アズアメ創作BL短編集

アズアメ

文字の大きさ
上 下
78 / 129
71~80

(76)攻め×攻め

しおりを挟む
かわいこちゃん(男)の番犬生徒×かわいこちゃん(男)を狙うバリタチ教師。
寸止めが激しい。当社比エロ。邪魔だと思ってた番犬くんにいいようにされちゃう攻めと見せかけた
受けが好きです……!
最初は視点が紫音と烈花を行ったり来たりしますが、中盤からは烈花で落ち着きます。

秋霜 烈花(あきじも れっか):みんなから色んな意味で恐れられているバリタチ教師。可愛い子が好き。ネーミングは秋霜烈日。
山家 紫音(やまいえ しおん):小晴の幼馴染の番犬。小晴に対しては奥手だが……。ネーミングは三寒四温。
陽寄 小晴(ひより こはる):かわいこちゃん。紫音と幼馴染。変な人に絡まれやすい。ネーミングは小春日和。
夏伏 三久(なつふし みく):保険医。烈花と腐れ縁のセフレ。年下に攻められたい。ネーミングは九夏三伏。
東秀は冬秋由来。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 俺、山家 紫音は、今日から通う東秀学院が“普通でない”ことに眩暈を覚え、蹲った。
「紫音、大丈夫?」
「だいじょう……ばないかもしれない」
 蹲る俺を心配そうに見つめてくる天使に、何とか虚勢を張ろうとするが、それも上手くいかない。それぐらいに、今の俺は絶望していた。
 ここならば、小晴に彼女もできまいと思っていたのに……。
 何を隠そう俺は、幼馴染である陽寄 小晴に想いを寄せていた。だって、こんなに可愛くて愛おしいマイエンジェルが幼い頃から毎日側にいてみろ。そんなん惚れるやろ、だ。
 そう。例え、小晴がれっきとした男であろうとも、だ。
 だが、謙虚な俺は、中々告白するタイミングが掴めなくて。せめて小晴に彼女ができるのを阻止しようと、男子校を勧め、見事二人そろって合格に至ったのだが……。
 入学初日。オリエンテーションに向かう途中。少し目を離した隙に、先輩たちに囲まれた小晴に、俺は動揺を隠せなかった。
 あれは、明らかにナンパだった。可愛い子に言い寄る不埒な輩。なんとか俺の拳で追い払ったが、あんな生徒がいるなんて、大丈夫なわけがない。
「おいそこの座り込んでる奴、大丈夫か?」
「あ、えっと……」
 俺の目の前に来て座り込んだスーツ姿の男。恐らく教師なのだろう。オールバックのイケメンに覗き込まれた俺は、先ほどの事件を伝えようか迷った。
「紫音、ボクならもう大丈夫だから」
「……はい。大丈夫です」
 俺の気持ちを察したマイエンジェル小晴が耳元で囁いたので、俺は教師に向かって笑顔で答える。が。
「ふ~ん。なるほど。今年は豊作ってことか」
「え?」
 まるで品定めでもするかのように俺たちを容赦なく見つめる教師に、嫌な予感を感じる。
「特に君は今まで見た中で一番可愛い。是非手に入れたいものだ」
「ッ、小晴に触るな変態教師!」
 変態教師が小晴の頬に触れた瞬間、俺はその手を弾き返す。
 腐ってる。この学校は爛れ切っている!
「保護者気取りか? 可哀想に。その立ち位置で満足しているようじゃ、すぐに小晴ちゃんは取られてしまうぞ? 例えば。こんな風に、ね」
「な……、なにしやがる、この変態教師ッ!」
「痛って」
「紫音!」
 小晴の頬に変態教師が口づけた瞬間、俺はそのクソほどムカつく面に向かって拳を繰り出していた。

 こうして、俺は初日から教師をぶん殴ったヤベェ奴として、すっかりクラスで浮いてしまった。最悪だ。いや、それよりもっと最悪なのが。
「あの先生、ボクたちの担任だったんだね」
「ああ、マジで最悪だ……」
 そう。あのクソ変態教師、秋霜 烈花は、あろうことか俺たちの担任だった。何なんだよ、烈花って。そんな可愛いタマかよアイツ。こればっかりは、天使の顔を見つめても嫌な気分は晴れない。
「小晴、ごめんな。俺が浮いてるせいで、お前まで友達できなくて……」
「気にしなくていいよ。ていうか、紫音が秋霜先生を殴ったの、ボクのせいだし。でもね、紫音もあんまり無茶しちゃ駄目だよ?」
「小晴……!」
 俺の心配までしてくれるなんて……! やはり、マイエンジェルの癒しの波動はヤバい。嫌な気分、晴れ晴れマックスだわ。
 抱き着いて涙を流したい気持ちを抑えて、俺は決意を新たにする。
 絶対にこのゴミの巣窟で、俺が小晴の貞操を守ってみせる。特にあのクソ教師には、指一本たりとも触らせねえ。
 とりあえず、教壇に立つ秋霜を睨みつけてやる。が、秋霜はまるで気にしちゃいない。いい気になるなよ変態教師。ぜってー、お前には負けないかんな。
 心の中で宣戦布告をしてやると、秋霜がこちらに視線を向けてせせら笑う。
 ……ぶっ殺してえ。
 それから数日、俺は秋霜に眼を飛ばし続けた。が、秋霜が怯えることはなく。却って俺がイラつくだけという結果に収まるのだった。



 今年の新入生は可愛い子が多い。ので、少し浮かれてちょっかいを出してみたのだが……。
「まさか、いきなり殴られるとはな」
 苦笑交じりのため息を吐くと、頬がぴりりと痛み、眉を顰める。
 入学初日のほっぺチュー以来、オレこと秋霜 烈花は陽寄 小晴の幼馴染である山家 紫音に威嚇されまくっていた。
「ちょっとしたスキンシップにあんだけ過剰に反応するってことは、アイツ絶対陽寄に惚れてるんだろうな」
 面白い。
「守られているものほど取りたくなるってわからんのかね。若造には」
 山家が気づいている通り、この高校は少しだけおかしい。やたらと同性愛に目覚める生徒が多いのだ。理由は色々あるが……。まあ、まず教師にそういう奴が多い。意図して収容しているとしか思えないほど、教師側の貞操観念が低い。ので、教師側は気に入った生徒がいれば、まあ間違いなく襲う。そんで見事ハマった奴が後は雪だるま方式でゴロゴロと、な。
「つっても、オレはその気がありそうな奴しか相手にしてねえけどな」
 ま、とにかく、だ。
 次のターゲットが決まったことに軽い高揚感を覚えながら、足を進める。陽寄 小晴。あの子はどうやらそっちの気がありそうだ。あんなに可愛い子には、早めに唾をつけておくに限る。
 この放課後、山家は委員会で陽寄のお守りを果たせない。まさに今が絶好の狙い時なのだ。
「秋霜先生……?」
 ビンゴ。
 教室に一人残っていた陽寄に向かって、まずは軽く微笑み、警戒心を解いてやる。
「山家を待っているのか?」
「はい。そうなんですけど……。あ、そうだ。先生にいいものあげます」
「ん?」
 陽寄が差し出してきたのは、可愛らしい飴玉。飴を携帯しているなんて何とも可愛らしい。と思ったのだが、どうやら違うらしい。
「ボク、甘い物が苦手で」
「え。そうなのか?」
 申し訳なさそうに呟いた陽寄に、思わず聞き返してしまう。お菓子しか食べられないゆるふわ天使みたいな顔なのに、意外過ぎる。
「だから先生、代わりにどうぞ」
「あ~。ありがとう」
 別にオレだって甘い物が好きなわけではないのだが、ここで機嫌を損ねては勿体ないので無難に受け取る。
「それで、陽寄。良かったら山家が来るまで私と……」
 口説き文句の最中に着信音が鳴り響く。
「あ、すみません先生。ちょっと電話が」
 スマホを取り出した陽寄が申し訳なさそうに教室を出た後、手持無沙汰なオレは飴を口に入れて転がす。甘い。何味なのかはよくわからないが、とにかく甘いのだ。
「気分悪くなりそーだな……」
 甘さに顔をしかめていると、今度はオレのスマホが鳴り出す。
『秋霜くん。君に電話が入ってる。折り返し頼むよ。緊急らしい』
「あ、はい。今向かいます」
 頬に回していた飴を噛み砕き、陽寄に一言告げようと辺りを見回すが、彼はどこにも見当たらない。
「くそ。とりあえず電話だな。番犬はまだ委員会だろうし」
 完全に予定を狂わされたことに苛立ちながら、職員室に向かい、電話を掛け直す。が、しかし。
「げ。繋がらねえ……」
 聞こえるのは淡々とした音声ガイド。嫌がらせかとも思ったが、保護者だったら後が怖い。
 チッ。興醒めだ。
「準備室で仕事がてら連絡を待つか……」



 やっと委員会が終わった。まさか、こんなことで陽寄の傍を離れなくてはいけないなんて。
「それもこれも、全部アイツのせいだ」
 秋霜 烈花。あろうことかあの変態、勝手に俺を学級委員長にしやがった。そのせいで、仕事は多いわ、ムカつく変態の顔を拝む機会が増えるわで最悪なのだ。なにより。陽寄との時間が減ったことが一番よくない。恐らく、あの変態の目的もそれなのだろうが……。
「誰が思い通りにさせるかよ。陽寄に手ぇ出してたらソッコー殴り殺してやる」
 殺意を高めながら、教室に向かう足を速める。焦るな。大丈夫。いざというときのために、陽寄にはスタンガンを持たしてあるし。それに、防犯ブザーだって……。
『あ~、台無しだよ。てかアレ絶対殺されるって……』
『や、バレななきゃ大丈夫だろ』
『はぁ~。小晴ちゃんの乱れる姿、見たかったんだけどな~』
「小晴がなんだって?」
 ふいにすれ違った男子生徒の会話に反射的に聞き返す。
『げっ。山家じゃん……』
『え、小晴ちゃんの番犬のヤベーやつ?』
 男三人組は、俺のことを見て明らかに怯える。上履きの色からして二年生らしい。それがどうして俺のことを知ってるんだ……?
『じゃああれじゃん……。入学早々クラス全員にガン飛ばして黙らせたっていう……』
『あの秋霜をぶん殴って、黙らせたっていう……』
『小晴ちゃん溺愛、霊長類最強のセコムっていう……?』
 いや、俺の噂どうなってんだよ。
 ツッコミたい気持ちをぐっと堪えて、せっかくの噂を利用すべく彼らを睨む。
「それで? 先輩たちは一体、小晴に何してくれちゃったんです?」
『ひ、ひぃ! や、その、薬の入った飴をですね……!』
『馬鹿! 殺されてえのかよ!』
『あ~、いや! その、秋霜先生が! 小晴ちゃんに催淫剤の入った飴を食べさせてましたあ!』
 半泣きで手を取り合う先輩たちの台詞に、どっと汗が流れる。小晴が、危ない……!



