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(71)口裂けコンプレックス
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転校してきた那智の目に焼き付いた白いマスク。夏でも外されることのないそれに興味を持った彼は……。
謎を暴きたい転校生×過去暗マスク絶対死守男子。当社比青春です。口裂けはあんまり関係ありません。マスク男子がマスク取られるの、好きです!
咲間 あぶく(さくま あぶく):マスクつけてる方
那智 桜(なち さくら):転校してきた方
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夏。茹だるような暑さの教室。夏季休暇は終われどもなお残暑は厳しく。僕は黒板の前で汗を流しながら自己紹介をする。
「那智 桜です。親の仕事の都合で引っ越してきました」
『可愛い名前だね~』
『中々イケメンじゃない?』
『丁度クーラー壊れた時に来るとか、ドンマイだな』
『てか暑い~。なんでもいいから早くしてくれ~』
転校生である僕を前に、思い思い呟くクラスメイト。それらをぐるりと見渡していると、ふと一点に目が止まる。
白いマスクだ。
普通こういう場面では、クラスの中で一際目立つ美人を見つけて恋に落ちる。それが転校生の作法というものだ。
だけれど残念なことに、それは阻まれた。そう白いマスクによって阻まれた。
茹だるような教室の中で涼しい顔して本に目を落とす彼に、僕は目を奪われた。
夏に似つかわしくないその白が、ただただ僕の心に焼きついた。
『ああ、やっぱ気になるよなアイツ。いっつもマスクしてんだよ』
聞いてみると、やはり周りも同じように思っていた。
『しかも喋らないもんだから、近寄り難いったらありゃしない』『幽霊みたいなもんだよな』『うわ。お前ひでー』『ははっ。そんなことより――』
だけどどうやら、皆はとっくに彼に対する興味をなくしてしまっているらしい。それは、ただの恐怖や偏見の対象、もしくはあって無き空気のような扱いで、皆から距離を置かれていた。関わらない方がいい、という忠告すら数人から受けた。
それでも。こちらに来たばかりの僕は、どうしても彼のことが気になった。
「それって風邪引いてんの?」
怯むことなく紡いだ僕の言葉に、彼はこくりと頷く。
僕は少し驚いた。もっと意地の悪い反応をされると思っていたからだ。だって、外見が如何にもそんな感じ。
彼の目は冷たくて、全てを見下しているみたいに真っ黒だった。
だけど今は素直に頷いてくれたことに少し驚いて、少し心が浮いた。
まぁ、頷いてくれたのは同じ質問をし続けてざっと十八回目のことだけど。
うんざりして渋々、適当に頷いたとも取れるそれに、にまりと微笑む。そんな僕をよそに彼は再び本の世界へ目を落とす。
彼の名は咲間 あぶくと言った。
いつもマスクでいつも喋らない。マスクを外したところを見た者はない。目は死んだ魚のように黒く暗く、見つめられただけで深海まで引きずり込まれそうだった。
身なりは意外に無頓着だけど、彼の纏う空気のせいで硬く感じられる。別に可愛い顔をしているでもなく、年の割には少し老けた印象すら抱く。
でも、そんな彼が僕には不思議と気になって堪らなかった。どうしたって声をかけなければいけないような気がした。まるで魔法にでもかかったかのように。
「でもさ。風邪とか、絶対嘘じゃん?」
僕はびっくりするほど率直に彼に言葉を突き刺す。
しかし彼は動じない。本を捲るついでに僕を一瞥する。その程度だ。
「実は口が裂けてるとか?」
都市伝説を思い浮かべる。彼に綺麗かと聞かれたら僕は何と答えるだろうか。
頰まで裂けたその姿を思い浮かべて少しばかり不安を覚える。そんなことありえない。でも、イマイチ不安は吹き飛ばない。だって、実は人間ではないと告げられたらきっと僕は信じてしまう。それくらいには、彼を見ていると不思議な気持ちになるのだ。
そして、僕は不思議を暴きたくなった。
でも、彼は問いに答えない。ただでさえマスクで表情の読めない顔は、本に注がれているために伺えない。
「喋れない病気とか?」
「実は歯の治療中?」
「実は女の子で、口元や声でバレるから?」
「整形失敗した?」
「実はマスクマニア?」
「マスク依存症?」
思いついた理由を片っ端からぶつけてみるも返答なし。彼は全く聞いていない。
きっと彼には、ごぼごぼという泡の音にしか聞こえないのだろう。彼にとって、僕は深海で喋ろうとする哀れな人間に過ぎないのだろう。
ああ、早く、彼を深海から引きずり出してやりたい。引きずり出して、その顔をじっくりと見てやりたい。そのせいで、彼が泡となって消えてしまったとしても。
*
桜並木を歩けば蝉がじりりと忙しなく。淡い花弁はとうに散り、青々としたその葉は固く。程なくすれば紅や黄に染まり、役目を終えて落ちるのだろう。
ざらざらと指で擦った葉から手を離し、胸に手を当てる。
許し給え。
マスクの中で音なく紡ぐ。
それでも思い出してしまった苦味は消えることを知らない。
頭を揺さぶっても消えることはない。
『きゃはははは』
『ぐぉ~。口裂け女だぞ~!』
『え~、何それ~』
『昨日テレビでやってた! トシデンセツってやつ!』
