アズアメ創作BL短編集

アズアメ

文字の大きさ
上 下
66 / 129
61~70

(64)貴族ライバル

しおりを挟む
嫁選びの時期を迎えた貴族の青年アザリアは、どうしても令嬢と幼馴染である青年セシルを比べてしまう。焦る気持ちとは裏腹に、セシルのことが気になってしまい……。
アザリア×セシル。
じわじわと幼馴染の色気と心地良さに気づいてゆく攻めが好きです。

セシル
厳格な青年。周りから怖がられているが、趣味はお菓子作り。

アザリア
どこか間の抜けている青年。顔と人当たりは良いので大抵の人には好かれている。
ーーーーーーーーーーーーーーーー

 あるところに貴族の青年がいました。嫁選びの時期を迎えた青年の元には、ひっきりなしに令嬢たちが訪れました。
『アザリア様。今日はクッキーを持ってきたんですの』
「君の手作り?」
『まさか。うちの専属パティシエの物ですわ』
「……うん。おいしいよ」
 甘ったるい態度と香りを漂わせた令嬢に促されるまま、アザリアはクッキーを口に含みました。彼女に負けないくらい甘ったるくて、アザリアの嫌いなナッツが入っているそれは、勿論おいしくなかったのですが、彼はそうとも言えず、曖昧に微笑みました。
(ああ、セシルの作ったクッキーの方がよっぽどおいしかった)
『アザリア様?』
「ああ、ごめん。少し寝不足でね」
『まあ! そうとは知らず。それでは今日はお暇しますわね』
(ああ、またやってしまった……)
 アザリアは、令嬢が部屋から出て行くのを見届けると、テーブルに顔を突っ伏しました。
 そう、彼はどうしても彼女たちが好きになれないのです。

『ああアザリア様。お労しい。眠れないのならばワタクシが歌を。ワタクシ、歌が得意なんですの』
「なるほど上手いね」
 次に押しかけてきた令嬢は、自慢の歌を披露してみせました。しかし。
(ああ、セシルの子守唄の方が何倍も綺麗だ。もう久しく聞いていないけど、時々俺が寝ているときに小さな声で歌ってくれるのだ。あれは、本当に美しくて……)
『アザリア様?』
「あ」
 令嬢がアザリアを覗き込んで、ようやく彼は自分がまた令嬢とセシルを比べてしまっていることに気づきました。それでもやはり、止まりません。
(ああ、この子の瞳はセシルの瞳と同じ黒だ。だけど、セシルの方が何倍も深く透き通る黒で……)
「アザリア?」
(そう。これだ。この夜空のように澄んだ瞳。まるで吸い込まれてしまいそうな……)
「うわ! セシル?!」
 いつの間にか令嬢に代わってアザリアを覗き込んでいたのは、セシルその人。
「お前、何を惚けているんだ。ご令嬢が何を言っても上の空だと嘆いていたぞ?」
「ええと」
 セシルの言葉に、アザリアは慌てて辺りを見回しましたが、すでに時遅く、令嬢の姿はありませんでした。
「ああ、またやってしまった……!」
「お前なあ……」
 目の前で盛大にため息を吐くセシルは、鈴を転がすような声音の美少女……ではなく、アザリア同様、婚期を迎えた貴族の青年。厳格で生まれつき目つきの悪い彼は、令嬢たちからは少しだけ恐れられているのです。黒い見た目も合わさって、悪魔と呼ばれるセシル。その対として天使と呼ばれるアザリア。ライバル同士で気が合わないはずの彼らですが、何故だか幼い頃からよく遊んでいました。
「アザリア、何か気がかりでもあるのか?」
「気がかり…? 。そんなものはない……はずだ」
「んじゃ、どこか具合でも悪いのか」
「そう、かもしれない」
 言われてみれば確かにアザリアには、胸に何かがつっかえているような不快感がありました。
「嫁選びもほどほどにしないとな。一気に決めてしまえるものではない。私は今、身を以って知ったところだよ」
 ため息を吐き、疲れた顔をしてみせるセシルに、アザリアはにやりと笑いました。
「なんだ、お前も女に言い寄られたか」
「ああ。悪魔と呼ばれるこの私に、自ら近づいてくるその勇気には感服するが……。どうにもご令嬢たちのアピールは、くど過ぎる。有り難いことなんだが、私は大分疲れたよ」
 そう言って再び盛大なため息を吐いたセシルが、置いてあったクッキーをひと齧りして顔をしかめました。
「女というのは、やたらに自分の出来ることを押し付けてくる。私たちの趣味など全く気にしないで、な。アザリア、これはナッツが入っているじゃないか。それにこの砂糖の量はどう考えても女向けだ。お前も苦労しているな?」
 意地悪く微笑む彼の瞳を見たアザリアは、やはりこちらが綺麗だと確信しました。が、すぐにそう思ってしまったことに頭を抱え、首を振り、自分の感情を殺しました。
「……? 本当に元気がないな。アザリア、大丈夫か? 私との勝負を覚えているか?」
「勝負?」
「おいおい。どちらが良い身分のお姫様と結婚するか、だろう?」 
「ああ、あれか……」
「あれかって……。アザリア、お前のそういうところが女性を落胆させる一因だぞ?」
「セシルこそ、女の子より女子力高いのどうにかした方がいいぞ」
「女子力って。別に男が菓子作りしたって構わないだろうが」
「他にも色々と女子力高いんだが」
「なんだって?」
「いや……」
 アザリアは、そのきめ細かい白い肌から目線を逸らし、言葉を飲み込みました。
「とにかく。私たちの体は私たちのものであっても、家のものでもあるんだ。責務を果たすならば夢はでっかくってな」
「逆玉の輿狙いってのは夢があるのか?」
「夢は金で買えるものだろ」
「お前のその潔さには敬服するよ」
「お前は無責任すぎだ。ま、いざとなればお前にはアレがあるもんな」
「アレってコレのことか?」
 アザリアが示したのは、指輪でした。アザリアの指で輝く青い宝石は、どこか不思議な雰囲気を纏っていました。
「そ。先代もその『願いの叶う石』を使って姫を娶ったらしいじゃないか。所謂、家宝ってやつだろ? 頼もしいよなあ。そういうの、私も欲しいもんだよ」
「あのな、そんな効果あるわけないだろ。偶然の幸運をこの石のおかげにして祀ってるだけだっての。こんなの、どこぞで売ってるお守りと一緒だ」
「夢のない考え方だなあ」
「お前が夢見すぎなんだよ」
「ま、なんでもいいけどさ。お前も、余裕ぶってぼーっとしてると、私に負けるんだからな。真剣にやれよ」
「チッ。誰のせいだと思ってんだ」
 言いたいことだけ言って去っていくセシルの背を見つめながら、アザリアは呟きました。無意識の内に手に取った齧りかけのクッキーは、やはり不味く、アザリアの心をざらざらとかき乱してゆくのでした。