「おい! 秋霜!」
 勢いよく開けられた準備室のドア。許可もなく、ずかずかと入ってくる山家 紫音に、心底面倒臭くなってため息を吐く。
「秋霜“先生”だろ? 全く何だ騒々しい」
「しらばっくれんな。小晴、いるんだろ?」
「おいこら……」
 何を勘違いしているのか、山家は人が隠れられそうなスペースを荒らしてゆく。
「どこに隠した?」
「隠してなんかないっての」
「あくまで白を切るつもりかよ」
 白を切るも何も、珍しくオレは真面目に仕事をしていたんだが?
「山家、何怒って……」
「小晴に変な薬の入った飴を食べさせたって、二年の先輩から聞いた」
「は?」
 飴……?
 口の中に残った甘さに、嫌な予感が過る。
「ちなみに、その薬ってのは……」
「催淫剤だろ」
「あ~」
 なるほど。そういうことかよ。道理で体が熱いわけだ。
「お前、小晴によくも……」
「待て。悪いけど、君が思っているようなことにはなってない。残念ながら、ね」
「じゃあ小晴はどこにいるって言うんだよ?」
「普通に教室にでもいるんじゃないかな?」
「……ほんとか?」
「嘘をついてどうする」
 嫌われている自覚はあったが、信用されないというのは中々に面倒臭いな。
「とにかく。小晴ちゃんは君を待っているんだろ? 私を疑ってないで、早く行ってやるべきだと思うんだが?」
「……アンタ、どうもさっきからおかしいんだよな」
 顔を近づけ訝しがる山家から目を逸らす。
「早く出て行くのが君のためだと言ってるんだけどね」
「やっぱり信用できない」
 目を逸らしたことで、不信感を強めてしまったらしい。でも、本当に、そんなことを言っている場合じゃ……。
「くそ……。もうなんでもいいから、ほら! さっさと出て行く!」
「おい、何焦って……」
「あ、やば……」
 山家の背をドアに向かって押し出している途中で、ぐらりと視界が揺れる。
「秋霜?」
「っ……」
「おい、どうしたんだよ!?」
 その場に座り込んだオレを、山家が慌てて覗き込む。
 はは。こいつ、オレの心配してんのか。善人面した馬鹿は、嫌いな相手にまで気ィ遣うから嫌いなんだよ……。
「折角……、お前を追い出して、一人でどうにかしようと思ったのに。お前がぐだぐだしてるから……」
「は、何言って」
「だから! 飴食べたのは、私なんだよ……。陽寄に貰ってそのまま食べてしまったから……」
「え。嘘だろ? だって、小晴がそんなもん持ってるわけ……」
「大方、その二年が陽寄に食べさせるつもりで、あの飴を陽寄にあげたんだろう。でも陽寄は、それを私にくれたわけで……」
「え、じゃあアンタはただの被害者だっていうのか?」
「ようやく理解したか番犬。さて、この際だ。お前の大好きな小晴ちゃんのしたことだからな。責任は番犬くんに取ってもらおうかッ!」
 この前のお返しとして、山家の腹に蹴りを入れる。
「痛って……」
 腹を抱えて蹲る山家を他所に、昂ぶった己のブツを外気に晒す。
「って、は、アンタ、何して……」
「なぁに、ちょっと口を借りるだけだ。我慢しろ」
「は、おい!」
 抵抗する山家をねじ伏せて、口の中に無理やりそれをねじ込んでやる。
「んぶ! あが……!」
「噛んだら陽寄にしてもらうからな」
「ッ……」
 簡単な脅し文句だが、別に冗談で言ってるわけじゃない。山家もそれを察してか、歯を立てるために開きかけた口を大人しく閉じる。
「よし。舐めろ。上手くやれよ?」
「っふりゃけんにゃ!」
「んっ……」
 咥えながら文句を垂れる山家の舌がそれを撫でた途端、甘い吐息が漏れる。その瞬間、山家が驚いた顔をしてこちらを見上げる。
 くそ……。薬のせいで、必要以上に敏感になってるな……。こんな雑な舐め方でここまでヤバいとか。コイツが慣れてない童貞でよかっ……。
「っは……!? あッ……!」
 今までやわやわと動いていた舌が、いきなり音を立てて激しく吸い付いてくる。
「や、まいえ……、なに、して……、んっ……! っあ、も、出……」
 山家の口からそれを引き抜いた瞬間、限界まで達していた欲が爆ぜる。今まで感じたことのない痺れに体を震わせていると、呆然とこちらを見ていた山家と目が合う。
「なに見てんだ、さっさと拭け……!」
 快感の名残から意識を逸らし、ティッシュを取って山家に寄越す。
「うわ。最悪……」
 自分の頬を流れる精液にティッシュを当てた山家が、ようやく目覚めた様子で悪態を吐く。
「君は童貞だと思っていたんだが。まさかこういう経験が?」
「あってたまるか」
「じゃあ、素質あるな。私のセフレにしてやってもいい」
「お断りだっつの。変態」
 ようやく互いにいつもの調子に戻ったところで、身なりを整え時計を見る。
「大分楽になったから、君はさっさと小晴ちゃんのとこ行って来い。きっと待ちくたびれてるはずだ」
「言われなくても行きますよ。ったく、アンタに関わると碌なことがない!」
 憎まれ口を叩いた山家を見送った後、ため息を吐く。
「少し勿体なかったかな」
 正直に言うと、陽寄ほどではないにしても山家の顔もまあタイプだ。少年らしい純粋さが残るあの瞳は嫌いではない。いや、でもあの犬はご主人様のことが大好き過ぎてめんどくさそうだしな。
「こっちがお断りだっての」
 組み敷かれた山家を想像して首を振る。悪くはないが、やはり狙うなら陽寄の方だろう。
「さっそく陽寄のことを狙ってる生徒もいるみたいだしな……。早めに手を出しておきたいところだが……」



「はあ……。最悪だ……」
 秋霜から逃れた俺は、頬を拭いながら教室へと走る。きちんと拭いたはずの頬は未だに違和感があって気持ち悪い。
 この高校、想像以上にヤバすぎる……。催淫剤入りの飴ってなんだよ。そんな過激な先輩たちが小晴を狙ってるなんて、冗談じゃない。
 そもそも、教師があんなんじゃ、誰に助けを求めていいやら……。
 いや、今回のは秋霜も被害者なんだろうけど……。だからって、生徒にフェラなんかさせるか?
「俺が噛み千切ってやりゃあ、よかったんだけど……」
 けど、だ。なんか、無性にエロかったんだよな。秋霜の顔。薬のせいか苦しそうだったし……。俺も、気づいたら流されてて……。
「って。んなことより小晴だ! ぐずぐずしてたらマジでヤバい!」
 モヤモヤした気持ちを吹き飛ばすためにも、さらに足を速める。そして。
「あ。紫音やっと来た。待ってたよ~」
「小晴……」
 教室のドアを開けた瞬間、天使のような少年が振り向き、こちらに手を振る。
 よかった……。なんともないみたいだ……。
 安堵の息を漏らした俺は、夕日に照らされた美しい小晴に見惚れながら近づいてゆく。
 って。待て待て。小晴が手に持ってるそれ、包み紙! 嫌な予感がするぞ……?
「小晴っ! その飴ッ……!」
「ん? ああ。先輩に貰った余りなんだけど。紫音にもあげるね」
「んぐ!?」
 小晴の手から飴を奪おうとした瞬間――。何を思ったか小晴の手は、俺の口に飴を押し込んだ。予測していなかった動きに焦った俺は、悲しいかな飴を丸々飲み込んでしまい……。
「げほっ……。う……」
「ご、ごめん! まさか飲み込んじゃうなんて。紫音、この飴欲しいのかなって思ったから……!」
 慌てて俺の背中を擦る小晴は、やはり天使で可愛い。できることならばずっとこうやって優しくされていたい。が、俺はこのままじゃ、欲に潰されて目の前の天使を穢してしまうかもしれない……。それは絶対駄目だ。
「今じゃ、駄目なんだよ……」
 小晴にはちゃんと告白して、デートを重ねた後、合意の上で準備をしっかりしてから行為に及びたいわけで……。こんな野蛮な欲望をマイエンジェルに叩きつけるわけにはいかなくて……。
「あの、紫音……。ごめんね?」
「あ。いや、小晴は悪くないよ!」
 申し訳なさそうに上目遣いでこちらを見つめる小晴に、どぎまぎしながら全力で首を振る。
「でも……」
「あの、ごめん! ちょっとまだ仕事が長引きそうだからさ、小晴には悪いんだけど、先に帰っててほしいな~、なんて!」
「え。まだ帰れないの? ボクも手伝おうか?」
「い、いやいやいや! 小晴に手伝わせるわけにはいかないから!」
「そう? それじゃあボクは先に帰ってるね」
「小晴、絶対に知らない人について行っちゃだめだよ? ていうか、知らない人から声かけられたら即防犯ブザー鳴らしてね? それと――」
「も~。紫音、早くお仕事済ませないと、ヤバいんじゃないの?」
「う、そうだね。ごめん。じゃあ、また明日ね、小晴」
「うん。頑張ってね、紫音」
 涙を惜しんで小晴に別れを告げた俺は、何をどう頑張ればいいのやら考えながら廊下を歩く。
 あ~、じわじわ熱くなってきた……。思考が纏まんねえ……。秋霜も、こんな感じだったのかな……。とにかく、一回トイレ行って……。
「あ、山家。ホントにいた。お前、まだ帰ってなかったのか?」
「げ……」
 ふらふらと歩いていると、準備室から出てきた秋霜に見つかり、心の底から嫌な声が漏れる。
「どうした? なんかフラフラしてるぞ?」
「や、何でもないっす」
「でも何か顔が赤……」
「触んな!」
「痛って……」
 頬に伸びた秋霜の手を無意識の内に叩き落すと、秋霜が一歩身を引いて顔をしかめる。
「あ、すみませ……」
「はは~ん。お前、飴食べただろ?」
「な、んで。アンタが知ってんですか?!」
 手の痛みなんかすっかり忘れたみたいに、ニヤニヤと俺の顔を覗いた秋霜に驚き、叫ぶ。
「なんだ、マジで食べたのかよ。馬鹿だな」
「クソ、カマかけたのかよ……。仕方ないだろ! だって、小晴がっ……」
「小晴ちゃんに食べさせられたのか? それで小晴ちゃんを襲わないで逃げてくるなんて。大した男だな」
「小晴にそんなことできるわけ……」
「はぁ~。それでほんとに付いてんのかよ」
「馬鹿にすん……っひ!」
 いきなり股間を掴まれた俺は、情けないぐらい間抜けな声を上げる。
「ぷ。可愛い声」
「お前、ふざけ……、馬鹿、触んなって……!」
「堅苦しいこと言ってないで、さっさと気持ちよくなっちまえ少年」
「っ、やめろって、人が、来るだろ……!」
 厭らしい触り方のせいで昂ぶってきた気持ちをどうにか押し込めながら、声を絞り出す。
「わかった。準備室、行くぞ」
「ちょ、離せ!」
 何がわかったのか変態教師は、かったるそうに俺の手を引く。
「いいのか? 小晴ちゃんにこんなとこ見られても」
「よくねぇよ!」
「だったら従え。さっきの恩を返してやる」
 機嫌良く囁いた秋霜の言葉に、勝手に期待した体が震える。
「随分楽しそうだな」
「そりゃあね。君みたいなクソ生意気な奴を快楽に沈めるの、楽しいだろうからね」
「クソだな」
 罵りながらも、引かれた手を振りほどけないまま準備室へと身を滑らせる。
「さ、そこに座って」
「ほんとにやんのかよ」
「してやるんだから光栄に思え。普通こんなことしないぞ」
 促されるままソファに腰かけ、さっきのことを思い出す。
 あんなことするなんて、本当にどうかしてたな、俺。んでもって、コイツもどうかしてる。
「んむ、こんな、感じ、か?」
「は……」
 ヤバい。剥き出しになったそれを、躊躇うことなく咥えた秋霜に驚く暇もなく、その熱と感触に全てを奪われる。
 気持ちいい。絶妙な舌さばきで快感を誘っていく秋霜に、どんどん息が上がっていく。
 コイツ、教師のくせに……。
「はぁ、もっと、深く……」
「んぐ!」
 ぼんやりとしていく頭で、秋霜の頭を無理やり引き寄せる。
 あ、熱い。秋霜の口の中、気持ちいい。ヤバい。もう……。
「あ、はッ……!」
「っ!」
 気づいたら、俺は秋霜の口の中で達していた。解放された秋霜は、苦しそうに体を折ってえずいていた。
「っ、クソガキが。調子に乗りやがって……。ったく。こんなん二度とやらん。は……。ほれ、気が済んだらさっさと……」
「まだです」
「んっ!?」
 拭われたばかりの秋霜の唇に己の唇を重ね、その体をソファに押し倒す。
「おいこら、何盛って……」
「口、開けてください」
「ん、離っ……。んう……」
 閉ざされた瞳から、溜まっていた涙が少量滲みだす。ちょっと可愛いかも。
 執拗に舌を絡めた後、ぼんやりと秋霜を見下ろすと、顔を赤くした秋霜がこちらを睨みつけてくる。でも、それが却って加虐心を煽る。
「先生こそ、これ。人のコト言えなくないですか?」
「っ……。ふざけるな!」
 再び欲に溺れてしまったらしいそれを撫でてあげると、秋霜は勢いよく俺を押しのける。
「キスでそんなに感じたんですか?」
「んなわけあるか。まだ薬の効果が残ってるんだ」
「ふ~ん。じゃあ、さっきのお返し、してあげましょうか?」
「ふん。そいつは殊勝な心がけだな」
 高慢な態度で俺を挑発した秋霜に黙って触れる。触れ方を変える度に秋霜は敏感に体を震わせる。なんか、マジでヤバイかも……。
「っ……」
「ね、先生。ローションとか、あります?」
「そんなもの、要らないだろ……」
「でも、先生ってば中々イけないみたいだし」
「それは、お前のやり方がちんたらしてるからだ……!」
「わっ」
 苛々とした声を上げた秋霜が、やわやわと触っていた俺の手を押しのけて、そのまま勢いよく俺を組み敷く。
「言っただろう。快楽に沈めてやるって」
「んむ……!」
 欲を湛えた秋霜の瞳が怪しく光り、容赦なく俺に口づけを落とす。まるで蛇みたいだな、と思う。得物を絶対に逃がさない。その牙に仕込んだ毒で必ず落としてみせる。そんな意志がこの男の魅力を絶対的なものにしているのだろう。その犠牲者は後を絶たないのだろう。
 でも。それは相手が虫けらだったときの話だ。だから、俺みたいな“番犬”には効かない。