『何それ、よーかい?』
『そそ。よーかい! 私、きれー? って聞いて来るんだって』
『んで、きれーって言うと』
『これでも~? ってマスク取って~』
『口が裂けてるんだ!』
『ひっ、怖い!』
口が裂けてる、か。
コンビニで買ったサンドイッチに齧りつき、ぼんやりと子どもたちを見つめる。
昼休みは学校を抜けて、少し離れたところにある寂れた公園で昼食をとるのが俺、咲間 あぶくの日課だった。
ここはあまり人が来ない。のだが、今日は特別早く学校が終わったのか、昼食をとっている間に、子どもたちが数人集まってしまった。妖怪談義に花を咲かせ、その真似をしては笑い、こちらを気にする様子もなく、しばらくして追いかけっこに夢中になる。
全く良かった。口元に手を当てて、ため息を吐く。
食事中であったために外していたマスク。これを見られていたらとことん絡まれたことだろう。気づかれぬよう、膝に置いていたマスクをそっと鞄に押し込む。
別に小学生に絡まれたからと気にすることはないのだろう。でも、きっと俺のメンタルでは確実にボロボロになってしまう。我ながら心が弱すぎるとは思う。が、どうしようもない。ああ、通常の人間のように上手く呼吸が出来たらよかったのに。
『んで、さっきの続き! 綺麗じゃないっていうと、ほーちょーで刺し殺されるんだって』
『やめてよ~!』
「……ッ!」
手のひらからサンドイッチがぼたりと落ちる。地面に落ちたトマトの赤が、恐ろしい悪夢を呼び起こす。
*
『口が裂けてるんだ!』
『ひっ、怖い!』
「口が裂けてる、ねぇ」
咲間を追いかけ辿り着いた公園の茂みで、楽し気に笑う子どもたちの言葉を繰り返し、呟く。確かにそんな妄想もしてみたけれど。茂みからそっと伺った彼の姿は……。
「全くもって普通じゃないか」
食事をするときならば、と期待を胸に彼をこっそりつけ回し、ついにその時がやってきて。レジ袋を開いた彼が、いよいよマスクに手をかける。僕はもう、そのときが一番どきどきした。人生の中で一番、だ。
本当に彼が妖怪だとは思わないけども、それでも、彼の謎は僕を惹きつけた。たった一日の内に、僕はすっかり彼の虜になっていた。
なのに。
マスクを取った彼は全く普通の顔で、普通にサンドイッチを食べたのだ。僕はホッとしたようながっかりしたような気持ちになって、そのまましばらく動けなかった。
馬鹿げている。もしかしたら本当に風邪だっただけなのかもしれない。もしくは、慢性的な鼻炎や花粉症。とにかく、疑う余地もなくその顔は普通。いや、普通よりは整った顔立ちだけど、その薄い唇は特になんの問題もなさそうだ。
ああ、終わった。僕の自由研究はすっかり終わってしまったのだ。きっと僕は彼のことをじきに忘れる。クラスメイトのように、僕にとっての彼もすっかり価値のない存在になってゆくのだろう。
『んで、綺麗じゃないっていうと、ほーちょーで刺し殺されるんだって』
『やめてよ~!』
ふと顔を上げると、男の子が包丁を振り回すような仕草をしながら女の子を追いかけ回している姿が目に映る。一瞬、えげつない遊びをするんだな、とは思ったけど、女の子は存外楽しそうに軽い悲鳴を上げているので、ある意味平和なのかもしれない。
そろそろ帰ろう。転校初日で昼食を食べ損ねてお腹を鳴らすのは非常にまずい。そう思い、もう一度だけベンチに座った彼を見る。
「あーあ。サンドイッチ落としてんじゃん。勿体な……」
どきり。そんな音が胸の奥で鳴った。気がした。
元から覇気のない彼の顔は、すっかりと青ざめていた。唇を噛み締め、苦しみに耐えるように眉間に皺を寄せていた。胸に手を当て、ちらちらと揺れる瞳で、ただただ落ちたトマトを見つめていた。晒された口元は、呪文でも唱えているかのように繰り返し同じ形に小さく動いていた。
『お兄ちゃん、どうしたの?』
ふいに、その様子に気づいた女の子が彼の元に駆け寄った。が、彼は口を開きかけ、またすぐに閉じた。
『大丈夫?』
いよいよ心配になったらしい女の子に、彼は不器用な笑顔を返す。
困ったように寄せられた眉と、申し訳程度に上げられた口角が、なんだか泣きだしそうな表情に見えた。
『ご飯落としちゃったんだね? これ、あげるから食べてね、元気出してね!』
女の子が握りしめたままの彼の手をこじ開け、笑顔と共に小さな飴の包みを手の平に落とす。
『おーい、何してんだよ、そろそろ帰るぞ~!』
『わかった~!』
男の子から呼ばれ、もう一度彼に微笑んでから女の子が駆け出す。
まるで女の子の方が年上みたいだな。
ぼんやりとそんなことを思いつつ、彼に気づかれない様、公園を出る。
一人取り残された彼を見ていると、何だか気分が落ち着かなかった。その青くなった唇が頭から離れなかった。
口の裂けたそれに何度も何度も包丁で刺された。
その度に辺りは赤く染まった。
僕は聞いた。
許しを請う言葉を。
誰もいない部屋。
薄れゆく意識の中で。
何度も。
何度も。
青くなった唇に手を伸ばす。
「ねえ、その呪いはどうやったら解ける?」
内臓がぐちゃぐちゃにはみ出た体で僕は問う。
だけどここは海の底だから、僕の言葉は届かない。
『許し給え』
彼は、もう何度目かわからない呪いの言葉を呟いた。
僕はうんざりした。だから。
彼の唇を塞いでやった。
彼のマスクの代わりってやつだ。
