ヒキアズ創作BL短編集

ヒキアズ

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21~30

(24)王子と元騎士団長

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王子サリヴァーンの命令で騎士長をクビになったセヴィエルは、労働に身をやつし日に日に弱ってゆく。そんな彼の前に再び王子が現れて……。

サリヴァーン・ラヴィール:王子
セヴィエル:元騎士長

エリカ:妹
エルメラ:弟
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「貴方は自分の立場というものが、分かっていないようですね」
 冷たい瞳。王子のその突き刺すような厳しい視線は誰でもない、自分に向けられている。
「私はただ、貴方の、この国の将来のことを案じて……!」
 動揺で言葉を詰まらせながらも、王子に無実を訴えようとするが。
「残念ですが。セヴィエル、貴方はクビです。お前たち、セヴィエルを捕らえろ!」
「な、」
 王子の号令で、控えていた騎士たちは一斉に私を囲む。
「己の言動、後悔することです」
「サリヴァーン様!」
 言い募ろうとするも、騎士たちに取り押さえられ。何一つままならないままに、そのまま城を追い出される。


 そして。
 空を見上げる。果てしない青。それを見ているだけで己という存在を忘れてしまいそうになる。
「やはり、私がいけなかったのか……?」
 自分は今まで真面目にやってきたつもりだ。騎士長として、皆を纏め、数々の戦に勝ち、この国を大国へと導いてきたつもりだった。
 王子のことも、立派な騎士となるようにと、幼い頃から稽古をつけ、互いに良好な関係を築いていた。ように思えたのだが。
「まさか、あれしきのことで壊れてしまうとは」
 近頃、王子は遊び回ることが多く、稽古もサボり気味で。
 幼い頃の素直さが全くなくなって、たまに会うときはいつも女を連れていて。態度だって反抗的なもので。
 17歳という若さが彼をそうさせていることはわかる。だが、サリヴァーン様は、一国の王となろうお方だ。彼を正さなければいけない。
 いや、いっそのこと、先に結婚を勧めるのがいいかもしれない。事を先に進めれば、内面もそれにつられて成長するのではないかと。
 見合いの話も、ちらほらと出始めていた。だから。
 進言した。
 別に、嫌味を含んだ気はなかった。言葉もストレートなものだった。
 ただ、頃合いだと告げただけだ。
 だが、結果としてはどうだろうか。
 私は、すっかり王子の逆鱗に触れ、騎士という職を奪われ、財も奪われ、城から追い出され。
 更には、王子が城下町中に手を回したらしく、新しい職を探すことも困難になり……。
 やっと雇ってもらった炭鉱の仕事で、すっかり汚れてしまった手を見つめる。
 力仕事はそれなりにこなせるはずだった。
 だけど、最近どうだろうか。
 真っ暗な夜道を、やっとの思いで辿り歩く。
 足に力が入らない。
 立ち止まり、膝に手を添える。
 目に映る足は細く、力を加えればすぐに折れてしまいそうだ。
 妹と弟に食糧をほとんどやっていたから、自分はみるみるうちに痩せ細ってしまった。
 力もうんとなくなり、仕事に時間がかかり、怒鳴られ、休みもほとんどなく。
 休める時間も、自分が情けなくて泣きはらす始末で。
「このままでは、いけない……」
 そう思うのに。体はどんどん動かなくなり、目がかすむ。
 ああ。駄目だ。私が、ここで、倒れたら、弟たちが……。


 妹は幼い頃から病弱で、弟はずっとその面倒を看ていた。
 両親は妹が産まれてすぐに事故で亡くなった。
 歳の離れていた私は、その頃すでに騎士として働いていたのでお金には困らなかった。
 もっとお金を貯めて、二人を安全な家に住ませる。そんな目標を胸に、騎士長まで上り詰め、そして。

『お兄ちゃん! 私、お兄ちゃんのおかげで病気治ったよ!』
『兄ちゃん! ボクたちこんな綺麗なとこに住んでいいの?!』
 自分の目の前を兄妹が嬉しそうにぴょんぴょこ跳び回る。
『お兄ちゃん、ありがとう!』『兄ちゃん、ありがとう!』
 満面の笑みに心が温かくなる。
 ああ。良かった。頑張ってきてよかった。
 騎士長として、務めを果たしてきて、本当に……。


『ガアガア!』
 ぼんやりとする頭に、鴉の鳴き声がうるさく響く。
「ああ。夢、か……。はは……」
 あれから幾度となく見る“悪夢”。
 過去の栄光に囚われたままの自分。
「今じゃ、食い扶持すら稼げないってのに……」
 笑おうとするのに、出たのは空咳。喉を押さえる。すっかり喉をやられてしまったみたいだ。
 喉が酷く乾いたような痛みが止まらない。痛みを押し出そうと咳き込んで、更に痛みは増して。吐きそうにひりつく痛みに、思わず膝をつき蹲る。
 その時。