 お断りだと思ってはいたが、こんな状況に陥ってしまえば「据え膳食わぬは男の恥」だ。
 てっきり、初心な番犬くんは口だけで満足するだろうと思っていたが。いや、所詮は思春期真っただ中の男子高校生。己の欲には抗えないのだろう。
 組み敷いた山家を眺めると、やはり焦り、もがいていた。でも、もう遅い。
「言っただろう。快楽に沈めてやるって」
「んむ……!」
 その瑞々しい唇を貪るように口を吸う。お互い、薬の効果が切れていないせいかやたらと体が熱くて汗がじんわり浮き上がる。
 よし。このまま食ってしまおう。
 再び昂ぶったそれに手を伸ばし、甘く擦ってやると、山家の口からくぐもった声が漏れ出す。
 さあて。番犬くんが乱れた姿は一体どんなに可愛いだろうか。
 山家の尻を撫で上げ、その穴をやわやわと擦る。流石に初めてだと時間がかかりそうだから、このローションを……。
「は、させるかよ……!」
「うっ」
 ポケットから小さな容器を取り出そうとした瞬間、腹を蹴られてソファからずり落ちる。
「おいクソ犬、お前調子に乗るなよ……」
「アンタこそな」
「ッ……。ん……!」
 覆いかぶさってきた山家が、無理やり唇を押し付け、舌を絡める。
 くそ。こいつ、キスがやたら上手いから、力が……。
 このままではよろしくないと悟ったオレは、力いっぱい山家を押し返そうとするが……。
「うわっ!」
 シャツを捲られ、胸を舐められた瞬間、体に寒気が走る。
 よくも気色の悪い真似を……!
「なにす、んッ……!?」
 じゅるると音を立てながら吸われたかと思うと、甘く噛まれたり舌で撫でられたり、とにかく執拗に胸を弄られる度に痺れが増していく。
「ここも、薬のせいで敏感になってるんじゃないですか?」
 まさにその通りだった。こんなところ触られて感じてたらざまあない。
「クソガキが、だったら、お前のもやってやるよ」
「結構です。そういう趣味はないんで」
「男が好きなくせに」
「そうだけど、抱かれるつもりはない」
「私だってそうだが」
「アンタは下のが似合ってるよ、せんせ」
「っあ!」
 ぐり、と乳首を押しつぶされた途端、言いようのない快感が押し寄せ、勝手に声が漏れる。
「ほら、すごい感度いいじゃん」
「触んな……」
「そんな物欲しそうな顔で言われても、ねぇ」
「いっ」
「こんなに摘まれて、気持ちいんでしょ?」
「は、そんなこと……んあッ……」
「ほら、涙目。相当いいみたいですよ?」
「山家っ……」
「ほら、こんなに尖ってる」
「ふ、ふざけるな、離せ、死ね……!」
「ははっ。その屈辱味わってますって表情、最高ですね」
「痛ッ!」
「ああ、すみません。弾いたら感じちゃいますよね」
「山家、も、やめろ、悪かったから、もう君にちょっかいかけないから、だから……」
「え~、ほんとですか~?」
「ああ。約束する」
 頷きながら、敗北の二文字を噛みしめる。まずもって、こいつには純粋に力で負けている。それに、この忠犬とは思えないほどのドSっぷり。欲に溺れたこの少年は、どうにも危なっかしい。もしかしたら、とんでもない奴を引っ掛けてしまったかもしれない。
「じゃあ、小晴のことも諦めてくれるんですね?」
「……ああ、諦める。だから、もう悪い冗談は止めにしようじゃないか」
「あはは、ほんとに抱かれんのは嫌なんですね」
「ああ。マジで趣味じゃない」
「わかりました」
 掴まれていた腕が離された瞬間、安堵の息が漏れる。
 よかった。このオレがこんな狂犬に開発されるなんて、冗談じゃない。
「じゃあ」
「は?」
 完全に油断していた。気づいたら手首をネクタイで縛られていて……。
「今から俺がアンタを抱きますね」
「何言って……! んむ……!」
 抵抗する間もなく落とされた口づけは、やはり抗えない程気持ちが良い。
「俺がアンタの言うこと聞くと思いました?」
「は……」
「はは。随分キスがお気に入りみたいですね。もう一回しましょうか」
「んんっ……」
 じたばたもがいている内に、山家がオレのズボンを完全に脱がす。そして。
「あ、やっぱり持ってたんですね。しかも、如何にもヤバそうなやつ」
「っ……」
 そのポケットから取り出されたのは、さっき使おうと思ったローションで……。
「なんでこんなもん携帯してるんですかね。先生。まさか、小晴に使おうなんて、思ってないですよね?」
「……まさか」
 勿論、思っていた。今日の放課後、絶対にキメるつもりでいた。
「嘘ついてバレないとでも? やっぱ、アンタを野放しにしちゃいけないな」
「は、待て! ちがくて! 確かに陽寄に使おうと思ってけど、もう諦めたって言ってるだろ! だから、やめ……」
「だから、アンタの言うことなんて聞くわけないじゃん。俺はアンタが小晴をそんな目で見てる時点でアンタのこと大っ嫌いだし、許せないんだよ。だから……」
 ローションを指に絡めた山家がオレを裏返すと、躊躇いもなく尻に指を沈めていく。
「いっ、んう……!」
「いいんですか?」
「ちがっ、痛いって、んあっ……!」
 後ろから覆いかぶさる形で同時に胸を弄られれば、嫌でも意識は快楽へと傾いてゆく。
「やっぱりこれ、催淫剤入ってますね。ほんと、この学校の人たちは油断ならないな」
「あ、馬鹿。それ、結構強……、ああッ!」
 指で広げられた穴に、ぬるぬるとありったけのローションが注がれる。携帯用なので量は少ないが、その分、普通と比べ物にならないぐらいの催淫効果があるらしい。
「うわ。すご。ひくひくしてる。こんなの小晴に使おうとしてたんだから、ほんとアンタって最低だよな」
「っぐ。熱……、これ、駄目なやつ……、んっ」
 ひたり、と当てられた指がもどかしい。
「どう駄目なんですか?」
「は、待って、指、入れるな……、うう……、気持ち悪……」
「気持ちよくないですか?」
「あ、待、掻き混ぜるの、駄目だって……ッ」
 皮膚にローションが塗り込まれる度に、気が狂いそうなほどの快感に襲われる。
「ふ~ん。今の先生、女みたいですね」
「う、クソガキ、が……」
 入ったままの指がぐちゃりと大きな音を立てる。
「は……、あッ!」
 そのまま正面を向かされ、まじまじと顔を見つめられる。
「泣くほど気持ちいいんですね」
「は、くっ……。泣いて、ない……」
「泣いてるでしょ?」
「ん……ッ」
 顔を逸らしたオレの目尻を山家の親指が拭う。その感触すらも刺激となってオレの声を震わせる。本当にこのローション、ヤバイかもしれない……。
「ほら、わかります? 先生のナカ、こんなにぐちゃぐちゃしてる」
「あッ、クソ……!」
「あは、俺の指でも感じちゃいますよね」
「や、山家っ……! あ、やめ……」
 誰にも触らせる予定なんかなかったそこに、どんどん山家の指が突っ込まれてゆく。
「待てって、これ以上は、もう……」
「女になっちゃいそう?」
「ぐ……、クソ、死ね、あッ……!」
「教師がそんな汚い言葉使っちゃ駄目ですよ?」
「ッ……」
 生徒が教師にこんなことするのは駄目じゃないのか、と言おうとしたけど、声を殺すのが精いっぱいだった。
「大分大人しくなっちゃいましたね、先生」
「は、う……」
「さて先生」
「んッ」
 突然指を引き抜かれ、鼻にかかった息が漏れる。
「こっからどうしてほしいですか?」
「は……え?」
 散々ナカを掻き回していた指をハンカチで拭いながら、山家が問う。
「先生。生徒からの質問ですよ。惚けてないで、ちゃんと答えてくださいよ」
「どうしてって……」
 言い淀んでいると、山家の指が先走る液をなぞり、塗りこむように厭らしくそれを撫でる。
「先生は挿れたいんですもんね?」
「ん……」
 当たり前だ。オレは根っからのタチだ。こんな風に手籠めにされるような男では決してない。だけど……。
「それとも。挿れられたい、とか?」
「っ、それは、っああ……!」
 山家の指が胸の突起を弄ぶと、体が馬鹿みたいにしなり、ぐちゃぐちゃに濡れたナカが山家の指を求めて疼きだす。
「や、山家っ、あ、それ、やめろって……!」
「ね、挿れていいですか?」
「だ、駄目に、決まって……」
「でもココ、駄目って感じじゃないですけど?」
 山家の人差し指が、ひたひたと穴に吸い付かせては離してを繰り返す。
「は、あ……、じ、らすな……、も、気が、狂いそ……」
「え~? なんですか~?」
「クソ。やめ、胸、擦るの、も……、無理……、熱い……ッ」
「泣かないでくださいよ、ほら、俺に挿れられたくないんでしょ?」
「うあっ、クソ、おかしい、こんなの……」
 駄目だ、頭が、バグる……。薬のせいで、体、震える……。もう、何でもいいから、イキたい……。
「も、挿れて、いい、からっ……、これ以上は……ッ!」
「え~。しょうがないですねえ。それじゃ、お言葉に甘えて……」
「は、何して……」
「これ、挿れますね」
 ローションを取り出した反対側のポケットに手を入れた山家が、無機質な玩具をこちらに見せながら微笑む。
「それじゃな……、ああっ!」
「ほら、入った」
 つぷりと音を立てて入ったそれは、山家の手によってぐずぐずになったナカを満たしてゆく。
「こんなの教師が持ち歩いてるとか、ホントどうなってんの? この学校。てかこれ小晴に使うとかあり得ないんだけど」
「それは、保険医が押し付けてきて……!」
「は? つくならもっとまともな嘘にしなよ」
「あ、嘘じゃな……。う、馬鹿……、やめ……。あ、はぐ……!」
 冷たい瞳で見下しながら、山家の指が玩具の電源を押した途端、玩具がナカで規則的な動きでうねり、奥の方を刺激していく。
「すご。玩具咥えこんで感じてんの、中々にアウトでしょ?」
「あっ、これ、出せ……、早く、んんっ……!」
「先生こそ、早く出しなよ」
「あ、う、手がっ……!」
「解いたら自分でしちゃうでしょ」
「ん……、も、イきたいからっ……!」
「我儘できないんですか?」
「や、山家っ……!」
「しょうがないな。ほら」
 胸を擽っていた指がネクタイの結び目を解き、手枷を外す。
「あ……」
「ほら、後は自分でしてみたら?」
「は……」
「それとも。まだ俺に挿れてほしいの?」
 全部がどろどろと溶けるように。頭の中も熱くて。理性を失い、ただただ欲求に突き動かされたオレは、山家を見つめ、乾いた喉を鳴らし、開きかけたその口で……。

 コンコン。いきなり叩かれたドアに思わず開きかけた口を閉ざす。
「秋霜先生、いますか~?」
「小晴!」
 その可愛らしい声を聞き、我に返った山家は元気いっぱいに叫ぶ。その声は、先ほどまでのドSっぷりをまるで感じさせない番犬忠犬モードに戻っていた。
「あ、やっぱり紫音、ここにいたんだ~!」
「先生、俺、小晴来たんで帰るわ」
「は? ちょ……!」
 さっと身支度をして迷いもなくドアに進んだ山家に焦ったオレは、とっさにデスク下に隠れる。
 準備室の鍵は閉めてあるから陽寄からは開けられない。だからこそ、まだ誤魔化す余地があったが、山家、お前からドアを開けに行くとかアホなのか?! せめて、オレが服を着たのを確認してからにしろクソ犬!
「あれ、先生はいないの?」
「うん。どうやらいないみたいだね。というか小晴、帰らなかったんだな」
「ごめんね。邪魔かと思ったけど、やっぱりちょっと紫音が心配で。お仕事はもう大丈夫?」
「ああ、もう済んだから。帰ろっか」
「えへ。やっと紫音と帰れるんだね!」
 幼馴染というのが疑わしいほどに語尾にハートマークのついた会話を聞きながら、己の失態に吐き気を堪える。
「くそ……」
 頭はすっかり冷めてしまったというのに、体は未だ熱を持ち続け、小刻みに震えている。
 最悪だ。こんなのは現実じゃない。オレが生徒にこんなにコケにされるなんて。
「山家 紫音……。絶対後悔させてやるからな……」