朝。登校してすぐに彼の方を見る。昨日と変わらぬ真っ白いマスク。本に注がれた生気のない真っ黒な瞳。
見た途端、僕は昨日の夢を思い出した。思い出して、綺麗だったな、と呟いた。我ながら狂った感想だとは思ったけど、深い蒼に赤い血が揺蕩う光景は美しかったのだ。それに……。
「おはよー、咲間」
気付いたら声をかけていた。
とっくに興味をなくしたはずだったのに。どうしてだか彼に振り向いてほしくて。
ちらりとこちらを見た彼は、案の定すぐに小説に向き直る。
「おはようってば!」
気のない彼の肩を抱き、揺さぶってやる。すると、彼は少し眉をひそめて嫌悪の念を表す。
ぞくり。
その少しの表情の変化が、昨日の夢とリンクして、僕の心を震わせる。
確かに美しかったのだ。その真っ黒な瞳が、己の業に押しつぶされて流した涙が。海に溶け込んだあの透明な雫が。
「あ~。まだ風邪引いてるんだ? お大事にね」
狂ってしまった内情を誤魔化すように吐かれた僕の言葉に、彼は無言で頷く。
白々しい嘘に白いマスク。そのベールを剥がしたい。ふつりと湧いてくる謎の感情に、僕は心を震わせた。昨日見た夢の意味も知らないままに。
*
「それ、絶対熱いでしょ?」
体育の休憩時間。ひょっこり現れた那智がマスクを指して笑った。そんな風に聞かれるのは慣れているので、とりあえず無視を決め込む。しかし。
「ねぇねぇ」「水は飲まないと駄目じゃん?」「おーい」
忙しなく喋りかけてくる彼に、イライラしながら背を向ける。彼の明るくて軽やかな声が嫌いだった。昨日の自己紹介を聞いたときから、極力関わりたくないな、と思っていたのに。どういうわけか、昨日からずっと付きまとわれている。いや、俺が物珍しいというのはわかるけれど……。
木陰に腰を落とす。無視され続けた彼は、ようやく付きまとうのを止めたらしい。辺りに誰もいないことを確認してほっとする。
熱い。真っ青な空は、憎らしいほどに明るく目を眩ませる。
体育、休むべきだったかな……。
彼の言っていた通り、マスクをしたまま走ったのは流石にまずかった。熱くて苦しくて堪らない。でも……。
人前でマスクを外すのは怖かった。息のできないこの世界で、外してしまえばきっと俺は死んでしまう。なんて。
「さーくまっ!」
「ひっ?!」
いきなり頬に冷たいものを押し当てられ、飛び退く。
「ごめん、驚かせた?」
後ろを見るとペットボトルを持った那智が立っていた。
「でもさ。声が出せないってわけでもなさそうだな」
はっとして喉を押さえる。驚いた拍子に声を出してしまったことを後悔する。
「とにかく、これやるから。飲め。熱中症になるぞ?」
差し出されたペットボトルを受け取らずにそっぽを向くと、彼がからりと笑う。
「あのさ。僕、もう見てんだよ。お前の昼飯食ってるとこ」
いつの間に。ハッタリだとも思ったが、どうやら昨日の昼食時に尾行されていたらしい。
「サンドイッチ。落としてただろ。お陰であの後、妙にサンドイッチが食べたくなってさ。僕も昨日の昼飯、サンドイッチにしちゃったんだよね」
知りたくもない情報を聞き、昨日見た悪夢がよみがえる。
許し給え。許し給え。
真っ赤に染まりそうな心を落ち着かせるべく、口の中で呪文を唱える。別にこれといった信仰心はない。だけど、想像上の神を思い浮かべてそう呟けば、罪が軽くなったような気持がするのだ。心の弱い俺には、こうして追い詰められた空っぽの祈りを捧げるしかできないのだ。
「だからさ。今更僕に隠しても意味なんてないよ」
「っ!?」
ふに、とマスク越しに柔らかい唇の感触が伝わる。
は……? どうして、俺は、こいつにキスされているんだ……?
マスク越しとはいえ、ふざけていたとしても男子高校生同士がするべきことではない。
「隙あり、っと」
「!」
どうしていいのかわからずに固まっていると、彼の手があっという間にマスクを奪い取る。
「な? ちょっと楽になったろ。てかマスクしながら走るとか凄すぎ。意外と体力あるよな」
からからと笑いながら、彼は何事もなかったかのように無理やりペットボトルを渡してくる。
「……」
処理落ちしそうになる頭を押さえてペットボトルを受け取る。
とりあえず、水……。
頭を冷やすことを優先させた俺は、促されるままペットボトルに口をつける。
「う~ん。別に歯並びが悪いとかでもなさそうだしな……」
「ごほっ……」
じろじろと見つめられていることに気づき、むせる。
「わ、大丈夫?」
「っだ、触るな!」
「あ、喋った」
「あ……」
慌てて喉に手を当てるが、もう遅い。背中を擦られた俺は、那智の手を振り払うと同時にはっきり言葉を発していた。
「あ、やっぱ声なんだ?」
「っ……」
日差しに不釣り合いなほどに、自分の顔が青ざめてゆくのがわかる。
「変なの」
そんなこと、知ってる。言われなくてもわかっている。
俺の声は醜い。まるで悪魔だ。人を不快にさせる。薄汚い。呪いのような……。
「気にすることなんて、なんもないのに」
「え?」
ふいに伸びてきた彼の指が唇を撫で、そのまま口づけを落とす。
「別に普通じゃん」
「普通じゃない!」
普通じゃなかった。マスク越しではないキスも。俺の汚い声も。この世界に馴染めない俺自身も。
「しゃがれてる、だろ? 変な声、だろ?」
喋った瞬間誰もが振り返るような不快な声。自分でさえ耳を塞ぎたくなるほどだ。それのどこが普通か。