『王子、この辺りだそうです』
「うん。ありがとう」
 どくり。
 心臓が跳ねあがる。
 その聞き覚えのある声が記憶と結びついた瞬間、どっと汗が噴き出てくる。
 どうして、王子がここに?
 咳を抑え込み、様子を伺う。
 どうやら、王子は騎士数名を連れて何かを探しているらしい。
 こんな夜に、こんな治安の悪い土地に、何を……。
 思考を巡らせながら、足を奮い立たせて路地裏へと身を潜める。
 こんなみすぼらしい姿を見られたくない。
 そんな小さなプライドがまだ残っていた。
「暗くてよく見えないな」
『また時間を改めましょうか』
「う~ん。そうだな」
 王子の言葉にホッと胸を撫で下ろす。
 何を探しているかは知らないが、ここらは危険だな。とりあえず、明日からはここを避けて帰るべきか……。
 ぱきっ。
「!」
 油断した途端、足元にあったガラスが踏まれた拍子に音を鳴らす。
「そこか?」
「っ、」
 逃げようと踵を返した瞬間。
 どっ。
「っは!」
 視界がぐるりと回り、背中が何かにぶち当たる。
「当たり」
 それが、腕を取られて壁に追い詰められたのだと気づいたときには、もうすでに王子の顔が近くにあって。
「うわ、すごい変わりましたね騎士長さん」
「あ……」
 色んな感情が混ざり合って、自分でもよくわからなくて。ふいに体が震え出す。
「がりがりの体にぼさぼさに伸びた髪。やつれた顔」
 王子の手が、言葉に沿ってあちこち触っていく。
「目なんか、ぐちゃぐちゃじゃないですか。こんな赤く腫れて、隈まで作って」
 目元に触れ、なぞられたところで王子の腕を取り、制止する。
「あれ、抵抗するんですか?」
 ぐらっ。
 記憶が回る。吐き気がする。あれ、これは現実だろうか? 夢だろうか。
 簡単に振り払われた手は、逆に王子によって掴まれ、じっくりと観察される。
「うわ~、ぼっろぼろじゃないですか。爪は土が入ってて所々欠けてるし、手のひらも泥だらけのガサガサだし。騎士長やってた頃とは別人って感じ」
「ひ、人違いで……」
「え~? そんなはずないよ。だって、この匂い。騎士長さんのだもん。間違いない」
「は……。や、やめてください!」
 首筋に鼻を近づけ告げる王子の目の前に、腕を振って抵抗する。
「どうして? 貴方はまた僕に逆らうんですか?」
「ち、違……。今の私は、汚いから、」
「僕が汚れるからってことですか?」
 こくこくと頷く。
「そんなの気にしないでいいんですよ」
 首筋に唇が触れる。
 ぞわり。
 湧き上がってくる感情に耐え切れなくなって、ずるずると座り込む。
「ほら。そんなとこ座っちゃだめですよ」
「は、放してくださ、」
「うん。合格です。僕と一緒に来てください」
 王子が目を細めながら満足そうに笑う。
「え……?」
「だから、城に帰りますよ。セヴィエル騎士長」
 私は、また夢を見ているのか……?
 違う。これは夢なんかじゃない。もっと悪い。
「ま、待ってください。私はどうなっても構いません……! ですが、弟妹がいるのです。妹が病気なのです。どうか、もうしばらく、もう少しだけでも、私を生かしておいては、」
「何言ってんですか」
「っ。私が、あの二人を養わなくては、いけないのです。どうか、何でもします、どんな罪でも受け入れます。ですがっ、」
「そんなに家族が大事なんですか?」
 私の目を覗き込んだ王子が、にたりと笑う。
「騎士長さん、それじゃあ言い方を替えましょう。ご弟妹を殺されたくなかったら一緒に来てください」


「その姿のまんまじゃアレなんで」
 城に着いた王子がそう呟くと、手を叩き、メイドたちを呼ぶ。
 道中、ろくな抵抗もできないまま、王子と目を合わすことすらできなかった。
 王子は相変わらずこちらをじっと見つめていて。居心地が悪かった。
「あの、私は一体、どうなるんで……」
「どうなると思うんです?」
 質問に答えられないままに俯いていると、王子は私の身をメイドたちに明け渡す。
「湯あみの用意を」
「いえ、私は、」
 ただでさえ、やつれた自分の姿を見知ったメイドたちに見られたくないというのに。
「あ~もう、ごちゃごちゃうるさいなぁ!」
 どっ。
「うぐっ」
 王子が近づいてきた瞬間、腹に重い衝撃が走る。
 王子の拳が離れると同時に、自分の体が床に落ちる。
 ああ。私は、こんな一撃も躱せないのか……。
 ああ。エリカ、エルメラ……。
 弟妹の姿が脳裏に過る。
 私は、あの子たちのために、早く、働かなくては、いけない、のに……。


