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(52)猫伯爵
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猫の仮面を被った伯爵に拾われた幼き日のスオウ。少年兵として国のために戦うことに、疑問を抱き……。
スオウ×猫伯爵。利用するために拾った子に負けるのとか、仮面被ってるときは冷たいけど、仮面外して別人として会うときはまとも~みたいなのが好きです。
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あるところに、伯爵がいました。彼は、顔の上半分を猫のマスクで覆い隠していたため『猫伯爵』と呼ばれていました。仮面に加え、頭全体をフードで隠していたため、彼の素性を知る者は誰一人としていませんでしたが、人材の発掘・育成に長けていた彼は、国の寵愛を受けていました。
猫伯爵は、ある日、とある国のスラム街へ赴きました。そこで暮らす子どもたちの内、一人の少年を見つめた猫伯爵は、その子の目の前に立ちはだかりました。
「君、名前は?」
「な、なんだ、お前?」
「君は私と一緒に来なさい。悪いようにはしない」
「は? 嫌だね」
少年は初め、その奇怪なお面と怪しげなフード付きマントに委縮していましたが、すぐに生意気な言葉を唾と共に吐き捨てて、そっぽを向きました。
「君は恐らく、磨けば光る。こんなところで死ぬのは、実に勿体無い」
「うるさいな」
「それとも。今、殺してあげようか?」
「ふん。やれるもんならやってみろよ。腰抜け貴族の分際で、俺に勝てると思うなよ?」
少年は、猫伯爵の脅し文句にも屈することなく、自信満々に猫伯爵を挑発しました。が。
「腰抜けで悪いけどね。こちとら時間が惜しいもんでね。少々卑怯な手を使わせてもらうが」
「は……?」
「に、兄ちゃん……!」
「キロン!」
猫伯爵が指を鳴らすと、目の前にまだ幼い子どもが現れました。それは、少年の唯一の家族である弟のキロンでした。
「さあ、これで一緒に来てくれるだろう?」
人質を取られた少年は、悔しそうに歯を軋ませながら、猫伯爵を睨みました。しかし、そんなものでは猫伯爵も怯みはしません。
「それでは改めて聞こう。君の名前は?」
「クソ外道が。名前を聞く時はまず自分が名乗るって習わなかったのかよ。腐れ貴族」
「はは。これは失礼。私は、見ての通り。『猫伯爵』だ。お見知りおきを」
「お前のそれは、本名じゃないだろうが」
「私に名前などないよ。私は猫伯爵以外の何者でもないのだからね」
「どうやら俺は、頭がおかしいやつに捕まったらしいな」
「スオウ・ヌイ。君はもう少し言葉に気を付けた方がいいね」
「けっ。やっぱり知ってるんじゃないか」
「そりゃあね。私は何でも知ってるさ。そして、君たちの未来を握っているのも、私だということをお忘れなく」
「殺してやる……」
「殺したいなら何時でも殺せばいい。ま、今の君には無理だろうけどね。せいぜい、正しく力をつけてくれよ」
「放せ!」
「君がしっかりやれば無能な弟くんも生き長らえる」
「兄ちゃん!」
「こいつは下働きとして雇ってやる。弟に楽させたけりゃ、さっさと出世することだ」
それから数年、スオウは国の兵として、経験を積んでゆきました。
その間も、猫伯爵は現れる度に嫌味を言い、スオウのことを扱いてゆきました。一方でキロンもまた、猫伯爵にいびられて毎日泣いているのだと言いました。
じゃあどうして二人はそんな酷い仕打ちに耐えられたのかといいますと、メイドのイドラが二人を癒してくれていたからでした。時にはお菓子を恵み、時には話を聞き。二人の面倒を実によく見てくれたのです。
イドラは、猫伯爵専属のメイドでした。彼女は優秀で、猫伯爵からも認められた唯一のメイドでした。
「どうしてイドラは俺たちに優しくしてくれるの?」
「それは。二人が大事だからよ。ワタシは、アナタたちが大好きよ」
「僕もイドラのこと大好き! イドラ、ママみたいなんだもん!」
「キロン、イドラにあんまり迷惑かけるなよ?」
「だって僕、友達がいないんだもん。兄ちゃんはさ、オリスがいるからいいだろうけど」
「……」
キロンの言葉に、スオウは俯きました。なぜなら、スオウにとって今一番の悩みがオリスに関することだったからです。
スオウとオリスは、若い兵の中でも優秀で、特別に二人部屋を用意されていました。他の兵たちからは、羨まれることばかりでしたが、スオウにとってその恩恵は全く嬉しいものではありませんでした。なぜなら。
「なあ、スオウ。いい加減オレを受け入れてくれよ」
「や、やめろ……」
最近のオリスは、怖いのです。欲に塗れた瞳をスオウに向け、中々寝ようとしないのです。
「スオウ、オレは孤独だった。でも、お前といるだけで、オレは……。なあ、スオウ、これは友情なんかで収まるものじゃないんだよ……」
「お前は、男だろうが! オリス、目を覚ましてくれよ!」
「心配しなくていい。オレが女の代わりになるから。スオウはただ、オレにゆだねてくれれば、全部良くなるんだ……」
「っ……!」
スオウは、伸し掛かってくるオリスを何とか退かして、部屋を飛び出しました。生きた心地がしませんでした。親友だと思っていた男が、あんな狂気に満ちた顔をするなんて、思いもしませんでした。
どんっ。
「うっ」「っわ!」
前も見ず走っていたスオウは、やがて何かにぶつかって倒れました。慌てて起き上がってみると、前方には猫伯爵が尻餅をついていました。
「おい。こんな夜中に何事だ」
猫伯爵は立ち上がると、スオウを威圧するような声音で詰問しました。
「っ、なんでも、ない……」
スオウは、悟られまいと強がりましたが、出てきたのは何とも情けない声でした。
「なるほど、オリスか」
猫伯爵は、スオウの乱れた服と表情を見て、そう呟きました。
「お前、知ってたのかよ」
「無論。だが、とやかく言うつもりはない。優秀な者同士、仲良くするに越したことはない」
「仲良くって……」
「どうだ、恋人同士にはなれそうかな。あっはっは」
「本気で言ってんのかよ」
「お前はオリスが好きだろう?」
「俺のは、そういう意味の好きじゃねえよ。俺は、アイツを信用してたのに。なんで、いつからこんな……。クソ!」
「はっ。下民同士お似合いだろうが。オリスもあれで結構可愛い顔をしてるだろう?」
「冗談言うな。俺は、もうアイツとはいられない」
「おい、オリスが女側のはずだろ? 何をそんなに拒む必要がある? お前にとっちゃ、アイツに媚び売っとくのは悪いことじゃ……」
「意味わかんねえこと言うな! あんなの、イカれてる」
猫伯爵は、更にオリスの肩を持とうとしましたが、スオウが震えていることに気づき、そっとため息をつきました。
「……明日は早い。戯言はいいからもう寝ろ」
「寝ろって言ったってなぁ――!」
スオウが文句を言い終わらないうちに、猫伯爵はスオウに何かを投げて渡しました。スオウがキャッチしてみると、それは、部屋の鍵でした。
「私の寝室を使え。丁度今夜は朝まで仕事を片付ける予定だ」
「は?」
「明日からはオリスとお前の部屋は個室にするよう頼んでおく。こうも問題を起こされては困るからな」
「えっ」
スオウは驚きました。まさか猫伯爵が自分のために動いてくれるとは思わなかったのです。
「お前にはまだ早かったな。悪かった」
スオウに聞こえないボリュームでぼそりと言い残した伯爵は、別に急ぎでもない仕事を朝まで片付けるために、仕事部屋へと向かいました。
「ここが猫伯爵の部屋か……?」
鍵を差し入れ、開かれた部屋。それはだだっ広いけれど、スオウが想像していたよりも物が少なく、心細さを感じるような部屋でした。
「うわ。さすがにベッドはいいやつ使ってんな。ふっかふかだ」
ぽつんと置かれた大きなベッドに身を埋めると、猫伯爵の、花のような匂いが鼻をくすぐりました。香水なのか石鹸なのかはわからないけれど、スオウはその匂いをどうしても嫌いになれないのでした。
ある日、猫伯爵は、若い兵を戦いに慣れさせるために、敵対勢力一掃に連れ立ちました。
スオウは、キロンにもらったお守りを握りしめて、自分の無事を祈りました。早く強くなって猫伯爵を退けなければ、とスオウは勇立ち、自分を奮い立たせました。しかし。
「撤退だ! 敵が増援を連れてきた! これ以上はお前たちの手に負えん」
猫伯爵の冷静な判断により撤退を余儀なくされたスオウは、肩を落としてお守りを取り出しました。
「俺は、もっと強くならなくちゃいけないのに……。って、うわ!」
スオウが小さく呟いた途端、強風が吹き、スオウの手からお守りを攫ってゆきました。
「くそ!」
それを拾おうと、スオウは撤退する仲間の輪から外れ、追いかけました。が。
「危ない!」
どっ。
スオウを目がけて、敵の攻撃が飛んできました。勿論、スオウは避ける余裕などありませんでした。でも。
「ぐ……!」
攻撃が当たるその前に、猫伯爵がスオウを庇うように抱き包みました。伯爵の魔法で、ある程度の衝撃は抑えられましたが、力がぶつかり合った爆風により、二人は崖下に落ちてゆきました。
「は……。猫伯爵!」
「ん……」
落下の衝撃を何とか軽減した二人は、土煙の中、身を起こしました。
「あの、すみません……。俺のこと庇って、こんな……」
「お前が死ぬと今までの投資が無駄になる。それに、今お前が捕まろうものならきっと機密が漏れる。がっかりさせてくれるなよ」
「……感謝して損したよ」
「とにかく、早くここから離れるぞ。奴らはすぐにでも追ってくる」
そう言って急かしながら、猫伯爵はスオウの手にお守りを渡しました。
「これ! 拾ってくれてたのか!」
「ふん。こんな物のために馬鹿なことをするのは、金輪際やめてくれ」
「チッ。やっぱり嫌な奴……って、おい。その傷……」
「この程度、どうということはない」
スオウの視線に気づいた猫伯爵は、すぐに左の腕を押さえるようにして隠しましたが、スオウの目には、はっきりと酷い怪我が映りました。
「俺、治そうか?」
「ここで魔法を使えば相手に場所を特定されかねん。やめておけ」
「でも……。このままじゃ……」
「うるさいな。そんなに気に病んでいるのなら、先に行って助けを呼んで来るぐらいしろ」
「助けって……。その間アンタはどうすんだよ」
「一人で進む。お前はさっさと先に行け。無能」
「むっ。そりゃあいいけど、アンタ一人で大丈夫なのかよ。一緒に進んだ方が安全じゃないのか?」
「わからないのか? お前がいるとこっちが滅入るんだよ。ただでさえしないでいい怪我をしてイライラしているんだ。察しろ餓鬼」
「チッ。勝手に死ぬなよ」
「お前こそな」
険悪なムードの後、別行動をすることになった二人。スオウの背中を見送った猫伯爵は、そっと息を漏らしました。
「くそ、思ったより回るのが早いな……」
強がってはいたものの、やはり怪我の具合は悪く、猫伯爵の体はたちまち痺れに見舞われました。
「とりあえず、痛み止め……」
伯爵は辺りに視線を巡らせると、薬草が生えていそうな場所に目星をつけました。そして、なんとか足を引き摺って辿り着き……。
「あと少し……。あれだ、あれを採って、調合すれば、その場しのぎの、薬に……」
ぐらり。
薬草に手を伸ばした瞬間、伯爵の体が傾きました。
「猫伯爵!」
「う……。どうして、お前……」
どれくらい時間が経ったことでしょう。猫伯爵が目を開けると、地面に横たわるその体をスオウが抱き起していました。
「やっぱり気になってさ。引き返してみれば、案の定これだ。アンタ、相当辛いんだな……」
「これくらい、なんでもないと言って……」
「なんでもないようには思えないけど?」
「……っ」
猫伯爵は、スオウの手を払って立ち上がろうとしましたが、やはり力が入らず、座るのが精いっぱいでした。
「さっきの矢に何か塗られてたのか」
「触るな……」
猫伯爵は、傷口を観察するスオウを一喝しましたが、やはりその声は弱々しく。
「これ調合すればいいの?」
「自分で、やるから……」
「自分でって、今のアンタじゃ無理だろ。俺がやるから、大人しく……」
「お前は、先に行ってろって、言っただろうが」
「アンタね、いつまでつまんない意地張って……!」
『おい、今こっちから声が聞こえなかったか?』
「「!」」
二人が押し問答をしている間に聞こえてきたのは、紛れもなく敵兵の声で。流石に焦った二人は、顔を見合わせると声を潜めました。
「こっちに真っ直ぐ行けば崖を登れる階段がある。そこまで急いで行け」
「アンタは動けんの?」
「私のことを心配している場合か?」
「恩を仇で返すほど落ちぶれちゃいない」
「別に恩を売ったつもりはない」
「あ~。もう、そんなこと言ってる場合じゃ……」
「うるさいな。私だったら一人でも……。っ……」
「ほら、無理しない方がいい。俺が背負ってやるから」
「っ……。くそ……!」
時が経つにつれ増してゆく痺れに苛立った伯爵は、力を振り絞って薬草を千切ると、そのまま齧りつきました。
「あ、ちょっと!」
スオウの制止を振り切った伯爵は、草を口に押し込んで飲み込もうとしましたが……。
「っぐ、げほっ」
その味は、想像を絶するほどに苦いのです。本来は他の草と調合し、苦味を消し去ってから飲む代物。調合の手間を省くのは、人の身にとって無謀というものです。
痺れも手伝い、薬草を取り込むことに失敗した猫伯爵は、せき込みながらスオウの胸に倒れ込みました。
「何やってんですか、全く」
「っは……」
「は~。ちょっと我慢しろよ?」
「な……」
ため息を吐いた後、顔を近づけてきたスオウ。それに猫伯爵が文句を言うより前に、スオウは薬草を自らの口に含んで噛み砕くと、猫伯爵に口づけを施しました。
「ん、んんっ!」
体が痺れて碌な抵抗もできない猫伯爵は、スオウの腕でもがくばかり。
「っは……」
「何やってんですか。溢れてるし」
ようやく解放されたかと肩で息をする伯爵に、スオウは冷たい言葉を浴びせます。
そして、伯爵の口の端から漏れた唾液を指でなぞり……。
「ひゃ、ひゃに、ひて……!」
口の中に指を入れたかと思うと、ぐちゃぐちゃとかき混ぜ、伯爵の舌を引っ張りました。
「薬草ももうない。敵ももう来る。次はちゃんと飲めよ?」
「は、んんっ……!」
薬草を口に含んだスオウは、容赦なく伯爵の口を塞ぎました。脳に響く甘い刺激。ぐちゃぐちゃにかき乱された伯爵は、ついに息が出来なくなって……。。
ごくり。
「お、やっと飲めましたね」
「…………退け」
「うわ、っと、どこ行くんですか?」
ややあって我に返った伯爵はスオウに冷たく命令すると、その身を遠ざけ、立ち上がりました。
「黙ってついて来い。森を抜ける。早いとこ戻るぞ」
「なんだ、薬効くの早すぎ。ていうかお礼くらい言えないんですかね」
「誰のせいでこうなったと思ってる」
「う……」
スオウが押し黙りながらもついて来たことを確認すると、伯爵は足を速めました。その頬は少しだけ火照っていて、伯爵はそれを悟られない様、そっと手を当て冷ますのでした。
それからしばらく経ったある日の夜。仕事に追われた猫伯爵は疲れを癒すべく、城の裏にある山の奥にある温泉へ向かいました。そこは猫伯爵にとって唯一の癒しの場所で、誰にも知られていない格好の秘湯でした。しかし、そこには。
