力を貸したことは火を見るより明らかだった。
「ボクは魔王だからな。禁忌くらい使えるさ」
力が弱まったにも関わらず、転移魔法まで使えるとは。
「何を企んでいる?」
これだけの力を使えば、魔王といえど負担はあるはず。それをわざわざやってのけるには何か善からぬ理由があるに決まって……。
「失敬な。ただ、あんたのことはまだ許してないんでね。まぁ、嫌がらせかな!」
あっかんべーっと容姿に似合う仕草をして、魔王が勝ち誇る。
「嫌がらせって……」
「そもそも、これはあの子が頼んできたことだ。そうだなぁ、きっとお前に愛想つかして……」
べしっ。
「いて!」
「あんま調子乗るな」
「お、王子……」
意地の悪い態度で語る魔王の頭を後ろから引っ叩く王子に辟易する。……この人、結構魔王に厳しいよな。
魔王が大人しくなったのは、まさにこの人のお陰って感じだ。……この人、本当に魔王のことが好きなのだろうか。百重はそう言ってはいたが、僕の目ではあまりよくわからない。
「魔法使い、まさかアンタまでもが恋愛だのに現を抜かしてるんじゃあないだろうな?」
「え? いや、そんなわけ……」
段々と萎んでゆく声に王子が厳しい視線を送る。
「なんだ、やっぱり惑わされているな」
そんなんじゃない。これは薬のせいで……。
そう言いたかったが。
解毒をがぶがぶ飲んでも消えないこの胸の痛み。
作り方を間違えたか、それとも……。
「よく考えろ」
王子の冷たい言葉が頭を冷やす。
「そうそう。よく考えた方がいいぞぉ勇者。じゃないと、お前もこんなに可愛くなっちまうぞ~?」
「……可愛く?」
王子を指し示す魔王に、首を傾げる。
「ああ。少なくとも夜はめちゃくちゃ可愛いぞ?」
「ええと」
「シータ、お前は少し黙っていろ」
自慢げに胸を張る魔王に王子が睨みを利かせる。
「え~ん。恥ずかしがらなくてもいいじゃないですか~。ミュレス王子~」
それを受けて、魔王が以前のようなかわい子ぶりっ子で応える。
「思ったより仲良くやってんだな」
「……とにかく。お前もオレのように絆されたくなかったら、深追いはやめておけ」
とは言われたものの。
「少し、様子を見るくらいなら……。そもそも、魔王がちゃんと送り返してくれたのか、心配でもあるし……。巻き込んだ身としては責任を感じるわけで……」
そう自分に言い聞かせながら、転移の術式を完成させる。
準備を渋っていたそれは、あっけないほど簡単に整った。
「百重……」
彼と離れて過ごす日々が、こんなに味気ないものだったなんて。
ずっと一人で生きてきた。人間と必要以上に馴れ合うこともなく。一定の距離を保って。自分は人間にはなれないのだからと。ただひたすらに、勇者として。この力を人間たちのために使ってきた。
だけど。今は。
「百重に会いたい」
入念に描いた魔法陣の上に手を翳す。
どっ。
陣から風が吹き出し、髪を揺らす。
目を瞑る。
思い描く。
あの少年を。
危うくて、攻撃的で、不器用で。
悲し気に笑った彼に。もっと愛されたい。
もっと、伝えたい。
もっと、一緒に居たい――!