 翌日。怒りやら自己嫌悪やらで一睡もできなかったオレは、昼休みに来てようやく仮眠ができるはずだった。が。
「先生~、鍵閉まってるんですけど~!」
「っ!」
 ノック音と共に、聞こえてきた生意気な声にソファから飛び起きる。
「先生、いるのわかってんですからね。俺も暇じゃないんで、さっさと開けてくれます?」
「……なんの用だ、山家」
「何って、今日提出のプリント、全員分揃ったから持ってきただけですよ」
「ああ……」
 そういえば、こいつを学級委員長にしたんだったな……。少し不機嫌なのは、陽寄との時間が奪われたせいなのだろう。勿論、こちとらそのつもりで山家を学級委員長に仕立て上げたんだが、今となっては自分にとっても好ましくない誰得状況だ。
「ちょっと、もしかして昨日のこと気にしてるんですか? そんなんどうでもいいから、さっさとここ開けてくださいよ。俺、早く小晴のとこに戻りたいんですけど!」
「チッ。今開けるから待ってろ」
 答えてから、山家のいつもと変わらない忠犬っぷりにどこかモヤモヤする。なぜオレがこんな犬ごときに自尊心を傷つけられなければならないのか。
「はい。確かに届けましたからね」
「ああ。ご苦労」
 ドアを開け、山家からプリントを奪う。朝見たときも思ったが、こいつ、本当に昨日のことを気にしている様子がないな……。
「あれ。先生、もしかして寝てました?」
「まあ、仮眠を取ろうと思って……」
 用が済んだらとっとと帰るだろうと思っていたが、山家の視線がオレの目元に注がれる。
「ああ、寝不足ですか。昨日のコト気にしてるなんて、意外です」
「っ……」
 むしろ、気にしてない山家の方が意外過ぎるんだが……。
「はは。照れてるんですか? 可愛いとこもあるんですね。てか、あの後やっぱ自分でしたんですか?」
「ふざけるな!」
「うわっ」
 我慢の限界だった。目の前のクソ犬を壁に突き飛ばし、そのまま壁ドンをきめる。
「おいクソ犬、あんまり調子に乗るなよ?」
「クソ犬って……」
「お前も同じ目に、いや、もっと酷くしてやるよ。ああ、それがいいな」
「先生、目が怖いって」
「私を怒らせたことを後悔させてやろうじゃないか」
「ちょ……!」
 引き出しから昨日と同じローションを取り出し、山家のシャツを剥ぐ。
「先生、本気ですか?!」
「勿論だ。安心しろ。すぐに尻尾振って喜ぶ雌犬にしてやる」
「わ、ちょっと、やめてください!」
 首を撫で、胸に吸い付いてやると、案の定山家は情けない声を上げる。
「ふん。誰がやめるか」
 ゆっくりと舌で撫で、挑発するような瞳を山家に向けてやると、山家の表情が引きつってゆく。
「いやいやいや、俺なんか抱いても楽しくないっしょ?」
「いいや。むしろ、私は君のこと、最初からアリだと思っていたからな」
「は、うわ……。やめ、ズボンの中、勝手に手ェいれんな!」
「なんだ、しっかり反応してるじゃないか思春期くん」
「アンタがやらしい手つきで触るからだろ!」
「お察しの通り、可愛い子を落とすための私の技術に抜かりはない。だから、君は安心して私の下で喘いで……」
「絶対にお断りだっての!」
「んむっ!」
 手を弾かれ、油断した隙に強引に口づけられる。
 ダメだ。こいつのキスはやばい……!
 口を頑なに閉じたまま、山家の手を払い、離れようとするが……。
「逃がしませんよ」
「っわ!」
 腕を強い力で引かれ、壁に打ちつけられる。
「痛って……」
 思い切りぶつけた額を押さえながら、振り向こうとした刹那。
「さて。形勢逆転ですね、先生?」
「っ……」
 背後から伸びてきた手で喉を掴まれ、囁かれる。
「アンタさ、やっぱマジで小晴に近づけたくないわ」
「クソ、放せ駄犬!」
「こんな変態、放っておけるわけないでしょ」
「っひ!」
 シャツの下に入れられた山家の指が胸に触れた途端、そこがじくりと痺れる。
「お前、いつの間に……」
 その濡れた指先についているのは間違いなくさっきまでオレが持っていたローションだった。恐らく、頭ぶつけてる間に盗られたのだろう。
「あれ。先生、これだけで座り込んじゃうなんて。よく俺に挑む気になりましたね」
「っは、あ、殺す……」
「俺だって、アンタに殺意ぐらい湧いてるんですから。こうなったら、小晴を狙ったことを後悔してもらうためにも、今度こそ雌犬になって貰おうかな」
「っ、は……」
 やわやわ擦られているだけなのに、ローションのせいで馬鹿みたいに気持ち良い……。
「こっちも触って欲しそうですね」
「は、駄目だって……、ん……」
 耳朶に触れた吐息に身じろぐと、無防備になった首筋を唇が撫でる。そしてその隙に、注がれた視線の先、昂ぶったそれに指が触れ……。
「あ、ふ、ぅ……」
「うわ、キツそー。てか、ちょっと濡れちゃってるし」
 山家の指が、くるくるとじれったく布越しに触れる度、押し寄せる波に唇を噛む。
「てか、先生って結構声エロいですね。我慢してるのが逆に……。あ、そうだ。そんなに我慢できるなら、これ、ここに塗っても大丈夫ですかね?」
「は……?」
 チャックを下ろし、布越しに触れていたそれを引っ張り出した山家がローションを手に取り、容赦なく塗りこむ。
「あ、う、や、め……」
「うわ。今にも吹きこぼれそうですね」
「山家……、これ、やば……」
「そのヤバいのをアンタは小晴に使おうとしたんだから。思い知ってもらわないと、ね?」
「あ……、んんっ」
 床に押し倒されて、もがく暇もなく口づけられる。口の端からだらだらと漏れ出す唾液が止まらない。全身に巡る痺れは、ほんの一秒でも性感帯に触れられれば達してしまいそうなほどに甘く……。
 キーンコーンカーンコーン。
「あ、チャイム。授業、始まっちゃいますね」
「へ……?」
 昼休みが終わったことを示すチャイムが聞こえた瞬間、山家の唇が糸を引いて離れてゆく。
「あれ、もしかして、期待しました?」
「え……?」
 もしかして、このまま止めるつもりなのか?
「先生も、次の授業あるんでしょ? さっさと準備した方がいいですよ?」
「嘘、だろ……?」
 この前と同じく服の乱れを直した山家は、オレを残し、とっとと準備室を後にする。
 その姿を見送りながら頬についた唾液を拭い、持て余した熱を抱えたオレが、途方に暮れたことは言うまでもないだろう。


 連日のフラストレーションを抱えたオレは、行動に出た。
「秋霜先生? 一体どこに向かってるんですか?」
「ん~? いいとこだよ。陽寄もきっと気に入ると思うぞ」
 番犬が仕事をこなしている内に、まんまと陽寄をおびき寄せることに成功したオレは、貸し切り状態になっているであろう保健室へと向かっていた。
「でもボク、紫音に「先生にはついていくな」って言われてるし……」
「大丈夫。山家には私から許可をとってあるから」
「えっ。そうなんですか? なあんだ~」
 勿論嘘だが、純粋無垢な小晴ちゃんは安堵の表情を浮かべてにこりと笑ってくれる。
 ああ、これだよこれ。あざといぐらい可愛い少年を騙す背徳感。その純真をこの手で穢すのだと思うと、最高に興奮する。
「私はね、陽寄ともっと仲良くしたいと思ってるんだ。だから、ね?」
 悪いけど、欲を吐き出すために利用させてもらおうじゃないか。
「先生?」
 保健室の前で立ち止まったオレに、陽寄が小鳥のように首を傾げる。
「さ。入って? ここで先生が“いいこと”を教えてあげるから、ね?」
「いいことって?」
「それは――」