本当は、那智みたいな綺麗な声が羨ましくて仕方がなかった。だから、彼の傍にいたくなかった。それなのに。
「そう? 僕は好きだけど。なんか可愛くて」
彼は笑った。馬鹿にしているのか、と思ったが、どうやら本気で言っているらしい。
「でも、お前に、俺の苦しみは、わからない」
数年ぶりに絞り出した声は、予想以上に掠れていて、震えていた。
「うん。わからない。でも、だからこそ興味がある」
「迷惑、だ」
「でも、気になるんだもん。咲間のことが。たとえ咲間が泡になっても僕は君を暴きたい」
「なんだ、それ」
「咲間は人魚姫だ」
「いや、違う、けど……」
いきなりファンシーなことを言われて、戸惑いながらも一応否定しておく。口裂け女だって言われた方がまだわかる。
「じゃあどうして喋ろうとしない?」
「だから、こんな声じゃ、他人を、不快に……」
「違う。君は塞ぎたいんだ。声と記憶を。封じておきたいだけなんだ。このマスクで」
「は……?」
マスクを握りしめたまま、彼が勝手な解釈を披露する。
「ああ。図星なんだ。やっぱりそうだ。いやね、今朝調べてみたんだよ。君のことを。そしたらほら、これって君のことだろう?」
差し出されたスマホに映っていたのは、あの忌まわしい記憶。当時の新聞の文言に眩暈がして、後ろにあった木の幹に背がぶつかる。
「強盗殺人事件。被害者夫婦の名字が咲間。被害者にはまだ幼い子どもがいて、精神的に参って声が出なくなったとか」
「あ……」
「よかった。これで謎が解けた。いやあ、僕はさあ。親が転勤族なもんで、転校ばっかしてんの。だからさ、どうせすぐいなくなるなら色々暴いちゃえってさ。ゆく先々で人の秘密を追うのが趣味になっちゃって。君の謎は今までで一番好きだなあ。すぐに暴いちゃったのが勿体ないぐらい」
聞かれてもいないことを飄々と喋る彼に目を閉じる。
ああ。なるほど。そういうことか。俺につきまとっていたのは、彼の歪んだ好奇心のせいだったのか。わかってはいたけれど。まさか正面から傷つけられるとは思っていなかった。
彼の言う通り、俺は幼い頃に両親を亡くした。休日の平和な昼下がり。包丁を持った男が家に押し入って。両親を刺し殺した。俺は、両親に庇われて一命を取り止めた。でも。代わりに声を失った。目の前で起きた惨劇に、幼い俺の心は耐え切れなかったのだ。それから年月が経ち、今でこそ途切れ途切れに言葉を発することができるようになったけど。気が付けば俺は喋ることが嫌いになっていた。だから、いつでもマスクを掛けた。初対面の人間は風邪と思ってくれるから便利。顔見知りも気味悪がって近づいてこないから便利。揶揄われもしたけれど、黙っていれば皆、次第に俺を忘れていった。それなのに。
「んっ?!」
唇に柔らかいものがぶつかり、目を開く。
「なに、すんだ……!」
「ぐえ」
慌てて振るった拳が、彼の腹に直撃する。変な声を出した彼は、地面に座り込む。
「いや。だって。したかったんだもん」
「はあ? どういう意味だよ!」
「僕だって聞きたい。謎を暴いてハイ、すっきり! のはずだったのに。咲間の弱ってるとこ見たら、なんか……」
「狂ってる」
真っすぐな瞳を向けられ、堪らず視線を逸らす。しかし、彼は言葉を止めない。
「今までこんなことなかった! 謎を暴いて相手が落ち込もうが僕には関係なかったのに。暴いた瞬間、興味を失ったのに。なのに、咲間はどうして未だに僕を惹きつけるんだ?」
「知るか。俺に変態の気持ちはわからない」
「僕は、咲間のこと、助けたいんだ」
「ふん。同情したか?」
「そうかもしれない。でも、なんか。他の感情もあるみたいで……」
自分のことのくせに、えらく曖昧な表情を浮かべた彼が、再び俺に近づく。
「いや、勘違いだ! お前はきっと、俺が幸せになれば興味を失う。同情以外のなにものでも……」
「だったら。僕は君を幸せにして、この気持ちの謎を暴く」
「は?」
さわ、と優しい風が薙ぎ、頭上の葉を揺らす。鬱陶しいほどに眩しい太陽を背に、彼がにかりと笑う。その笑顔を見て、ぼんやりと桜の花を思い浮かべた。那智 桜。彼には春に咲く儚い桜なんか似合わない。夏になっても咲き続ける、頑丈過ぎる桜なんて。全くもって風情がない。でも――。
「混ざり合えばいいんじゃない?」
「?」
手を伸ばした彼が、汗で額に貼りついた俺の髪をそっとかき分ける。
「声を出すのが怖いってんなら、僕も君と一緒に喋る。音を重ねれば、君の声も目立たなくなる」
「俺の声は誤魔化せないだろ」
間近に迫った彼の顔に噛みつかん勢いで威嚇する。勿論、俺に触れていた手も引っ掴んで投げ捨てようとしたが、逆に腕を取られて、そのまま後ろの木に体ごと押し付けられる。
「皆が笑うなら、僕は皆を笑ってやる」
「なんだそれ。っていうか、壁ドンとか笑えない」
「壁っていうか、木だけどね。じゃあさ。こういうのは?」
「んむ」
更に距離を詰めた彼が、あっさりと唇を重ねる。
「これ、おまじないね」
「は。えらく効きそうにないおまじないだ」
いくら殴っても折れない桜に、精一杯の皮肉を嫌味ったらしく告げてやる。が、彼は気にした様子もなく、やはりにこにこと笑って言った。
「でもさ。今の君、随分流暢に喋れてるけど?」
「は……?」
言われてから、はたと唇に手を当てる。そういえば、俺、喋れて……?