「ん……」
 心地よい風が髪を揺らす。
 ああ。私は、外で倒れて、そのまま寝てしまったんだっけ……。
 その割に、泥臭い不快感がないな……。
 体が何だかふわふわして……。んん、このままずっと眠っていたい。
 懐かしい匂い……。これ、何の匂いだったっけ……。
 眠気に抗い、薄く目を開ける。
 誰かの手。それが自分の髪を撫でつける。
 くすぐったい……。でも、心地良い……。
 じゃなくて!
 微睡を押しのけ、ぼんやりとした視界でその手の主を見つめる。
「あ、起きました?」
「あ……。王子……様、」
 ぐらりと頭が痛む。
 この部屋は見覚えがある。そう。王子の自室だ。滅多に人を入れることのないその部屋は、だだっ広く、その割に必要最低限の装飾しかない。しかし、調度品の一つ一つが素材の良いものでできていて。自分が寝かされているこのベッドも、滑らかな肌触りに、体を包み込むような柔らかさで……。
 自分の置かれた状況を思い出し、飛び起きる。
 ああ。そうだ。私は、外で寝たんじゃない……。王子に、連れられてきて、それで……。
「髪の毛、伸びましたね」
 ずきり。
 たったその一言に胸が痛む。髪は城から出て一度も切っていない。それが伸びたということは、それだけ年月が経っている証。それだけの時間、弟妹を苦しめている事実を突きつけられたようで。
「あの、汚いから、」
 尚も撫でる王子の手を退かそうと、言葉をかける。
「今。綺麗にしたでしょ?」
「でも、」
 泥やら埃やらを被ってきた自分の髪が、もう綺麗になるとは思えなかった。
「綺麗だって言ってるでしょ」
 ちゅ。
 何のためらいもなく、王子が私の髪に口づける。
「え? あの……」
「ほんと、隙だらけになりましたね、騎士長さん」
 戸惑っていると、王子は再び頭を撫で、楽しそうに微笑む。
「冷徹で厳しくて剣先みたいに研ぎ澄まされてて。触れることすら許されない氷の麗人みたいな貴方も好きだったんですけどね」
 王子の手が頬に移動し、まるで猫を可愛がるようにゆっくりと優しく撫でまわす。
「あの……!」
「でも。だからこそ、今の弱々しくて泣きはらしてて怯えた貴方が最高なんですよ」
 王子の手首を掴み引き剥がそうとするが、逆に掴まれる。そして、そのまま押し倒され……。
「っは、な、に、」
「うわ、思った以上にハマりそうだな……」
 唇が重なった後、王子がぼそりと呟く。
 今、何をされた? 王子は何を言っている?
「王子、私には、貴方の考えが理解できません……」
「そう難しく考えないでくださいよ。そう、貴方はただ、僕の思うままに動けばいい」
 甘く囁く王子が再び唇を重ねる。抵抗するほどの体力も、今の体には残っていない。
 それをいいことに、王子の行為は更に激しさを増してゆく。
「待っ……、んんっ!」
「もう十分待ったんですから、大人しく楽しませてくださいよ」
 どろどろに解けてゆく理性。その熱に身を任せて、思考をやめる。
 ああ。私は、何をしているんだっけ……?


 夢を見る。
 騎士長として威厳のある言葉選びをしながら、皆に的確な指示をし、鼓舞をする。
 剣を振るう。騎士見習いたちに、正しい剣の使い方を教えるべく。真っすぐに。清く。
 そして。
 王子の剣を受け止める。王子が瞳に燃やすのは一歩も譲らないという強い意志。この方の向上心は本当に素晴らしい。心だけでなく、技も次第に磨かれ、完成しつつあった。
 サリヴァーン様は、きっと誰よりも強くなれる。その若さできっとこの国を変えてくれる。
 贔屓目を抜きにしても、王子は優秀だった。
 ずっとこの方のお側につけたならば、こんな幸せはないだろうと思った。
 だけど。

「ん……。また、あの夢、か……」
 城を追い出されてから、何度も過去の栄光の夢を見た。
 でも、現実は自分を置いて進む。私がいなくとも、軍は回る。
 夢を見る度に、その事実が重くのしかかって。いつのまにか眠ることが怖くなった。
 ぼうっとする頭を振るい、身を起こす。
 今の自分に不釣り合いな質の良いベッド。
 それが、今はぐちゃぐちゃに乱れている。
 ああ、そうだ。ああ、私は、騎士長をクビなって……。それで……。
 
