アズアメ創作BL短編集

アズアメ

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41~50

(44)執事VS執事

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想い合ってる姫と王子は敵同士。それぞれの執事が黙っているはずもなく……。
王子×姫と見せかけて、主従CPなんだな~! NL要素あり。というか、BL要素の方が薄いかも? 主従が好きです!!(直球)
ーーーーーーーーーーー

 あるところに王子がいました。王子の名はルシオール=サヴァン。彼の能力はどれも優れていました。とりわけ魔術を使うことに秀でており、若くして悪魔の召喚に成功し、それを自らの執事として使役させていました。
 そんな完璧な彼には、ひとつだけ完璧じゃない点がありました。
 そう。彼はあろうことか、敵国の姫に恋愛感情を抱いていると言うのです。
 姫の名は、伊吹 華。彼女はルシオールのいる国とは全く異なる国の姫でした。
 ですが彼女もまた、文化の壁など超え、彼のことを愛しているようでした。
 だから、二人は頻繁に互いを招き合い、お茶を飲みながら雑談に花を咲かせました。
 もちろん、二人の恋は許されるものではありません。
 許されるどころか、それぞれの国は相手を殺そうとさえしました。
 しかし、その計画は中々上手くいきませんでした。
 なぜなら、ルシオールと華には、それぞれとても優秀な執事がついていましたから。


 そんなある日。華はこっそりと自分の執事である紅葉に睡眠薬を飲ませました。
「ごめんね、紅葉。だけど、ルシオールに会うのにアナタを連れてはいけないわ」
「お嬢、様……」
 華は紅葉が眠ったのを確認すると、こっそりと国を出て、ルシオールの元へと急ぎました。
「ああ、姫。今日はもう来てくれないのかと思っていました」
「ええ。ワタシも来れないかと思いました。最近はどうにもみんな、ワタシたちのことを許してくれなくて」
「でも大丈夫。ここならば誰も姫を追っては来ません。とっておきの話をするなら持って来いだ」
 そう言って、ルシオールは華を抱きしめました。華も、それに応えるようにルシオールの背中に手を回しました。
 そしてそのまま二人の世界に入るかのように思われましたが。ドアをノックする音が聞こえた瞬間、二人は急いで身を離しました。
「すみません。お邪魔でしたかね」
 へらへらと笑いながらドアの隙間から現れた青年は、ルシオールの執事のイザナギでした。
「……そうだな。邪魔だ。お前はすぐに部屋に帰れ」
「ルシオール。アナタがそんなことを言うなんて。ワタシなら構いません。どうかワタシにも彼を紹介してくださいな」
「……姫がそうおっしゃるのなら。彼はイザナギ。僕の執事です」
「お初にお目にかかります。ルシオール様に仕えておりますイザナギと申します。アナタのことは常々伺っておりますよ、お姫様」
 イザナギは、華に向かって微笑みました。それはまるで、獲物を目の前にした悪魔のような狂気を携えていました。
「イザナギ。妙な気を起こしてくれるなよ」
「妙な気だなんて。ご主人様こそ、何を企んでいるのか知りませんけど、大概にしてください」
「ルシオール、ワタシなら大丈夫。イザナギ、ワタシはアナタのことももっとよく知りたいの」
「それは。勿体ないお言葉です」
 イザナギと華は、握手をして微笑み合いました。そして。
「それじゃあ、これで俺のことがよくわかりましたかね!」
「きゃ!」
 イザナギは隠し持っていたナイフで華を貫きました。……いえ、貫いたはずだったのです。が。
「っ……。お嬢様。お怪我は?」
「あ……。どうして、紅葉が!?」
 ナイフは、立ちはだかった華の執事、紅葉の腕に刺さっていました。
「あれ。来るのが早すぎなんじゃない? 睡眠薬盛られたんだよね」
「ええ。ですが、二人が駆け落ちするのに、おちおち眠ってはいられません」
「なんだ。お前も気づいてたんだな」
 華とルシオールは、今日この日に駆け落ちをしてしまうつもりでした。勿論、その計画は互いの執事に知らされているはずないのですが。優秀な執事である二人には、すっかりお見通しでした。
「しかし。執事に睡眠薬盛るなんて、随分と酷いお姫様だ。ねぇご主人様?」
「……僕はお前にも飲ませたはずだが」
 紅葉から距離を取ったイザナギは、ルシオールを見つめました。その顔には、珍しく焦りが見えて、イザナギは悪魔らしい微笑みを浮かべました。
「アンタがくれたモンを俺が易々口にするわけないだろう? 俺にとっちゃ、アンタの邪魔をするのが生き甲斐なんだからさあ」
「少しは信用してくれていると思ったんだが」
「まさか。悪魔より悪魔っぽいご主人様をどうして信用できるものか」
 言い合いをする二人の傍ら、華は紅葉に駆け寄り、傷口をそっとハンカチで包みました。
「紅葉……! ごめんなさいっ、ワタシっ!」
「お嬢様、ご心配なさらずに。紅葉めが、お嬢様はお守りしますゆえ」
「へぇ。腕怪我しといて、ずいぶん余裕じゃん。言っとくけど、俺ほんとに殺すつもりだよ。そのお姫様」
「私も貴方の主人を殺すつもりですよ」
 執事同士は睨み合い、それぞれ得物に手を掛けました。
「紅葉! どうしてそんなことを言うの!」
「お嬢様、これはお父上様よりの命なのです。逆らうわけにはいきません」
「……紅葉の馬鹿!」
 華は、ルシオールの手を取って走り出しました。
「おっと。行かせないよ、お姫様」
「お嬢様に、触るなっ!」
「うわ」
 二人を追いかけようとしたイザナギを、紅葉が取り押さえました。
「お嬢様、下にウチの兵が待っています。どうかそこまで逃げてください。いいですか、決して変な真似はなさらぬように。大人しく国へ帰るのです」
「わ、わかったわ」

