アズアメ創作BL短編集

アズアメ

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(70)獣王子と求婚王子

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ルイーナ
天然何も怖くない盲信ヒロインディ〇ズニー系姫。ネーミングは忘れたけど多分明るいとかそんなん。

ライルフィーア
魔法を掛けられて獣になってしまった表紳士裏真っ黒猛獣王子。ネーミングはライオン。

フロージュポラール
ルイーナ姫狙い獣大嫌い求婚王子。ライルにとある魔法を掛けられている。ネーミングはプロポーズ

ネミネ
みんなの視線を独り占めしたい系魔女。ネーミングは妬み嫉み

パーティーに嫌気が差した姫の前に魔女が現れる。魔女の魔法で自由になった姫は、獣と出会い……。
獣王子×求婚王子。あとほんのり百合。NL童話の皮を被ったBLが好きです!
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 あるところに姫がいました。姫は、それはとても美しく、姫が年頃になると、噂を聞いた王子様たちがひっきりなしに求婚に訪れるようになりました。
 しかし姫のお眼鏡に適う者はなく、姫は全ての申し出をバッサリ断り続けていました。
 そんなある日、ダンスパーティーに嫌気が差した姫の元に、一人の魔女が現れました。
 魔女は姫に問いました。お前は自由になりたいのではないか、と。
「どうして魔女さんにそれがわかってしまったのかしら!」
「わたしゃ、魔女だからね。姫の願いを叶えるのが仕事なのさ」
 魔女はそう言うと、魔法の力で誰からも気づかれることなく姫を城から連れ出し、森に放してやりました。
「ああ! 今この瞬間から、私は自由なのね!」
「そうとも。お前は自由にやるがいい。だが気をつけな、城の人間や王子なんかに見つかりゃ、あっという間にお前は城に連れ戻されて、自由の魔法は解けちまうからね」
「ええ! 私、十分に気をつけるわ! ありがとう優しい魔女さん!」

「優しい魔女、ね」
 魔女は城に戻ると、笑いを堪えながら、さっそく自分にかけた魔法を解きました。
 魔女の姿はみるみるうちに若い女の姿になりました。そう。魔女の正体は、貴族の令嬢、ネミネだったのです。
 ネミネは、ルイーナ姫を大層憎み、妬んでいました。
 せっかくパーティーに呼ばれたというのに、男たちはこぞって姫に言いよるのですから、他の女たちが楽しいはずがないのです。
「でも。これでようやくパーティーが楽しくなるわ!」
 ネミネは、そう言って楽しそうに笑うと、軽やかに会場へと戻りました。