 王子の言動は、時々わからなかった。私自身は、王子と良好な関係を保てていると思っていた。それなのに。
 シーツをぎゅっと握りしめる。
 これは、なんだ。このザマは、なんだろうか。
「……さん、騎士長さん、セヴィエル騎士長さ~ん?」
「……あ。と、サリヴァーン様……!」
 いつの間にか目の前に立っていた王子に、はっとする。
「やっと呼んでくれましたね。前みたいに」
 その微笑みは、昔と変わらない。柔らかで、優しい微笑み。
 それが。
「どうして……」
 どうして私にあんなことをしたのか。
 なるだけ冷静な分析を試みる。
「騎士長さんってば随分ご無沙汰だったみたいですね。自分でもやってなかったんですか?」
「……」
 揶揄われているのだ。恐らく。
 軽口を叩く王子を見て確信する。
 昔の王子ならいざ知れず、遊びを覚えてしまった今現在の王子ならば、十分にあり得ることだ。
 ああ、王子の品格が、失われてゆく……。私が、あの時しっかりと止められていれば……。いや、止めようと努力をした結果が今に至るわけで……。
「騎士長さん?」
「その呼び方はもうやめてください」
 冷たく響いた声に、王子が一瞬驚いた顔をする。
「あはは。案外余裕ですね。僕はてっきりプライドがズタズタにされて口も利けなくなくなったのかと」
「プライドなんて、そんなの、」
 もうとっくの昔に麻痺した。今更、何をされたところで同じだ。
 正直なところ、最近は特に心身共に疲れていて、記憶も曖昧になるほど。プライドなど持てる状況では到底ない。
「僕のこと恨んでます?」
「いえ……」
 恨んでいないといったら嘘になる。でも、それよりも自分を恨む気持ちが大きかった。
 王子を想ってしまったこと。それこそが最大の罪なのだから。
 王子はそれに気づいてしまったのだろう。
 その冷やかすような態度を見て確信する。
 だから、私をこんな風に弄ぶのだ。
「私のことならどうしたって構いません……。だから、妹と弟だけは、助けてください」
 弟妹、エルメラとエリカのことを思う。あの子たちに罪はない。せめて、どうしたって、あの子たちだけは助けたかった。
「ふーん。身を差し出してまで弟妹を守りたいと。自分からそう言ってくれるとはね。嬉しい限りですよ。いいでしょう。僕に屈し、服従を誓うのならば貴方の弟妹を孤児院に入れるよう手続きしてあげましょう」
 王子がゆっくりと微笑む。
「どうですか? セヴィエル」
「……」
 差し出された王子の手を静かに取り、口付ける。
 王子が満足げに微笑む様子を見上げる。それに気づいた王子がぐっと近づき、唇を奪う。
 ああ。私の選択は本当に正しかったのだろうか……。


「それじゃあ、まずは朝食でも食べながら考えましょう」
 そう言って王子がメイドを呼びつける。豪華な食事が並んでゆくテーブル。
「どうしました? 遠慮しないで食べてください」
「は、はい」
 促されてのろのろとパンをちぎり、口に運ぶ。
 それを、ゆっくりと噛み砕き飲み込む。
「う……」
 飲み込もうとするのに、上手く飲み込めない。
「ほら、もっと食べてください。碌に食べてないんでしょう? 細すぎてもつまんないですから」
 王子の言葉に、急いでパンを飲み込む。が。
「セヴィエル?」
「うっ……」
 額に汗が浮き出て、胃から飲み込んだはずのものが押しあがってくる。
 は、吐きそうだ……。
 口を押さえて扉に手をかける。
 が、重たい扉はびくともしない。
 扉を開けることも叶わず、せり上がってきた気持ち悪さに頭の中が一瞬真っ白になる。
「う、うぇっ、 」
 気づくと、床には己の吐しゃ物。吐くものがないので、唾液がほとんどだったが、醜いことには変わりない。
「おい」
「す、みませ、っ、」
 王子の言葉に、立とうとするのに力が入らない。
「ごめんなさ、」
「大丈夫ですか?」
 腰を落とした王子が私の頬に手を添え、ナプキンで口を拭う。
「もしかして、食事できなくなってるんですか?」
「……」
 そういえば、いつから食べてなかっただろうか。
 食事と言う食事は最近全くとっていなかったことにふと気づく。
「困ったな。とりあえず、点滴と薬を出してもらおうか」
 そう言って王子が再びメイドに頼み、医師を呼びつける。
「そんな、大丈夫です」
「死なれたら困るから、ね?」

 どうやら本当に危ない状態で、倒れる寸前だったようだ。
 ストレスと過労により、全ての欲が失われていた。
 食事も、どうやら体が受け付けなくなっているようで。自力で食べれるようになるまで、しばらくかかると言われてしまった。
 王子が来なければ、あのまま町で妹たちを置いたまま死んでいたかもしれない。
「すみません。僕のせいです。僕が追放なんてしたから。やつれてるくらいが丁度いいって思ってたけど、死んじゃったら元も子もない」
 ベッドに横たわる私の手を取り、王子が懺悔するように呟く。
「ただでさえ、無理をさせてしまったんです。今はゆっくり休んでください」
 王子の手が優しく頬を撫でる。ああ。私は、王子を怒らせるだけでなく、心配までさせてしまうのか。
 そう思うと、より一層自分が王子に向けた情が恥ずかしくなって。