「僕が人魚姫の呪いを解くから。だから、マスクなんかより、僕を選んでよ」
「だから、人魚姫とか柄じゃないし……。そもそも、マスクが選べるとも思えないんだが?」
握りつぶされたマスクを見つめる。馬鹿力であることは立証済みの彼の手から奪える自信は全くない。
「はは。人魚姫も馬鹿ではないらしい!」
マスクをぽいと地面に捨てた彼は、嬉しそうに口づけを落とす。熱い。夏の桜の木の下では、人魚姫も溺れてしまうらしい。
「死体にして埋めてくれるなよ?」
「大丈夫。君は泡にだってさせないから」
きっと、深海に居たって彼の声だけは聞き取れてしまうのだろうな。それほどに、彼の声は美しく、俺を正しく導いてくれそうで。勝手にそれを追ってしまう。
「咲間……」
甘い声に瞳を閉じる。バッドエンドでないことを願って。
*
「最悪だ」
保健室を出た咲間は、眉間に皺を寄せながらさも不快だと言わんばかりに呟いた。
「いや~。ごめんて」
夏の桜の木の下で、光を浴びた人魚姫が可憐過ぎて。ついつい体育の授業も忘れ、僕はそのまま己の欲に忠実に従ってしまった。勿論、いきなり本番なんて無謀なプレイはしていない。ただ触っただけだ。だって、綺麗なものを触りたくなるのは当たり前の欲求だ。だけど、純粋な人魚姫には刺激が強かったみたいで。とりあえず保健室で休ませたのだ。
「お前、全然悪いと思ってないだろ?」
僕の心を見透かしたように、彼は不満を募らせる。でも、その頬が未だ赤いことに、彼は気づいているのだろうか。
「とにかく。俺も馬鹿だった。お前にまんまと言いくるめられたからな。最悪だ。何がおまじないだ。犯罪の間違いだろ。こんなの、バッドエンドまっしぐらじゃないか」
羞恥で饒舌になっているらしい彼が、どんちゃか不満を垂れ流す。手っ取り早く口を塞いでやろうとも思ったが、前方を見て、聞き流すことに決める。
『あれ。もしかして、喋ってんの、咲間?』
『えっ。まじ? てか、那智と仲良かったん?』
「っ!」
文句を言うことに夢中になっていた咲間が、歩いて来たクラスメイトに気づき、唇を噛みしめるが、もう遅い。
「そ。僕たちすっかり友達になっちゃってさ。咲間のマスク、僕が取ったわけ」
『ほんとだ。マスク取ってるとこ、初めて見たし』
『てか、意外とイケメンじゃね?』
「でしょ? それに、意外とお喋りだったりする」
「おい」
やめろ、と言わんばかりに服の袖を引かれるが、僕は構わず続ける。
「僕、咲間に心許されちゃったからさ!」
「誰が、許したんだ!」
ピースサインを決める僕に、彼がばっちりツッコミを決める。
『ほんとだ……。咲間がツッコミを……』
『那智、やべーな。コミュ力の神じゃん……』
「いや、普通。咲間だって、普通の高校生男子だし。ね?」
「……」
『今まで話したことなかったけど。那智と仲良いなら、飯一緒に食べようぜ?』
『オレら、那智と飯食う流れだったからさ。咲間も来いよ』
「あ、えと……」
クラスメイトの言葉を受けて、咲間が困ったように僕を見る。その表情が可愛くて、思わず彼の肩を抱き、引き寄せる。
「咲間オッケーで~す! 引き摺ってでも連れてくるわ」
「ちょ……」
『うはは。無理強いだけはすんなよ~』
『菓子でも買って待ってるわ~』
去ってゆくクラスメイトを見送りながら、咲間は鬱陶しそうに僕の手を払いのける。
「勝手に決めるなっての」
「でも、アイツら全然お前の声、気にしてなかったじゃん?」
「それは……」
「言っとくけど、その声、風邪ひいてるのかな、程度しか思わないからね? 普通の人は」
「でも……」
「それに、心因性のものなら、きっとよくなるはずだ。というか、僕が絶対によくしてみせる」
「余計なお世話だ」
「言っただろ。僕は咲間を幸せにして、自分の気持ちが何なのか突き詰めるって」
「それが余計だって言ってんだよ」
「でもさ。僕的にはバッドエンドにはならないと思うんだよね」
「俺的には充分バッドエンドだ」
「本当にそうかな?」
「違いない!」
食ってかかる咲間の頬が赤くなっていることに苦笑する。これのどこがバッドエンドまっしぐらなのだろうか。
「ま、とにかく。さっさと昼飯にしよ。アイツらも待ってるし」
「わ、おい。引っ張るな!」
咲間の手を掴むと、当たり前のように体温を感じる。確かに、人魚姫なんかではない。
蒸し暑い廊下を駆け、教室の扉を開ける。ひんやりとした冷気が、僕らの火照った頬を優しく撫でた。
謎を暴きたい転校生×過去暗マスク絶対死守男子。当社比青春です。口裂けはあんまり関係ありません。マスク男子がマスク取られるの、好きです!