 さて、夕日に染まる森の中、置き去りにされた姫はと言うと。
「あら、こんなところに洞窟があるのね! 素敵!」
 ネミネの企みに気づくはずもなく、本の中でしか見たことのない森を、楽しく進んでいました。
 興味を惹かれるままに洞窟の中を歩いて行くと、蝙蝠やら珍しい虫やらが姫の行く手を塞いでゆきました。が、姫はそのどれにも感激しながら通り過ぎてゆきました。今まで城から出たことのない彼女にとって、全てが新鮮に映るのです。
「ふう。たくさん歩いたから、少し疲れてしまったわ! それに、どうやらここで行き止まりみたいね」
 そう言って、姫が一旦休憩しようと、暗闇に腰かけた途端。何かが唸る声が洞窟に響き渡りました。
「あら、何かしら。何か踏んづけてしまったみたい」
 姫が慌てて立ち上がり、目を凝らした先にいたのは……。
『ぐるるるるああああ!』
 牙を剥いて姫を威嚇する猛獣だったのです!
「きゃあ!」
 猛獣に突き飛ばされた姫は、悲鳴を上げて尻餅をつきましたが、すぐに立ち上がると、獣に向かって深く頭を下げました。
「ごめんなさい! 私ったら、きっと貴方の眠りを邪魔してしまったのね……」
『ぐる……』
 目を丸くして固まる獣に姫は全く動じずに、その頭をそっと撫でると、害がないと悟ったのか、猛獣は大人しくなりました。
「私はルイーナ。ええと、パーティーが嫌になって逃げてきたのだけど……。その、歩くのに慣れていなくて……。それで少し休憩をと……」
『ぐるる』
「え? もしかして、乗れと言っているの?」
 獣は、まるで姫の言葉を理解しているかのように頷くと彼女を乗せ、洞窟の入り口まで連れて行ってくれました。
「親切なライオンさん。ありがとう」
『ぐる』
 心の綺麗な姫は、相手が獣であろうともやはり深々とお辞儀をしました。
 それを見届けた獣は、一鳴きすると、元来た道へと踵を返しました。が、しかし。
「姫! 下がってください!」
「えっ」
「はあっ!」
『ぐるあああああ!』
「きゃあ!」
 あっという間の出来事でした。突如現れた弓使いが、姫の目の前で獣を射たのです。
「どうしてこんなことを!」
 手当しようと姫が手を伸ばした時には遅く、獣は足を引き摺りながら洞窟の中へと駆けてゆきました。
「姫! 早く城へお戻りください! 森は危険なのです!」
 そう叫び、姫の腕を掴む弓使いの顔に、姫は覚えがありました。
「貴方は、確か……、フロージュ=ポラールね?」
「ああっ。ルイーナ姫に覚えていただけているなんて! 身に余る光栄です!」
 声を弾ませて喜ぶ彼は隣国の王子様で、ルイーナにしつこく求婚するものだから、あまり人に興味のない姫でも覚えていたのです。
「フロージュ王子、今すぐあの子に謝ってください! あの子は私を助けてくれた恩人なのですから!」
「ああ、ルイーナ姫。あれは恩が売れるような人ではありません。凶暴な獣なのです。それに、ルイーナ姫ともあろうお方が、護衛もつけずにこのような場所にいるなど……。一体どうしたというのです?」
「私はただ、自由になりたかっただけで……」
「なんと。それでは姫は誰にも告げずにここへ? いけません。すぐに城へ戻りましょう。ここは危険な森なのですから」
 そう言うとフロージュは、嫌がる姫を無理やり城へと連れて帰りました。姫は、何度も獣のことを口にしましたが、その度にフロージュは顔をしかめて、姫を咎めるのでした。

「いいですか、姫。もうパーティーは始まっているのです。貴女が居なくては、俺が来た意味などない。俺は貴女を探すためにあの恐ろしい森に踏み入ったのです。わかりますね?」
「わからないわ。だって、あの森は恐ろしくなんかないもの。あの子だって……」
「ルイーナ姫。貴女は何もわかっちゃいない。貴女はただの世間知らずのお姫様なんです。でも、それでいいんです。だって、貴女は可愛らしい。俺の結婚相手に相応しい可憐な人だ。だから、貴女はこの箱庭で大人しくしていなくてはいけません。恐ろしい獣に食べられてしまわぬように」
「私はただのお人形じゃないもの」
「ルイーナ姫。俺が王子であるように、貴女も姫としての自覚をお持ちください。そして、今日貴女が誰のダンスに応えるべきなのか。しっかりとお考え下さい」
「私は……」
「とにかく。今は急いでドレスを着替えてください。せっかくのドレスが泥だらけじゃあ、お客様方に笑われてしまいますよ」
「っ。わかったわ」
「俺は先に会場へ戻ります。が、くれぐれも。逃げようなど思いませんよう」
 フロージュは姫に鋭い視線を寄越すと、姫をメイドに預けました。窓の外では夕日が沈み、すぐそこまで夜の気配が忍び寄っていました。