 それから少し回復し、王子の部屋に住むことになった。
 王子の気まぐれか同情かはわからない。何しろ、王子の考えていることが全く分からない。
 それでも、今こうして再び王子の側に居れることが、どんな形であろうとも、嬉しく思ってしまう自分がいて……。
 王子が留守の間、ふと置いてあった剣を取る。
「重たいな……」
 前まで易々と掲げることのできた剣も、今の体では持ち上げるのがやっとといったところだった。
 鏡で見てもそれは不格好で不釣り合いだった。
「だらしないな……」
 そう独り言ちたとき。
 がちゃ。
 いきなり扉が開かれ、振り返る。
「王子……!」
 ごとっ。
 動揺して手から滑り落ちた剣が、床に当たって重い音を立てる。
「ん? あれ、セヴィエル?」
「あ……」
 見られてしまったことに羞恥を覚え、固まっていると、王子が近づいてきて……。
「もしかして、また前みたいに騎士長として働きたいですか?」
 そっと剣を拾い、こちらを真っすぐに見つめ、問いかける。
「う……。働きたくないわけじゃないけど、今の私にはもう無理ですから……」
 目を泳がせながら、己の欲と諦めとを小さく呟く。
「困ったな……」
「すみません、もうこんな真似しませんから……」
 生かされている身だというのに、自分は今何を願っただろうか。前みたいに剣を振るいたいだと? 馬鹿なことを。こんなことで王子を困らせるなんて。王子の気が変われば、私などすぐに殺せるというのに。
 この環境に慣らされて、今のままで十分だというのに。次を求めてしまう自分のおこがましいほどの欲が恐ろしい。
「騎士長はもうさせたくないんですけど……。でも、体が鈍ると言うのであれば」
 王子が剣を投げてよこす。
「わっ」
 それを慌てて何とかキャッチすると、王子がにこりと笑う。
「僕と毎日手合わせをお願いできますか?」
「手合わせって……」
「セヴィエルにはよく剣を合わせてもらいましたからね。それくらいだったら付き合いますよ」

 それからしばらく、王子は言葉通りに私と剣を合わせてくれた。
 朝はそうやって稽古を、日中は王子のいない間に読書や部屋の片づけを、そして夜にはたまに王子と体を重ねることを。
 そういう風に日々を過ごして、当たり前のように幸せだった。恵まれ過ぎていた。
 この幸せが怖かった。この幸せが壊されたとき私は平気でいられるだろうか。
 この幸せは続かない。だって彼は王子だ。私なんかを囲っていることが民にバレれば変な噂が立ってしまう。
 そんなことを考え続けていると、狂ってしまいそうだった。幸せのその先にあるのは絶望。この幸せが誰かに壊されてしまうのならば。