「おい、何してんだよ」
「紫音!」
「小晴、何された?」
「え、何って?」
 陽寄を保健室に引っ張り込もうとしたその時、タイミング良く現れた邪魔犬が陽寄に飛びつき、慌てて無事を確認する。
「お前、早すぎないか……?」
 警備会社も真っ青なほどに神掛かった番犬のガードに言葉を漏らすと、山家は瞬時にこちらを睨み、逃げる暇も与えずオレの腕を引っ掴む。
「小晴、ちょっと先生借りる。ごめんだけど、小晴は先に帰っといて?」
「え、でも……」
「大丈夫。俺も先生と“仲良く”したいだけだから、ね? 先生」
 陽寄の心配そうな声に、山家は微笑みながら返し、オレに同意を求める。勿論握られた手首は、血が止まりそうな程に強い力が込められていて……。
 まぁいい。三度目の正直だ。今回ばかりはオレが有利だ。なにしろ……。
「ああ。大丈夫だ陽寄。少し仕事を手伝ってもらうだけだから。本当は陽寄に手伝ってもらうつもりで呼んだんだが……。山家がどうしても手伝いたいらしい」
「ああ、なんだ。お仕事なんですね?」
「うん、そうそう。学級委員長として俺がやるべきことだし……」
 山家が引き攣った笑顔で陽寄を安心させようと頑張る。
「そういうことだから、陽寄は早く帰りなさい」
「わかりました。紫音、大変だと思うけど頑張ってね!」
 臭い三文芝居に笑顔で付き合ってやると、陽寄はぱっと顔を明るくして手を振り、あっという間に姿を消す。
「さてと。別に逃げはしないんだから、そろそろ手を離してくれないか?」
「アンタを信用しろとでも? アンタのことだ、そんなに余裕ぶってるのには訳があるんだろ?」
 なるほど。ただの馬鹿犬ではないらしい。だけど。
「もう遅いよ、山家。おい、三久! いるんだろ?! 早くも番犬のご登場だ! 二人がかりでふん縛るぞ!」
「何?」
 保健室に向かって叫んだオレに山家が不審な表情を浮かべる。
 そう。オレも馬鹿ではない。力負けするのであれば、二人で攻めるまでのこと。こんなこともあろうかとオレのセフレである保険医の山伏 三久に協力を仰ぎ、邪魔しに来るであろう番犬を二人がかりでどうにかする手はずだ。一石二鳥。陽寄をじっくり味わってから、山家に借りを返す最高の計画。そうとも知らずに可哀想な山家は、三久に取り押さえられて……。
「取り……、アレ……?」
「なんだ。誰もいないじゃん。驚かせないでくださいよ」
「は? そんなはず……!」
 急いで保健室を見回すが、山家の言う通り、人の気配は全くない。
「アンタ、もしかして俺のことハメようとしてたわけ?」
「あ~、いや。そういうんじゃなく……」
「ま、どっちにせよ。アンタの思い通りには動かなかったみたいだな!」
「う、わッ!」
 じりじりと後ろに下がるオレの手を引き、山家は軽々とオレを背負い投げる。
「なにす……、ぐっ!」
「今までも、小晴に寄ってくるやつはいたけど、全部俺が力づくで払ってたんだよね」
 床に叩きつけられた後、すぐさま腹を蹴られて、潰れた悲鳴が口から洩れる。
 こいつ、見た目以上に力強いし、色々とヤバすぎる……。
「教師に暴力はやっぱさすがにマズイかなって思ってたんだけど……。もう壊しちゃえばいいかなって」
「は?」
 血の気の薄れた唇に、無理やり口づけが落とされる。掴まれていた手首はいつの間にか赤く跡がついていて。
「だから。暴力でねじ伏せなくても、アンタを女にすれば、小晴を襲うこともできないだろって思ったんだよね。今度こそ、やるから」
 ぞっとした。その暗く何処までも盲信的な瞳が自分を捉えて離さないことに恐怖を覚える。
「お前、ちょっとおかしいぞ。陽寄のこと、そんなに……」
「その口で、小晴を呼ぶな」
「いっ……!」
 強かに蹴られた腹を抱えて蹲るが、すぐに抱きかかえられてベッドに落とされる。
「ごめんごめん。アンタには気持ち良くなってもらわないといけないんだった」
「んむ」
 蹴られた痛みが消えないうちに、口づけを落とされて感情がぐちゃぐちゃになる。
「抱くより抱かれたくてしょうがない体にしてやるから」
「んっ、ふ……。あ……」
 絡み合う舌の感触に耐え切れなくなって声が漏れ始める。どうかしてる。こんなのはオレじゃない。
「ほんと好きですね、キス。キスするだけでこんなになるなんて」
「ちが……。っは、いつもは、こんなんじゃ……」
「はは。そうですよね。アンタは抱かれるタマじゃないですもんね」
「んっ……」
 わざとらしい笑顔を浮かべた山家に触れられて、体がびくりと跳ねる。
「その癖、こんなに感じちゃって。アンタのがよっぽど素質ありますよね、先生」
 わざわざ耳元で喋った山家が、オレの反応を見て笑う。そして、ふいに横に手を伸ばし……。
「あ、待て……。頼む、それ、使うな……」
「ご丁寧にベッドの脇に用意しといて。俺にも使う気だったんですか? 残念でしたね」
 ローションを手に絡めた山家は、青ざめながら抵抗するオレをいなして裏返し、それを性感帯へと塗りこんでゆく。
「やめ、それ、効果、長いから……。く、ああっ、や、やめ……!」
「へえ。効果長いんだ。そりゃあ後始末が大変だったんじゃないですか?」
「っ……」
「でも、お預け食らってた分、今回はちゃ~んとイかせてあげますからね。それこそ、後悔するまで何回も、ね」
「あ、山家ッ……」
 ぐぷぐぷと音を立てながら指で押し広げられた尻の穴に、山家のそれがあてがわれる。
「うわ。すぐ入っちゃいそう。ね、もう挿れてもいいですよね?」
「だ、駄目に決まって……」
「まあ、先生に拒否権なんてありませんけど」
「あ、嘘……、やめ……、ッ~!」
 言葉にならない悲鳴を飲み込み、耐える。
 痛いはずなのに、薬のせいか、快感の方が勝って……。
「は、見てくださいよ。これ。どんどん飲み込んで……。うわ、ナカ熱……」
「は、くるし、怖……。あ、内側が、擦れて……!」
「すご。全部入った……」
「あ、こんなの、おかし……。んあ! 動くなって……!」
「は、めっちゃヌルヌルする……。確かに、このローション、ヤバい……。めちゃくちゃ気持ち良くて……」
「ば、激し、あっ、当たって……、んんッ……!」
 容赦なく動く山家に、慌ててシーツを噛んで声を堪える。
「うわ、エロ……。今のアンタ、マジで女みたいだ」
「クソが、ああっ、こんなのっ……、んんぅ」
「あーあ。尻も乳首もすっかりエロくなっちゃってさ」
「あ、や、今、胸、触るな……! 駄目、だって……、あ、んッ」
「声、我慢してるのわざと? エロいんですけど」
「は、あ、なんっ、首、噛むな、って、も、イっ……」
「ん、イっていいですよ」
 首やら肩やらを噛んだり舐めたりしながら、山家が囁く。その一つ一つの動作が、確実にオレを追い詰めてゆく。
「あ、嫌……、は、もうやめ……」
「秋霜、今、誰が見たってアンタの方が雌犬だ」
「ちが……」
「違わない」
「っああ!」
 同時に両方の乳首を抓られた快感が、勝手に腰を揺らして更なる快感を求める。
「ほら、もう自分から求めてる。こんなに絞めつけといて、いい加減認めなよ」
 もう、頭が回らなかった。呼び捨てにされて、最低な言葉を浴びせられて、いいように弄ばれて。ちゃんと否定して、抵抗しなくちゃいけないのに。全部が、熱に、浮かされて……。
「あッ、も、イきたい……、っう、山家、もう、やだ、許して、」
「ふ、いいよ。どうして欲しい?」
「は……、あ、も、イきたいんだって……、も、いいから、もっと奥……、突いてほし、って……」
「は、いいね。プライド捨ててるアンタさ、最高だわ……」
「ッ、は、もう、熱い……。気、狂いそ……、んッ」
 ぐらぐらと煮える視界がぐるりと回り、山家の顔が間近に迫る。仰向けにされた拍子に繋がっているところが擦れて、甘い息が漏れる。慌てて拳を口元に持っていくが……。
「手ェ噛むのは無し。ほら、ちゃんと集中して」
「あ、待って、駄目、クる、も、我慢、できな……ッ」
 手を引き剥がされて無防備になった唇に口づけを落とされる。軽く触れ合うだけのそれも、体を震わせるのには十分すぎる程の快感で……。
「よく頑張ったね。いいよ。……ほら、イって?」
「あ、うあ、あああッ……!」
 ずん、と奥を突かれた瞬間、脳天まで電流が駆け巡り、意識が途切れる。


「すげー。ナカ、まだ痙攣してる」
「ふ……、はぁ、く……、んッ……」
 何度目か分からない絶頂の余韻に震えながらも、朦朧とする意識の中で、己の指を噛む。
「ほんと、エロいなあ。俺のセフレにしてあげましょうか? 先生」
「っ、殺、す……」
「はぁ。先生が俺を本気で愛してくれるっていうなら、ちょっとは優しくしてあげられるのに……。ねぇ?」
 そっと髪を撫でられ、目を閉じる。
 もう抵抗する気力もない。ああ、疲れた……。本当に……。
「って、もう聞いてないか」
「……」
 ぐんにゃりと、意識と夢とが混じり合う息苦しい程の倦怠感の中、ぐるりぐるりと無駄な思考が無駄に回る。
 愛したところで、報われないのは目に見えているのに。そんなことを提案する山家が怖くて憎くて狡いと思った。そして、山家にここまでさせる陽寄が少しだけ羨ましいと思ってしまった。本当に、恐ろしいことだ。こんなことになるなんて。こんなことを考えてしまうなんて。どうかしている。オレはきっとオレじゃなくなってしまった。それじゃあ駄目なのに。秋霜 烈花は、こんな男じゃないはずなのに――。



「うわ、烈花久しぶりじゃん、保健室に来るの。最近全然遊びに来なかったけど、もしかして彼女でもできた?」
「できてない」
 あれ以来、すっかり山家と顔を合わせたくなくなったオレは、久々に保健室を訪れた。
 保険医の山伏 三久は相変わらず中性的で、未だ少年らしさを保つオレの幼馴染兼セフレだ。
「てかオレは、三久がこの前の約束すっぽかしたの、マジで根に持ってんだからな……?」
 あの約束さえ果たされていれば、オレがあんな醜態を晒すことなく、山家を無理やり抱くこともできただろうに。
「だから、それは急用ができちゃってさ……」
 へへ、と曖昧に微笑む三久にため息を吐く。
「お前こそ彼女だか彼氏だかが出来たんじゃないのか?」
「えへへ。ま、上手くいくかはわかんないけどね」
「は~。羨ましい限りで」
 これは、三久に新しい恋人ができたことに気づかなかったオレも悪かったのだろう。はっきり言って、三久は恋愛に現を抜かし過ぎる人間だ。恋人ができたその瞬間から、彼は何に変えても恋人の言うことを聞く。例え仕事があったとしても、恋人が今すぐ来てほしいと言えば、彼は迷うことなく仕事をほっぽってすっ飛んで行ってしまうのだ。
「それでね、彼ね、僕の特殊プレイにも対応してくれる最高の逸材でさ~」
「特殊って……。もしかしてこの前ローションと玩具押し付けてきたのも?」
「そうそう。僕らはもう使ったから、おすそ分け」
「んなもんお下がりにすんな!」
「でも、玩具は新品だし、ローションも小分けで5個入りだったやつだから、使いかけではないよ?」
「オレは、あれのせいでも中々酷い目に遭ったんだが?」
「え~? でもさあ、彼が烈花にもあげてって言うからさ~」
「はあ?」
 何で三久の恋人がオレのこと知ってんだよ。てか、もしかして。
「お前、また生徒に手ェ出したな?」
「あ、バレちゃった? でもね、僕だって回数控えてるんだよ? だからさ、どうにも欲求不満でさあ……」
 チラチラと期待を込めた三久の視線が突き刺さる。
「今日はやんねーぞ?」
「え~?! 誘ったらいつもやってくれるのに~?!」
「オレだってそういう気分にならない時ぐらいあるわ!」
「嘘だ! 烈花ってば昔っから性欲の塊のくせに!」
「お前ほどじゃねーよ!」
「うわーん! やっぱり烈花、恋人できたんだ! 恋人で事足りるようになっちゃったんだ! 僕のことなんかどうでもいいんだ! 烈花の裏切り者!」
「いい歳をして駄々をこねるな、うるさいだろうが! あと、先に裏切ったのはお前のほうだろ!」
「うわーん! おねが~い! 一回だけでいいから~!」
「チッ。マジで一回だけだかんな?」
「いぇーい! さっすが烈花! 友達甲斐のある奴~! そんじゃあ僕も烈花のこと、その気にさせてあげないと、ね?」
 さっきまで駄々っ子のように騒いでいた三久が、ベッドの上で自ら服を脱ぎつつ、色気のある顔でオレを誘う。
 本当に友達であるのが勿体ないぐらい中々好みの顔と体なんだが。
「お前は性格と性癖がなぁ。面倒なんだよな~」
「失礼だな~。僕だって烈花の顔と強引なとこ好きだけど、やっぱ抱かれるなら可愛い年下がいいもん」
「お互いままならないな」
「僕は順調なんだけど?」
 綺麗な所作でオレのズボンに手を掛け、それを引きずり出した三久が、躊躇うことなく口に咥える。が。
「あれ。全然勃たない。もしかして、ほんとに調子悪いの?」
「いや、まあ……」
「ふ~ん。じゃあさ、キスだけでもさせてよ」
 そう言った三久が、ずいと顔を近づけて唇に触れようとするが……。
「やめろ」
 寸前でモヤモヤした気持ちになり、三久の顔を遠ざける。
「あ~。烈花さ、やっぱマジな恋人いるでしょ?」
「そうじゃないが……。なんていうか、今のところ困ってないというか……。そういう気分じゃないというか……」
 にやにやと様子を伺ってくる三久に、しどろもどろで何とか答えて後悔する。こんな曖昧な態度で三久が納得する訳がない。
「なーんだ。残念。でもまぁ人の物に手出すほど腐ってないんでね」
「人の物って……」
「にしても、烈花をこんなに骨抜きにしちゃう子、どんな子なのか気になるな~」
「そんなんじゃないって言ってるだろ。てかお前こそ、恋人できたんだからこういうことはもうやめとけ」
「げ~。烈花がマトモ~! ほんとに一体、どんな可愛い子抱いたらそんな純情一途甘々烈花になっちゃうわけ~?」
 揶揄う三久の言葉に、軽い吐き気を覚える。
「全然マトモじゃないっての……」
 忌まわしい感覚が蘇り、頭を押さえる。どれだけ忘れようとしてもあの快楽が、山家の顔が、脳裏に焼き付いて離れない。体の痣が消えれば、きっと忘れると思ったのに。



「先生、ちょっといいですか?」
「陽寄……?」
 放課後。地獄のようなSHRを終え、準備室で仕事をこなしていると、控えめなノック音の後に、華奢な少年が現れる。
「どうしても先生に頼みたいことがあって……」
「私に?」
 もぞもぞと恥ずかしそうに喋る陽寄に、首を傾げる。たしか山家は今日も委員会の仕事があるんだったか。ならば、オレに近づくなという忠告を受けていないはずがない。それを破ってまで陽寄がここに来る意味とは一体……。