「あ~! なにがダンスパーティーだっての、馬鹿々々しい!」
 ある夜のこと。どうしても眠れないアザリアは、庭に出て小さな声で呟きました。
 この国の若い貴族同士の出会いの場。格式高いパーティーを明日に控えた若人たちのほとんどは、会場となるアザリアの屋敷でぐっすりと眠りに落ちていました。が、アザリアにとって、明日は人生の節目。アザリアは両親に、このパーティーで必ず相手を決めるように言われていました。
「先祖代々このパーティーでパートナーを決めてるからって、俺にまで押し付けるなんて……」
 嫡男であるアザリアにとって、これほど重圧を感じる夜はありません。
(そもそも、令嬢の名前なんて、碌に覚えちゃいないぞ……? それどころか、顔すら思い出せない……。鮮明に思い出せる顔と言ったら、アイツしか……)
「声が聞こえると思ったら。何だ、アザリアじゃないか」
「うわっ! 本物!」
「本物?」
「いや、なんでもない!」
 怪訝そうな顔で繰り返すセシルに、アザリアは笑って誤魔化しました。
「何でもいいけど、早く寝ないと明日に響くぞ?」
「や、それはセシルもだろ」
「まあ、な。だが、私もだいぶ親から圧を掛けられているし、な……」
「もしかして、セシルも緊張してる?」
「ん。まだ見知った土地だからいいけど、な。どうにも胃が痛い」
「でも、セシルは綺麗に踊れるじゃないか」
「まあお前に比べれば誰でも、な」
「やっぱりムカつく。お前、早く帰って寝ろ」
「ふふっ。まあまあ。そんな怒るなって。好青年が台無しだぞ。ほら、教えてやるからさ。手」
(ああ、ほらやっぱり。皆はセシルを怖いと言うけど、こんなにも……)
「おい、アザリア。ぼーっとしてないで、さっさとしろよ?」
「え~っと、ほら、敵に塩を送っていいのかよ」
「ふん。幼馴染がまともに踊れないんじゃ、恥ずかしくてしょうがないだろ」
「お前が女役やんの?」
「何言ってる。アザリアが男役やんなきゃ教える意味が無いだろ。ほら、ちゃんと近づいて。優しく手を取ってエスコート」
(ああ、甘い匂いがする。また菓子でも焼いて来たんだろうか。コイツ、ストレス溜まると作りたがるからなあ……)
「は~。いつ見ても真っ白い腕してんな。折れそう」
「悪口言う暇があったら集中しろ。ほら、腰を引き寄せる!」
「こうか……?」
「もっとしっかり! やんわり触ると余計にいやらしい感じになるぞ」
「いやらしいって……」
(腰も相変わらず細いんだよなあ。それに……)
「おい、だからって誰ががっつり尻を撫でろと言った?!」
「え?」
 セシルの言葉に、アザリアがハッとして自分の手を見ると、確かにセシルの尻を撫で回しているのです。
「お前なぁ。教えてもらってる立場で私をおちょくるとはいい度胸だな?」
「あ~。いやええと。……最初のステップはこうだったかな!」
「うわ、急に動くな……!」
 アザリアが取り繕おうとしたところで、セシルの足と縺れて……。
「痛って……」
「おい退け、馬鹿!」
(あ、これはもう……)
「やっぱ、ダメかも……」
「アザリアが弱音とは。よっぽどダンスに不安があるんだな……」
「はあ……」
(こいつ、なんにもわかってないな……)
 セシルに倒れ込んだままのアザリアは、ため息を吐きました。その後、セシルによるレッスンはしばらく続きましたが、アザリアが集中することはなく、とうとう無駄に終わってしまいました。