「アンタさ。よく耐えたね、それで」
「っ……」
 華が居なくなり、イザナギがそう呟いた途端、紅葉は地面に膝をつきました。
「そんなにお姫様の前でカッコつけたいんだ」
「黙れ」
「でもさあ。どんだけアンタがお姫様を想おうが、お姫様は王子様に夢中だっての」
 イザナギが、ぱちりと指を鳴らすと、宙にルシオールと華の姿が映し出されました。
「魔術か……」
「そ。ルシオールの野郎に制限されてるから、こんなことしかできないけど」
「っ、あれだけ申し上げたのに」
 映し出された華は、ルシオールと手を取り合って、自国と敵国の兵から逃げていました。
「わかってたくせに」
 唇を噛みしめながら映像を見つめる紅葉に、イザナギは冷ややかな視線を送りました。
「っ……。お嬢様……」
「はぁ。恋は盲目ってか? やってらんねーよ。アンタはここでゆっくり寝てな」
「……ま、て」
「ちっ、邪魔だ!」
 足首に縋る紅葉を、イザナギは思い切り蹴り飛ばしました。
「ぐっ……」
 紅葉は抵抗する間もなく、地面に倒れ込んで気を失いました。
「おいおい。今のでへばるなんて。相当強い薬だったんだな。全く、よく立ってられたもんだ。おまけに、放さないときた」
 紅葉は気絶して尚、イザナギの足を掴んでいました。
「しぶとい奴は、ここで殺っといた方がいいかな……」
 ナイフを取り出したイザナギは、ふと紅葉の額の傷に気づき、手を止めました。
「なんだこれ」
 今まで間近で見ることのなかったその額には、いくつか縫った跡がありました。いや、額だけじゃありません。よくよく見てみると、服の下の至るところに縫った跡があるのです。
「まぁ、あんなお姫様を守ってる身じゃあ、怪我の一つや二つもするだろうな。とにかく……死ね!」
 イザナギが残忍な笑みを浮かべ、ナイフを振りかざした瞬間――。
「イザナギ、待て!」
 イザナギの肩がびくりと震え、その手が止まりました。そう。イザナギは、ルシオールの命令に背けないのです。
 イザナギが忌々し気にルシオールの方を見ると、華が怯えた瞳でこちらを見つめていました。
「チッ。アンタら、駆け落ちしたんじゃなかったのかよ」
「ごめんなさい。でもワタシ、どうしても紅葉が心配で……」
「イザナギ。そんなに怖い顔をするな。姫が怖がっている」
「申し訳ありません。ルシオール様」
「僕じゃなく、姫に謝るんだ」
「……申し訳ありません。お姫様」
 イザナギの怒りを押し殺したような声に、華は縮み上がりました。
「はは。心の籠もっていない謝罪だな。姫が怯えている」
「俺に心などあるものか」
「全く。お前はどうしてそう愛想がないんだ?」
 ため息をついてみせるルシオールに、イザナギは眉を顰めました。
「紅葉! ああ。ごめんなさい。しっかりして。起きてお願い!」
 その傍らで、華は紅葉にやっと駆け寄ると、その肩を揺さぶって呼びかけました。
「とにかく、ご主人様はとっととお姫様を連れてお逃げください。この執事は俺が仕留めておきますから」
「……紅葉を殺すなんて、させない!」
 イザナギの言葉を聞いた華は、紅葉を庇うようにして立ちはだかりました。
 イザナギはそれでも向かっていくつもりでしたが、ルシオールが止めないはずもなく。
「イザナギ。僕は彼女が傷つくのを見たくない。わかるだろう?」
「ですが……」
「それとも」
 ルシオールは、言い募ろうとするイザナギに顔を近づけ、そっと微笑み……。
「お前が消えるか?」
 何とも物騒な物言いをしました。
「は、はは……。ご冗談を。わかりました。何もしませんよ。全て貴方のご命令通りに」
 どっと冷や汗を掻いたイザナギは、嫌でもルシオールの言葉に畏まりました。
「じゃあお前は姫の執事を介抱してやってくれ。いいな?」
「……はい」
「姫。それじゃあそろそろ行きましょう。大丈夫。イザナギは僕の命令に背いたりなどしません」
「ですが……」
 言い淀む華の背に、ルシオールはそっと手を添えると、優しく微笑みました。
「ね? そうでなくては、満月に間に合わなくなってしまう」
「満月……?」
 それが何だって言うんだ、とイザナギは疑問に思いましたが、とても問いただそうとは思えませんでした。
「ええ。満月の日。それがワタシたちの記念日になるんですね……!」
 うっとりとした華を、ルシオールが愛おしそうに抱きしめ、そのまま連れ立ってゆく姿は、まるで結婚式の予行演習。
「満月の日に式を挙げるつもりか。なんともロマンチックなことで」