「な……!」
「え?」
温泉に着いた途端、伯爵の目に飛び込んできたのは、ゆったりと湯に浸かるスオウの姿。
「ああ、なんだ人間か。びっくりした~!」
咄嗟に剣を構えたスオウが、伯爵を見て安堵の息を漏らしました。
「ああ、ええと。邪魔……をしました……」
……仮面を外してきて良かったな。
素顔を晒し、ラフな格好をした伯爵もそっと安堵の息を漏らし、踵を返しました。が。
「あ、ちょっと。アンタも入りに来たんだろ?」
「いえ、また改めますので……」
呼び止められた伯爵は、気まずそうにもごもごと言い淀みます。
「や、俺が退きますよ」
「や、私はそこまで疲れているわけじゃないですし……。貴方も今入ったばかりなのでは? 討伐でお疲れでしょうし……。どうぞゆっくりされてください……」
「よく知ってますね。ていうかアンタも城の人か」
探るような瞳の前に、伯爵は自分のミスに気づきました。スオウを含む少年兵たちは、伯爵が言った通りつい先ほど、魔物の盗伐依頼を終えてきたところでした。依頼を受け、命令した伯爵が知らない訳がありません。
「えっと、その……」
最近の伯爵は自問自答、自己否定の繰り返しでやつれていました。表面には出さないにしても、この前の口移しの一件から、スオウを意識せずにはいられませんでした。
「名乗れないんですか? ていうか、なんか声に聞き覚えがあるような……」
「あ、あの……! 実は私、猫伯爵のお世話係りをさせていただいてまして……。それで、つまり……っくしゅ!」
疑い出したスオウに、伯爵は慌てて嘘を吐き、誤魔化そうとしましたが、しどろもどろな言葉はくしゃみによって打ち消されてしまいました。
「あ~。ずっと立ってちゃ寒いでしょう? 入ってください」
「いえ、私は……」
「あ~もう! ほら、服脱いで!」
「うわ、ちょっと、なにす……」
「それとも、俺が信用できない?」
「そういうことじゃ……、って!」
「武器は……持ってないみたいですね」
スオウは、伯爵の腰を撫でながら言いました。伯爵も抵抗しようとは思いましたが、か弱い振りをした方が得策だと思い、されるがままに一般人を演じました。
「あ、当たり前です。私はただの下働き。この温泉が唯一の生きがいってほど、ちっぽけな存在ですよ」
「ふ~ん? じゃ、尚更邪魔できませんね。さっさと脱いで入りましょう」
「……」
またしても墓穴を掘ってしまったことを後悔した伯爵は、仕方がなく言われた通りのろのろと服を脱ぎ捨て、温泉に浸かりました。
「は~。ここの温泉、ほんと癒し効果ありますよね」
「え、ええ……」
癒しより不安の方が勝る伯爵は、右肩を手で隠しながら目を泳がせました。
「お世話係りってことは、メイドさんたちとも交流ありますよね? イドラさんとかいつもお世話になってるんです。彼女は俺にとって姉みたいな存在で。ほんと、昔から好きなんですよ」
「……ええ。イドラは優しいですからね」
「あ、じゃあ俺の弟も知ってます? キロンっていうんですけど」
「ええ。まぁ、その……。あの子はよく頑張っていますよ。本当に」
「どうやら本当に従者のようですね」
「ええ。疑う余地などないでしょうに。さて。そろそろ私は失礼しても?」
「随分お早いですね」
「すぐのぼせてしまうもので」
「それは勿体無い。治る傷もいつまで経っても治らないのでは?」
「な、なんのことで……っ!」
ばしゃり。
スオウはおもむろに水を掬い上げると、伯爵の顔に掛けました。伯爵が目を閉じた一瞬、スオウはその腕を取り、伯爵の体をお湯に叩きつけました。
「っぷは……」
「この傷ですよ。わかってるでしょう?」
「っ!」
スオウにその古傷を撫でられた途端、伯爵の体はびくりと震えました。それは、肩から腹まで伸びた大きな刀傷。この暗がりでは見えまいと伯爵は油断していましたが、徐々に晴れゆく月明かりに晒されて、今やスオウの目にくっきりと映っていました。
「ただの従者がこんな傷を負ってるのは、おかしくないですか?」
「あ、これは……」
「これは?」
目を逸らした伯爵を追い詰めるように、スオウは静かに聞き返します。伯爵は、下手に嘘がつけないと知って、観念したように息を漏らしました。
「これは……私が幼い頃に、賊に襲われたものなのです……。私は、命からがらに逃げて……それで、それで……」
「……すみません。どうやら本当みたいですね。弟の周りに怪しい者がいないか心配でして、ついやりすぎました。貴方は悪い人ではない」
伯爵の震える肩を気まずそうに見つめながら、スオウは反省しました。
「いえ、私こそお見苦しい所を……」
「いや、トラウマを蒸し返してしまったのは俺のせいだし……」
「その、私も、いい加減克服しなくてはと思っているのですが……」
「ええと、でも幼い頃に受けた仕打ちってのは、中々忘れられないものですよね……。俺もそんなんだし……」
「……すみません」
「えっと、貴方が謝ることではないですよ?」
「ああ。ええ。そうですとも」
「……ちなみに、名前は?」
「えっ。ええと……。ベリル……。ベリル・サクリです」
伯爵は迷いましたが咄嗟に偽名も思いつかず、どうせ伯爵の姿で名前を明かすことはないのだからと本当の名前を告げました。
「ベリルさん。良いお名前ですね。またお会い出来たらきっと今日のお詫びをしますね」
スオウは、目の前の男が憎き伯爵だとは知らず、微笑みました。しかし、その翌日。
「ベリルなんて人いないよ?」
「そんなまさか……」
キロンに尋ねたスオウは、青ざめました。
「ベリル? 知らないわね」
「そんな……」
イドラに尋ねても、帰ってくる返事はやはり同じ。それから、スオウは躍起になって他のメイドにも尋ねてみましたが、彼のことを知る人は一人もいませんでした。
そんなこととは露知らず。ある日、伯爵は気晴らしのため街に出掛けてゆきました。もちろんマスクを取り、庶民的な服を着ているため、彼を怪しむ者などどこにもいません。
しかし。伯爵が気兼ねなく買い物を楽しんでいると、ふと鋭い視線に気づきました。そっと伺ってみると、遠くの方からスオウが歩いてくるのが見えました。伯爵は手に取った林檎を慌てて元の位置に戻し、その場を去ろうとしましたが……。
「あっ」
焦るあまり、林檎は手から滑り落ち、そのままコロコロと転がって……。
「ベリルさん。お聞きしたいことがあります」
そっと林檎を拾い上げるスオウ。その顔を見ないうちに、伸ばした手を引っ込めようとした伯爵でしたが、スオウがそれを易々と許すわけもなく。
「っ……」
手首をがっちりと掴まれてしまった伯爵は、逃げるのを諦めて演技に集中することにしました。
「今、俺から逃げてました?」
「いや、まさか。今気づきました。すみません」
「本当ですか?」
「ええ。嘘などついてどうなりましょうか。それで、何か?」
「貴方のこと、弟や他のメイドにも聞いてみたんです。でも誰一人として貴方を知る人はいませんでした」
「……」
「なぁ。アンタは一体誰だ?」
「どうやら言い逃れはできないみたいですね」
「それじゃあ、やっぱりアンタは……」
「私は、影武者なんです」
「は……? 影武者?」
伯爵の突拍子もない言葉に、スオウは思わず聞き返しました。伯爵は内心では焦っていましたが、そんなことはおくびにも出さず、上手くスオウを騙します。
「そう。猫伯爵の影武者です。彼は何かと恨みを買う人なので、私のような者が必要なのです。嘘を吐くのは心苦しかったのですが、あの場で本当のことを言うわけにはいかなかったもので。余計な気を使わせてしまったようですね」
「今は言っていいのかよ」
「貴方が言わせたんでしょう? それに、猫伯爵のお気に入りである貴方ならば問題ないかと」
「お気に入りって。気持ちの悪い冗談はやめてください」
「少年兵のトップである貴方がご謙遜を」
「本当に、そんなんじゃないんだけど……。ベリルさん、俺は貴方を信用していいんでしょうか」
「お好きにどうぞ」
落ち着き払った伯爵の声に、スオウは張っていた気を少し緩めると、そっと息を吐きました。
「……実は俺、貴方が猫伯爵なんじゃないかって疑ってました。だって、声も背丈もそっくりだし」
「はは。だから雇われたんですよ」
「まぁ、そう考えれば辻褄も合います。それに、猫伯爵が貴方のようにまともなわけないですし」
「私が、まとも……?」
「ええ。その蜂蜜色の瞳。とても澄んでいて、悪人のものとは思えません」
「っ……。それは、買い被りすぎ、では……?」
「俺は貴方の瞳が好きです。月に照らされたのを見たときから、綺麗だなって思ってたんですけど……」
スオウは、見つめられてたじろぐ伯爵の目元をそっとなぞると、目を細めました。
「す、スオウ、くん……?」
「うん。貴方は良い人だ。間違いない。買い物の邪魔をしてすみませんでした。また温泉ご一緒しましょうね!」
「あ、ちょっと……」
一方的に告げたスオウは、伯爵に林檎を渡して去ってゆきました。その場に取り残された伯爵は、陽の光に照らされ光沢を増した林檎の紅さに、そっとため息を吐くのでした。
過ごしやすい気温になってきたある日のこと。伯爵は例の温泉に入るべく、夜の山道を歩いていました。
スオウと鉢合わせて以来、伯爵は温泉を控えていたのですが、今夜は数十年に一度の流星群が見れると聞いて、どうしても星空を眺めながら温泉に浸かりたくなったのです。
「まあ、こんな夜中だ。子どもがわざわざ来ているわけないだろう」
そう呟いた伯爵が、辿り着いた温泉を覗いてみると……。
「兄ちゃん、誰か来たよ」
「あ。ベリルさん!」
「う……」
そこにはスオウとキロンがいました。これには伯爵もうんざり。しかし、バレてしまったからには、黙って逃げるわけにもいかず。
「ええと。どうして君たちがこんな時間に?」
「今日は星が綺麗なんです。なんでも数十年に一度の流星群とか。ここからならよく見えるだろうなって思って」
「あのね、イドラに聞いたからね、僕、どうしても見てみたくなって! 兄ちゃんに頼んだの!」
「その……。スオウくんはともかく、よく猫伯爵がキロンくんの外出を許しましたね」
「はは。勿論黙って連れてきたんです。あの猫伯爵が使用人をこんな夜中に出すわけないじゃないですか」
「秘密なんだよ!」
「秘密、ですか……。そうですね。それじゃあ私はこの辺で……」
秘密も何も、ダイレクトにバレてしまった悪事を前に言葉を濁した伯爵は、そそくさと帰ろうとしましたが……。
「それなぁに? いい匂い!」
「あ、こらキロン!」
キロンは、伯爵の持つ籠を覗き込みながら鼻をひくひくさせました。
「ああ、これは団子です。良かったらどうぞ」
伯爵が差し出したそれは、葉に包まれた月見団子でした。
「どうしてお団子?」
「それは、異国の文化に月を見ながら団子を食べる、というのがありまして……」
「それじゃあやっぱり、ベリルさんも流星群を見るためにここに来たんですね?」
「う……。まぁ、そうなります、ね……」
「あはは! これすご~い!」
団子を包んでいた葉っぱで作った船。それを湯に浮かべたキロンは夢中で泳がせました。
「良かった。キロンのあんな楽しそうな顔、久しぶりに見ました」
「はは……。喜んでもらえてよかったです」
結局、前回同様温泉に引っ張り込まれた伯爵は、観念して持ってきた酒をスオウと交わしていました。
「それにしても、貴方も大変でしょうね。猫伯爵の影武者なんて」
「あ、はは。あの人、普通じゃないというか……。嫌な性格してますからね」
「そうそう! 仮面被ってるのも変だし! 出会った時からとにかく偉そうで。俺たちのことなんか、ゴミを見るような目で見るんですよ! 嫌味も酷いし、態度も悪いし……」
「……苦労されているのですね」
「あ、でも。時々優しいなって思うときがあるんですよ。部屋を使わせてくれたり、お守りを拾ってくれたり……。もしかすると、本当は良い人なのかも……な~んて」
「それはあり得ません。あの人は悪魔です。貴方は彼を憎まなければいけない」
スオウが冗談交じりに笑った途端、伯爵は静かに冷たく言い聞かせるように言葉を吐きました。
「なるほど。ベリルさんも相当怒りが溜まってるみたいですね」
「あ。ええと……。私は、貴方が心配で……」
「わかってますよ。ちょっと冗談を言っただけです。あの人は憎むべき存在だ。それはどうあっても変わらない」
「ええ。そうでしょうとも」
「実は俺、伯爵や国家を潰してやろうと思うんです」
「……そんな話、私にしても良いのですか?」
「貴方なら話していいと思ったんです。現にこれは、まだ誰にも言っていない野望です」
「私は貴方がいち早くやり遂げることを願っていますよ」
「ええ。きっとベリルさんが住みやすい世界を作ってみせます」
その世界に自分がいないことをわかっていながら、伯爵はスオウの未来を星に願いました。月明かりを浴びて輝く蜂蜜色はとても綺麗で、スオウは静かにその瞳に見惚れました。
次の日。伯爵は何事もなくいつもの調子でスオウを苛め抜きました。
そろそろコイツの魔力も高まってきた。魔術の質も悪くない。後は、少しの成長ときっかけさえあれば、だれも追随できないほどの魔術を使えるようになるはず……。
伯爵は、スラムでスオウを見かけたときから、彼の中に眠る力を見抜いていました。それを最大まで引き出すため、伯爵はわざとストレスを与え、スオウの力を育ててきたのです。
「あと少し。あと少しすれば……」
「ベリルさん」
「!」
背後から声を掛けられた伯爵が振り向くと、そこにはキロンが立っていました。伯爵は、内心恐怖を覚えました。
今、私に向かってベリルと言ったか? それに、ここまで近づいているのに全く気配に気づかなかったなんて……。
しかし、そんな動揺を悟られまいと、伯爵はキロンを見下しました。
「おい、出来損ないの弟。何を遊んでいる? さっさと戻って働かないか」
「ねえ、貴方は何を企んでるの?」
「聞こえなかったのか? 持ち場へ戻れと言っているんだ」
「ベリルさんこそ、僕の質問が聞こえなかったんですか?」
「……貴様、何故ベリルの名を知っている」
「貴方が名乗ってくれたじゃないですか」
「私はそのような名ではない」
「嘘つき」
「何?」
「貴方は、兄ちゃんたち少年兵を使って、この腐った国を変えようとしている。彼らが貴方に、そして国に反逆することで、平和をもたらすことを望んでいる」
「は……?」
「わざと憎まれるよう振る舞って、彼らの反抗を煽っている」
「何を言うかと思えば。そんな利益のないことを、この私がする訳あるまい」
「貴方はそういう人だ」
「そんなに平和が欲しいなら、自分で国でもなんでも討ち滅ぼすわ」
「確かに貴方は強いけど、一人じゃ無理だった」
「お前、何を見ている……?」
「貴方の心。僕にはそんな能力があるんだよ」
キロンの瞳は、ただ真っすぐ伯爵を捉えていました。ぞっとするような視線は、まるで仮面の下を全て見透かされているような居心地の悪さで。伯爵は目の前の少年が危険なものだと初めてわかりました。
確かに、スオウの弟なのだから何か特別な能力を持っていてもおかしくない。だが、全く力の気配を感じなかったというのは……もしかすると、コイツ、自分の力を感知されない様隠していた……?