「あの子、大丈夫だったかしら……。ああ、私のせいで死んでしまっていたら、どうしよう……」
 姫はメイドに着せ替えられながらも、獣のことを思いました。本当はすぐにでも森に走りたい気持ちでしたが、姫一人では城を抜け出すことなど叶いません。
「やっぱり、私のせいだわ。私が、ずっとお城で大人しくしていればあんなことには……。私には、お人形でいることしかできないんだわ……」
 そう言って、姫が泣き出そうとしたとき……。
「そんなことはないさ」
「えっ?」
 ぱちり。指を鳴らす音が聞こえた瞬間、着替えを手伝っていたメイドたちが一斉に床に崩れ落ちました。びっくりして姫が顔を上げると、そこにはあのときの魔女が立っていました。
「魔女さん! 貴女がやったの?!」
「メイドたちは眠ってるだけさ。それより、特別にもう一度だけお前を城から出してやろうじゃないか」
「本当?!」
「ああ。だけど、これが最後のチャンスだからね」
 真剣な魔女の言葉に、瞳を輝かせた姫はこくこくと頷きました。しかし。
「ルイーナ姫!」
「フロージュ王子だわ!」
 部屋の扉を叩く音と共に聞こえてきたのは、フロージュの声。一向に姿を見せない姫を不審に思い、姫の様子を見に来たのです。
「チッ。邪魔が入ったね」
「ルイーナ姫! 開けてください! おい、メイドはいないのか? 返事をしろ!」
「魔女さん……!」
「ああ、行くよ。しっかり掴まってな!」
 魔女の手を姫が握った瞬間、ぽん、という音がして煙が視界を奪いました。そして、再び視界が晴れたとき、姫は森に佇んでいました。
「すごい……!」
「いいかい? くれぐれも捕まってくれるな。猛獣でもなんでも、好きにしていいからさっさと遠くに逃げるんだよ。いいね?」
「ええ。魔女さんありがとう! きっと私、あの子を助けて遠くへ逃げるわ。あの子と一緒なら何処へでも行けそうなんですもの!」
 姫は魔女に渡された傷薬を大切そうに抱えて、洞窟へと急ぎました。
「待っててね。今、助けてあげる!」

「さあライオンさん。出てきて頂戴。薬を持ってきたのよ」
『ぐるる……』
 息を切らしながら洞窟に向かって叫んだ姫の前に、あの獣が足を引き摺りながら顔を覗かせました。
「ああ! 今、薬を塗ってあげるから。こっちにおいで」
『ぐ……る……。いや、大丈夫。もうすぐ自分でできるから』
「え?」
 姫は自分の目と耳を疑いました。だって、月の光を浴びた途端、目の前の猛獣はあっという間に人間へと姿を変えたのですから。
「貴方は、人間なの……?!」
「ええ。驚かせてしまいましたね。僕はとある国の王子なのですが、悪い魔法使いによって猛獣に姿を変えられてしまって……。夜の間は月の光で人間に戻れるのですが、昼間はどうも人に怖がられて。仕方なくここに身を潜めているのです」
「そんな、あんまりだわ」
 姫は獣王子の話を聞いて、大変心を痛めました。そして、思いついたのです。
「そうだ、あの魔女さんなら、貴方の呪いを解いてくれるかも!」


「というわけなの。お願い魔女さん! 私にもう少しだけ力を貸して! そうしたら私、今度こそはきっと遠くに行くから!」
 使い魔のカラスにより、姫が城に戻ろうとしていることを知った魔女は、慌てて姫の元へと向かい、その話に耳を傾けました。本当はネミネも今すぐにでもダンスパーティーに戻り、男を漁りたかったのですが、姫を満足させるより他はありません。
「ううん。これは難しい。呪った魔法使いの血がいるよ」
 姫と共に洞窟に入り、獣に手を触れた魔女が唸るように言いました。
「一体誰に呪われたの?」
『ぐるる……』
「何言ってるかわかりゃしないね。こっちに牙を剥くんじゃないよ」
「そうだわ。だったら月の光を! 王子様、お願い。洞窟の外に出てお話させて頂戴」
『ぐる……』
「ふん。こんな醜い獣、王子だとして、どうせ大したことはないんだろう。ぼんくら姫にお似合いさ。手こずらせないでほしいもんだ」
 魔女は二人に聞こえないように愚痴を零すと、ため息を吐きました。さっさと終わらせてパーティーで目立ちたい。そんな欲望を抱きながら、洞窟の外へと足を踏み出そうとした瞬間。