 怒りをぶつける先もなく、イザナギは詰まらなさそうに地面の石を蹴り上げました。
「チッ、こんな執事の世話押し付けて、自分はお楽しみたぁ調子がいいね、全く」
「貴方、何か弱みでも握られてるんですか?」
「は?」
 突然かけられた声に、イザナギがびっくりしていると、気を失っていたはずの紅葉が無表情のまま起き上がりました。
「うわ。アンタ早すぎだろ、回復すんの。なに、ずっと起きてたの?」
「途中から目が覚めました」
「なんちゅー体のつくりだ。化け物かよ……」
 何気なく放った言葉に、紅葉の肩がぴくりと震えたのを、イザナギは見逃しませんでした。
「ふっ。まぁそんなとこです。それよりさっきの続きです。ルシオールに仕えている理由がわかりません。貴方ほどの力があれば、あのような人間、容易いはず」
「いやいや、そんな滅相もないこと。アンタこそ、なんであんなお姫様に仕えてる? 勿体ない」
「私は、お嬢様に助けられたんですよ。だから忠義を誓ったまで」
「へぇ。惚れた弱みってやつ?」
「……そんなことは」
「はは、化け物でも恋しちゃうもんか。笑える」
「貴方はまさか、惚れた弱みではないでしょう?」
「はは。気持ち悪いこと言ってくれるねぇ」
 声の調子こそ冗談を言うそれでしたが、イザナギの瞳は一瞬にして殺意を映し出していました。
「王子を憎んでいることがよくわかりました。そんなに憎いんなら私の代わりに殺してくださいよ」
「それができたら、とっくにやってるっつの」
「そうですね」
「さ、無駄話は終わり。お伽の国の王子様とお姫様を引き離しに行くぞ」
「さながら敵役ですね」
 そう言って二人は笑い合ってみせましたが、その面持ちは焦りに満ちていました。