「うん。僕は物心つく前から自分の力を制御できていたからね。こんな力、誰かに知られたら、それこそどこかの伯爵に拾われかねないしね」
「……」
「でも、兄ちゃんは自分の力を隠せていなかったから。だから、僕は兄ちゃんの力も感知されない様、僕の力を込めたお守りを渡してたんだけど。人の魔力を制御するのはちょっと難しくて。結局少ししか抑えられなかった。それで、易々貴方に探し出されて捕まった」
「それなら何故抵抗しなかった? お前ほどの力があるのなら、私と出会ったあの日、兄を私の手から守ることぐらい出来たんじゃないのか?」
「いや。僕はいくら魔力が高くたって、攻撃に向いてるわけじゃない。それに、スラムにいるより貴方の城で暮らす方が幾分かマシかなって思ったんだ。嫌ではあったけどね」
そう言って嫌な顔を隠そうともしない少年を目の前にした伯爵は、蹴落とされない様に対して意味のない言葉を続けるのがやっとでした。
「……それなら、お前の力を使って占いでもして稼ぐとか、他の道もあったはずだ。きっと有名になれる」
「まあね。そういうのも考えたけどさ。兄ちゃんにこの力は知られたくなかったし。子どもの内から力をひけらかしたら、悪い大人がやってくるし」
「私は悪い大人に入らないのか?」
「貴方は全てを被った後、兄ちゃんに殺されることを望んでいるんだよね? こっちとしても、それは悪いシナリオじゃないからね。乗ってあげない手はないかなって」
「可愛いだけかと思っていたが、まさかこれほど真っ黒だったとはな」
「安心してよ。僕はこれを誰にも言う気はない。ただ、もし貴方がこっちの利益にならないことをしたら、兄ちゃんに必要以上のストレスを与えたら。わかるよね?」
無邪気な笑顔が伯爵を震え上がらせました。得体の知れない少年は、ただただ兄への歪んだ愛情を信じ、生きてきたのです。彼にとっての幸せは兄であり、その他は舞台装置にしか過ぎないのです。
キロンの正体がわかり、伯爵はより一層焦りはじめました。計画を知る者がいる以上、いつ脅かされるかもわかりません。
「犠牲無しでは平和は訪れない。許してくれ」
伯爵は、非道になりきれなかった自分を捨て、手あたり次第に子どもを攫わせ、自らの手で売りさばきました。それもこれもスオウに憎しみを植え付け、覚醒を急ぐためでした。
案の定、正義感の強いスオウは伯爵の行いに反感を抱きました。そして、伯爵の後を追い、子どもたちを助けようとしました。
「スオウ、ダメだ。下手に手を出すな」
「オリス、どうして止めるんだよ!」
「妙な真似してみろ。伯爵は気付くぞ。そして、最悪計画が台無しになる。今、チビたち数人を助けても、未来が整ってなきゃ意味がねえ」
「だからって、ここで助けなきゃ、あの子たちは……!」
「スオウ、お前の意見は聞きたいよ。でも、お前のその優しさだけは愚かで残酷だ。そんな生半可な優しさは捨てろ」
「……わかった」
スオウは、オリスが心の底から自分のために言ってくれていることを理解していました。邪な感情を抱かれてはいるものの、スオウはどうしても彼を憎み切れずにいました。彼はスオウの人生の中で、一番行動を共にしているパートナー。スオウにとって、いわば親友のようなものだったからです。オリスも、スオウの気持ちを知ってからは、無理に迫ることはしなくなりました。スオウが受け入れてくれる日を側で待つ。それが彼の選択でした。二人の関係は、歳を経て心地よいものとなっていたのです。
「ほら、さっさとしろ!」
伯爵は、スオウが見ているのを知って、わざと子どもを蹴り飛ばしました。
『やめて!』
「ゴミが口答えをするな!」
『きゃ!』
伯爵は、執拗に子どもたちを虐げました。それを見たスオウは、震える拳を抑えるのがやっとでした。オリスの制止のおかげで何とか留まってはいましたが、スオウは徐々に自分の中にどす黒い感情が渦巻いてゆくのを感じました。
「おや、そこにもゴミがあるようだな!」
「チッ! 気づいてやがったか」
さも今し方見つけたかのような台詞を吐いた伯爵が放った魔法。それを受け止めながら、スオウは苦々しく吐き捨てました。
「任せた仕事はどうした? お前もゴミになりに来たのか? こんな風になりたいのか? あ?」
「やめろ!」
「スオウ!」
スオウはオリスの制止も聞かずに、子どもをいたぶる伯爵に向かいました。
「わかってないなぁ」
「くっ」
しかし、まだまだ伯爵の方が上。魔力の乗った剣はしなやかに踊ると、スオウの目の前で止まりました。
「楯つくようなら、次はお前の弟をコイツらと同じようにしてやる」
「!」
「はっ。いい顔だ。奴隷は黙って私のために働けばいいんだよ」
スオウは自分の不甲斐なさを呪いました。そして、力を渇望しました。
あるところに、国一番の騎士を目指す少年がいました。少年は名をベリルといい、幼いながらに腕の立つ彼は、みんなから将来を期待されていました。
ある日のこと。彼は剣士見習いである友達二人と、いつものように森で修行に励んでいました。
しかし、時が経つにつれて雲行きが怪しくなってきたものですから、友達の内、気弱な方の子どもが「もう帰ろうよ……」と不安気に提案しました。が、ベリルともう一人は調子が良くなってきたところで止めたくないと、気弱な子どもを宥めながら剣の打ち合いを続けました。
そうして、ぽつぽつと雨が降ってきたとき。
『おい、雨が降ってきたぞ』『クソ。急げ』
ふいに聞こえてきた見知らぬ声。少年たちは不審に思い、声の方をそっと伺いました。
「げ。あれって敵国の兵士じゃん」「どうして、こんなところに……」「こ、怖いよう……」
「とにかく、町に知らせなきゃ……!」「や、待て。見たところ敵はたった二人だ。道に迷ったか偵察に来たのか……」「ああ。こちらにも気づいていないようだな」
「ベリル、やれるか?」「……いけると思う」「や、やるって、まさかボクらで倒す気?」
「町に戻ってる間に逃げられたら意味ないだろ。それに、オレたちは優秀な騎士になるんだ。それくらいできなくちゃ何が騎士見習いだっての!」「でも、危ないよ……」「お前は隠れてろ。俺たちで済ませる」
「ひゅ~。さっすがベリル。お前もちったぁ見習え」「ううう」「よし。油断している隙に背後から斬りかかるぞ」
少年たちは自分たちの手で町を守る決意をしました。しかし、残念ながらその判断は間違っていました。
『おい。なんだこのガキ。いきなり斬りかかりやがって』
「痛って……!」
腕を掴みあげられた勇敢な子どもが、男を睨みながら必死にもがきます。
「っ……」
回避して後ろに飛んだベリルは、何とかその手から逃れましたが、どうすることもできません。
「は、放せっ……!」
『暴れんなっての!』
「やめろっ!」
男の手から友人を助けるべく、ベリルは飛びかかりましたが、簡単に弾き返されて尻餅をつきました。
『なぁ、お前らの町ってすぐそこにあんの? 歩き疲れちゃってさぁ』
「お前らは、何しに来たんだ!」
『口の悪いガキだな。オレたちはアンタらの国の騎士様に頼まれてやって来てんのにさ』
「は……? お前たちは敵国の人間だろうが。騎士様に頼まれて? 馬鹿を言うな! オレたちが目指す騎士様がそんなことする訳ない!」
『お子ちゃまたちは夢をみすぎてて怖いねえ。オレたちはこの国の命令でお前らの町を潰しに来たんだよ』
『お前ら、他の国からきた奴らを匿ってるそうじゃねーか。そういうの面倒くさいんだよ。お上はさ。だから皆殺し』
「ふ、ふざけるな! お前らの国の奴らもいるんだぞ?」
『だから。そういうのが面倒なんだよ。人質に捕られちゃたまんない。公になれば、こっちとしても迂闊に手を出せないだろう? だから、公になる前に殺せばいいってわけ。そっちとしても、敵国の人間を匿ってる町があると知れたら、同盟国から何て言われるかわかったもんじゃない。つうわけで、両国は秘密裏にお前らの愚かな町を潰すことにしたってわけ』「確かに、オレだって、おかしいとは思うけど……。でも、町の人は、みんな優しくて……。怪我人たちも、感謝してて……。みんな仲良くなって……。悪いことだとは思えな……、うっ!」
『お前らの偽善何てどうでもいいんだよ!』
「やめろ!」
捕まったままの少年が地面に叩きつけられたのを見て、ベリルは叫びました。でも、その足は震えていて、上手く立てません。
「そうだ、きっとこいつらは山賊で……、言ってること全部でたらめで……」
『さて。全部喋っちまったからな。お前らには消えて貰おうか』
「あ……」
「やめろおおおお!」
ベリルは力を振り絞って、友に向けられた刃を弾きました。しかし。
『おっと。お前さんはちったぁ剣が立つようだが……こうすりゃ関係ねぇなッ!』
「っ、あああああ!」
「べ、ベリル!」
可哀想なベリルは袈裟懸けに斬られ、血を流しながら倒れました。
『ここにも何かいたぞ』
「ひ、ひぃっ……。ご、ごめんなさ……」
「や、やめろ……!」
『そうだな。こんな弱っちそうなガキを殺すなんて。流石に可哀想か』
「あ……、ボク……」
『な~んて言うわけねえだろ』
残酷な一言の後、か弱い友人は殺されてしまいました。
「き、貴様……!」
『ガキが。よ~く見とけ。これが現実なんだよ』
「ぐ、ああ……」
ベリルの前で、勇敢な友人の首が絞められました。
『さぁ、どうするよ。お友達を助けるのが騎士様の務めじゃねーの?』
「あ、ああ……」
「ベリル……!」
「俺は、俺は……」
助けを求める友人の瞳。それに応えたいのに、ベリルの体は後ずさり……。その手が、地面に流れたか弱い友人の血に触れた途端。
「う、うわあああああ」
ベリルは逃げ出していました。転びそうになりながら、必死に走りました。
『覚えてな、これが国の意思だ! あははははははははは!』
敵兵の笑い声が、呪いのように木霊しました。ベリルの名を呼ぶ友の声も、途中で悲鳴に代わり……。森を彷徨ったベリルは崖に辿り着き、その身を海に投げ捨てました。
その後、彼がどうしたかというと。偶然通りかかった船に助けられ、どうにか命を取り留めたベリルは、見知らぬ土地で危ない仕事をして食い繋ぎ、奴隷商人を経て伯爵という地位を奪いました。
しかし、その肩の傷は今でも癒えることはなく。彼を蝕み続けるのでした。
「スオウ、早く殺してくれよ。この腐った国と共に」
「反国家主義の連中が暴動を起こしている。ただちに粛清しろ」
猫伯爵率いる少年兵たちは、戦地に赴きました。最近では、反国家の暴動が珍しくなく、彼らは日夜その対応に追われていました。だから、今日も大人たち相手に剣を振るうのだとスオウは思っていましたが。
『やああああ!』『うわあああああ!』
甲高い声。出鱈目な構え。震える足。そこにいた人間は皆、戦いに不慣れな子どもでした。
「どうして……」
「手を抜いたらお前たちが死ぬぞ。心してかかれ」
戸惑うスオウ達に、猫伯爵は冷たく言い放ちました。猫伯爵は知っていました。彼らがスオウ達とそう歳の変わらない少年少女なのだと。知っていてなお、ぶつけることにしたのです。
辛いことだが、これを超えないことにはスオウたちの精神は鍛えられない。反国家主義を潰してしまうのは勿論惜しいが、そもそも魔術の使えない人間たちが国を潰すのは難しい。それならば、彼らの糧となり、散った方が……って。
「おい! スオウ、自分の身ぐらいしっかり自分で守れ!」
猫伯爵は考えるのを止め、スオウに向かってきた剣を弾きました。
「す、すみません……」
単純な戦力はスオウらが上でしたが、覚悟を決め、自分の意志で戦っている反国家勢の気迫に押され、戦況は芳しくありませんでした。
「謝る暇があったら、一人でも片付けろ!」
「でもっ……。あいつら、弱いのに、躊躇いもせずに、向かってきて……」
「馬鹿。動揺してるとやられるぞ!」
伯爵の言う通り、狼狽えた少年兵たちは、容赦なく殺されていました。それに反して、オリスは反国家勢を躊躇いなく殺して少年兵たちを守りました。
「……ここまでか」
スオウが守りに入ってしまったのを見てため息を吐くと、猫伯爵は少年兵たちの前に出ました。
「お前たちじゃ役に立たん。少し下がっていろ!」
そう叫び、猫伯爵が地面に手をつくと、魔法陣が現れて……。
『あああああああああああああああああああああああああ!!!』
反国家勢一人一人の足元から、火柱が上がり、一気に焼き尽くしました。
「な、何もここまでしなくても!」
「無意味に刃向かうな。己の立場を知れ」
食って掛かるスオウに、猫伯爵は手を向け、彼を軽く魔法で吹き飛ばしました。
「猫伯爵! 生き残りがいます!」
「なに……?」
オリスが捕まえてきたのは、まだ幼い男の子。遠くから様子を見ていたようで、伯爵の魔法にはかかりませんでした。
『あ、ああ……!』
捕まった男の子を見て、少年が駆けてきました。
『お兄ちゃん、お兄ちゃん! 助けて!』
男の子は、駆けてきた兄に向かって、必死に手を伸ばしました。
「死ね」
しかし、オリスに首を絞められた弟は、次第に元気をなくしてゆき……。
『お、にいちゃ……』
『ひっ……』
怖くなった兄は、弟を置いて逃げようとしました。が。
「……お前もここで共に朽ちるべきだ」
兄の手を引いた猫伯爵が、その額に手を翳し……。
「や、やめろっ!」
「おい、何を……、ッ!」
魔法を放とうとした瞬間、その腕がスオウによって掴まれたものですから、伯爵は思わず魔力を押し止めました。しかし、その隙に兄がナイフで猫伯爵の肩を斬りつけ……。
「ぐ……。お前は、ここで、死ね!」
『あああああ』
「なんて、ことを……」
「オリス、後片付けは頼んだぞ」
「はっ」
斬りつけられた直後に放たれた伯爵の炎は、兄弟を包んで美しく燃えました。その炎を見て、スオウははっきりと心に決めました。
「オリス、俺はもう耐えられない。こんな世界終わりにしよう」
「ふっ。ようやく、覚醒したか……」
伯爵は、肩を押さえながら二人の会話に聞き耳を立てました。黒く濁っていたスオウの目は、いつの間にか金色の光を帯び、力の覚醒を物語っていました。
「やっと。やっとだ……。あともう少しだ……。まだ呪ってくれるなよ。私が死ぬにはまだ早い。私の罪は死では償いきれないのだから……」
伯爵は、震える手で痛み止めを口に運びました。それは、寿命と引き換えに使う禁術のせいで蝕まれた体を、一時的に誤魔化すためのものでした。幼い頃に怪我を負った伯爵は、剣術を極めるのを諦めて、禁術に手を染めたのです。そのせいで変わってしまった目の色や痛みに歪む顔を隠すために仮面を被りはじめ、猫伯爵という異名で自分を誤魔化して。伯爵は、この時を見るために、生きてきたのです。
「はは、予想以上の、力、だな」
猫伯爵は、自分も魔法を酷使しながら、王都が壊滅してゆく様を見守っていました。
ああ、この体ももう駄目だな。いや、ここまで持ったのが奇跡に等しい。
ざりざりとあるだけの痛み止めを噛み砕きながら笑ってみましたが、すぐに軋む体に咳き込むと、地面に膝をつきました。
ああ、この痛みから意識を手放して、今すぐにでも楽になってしまいたい。
いや、駄目だ。あと少し、あと少し。最後にあいつの手で殺されるまでは……。