「姫!」
「フロージュ王子!?」
「チッ。またアイツかい」
 洞窟の前に待ち伏せしていたフロージュは、持っていた弓を獣に向けると、思い切り怖い顔をして叫びました。
「姫から離れろ!」
「やめてッ!」
「ここはアタシが食い止める。アンタたちは奥に逃げな!」
「でも、魔女さん!」
「こんな弓使い、アタシの魔法で十分だって……、ッ!」
「もう一度言おう。姫から離れろ。魔女、お前もだ」
 魔女はフロージュに炎の魔法を放ちましたが、その攻撃は見事に防がれてしまいました。そう。フロージュの防御魔法によって。
「なるほど……。王子をこの姿にしたのはアンタかい」
「なんのことだか」
「恍けても無駄。アンタの魔法はこの獣王子に掛けられた魔法の気配とそっくりだ」
「は。さすがは魔女だ。アンタは騙せないか」
「趣味の悪い金魚の糞であるアンタが、まさか魔法使いだったとはね。大方、魔法を掛けた理由も姫に関することだろう?」
「……さてね。だがしかし、それはお互い様のはず」
「なっ」
「魔女さん? どういうこと?」
 フロージュの見透かすような瞳から慌てて顔を背けた魔女は、姫に向かって取り繕ったような笑顔をみせました。
「そんなことより、さっさとコイツの血を飲まなくちゃあ、王子は元には戻らないよ」
「それはいけないわ!」
「姫、魔女ごっこのネミネ姫の言うことを鵜呑みにしてはなりません。それは貴女を陥れようとした悪魔です。それに、その男を助けたいのならば、貴方は俺と結婚するより他はありません」
「ごめんなさい。私は貴方よりも魔女さんを信じたいの。それに、私は貴方とは……。私は、決めてしまいましたの。この方と共に、自由を生きてゆきたいと!」
『ぐる……』
「はは。振られてるじゃないかい!」
 鼻で笑う魔女を睨みつけると、フロージュはその視線を獣へと移しました。
「アンタは、まだ僕のことを苦しめるのか……、そんな汚らわしい姿になってなお……!」
「王子!」
『ぐる!』
 地獄の底を這うような声で恨み言を叫んだフロージュは、獣に向かって魔法を放ちました。が、しかし。俊敏な動きでそれを躱した獣は、ひたとフロージュを見据えました。
「くそが! 小賢しい!」
「やめて! 王子を傷つけないで!」
 獣の前に手を広げて立ちはだかった姫に、フロージュは動きを止めました。しかし、次の瞬間――。
「ッ! 姫、何を……!」
 隠し持っていたナイフで、姫はフロージュを躊躇いもなく切りつけたのです!
「貴方の血が必要なの……! 私のことを愛しているというのならば、そこを動かないで頂戴……!」
「っ……」
 魔力の消耗、そして不意を突かれたことから、たとえ姫を愛していなくとも躱すことなど不可能だと悟ったフロージュは、静かに瞳を閉じました。しかし、その刹那。
『ぐる……!』
「う……」
 獣が飛び出したかと思うと、フロージュをくわえて姫の手から彼を救いました。
「どう、して……?」
『……』
 獣は姫を一瞥した後、フロージュを大切そうに地面に降ろすと、その首筋をひと舐めしました。そして。
「や、め……、い、痛ッ!」
 獣を押しのけ、立ち上がったフロージュの首筋にがぶりと噛みつきました。
「何が、起こってるんだい……」
「王子は血を吸っているの……?」
「あ、ああ……! や、め……。は……、ああッ!」
 獣は目を丸くして佇む魔女と姫を他所に、みるみる人間の姿になって力の抜けきったフロージュの体を抱き留めました。
「は……、なせ……」
「ごめんね。でも、君がそんな態度取るから」
「僕はお前が嫌いだって言って……、んあッ!」
 首を舐められたフロージュは、まるで電撃が走ったかのように体をひくつかせて声を上げました。
「俺がなんだって?」
「っ……、そ、ゆとこ、も、きら……っ、あああ!」
「もう碌な抵抗もできないくせに。ほんと君は可愛いよフロージュ」
「あ……、駄目って……」
 王子は唇でフロージュの首筋を撫で上げると、目に涙を溜めて体を震わせる彼を愛おし気に見つめました。
「王子? もう血は吸わなくても……」
「ああ。これは違うんだ。フロージュが可愛すぎるからね、つい」
「それはどういう……」
「まさかアンタ、ソイツの魔法にかかってるんじゃ……」
 呆然とする姫と、青ざめた魔女の言葉に、王子は高らかに笑いました。
「俺がフロージュの魔法に? はは。そうなのかいフロージュ。俺は君の魔法のせいでこんなにも君のことが愛しいのかな」
「抜かせ……この、変た、いッ……!」