「王子、貴方はやはり姫を迎え入れるべきです」
 いつも通りの朝。人気のない森で稽古を始める前。その静寂を破り、再びそう進言した瞬間、王子の表情が凍り付く。
「セヴィエル。同じ過ちは繰り返すもんじゃないですよ?」
 やんわりとした口調。だが、そこには仄暗く冷たい報復が待っていることを示唆する響きがあった。
「私は、貴方のために申しているのです」
「セヴィエルが、僕のために?」
「ええ」
「笑わせないでくださいよ。セヴィエル」
 かちり、という音を立てて王子が腰の剣を抜く。
「セヴィエル、貴方は僕のものだ。でも、僕に口出しできる権限までは与えていない。僕の人生は僕のものだ。わかりますよね?」
「……私は、ただ、一般論を」
「セヴィエルは、僕が結婚して貴方に飽きるのを望んでいるんでしょう?」
「そうだと言ったら?」
 ひゅっ。
 風を切った剣が、そのまま目の前に突き付けられる。
「僕はお前の望むとおりに動かない。僕を動かしたいと言うのならば、剣を取れ」
 放られた剣を片手で受け止める。ここ数カ月で剣の腕は戻りつつあった。だが。
「……」
 目を閉じて、大きく息を吸い込む。
 完全とは言えないこの腕で、今の王子に勝てるかもわからない。
 ……それでも。
「私は……!」
 開眼と同時に王子に向かって剣を振るう。
「やはりセヴィエル、貴方は一筋縄ではいきませんね!」
 激しく音を立て、重なり合った剣。それが、拮抗する力を受け、押しつ押されつの動きを繰り返す。
 ああ。やはり、王子の剣は成長している。私の力が弱まったことを抜きにしても、あの頃よりもずっと強く……。
「はっ!」
 一瞬の力の緩みをついて、王子が横なぎに大きく剣を振るう。
「ぐっ」
 諸に剣を食らった腹を押さえ、後方へ飛び退く。
 しかし、それを逃すまいと王子の追撃が得物を叩き割る勢いで繰り出される。
「っ!」
 受け止めきれなかった衝撃が、体を地面へと叩きつける。
 すぐに体制を整えようと体を起こすが。
「諦めてください。貴方は僕に逆らうべきではありません」
 突き付けられた剣を睨む。
「私は、それでも抗わなくてはいけないのです」
 そう。抗わなくては。絶望を知るその前に。
 かんっ!
 目の前の剣を弾く。
「どうして。今の貴方では僕に敵わないことぐらい、わかっているでしょう?!」
「ええ。それでも」
 かんっ。
 二つの剣が幾度となく重なりあう。
 その一つ一つが確実に体力を削り、体の自由を奪ってゆく。
「ほら! さっさと倒れてくださいよっ!」
「ぐあっ」
 力強い斬撃を受け、地面に叩きつけられる。
 それでも。
「なんで、どうしてそんな……。立ってるのもやっとなくせに……。どうして立ち上がるんですか……!」
「……」
「そんなに、僕に逆らいたいんですか?! そんなに、僕から解放されたいんですか?! そんなに、僕がっ、嫌いなんですかっ……?!」
 悲鳴のような叫び。そしてそれを表すようにぶつけられた剣の重み。それに耐え切れず、剣もろとも体が後ろへと吹き飛ぶ。
 剣を握る手はとうに痺れて、握っているのもやっとだった。それでも、戦うことを諦めずに、剣を地面に突き立て、横たわりそうになる体を支えてやる。
「……セヴィエルは本当に僕をイラつかせるのが上手い。はは。ほんと。貴方ぐらいなんですから」
 近づいてくる王子に睨みを利かせる。が、王子の手から剣は放られ、地面に落ちる。
「いいでしょう。僕は貴方の言う通り、結婚することにしましょう」
「え……?」
「それが貴方の望みなんでしょう? だったらもっと嬉しそうにしてくれなくちゃ」
「でも、私は王子に勝てなかったのに」
「いいんです。僕の意志は貴方に負けてしまった。貴方は勝ったんですよ、セヴィエル」
「正直に話すと、僕は貴方に禁術を施していました。何もかも忘れて、僕だけを見て、僕に囚われたまま日々を送れるようにと」
 だから、ご弟妹のことも忘れていたでしょうと呟く。
 言われてみれば、王子との暮らしの中で何かが麻痺していくような、何か忘れているような気がしていた。
「まさか。私があの子たちを忘れていただなんて……」
 剣から手を離し、地面に座り込む。
「でも。そうまでしても、貴方は僕の思い通りにいかない。だったら、僕にはもうどうすることもできない……」
 王子を見上げる。悲し気に揺れる瞳がこちらを真っすぐに見つめる。
「はは。そんな言い方、まるで私に恋しているんじゃないかと錯覚してしまいそうです……」
 心に浮かんだ言葉が、そのまま口をついて出る。
「セヴィエル」
「あ、いえ。今のは……」
 慌てて取り繕おうとした言葉は、重なった唇によって紡ぐことが叶わなくなる。
「え……?」
「そうですよ。僕は貴方に恋している。最初はただのお気に入りだった。気高い貴方をくたびれさせてやりたくなった。でも、今は、違う。ああ、違うんです。今はっきりとわかってしまった。僕は貴方を傷つけることが楽しかったはずなのに」
 全てを絞り出すように苦し気な声で懺悔する王子が、私の頬をそっと撫でる。
「もう、こんなにも。貴方のことを大事にしたい。それなのに。貴方は尚も僕に剣を振るわせる」
 王子は何を言っている? 私を大事にしたい? 恋をしている?
 私は……!
「でも、貴方を傷つけるぐらいなら。僕は貴方を手放しますよ」
 言葉を選びかねていると、王子の手が離れてゆく。
 その手を掴もうとするが、王子が唱え出した呪文によって、視界がぼやける。
「ご弟妹は今も施設に預けてあります。貴方はそのまま二人を預けていてもよいし、引き取っても構いません。それと、これはお詫びです」
 地面に倒れ込んだ私の真横に、王子が何かを置いていく。
「さあ。貴方はもう自由です」
 王子の言葉が呪いのように心に響く。何か言わなくては……。そう思うのに。
 視界ばかりでなく、思考までがぼんやりと。次第に意識が薄れていって……。

「あれ。私は一体……」
 ぼんやりとする頭を振るう。
 そうだ。城をクビになって。それで、弟妹は施設に預けられて……。
 だから、私は労働に身をやつして……。こうしてお金を稼いで……。
 ようやく弟妹を迎えにゆける額に達して……?
 施設に向かう足を止める。
 王子は、どうしているだろうか。
 ふとそんなことを思う自分に疑問を覚える。
 王子のことなど、気に留めている場合ではない。王子への気持ちなど、当に諦めているというのに。なぜ今になって、こうも……。
 伝えたいことがあったような、問いただしたいことがあったような、釈然としないもどかしさのようなものが心を占める。
 確かに、クビにされた理由が理不尽だとは思う。でも、それもとっくに諦めたはず。それに、この気持ちはそんな類のものでなく……。