「ぐ……」
血が出るほどに唇を噛みしめて、踏みとどまる伯爵の目の前に、影が現れました。
「伯爵」
ああ。やっとお迎えが……。いや、この声は……。
「キロン、か」
「あはは。随分とまぬけな格好だね、猫伯爵」
声の先にいたのは、スオウの弟であるキロン。その顔は、スオウの目の前で見せる笑顔とは全く真逆。それに、その手に持っているものは……。
「それ、は……」
「ああ。これね、オリスだよ」
悪魔が地面に投げ捨てたそれは、オリスの頭。生首になったそれは、キロンの手を真っ赤に染め上げていて……。
「な……」
死体を見慣れているはずの伯爵でさえ、吐き気を抑えるのがやっとでした。幼い頃から育ててきたオリスが、今目の前でこんな姿になっているだなんて、悪夢でしかありません。
「だって、コイツは兄ちゃんを取るんだもん。許せないよねぇ」
「お前は本物のキロン、だよな……?」
「わかってるくせに。僕は兄ちゃんの害になるものは躊躇なく殺せるんだよ。それなのにさ、オリスのやつ、全く僕のことを警戒してないからさ。油断してこうなっちゃったってワケ。可哀想だよねえ。でも、自業自得だよねえ。だって、兄ちゃんに向かってさ、戦いが終わったら一緒に暮らそうだなんてさ。馬鹿げたこと言うんだもん。嫌になってこっそり殺しちゃったよ。兄ちゃんの心はオリスでも、アンタのものでもない。僕だけの兄ちゃんなんだよ」
ぞっとするような病んだ目つきに、伯爵は初めて彼の本性を理解しました。けれど、伯爵にはそれが間違っているとも言えません。
「ねえ、アンタは自分の立場を弁えてるよね? アンタはここで殺されるんだよ? 今更やっぱり止めたなんて言わないよね?」
「……言わないさ。お前のその歪んだ愛情がスオウに悪影響を与えないかは心配だが。スオウの前では良い子を演じているようだし。それに、今更自分の罪から逃れようとも思っちゃいない」
「はは。アンタだって兄ちゃんのこと好きなくせに。自分から殺されようとするなんて訳わかんない」
「私はお前が思っているような感情は持っていない」
「しらばっくれちゃって。いや、自分に言い聞かせてるのか」
「……」
「ま、どっちでもいいや。アンタが何を思おうが、結末は決まってるんだから」
そう。何を思おうが、伯爵は自分で描いたシナリオを変えるつもりはありません。国が崩れた今、スオウにとってのハッピーエンドは、自らの手で元凶を捌くことなのですから。悪として英雄に捌かれることこそが、自分にとっての最後の罪滅ぼしなのですから。
「キロン~! オリス~! どこにいるんだ~!?」
瓦解した世界に響き渡るスオウの声を聞きながら、キロンは微笑み、伯爵は目を閉じました。
「さあ、幕引きだよ。しっかり演じてね、猫伯爵」
「脅されなくともそうしてやるさ」
そう言った後、伯爵はキロンに剣を振りかぶりました。
「やめろ!」
しかし、駆けてきたスオウの手によって、伯爵の剣は簡単に弾かれて地面に転がり落ちました。
「兄ちゃん!」
「キロン、大丈夫か?」
「うん、僕は平気だけど……」
「ふん。全くいいタイミングで現れる」
「お前、どうしてキロンを……!」
「私の所有物だ。いつ殺そうが関係ない。それは、スオウ、お前もだ」
伯爵は嫌らしく笑って見せた後、その手から炎を生み出しました。
「キロン、お前は下がってろ! って、うわ!」
放たれた炎を剣でいなし、後ろに下がったスオウは、何かに躓き転びました。
「な……」
それは、オリスの頭でした。無造作に転がったそれは、スオウに恐怖と怒りを植え付けるのに十分でした。
「兄ちゃん、それ、あいつが……!」
「伯爵が……?」
「言っただろう。役に立たない所有物を捨てただけだ」
「っ、よくも!」
「ぐ……」
肩に剣が掠り、伯爵はバランスを崩しました。
「お前がオリスを! みんなを!」
「そうだ。私が殺した。はは! みんなゴミ屑だからな!」
「黙れ」
「っう……!」
腹を柄で殴られた伯爵は、そのままずるりと地面に座り込みました。
「は。抵抗しないのかよ? 鈍ってんの?」
「っ……!」
挑発するスオウに、伯爵は魔法を紡ごうと手を向けましたが、一瞬意識が遠のき、倒れてしまいました。
「なんだ。フラフラじゃん」
「は……」
ああ、やっと。これで、ようやく……。
「覚悟しな」
やっと、死ねる……。
揺らぐ視界の中で、煌く刃が伯爵の目に映りました。そして、伯爵が目を閉じた瞬間――。
ぱき。
「え……」
一太刀浴びた仮面が、真っ二つに割れて地面に落ちました。それにハッとした伯爵は慌てて手で顔を覆いましたが。
「隠すな」
「う……」
手首を取られ、蜂蜜色の瞳を陽の下に晒された伯爵は、その眩しさに思わず目を閉じました。
スオウは、そんな伯爵の頬を撫で、愛おしそうに目を細めました。
「何を……」
「ベリル、貴方は本当によく頑張った」
「は……?」
「ああ、ベリル。貴方の瞳は、太陽の下でも美しい」
「……勘違い、してるようだが、それは、私の代わりの者の名、だ……」
「アンタはベリルじゃないってのか?」
「なにを、今更……。そんな下賤な者と、同じにするな……」
「アンタはベリルが嫌いなのか?」
「ふん。あれは、役に立たん……。あれは、私が殺した」
「いや、やはり貴方は間違いなくベリルだ」
「はっ。ベリルの死を、信じられないか……?」
「貴方は死なせないさ」
「え……」
スオウが伯爵を抱き起し、口づけを施すと、伯爵の体が光に包まれてゆきました。
「やっぱり、アンタはベリルだ」
「は……? あ。体に、力が戻って……? お前、何をした?!」
「前に吸い取ってたアンタの魔力を体に戻したんだよ。ちょっと増幅してな」
「は? 前にって……」
「街でベリルさんに会った時だよ。猫伯爵」
そう言うと、スオウは伯爵の目元を撫でました。
「魔力を自然に受け入れたんだ。アンタはベリル本人だ」
「……違う」
「それに、この傷」
「っ」
肩に触れられた伯爵は、無意識に体を強張らせました。
「その仕草。匂い。感触。全部がアンタだって。俺にはわかる」
「ち、違う……」
「兄ちゃん、違うよ! それはニセモノで、兄ちゃんは騙されてて……!」
「なぁキロン。俺がベリルのことを気に入ってるの知ってただろう?」
「兄ちゃん……?」
キロンの言葉に振り返ったスオウの声音は低く、その眼差しは身内に向けるものとは思えない冷たさでした。
「キロン、お前は悪い子だ。ベリルを殺そうとするなんて。なぁ、反省してないんだろう?」
「僕、やってないよ! そんなこと!」
「うそつき」
「え……」
キロンは叫ぶ間もなく、スオウのどす黒い魔力を宿した剣によって引き裂かれてしまいました。
「なっ、何をして……」
立ち上がろうとしてよろめく伯爵。それをスオウは優しく抱きとめると、伯爵の髪を撫でました。
「まだ癒えてないんだから、じっとしててくださいよ」
「そんなこと、言ってる場合じゃ……! お前、こいつは本物のキロンだぞ?!」
「ええ。知ってますよ」
「じゃあ、何でこんな酷いことを」
「キロンもね、いい子にしてれば良かったのに。弟だから可愛がってあげたのに。変な方向に成長しちゃったからなぁ。それに、大事なものを傷つけられたら誰でも怒るでしょう?」
「にいちゃ、なんで、ぼく、ただ、兄ちゃんが、好きなだけで……」
「気持ち悪いこと言うなよ」
「ああああああああああああああああ!」
裂かれてもなお、血を流しながら手を伸ばしたキロンでしたが、それはスオウに届くことなく、すっぱりと斬られてしまいました。
「どうせオリスもキロンがやったんでしょう?」
「お前、なんか、おかしいぞ……」
「おかしい? おかしいのは世界の方だ」
「だから、これからは革命のおかげで良い時代に……」
「そういうんじゃなくて。変な奴からは好かれるのに、大事な人からは全然好かれない」
「は?」
「世界情勢なんて、もうどうでもいい。どうせ世界を救ったって他人が幸せになったって嬉しくない。それよりも俺は」
スオウは静かに目を閉じると、息絶えたキロンと転がったままのオリスに剣を刺し、呪文を唱えました。
「やめろ、スオウ……」
「俺はね、今までの分、自分に正直に生きていくことにしたよ」
詠唱を終え、光が集まった己の手のひらに口づけました。そして、同じ要領で伯爵にも口づけて、光を伯爵の中に移しました。
「な……」
「これで、アンタは俺とともに生きることができる」
「お前、キロンとオリスの力を、私に……」
「寿命、使った分は伸びただろ?」
「こんなこと、私は望んでいない!」
「勘違いしないで欲しいな」
「っ!」
スオウは、唇を噛みしめて憤る伯爵の首を絞めながら、軽く唇を重ねました。
「アンタの意思なんて関係ない。ベリル、アンタは俺の所有物だ。アンタは俺に生かされてるんだ」
「私に、生きる資格など!」
「俺は、アンタに俺のために生きる義務を課すよ」
「そんなの、間違ってる……」
「間違っていようが、アンタは俺が貪り支配してやるさ」
「っ……!」
伯爵の肩に噛みついたスオウは、その首筋を味わうようにゆっくりと舌を這わせました。そして、施された口づけはどこまでも甘く、二人の罪を重くさせるのでした。
それから。平和になった国で、革命を起こしたスオウの活躍は語り継がれてゆきました。しかし、スオウのその後を知る者はなく、また、悪の象徴である猫伯爵のその後も知る者はないのでした。
*
「そうして、革命を起こした英雄スオウは、人々に希望をもたらし、姿を消したのです。おしまい」
とある酒場の片隅。ワタシは、観光客向けに簡略化された英雄譚を静かに語り終える。
「なるほど。酒の肴にはちょうどいいお伽話だ」
「そうですかね? 話が綺麗すぎて、僕は何だか寒気がしますけど」
国で作られた葡萄酒を片手に、客の男二人がそれぞれの感想を述べる。
「お伽話なんかじゃありませんよ。数年前にこの国で実際に起こった革命の話なんですから。まあ、確かに綺麗事だけじゃ済まされないほどの犠牲は生みましたが……」
「……すみません」
暗い気持ちになり、視線を落としたワタシを見て、蜂蜜色した瞳の男がぽつりと謝る。
「なに謝ってんですか。僕はアンタに罪の意識を植え付けるためにここに来たんじゃないんですよ?」
謝った男を叱咤する男は、まだ若いようだけど、どうにも容赦がない。それに、奇妙な仮面をつけていて、表情がまるで窺えない。けれど、相手を思っていることは声の調子からよくわかる。
「ええと。お客様が気に病むことはございません。この国は今や平和そのもの。体制を入れ替えたこの国は、他国とも手を取り合って。そのおかげで、年にたくさんの観光客が押し寄せる国となりました」
「ああ、そうみたいですね……。本当に、良かった……」
窓の外を見つめた男は、その美しい瞳を細めて吐息と共に優しく呟く。
「あの……。この国にお知り合いでも?」
「……いえ。ただの観光なのですが。少し気持ちを入れ過ぎてしまったみたいです」
「本当に。貴方はお人好しが過ぎます。僕たちは観光に来ているだけなんですから。楽しまなくちゃ」
そう言った仮面の男は、空になったグラスに酒を注いで連れに無理やり渡す。
「仮面……」
その仮面に隠された男の表情は全く分からない。猫伯爵が悪の象徴として語り継がれている今、この国で仮面を被るのは、たとえ猫を基調としたものでなくとも、あまりおすすめできない。でも、だからと言って、そう易々と注意する度胸もなく……。
「あ~。ええと……! ところで~、よくここまで早急に復興できましたね!」
「あ、ええ。かの英雄スオウ様の言伝通りに、少年兵たちが他国に助けを求めてくれたおかげでして……。どうやら他国への根回しまでされていたようで」
仮面を凝視していると、酒を注がれ困り顔だった男が慌てて割って入り、話題を転換する。その慌てぶりに、もう少しで何かが繫がりそうになっていた思考が再び霧散する。
「なるほど。さすがは英雄様。後のことまでしっかり考えていたんじゃないか」
「……まぁ。一応英雄ですしね」
蜂蜜色の瞳が仮面の男を流し見る。それを受けて、仮面の男は心底面倒くさそうにため息を吐いた。
「一応どころか! ああ。本当に。あの子は良く頑張ってくれたのに……。一体どこに行ってしまったのかしら」
「ああ。誰も行方を知らないままなんですね?」
「ええ。彼もだけれど、猫伯爵も……。これは秘密ですが、ワタシ、猫伯爵に仕えていたメイドでして。こんなことを言うのは良くないのかもしれないのですが、ワタシ、どうにも猫伯爵が悪い人だと思えなくて……」
「何をおっしゃる、メイドさん。猫伯爵は悪逆非道。他国民でも知っていることですよ」
声を潜めて胸の内を打ち明けた瞬間、蜂蜜色の瞳を丸くした男がワタシを責め立てる。
「確かに、伯爵は厳しいお方ではありましたけれど。自分が優しくできない分、私からヌイ兄弟を甘やかしてほしいと頼まれたのです」
「……! そ、それは、メイドさんの記憶違いなのではないでしょうか?」
「いえ、他言無用と言われましたが、はっきりと頼まれていたのは事実です。時々お菓子を用意してくれていたのも伯爵でしたし」
「ぐっ……。他言無用の意味が……」
「ええ。ワタシも誰にも言う気はなかったんですけどね。でも、どうしてだか、あなた方には言ってもいいような気がして……」
「……」
「へ~え。なるほどね。そうだったんですね。なんだ。やっぱり猫伯爵って良い人じゃないですか」
「ええ。勿論、ワタシ自身、スオウたちのことが好きでしたけれども。感謝されるのはいつもワタシばかりで、なんだか、申し訳なくて……」
「それなら心配ないですよ」
「え?」
仮面の男が淀みのない声で告げる。その声はどこかで聞いたことのあるような、何だかひどく懐かしい響きで……。
「あ、いえ! そんなことより、ほら! もうこんな時間だ! 船が出てしまうぞ、ス……、シリウス!」
蜂蜜色の瞳の男が、遮るように仮面の男の手を取る。
「全く。貴方が来たいと言うから来たのに。もう満足できたんですか? ベリル」
ベリル……? どこかで聞いたことがあるような……。
「ああ。思ったより平和そうで良かった。ほんの少しだけど、気持ちが軽くなったよ。来れてよかった」
「そのまま何にも考えずに、僕に溺れてくれれば楽なんですけど?」
「……馬鹿を言うな」
「ええと。溺れる……?」
「なんでもない!」「なんでもないで~す!」
真っ赤になって否定するベリルと呼ばれた男と、まるでいたずらっ子のような口調で否定するシリウスと呼ばれた男を交互に見つめた後、思わず吹き出す。初めは怪しげな二人組だと思っていたのだけれど、仲睦まじい姿を見せられては微笑まずにいられない。それに、やっぱりどうしてだか、懐かしいような気がして……。
「ありがとね、イドラさん。貴女に祝福があらんことを」
改まった口調でお礼を言ったシリウスが、ワタシの手に口づけを落とし、背を向ける。その後、丁寧に頭を下げたベリルも店を出る。
「ええ。またいらっしゃい」
きっと二人はもう二度と来ることがないのだろう。そんな気がした。
「あれ。そういえば、ワタシ名前を名乗ったかしら?」