 二人に追いついた紅葉は、姫を抱きかかえると、ルシオールから距離を取りました。
 遅れてイザナギも、二人の間に立ちはだかりましたが……。
「イザナギ、やめろ。姫を取り返せ」
「っ……。かしこまりました」
 ルシオールの命令を受けると、苛立ちをぐっと押さえてくるりと向きを変え、紅葉に向かって歩き出しました。
「本当に、よっぽど逆らえない何かがあるのですね」
「待って。紅葉! お願い、降ろして!」
「いいえ、なりません。私は逆らってでも、お嬢様を連れて帰ります」
「嫌! ワタシ、ルシオールと一緒にいたいの! わかってよ、紅葉!」
「ですが、お嬢様……」
「ワタシも自由が欲しいの。お姫様としてではなく、一人の人間として、自由に恋をしたいの」
「……お嬢様」
 紅葉は、イザナギの攻撃を飛んで躱しながら考えました。
 人間として、か。かつては私が望み、お嬢様がくれたもの。その望みを他でもない私が壊していいものだろうか。
 しかし、恐らくあの王子は何かを企んでいる。イザナギのことといい、あの王子には何か闇がある。だから、お嬢様を渡したくない。
 でも、私にお嬢様の気持ちが止められるのだろうか……。
「紅葉っ! 下!」
「っ!?」
 紅葉が華の声で我に返ると、すぐ真下に展開された魔法陣から、蔦が現れました。反応が遅れた紅葉に、それを躱せるだけの余裕はなく……。
「っぐ……あああ!」
 蔦はあっという間に紅葉の体に巻き付いて、触れたところから電撃を放ちました。
 華はとっさに地面に放られたので、打撲程度で済みましたが、華を庇って全てを受けた紅葉は、可哀想に力なく落ちてゆきました。
「あ……。紅葉っ、紅葉っ!」
「触ってはいけません、お嬢様……。感電してしまうかも……」
 涙目になりながら華は、自分を庇って瀕死になった紅葉に駆け寄り、抱きしめようとしましたが、彼はそれを力なく制しました。
「そのダメージで息してるとか、やっぱりアンタは人間じゃないんだな」
「……」
「く、紅葉に酷いことを言わないで!」
 華は精一杯叫ぶと、両手を広げて紅葉を庇い、イザナギを睨みました。
「おやおや、お姫様は立派だ。配下にも情をかけるなんて。ウチのとこの王子様にも見習ってほしいものですよ」
「茶番はいい。さっさとしろ」
 華の視線を流しながら、おどけて見せるイザナギに、ルシオールは心底つまらなさそうに促しました。
「はいはい。お姫様、悪いけどウチの王子様はせっかちなもんでね。そんな執事は置いといて。一緒に来てもらいましょうか?」
「紅葉は、ワタシの大切なお友達です。やはり、置いていくなどできません」
「お嬢様……」
「ははっ。その大切なお友達より王子様を選んだお姫様がよく言うね」
「それは……」
「お嬢様を侮辱するな!」
 怒りの咆哮と共に、イザナギに向かってナイフが放たれました。
「うっわ。まだ動けるんだ」
 それをギリギリで躱したイザナギは引きつった笑みを浮かべながら、立ち上がった紅葉を見つめました。
「紅葉っ……!」
「お嬢様、お逃げください」
 紅葉は、優しく華に語り掛けると、イザナギを見据えました。
「何言ってんのさ。お姫様が逃げるべきはアンタから、だろ。俺はお姫様を王子様のとこに届ける馬の役目なんだからさ」
「……確かにそうかもしれない。お嬢様からしてみたら私だけが敵なのかもしれない。おとぎ話の怪物役。あぁ。確かにぴったりかもしれない」
「なんだ。自分のやってることに自覚はあるんだ」
「待って、紅葉! ワタシは別にそんなこと……!」
「おいご主人様。手荒にいっていいんだな?」
「ああ。仕方がない。もう時間がないんだ。お前に任せる」
「てことでお姫様。ここは大人しく捕まってはくれませんか?」
 ばちっ。
「紅葉のことを傷つけた貴方は大嫌い」
 華は、はっきりとした拒絶の意志を込めて、伸ばされたイザナギの手を叩きました。
「おや、嫌われてしまいましたね」
「お嬢様……」
 紅葉は、化け物みたいな自分のために勇気を出して立ち向かう華を誇りに思いました。
「じゃあ。もうどれだけ嫌われても構いませんね?」
「!?」
 イザナギがゆったりと微笑んだ瞬間、華の腹にイザナギの拳が入りました。
「お嬢様ッ……!」
 紅葉は即座に、イザナギに向かって殴りかかろうとしましたが……。
「無駄だよ」
 ルシオールがぱちりと指を鳴らした途端、紅葉の体中に強い電気が走りました。
「あぐっ……! お、嬢さ、ま……!」



 暗い地下室。水の中。ぼうっとする頭と視界。水槽の中に閉じ込められた少年は、ただ毎日水の中で取り止めもなく考えました。
 ……冷たい。ボクは何?? どうしてここに閉じ込められているの??
 出シテ、ココカラ出シテ。外ニ出タイ。外ニ出タイ。外ニ出タイ。

『廃棄個体が逃げたぞ!』『探せ』
 嫌だ。捕まりたくない。もうあの水の中に居たくない。
 何かの事故で、少年の水槽が割れました。少年は逃げました。何もわからないままに、ただ走りました。

『うわぁぁぁ化け物だ!』『怪物が出た!』『きゃああああ、来ないでっ』
 どうして?? 同じ人間じゃないの?? ボク、人間だよね??
 少年を見る度、人間たちは悲鳴を上げました。
 少年は、ふとガラスに映る自分の姿を見ました。
 それは、目を覆いたくなるような歪な化け物でした。
 あれ、違う。なんで?? 他の人と違う。 ボク、本当に人間じゃないの??
 少年は、どうして自分が今まで自分のことを少年だと思っていたのかわかりませんでした。

『死ねええええ』
 少年はついに追い詰められました。
 少年には、たくさん弾丸が撃ち込まれました。
 少年は、その程度では死にませんでしたが、バランスを崩して崖から落ちてしまいました。
 また、水の中だ……。
 少年は、川に落っこちました。そして、流されるうちに気を失ってしまいました。