咲間 あぶく(さくま あぶく):マスクつけてる方
那智 桜(なち さくら):転校してきた方
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夏。茹だるような暑さの教室。夏季休暇は終われどもなお残暑は厳しく。僕は黒板の前で汗を流しながら自己紹介をする。
「那智 桜です。親の仕事の都合で引っ越してきました」
『可愛い名前だね~』
『中々イケメンじゃない?』
『丁度クーラー壊れた時に来るとか、ドンマイだな』
『てか暑い~。なんでもいいから早くしてくれ~』
転校生である僕を前に、思い思い呟くクラスメイト。それらをぐるりと見渡していると、ふと一点に目が止まる。
白いマスクだ。
普通こういう場面では、クラスの中で一際目立つ美人を見つけて恋に落ちる。それが転校生の作法というものだ。
だけれど残念なことに、それは阻まれた。そう白いマスクによって阻まれた。
茹だるような教室の中で涼しい顔して本に目を落とす彼に、僕は目を奪われた。
夏に似つかわしくないその白が、ただただ僕の心に焼きついた。
『ああ、やっぱ気になるよなアイツ。いっつもマスクしてんだよ』
聞いてみると、やはり周りも同じように思っていた。
『しかも喋らないもんだから、近寄り難いったらありゃしない』『幽霊みたいなもんだよな』『うわ。お前ひでー』『ははっ。そんなことより――』
だけどどうやら、皆はとっくに彼に対する興味をなくしてしまっているらしい。それは、ただの恐怖や偏見の対象、もしくはあって無き空気のような扱いで、皆から距離を置かれていた。関わらない方がいい、という忠告すら数人から受けた。
それでも。こちらに来たばかりの僕は、どうしても彼のことが気になった。
「それって風邪引いてんの?」
怯むことなく紡いだ僕の言葉に、彼はこくりと頷く。
僕は少し驚いた。もっと意地の悪い反応をされると思っていたからだ。だって、外見が如何にもそんな感じ。
彼の目は冷たくて、全てを見下しているみたいに真っ黒だった。
だけど今は素直に頷いてくれたことに少し驚いて、少し心が浮いた。
まぁ、頷いてくれたのは同じ質問をし続けてざっと十八回目のことだけど。
うんざりして渋々、適当に頷いたとも取れるそれに、にまりと微笑む。そんな僕をよそに彼は再び本の世界へ目を落とす。
彼の名は咲間 あぶくと言った。
いつもマスクでいつも喋らない。マスクを外したところを見た者はない。目は死んだ魚のように黒く暗く、見つめられただけで深海まで引きずり込まれそうだった。
身なりは意外に無頓着だけど、彼の纏う空気のせいで硬く感じられる。別に可愛い顔をしているでもなく、年の割には少し老けた印象すら抱く。
でも、そんな彼が僕には不思議と気になって堪らなかった。どうしたって声をかけなければいけないような気がした。まるで魔法にでもかかったかのように。
「でもさ。風邪とか、絶対嘘じゃん?」
僕はびっくりするほど率直に彼に言葉を突き刺す。
しかし彼は動じない。本を捲るついでに僕を一瞥する。その程度だ。
「実は口が裂けてるとか?」
都市伝説を思い浮かべる。彼に綺麗かと聞かれたら僕は何と答えるだろうか。
頰まで裂けたその姿を思い浮かべて少しばかり不安を覚える。そんなことありえない。でも、イマイチ不安は吹き飛ばない。だって、実は人間ではないと告げられたらきっと僕は信じてしまう。それくらいには、彼を見ていると不思議な気持ちになるのだ。
そして、僕は不思議を暴きたくなった。
でも、彼は問いに答えない。ただでさえマスクで表情の読めない顔は、本に注がれているために伺えない。
「喋れない病気とか?」
「実は歯の治療中?」
「実は女の子で、口元や声でバレるから?」
「整形失敗した?」
「実はマスクマニア?」
「マスク依存症?」
思いついた理由を片っ端からぶつけてみるも返答なし。彼は全く聞いていない。
きっと彼には、ごぼごぼという泡の音にしか聞こえないのだろう。彼にとって、僕は深海で喋ろうとする哀れな人間に過ぎないのだろう。
ああ、早く、彼を深海から引きずり出してやりたい。引きずり出して、その顔をじっくりと見てやりたい。そのせいで、彼が泡となって消えてしまったとしても。
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桜並木を歩けば蝉がじりりと忙しなく。淡い花弁はとうに散り、青々としたその葉は固く。程なくすれば紅や黄に染まり、役目を終えて落ちるのだろう。
ざらざらと指で擦った葉から手を離し、胸に手を当てる。
許し給え。
マスクの中で音なく紡ぐ。
それでも思い出してしまった苦味は消えることを知らない。
頭を揺さぶっても消えることはない。
『きゃはははは』
『ぐぉ~。口裂け女だぞ~!』
『え~、何それ~』
『昨日テレビでやってた! トシデンセツってやつ!』
『何それ、よーかい?』
『そそ。よーかい! 私、きれー? って聞いて来るんだって』
『んで、きれーって言うと』
『これでも~? ってマスク取って~』
『口が裂けてるんだ!』
『ひっ、怖い!』
口が裂けてる、か。
コンビニで買ったサンドイッチに齧りつき、ぼんやりと子どもたちを見つめる。
昼休みは学校を抜けて、少し離れたところにある寂れた公園で昼食をとるのが俺、咲間 あぶくの日課だった。
ここはあまり人が来ない。のだが、今日は特別早く学校が終わったのか、昼食をとっている間に、子どもたちが数人集まってしまった。妖怪談義に花を咲かせ、その真似をしては笑い、こちらを気にする様子もなく、しばらくして追いかけっこに夢中になる。
全く良かった。口元に手を当てて、ため息を吐く。
食事中であったために外していたマスク。これを見られていたらとことん絡まれたことだろう。気づかれぬよう、膝に置いていたマスクをそっと鞄に押し込む。