「あ~。もう朝か」
 睡眠不足の目を擦りながら、アザリアが窓の外を見ると、どこぞの令嬢と愉しげに話すセシルの姿が目に入りました。
「やっぱり駄目だ。気の迷いなんかじゃない。俺は……」
 いつの間にか握りしめていた手を緩め、服を着替えると、メイドが呼び止めるのも聞かずに、アザリアは庭に向かいました。
「セシル」
「やあアザリア。少しは眠れたか?」
『アザリア様、ご機嫌麗しゅう』
「その方は?」
「私が前々からアプローチをかけていた令嬢さ。どうだ。もしかしたら今日で勝負がついてしまうかもしれないね」
 アザリアは、耳打ちをしてにんまりと笑ってみせるセシルに、心が冷めてゆくのを感じました。
 そしてアザリアは、セシルの腕を取り、べったりとくっつく令嬢を一瞥すると……。
「ごめんだけど、ちょっとセシル借りていいかな?」
『えっ』
「おい、アザリア……?」
 すぐに二人を引き剥がし、セシルのか細い腕を掴んだまま歩き出しました。
「おい、何だよ。怒ったのか?」
「怒った? 俺が?」
「腕、痛いって……! 怒ってるだろうが! くそ、放せって。お前に黙ってたのは悪かったがなあ、私だって家の圧があるんだ。身分高い女を狙って何が悪い? お前、今更僻んだって、遅い……」
「セシル」
「お前はほら、彼女以外にも言い寄ってくる令嬢がたくさんいるだろう? 大丈夫だって。今日のパーティーで、きっと見つかる……」
「セシル、俺はもう見つけてたんだよ」
「は?」
「運命の人。その人だけは誰にも取られたくない」
「なに? まさか、あの子のことじゃあるまいな? 横取りは許さん」
 セシルは、アザリアの鬼気迫る言葉の強さに内心、冷や汗を掻いていました。自分が本気の彼に勝てるはずがないのです。
「違うって。もっとよく考えろ」
「なんだ、違うのか……。焦らせやがって」
「安心している暇はないと思うけどね」
「どういう意味だ?」
「考えればわかるだろう?」
「意地が悪いな。じゃあ、もっと身分が高いご令嬢か? だとしたら、私はお前の恋が実らないことを祈るしかないな」
「セシルがあの子を狙うのは絶対なわけ?」
「私はお前と違って、選び放題ではないんでね。確実に脈のあるところに行きたいんだ」
「セシル。俺はやっぱり許せない。お前があの子と結婚するだなんて、考えただけでも狂ってしまいそうだ」
「は、やっぱりお前、あの子のことが……」
「鈍いな」
「え?」
 茂みの中にセシルを連れ込んだアザリアは、躊躇うことなく口づけを落としました。
「わかった?」
「は……?」
「まだわかんない?」
「ま、待て。こんな冗談、今このタイミングでやるなんてタチが悪いぞ」
「冗談なんかじゃない」
「な、なにを……」
 セシルは自分の薬指に青く美しい輝きを放つ指輪がはめられる様子を、呆然と見つめました。その手つきは酷く優しくて、セシルは振りほどくのも忘れてしまうほど驚きました。
「俺の願いはお前だよ、セシル」
「は……」
 指輪をひと撫でしたアザリアは、セシルの手の甲に口づけを落としました。
「もっと早くに気付くべきだった。セシル、俺はお前じゃないと嫌だ」
「何、言って……」
「なあ、お前だってこの指輪、欲しいって言ってただろ?」
「馬鹿、そういう意味じゃない。分かってんだろ? あれは、ただの冗談……」
「でも、俺は本気」
「や、やめてくれ……! そんなの、意味がない! 私たちは男同士で、貴族で、子孫を残さねばならない大事な時期で……」
「俺は家のために生きてるんじゃない。一度しかない人生で、縛られたまま生きるなんて馬鹿みたいだ」
「お前はそうやって生きていけるかもしれないけど……! 私は……」
「セシルはやっぱり俺のことが嫌いなのか?」
「それは……!」
「頼む。それだけ聞かせてくれ。あの子と結婚したいなら、俺を手酷く振ってくれ」
「アザリア……」
 セシルを抱きしめたまま、その肩口に顔を埋めたアザリアは、声を震わしながら訴えました。
「……くそ。嫌いなわけないだろうが」
「え?」
「私だって……! 私の方が……! ずっと前からお前を好いていたさ! だって。お前ほど馬が合う人間はいない。お前の隣ほど心地よい場所はないじゃないか……! 本当は、私だって、結婚なんかしたくなかった。ずっとお前の側にいたいと願っていたよ! それなのに……、私は、我慢をしていたというのに……、お前は……!」
「セシル!」
 こうして、幼馴染でありライバルである二人は結ばれました。二人は、勘当されることを覚悟の上で、その愛を両親に伝えましたが、どういうわけか、反対する者はありませんでした。セシルの指で光る指輪は、どこか優しく温かい不思議な輝きを放っていました。