 城の庭。開かれたその空間で催されるのは、王子の婚約者を決めるためのパーティ。
 集められたのは、可憐で美しい有名貴族のお嬢様方。色とりどりのドレスは、庭に咲く花と同じく、見るものを虜にさせる。
 その中心にいる王子。それを見た瞬間に、心が跳ねる。
 どうしても王子を一目見たくなった私は、あろうことか城に忍び込み、こうして影から王子の様子を伺っている。
 見ただけで満足できるはずもなく、かといって何をすることもできず、談笑する王子を見て途方に暮れる。
 一体、私はどうしてしまったのだろうか。この城に私の居場所はもうない。私は、王子の側に居る資格など持っていない。早くここを去らなければ。私は、違う場所でも生き抜ける。王子のことなど、忘れてしまえば。
 ふいに王子がこちらを向く。隠れなければ、と思ったがすでに遅く。
「っ!!」
 王子と目が合った瞬間、時が止まったかのように思えた。
 が、王子はこちらを見てすぐ、視線を逸らし、何事もなく姫と笑い合う。
 胸が痛む。
 私は王子が好きだった。弟妹のためにと上り詰めた役職。気を張って生きてきたつもりだった。それでも、やはり地位に対する悪意を凌ぐことには苦心した。その頃の私は、すっかり人間不信に陥っていた。でも、そこで出会った幼い王子は真っすぐに私を慕ってくれた。それが、私にとってどんなに救いだったことだろうか。この王子のためならば私はどんなことでも耐えようと思った。初めて心から尽くしたいと思った。そして、それはいつしか恋心へと昇華していって。
 愚かだった。
 私は、そんな自分の気持ちを否定したくて。
 それで……。
 はらり。
 涙が零れ落ちる。
 慌てて拭う。
 拭ってもとめどなく、熱い水が頬を伝う。
「なんで……」
 歪む視界の端で、王子がこちらに振り返る。
「っ!」
 王子と目が合うより先に、急いでその場を去る。
 ああ。自分は一体何をしているんだろうか。悲劇のヒロインにでもなったつもりなのだろうか。
 走りながら、自分で自分を否定する心の声は鳴りやまない。
 お前は何を望んでいる。お前が僻んでいいことではない。男のくせに。叶うはずもないのに。
 そんなことはわかっている。なのに。
「なんで。どうしてっ……!」
 涙が止まらないばかりか、いよいよ胸が張り裂けそうなほど痛くて。
「っあ!」
 どさっ。
 ぼやける視界ででたらめに走っていたせいで、石に躓き、情けないくらいあっさりと転ぶ。
 ああ。本当に情けない……。
 起き上がり、手や顔についた土を払う。
 ああ。ここはあの森か……。
 ざわりと揺れる木々を見上げて、ため息をつく。
 何て皮肉な。
「セヴィエル」
「は……」
 ぐらり。
 後を追いかけてきたらしい声の主を見た途端、色んな思いが込み上げて現実の境を見失いそうになる。
「セヴィエル、どうして貴方が再び僕の前に現れるんです?」
「私は……」
「どうして、泣いているんですか?」
「……わか、りません。私はっ、」
「ああ。貴方は本当に馬鹿だ。せっかく逃がしてやったのに。自分から会いに来るなんて……」
 言い終わるより先に、王子が私を抱きしめる。
「王子……?」
「セヴィエル。やっぱり、僕は貴方を……」
 王子の指が、頬にできた涙の痕を拭うように頬を撫で上げてゆく。そして、ぐっと顔が近づいて……。
「サリー! そこにいるの?! 全く、こんな森の中にいきなり入っていくだなんて! お客さんを放って何を考えているの!?」
 この声は……!
 王子と重なった唇を慌てて引き離した瞬間、ドレスを身に纏った女性が現れる。
「あなた……何してるの?」
「お妃様……。こ、れは……」
 今度こそ生きた心地がしなかった。なんせ、目の前に現れたのはこの国の妃、王子の母親なのだから。
「何してるのって、言ってるのよ」
「っ」
 妃の冷たい声に、唇を噛みしめる。
 許されないことだ。お妃を怒らせてしまうだなんて。私は、なんてことを……。
 妃が一歩踏み出す。そして、こちらに手を伸ばし……。
「サリヴァーン! セヴィちゃん、泣いてるじゃない!」
 妃が、王子から引っ手繰るようにして、私を抱き寄せる。
「え?」
 状況を読み込めずに声を漏らすと、妃が優しく頭をひと撫で。
「セヴィちゃん、怖かったでしょ。もう大丈夫よ」
「気安く呼ぶなよ、ババア」
「なぁんですって?」
 え……? お妃様は私に怒っていたのではないのか……?
 目の前で繰り広げられる親子喧嘩を呆然と見つめる。
「まさかアナタがセヴィちゃんのことを、ねえ。ま、薄々感じてはいたけど」
「うるせえな」
「ああ。セヴィちゃん、かわいそうに! もっと私が早く気づいていたら……。酷いこといっぱいされたでしょう? ああ、こんなに痩せて、ボロボロになって!」
「う……。お妃様、汚れますので……」
 抱き着く妃をやんわり押し返すが、そんなことはいいの! と更にきつく抱き着かれる。
「ああ。ごめんね、セヴィちゃん。この子ってば、お気に入りのぬいぐるみとかいつもズタボロにして楽しんでたのよ。気味悪いでしょ。ごめんね~!」
「えっと」
「母さん。そろそろ返してくれる?」
「アナタ、セヴィちゃんにまだ酷いことするつもり?!」
「……確かに、僕はセヴィエルに悪いことをしたけど。でも、セヴィエルはそれだけじゃなくて。大切にしたいんだよ」
 静かに、だけど透き通った芯のある声でそう告げた王子に、優しく手を取られ、そのまま引き寄せられる。
「あら。ほんとのほんとに本気なのね」
「ああ。僕はセヴィエルが好きだ。セヴィエル以外の人と結婚するなんて、やっぱり考えられない」
「え……? 王子、今、何て」
「ああ。セヴィエルの記憶は封じたんだったね」
 そう言って、王子が目の前で指を鳴らす。
「あ……」
「思い出しました?」
 王子の言った通り、徐々に記憶が蘇る。
「えっと……、あれは、本気で……」
「ね。もうとっくにセヴィエルは僕のものなんですから。いい加減、僕の気持ちも受け取ってくださいよ」
「でも……。私は貴方に相応しくない……。貴方は、私なんかに囚われていいはずがない」
「セヴィちゃん。それだったら心配しないでいいわ!」
「お妃様?」
「今、いいところだったんだけどな」
 目を輝かせて、食い気味に入ってきた妃に、王子が嫌そうな顔をする。
「私、今日良い子を見つけたの! 本当は私の執事として働かせるつもりだったんだけどね、その子を王子にすればいいわ!」
「えっと……」
 良い子を見つけた、というのは、人材発掘のことだろうか。妃は自分の足で歩いては才能のある者をスカウトする趣味がある。本人は趣味だと言うが、実際のところこの国のためになっているのは明らかで……。いや、だか。今回の案はさすがに……。
 突拍子のない提案に暫く目を瞬かせた後、王子の顔を伺う。
「ふ~ん。じゃあそれで」
「えっ……?」
 王子があっさりと承認するものだから、思わず驚きの声を上げ、王子の顔を食い入るように見つめる。
『お妃さま……。そちらにいらっしゃいますね……?』
 何か言わなければ、と思った瞬間、少年の声が聞こえてくる。
「あ。噂をすれば。あの子ったら、ついてきちゃったのね。ふふ。坊や。ここよ~!」
 かさ。
 茂みの葉が揺れ動く。そして。
「ぷは!」
 ひょこりと少年が飛び出してくる。
「この子が今日見つけた子。私が思うに、磨けば光ると思うのよ! それも、サリーちゃんよりもずっと王子に相応しいと思うのよ!」
「ええと。なんのお話で……、って。兄ちゃん?」
「えっ。エルメラ?!」
 妃に抱きしめられた少年の顔を見て驚く。なにせ、それは自分が引き取ろうとしていた弟その人だったのだから。
「あら。お知り合いかしら」
「エルメラ……。ってことはセヴィエルの弟か?」
「えっ。え~! そうなの? やだ! 道理で、びびっときたわけだわ!」
 目を丸くする王子と、運命を喜び胸の前で手を合わせはしゃぐ妃。
 困り顔の弟に何と言葉を掛ければいいのか考えあぐねていると、王子が一歩前に出て、弟の肩をぽんと叩く。
「それじゃあエルメラくん。今日から君が王子だ」
「へ……?」