「はは。そうだよね。君はキスされたら体のどこでも感じまくる呪いを受けてるんだもんね」
「ば、らすな……てか、それ、お前が掛け……んああ!」
 王子の言った通り、王子があちこちに口づけを落とす度、フロージュは顔を赤くして体を震わせました。
「そんな体じゃ姫と結婚なんてできないくせに。それなのに君は俺を獣に変えて、自分は姫を娶ろうだなんて。本当に可愛いよフロージュ。ああ、俺はね、可愛いフロージュを堪能するために、わざわざお前の魔術に掛かってあげたんだよ? でも駄目だ。やっぱり君は俺のものでなきゃ。姫になんか渡すわけないだろう?」
「王子……? あの、さっきから何を言って……」
「ああ。君たちまだ居たんだ」
 問いかけた姫は、王子の冷めた瞳に一瞬怯みましたが、彼女の愛だって、決して偽物ではないのです。
「待って! こんなのおかしいわ! 貴方は私のような姫と結婚するべきよ!」
 しかし、王子の愛はもっとずっと比べ物にならないぐらい重いのです。
「僕は物心ついたときからずっとフロージュが好きなんだ。それ以外に興味などないよ」
「ライル……。冗談は、よせ……」
 王子の真っすぐな言葉に、フロージュは目を泳がせて呟きました。そんな二人を見た魔女は思い当たり、声を上げました。
「そうか。アンタがライルフィーア王子か。噂は聞いたことがある。ライルとフロージュ。幼馴染にして、悉く互いに競い合って成長してきた王子様だって」
「そ。フロージュが一方的にやっかんできただけなんだけどね。まあ、今ではこんなに可愛くなっちゃってさ」
「こ、ろす……」
 頬を撫で回されたフロージュは、身をよじり、ライルを睨みました。しかし、ライルはフロージュを恐れることなどなく、逆に愛おしくて堪らないといった風にうっとりとその瞳を見つめました。
「で。これを聞いてなお、君は僕を狙うというのかい?」
「私は諦めません。だって、私こそが貴方に相応しいもの。貴方も私こそにふさわしいのです」
「君は随分と傲慢だな。でも残念。君はフロージュを傷つけようとしたからね。恋愛感情など抱く以前の問題だ」
 ライルの瞳が怒りに煌いた瞬間、姫の目の前で剣が煌き――。
「や、めろ!」
「きゃ!」
 姫を串刺しにするより前に、フロージュが力を振り絞ってその剣を弾き返しました。
「フロージュ。君の優しさは本当に罪だ」
 ため息を吐いたライルは、崩れ落ちるフロージュを優しく抱き留め、地面に寝かせました。
「ルイーナ姫……、逃げろ……」
「フロージュ。君は本当に俺を揺さぶってくれる。姫、僕は貴女が羨ましくて憎らしいよ。ね、だからさ。もう殺してもいいよね?」
「私は……!」
 ライルは落ちた剣を拾うと、動けないでいる姫目掛けて振るいました。今度こそは身を貫かれる恐怖に、姫が瞳を瞑った瞬間。
「馬鹿! 来い!」
 魔女が間一髪のところで魔法を放ち、その軌道を逸らし、姫の手を引きました。
「君も邪魔をするのかい? ネミネ姫」
「い、いえ、私は、その……」
 ネミネは、ライルの笑顔にたじろぎました。その顔色が自分の返答次第で変わってしまうことが恐ろしくて、言葉を紡ぐことを躊躇いました。
「君はルイーナ姫が邪魔なんだろ? だったら、早く消してくれよ」
「魔女さん……」
「っ……、アタシはネミネ。ライル王子の言う通り。お前が憎くて仕方がなかった!」
 ネミネは意を決したように瞳を開くと、その手に雷を宿し……。
「でもっ! アタシはルイーナを殺せない!」
 魔女がそう叫んだ瞬間、ライル目掛けて稲妻が走りました。しかし。
「ライルっ!」
 魔法が届くより先に、フロージュが身を挺してライルを庇い……。
「フロージュ」
「あ……」
 稲妻がフロージュを襲うより先に、ライルが造作もなく魔法を打ち消しました。
「なんだ。やっぱり君は俺のことが好きだろう?」
「ち、違っ! これは、その……反射で……」
 ライルの慈しみを受けたフロージュは、もごもごと口を動かしました。
「でも、俺を庇うなんてやめてね。嬉しいんだけど、君が傷ついたら意味がない」
「あっ……! だから、それ、やめろって……、ん……。は、あ……」
「可愛いなぁ。ほんと、昔っから君は愛おしい」
 思うままに口づけられ、くたくたになったフロージュに、ライルは蕩けるような笑顔をみせました。そして。
「で。君たちはどうお仕置きしてほしいのかな?」
 二人の姫は、視線を向けられた瞬間、己の選択を後悔しました。その瞳は、まさに姫を守る猛獣そのものだったのですから。