 どれくらい経ったことでしょうか。少年は気づくと、ベッドの上で眠っていました。
「あ……。起きたのね!」
 そこには少女がいました。少女は、少年をじっと見つめていました。
 あぁ、またボクのこと、化け物って言うんだ。
 少年は、嫌な気持ちでいっぱいになりました。でも……。
「アナタはだぁれ? ワタシは、華。伊吹 華っていうの」
 微笑みかけてくれたその少女は、本当に花のようでした。
 少年は花なんて見たことなかったけれど、初めて見た“花”が彼女で良かった、なんてことをぼんやりと思いました。
「は……な……」
 少年が初めて発した言葉は、とてもカサカサでぎこちないものでした。けれど、両親以外から呼び捨てにされたことのなかった華は、少年の手を取って嬉しそうに笑いました。
「そう。華。で、アナタのお名前は? ワタシにも教えてちょうだい」
「な……まえ……?」
「もしかして、名前ないのかな……?」
 彼女の言う通り、少年に名前なんてありませんでした。なにやら難しい数字と英語の名称ならありましたが、少年はそれを口にする気にはなれませんでした。
「じゃあね、ワタシがつけてあげるね! う~ん。あっ、そうだ! くれは! 紅葉がいいわ! 私ね、紅葉が大好きなの。真っ赤で綺麗で。だから、あなたは今日から紅葉よ?」
「くれ、は……?」
「そう。ワタシの大事なお友達!」
「ともだち……」
 少年は、友達という単語の意味は知っていましたが、生涯関係のないものだと思っていました。下らないとさえ思っていました。
 でも。こんなにも。こんなにも、言葉にするとキラキラと心が弾むだなんて。少年は今までの認識を改めようと思いました。

 それから華は、毎日のようにこっそり紅葉と遊びました。
 華は紅葉に、たくさんの知識や不自由のない生活を与えました。
 すると、どういうわけか、紅葉の怪物のような姿はだんだんと形を変え、いつの間にか人間と変わりなくなって、話し方も普通の人間らしくできるようになりました。
 この頃にはもうすっかりと、二人は互いに恋心を抱いていました。
 あるとき紅葉は、華の側に堂々と居るために、素性を偽り、伊吹家の執事の採用試験を受けてみました。
 そして、見事に採用となった紅葉は、一生懸命に働き、その功績が認められ、華の後押しもあり、華の専用執事にまで上り詰めました。

 紅葉にはわかっていました。この幸せは長く続く者ではない、お嬢様が結婚してしまえば、私などは側にいれないのだ、と。
 それでも、その時が来たら、お嬢様をしっかりとお祝いしよう、と紅葉は心に決めていました。が。
 ルシオールのことは、どうしても信用できませんでした。自分でも上手くは言えないけれど、どうしても彼を、いや、正確に言うと、彼の執事を見ていると、嫌な気持ちが込み上げてくるのです。



 ひたり、と額に落ちる水滴。その冷たさに紅葉が目を覚ますと、地下牢に閉じ込められていました。
「……嫌な感じですね」
 体を動かすと、じゃらりと手錠と足枷が音を立てました。
 ざあああああ。
 どうやら外は雨のようで、雨漏りの水がぱたぱたと地面に落ちてゆきました。
 気分が悪い。
 出シテ、ココカラ出シテ。
 頭が痛い。
 外ニ出タイ。外ニ出タイ。外ニ出タイ。
「やめろ……」
 外ニ出タイ。外ニ出タイ。外ニ出タイ。
「っ……」
 先ほど見た過去の夢とこの空間に、吐き気を催した紅葉は、地面にうずくまりました。
 助けて。助ケテ。誰か。お嬢様……!

「い……、おいっ! 大丈夫か!?」
「あ」
 イザナギに肩を揺さぶられて、ようやく紅葉は我に返りました。
「お前、すごい汗だぞ。どうしたんだよ」
「あ……」
 声が掠れてしまった紅葉は、自分を落ち着けるように深く息を吸い、ごくりと生唾を飲み込みました。
「お嬢様は、どこです……?」
「いや、アンタさ、お姫様よりも自分のこと心配した方が……、ッ!」
「どこだって、聞いてるんですよ!」
 紅葉は、荒々しくイザナギの胸倉を掴むと、思いきり揺さぶりました。
「……上だよ。今頃仲良くやってんじゃないの?」
「っ!」
 血相を変えた紅葉は、手錠と足枷を壁にぶつけて外し、階段を駆け上がりはじめました。
「おいっ、待てって」
 紅葉の手足からは血が流れていましたが、まるで痛みを感じていないかのように、彼は全力で走りました。
『きゃあああ!』『つ、捕まえろ!』
 逃げ出した紅葉に、ルシオールのメイドや兵士が騒ぎ出しましたが、紅葉はそれを全て片付けて、華の元へと進みました。