 それから、王子のために催されたパーティはすぐにお開き。王子はその座をエルメラに譲ることを表明して、表舞台から姿を消した。もちろん、前代未聞の事態に色々なところと揉めに揉めたのだが、結局それも妃と王子の采配により事なきを得た。
 こうして、叶うはずのない私の恋は半ば強引にあるべき姿を捻じ曲げて、叶う運びとなり……。


「あの、本当にこれでいいのでしょうか」
 王子の目の前に、淹れたての紅茶を置きながら疑問をぶつける。
「どうして?」
 書類に目を通したまま、王子はティーカップに口をつける。
「弟に全てを任せて、自分はこんな」
 結局、城から追放されるということもなく、王子の側で日々を過ごすことになった私は、王子専属の執事まがいの仕事をすることとなった。
「別に全部任せるわけじゃない。僕にはまだまだやることがいっぱいあるし。エルメラくんも、まだまだ未熟だからね。それと、セヴィエルにも前みたいに色々手伝ってもらおうと思ってるし」
「ですが」
「妹さんも、容体良くなってるみたいだし。近々、城に招こうかな」
「そんなご厚情を」
「でも、実質、エルメラくんやエリカちゃんが僕たちの子どもだって言っても過言ではないですし」
「それはいささか無理があるかと」
「セヴィエル。僕は仕事頑張ってますよね?」
「え、はい」
「だったら、恋愛ぐらい自由にしたっていいと思いません?」
「それは、」
「母さんだっていいって言いました。ね、セヴィエル。僕はダメですか? 貴方は僕の愛を受け入れてはくれないのですか?」
「……私の気持ちなど、当の昔にわかってらっしゃるくせに」
「うん。でも、セヴィエルの口から聞きたいなって」
「お戯れを」
「や、本気ですけど」
「……」
 跪き、手を取り、甲にそっと口づける。
「サリヴァーン様。お慕いしております。どうか、私をお側に。願わくば、貴方の全ての時を、私と共に」
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