「ん……」
「フロージュ。やっと起きたかい?」
 清らかな森の中、柔らかい葉を敷いて眠っていたフロージュは、陽の光と彼の笑顔に目を細めました。
「あれ……、姫たちは……?」
「あの子達なら幸せにやってるよ」
「幸せに……? ん……、ライル、は、あ……。くすぐったい……」
 夢の余韻を残したフロージュの首筋にライルが軽く唇を押し付けると、フロージュは身をよじって甘い息を零しました。
「可愛い」
「馬鹿。冗談はよせ。というか、僕はいつの間に眠って……。確か、咄嗟にお前を庇ってしまって、それから……」
「心配しないで。二人のことはちゃんと生かしてある。次会うときはお互いハッピーエンドさ」
「どういう意味だ?」
「運命花って知ってる?」
「ん、確か、愛し合ってる二人で触れると開花するっていう、魔力によって生み出された花だろ?」
「そ。あの花に二人を閉じ込めてきちゃった。お姫様二人にはお似合いでしょ?」
「は? 閉じ込めたって……。どうやって……」
「俺の魔法は色々できちゃうからね」
「だからって、どうして二人をそんな目に……」
「どうしてって。俺たちの邪魔をするからでしょ。それにあの二人、仲良くできそうだったしさ。邪魔者同士がくっつけば最高ってわけ」
「お前、性格悪い……」
「で。君は姫にフラれたわけだけど?」
「お前が邪魔するからだろ! せっかく獣にして目立たなくしてやったのに!」
「残念だったね。君には俺しかいない」
「誰が男とくっつくもんか! 僕は王子として可憐な姫と結婚して……」
「それさあ、ずっと言ってるけどさ。いい加減、自分の本心を認めなよ」
「本心なんて……」
 目を逸らしたフロージュの手にライルが運命花をそっと握らせると、蕾が震え、あっという間に花びらを開きました。
「ね? こんなにも両想いなのにさ、認めないなんて辛過ぎる」
「こんなの、お前の魔力でいくらでも小細工できる!」
「そんな細工してないことぐらいわかってるくせに。本当に可愛い子だね」
「っあ……。ていうか、いい加減この呪い、解きやがれ」
「解いてもいいけど、その代わり君に素直になって貰わないと」
「そん、なの……。それこそ、わかってるくせに、だろうが」
「はは。確かに」
 フロージュが諦めたように呟くと、ライルは幸せそうに微笑みました。
 こうして。獣王子の呪いは解け、求婚王子の運命は叶いました。そして。二人の姫も春風の吹く頃に、きっと幸せになっていることでしょう。
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