スオウ×猫伯爵。利用するために拾った子に負けるのとか、仮面被ってるときは冷たいけど、仮面外して別人として会うときはまとも~みたいなのが好きです。
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あるところに、伯爵がいました。彼は、顔の上半分を猫のマスクで覆い隠していたため『猫伯爵』と呼ばれていました。仮面に加え、頭全体をフードで隠していたため、彼の素性を知る者は誰一人としていませんでしたが、人材の発掘・育成に長けていた彼は、国の寵愛を受けていました。
猫伯爵は、ある日、とある国のスラム街へ赴きました。そこで暮らす子どもたちの内、一人の少年を見つめた猫伯爵は、その子の目の前に立ちはだかりました。
「君、名前は?」
「な、なんだ、お前?」
「君は私と一緒に来なさい。悪いようにはしない」
「は? 嫌だね」
少年は初め、その奇怪なお面と怪しげなフード付きマントに委縮していましたが、すぐに生意気な言葉を唾と共に吐き捨てて、そっぽを向きました。
「君は恐らく、磨けば光る。こんなところで死ぬのは、実に勿体無い」
「うるさいな」
「それとも。今、殺してあげようか?」
「ふん。やれるもんならやってみろよ。腰抜け貴族の分際で、俺に勝てると思うなよ?」
少年は、猫伯爵の脅し文句にも屈することなく、自信満々に猫伯爵を挑発しました。が。
「腰抜けで悪いけどね。こちとら時間が惜しいもんでね。少々卑怯な手を使わせてもらうが」
「は……?」
「に、兄ちゃん……!」
「キロン!」
猫伯爵が指を鳴らすと、目の前にまだ幼い子どもが現れました。それは、少年の唯一の家族である弟のキロンでした。
「さあ、これで一緒に来てくれるだろう?」
人質を取られた少年は、悔しそうに歯を軋ませながら、猫伯爵を睨みました。しかし、そんなものでは猫伯爵も怯みはしません。
「それでは改めて聞こう。君の名前は?」
「クソ外道が。名前を聞く時はまず自分が名乗るって習わなかったのかよ。腐れ貴族」
「はは。これは失礼。私は、見ての通り。『猫伯爵』だ。お見知りおきを」
「お前のそれは、本名じゃないだろうが」
「私に名前などないよ。私は猫伯爵以外の何者でもないのだからね」
「どうやら俺は、頭がおかしいやつに捕まったらしいな」
「スオウ・ヌイ。君はもう少し言葉に気を付けた方がいいね」
「けっ。やっぱり知ってるんじゃないか」
「そりゃあね。私は何でも知ってるさ。そして、君たちの未来を握っているのも、私だということをお忘れなく」
「殺してやる……」
「殺したいなら何時でも殺せばいい。ま、今の君には無理だろうけどね。せいぜい、正しく力をつけてくれよ」
「放せ!」
「君がしっかりやれば無能な弟くんも生き長らえる」
「兄ちゃん!」
「こいつは下働きとして雇ってやる。弟に楽させたけりゃ、さっさと出世することだ」
それから数年、スオウは国の兵として、経験を積んでゆきました。
その間も、猫伯爵は現れる度に嫌味を言い、スオウのことを扱いてゆきました。一方でキロンもまた、猫伯爵にいびられて毎日泣いているのだと言いました。
じゃあどうして二人はそんな酷い仕打ちに耐えられたのかといいますと、メイドのイドラが二人を癒してくれていたからでした。時にはお菓子を恵み、時には話を聞き。二人の面倒を実によく見てくれたのです。
イドラは、猫伯爵専属のメイドでした。彼女は優秀で、猫伯爵からも認められた唯一のメイドでした。
「どうしてイドラは俺たちに優しくしてくれるの?」
「それは。二人が大事だからよ。ワタシは、アナタたちが大好きよ」
「僕もイドラのこと大好き! イドラ、ママみたいなんだもん!」
「キロン、イドラにあんまり迷惑かけるなよ?」
「だって僕、友達がいないんだもん。兄ちゃんはさ、オリスがいるからいいだろうけど」
「……」
キロンの言葉に、スオウは俯きました。なぜなら、スオウにとって今一番の悩みがオリスに関することだったからです。
スオウとオリスは、若い兵の中でも優秀で、特別に二人部屋を用意されていました。他の兵たちからは、羨まれることばかりでしたが、スオウにとってその恩恵は全く嬉しいものではありませんでした。なぜなら。
「なあ、スオウ。いい加減オレを受け入れてくれよ」
「や、やめろ……」
最近のオリスは、怖いのです。欲に塗れた瞳をスオウに向け、中々寝ようとしないのです。
「スオウ、オレは孤独だった。でも、お前といるだけで、オレは……。なあ、スオウ、これは友情なんかで収まるものじゃないんだよ……」
「お前は、男だろうが! オリス、目を覚ましてくれよ!」
「心配しなくていい。オレが女の代わりになるから。スオウはただ、オレにゆだねてくれれば、全部良くなるんだ……」
「っ……!」
スオウは、伸し掛かってくるオリスを何とか退かして、部屋を飛び出しました。生きた心地がしませんでした。親友だと思っていた男が、あんな狂気に満ちた顔をするなんて、思いもしませんでした。
どんっ。
「うっ」「っわ!」
前も見ず走っていたスオウは、やがて何かにぶつかって倒れました。慌てて起き上がってみると、前方には猫伯爵が尻餅をついていました。
「おい。こんな夜中に何事だ」
猫伯爵は立ち上がると、スオウを威圧するような声音で詰問しました。
「っ、なんでも、ない……」
スオウは、悟られまいと強がりましたが、出てきたのは何とも情けない声でした。
「なるほど、オリスか」
猫伯爵は、スオウの乱れた服と表情を見て、そう呟きました。
「お前、知ってたのかよ」
「無論。だが、とやかく言うつもりはない。優秀な者同士、仲良くするに越したことはない」
「仲良くって……」
「どうだ、恋人同士にはなれそうかな。あっはっは」
「本気で言ってんのかよ」
「お前はオリスが好きだろう?」
「俺のは、そういう意味の好きじゃねえよ。俺は、アイツを信用してたのに。なんで、いつからこんな……。クソ!」
「はっ。下民同士お似合いだろうが。オリスもあれで結構可愛い顔をしてるだろう?」
「冗談言うな。俺は、もうアイツとはいられない」
「おい、オリスが女側のはずだろ? 何をそんなに拒む必要がある? お前にとっちゃ、アイツに媚び売っとくのは悪いことじゃ……」
「意味わかんねえこと言うな! あんなの、イカれてる」
猫伯爵は、更にオリスの肩を持とうとしましたが、スオウが震えていることに気づき、そっとため息をつきました。
「……明日は早い。戯言はいいからもう寝ろ」
「寝ろって言ったってなぁ――!」
スオウが文句を言い終わらないうちに、猫伯爵はスオウに何かを投げて渡しました。スオウがキャッチしてみると、それは、部屋の鍵でした。
「私の寝室を使え。丁度今夜は朝まで仕事を片付ける予定だ」
「は?」
「明日からはオリスとお前の部屋は個室にするよう頼んでおく。こうも問題を起こされては困るからな」
「えっ」
スオウは驚きました。まさか猫伯爵が自分のために動いてくれるとは思わなかったのです。
「お前にはまだ早かったな。悪かった」
スオウに聞こえないボリュームでぼそりと言い残した伯爵は、別に急ぎでもない仕事を朝まで片付けるために、仕事部屋へと向かいました。
「ここが猫伯爵の部屋か……?」
鍵を差し入れ、開かれた部屋。それはだだっ広いけれど、スオウが想像していたよりも物が少なく、心細さを感じるような部屋でした。
「うわ。さすがにベッドはいいやつ使ってんな。ふっかふかだ」
ぽつんと置かれた大きなベッドに身を埋めると、猫伯爵の、花のような匂いが鼻をくすぐりました。香水なのか石鹸なのかはわからないけれど、スオウはその匂いをどうしても嫌いになれないのでした。
ある日、猫伯爵は、若い兵を戦いに慣れさせるために、敵対勢力一掃に連れ立ちました。
スオウは、キロンにもらったお守りを握りしめて、自分の無事を祈りました。早く強くなって猫伯爵を退けなければ、とスオウは勇立ち、自分を奮い立たせました。しかし。
「撤退だ! 敵が増援を連れてきた! これ以上はお前たちの手に負えん」
猫伯爵の冷静な判断により撤退を余儀なくされたスオウは、肩を落としてお守りを取り出しました。
「俺は、もっと強くならなくちゃいけないのに……。って、うわ!」
スオウが小さく呟いた途端、強風が吹き、スオウの手からお守りを攫ってゆきました。
「くそ!」
それを拾おうと、スオウは撤退する仲間の輪から外れ、追いかけました。が。
「危ない!」
どっ。
スオウを目がけて、敵の攻撃が飛んできました。勿論、スオウは避ける余裕などありませんでした。でも。
「ぐ……!」
攻撃が当たるその前に、猫伯爵がスオウを庇うように抱き包みました。伯爵の魔法で、ある程度の衝撃は抑えられましたが、力がぶつかり合った爆風により、二人は崖下に落ちてゆきました。
「は……。猫伯爵!」
「ん……」
落下の衝撃を何とか軽減した二人は、土煙の中、身を起こしました。
「あの、すみません……。俺のこと庇って、こんな……」
「お前が死ぬと今までの投資が無駄になる。それに、今お前が捕まろうものならきっと機密が漏れる。がっかりさせてくれるなよ」
「……感謝して損したよ」
「とにかく、早くここから離れるぞ。奴らはすぐにでも追ってくる」
そう言って急かしながら、猫伯爵はスオウの手にお守りを渡しました。
「これ! 拾ってくれてたのか!」
「ふん。こんな物のために馬鹿なことをするのは、金輪際やめてくれ」
「チッ。やっぱり嫌な奴……って、おい。その傷……」
「この程度、どうということはない」
スオウの視線に気づいた猫伯爵は、すぐに左の腕を押さえるようにして隠しましたが、スオウの目には、はっきりと酷い怪我が映りました。
「俺、治そうか?」
「ここで魔法を使えば相手に場所を特定されかねん。やめておけ」
「でも……。このままじゃ……」
「うるさいな。そんなに気に病んでいるのなら、先に行って助けを呼んで来るぐらいしろ」
「助けって……。その間アンタはどうすんだよ」
「一人で進む。お前はさっさと先に行け。無能」
「むっ。そりゃあいいけど、アンタ一人で大丈夫なのかよ。一緒に進んだ方が安全じゃないのか?」
「わからないのか? お前がいるとこっちが滅入るんだよ。ただでさえしないでいい怪我をしてイライラしているんだ。察しろ餓鬼」
「チッ。勝手に死ぬなよ」
「お前こそな」
険悪なムードの後、別行動をすることになった二人。スオウの背中を見送った猫伯爵は、そっと息を漏らしました。
「くそ、思ったより回るのが早いな……」
強がってはいたものの、やはり怪我の具合は悪く、猫伯爵の体はたちまち痺れに見舞われました。
「とりあえず、痛み止め……」
伯爵は辺りに視線を巡らせると、薬草が生えていそうな場所に目星をつけました。そして、なんとか足を引き摺って辿り着き……。
「あと少し……。あれだ、あれを採って、調合すれば、その場しのぎの、薬に……」
ぐらり。
薬草に手を伸ばした瞬間、伯爵の体が傾きました。
「猫伯爵!」
「う……。どうして、お前……」
どれくらい時間が経ったことでしょう。猫伯爵が目を開けると、地面に横たわるその体をスオウが抱き起していました。
「やっぱり気になってさ。引き返してみれば、案の定これだ。アンタ、相当辛いんだな……」
「これくらい、なんでもないと言って……」
「なんでもないようには思えないけど?」
「……っ」
猫伯爵は、スオウの手を払って立ち上がろうとしましたが、やはり力が入らず、座るのが精いっぱいでした。
「さっきの矢に何か塗られてたのか」
「触るな……」
猫伯爵は、傷口を観察するスオウを一喝しましたが、やはりその声は弱々しく。
「これ調合すればいいの?」
「自分で、やるから……」
「自分でって、今のアンタじゃ無理だろ。俺がやるから、大人しく……」
「お前は、先に行ってろって、言っただろうが」
「アンタね、いつまでつまんない意地張って……!」
『おい、今こっちから声が聞こえなかったか?』
「「!」」
二人が押し問答をしている間に聞こえてきたのは、紛れもなく敵兵の声で。流石に焦った二人は、顔を見合わせると声を潜めました。
「こっちに真っ直ぐ行けば崖を登れる階段がある。そこまで急いで行け」
「アンタは動けんの?」
「私のことを心配している場合か?」
「恩を仇で返すほど落ちぶれちゃいない」
「別に恩を売ったつもりはない」
「あ~。もう、そんなこと言ってる場合じゃ……」
「うるさいな。私だったら一人でも……。っ……」
「ほら、無理しない方がいい。俺が背負ってやるから」
「っ……。くそ……!」
時が経つにつれ増してゆく痺れに苛立った伯爵は、力を振り絞って薬草を千切ると、そのまま齧りつきました。
「あ、ちょっと!」
スオウの制止を振り切った伯爵は、草を口に押し込んで飲み込もうとしましたが……。
「っぐ、げほっ」
その味は、想像を絶するほどに苦いのです。本来は他の草と調合し、苦味を消し去ってから飲む代物。調合の手間を省くのは、人の身にとって無謀というものです。
痺れも手伝い、薬草を取り込むことに失敗した猫伯爵は、せき込みながらスオウの胸に倒れ込みました。
「何やってんですか、全く」
「っは……」
「は~。ちょっと我慢しろよ?」
「な……」
ため息を吐いた後、顔を近づけてきたスオウ。それに猫伯爵が文句を言うより前に、スオウは薬草を自らの口に含んで噛み砕くと、猫伯爵に口づけを施しました。
「ん、んんっ!」
体が痺れて碌な抵抗もできない猫伯爵は、スオウの腕でもがくばかり。
「っは……」
「何やってんですか。溢れてるし」
ようやく解放されたかと肩で息をする伯爵に、スオウは冷たい言葉を浴びせます。
そして、伯爵の口の端から漏れた唾液を指でなぞり……。
「ひゃ、ひゃに、ひて……!」
口の中に指を入れたかと思うと、ぐちゃぐちゃとかき混ぜ、伯爵の舌を引っ張りました。
「薬草ももうない。敵ももう来る。次はちゃんと飲めよ?」
「は、んんっ……!」
薬草を口に含んだスオウは、容赦なく伯爵の口を塞ぎました。脳に響く甘い刺激。ぐちゃぐちゃにかき乱された伯爵は、ついに息が出来なくなって……。。
ごくり。
「お、やっと飲めましたね」
「…………退け」
「うわ、っと、どこ行くんですか?」
ややあって我に返った伯爵はスオウに冷たく命令すると、その身を遠ざけ、立ち上がりました。
「黙ってついて来い。森を抜ける。早いとこ戻るぞ」
「なんだ、薬効くの早すぎ。ていうかお礼くらい言えないんですかね」
「誰のせいでこうなったと思ってる」
「う……」
スオウが押し黙りながらもついて来たことを確認すると、伯爵は足を速めました。その頬は少しだけ火照っていて、伯爵はそれを悟られない様、そっと手を当て冷ますのでした。
それからしばらく経ったある日の夜。仕事に追われた猫伯爵は疲れを癒すべく、城の裏にある山の奥にある温泉へ向かいました。そこは猫伯爵にとって唯一の癒しの場所で、誰にも知られていない格好の秘湯でした。しかし、そこには。
「な……!」
「え?」
温泉に着いた途端、伯爵の目に飛び込んできたのは、ゆったりと湯に浸かるスオウの姿。