「結局、勝負なんてできなかったな」
「はは。確かに身分の高いお姫様だけど。俺たちの家じゃそう変わりないからな。……愛の大きさで勝負するか? なんちゃって」
「はっ。それなら私の勝ちだ。私はもう随分幼い頃からお前が好きだったんだからな」
「はあ?! なにそれ。なんでそんな大事なこと、数十年も黙っとくわけ?!」
「いや、お前こそ。気づくのが遅いだろうが。散々幼馴染しておいて、今更……」
「でも、自覚してからの愛の大きさは負けないし。今だって、セシルのこと抱き潰したいほど好きだし愛してる」
「はっ。それは私とて同じこと」
「じゃあ、実際にやってみせようか?」
「望むところだ。返り討ちにしてやろう」
「とか言って、いっつも俺の下で可愛く鳴いてるくせに」
「っ。今日こそは! 絶対お前を可愛がってやる」
「はいはい。ほんと、負けず嫌いなんだから」
「お前に言われたくない!」
 これでこの話はおしまいです。でも、二人の争いはまだまだ続くことでしょう。だって、二人とも負けず嫌いなのですから。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

悪魔皇子達のイケニエ

BL / 連載中 24h.ポイント:1,917pt お気に入り:1,935

貴方の想いなど知りませんー外伝ー

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:10,821pt お気に入り:1,758

今わたしが抱くのは白い花なのです。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:98

離縁するので構いません

恋愛 / 完結 24h.ポイント:102,793pt お気に入り:1,470

ぼくの淫魔ちゃん

BL / 完結 24h.ポイント:113pt お気に入り:4

二番煎じな俺を殴りたいんだが、手を貸してくれ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:333pt お気に入り:0

お前らが「いいね」したせいで俺は……

ホラー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

梓山神社のみこ

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:234pt お気に入り:0

処理中です...