「すみません。こんなことに付き合わせちゃって」
「いや。ていうか、ほんとにそれでいいのか?」
「ふふ。大丈夫です。紫音、ああ見えて動物……特に猫が大好きなんです。だから、ボクからの誕生日プレゼントはいっつも猫モチーフばっかなんです!」
 可愛らしいお店の雰囲気と女性客の視線に押しつぶされそうになりながら、陽寄が抱える可愛らしい猫文具を見つめる。
 いや、マジでこんなんアイツが使うのか? 犬のくせに、猫を?
 そう。陽寄の頼みとは期待するまでもない。山家の誕生日プレゼントを選ぶのに付き合って欲しい、という何とも可愛らしい願いだった。
『ボク、まだ土地勘なくて……。しかも友達もいないし……。でも、もう明日が紫音の誕生日で……』
 一度は拒否しようと思ったのだが、そう言って項垂れる陽寄を前にしては、どうにも良心が痛んでしまい……。今、それなりに後悔している。
「さて、選び終わったんならさっさと帰るぞ。早く学校戻んないと、そろそろ委員会も終わる頃だ」
「ふふ。先生やっぱり優しいですね」
「は?」
 ふんわりと笑った陽寄の顔に見惚れながら、意味がわからなくて聞き返す。
「紫音は先生のこと危ないって言うんですけど、ボク、そうは思えません」
「あ~、いや。本来ならまあ、警戒して間違いないんだが……」
 なんせ相手が悪すぎる。できることならもう陽寄ごと遠ざけてしまいたいほど、オレとしてはあの番犬と関わり合いになりたくないのだ。
 でも……。
「先生?」
「あ、いや」
 可愛らしく首を傾げた陽寄に、少しだけ気持ちが傾く。元々、陽寄はオレのタイプどんぴしゃで、アイツさえいなければとっくに食ってしまっているわけで。今この瞬間、こんなチャンス、乗じて食ってしまうが男の本性というもので……。
 でも。それなのに。
「ほら、山家が怪しむ前に帰るぞ。入口で待ってるから、会計とっとと済ませてこい」
「は~い!」
 陽寄の肩を押し、見送ってからため息を吐く。こんな風に、牙を失ったライオンの如く易々ウサギを逃す始末だ。
「猫、ねえ……」
 店前に置かれた猫に関連するカプセルトイを見ながら、ぼんやり呟く。やはりこの店は猫を推しているらしい。まあ、確かに可愛らしいが……。
「あ……」
 ふいにラインナップの内の一つ、白猫のキーホルダーに目が留まる。
 このふわふわの猫、陽寄に似てるかも……。
 なるほど。もしかすると、山家が猫を好きだというのも、陽寄が猫に似ているからなのかもしれない。
 財布を開けて見ると、あいにく百円玉は二枚しか入っていなかった。
「一回だけ……」
 財布から二百円を取り出し、しゃがみ込む。そして、『一回二百円』と書かれたすぐ下の投入口にコインを入れて、レバーを回す。その懐かしい感覚にくすぐったさを感じながら、出てきたカプセルをいそいそと開ける。が。
「ああ……」
 出てきたのはふわふわ猫ではなく、ツンとした可愛げのない黒猫のキーホルダーだった。別に、明確な目的があって引いたわけではないのだが……。
「これじゃあ駄目だよな……」
 思い返してみても、陽寄が抱えていた文具に描かれているのは全部、ふわふわの猫だった。馬鹿らしい。結局、何の意味もないのだ。
「はあ。これ、どうすっかな……。三久は可愛い物、そんな好きじゃないしな……。こんな安いもん女にやるわけにもいかないし……。捨て……」
「先生。こんなとこでアンタは一体、小晴と何をしているんですか?」
「ひっ!」
 突然、降ってきた恨みの籠もった声に肩を震わし振り返る。
「な、なんで山家がここに……」
「何だっていいでしょ。それより先生、アンタがここまで頭悪いとは思いませんでした。これから自分がどうなるか、わかりますよね?」
「違う! これはそういうんじゃなくて……」
「いいから来い」
「痛ッ……」
 無理やり腕を引っ張られ、路地裏に来た瞬間、体を壁に叩きつけられる。
「俺が見てない内に、小晴とデート? なあ、ふざけてんのかよ」
「いや、これは本当に誤解で……」
「黙れ」
「ッあ……」
 首を掴まれたかと思うと、そのまま壁に頭を叩きつけられ、両手で首を絞められる。
「アンタさ、俺のこと馬鹿にしてんだろ」
「が……。う……」
 山家の手の甲を引っ掻き藻掻くが、山家の怒りは力を増すばかりで……。
 カツン。
「ん? なんだこれ」
 力が弱まった手から、先ほどのキーホルダーが滑り落ちる。
「っは……、げほっ……」
 山家がそれを拾い上げた隙に、崩れるようにしゃがみ込み、盛大に咳き込む。
「先生こんな可愛い趣味してたっけ?」
「っか……、え……、せ……」
「なんて。どうせ小晴の気を引こうとか思ってるんでしょ? 残念だけど。小晴は見た目ほど可愛い物好きじゃないよ?」
 目に込められた怒りと冷たさ。それを見るだけで胸が締め付けられるように痛くて。
「返、せ……って、言ってる、だろ……!」
「うわ。アンタがそんな感情的になるなんて。これ、そんなに大事だった?」
 山家にぶつかるつもりで腕を振るい立ち向かうが、さらりと躱され地面に叩きつけられる。
「ぐ……、クソ……」
 それでも、土で汚れた顔を拭い、もう一度立ち上がろうとするが……。
「教えてやるよ。アンタは俺に敵わないってことをさ」
「っ……」
 腕を取られて無理やり口づけられたところで、理性が傾く。
 ああ、どうしてこんなことになってしまうのだろう。オレはもう、こいつに関わりたくないのに。どうして……。
「ほんとに変態ですね。こんなとこで生徒に触られて、息荒くしてさぁ」
「っ、クソ、っ、はっ、うぅ……」
 欲に逆らおうとしても、抑えようとしても、噛み殺した息は甘い快感によって漏れ出す。
「そんなに俺に触られんの好きなの?」
「クソ犬がッ、死ね、っう……」
 認めたくない。考えたくない。感じたくない。それなのに、コイツにキスされただけで、触れられただけで、その先を期待してしまう自分が情けなくて……。
「泣かないでくださいよ。そんなに良いんですか?」
「っ、泣いて、ない……」
「泣いてますよ。ほら」
「っは。なん、で……」
 目の端を拭った山家の指は、確かに濡れていた。改めて意識すると、はらはらと勝手に零れてゆく涙が止まらなくて……。
 止まらない……。自分の感情がわからない……。なんでオレはこんなに泣いてる? 気持ち良いから? 悔しいから? 悲しいから? 情けないから?
「なあ、もう、許して、くれ……。も、陽寄に、近づかない、近づかないからっ……」
「どうだか」
「っ、陽寄も、お前のこと、しか、見てない、だろ……。っ、今日だって、ただ、お前のために……」
「ね、センセ。イきたいですか?」
「っ……」
 囁かれた甘い言葉に目を閉ざし、首を振る。目が熱くて、零れる涙が熱くて、優しく頬を撫でる山家の指が熱くて。
「ほんと嘘つきですね」
「んっ! あう……」
 落とされた口づけはどこか苦みを帯びていた。
「ん、んんっ、あっ、も、んんっ、許し……」
「許さない。アンタのことは、絶対に許せないから……」
「は、う……、あ、ああッ……!」
 冷たくなる心とは裏腹に、激しく扱かれたそれは限界を超えて熱く爆ぜる。
 浅ましい欲をたっぷりと吐き出した後、情けなく座り込んだオレに見向きもせず、山家は去った。
 ああ。なんて無意味なのだろう。地面に転がった黒猫のキーホルダーを握りしめると、再び無意味な涙が零れた。


 翌日。心身ともにくたびれたオレは、ベッドから起きることもせずにただぼんやりと時を過ごしていた。
「丁度今日が祝日で助かったな……」
 腫れぼったい目を押さえながら、己の不運にため息を吐く。
 あれから陽寄は、上手くプレゼントを隠し通せただろうか。今日渡す予定だとは聞いていたが……。今頃、仲睦まじく誕生日会なんてものをやっているんだろうか。
「はは。羨ましいな……」
 すっかり感情のタガが外れてしまったせいで、涙が際限なく溢れ出す。こんな女々しいのがオレか? こんな恨みがましいのがオレの本心なのか?
「なあ、オレはどうすればいいんだ……?」
 スマホに括りつけた黒猫に問いかけてみても、勿論答えなど返ってこない。あのまま捨てておいても良かったけど、なんだか惨めに思えて。結局自分で使うことにしたのだが……。
「やっぱ、可愛くないよな……」
 意地の悪そうな猫の鋭い瞳にため息を吐く。あのふわふわが当たりだとしたら、これはきっとハズレ枠なのだろう。
 そんな取り止めもないことを考えていると、スマホ画面が光り、着信音が鳴り響く。
「三久か。どうした?」
『烈花……。ちょっと、小晴くんが危ないかもで……』
「は? 危ない? どういう意味だ?」
 スマホから聞こえてくる三久の遠慮がちな声に聞き返す。
『ええと。僕の友達に烈花が最近付き合い悪いって話をしたんだけど、その人、流れで小晴くんに興味を持っちゃったみたいで……』
「なんで陽寄の話になる?」
『あ~。その人昨日、烈花と小晴くんが一緒にデート? してるの見たらしくて。小晴くんと烈花が付き合ってるんだって勘違いしたみたいで……。烈花を骨抜きにした相手だから、格別なんだろうって……。だからその、味見してくるとかなんとか……』
「は?」
『冗談だとは思ったんだけど。さっき、そいつのツイッターに、小晴くんの写真が写ってて……。烈花なら番犬くんの番号知ってるだろ? まずは彼に小晴くんの無事を確認してもらおうかなって思って……』
「……わかった。電話してみる」
 三久との通話を切り、すぐに山家に電話をかける。そんな低レベルな冗談が現実になるとは思えないが、三久の切羽詰まった声に少しだけ不安を覚える。躊躇っている場合ではない。
『もしもし?』
「山家、陽寄はお前の家に来ているか?」
『……来てない、けど。なんでアンタがそんなこと聞くんだ?』
「お前、今日は陽寄と過ごすだろ?」
『なんでアンタが知ってる?』
「……昨日、陽寄に頼まれてプレゼント選びに付き合ったんだよ。そのとき聞いた」
『は……? 昨日って。まさかあの時……?』
「んなことはどうでもいいんだ。山家、お前は今日陽寄に会ったのか?」
『会ってない。てか、俺もずっと探してんだよ。アンタの言う通り、小晴は俺と約束してたんだけど、時間になっても来なくて……。連絡も取れないし……。小晴が約束破るような真似するわけないから、何かあったんじゃないかって心配で……。でも、小晴も俺も一人暮らしで、こっちに来たばっかだから頼れる人なんていないし……』
 いつになく弱気な声が、オレの良心を責め立てる。腐っても教師だ。自分の行動のせいで生徒が酷い目に遭うなんて黙っていられるわけがない。
「大丈夫だ。私がきっと陽寄を探してみせる。また何か分かったら連絡するから」
『あ、先生! もしかして、何か知って――』
 電話を切り、三久に頼んで誘拐野郎のツイッターのリンクを送ってもらう。
「これ、もしかして学校近くの公園か……?」
 最新の投稿は、夕日が沈み、薄暗くなった公園と細白い陽寄の腕が映った写真。映りこんだ遊具から見て、恐らく学校からそう離れていない寂れたあの公園だろう。
 山家にも連絡を入れるべきか迷ったが、生徒を事件に巻き込むわけにもいかないので、とりあえずは一人で公園へと足を向ける。
 何もなければいい。が、何かあったとしたら、それはオレの責任だ。どんな手段を使ってでも陽寄を救わなくては、それこそ本当に山家に顔向けできなくなってしまう。