「ああ、なんだ人間か。びっくりした~!」
咄嗟に剣を構えたスオウが、伯爵を見て安堵の息を漏らしました。
「ああ、ええと。邪魔……をしました……」
……仮面を外してきて良かったな。
素顔を晒し、ラフな格好をした伯爵もそっと安堵の息を漏らし、踵を返しました。が。
「あ、ちょっと。アンタも入りに来たんだろ?」
「いえ、また改めますので……」
呼び止められた伯爵は、気まずそうにもごもごと言い淀みます。
「や、俺が退きますよ」
「や、私はそこまで疲れているわけじゃないですし……。貴方も今入ったばかりなのでは? 討伐でお疲れでしょうし……。どうぞゆっくりされてください……」
「よく知ってますね。ていうかアンタも城の人か」
探るような瞳の前に、伯爵は自分のミスに気づきました。スオウを含む少年兵たちは、伯爵が言った通りつい先ほど、魔物の盗伐依頼を終えてきたところでした。依頼を受け、命令した伯爵が知らない訳がありません。
「えっと、その……」
最近の伯爵は自問自答、自己否定の繰り返しでやつれていました。表面には出さないにしても、この前の口移しの一件から、スオウを意識せずにはいられませんでした。
「名乗れないんですか? ていうか、なんか声に聞き覚えがあるような……」
「あ、あの……! 実は私、猫伯爵のお世話係りをさせていただいてまして……。それで、つまり……っくしゅ!」
疑い出したスオウに、伯爵は慌てて嘘を吐き、誤魔化そうとしましたが、しどろもどろな言葉はくしゃみによって打ち消されてしまいました。
「あ~。ずっと立ってちゃ寒いでしょう? 入ってください」
「いえ、私は……」
「あ~もう! ほら、服脱いで!」
「うわ、ちょっと、なにす……」
「それとも、俺が信用できない?」
「そういうことじゃ……、って!」
「武器は……持ってないみたいですね」
スオウは、伯爵の腰を撫でながら言いました。伯爵も抵抗しようとは思いましたが、か弱い振りをした方が得策だと思い、されるがままに一般人を演じました。
「あ、当たり前です。私はただの下働き。この温泉が唯一の生きがいってほど、ちっぽけな存在ですよ」
「ふ~ん? じゃ、尚更邪魔できませんね。さっさと脱いで入りましょう」
「……」
またしても墓穴を掘ってしまったことを後悔した伯爵は、仕方がなく言われた通りのろのろと服を脱ぎ捨て、温泉に浸かりました。
「は~。ここの温泉、ほんと癒し効果ありますよね」
「え、ええ……」
癒しより不安の方が勝る伯爵は、右肩を手で隠しながら目を泳がせました。
「お世話係りってことは、メイドさんたちとも交流ありますよね? イドラさんとかいつもお世話になってるんです。彼女は俺にとって姉みたいな存在で。ほんと、昔から好きなんですよ」
「……ええ。イドラは優しいですからね」
「あ、じゃあ俺の弟も知ってます? キロンっていうんですけど」
「ええ。まぁ、その……。あの子はよく頑張っていますよ。本当に」
「どうやら本当に従者のようですね」
「ええ。疑う余地などないでしょうに。さて。そろそろ私は失礼しても?」
「随分お早いですね」
「すぐのぼせてしまうもので」
「それは勿体無い。治る傷もいつまで経っても治らないのでは?」
「な、なんのことで……っ!」
ばしゃり。
スオウはおもむろに水を掬い上げると、伯爵の顔に掛けました。伯爵が目を閉じた一瞬、スオウはその腕を取り、伯爵の体をお湯に叩きつけました。
「っぷは……」
「この傷ですよ。わかってるでしょう?」
「っ!」
スオウにその古傷を撫でられた途端、伯爵の体はびくりと震えました。それは、肩から腹まで伸びた大きな刀傷。この暗がりでは見えまいと伯爵は油断していましたが、徐々に晴れゆく月明かりに晒されて、今やスオウの目にくっきりと映っていました。
「ただの従者がこんな傷を負ってるのは、おかしくないですか?」
「あ、これは……」
「これは?」
目を逸らした伯爵を追い詰めるように、スオウは静かに聞き返します。伯爵は、下手に嘘がつけないと知って、観念したように息を漏らしました。
「これは……私が幼い頃に、賊に襲われたものなのです……。私は、命からがらに逃げて……それで、それで……」
「……すみません。どうやら本当みたいですね。弟の周りに怪しい者がいないか心配でして、ついやりすぎました。貴方は悪い人ではない」
伯爵の震える肩を気まずそうに見つめながら、スオウは反省しました。
「いえ、私こそお見苦しい所を……」
「いや、トラウマを蒸し返してしまったのは俺のせいだし……」
「その、私も、いい加減克服しなくてはと思っているのですが……」
「ええと、でも幼い頃に受けた仕打ちってのは、中々忘れられないものですよね……。俺もそんなんだし……」
「……すみません」
「えっと、貴方が謝ることではないですよ?」
「ああ。ええ。そうですとも」
「……ちなみに、名前は?」
「えっ。ええと……。ベリル……。ベリル・サクリです」
伯爵は迷いましたが咄嗟に偽名も思いつかず、どうせ伯爵の姿で名前を明かすことはないのだからと本当の名前を告げました。
「ベリルさん。良いお名前ですね。またお会い出来たらきっと今日のお詫びをしますね」
スオウは、目の前の男が憎き伯爵だとは知らず、微笑みました。しかし、その翌日。
「ベリルなんて人いないよ?」
「そんなまさか……」
キロンに尋ねたスオウは、青ざめました。
「ベリル? 知らないわね」
「そんな……」
イドラに尋ねても、帰ってくる返事はやはり同じ。それから、スオウは躍起になって他のメイドにも尋ねてみましたが、彼のことを知る人は一人もいませんでした。
そんなこととは露知らず。ある日、伯爵は気晴らしのため街に出掛けてゆきました。もちろんマスクを取り、庶民的な服を着ているため、彼を怪しむ者などどこにもいません。
しかし。伯爵が気兼ねなく買い物を楽しんでいると、ふと鋭い視線に気づきました。そっと伺ってみると、遠くの方からスオウが歩いてくるのが見えました。伯爵は手に取った林檎を慌てて元の位置に戻し、その場を去ろうとしましたが……。
「あっ」
焦るあまり、林檎は手から滑り落ち、そのままコロコロと転がって……。
「ベリルさん。お聞きしたいことがあります」
そっと林檎を拾い上げるスオウ。その顔を見ないうちに、伸ばした手を引っ込めようとした伯爵でしたが、スオウがそれを易々と許すわけもなく。
「っ……」
手首をがっちりと掴まれてしまった伯爵は、逃げるのを諦めて演技に集中することにしました。
「今、俺から逃げてました?」
「いや、まさか。今気づきました。すみません」
「本当ですか?」
「ええ。嘘などついてどうなりましょうか。それで、何か?」
「貴方のこと、弟や他のメイドにも聞いてみたんです。でも誰一人として貴方を知る人はいませんでした」
「……」
「なぁ。アンタは一体誰だ?」
「どうやら言い逃れはできないみたいですね」
「それじゃあ、やっぱりアンタは……」
「私は、影武者なんです」
「は……? 影武者?」
伯爵の突拍子もない言葉に、スオウは思わず聞き返しました。伯爵は内心では焦っていましたが、そんなことはおくびにも出さず、上手くスオウを騙します。
「そう。猫伯爵の影武者です。彼は何かと恨みを買う人なので、私のような者が必要なのです。嘘を吐くのは心苦しかったのですが、あの場で本当のことを言うわけにはいかなかったもので。余計な気を使わせてしまったようですね」
「今は言っていいのかよ」
「貴方が言わせたんでしょう? それに、猫伯爵のお気に入りである貴方ならば問題ないかと」
「お気に入りって。気持ちの悪い冗談はやめてください」
「少年兵のトップである貴方がご謙遜を」
「本当に、そんなんじゃないんだけど……。ベリルさん、俺は貴方を信用していいんでしょうか」
「お好きにどうぞ」
落ち着き払った伯爵の声に、スオウは張っていた気を少し緩めると、そっと息を吐きました。
「……実は俺、貴方が猫伯爵なんじゃないかって疑ってました。だって、声も背丈もそっくりだし」
「はは。だから雇われたんですよ」
「まぁ、そう考えれば辻褄も合います。それに、猫伯爵が貴方のようにまともなわけないですし」
「私が、まとも……?」
「ええ。その蜂蜜色の瞳。とても澄んでいて、悪人のものとは思えません」
「っ……。それは、買い被りすぎ、では……?」
「俺は貴方の瞳が好きです。月に照らされたのを見たときから、綺麗だなって思ってたんですけど……」
スオウは、見つめられてたじろぐ伯爵の目元をそっとなぞると、目を細めました。
「す、スオウ、くん……?」
「うん。貴方は良い人だ。間違いない。買い物の邪魔をしてすみませんでした。また温泉ご一緒しましょうね!」
「あ、ちょっと……」
一方的に告げたスオウは、伯爵に林檎を渡して去ってゆきました。その場に取り残された伯爵は、陽の光に照らされ光沢を増した林檎の紅さに、そっとため息を吐くのでした。
過ごしやすい気温になってきたある日のこと。伯爵は例の温泉に入るべく、夜の山道を歩いていました。
スオウと鉢合わせて以来、伯爵は温泉を控えていたのですが、今夜は数十年に一度の流星群が見れると聞いて、どうしても星空を眺めながら温泉に浸かりたくなったのです。
「まあ、こんな夜中だ。子どもがわざわざ来ているわけないだろう」
そう呟いた伯爵が、辿り着いた温泉を覗いてみると……。
「兄ちゃん、誰か来たよ」
「あ。ベリルさん!」
「う……」
そこにはスオウとキロンがいました。これには伯爵もうんざり。しかし、バレてしまったからには、黙って逃げるわけにもいかず。
「ええと。どうして君たちがこんな時間に?」
「今日は星が綺麗なんです。なんでも数十年に一度の流星群とか。ここからならよく見えるだろうなって思って」
「あのね、イドラに聞いたからね、僕、どうしても見てみたくなって! 兄ちゃんに頼んだの!」
「その……。スオウくんはともかく、よく猫伯爵がキロンくんの外出を許しましたね」
「はは。勿論黙って連れてきたんです。あの猫伯爵が使用人をこんな夜中に出すわけないじゃないですか」
「秘密なんだよ!」
「秘密、ですか……。そうですね。それじゃあ私はこの辺で……」
秘密も何も、ダイレクトにバレてしまった悪事を前に言葉を濁した伯爵は、そそくさと帰ろうとしましたが……。
「それなぁに? いい匂い!」
「あ、こらキロン!」
キロンは、伯爵の持つ籠を覗き込みながら鼻をひくひくさせました。
「ああ、これは団子です。良かったらどうぞ」
伯爵が差し出したそれは、葉に包まれた月見団子でした。
「どうしてお団子?」
「それは、異国の文化に月を見ながら団子を食べる、というのがありまして……」
「それじゃあやっぱり、ベリルさんも流星群を見るためにここに来たんですね?」
「う……。まぁ、そうなります、ね……」
「あはは! これすご~い!」
団子を包んでいた葉っぱで作った船。それを湯に浮かべたキロンは夢中で泳がせました。
「良かった。キロンのあんな楽しそうな顔、久しぶりに見ました」
「はは……。喜んでもらえてよかったです」
結局、前回同様温泉に引っ張り込まれた伯爵は、観念して持ってきた酒をスオウと交わしていました。
「それにしても、貴方も大変でしょうね。猫伯爵の影武者なんて」
「あ、はは。あの人、普通じゃないというか……。嫌な性格してますからね」
「そうそう! 仮面被ってるのも変だし! 出会った時からとにかく偉そうで。俺たちのことなんか、ゴミを見るような目で見るんですよ! 嫌味も酷いし、態度も悪いし……」
「……苦労されているのですね」
「あ、でも。時々優しいなって思うときがあるんですよ。部屋を使わせてくれたり、お守りを拾ってくれたり……。もしかすると、本当は良い人なのかも……な~んて」
「それはあり得ません。あの人は悪魔です。貴方は彼を憎まなければいけない」
スオウが冗談交じりに笑った途端、伯爵は静かに冷たく言い聞かせるように言葉を吐きました。
「なるほど。ベリルさんも相当怒りが溜まってるみたいですね」
「あ。ええと……。私は、貴方が心配で……」
「わかってますよ。ちょっと冗談を言っただけです。あの人は憎むべき存在だ。それはどうあっても変わらない」
「ええ。そうでしょうとも」
「実は俺、伯爵や国家を潰してやろうと思うんです」
「……そんな話、私にしても良いのですか?」
「貴方なら話していいと思ったんです。現にこれは、まだ誰にも言っていない野望です」
「私は貴方がいち早くやり遂げることを願っていますよ」
「ええ。きっとベリルさんが住みやすい世界を作ってみせます」
その世界に自分がいないことをわかっていながら、伯爵はスオウの未来を星に願いました。月明かりを浴びて輝く蜂蜜色はとても綺麗で、スオウは静かにその瞳に見惚れました。
次の日。伯爵は何事もなくいつもの調子でスオウを苛め抜きました。
そろそろコイツの魔力も高まってきた。魔術の質も悪くない。後は、少しの成長ときっかけさえあれば、だれも追随できないほどの魔術を使えるようになるはず……。
伯爵は、スラムでスオウを見かけたときから、彼の中に眠る力を見抜いていました。それを最大まで引き出すため、伯爵はわざとストレスを与え、スオウの力を育ててきたのです。
「あと少し。あと少しすれば……」
「ベリルさん」
「!」
背後から声を掛けられた伯爵が振り向くと、そこにはキロンが立っていました。伯爵は、内心恐怖を覚えました。
今、私に向かってベリルと言ったか? それに、ここまで近づいているのに全く気配に気づかなかったなんて……。
しかし、そんな動揺を悟られまいと、伯爵はキロンを見下しました。
「おい、出来損ないの弟。何を遊んでいる? さっさと戻って働かないか」
「ねえ、貴方は何を企んでるの?」
「聞こえなかったのか? 持ち場へ戻れと言っているんだ」
「ベリルさんこそ、僕の質問が聞こえなかったんですか?」
「……貴様、何故ベリルの名を知っている」
「貴方が名乗ってくれたじゃないですか」
「私はそのような名ではない」
「嘘つき」
「何?」
「貴方は、兄ちゃんたち少年兵を使って、この腐った国を変えようとしている。彼らが貴方に、そして国に反逆することで、平和をもたらすことを望んでいる」
「は……?」
「わざと憎まれるよう振る舞って、彼らの反抗を煽っている」
「何を言うかと思えば。そんな利益のないことを、この私がする訳あるまい」
「貴方はそういう人だ」
「そんなに平和が欲しいなら、自分で国でもなんでも討ち滅ぼすわ」
「確かに貴方は強いけど、一人じゃ無理だった」
「お前、何を見ている……?」
「貴方の心。僕にはそんな能力があるんだよ」
キロンの瞳は、ただ真っすぐ伯爵を捉えていました。ぞっとするような視線は、まるで仮面の下を全て見透かされているような居心地の悪さで。伯爵は目の前の少年が危険なものだと初めてわかりました。
確かに、スオウの弟なのだから何か特別な能力を持っていてもおかしくない。だが、全く力の気配を感じなかったというのは……もしかすると、コイツ、自分の力を感知されない様隠していた……?