別に小学生に絡まれたからと気にすることはないのだろう。でも、きっと俺のメンタルでは確実にボロボロになってしまう。我ながら心が弱すぎるとは思う。が、どうしようもない。ああ、通常の人間のように上手く呼吸が出来たらよかったのに。
『んで、さっきの続き! 綺麗じゃないっていうと、ほーちょーで刺し殺されるんだって』
『やめてよ~!』
「……ッ!」
手のひらからサンドイッチがぼたりと落ちる。地面に落ちたトマトの赤が、恐ろしい悪夢を呼び起こす。
*
『口が裂けてるんだ!』
『ひっ、怖い!』
「口が裂けてる、ねぇ」
咲間を追いかけ辿り着いた公園の茂みで、楽し気に笑う子どもたちの言葉を繰り返し、呟く。確かにそんな妄想もしてみたけれど。茂みからそっと伺った彼の姿は……。
「全くもって普通じゃないか」
食事をするときならば、と期待を胸に彼をこっそりつけ回し、ついにその時がやってきて。レジ袋を開いた彼が、いよいよマスクに手をかける。僕はもう、そのときが一番どきどきした。人生の中で一番、だ。
本当に彼が妖怪だとは思わないけども、それでも、彼の謎は僕を惹きつけた。たった一日の内に、僕はすっかり彼の虜になっていた。
なのに。
マスクを取った彼は全く普通の顔で、普通にサンドイッチを食べたのだ。僕はホッとしたようながっかりしたような気持ちになって、そのまましばらく動けなかった。
馬鹿げている。もしかしたら本当に風邪だっただけなのかもしれない。もしくは、慢性的な鼻炎や花粉症。とにかく、疑う余地もなくその顔は普通。いや、普通よりは整った顔立ちだけど、その薄い唇は特になんの問題もなさそうだ。
ああ、終わった。僕の自由研究はすっかり終わってしまったのだ。きっと僕は彼のことをじきに忘れる。クラスメイトのように、僕にとっての彼もすっかり価値のない存在になってゆくのだろう。
『んで、綺麗じゃないっていうと、ほーちょーで刺し殺されるんだって』
『やめてよ~!』
ふと顔を上げると、男の子が包丁を振り回すような仕草をしながら女の子を追いかけ回している姿が目に映る。一瞬、えげつない遊びをするんだな、とは思ったけど、女の子は存外楽しそうに軽い悲鳴を上げているので、ある意味平和なのかもしれない。
そろそろ帰ろう。転校初日で昼食を食べ損ねてお腹を鳴らすのは非常にまずい。そう思い、もう一度だけベンチに座った彼を見る。
「あーあ。サンドイッチ落としてんじゃん。勿体な……」
どきり。そんな音が胸の奥で鳴った。気がした。
元から覇気のない彼の顔は、すっかりと青ざめていた。唇を噛み締め、苦しみに耐えるように眉間に皺を寄せていた。胸に手を当て、ちらちらと揺れる瞳で、ただただ落ちたトマトを見つめていた。晒された口元は、呪文でも唱えているかのように繰り返し同じ形に小さく動いていた。
『お兄ちゃん、どうしたの?』
ふいに、その様子に気づいた女の子が彼の元に駆け寄った。が、彼は口を開きかけ、またすぐに閉じた。
『大丈夫?』
いよいよ心配になったらしい女の子に、彼は不器用な笑顔を返す。
困ったように寄せられた眉と、申し訳程度に上げられた口角が、なんだか泣きだしそうな表情に見えた。
『ご飯落としちゃったんだね? これ、あげるから食べてね、元気出してね!』
女の子が握りしめたままの彼の手をこじ開け、笑顔と共に小さな飴の包みを手の平に落とす。
『おーい、何してんだよ、そろそろ帰るぞ~!』
『わかった~!』
男の子から呼ばれ、もう一度彼に微笑んでから女の子が駆け出す。
まるで女の子の方が年上みたいだな。
ぼんやりとそんなことを思いつつ、彼に気づかれない様、公園を出る。
一人取り残された彼を見ていると、何だか気分が落ち着かなかった。その青くなった唇が頭から離れなかった。
口の裂けたそれに何度も何度も包丁で刺された。
その度に辺りは赤く染まった。
僕は聞いた。
許しを請う言葉を。
誰もいない部屋。
薄れゆく意識の中で。
何度も。
何度も。
青くなった唇に手を伸ばす。
「ねえ、その呪いはどうやったら解ける?」
内臓がぐちゃぐちゃにはみ出た体で僕は問う。
だけどここは海の底だから、僕の言葉は届かない。
『許し給え』
彼は、もう何度目かわからない呪いの言葉を呟いた。
僕はうんざりした。だから。
彼の唇を塞いでやった。
彼のマスクの代わりってやつだ。
朝。登校してすぐに彼の方を見る。昨日と変わらぬ真っ白いマスク。本に注がれた生気のない真っ黒な瞳。
見た途端、僕は昨日の夢を思い出した。思い出して、綺麗だったな、と呟いた。我ながら狂った感想だとは思ったけど、深い蒼に赤い血が揺蕩う光景は美しかったのだ。それに……。
「おはよー、咲間」
気付いたら声をかけていた。
とっくに興味をなくしたはずだったのに。どうしてだか彼に振り向いてほしくて。
ちらりとこちらを見た彼は、案の定すぐに小説に向き直る。
「おはようってば!」
気のない彼の肩を抱き、揺さぶってやる。すると、彼は少し眉をひそめて嫌悪の念を表す。
ぞくり。
その少しの表情の変化が、昨日の夢とリンクして、僕の心を震わせる。
確かに美しかったのだ。その真っ黒な瞳が、己の業に押しつぶされて流した涙が。海に溶け込んだあの透明な雫が。
「あ~。まだ風邪引いてるんだ? お大事にね」
狂ってしまった内情を誤魔化すように吐かれた僕の言葉に、彼は無言で頷く。
白々しい嘘に白いマスク。そのベールを剥がしたい。ふつりと湧いてくる謎の感情に、僕は心を震わせた。昨日見た夢の意味も知らないままに。
*
「それ、絶対熱いでしょ?」
体育の休憩時間。ひょっこり現れた那智がマスクを指して笑った。そんな風に聞かれるのは慣れているので、とりあえず無視を決め込む。しかし。
「ねぇねぇ」「水は飲まないと駄目じゃん?」「おーい」
忙しなく喋りかけてくる彼に、イライラしながら背を向ける。彼の明るくて軽やかな声が嫌いだった。昨日の自己紹介を聞いたときから、極力関わりたくないな、と思っていたのに。どういうわけか、昨日からずっと付きまとわれている。いや、俺が物珍しいというのはわかるけれど……。