 赤い満月。特別、魔力の強まる日。月明かりが照らす静かなダンスホールで、ルシオールと華は手を取り見つめ合いました。
「姫。やっと二人きりになれたね。もう邪魔するものはいない」
「ああ、ルシオール……。ワタシ、この時をずっと待っていたのよ」
「ああ。そうだろうね。さあ、姫。目を閉じて」
「ルシオール……」
「姫……」
 赤く染まった二人の甘い言葉。おとぎ話ならば、このまま幸せな未来へと転じるはずでしたが……。
 どっ、と激しい音を立て、魔術によって生み出された光が華を襲いました。が。
「チッ。この程度では剥がれないか……」
「あら、王子様。一体これは何の真似ですの?」
 魔術を諸に受けたはずの華は、傷一つなく涼しい顔でルシオールを見つめていました。
「さて、何でしょうね。貴方が一番わかっているんじゃないですか?」
「何の話だか。皆目見当もつきませんわ」
「……その体は貴方のモノじゃないでしょう?」
 あくまで白を切る華に、ルシオールはこれまでの優しい顔を取っ払って、凍えそうな程に冷たい視線を突き刺しました。
「ふ。やっぱりダメね。手っ取り早く恋仲になって油断させようとしたのに。王子様ったら全然ワタシに興味がないんですもの」
「当たり前だ。誰がお前のような悪魔好きになるか」
「悪魔、ねぇ……」
「ずっとこの日のために、アンタとの気色悪い恋愛ごっこに興じたんだ。その体、きっちり返してもらおうか」
「それはワタシの台詞。アナタの大切な魔力、ワタシたちに全てくださいな」
「健気だよなぁ。アンタの執事は。アンタの体になるために連れ去られて弄られた失敗作だっていうのに。そんなことも知らず、今やアンタのために忠誠を誓っている。上手く騙したものだ」
「違う! 紅葉とはそういうじゃない! ……本当に友達として傍にいるだけ。アナタこそ、彼を拘束しているじゃない。禁忌まで犯して、ね」
「黙れ」
「怖い顔したって駄目。この体、ワタシの魂によく馴染んでいるのよ」
「……返せ。それはお前なんかが使っていいもんじゃない」
「アナタこそ。無駄な魔力の使い方は止めて、紅葉に全部頂戴な」
「はっ。お前の目的のがよっぽど無駄遣いだ。くそったれ」
「どうやら力づくで奪うより他はないみたいね!」
 華が目にも止まらぬ速さでルシオールに殴りかかりましたが、ルシオールは結界を張り、それを防ぎました。
「ようやく力が最大になる赤月の夜になったんだ。ここできっちり奪ってやる!」
「は。こっちだって。魔術の効きがいい今日この日にやんなきゃ意味ないっての!」
 ルシオールの放った魔法弾を、華は素手で弾きました。それが、何度も繰り返され、ぶつかり合い……。


「お嬢様!」
 紅葉がついた頃には、ホールの壁は無残に壊され、二人は肩で息しながらも尚、戦いを続けていました。
「紅葉! ……っ、きゃあ!」
「よそ見してるからですよ」
「お嬢様っ!」
 一瞬の隙をついたルシオールの攻撃は、見事に華を直撃しました。
「紅葉、来ちゃダメ」
「は……? なんでアンタ、愛しのお姫様に向かって攻撃してんの……?」
 遅れてやってきたイザナギは、傷ついた華を抱き寄せる紅葉を見て、呆然としました。
「チッ、イザナギ、来るなと言っただろう」
「いや、ですがコイツが逃げて……って、え?」
「お嬢様……?」
 気づくと、華はいつの間にか起き上がり、イザナギの首にナイフを突きつけていました。
「残念。ワタシの勝ちみたい」
「え……? ええと。なんでアンタらが争ってんのか分かんないけど。俺なんかを人質に取っても、ご主人様は動かせな……」
「放せ」
 ルシオールは、殺気を隠すことなく華を睨みつけていました。
「え……?」
 イザナギは、初めて見るその表情と圧力にそっと息を飲みました。
「紅葉。ようやくよ。ようやくアナタに償いができる……。さあ、赤い月。ワタシたちに力を……」
「そう簡単にいくと思っているのか」

「わっ」
 ルシオールが手を翳すと、紅葉は見えない力に引っ張られました。もちろん、紅葉も抵抗しようとしましたが、力が回復していない今、もがいても無駄でした。
「紅葉!」
 そして、華の手が緩んだ瞬間の隙をついて、ルシオールは同じ要領でイザナギも引き寄せました。
「ッ……!」
「残念だったね、姫。僕の魔術の方が上だ」
 二人を抱えて、にやりと微笑むルシオールに、華は全力で殴り掛かりましたが、攻撃が当たるその直前で、三人の姿は消えてしまいました。