「うん。僕は物心つく前から自分の力を制御できていたからね。こんな力、誰かに知られたら、それこそどこかの伯爵に拾われかねないしね」
「……」
「でも、兄ちゃんは自分の力を隠せていなかったから。だから、僕は兄ちゃんの力も感知されない様、僕の力を込めたお守りを渡してたんだけど。人の魔力を制御するのはちょっと難しくて。結局少ししか抑えられなかった。それで、易々貴方に探し出されて捕まった」
「それなら何故抵抗しなかった? お前ほどの力があるのなら、私と出会ったあの日、兄を私の手から守ることぐらい出来たんじゃないのか?」
「いや。僕はいくら魔力が高くたって、攻撃に向いてるわけじゃない。それに、スラムにいるより貴方の城で暮らす方が幾分かマシかなって思ったんだ。嫌ではあったけどね」
そう言って嫌な顔を隠そうともしない少年を目の前にした伯爵は、蹴落とされない様に対して意味のない言葉を続けるのがやっとでした。
「……それなら、お前の力を使って占いでもして稼ぐとか、他の道もあったはずだ。きっと有名になれる」
「まあね。そういうのも考えたけどさ。兄ちゃんにこの力は知られたくなかったし。子どもの内から力をひけらかしたら、悪い大人がやってくるし」
「私は悪い大人に入らないのか?」
「貴方は全てを被った後、兄ちゃんに殺されることを望んでいるんだよね? こっちとしても、それは悪いシナリオじゃないからね。乗ってあげない手はないかなって」
「可愛いだけかと思っていたが、まさかこれほど真っ黒だったとはな」
「安心してよ。僕はこれを誰にも言う気はない。ただ、もし貴方がこっちの利益にならないことをしたら、兄ちゃんに必要以上のストレスを与えたら。わかるよね?」
無邪気な笑顔が伯爵を震え上がらせました。得体の知れない少年は、ただただ兄への歪んだ愛情を信じ、生きてきたのです。彼にとっての幸せは兄であり、その他は舞台装置にしか過ぎないのです。
キロンの正体がわかり、伯爵はより一層焦りはじめました。計画を知る者がいる以上、いつ脅かされるかもわかりません。
「犠牲無しでは平和は訪れない。許してくれ」
伯爵は、非道になりきれなかった自分を捨て、手あたり次第に子どもを攫わせ、自らの手で売りさばきました。それもこれもスオウに憎しみを植え付け、覚醒を急ぐためでした。
案の定、正義感の強いスオウは伯爵の行いに反感を抱きました。そして、伯爵の後を追い、子どもたちを助けようとしました。
「スオウ、ダメだ。下手に手を出すな」
「オリス、どうして止めるんだよ!」
「妙な真似してみろ。伯爵は気付くぞ。そして、最悪計画が台無しになる。今、チビたち数人を助けても、未来が整ってなきゃ意味がねえ」
「だからって、ここで助けなきゃ、あの子たちは……!」
「スオウ、お前の意見は聞きたいよ。でも、お前のその優しさだけは愚かで残酷だ。そんな生半可な優しさは捨てろ」
「……わかった」
スオウは、オリスが心の底から自分のために言ってくれていることを理解していました。邪な感情を抱かれてはいるものの、スオウはどうしても彼を憎み切れずにいました。彼はスオウの人生の中で、一番行動を共にしているパートナー。スオウにとって、いわば親友のようなものだったからです。オリスも、スオウの気持ちを知ってからは、無理に迫ることはしなくなりました。スオウが受け入れてくれる日を側で待つ。それが彼の選択でした。二人の関係は、歳を経て心地よいものとなっていたのです。
「ほら、さっさとしろ!」
伯爵は、スオウが見ているのを知って、わざと子どもを蹴り飛ばしました。
『やめて!』
「ゴミが口答えをするな!」
『きゃ!』
伯爵は、執拗に子どもたちを虐げました。それを見たスオウは、震える拳を抑えるのがやっとでした。オリスの制止のおかげで何とか留まってはいましたが、スオウは徐々に自分の中にどす黒い感情が渦巻いてゆくのを感じました。
「おや、そこにもゴミがあるようだな!」
「チッ! 気づいてやがったか」
さも今し方見つけたかのような台詞を吐いた伯爵が放った魔法。それを受け止めながら、スオウは苦々しく吐き捨てました。
「任せた仕事はどうした? お前もゴミになりに来たのか? こんな風になりたいのか? あ?」
「やめろ!」
「スオウ!」
スオウはオリスの制止も聞かずに、子どもをいたぶる伯爵に向かいました。
「わかってないなぁ」
「くっ」
しかし、まだまだ伯爵の方が上。魔力の乗った剣はしなやかに踊ると、スオウの目の前で止まりました。
「楯つくようなら、次はお前の弟をコイツらと同じようにしてやる」
「!」
「はっ。いい顔だ。奴隷は黙って私のために働けばいいんだよ」
スオウは自分の不甲斐なさを呪いました。そして、力を渇望しました。
あるところに、国一番の騎士を目指す少年がいました。少年は名をベリルといい、幼いながらに腕の立つ彼は、みんなから将来を期待されていました。
ある日のこと。彼は剣士見習いである友達二人と、いつものように森で修行に励んでいました。
しかし、時が経つにつれて雲行きが怪しくなってきたものですから、友達の内、気弱な方の子どもが「もう帰ろうよ……」と不安気に提案しました。が、ベリルともう一人は調子が良くなってきたところで止めたくないと、気弱な子どもを宥めながら剣の打ち合いを続けました。
そうして、ぽつぽつと雨が降ってきたとき。
『おい、雨が降ってきたぞ』『クソ。急げ』
ふいに聞こえてきた見知らぬ声。少年たちは不審に思い、声の方をそっと伺いました。
「げ。あれって敵国の兵士じゃん」「どうして、こんなところに……」「こ、怖いよう……」
「とにかく、町に知らせなきゃ……!」「や、待て。見たところ敵はたった二人だ。道に迷ったか偵察に来たのか……」「ああ。こちらにも気づいていないようだな」
「ベリル、やれるか?」「……いけると思う」「や、やるって、まさかボクらで倒す気?」
「町に戻ってる間に逃げられたら意味ないだろ。それに、オレたちは優秀な騎士になるんだ。それくらいできなくちゃ何が騎士見習いだっての!」「でも、危ないよ……」「お前は隠れてろ。俺たちで済ませる」
「ひゅ~。さっすがベリル。お前もちったぁ見習え」「ううう」「よし。油断している隙に背後から斬りかかるぞ」
少年たちは自分たちの手で町を守る決意をしました。しかし、残念ながらその判断は間違っていました。
『おい。なんだこのガキ。いきなり斬りかかりやがって』
「痛って……!」
腕を掴みあげられた勇敢な子どもが、男を睨みながら必死にもがきます。
「っ……」
回避して後ろに飛んだベリルは、何とかその手から逃れましたが、どうすることもできません。
「は、放せっ……!」
『暴れんなっての!』
「やめろっ!」
男の手から友人を助けるべく、ベリルは飛びかかりましたが、簡単に弾き返されて尻餅をつきました。
『なぁ、お前らの町ってすぐそこにあんの? 歩き疲れちゃってさぁ』
「お前らは、何しに来たんだ!」
『口の悪いガキだな。オレたちはアンタらの国の騎士様に頼まれてやって来てんのにさ』
「は……? お前たちは敵国の人間だろうが。騎士様に頼まれて? 馬鹿を言うな! オレたちが目指す騎士様がそんなことする訳ない!」
『お子ちゃまたちは夢をみすぎてて怖いねえ。オレたちはこの国の命令でお前らの町を潰しに来たんだよ』
『お前ら、他の国からきた奴らを匿ってるそうじゃねーか。そういうの面倒くさいんだよ。お上はさ。だから皆殺し』
「ふ、ふざけるな! お前らの国の奴らもいるんだぞ?」
『だから。そういうのが面倒なんだよ。人質に捕られちゃたまんない。公になれば、こっちとしても迂闊に手を出せないだろう? だから、公になる前に殺せばいいってわけ。そっちとしても、敵国の人間を匿ってる町があると知れたら、同盟国から何て言われるかわかったもんじゃない。つうわけで、両国は秘密裏にお前らの愚かな町を潰すことにしたってわけ』「確かに、オレだって、おかしいとは思うけど……。でも、町の人は、みんな優しくて……。怪我人たちも、感謝してて……。みんな仲良くなって……。悪いことだとは思えな……、うっ!」
『お前らの偽善何てどうでもいいんだよ!』
「やめろ!」
捕まったままの少年が地面に叩きつけられたのを見て、ベリルは叫びました。でも、その足は震えていて、上手く立てません。
「そうだ、きっとこいつらは山賊で……、言ってること全部でたらめで……」
『さて。全部喋っちまったからな。お前らには消えて貰おうか』
「あ……」
「やめろおおおお!」
ベリルは力を振り絞って、友に向けられた刃を弾きました。しかし。
『おっと。お前さんはちったぁ剣が立つようだが……こうすりゃ関係ねぇなッ!』
「っ、あああああ!」
「べ、ベリル!」
可哀想なベリルは袈裟懸けに斬られ、血を流しながら倒れました。
『ここにも何かいたぞ』
「ひ、ひぃっ……。ご、ごめんなさ……」
「や、やめろ……!」
『そうだな。こんな弱っちそうなガキを殺すなんて。流石に可哀想か』
「あ……、ボク……」
『な~んて言うわけねえだろ』
残酷な一言の後、か弱い友人は殺されてしまいました。
「き、貴様……!」
『ガキが。よ~く見とけ。これが現実なんだよ』
「ぐ、ああ……」
ベリルの前で、勇敢な友人の首が絞められました。
『さぁ、どうするよ。お友達を助けるのが騎士様の務めじゃねーの?』
「あ、ああ……」
「ベリル……!」
「俺は、俺は……」
助けを求める友人の瞳。それに応えたいのに、ベリルの体は後ずさり……。その手が、地面に流れたか弱い友人の血に触れた途端。
「う、うわあああああ」
ベリルは逃げ出していました。転びそうになりながら、必死に走りました。
『覚えてな、これが国の意思だ! あははははははははは!』
敵兵の笑い声が、呪いのように木霊しました。ベリルの名を呼ぶ友の声も、途中で悲鳴に代わり……。森を彷徨ったベリルは崖に辿り着き、その身を海に投げ捨てました。
その後、彼がどうしたかというと。偶然通りかかった船に助けられ、どうにか命を取り留めたベリルは、見知らぬ土地で危ない仕事をして食い繋ぎ、奴隷商人を経て伯爵という地位を奪いました。
しかし、その肩の傷は今でも癒えることはなく。彼を蝕み続けるのでした。
「スオウ、早く殺してくれよ。この腐った国と共に」
「反国家主義の連中が暴動を起こしている。ただちに粛清しろ」
猫伯爵率いる少年兵たちは、戦地に赴きました。最近では、反国家の暴動が珍しくなく、彼らは日夜その対応に追われていました。だから、今日も大人たち相手に剣を振るうのだとスオウは思っていましたが。
『やああああ!』『うわあああああ!』
甲高い声。出鱈目な構え。震える足。そこにいた人間は皆、戦いに不慣れな子どもでした。
「どうして……」
「手を抜いたらお前たちが死ぬぞ。心してかかれ」
戸惑うスオウ達に、猫伯爵は冷たく言い放ちました。猫伯爵は知っていました。彼らがスオウ達とそう歳の変わらない少年少女なのだと。知っていてなお、ぶつけることにしたのです。
辛いことだが、これを超えないことにはスオウたちの精神は鍛えられない。反国家主義を潰してしまうのは勿論惜しいが、そもそも魔術の使えない人間たちが国を潰すのは難しい。それならば、彼らの糧となり、散った方が……って。
「おい! スオウ、自分の身ぐらいしっかり自分で守れ!」
猫伯爵は考えるのを止め、スオウに向かってきた剣を弾きました。
「す、すみません……」
単純な戦力はスオウらが上でしたが、覚悟を決め、自分の意志で戦っている反国家勢の気迫に押され、戦況は芳しくありませんでした。
「謝る暇があったら、一人でも片付けろ!」
「でもっ……。あいつら、弱いのに、躊躇いもせずに、向かってきて……」
「馬鹿。動揺してるとやられるぞ!」
伯爵の言う通り、狼狽えた少年兵たちは、容赦なく殺されていました。それに反して、オリスは反国家勢を躊躇いなく殺して少年兵たちを守りました。
「……ここまでか」
スオウが守りに入ってしまったのを見てため息を吐くと、猫伯爵は少年兵たちの前に出ました。
「お前たちじゃ役に立たん。少し下がっていろ!」
そう叫び、猫伯爵が地面に手をつくと、魔法陣が現れて……。
『あああああああああああああああああああああああああ!!!』
反国家勢一人一人の足元から、火柱が上がり、一気に焼き尽くしました。
「な、何もここまでしなくても!」
「無意味に刃向かうな。己の立場を知れ」
食って掛かるスオウに、猫伯爵は手を向け、彼を軽く魔法で吹き飛ばしました。
「猫伯爵! 生き残りがいます!」
「なに……?」
オリスが捕まえてきたのは、まだ幼い男の子。遠くから様子を見ていたようで、伯爵の魔法にはかかりませんでした。
『あ、ああ……!』
捕まった男の子を見て、少年が駆けてきました。
『お兄ちゃん、お兄ちゃん! 助けて!』
男の子は、駆けてきた兄に向かって、必死に手を伸ばしました。
「死ね」
しかし、オリスに首を絞められた弟は、次第に元気をなくしてゆき……。
『お、にいちゃ……』
『ひっ……』
怖くなった兄は、弟を置いて逃げようとしました。が。
「……お前もここで共に朽ちるべきだ」
兄の手を引いた猫伯爵が、その額に手を翳し……。
「や、やめろっ!」
「おい、何を……、ッ!」
魔法を放とうとした瞬間、その腕がスオウによって掴まれたものですから、伯爵は思わず魔力を押し止めました。しかし、その隙に兄がナイフで猫伯爵の肩を斬りつけ……。
「ぐ……。お前は、ここで、死ね!」
『あああああ』
「なんて、ことを……」
「オリス、後片付けは頼んだぞ」
「はっ」
斬りつけられた直後に放たれた伯爵の炎は、兄弟を包んで美しく燃えました。その炎を見て、スオウははっきりと心に決めました。
「オリス、俺はもう耐えられない。こんな世界終わりにしよう」
「ふっ。ようやく、覚醒したか……」
伯爵は、肩を押さえながら二人の会話に聞き耳を立てました。黒く濁っていたスオウの目は、いつの間にか金色の光を帯び、力の覚醒を物語っていました。
「やっと。やっとだ……。あともう少しだ……。まだ呪ってくれるなよ。私が死ぬにはまだ早い。私の罪は死では償いきれないのだから……」
伯爵は、震える手で痛み止めを口に運びました。それは、寿命と引き換えに使う禁術のせいで蝕まれた体を、一時的に誤魔化すためのものでした。幼い頃に怪我を負った伯爵は、剣術を極めるのを諦めて、禁術に手を染めたのです。そのせいで変わってしまった目の色や痛みに歪む顔を隠すために仮面を被りはじめ、猫伯爵という異名で自分を誤魔化して。伯爵は、この時を見るために、生きてきたのです。
「はは、予想以上の、力、だな」
猫伯爵は、自分も魔法を酷使しながら、王都が壊滅してゆく様を見守っていました。
ああ、この体ももう駄目だな。いや、ここまで持ったのが奇跡に等しい。
ざりざりとあるだけの痛み止めを噛み砕きながら笑ってみましたが、すぐに軋む体に咳き込むと、地面に膝をつきました。
ああ、この痛みから意識を手放して、今すぐにでも楽になってしまいたい。
いや、駄目だ。あと少し、あと少し。最後にあいつの手で殺されるまでは……。
「ぐ……」
血が出るほどに唇を噛みしめて、踏みとどまる伯爵の目の前に、影が現れました。
「伯爵」
ああ。やっとお迎えが……。いや、この声は……。
「キロン、か」
「あはは。随分とまぬけな格好だね、猫伯爵」
声の先にいたのは、スオウの弟であるキロン。その顔は、スオウの目の前で見せる笑顔とは全く真逆。それに、その手に持っているものは……。
「それ、は……」
「ああ。これね、オリスだよ」
悪魔が地面に投げ捨てたそれは、オリスの頭。生首になったそれは、キロンの手を真っ赤に染め上げていて……。
「な……」
死体を見慣れているはずの伯爵でさえ、吐き気を抑えるのがやっとでした。幼い頃から育ててきたオリスが、今目の前でこんな姿になっているだなんて、悪夢でしかありません。
「だって、コイツは兄ちゃんを取るんだもん。許せないよねぇ」
「お前は本物のキロン、だよな……?」