木陰に腰を落とす。無視され続けた彼は、ようやく付きまとうのを止めたらしい。辺りに誰もいないことを確認してほっとする。
熱い。真っ青な空は、憎らしいほどに明るく目を眩ませる。
体育、休むべきだったかな……。
彼の言っていた通り、マスクをしたまま走ったのは流石にまずかった。熱くて苦しくて堪らない。でも……。
人前でマスクを外すのは怖かった。息のできないこの世界で、外してしまえばきっと俺は死んでしまう。なんて。
「さーくまっ!」
「ひっ?!」
いきなり頬に冷たいものを押し当てられ、飛び退く。
「ごめん、驚かせた?」
後ろを見るとペットボトルを持った那智が立っていた。
「でもさ。声が出せないってわけでもなさそうだな」
はっとして喉を押さえる。驚いた拍子に声を出してしまったことを後悔する。
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ふいに伸びてきた彼の指が唇を撫で、そのまま口づけを落とす。
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「しゃがれてる、だろ? 変な声、だろ?」
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「でも、お前に、俺の苦しみは、わからない」
数年ぶりに絞り出した声は、予想以上に掠れていて、震えていた。
「うん。わからない。でも、だからこそ興味がある」
「迷惑、だ」
「でも、気になるんだもん。咲間のことが。たとえ咲間が泡になっても僕は君を暴きたい」
「なんだ、それ」
「咲間は人魚姫だ」
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いきなりファンシーなことを言われて、戸惑いながらも一応否定しておく。口裂け女だって言われた方がまだわかる。
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「違う。君は塞ぎたいんだ。声と記憶を。封じておきたいだけなんだ。このマスクで」
「は……?」
マスクを握りしめたまま、彼が勝手な解釈を披露する。
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「強盗殺人事件。被害者夫婦の名字が咲間。被害者にはまだ幼い子どもがいて、精神的に参って声が出なくなったとか」
「あ……」
「よかった。これで謎が解けた。いやあ、僕はさあ。親が転勤族なもんで、転校ばっかしてんの。だからさ、どうせすぐいなくなるなら色々暴いちゃえってさ。ゆく先々で人の秘密を追うのが趣味になっちゃって。君の謎は今までで一番好きだなあ。すぐに暴いちゃったのが勿体ないぐらい」
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「僕は、咲間のこと、助けたいんだ」
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「いや、勘違いだ! お前はきっと、俺が幸せになれば興味を失う。同情以外のなにものでも……」
「だったら。僕は君を幸せにして、この気持ちの謎を暴く」
「は?」
さわ、と優しい風が薙ぎ、頭上の葉を揺らす。鬱陶しいほどに眩しい太陽を背に、彼がにかりと笑う。その笑顔を見て、ぼんやりと桜の花を思い浮かべた。那智 桜。彼には春に咲く儚い桜なんか似合わない。夏になっても咲き続ける、頑丈過ぎる桜なんて。全くもって風情がない。でも――。
「混ざり合えばいいんじゃない?」
「?」
手を伸ばした彼が、汗で額に貼りついた俺の髪をそっとかき分ける。
「声を出すのが怖いってんなら、僕も君と一緒に喋る。音を重ねれば、君の声も目立たなくなる」
「俺の声は誤魔化せないだろ」
間近に迫った彼の顔に噛みつかん勢いで威嚇する。勿論、俺に触れていた手も引っ掴んで投げ捨てようとしたが、逆に腕を取られて、そのまま後ろの木に体ごと押し付けられる。
「皆が笑うなら、僕は皆を笑ってやる」
「なんだそれ。っていうか、壁ドンとか笑えない」
「壁っていうか、木だけどね。じゃあさ。こういうのは?」
「んむ」
更に距離を詰めた彼が、あっさりと唇を重ねる。
「これ、おまじないね」
「は。えらく効きそうにないおまじないだ」
いくら殴っても折れない桜に、精一杯の皮肉を嫌味ったらしく告げてやる。が、彼は気にした様子もなく、やはりにこにこと笑って言った。
「でもさ。今の君、随分流暢に喋れてるけど?」
「は……?」
言われてから、はたと唇に手を当てる。そういえば、俺、喋れて……?
「僕が人魚姫の呪いを解くから。だから、マスクなんかより、僕を選んでよ」
「だから、人魚姫とか柄じゃないし……。そもそも、マスクが選べるとも思えないんだが?」
握りつぶされたマスクを見つめる。馬鹿力であることは立証済みの彼の手から奪える自信は全くない。
「はは。人魚姫も馬鹿ではないらしい!」
マスクをぽいと地面に捨てた彼は、嬉しそうに口づけを落とす。熱い。夏の桜の木の下では、人魚姫も溺れてしまうらしい。
「死体にして埋めてくれるなよ?」
「大丈夫。君は泡にだってさせないから」
きっと、深海に居たって彼の声だけは聞き取れてしまうのだろうな。それほどに、彼の声は美しく、俺を正しく導いてくれそうで。勝手にそれを追ってしまう。
「咲間……」
甘い声に瞳を閉じる。バッドエンドでないことを願って。
*
「最悪だ」
保健室を出た咲間は、眉間に皺を寄せながらさも不快だと言わんばかりに呟いた。
「いや~。ごめんて」
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