「あ。秋霜先生っ!」
「陽寄!」
 すっかり日が暮れた公園で男三人に囲まれた陽寄が、オレを見つけた瞬間、健気に叫ぶ。
「お前らやめろ! こんなの犯罪だぞ?!」
『誰かと思えば、秋霜じゃねーか』『お前に犯罪とか言われたくねーわ』『てか、お前も混ざればいいじゃん?』
 何度かバーで顔を合わせたことのある男たちは、軽々と笑って陽寄の頬を撫で回す。
「やめろって言ってるだろうが!」
『うるせーな。ちょっとぐらい貸してくれたっていいじゃん?』
「陽寄はウチの生徒だ。手出しするなら容赦はしない」
『とか言って、アンタも手籠めにしてんだろ?』
「してない」
『はは。あの秋霜がこんな可愛い子、食ってないわけないじゃん』
「うるさいな。大体、オレは相手が落ちるまではやんねーっての。お前らみたいな下衆と一緒にすんな」
『それマジ? ウケんだけど。そーゆーとこ古いよな秋霜はさあ。でもこんな上玉、食わない訳にはいかないっしょ?』
「な」
『そこで大人しく見といてよ。秋霜センセ』
 主犯格の男が目配せすると、後の二人がオレの腕を掴んで陽寄から遠ざける。
「秋霜先生……」
 怯え切った陽寄の瞳が、真っすぐ俺に縋りつく。
 クソ。いくらなんでも二人相手じゃ力が足りん……。山家なら、あの馬鹿力で三人ぐらい軽く倒せそうだが……。
『さて。続きといこうか。小晴ちゃん』
「ああ……、先生……!」
 か細い陽寄の声がオレを苛み、山家の弱気な声が胸の中で蘇る。
 クソ! もうどうにでもなれ!
「おい待て! そんなガキじゃなく、オレにしとけ……!」
 気づいたら叫んでいた。
『はあ? こちとら女にされたかねえよ!』
「抱かせてやるって言ってんだよ」
『は?』
 やけっぱちで叫んだオレの台詞に、男がぽかんと口を開けてこちらを見つめる。
『あの鬼畜ドS野郎が? ジョーダン……』
「オレは本気で言ってる。なんなら三人いっぺんに相手してやってもいい」
 両脇の二人にそれぞれ色を含んだ息を吹きかけ、ゆっくりと指で太ももをなぞってやると、すぐに二人の喉が鳴る。
『いや、でもまさか……。本当にそっちもイケんのか……?』
「そんなの、触ってみればわかるだろ?」
 二人の喉を擽った後、挑発するようにシャツをはだけてみせる。
『っ……。お前ら、しっかり押さえとけ。まずはおれが確かめてやる』
「どうぞお好きに」
 気持ち悪いぐらいやる気になった男たちに、覚悟を決めて目を閉じる。こんなのなんてことない。山家に散々な目に遭わされたんだ。今更誰に抱かれたって……。それに、こんなことで大事な小晴ちゃんが守れるのなら……。
「ねえ。それ、何してるんですか?」
 ぞっとするような声がして目を開ける。その瞬間、オレの首筋を撫でていた男が目の前から消える。
『ひっ!』『な、なんだこのガキ!』
「お兄さんたちさ、俺のモンに勝手に触って、タダで済むと思うなよ?」
 静かな怒りを湛えた山家がニッコリと笑った瞬間、両脇の二人もあっけなく地面に倒れ伏す。
『な、待て。おれたちはただ……』『ひっ、このガキ、強……』『は、話が、ちが……』
「いいから黙って死ね」
 言葉を挟む隙もなく、山家は容赦なく三人を殴り、蹴る。
「ま、待て! 山家、いくら許せないからって、やりすぎだ! そいつら、もう気絶してるから!」
「……チッ」
 相手が死ぬまで殴りかねない山家を体で押さえ、落ち着かせる。
「お前、陽寄のことになると、周り見えなくなるのやめろ!」
「……アンタは大丈夫なわけ?」
「え? いや、オレとしてもこいつらは流石に許せないけど、でも何というか、これに関してはオレも悪かったわけで……」
「そうじゃなくて。アンタ、怪我とかしてない? 酷いことされてない?」
「は? オレ……は平気だけど。それよか陽寄が……」
「良かった……。けど、二度とあんな自分を売るような真似、しないでほしい……」
「え?」
 きつく抱きしめられた瞬間、頭の中が疑問符で埋め尽くされる。
 いや、さっきのはコイツ的には願ったり叶ったりじゃなかったか? あれか? 小晴ちゃんの前でそんな不埒な真似するな、的な?
「返事」
「あ~。お~。わかったから。お前はさっさと陽寄をみてやんな。途中から気絶しちゃったっぽいし」
 山家を引き剥がして、地面に倒れたままの陽寄を指さし向かわせる。
「さてと。こいつらにはどう落とし前をつけさせたものか……」
 寝転がって動かない男たちを見る。かなり手酷くやられていたが、まさか死んでないよな……? ほんと、陽寄のこととなると、おっかねえんだよな、山家は……。
 スマホで写真を撮りつつ、ため息を吐く。
 さてこれをどうしてくれようか。晒し上げるなんて生ぬるいことじゃ済まさない。なんせこの俺にあんな誘い文句を言わせたんだ。きっちり料金支払ってもらわないとな。
「それ、どうすんの?」
「うわっ。なんだお前、まだいたのか……」
 背後から画面を覗き込む山家に驚きつつ、咄嗟に黒猫のキーホルダーを手で覆い隠す。
 今見せるのは、なんとなく気まずい。こんなことなら、スマホなんかにつけるんじゃなかった。
「いいから、お前は陽寄を病院にでも連れて……」
「小晴なら今、保険医が保健室まで運んでくれてる」
「三久が……?」
 そうか、三久も投稿に気づいて駆けつけたんだな……。
「それよりさ……」
 正面に回り込んできた山家の手が、目の前まで伸びる。
 ああ、陽寄をこんな目に遭わせたんだ。これは殴られても仕方ないな……。
 覚悟を決めて目を瞑る。今更一発殴られただけでは、到底この罪は消えないだろう。でも、それで山家の気が晴れるのであれば……。
「……んえ?」
「うわ、可愛い反応だ」
「えっと……? 今、何したんだ……?」
「消毒ですよ」
「消毒……? いや、冗談言ってる場合じゃないぞ。お前、マジで陽寄について行った方がいい。無いとは思うが、一応三久も陽寄のこと狙ってたし……、ッ?!」
 真面目に忠告している間に、山家の舌が唇を舐め、さっきのように不意打ちで唇を重ねてくる。
「お前、何がしたいんだよ……。怒ってるのか? 悪かったって……。埋め合わせなら今度する。お前の気が済むまで言うこと聞いてやるから。だから、今は陽寄のことを第一に……」
「馬鹿ですね。アンタは何もわかっちゃいない」
 首筋を撫でる山家の手は、これ以上ないぐらい優しくて温かかった。
 誘拐野郎に触られていたときは、ただただ気持ちが悪かったのに、今はどうしてだか、酷く安心してしまう。
「いや、わかってなかったのは俺の方ですよね……」
「ん、山家……?」
 未だに腫れの引かない瞼を擽った指を追い、彼を見ると、どうしてなのか今にも泣きそうなぐらい傷ついた顔をしていた。
「ごめんなさい。俺が馬鹿だったんです。ずっと先生に酷いことして。でも、先生が襲われそうになって、ようやく気づいた」
 ああ。なるほど。客観的に見ることによって、自分のしたことを後悔したわけか。狂犬が項垂れやがって。
「えっと……。謝ってくれるのは嬉しいけど……。オレのは自業自得だし。大丈夫だから、そうしょぼくれるな」
 すっかり耳の垂れた忠犬に、堪らなくなって頭を撫でてやる。柔らかい髪の手触りが中々心地よくて、今は無理でも老後に犬を飼う生活もいいかもしれない、と場違いなことを考えてしまう。
「ねえ、先生。もうあんな連中とは関わらないでください。俺、大事な人を他人に触らせたこと、すごく後悔してるんです。今も、怒りが抑えきれなくて……」
 陽寄を思って声を詰まらせた山家に、やりきれない気持ちになる。そのままきつくあたられた方が、よっぽどすっきりするのだろう。
「悪かったよ。色んなとこで遊び過ぎた。でももう辞めるから。これからは、お前の邪魔をしないと誓うから……」
 若い頃から己の欲を満たすためだけに男女問わず食い散らかして来たが、思い返してみれば、本当の意味で満たされたことなど一度もなかった。でも、山家に抱かれて、山家の陽寄に対する想いに触れて、羨ましくなって、初めて気づいた。そう。オレはただ、愛されたかったんだ、と。身を挺して陽寄のことをあれほどまで守ろうとする山家は、オレにとって眩しすぎる存在だった。そして、自分がどれだけ空っぽなのか嫌でも思い知って……。
「先生、泣いてるんですか?」
「泣いてない……。私が泣くはずないだろう?」
 山家の頭をぐしゃぐしゃと押さえつけながら、歯を食いしばり、涙を抑える。
 きっとこの目は馬鹿になってしまったんだ。この心も、体も。全部空っぽだったくせに、今更こんなに繊細になるなんて。壊れてる。
「許せとは言わない。が、これからは私も心を入れ替えるよ。君たちには完敗だ。しばらくは私も連中が変な動きしないか目を光らしておこう。だから、君は安心して陽寄のナイトを気取れ」
 ぺちりと山家の額を軽く叩いて踵を返す。その瞬間、抑えていた涙がはらりと零れる。
 帰ろう。帰って思い切りベッドで泣こう。全部吐き出して、それで、この訳の分からない気持ちに踏ん切りをつけよう。
「待ってください!」
 服の裾を引っ張る山家に、振り返らず立ち止まる。
「っ。山家、今日はもう帰ろう。あ、ほら。陽寄も無事だって、三久も言ってるし。君は早く保健室に……」
「これ。どうして先生がつけてるんですか?」
「え?」
 スマホを弄る手に山家の手が重なる。その視線の先にあるのは、隠しそびれた黒猫のキーホルダーで。
「昨日のと同じやつですね」
「これは、別に……。自分で買ったんだから私がつけていて当たり前だろ?」
「随分大事そうにしてたから、てっきり小晴にあげるんだろうと思ってたけど……。猫、好きなんですか?」
「えっ。ああ、可愛くて、つい欲しくなってな……」
「……先生って意外と嘘下手ですよね」
「は……?」
 手の甲をなぞる山家の指が止まり、黒猫を攫ってゆく。
「……あ、これ。シークレットバージョンのクロニャンじゃないですか!」
「シークレット……? くろにゃん……?」
「レアなやつってことですよ」
「え、この可愛くないのが当たり? ってことなのか?」
「可愛くてつい欲しくなるんじゃなかったんですか?」
「えっと、いや。だから、オレが欲しかったのは、ふわふわの白猫のやつで……」
「確かにシロニャンは人気があるし安定の可愛さですけど……。俺はやっぱり、クロニャンが一番好きです」
 目を細めて笑う山家と視線がかち合い、顔を背ける。
「そんなに好きなら君にあげよう。誕生日をぶち壊したせめてものお詫びに……」
 ならないか。そもそも、こんな時に渡したら、このキャラを見る度に今日という日を思い出してしまいかねない。
「いや、やっぱり忘れて……」
「今更変に気を遣わないでください」
「……悪い」
「はあ。謝らないでくださいよ。俺は先生のことを責めてるわけじゃないんです。ただ、俺は先生の本当の気持ちが知りたいだけなんです」
「本当の気持ち……? 心配しなくても、心の底から悪いと思ってるって。何度言っても伝わんないだろうけど……」
「そうじゃなくて……。ねえ先生。俺は先生からのお詫びなんかじゃなく、誕生日プレゼントが欲しいんです」
「ええと。それは、この黒猫では駄目だということか?」
「いいえ。俺はこの子が良いです。先生が大事そうに持っていたこの子が。ねえ先生。これは俺の希望的観測に過ぎないんですが、その子、本当は俺への誕生日プレゼントにしたかったんじゃないですか?」
 山家の言葉に、心臓が嫌な音を立てる。
「私が、君のために? 悪い冗談だ」
「じゃあ、ちゃんと俺の目を見てそう言ってください」
「悪いが、少し気分が悪くて。続きは後日、必ず聞くから……」
「先生は俺のことをどう思ってるんですか?」
「……陽寄の犬だろう?」
「それだけ?」
「それ以外に何がある? 大切な生徒だとでも言われたいのか?」
「大切な想い人、とかどうですか?」
「……笑えない冗談だな」
「でも、先生はそれを望んでいる。違いますか?」
「違う」
「やっぱり俺の目を見ない。先生。貴方はどうして今、そんなに苦しそうな顔をしているんですか?」
「山家、いい加減にしろ。私は疲れたんだ。もういいだろ?」
「先生は、俺を恋愛対象として見るようになってしまった。違いますか?」
「……だったら?」
 真っすぐに見据えられては逃げ場もない。肩を落とし、諦めたように息を吐き出す。そして、ゆったりとした口づけを、黙って受けた。
「お前の趣味は嫌がらせなのか?」
「人聞きの悪い。ねえ先生。俺は、小晴のことが好きでした」
「知ってるさ。そんなの皆がわかってることだ」
 今更そんな十二分に分かっていることを告げられても困る。だからこの気持ちは叶わないということも、分かりきっている。
「先生はそれでいいんですか?」
「いいもなにも。私にはどうすることもできないじゃないか」
「そうでしょうか」
「何が言いたい?」
 含みのある表情でこちらをねっとり見つめた山家に、幾ばくかの苛立ちを感じる。完全にこっちが不利だと知って面白がっているのだろうか。それとも……。
「俺ね、小晴よりも守りたい人ができたんですよ先生」
「……なんだ、他に好きな奴できたのか」
「ええ」
 神妙に頷いてみせる山家に唖然とする。意外だった。あんなに陽寄に尻尾振ってた忠犬が、あっさりと鞍替えするなんて。でも、そうか。だから陽寄を三久に任せておけるのか。
「ええと、それは、良かったな」
「それだけ?」
「えっと……。そいつとは、上手くやってけそうなのか?」
「どうでしょうか。相手次第ですけどね。なんせ、変に天然なところがある」
「そうか」
「ほんと、最初は嫌な奴だって思ってたんですけど。でも、少しずつその人の優しいとことか見えてきて、ほんとは泣き虫だったり、流されやすくて可愛かったりいろんな面を知って。そしたら、いつの間にか憎まれ口まで可愛く見えて……。でも、そんな気持ちに俺は蓋をして。その人を傷つけました。たくさん。酷いくらい」
 悲痛な面持ちで独白を続ける山家に、オレは何も言えなかった。ただ、誰かもわからないその人を思い浮かべて嫉妬する心を無視することしかできなかった。
「俺は小晴が好きだという気持ちを貫きたかった。でも、ダメだったんです。気づいた時にはもうその人のことばっかり。それでも小晴のことが好きなんだと無理やりに偽って。気づいたことに気づかないふりをした」
 気づいたことに気づかないふり、か。まさに、オレの場合もそうだった。山家が好きだという気持ちに、気づかないふりをしていたのに。無理やり暴かれてしまったそれに、もう気づかないふりなんかできない。なんて残酷なんだろう。
「でも。それももういらない。もう、自分の気持ちを誤魔化せないほどに好きなんです。愛してるんです」
 真っすぐにそんな言葉を紡げる山家が羨ましかった。暴かれた今となっても、オレは到底そんな言葉を紡げないから……。
 ふいに視線を感じて顔を上げると、山家がこちらをじっと伺っていた。
「あ~、えっと。その人と、幸せにな」
「……」
「な、なんだよ、その顔は。お前が何か言って欲しそうにこっち見てるから定番台詞をくれてやったってのに……」
 ほんと、人がどんな思いで応援してると思ってるんだ。でも。良かったのかもしれない。これで。傷は浅い方がいい。だから……。
「ほんと、にっぶいですね」
「ん?」
 苦虫を噛み潰したように顔をしかめた山家が、突然オレの手を取り引き寄せる。そして。
「そういうとこが天然だって言ってるんですよ」
「な、んっ!」
 抱き締められたまま口づけを落とされる。
「口、開けて?」
「嫌っ、は、んんっ……」
 拒絶しても入ってくる山家の舌が口内を掻き回し、思考を奪ってゆく。
「ほら、泣き虫で」
「んんっ、やめ、あっ、んん……」
「流されやすくて」
「んっ、クソ、やめろって言って……!」
「憎まれ口も可愛く見えて……。ね、気づきませんか?」
 ようやく身を離された時にはすっかり息が上がり、気を抜くとしゃがみ込んでしまいそうなほど、欲に支配されていた。
「気づく……? 何に、だっ……」
「ほんと、馬鹿ですね」
 頬を優しく撫でた山家の手は、やはり心地よく。赤く熟れた頬を更に熱くさせる。ぼんやりとしてきた瞳で、山家の顔を見上げると、その目は愛しみに満ちていて……。
「え……?」
「ね、何のためにこんなにキスしたと思ってるんですか?」
「そ、れは、嫌がらせのために……。いや、陽寄に手ェ出せないようにするために……?」
「でも。結局、それも最初だけでしたよ」
「は?」
「ほんと、最初は嫌な奴だと思ってたんだけどなぁ。どんどんアンタのことが愛しくなって……」
「え?」
「ね、センセ、俺が愛してるの誰だかわかった?」
 指を絡ませてきた山家が不敵に微笑む。
「い、いや……」
 勘違いしそうになる脳に全力でブレーキをかけるが……。
「ほんとはわかってるくせに」
「ん……」
 首筋を撫でた唇が、そのまま上に伝ってゆく。それだけで壊れそうになる理性を保ち、唇を噛みしめて耐え抜く。が。
「ね、センセ。俺は貴方のことが好きです。俺は、秋霜 烈花を愛してるんです」
「は……あ?」
 耳元で囁かれた甘い言葉。その呪いに掛からない様、耳を塞ぐも時遅く。頭の中で何回もぐるぐるぐるぐる響いたそれは、確実に心に染み込んで。
「今までのことは本当にすみませんでした。でも、もう迷いません。どうか、俺を貴方の側に置いてください」
「いや、そんな……。だって、お前は……」
「俺は貴方の犬になりたいんです。例え拒絶されたとしても、俺は貴方を愛し続けます」
 手を取り顔を近づけた山家が、こちらを真剣に覗き込む。可能であれば、今すぐ山家を押しのけて逃げてしまいたかった。でも、きっと逃げても意味がない。この頬の火照りは、甘い動悸は、もう無視できるものではなかった。
「……どうせ、オレの気持ちなんてとっくにバレてるんだろう?」
「まあ。そんな可愛い顔されちゃあ流石にわかりますよ」
「っ。だったら……。犬なんかじゃなく、恋人って言え、馬鹿」
 自棄になって山家の胸に身を預ける。どうやら、心臓がうるさいことになっているのは自分だけではないらしい。
「……じゃあ、先生。俺の恋人になってくれますか?」
「ああ。お前には負けた。好きにしろ」
「はは。最高の誕生日プレゼントだ」
 山家の手の中で黒猫が揺れる。その不愛想な表情も、今は何故か、微笑んでいるように見えた。