「わかってるくせに。僕は兄ちゃんの害になるものは躊躇なく殺せるんだよ。それなのにさ、オリスのやつ、全く僕のことを警戒してないからさ。油断してこうなっちゃったってワケ。可哀想だよねえ。でも、自業自得だよねえ。だって、兄ちゃんに向かってさ、戦いが終わったら一緒に暮らそうだなんてさ。馬鹿げたこと言うんだもん。嫌になってこっそり殺しちゃったよ。兄ちゃんの心はオリスでも、アンタのものでもない。僕だけの兄ちゃんなんだよ」
ぞっとするような病んだ目つきに、伯爵は初めて彼の本性を理解しました。けれど、伯爵にはそれが間違っているとも言えません。
「ねえ、アンタは自分の立場を弁えてるよね? アンタはここで殺されるんだよ? 今更やっぱり止めたなんて言わないよね?」
「……言わないさ。お前のその歪んだ愛情がスオウに悪影響を与えないかは心配だが。スオウの前では良い子を演じているようだし。それに、今更自分の罪から逃れようとも思っちゃいない」
「はは。アンタだって兄ちゃんのこと好きなくせに。自分から殺されようとするなんて訳わかんない」
「私はお前が思っているような感情は持っていない」
「しらばっくれちゃって。いや、自分に言い聞かせてるのか」
「……」
「ま、どっちでもいいや。アンタが何を思おうが、結末は決まってるんだから」
そう。何を思おうが、伯爵は自分で描いたシナリオを変えるつもりはありません。国が崩れた今、スオウにとってのハッピーエンドは、自らの手で元凶を捌くことなのですから。悪として英雄に捌かれることこそが、自分にとっての最後の罪滅ぼしなのですから。
「キロン~! オリス~! どこにいるんだ~!?」
瓦解した世界に響き渡るスオウの声を聞きながら、キロンは微笑み、伯爵は目を閉じました。
「さあ、幕引きだよ。しっかり演じてね、猫伯爵」
「脅されなくともそうしてやるさ」
そう言った後、伯爵はキロンに剣を振りかぶりました。
「やめろ!」
しかし、駆けてきたスオウの手によって、伯爵の剣は簡単に弾かれて地面に転がり落ちました。
「兄ちゃん!」
「キロン、大丈夫か?」
「うん、僕は平気だけど……」
「ふん。全くいいタイミングで現れる」
「お前、どうしてキロンを……!」
「私の所有物だ。いつ殺そうが関係ない。それは、スオウ、お前もだ」
伯爵は嫌らしく笑って見せた後、その手から炎を生み出しました。
「キロン、お前は下がってろ! って、うわ!」
放たれた炎を剣でいなし、後ろに下がったスオウは、何かに躓き転びました。
「な……」
それは、オリスの頭でした。無造作に転がったそれは、スオウに恐怖と怒りを植え付けるのに十分でした。
「兄ちゃん、それ、あいつが……!」
「伯爵が……?」
「言っただろう。役に立たない所有物を捨てただけだ」
「っ、よくも!」
「ぐ……」
肩に剣が掠り、伯爵はバランスを崩しました。
「お前がオリスを! みんなを!」
「そうだ。私が殺した。はは! みんなゴミ屑だからな!」
「黙れ」
「っう……!」
腹を柄で殴られた伯爵は、そのままずるりと地面に座り込みました。
「は。抵抗しないのかよ? 鈍ってんの?」
「っ……!」
挑発するスオウに、伯爵は魔法を紡ごうと手を向けましたが、一瞬意識が遠のき、倒れてしまいました。
「なんだ。フラフラじゃん」
「は……」
ああ、やっと。これで、ようやく……。
「覚悟しな」
やっと、死ねる……。
揺らぐ視界の中で、煌く刃が伯爵の目に映りました。そして、伯爵が目を閉じた瞬間――。
ぱき。
「え……」
一太刀浴びた仮面が、真っ二つに割れて地面に落ちました。それにハッとした伯爵は慌てて手で顔を覆いましたが。
「隠すな」
「う……」
手首を取られ、蜂蜜色の瞳を陽の下に晒された伯爵は、その眩しさに思わず目を閉じました。
スオウは、そんな伯爵の頬を撫で、愛おしそうに目を細めました。
「何を……」
「ベリル、貴方は本当によく頑張った」
「は……?」
「ああ、ベリル。貴方の瞳は、太陽の下でも美しい」
「……勘違い、してるようだが、それは、私の代わりの者の名、だ……」
「アンタはベリルじゃないってのか?」
「なにを、今更……。そんな下賤な者と、同じにするな……」
「アンタはベリルが嫌いなのか?」
「ふん。あれは、役に立たん……。あれは、私が殺した」
「いや、やはり貴方は間違いなくベリルだ」
「はっ。ベリルの死を、信じられないか……?」
「貴方は死なせないさ」
「え……」
スオウが伯爵を抱き起し、口づけを施すと、伯爵の体が光に包まれてゆきました。
「やっぱり、アンタはベリルだ」
「は……? あ。体に、力が戻って……? お前、何をした?!」
「前に吸い取ってたアンタの魔力を体に戻したんだよ。ちょっと増幅してな」
「は? 前にって……」
「街でベリルさんに会った時だよ。猫伯爵」
そう言うと、スオウは伯爵の目元を撫でました。
「魔力を自然に受け入れたんだ。アンタはベリル本人だ」
「……違う」
「それに、この傷」
「っ」
肩に触れられた伯爵は、無意識に体を強張らせました。
「その仕草。匂い。感触。全部がアンタだって。俺にはわかる」
「ち、違う……」
「兄ちゃん、違うよ! それはニセモノで、兄ちゃんは騙されてて……!」
「なぁキロン。俺がベリルのことを気に入ってるの知ってただろう?」
「兄ちゃん……?」
キロンの言葉に振り返ったスオウの声音は低く、その眼差しは身内に向けるものとは思えない冷たさでした。
「キロン、お前は悪い子だ。ベリルを殺そうとするなんて。なぁ、反省してないんだろう?」
「僕、やってないよ! そんなこと!」
「うそつき」
「え……」
キロンは叫ぶ間もなく、スオウのどす黒い魔力を宿した剣によって引き裂かれてしまいました。
「なっ、何をして……」
立ち上がろうとしてよろめく伯爵。それをスオウは優しく抱きとめると、伯爵の髪を撫でました。
「まだ癒えてないんだから、じっとしててくださいよ」
「そんなこと、言ってる場合じゃ……! お前、こいつは本物のキロンだぞ?!」
「ええ。知ってますよ」
「じゃあ、何でこんな酷いことを」
「キロンもね、いい子にしてれば良かったのに。弟だから可愛がってあげたのに。変な方向に成長しちゃったからなぁ。それに、大事なものを傷つけられたら誰でも怒るでしょう?」
「にいちゃ、なんで、ぼく、ただ、兄ちゃんが、好きなだけで……」
「気持ち悪いこと言うなよ」
「ああああああああああああああああ!」
裂かれてもなお、血を流しながら手を伸ばしたキロンでしたが、それはスオウに届くことなく、すっぱりと斬られてしまいました。
「どうせオリスもキロンがやったんでしょう?」
「お前、なんか、おかしいぞ……」
「おかしい? おかしいのは世界の方だ」
「だから、これからは革命のおかげで良い時代に……」
「そういうんじゃなくて。変な奴からは好かれるのに、大事な人からは全然好かれない」
「は?」
「世界情勢なんて、もうどうでもいい。どうせ世界を救ったって他人が幸せになったって嬉しくない。それよりも俺は」
スオウは静かに目を閉じると、息絶えたキロンと転がったままのオリスに剣を刺し、呪文を唱えました。
「やめろ、スオウ……」
「俺はね、今までの分、自分に正直に生きていくことにしたよ」
詠唱を終え、光が集まった己の手のひらに口づけました。そして、同じ要領で伯爵にも口づけて、光を伯爵の中に移しました。
「な……」
「これで、アンタは俺とともに生きることができる」
「お前、キロンとオリスの力を、私に……」
「寿命、使った分は伸びただろ?」
「こんなこと、私は望んでいない!」
「勘違いしないで欲しいな」
「っ!」
スオウは、唇を噛みしめて憤る伯爵の首を絞めながら、軽く唇を重ねました。
「アンタの意思なんて関係ない。ベリル、アンタは俺の所有物だ。アンタは俺に生かされてるんだ」
「私に、生きる資格など!」
「俺は、アンタに俺のために生きる義務を課すよ」
「そんなの、間違ってる……」
「間違っていようが、アンタは俺が貪り支配してやるさ」
「っ……!」
伯爵の肩に噛みついたスオウは、その首筋を味わうようにゆっくりと舌を這わせました。そして、施された口づけはどこまでも甘く、二人の罪を重くさせるのでした。
それから。平和になった国で、革命を起こしたスオウの活躍は語り継がれてゆきました。しかし、スオウのその後を知る者はなく、また、悪の象徴である猫伯爵のその後も知る者はないのでした。
*
「そうして、革命を起こした英雄スオウは、人々に希望をもたらし、姿を消したのです。おしまい」
とある酒場の片隅。ワタシは、観光客向けに簡略化された英雄譚を静かに語り終える。
「なるほど。酒の肴にはちょうどいいお伽話だ」
「そうですかね? 話が綺麗すぎて、僕は何だか寒気がしますけど」
国で作られた葡萄酒を片手に、客の男二人がそれぞれの感想を述べる。
「お伽話なんかじゃありませんよ。数年前にこの国で実際に起こった革命の話なんですから。まあ、確かに綺麗事だけじゃ済まされないほどの犠牲は生みましたが……」
「……すみません」
暗い気持ちになり、視線を落としたワタシを見て、蜂蜜色した瞳の男がぽつりと謝る。
「なに謝ってんですか。僕はアンタに罪の意識を植え付けるためにここに来たんじゃないんですよ?」
謝った男を叱咤する男は、まだ若いようだけど、どうにも容赦がない。それに、奇妙な仮面をつけていて、表情がまるで窺えない。けれど、相手を思っていることは声の調子からよくわかる。
「ええと。お客様が気に病むことはございません。この国は今や平和そのもの。体制を入れ替えたこの国は、他国とも手を取り合って。そのおかげで、年にたくさんの観光客が押し寄せる国となりました」
「ああ、そうみたいですね……。本当に、良かった……」
窓の外を見つめた男は、その美しい瞳を細めて吐息と共に優しく呟く。
「あの……。この国にお知り合いでも?」
「……いえ。ただの観光なのですが。少し気持ちを入れ過ぎてしまったみたいです」
「本当に。貴方はお人好しが過ぎます。僕たちは観光に来ているだけなんですから。楽しまなくちゃ」
そう言った仮面の男は、空になったグラスに酒を注いで連れに無理やり渡す。
「仮面……」
その仮面に隠された男の表情は全く分からない。猫伯爵が悪の象徴として語り継がれている今、この国で仮面を被るのは、たとえ猫を基調としたものでなくとも、あまりおすすめできない。でも、だからと言って、そう易々と注意する度胸もなく……。
「あ~。ええと……! ところで~、よくここまで早急に復興できましたね!」
「あ、ええ。かの英雄スオウ様の言伝通りに、少年兵たちが他国に助けを求めてくれたおかげでして……。どうやら他国への根回しまでされていたようで」
仮面を凝視していると、酒を注がれ困り顔だった男が慌てて割って入り、話題を転換する。その慌てぶりに、もう少しで何かが繫がりそうになっていた思考が再び霧散する。
「なるほど。さすがは英雄様。後のことまでしっかり考えていたんじゃないか」
「……まぁ。一応英雄ですしね」
蜂蜜色の瞳が仮面の男を流し見る。それを受けて、仮面の男は心底面倒くさそうにため息を吐いた。
「一応どころか! ああ。本当に。あの子は良く頑張ってくれたのに……。一体どこに行ってしまったのかしら」
「ああ。誰も行方を知らないままなんですね?」
「ええ。彼もだけれど、猫伯爵も……。これは秘密ですが、ワタシ、猫伯爵に仕えていたメイドでして。こんなことを言うのは良くないのかもしれないのですが、ワタシ、どうにも猫伯爵が悪い人だと思えなくて……」
「何をおっしゃる、メイドさん。猫伯爵は悪逆非道。他国民でも知っていることですよ」
声を潜めて胸の内を打ち明けた瞬間、蜂蜜色の瞳を丸くした男がワタシを責め立てる。
「確かに、伯爵は厳しいお方ではありましたけれど。自分が優しくできない分、私からヌイ兄弟を甘やかしてほしいと頼まれたのです」
「……! そ、それは、メイドさんの記憶違いなのではないでしょうか?」
「いえ、他言無用と言われましたが、はっきりと頼まれていたのは事実です。時々お菓子を用意してくれていたのも伯爵でしたし」
「ぐっ……。他言無用の意味が……」
「ええ。ワタシも誰にも言う気はなかったんですけどね。でも、どうしてだか、あなた方には言ってもいいような気がして……」
「……」
「へ~え。なるほどね。そうだったんですね。なんだ。やっぱり猫伯爵って良い人じゃないですか」
「ええ。勿論、ワタシ自身、スオウたちのことが好きでしたけれども。感謝されるのはいつもワタシばかりで、なんだか、申し訳なくて……」
「それなら心配ないですよ」
「え?」
仮面の男が淀みのない声で告げる。その声はどこかで聞いたことのあるような、何だかひどく懐かしい響きで……。
「あ、いえ! そんなことより、ほら! もうこんな時間だ! 船が出てしまうぞ、ス……、シリウス!」
蜂蜜色の瞳の男が、遮るように仮面の男の手を取る。
「全く。貴方が来たいと言うから来たのに。もう満足できたんですか? ベリル」
ベリル……? どこかで聞いたことがあるような……。
「ああ。思ったより平和そうで良かった。ほんの少しだけど、気持ちが軽くなったよ。来れてよかった」
「そのまま何にも考えずに、僕に溺れてくれれば楽なんですけど?」
「……馬鹿を言うな」
「ええと。溺れる……?」
「なんでもない!」「なんでもないで~す!」
真っ赤になって否定するベリルと呼ばれた男と、まるでいたずらっ子のような口調で否定するシリウスと呼ばれた男を交互に見つめた後、思わず吹き出す。初めは怪しげな二人組だと思っていたのだけれど、仲睦まじい姿を見せられては微笑まずにいられない。それに、やっぱりどうしてだか、懐かしいような気がして……。
「ありがとね、イドラさん。貴女に祝福があらんことを」
改まった口調でお礼を言ったシリウスが、ワタシの手に口づけを落とし、背を向ける。その後、丁寧に頭を下げたベリルも店を出る。
「ええ。またいらっしゃい」
きっと二人はもう二度と来ることがないのだろう。そんな気がした。
「あれ。そういえば、ワタシ名前を名乗ったかしら?」
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そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
タトゥーの甘い檻
マリ・シンジュ
BL
執着系わんこ攻(大学生)× 高潔な美形教授受(30代)
どのお話も単体でお楽しみいただけます。
「先生、ここ……僕の瞳を入れるから。ずっと、僕だけを見てて」
真面目な大学教授・新城が、大学生の・羽生にだけ許した、あまりにも淫らな「わがまま」。
それは、誰にも見えない内腿の奥深くに、消えないタトゥーを刻むこと。
「下書き」と称して肌を赤く染めるペン先の冷たさ。
アトリエの無機質なライトの下、四つん這いで晒される大人の矜持。
ずっと年下の青年の、必死で、残酷で、純粋な独占欲。
愚かだと知りながら、新城はその熱に絆され、ゆっくりと「聖域」を明け渡していく――。
「……お前のわがままには、最後まで付き合う」
針が通るその時、二人の関係は一生消えない「共犯」へと変わる。
執着攻め×年上受け、密やかに刻まれる秘め事のお話。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
完結|好きから一番遠いはずだった
七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。
しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。
なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。
…はずだった。
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