「おい、どういうことだよ、これ。説明しろよ」
 瞬間移動をした先で、開口一番にイザナギはルシオールを問い詰めました。
「別にお前に説明する義理はない。そこを退け」
「嫌だね。今のアンタは珍しく消耗してる。そんな状態で優秀な執事二人に勝てると思ってんのかよ」
「チッ、誰のせいだと思ってんだ」
「……やはり、イザナギさんにも関係があることなんですね?」
「黙れ」
 口を挟んだ紅葉に、ルシオールは殺気を放ちましたが、イザナギは二人の間に入り、紅葉を庇いました。
「貴方たちは、お互いが想い合っているとばかり……。でも、本当は違ったんですね?」
「ど、どういうことだよ」
「……」
「ルシオールさん、貴方はイザナギさんのためにお嬢様の体を狙っている。そうですね?」
「いやいや。紅葉くん何言ってんの? 体? え、なにどういう意味で? ていうかそもそも、コイツが俺のために動くはずないって言って……」
「……」
「え? マジ?」
「イザナギさんは悪魔なんかじゃない。そうなんでしょう?」
「……。君はどうやらウチの執事より幾分か賢いらしい」
「馬鹿で悪かったな」
「薄々気づいてはいたんです。私がどうして化け物だったのか」
「君は化け物なんかじゃない。一番の化け物はあの娘の両親だ」
 重いため息をついたルシオールは、事の発端を語るため、静かに口を開きました。



 あるところに、障害を持って生まれた娘がいました。名前を華といい、華の体は、見るに堪えない歪なもので、両親はさめざめと泣きました。
 華は、このままいくと、十年もしないうちに死んでしまうとお医者さんは言いました。
 両親はまた泣きました。両親は、この国の王様と王妃様でした。しかし、二人の間には長らく子どもが生まれずに、やっと生まれたのが華だったのです。
 華の両親は決意しました。どんな手を使ってでも、華を助けよう、と。
 華を生かすための研究が始まりました。
 研究施設では、何人もの子どもたちが実験に使われ、死んでゆきました。
 そして、ようやく。華の体として使うことができる個体第一号が見つかりました。
 しかし、最初の個体は自我が強く、華の魂が定着する前に個体の魂が暴走して、華の魂を追い出してしまいました。
 その後、何度か試してみましたが、やはり結果は同じ。切り裂いて縫っての繰り返し。成果の出ない実験に、誰もが諦めかけたそのとき。
 街で捕まえた子どもの体が、最初の個体よりもずっと華の体にぴったりだとわかったのです。
 そうして、ようやく華の魂は綺麗な体を得たのです。