どんっ。
「うわっ」
「っ、てて……」
ぐにゃりと全てが混ざり合うような感覚から解放された瞬間、体に何かが思い切りぶつかり、よろよろと地面に倒れる。
「う……」
照りつける日差しの眩しさ。固い地面。行き交う人々の声。
それらが全て別世界のものだと意識したところで、目の前にいる存在に気づく。
「あ……」
「さ、サーリェ?!」
手を差し伸べた彼の瞳が大きく見開かれる。
「あ、はは。良かった。成功だ」
「もしかして、魔法で……?」
「それ以外ないだろ」
「……ああ、サーリェ!」
手を引っ張られ、そのまま百重の腕の中で抱きしめられる。
「お、おい」
「夢だったんじゃないかって思った。サーリェ、俺は……」
ざわっ。
通行人の視線が一気に突き刺さる。
「も、百重……」
「サーリェの格好目立ちすぎだね」
「それだけじゃない気がするけど」
「はは。とりあえず、こっち」
「サーリェ、大丈夫?」
少し走った人通りのない路地で、百重が振り向く。
「ああ、大丈夫だ」
息切れする自分に対して、百重は全然息が上がっていない。
運動不足もそうだが、これは格好の違いも大きい。
あまりの暑さにフードを取っ払う。百重の涼しそうな服装に比べて、ずっしりと重いこのローブ。場違いであることは一目瞭然だ。
「ええと。待ってくれ。僕も服を替える」
そう言って、意識を集中させる。頭の中で百重と同じような服を描き、手に魔力を込め、呪文を唱え……。
「あ、れ、」
目を開ける。そこは以前、太陽が照りつける地獄の暑さ。身に纏った服を慌てて掴む。
「服、変わってないけど……」
百重の不思議そうな顔。手に触れるのは愛用しているローブの分厚い生地。百重の言葉通り、全く変化がみられない。
「魔法が、使えない……?」
言葉にした瞬間、それは現実味を帯び、一気に背筋を凍らせた。
「……ここにいて。服は俺が服買ってくるから」
「う、なんかぴったりしてて落ち着かない」
着替えたはいいが、いつもと違いすぎる服に不満を隠しきれず、服の裾を掴んで伸ばしてみる。
「中々似合うじゃん」
「変じゃないか?」
「いや。こっちの人間と変わりないよ」
「そうか?」
「ええ。とても勇者には見えませんよ」
「どうせ僕は勇者らしくないですよ」
「はは。そういうとこも全然勇者らしくないですね」
「どうせ元々胡散臭い魔法使いだからね。……まぁ、今はその肩書ですら使えないけど」
「全然魔法使えないんですか?」
「あぁ」
念じてみるも上手くいかず、ただ精神が擦り減るだけ。
「しょうがない。迎えが来るまではとりあえず僕の家にいてください」
「え、いいのか? いや、でもそれはお前に迷惑が……。そもそも、迎えなんて、来るかどうか」
僕が知る限り、転移を使えるのは魔王しかいない。あの魔王が自分のために動いてくれるだろうか……。
「……サーリェはあっちに帰りたいのか?」
「そりゃあ……」
魔術や薬の研究、勇者としての使命。あっちでやり残したことはたくさんある。でも。
「じゃあ、何のために来たの?」
「それは……」
「それは?」
「……」
「サーリェ」
言い渋る僕に、百重が優しく促し、両手を包み込む。
「お前に……どうしても、もう一度会いたくなったんだよ。悪いか」
「会ったら満足しました?」
観念して絞り出した言葉は、意地の悪い質問によって逃げ道を失くす。
「……なんだその笑いは」
「ふふ。だって。サーリェからそんな言葉が聞けるなんて。俺にべた惚れじゃないですか」
「うるさいな!」
嬉しくてたまらないといった笑みを浮かべる百重。その様子に心臓がどきどきと痛いほど跳ねるものだから、誤魔化すように語気を荒げる。
「解毒、飲んだんでしょ? 効かなかったんですか?」
「……わかってて聞いてるだろ、お前」
「はは。でも、危険を顧みず一人でこっちの世界に来るなんて、ねぇ? なんなら俺のことをもう一度召喚してくれてよかったのに」
「……召喚は時間がかかり過ぎるんだよ」
「意外とせっかちなんですね」
「誰のせいだ」
「俺ですかね」
「自覚あるんなら責任取れよ」
「それってプロポーズってやつですか?」
「……そんな感じだよ」
「サーリェ!」
ため息交じりに吐き出した本音。それを受けて、百重が弾けるような笑みを浮かべる。
そして、思い切り抱きしめられる。
「おい、また変な目で見られたら……」
「誰も来ませんよ。それに、俺は気にしない」
「僕は気にするんだけど」
「何言われたって、もう絶対離さない。あんたが男だろうが魔法使いだろうが勇者だろうが、俺はサーリェが好きなんだ。一度は身を引いたのに。あんたから来たんだ。一生離してやらないから」
「百重……」
「あっちに帰るって言ったって、俺もついていってやるからな……!」
「ふふ。お前の方がべた惚れじゃないか」
「じゃあべたべたの両想いってことで、いいですか?」
「ああ。もうそれでいいよ」
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