「つまり、その最初の失敗作が私というわけですか」
「理解が早くて助かるよ」
「私の力は明らかに自然のものではありません。それに、水の中に閉じ込められていた記憶がありますから」
「そうだな。その力は華の体になる前提でつけられたオプションみたいなもんだ。でも、力を酷使しない方がいい。実験をする度に、君の体と魂の結びつきは薄まっていった。君は今、とても不安定な存在だ。そして……」
 ルシオールはふいにイザナギを見つめました。
「は、俺……?」
「そうか。イザナギさんは……。僕と一緒だったから、だから、嫌な感じがしたんだ……」
 イザナギが、ぶつぶつと呟く紅葉からルシオールに目を移すと、ルシオールは優しく、それでいて悲しそうに微笑みました。
「僕の弟だったんだよ、イザナギは。だけど、好奇心が強かったお前はこっそり街に出て、そこで捕まって、研究のために使われた」
「え……?」
「僕はイザナギを奪い返すために兵を用いて研究所を壊した。多分そのとき、紅葉くんが逃げたんだろう」
「ええ。恐らくは」
「イザナギの体は、あっという間に彼女のものになった。やっと取り返したイザナギは、ちっちゃな魂だけだった。だから、僕の家に伝わる術で、魂を悪魔に転生させて、僕の力を分け与え、生き永らえさせることしかできなかった」
「……」
「でも、僕の力にも限界がある。だから、ちゃんと体を取り戻す必要があったんだ。一方で、華は紅葉を気に入ってしまったがゆえに、紅葉の魂と体を完全に元に戻す力を欲した。その二つを繋ぐ力として目をつけられてしまったのが、僕の力。もっといえば、僕の力をほとんど注いでいるイザナギだった」
「お嬢様が、私のために……イザナギさんを……」
「こいつは、僕の血と魔力で成り立っているようなもんだ。僕の力そのものだといってもいい。だけどね、紅葉くん。僕はイザナギを渡すつもりは一切ないよ」
 ルシオールはそう言い切ると、紅葉からイザナギを庇うように背に隠しました。しかし、イザナギはルシオールを振り切って、紅葉を見据えました。
「……なあ。俺はいいよ。こいつのために使ってやってくれよ」
「何言ってんだ、イザナギ!」
「だって、ルシオールが助けてくれなかったら、俺は魂すらなくってたんだろ? だったら今更、自分の命なんて惜しくないし……」
「待ってください。だからって……。元々悪いのはお嬢様ですし。イザナギさんが犠牲になるやり方、私は望んでなんかいない……!」
「でも、お前のお姫様はそれを望んでるんだ。それに。このままだと、結局誰も助からないだろ? だったら……」
「頼むから、馬鹿なことを言わないでくれよ。何なんだよ……。どうしてお前は、僕の気持ちを考えてくれないんだよ……! 俺が、どんな思いで、今までやってきたと思って……」
「ルシオール……」
 イザナギは、初めてルシオールの人間らしい顔を見ました。弟のことを思い、肩を震わす彼を、イザナギは黙って抱きしめました。が。
「あはは! 馬鹿なことを言っているのはアナタの方よ!」
 目にも止まらぬ速さでルシオールの背に迫った足を、イザナギは軽くいなし、ルシオールを紅葉の方に突き飛ばしました。
「お嬢様!?」
 ルシオールを受け止めて、紅葉は華に目を向けましたが、その勇ましい姿は、今まで見てきたか弱い彼女とあまりにもかけ離れていて、どうするべきかわかりませんでした。
「話を聞いてしまったのならば仕方がないわ。紅葉、簡単なことよ。その魔力の塊を手に入れるわよ!」
「……お嬢様。私はそこまでして生きても意味などありません」
「ええ。優しいアナタならば、そう言うと思っていたわ。だからこそ、ワタシはアナタに黙っていたというのに」
「お嬢様……」
「ねえ、紅葉。私は両親に感謝しているのよ。たとえそれが許されない犠牲の上で成り立っているとしても、私は、今生きていることが素晴らしいことだと思うの。私だって、生かされたのだと知ったその時は、とても落ち込んだの。生きていたって意味がないと思った。でも。そう思っていたときに、アナタが現れたから。ねえ、紅葉。ワタシはアナタがワタシのせいで不安定な存在になってしまった子だと知らなかったの。本当なのよ。何の算段もなく、ワタシはアナタに惹かれてしまったの。だって、アナタがワタシのことを励ましてくれて……。だから、ワタシは自分の命を絶たずに済んで……。ワタシにとって、紅葉は本当にかけがえのない存在なの。紅葉にとって、ワタシは憎い存在だとしても、ワタシは……」
「お嬢様。やはり私は貴女を憎めません。貴女が悪だと知った今も、貴女のことを想う気持ちは変わらない……」
「それじゃあ……!」
「でも。彼らの幸せを奪うつもりはありません。お嬢様は、確かに間違っているのです。だから、私のことはもう諦めて……」
「許さない。そんなことは許さない。紅葉、ワタシは間違っていないのよ。間違っているのは、アナタ。簡単なことなのよ。だって、ワタシの人生はワタシのものなの。そして、ワタシの人生は、紅葉がいなくちゃ成り立たない。だったら、そこの悪魔が死ねばいいの。ただそれだけの話。そうよねっ!」
「ぐっ」
 華は叫ぶと同時に、イザナギに向かって攻撃しました。イザナギは、咄嗟にガードしましたが、その攻撃は今までのものと比べ物にならないぐらい、すさまじい威力を誇っていました。融合の際に華に盛り込まれた力を、全て使い果たし魂をも削る勢いでした。そう、華にとってもこの戦いは命を懸けたものだったのです。
「やめろ!」
「ルシオール!」
 ルシオールは、紅葉の制止を振り切って、イザナギを庇いました。しかし、華の攻撃は止まず、更に激しくなるばかりで。
「ワタシたちのために、死ね」
 おぞましい笑顔を浮かべながら、華は二人にトドメをさそうと拳を振りかぶりました。しかし。
「おやめください。お嬢様」
「……退きなさい、紅葉」
「退きません」
「これは命令なのよ、紅葉。アナタのためでもあることなのよ?」
「それでも。私はもう貴女に従うことはできません」
 凛とした表情で、紅葉が華の目の前に立ち塞がり……。
「私は、貴女を愛していました。だから……」
「紅葉!」
 華の叫び声をかき消すように、紅葉は華に口づけを落としました。
 そして、二人は同時に地面に倒れ込みました。
 ルシオールとイザナギが、駆け寄って確かめたときには、もう既に二人ともこと切れていました。
 二人の口からは、紅い血が流れていました。強い毒を取り込んでしまったのです。流れた血は、地面に滴り、まるで紅葉のように鮮やかな色で咲いていました。

 そうして、イザナギは体を取り戻し……。
「これでよかったんだろうか?」
「さあね。どれが正しいかなんて、人によって変わるものだ」
「アンタにとってこの結末は正解だったのか?」
「……君にとっては不正解?」
「いや。アンタが死なずに済んだなら、きっとそれが正解だ」
「は……。イザナギ、今更お兄ちゃんに愛情湧いた?」
「茶化すなよ。アンタが欲しいのは兄弟愛なんかじゃないくせに」
「……ごめん」
「謝るなよ。俺だって、昔の記憶がないんだから、今更お前のことは兄弟だと思えねえよ」
「それは、良いんだか悪いんだか」
 兄と弟、王子と執事だった二人は、少しだけ寂しそうに笑いました。
 そして、少しの罪悪感を紛らわすように、二人は互いを信じあい、幸せに暮らしましたとさ。
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