「は~。長かった!」
 イヤホンから聞こえてきた歯の浮くやり取りに、苦笑と達成感の入り混じったため息を吐く。
「お疲れ様」
 保健室のベッドにダイブしたボクを労わる声に首だけ向けると、コーヒーカップを持った保険医が柔らかい微笑みをくれる。
「でも。これでようやく、紫音もボクから離れてくれるよね?」
 彼からカップを受け取り、勝利のコーヒーを口にする。苦い。この何にも媚びない味わいがボクにとっては癒しだ。
「ほんと、大変だったよ。紫音と秋霜先生の仲を取り持つのは」
「う~ん。僕もまさか上手くいくとは思ってなかった。小晴くんはさながらキューピットだね。すごく似合いそう」
 そう言って笑う彼を可愛く思いながらも、ここまでの苦労を噛みしめる。
 入学式の日、秋霜先生に声を掛けられたときから「これだ」と思った。だって、先生はとっても紫音好みの人だったから。
 紫音はボクみたいなふんわり可愛い子が好きだ。それは本人も認めている。
 だけど、それとは別にツンツンした子も好きなはずだ。これは本人も無自覚だったんだろうけど、長年隣で見てきたボクにはお見通し。
 そしてそれは、紫音が好きなキャラクターである『シロニャン』と『クロニャン』にも言えること。一般的に人気のある『シロニャン』が一番好きなんだといつも紫音は言っていた。だから、ボクは紫音の誕生プレゼントに『シロニャン』グッズを選んだ。でもやっぱり。
「やっぱりクロニャンが好きなんじゃないか!」
 紫音のスマホに仕掛けておいた盗聴アプリのお陰で判明した事実に、少しだけ誕生日プレゼントの選択を後悔する。まあ、『シロニャン』も可愛がってもらえるだろうからいいけどさ。
 それにしたって、紫音の恥ずかしがるポイントがわからない。最初から素直に『クロニャン』が好きって言ってくれればよかったのに。
「マイナー趣味は理解されにくいし、馬鹿にされることもあるからねえ。世間に合わせたくなる気持ちもわかるよ」
 ボクの呟きに答えてから一人で頷く彼に首を捻る。
「ミクちゃんは世間に合わせる気持ちなんか持ち合わせてないでしょ?」
「うぅ。まあ、ハイ……!」
 ボクの冷たい視線に彼が喜んで体を震わせる。
 とまあそういうわけで、ボクは秋霜先生と紫音をくっつけるために色々とちょっかいを掛けた。
 あの飴だって本当はボクが用意した物だし、先輩たちがボクに飴を食べさせようとしたのも、夏伏 三久に先輩たちを上手く唆してもらったからだ。勿論、紫音にバレそうになったら秋霜先生がやったって言えばいいという助言付きで。それで、ボクが襲われる状況を回避するために秋霜先生宛てに電話を掛けたのもボク。玩具やローションを用意したのもボク。紫音に飴を食べさせた後、秋霜先生宛てに「今、外に出たら番犬くんの面白い姿が見れるよ」っていうメッセージをLINEで三久に送ってもらって、二人を鉢合わさせたのもボク。タイミングを見計らって邪魔したのは……ちょっとやりすぎたかなって思ったからなんだけど。その後、二人は勝手にどんどん接触しちゃうし。そりゃ誕生日プレゼント買ったとき、紫音の「今どこ」LINEに素直に答えたのはボクだけど。気づいたら二人とも結構お互いを意識してたから。トドメに先生の知り合いのオニーサンたちに協力を仰いで誘拐させたのもボク。勿論、紫音に居場所を伝えたのもボク。タイミング良くヒーローが現れたのにはカラクリがあったってわけ。
「ま、キューピットになった甲斐があるよ。あんなにラブラブならさ」
「本当に、良かった……。僕は烈花のこと、裏切っちゃったから後悔してたけど……。これはこれでハッピーエンドかもしれない、なんて。番犬くんには申し訳ないけど」
「ふふ。紫音も悪い子じゃないし、友達としては好きなんだけどね」
「小晴くんは抱きたい側なんだもんね」
「そういうこと」
 甘ったるいキスをくれてやると、彼はボク以上に可愛い声で喘ぐ。やっぱりボクの見込んだ通りだ。
「でも、まさか小晴くんが小悪魔だったとは。絶対タイプじゃないと思ってたんだけどな」
「ボクはミクちゃんのこと、最初っから良いなって思ってたよ? この学校を勧めてくれた紫音には感謝しないと、ね」
 ようやく本当の自分を出せる相手を見つけたことに安堵しながら、目の前の色白い肩に思い切り噛みつく。彼は、ボクなんかより力があるはずなのに、どんなに酷く扱っても抵抗することはない。それどころか、虐げられて悦んでいる節がある。
「はあ……。小晴くん……。僕たち、ほんと、相性がいいよね……。僕も番犬くんに、感謝しないとだね」
「ふふ。そうだね。でもね、一番誰に感謝すべきか忘れちゃ駄目だよ?」
「勿論。僕は番犬くん以上に君に忠実に粘着してみせるよ」
 恍惚の表情を浮かべた彼がボクの手からコーヒーを奪い、そのままベッドへと誘う。
 紫音、ごめんね。でも、本当のボクは君の希望には沿えないから。だから、お互い幸せになろうね。



「適当に寛いでてください。着替えてくるんで」
 初めて訪問した山家の部屋は、思ったより物が少なく、整然としていた。あれから、誘われるがままについて来たのはいいけれど、流石に選択を間違えてしまったかもしれない。
「いや、その。私はこれで……」
「何言ってんですか。俺の告白に頷いたのはアンタでしょ。今更カマトトぶらないでくださいよ」
「だが、しかし。その、一応オレとお前は教師と生徒なわけで。そういうことをするのは、なんていうかだな……」
「どの口で常識語ってんですか。ったく。照れないでくださいよ。こっちもなんか恥ずかしくなる」
 そう言いつつも、山家はいとも簡単にオレをベッドに押し倒す。
「山家……」
「付き合ってるんだからプライベートぐらい名前で呼んでくださいよ」
「めんどくさい女子みたいなこと言うな」
「じゃあ先生も恥ずかしがってないで、さっさと股開いてくださいよ」
「お前、猿以下か?! っ、やめろ」
「だって! 先生が他人に厭らしく触られたのかと思うと……。俺は……」
 顔を歪めた山家を見て、どうやら本気で後悔しているらしいことを知る。これだから純情童貞お坊ちゃんは。
「触られてない。ギリギリでお前が助けに来てくれたから」
「本当に?」
「ああ」
「良かった……。内心、嫉妬でぐちゃぐちゃだったんです」
「ふ。まさかお前がそんな風に思ってくれてたとはな」
 普通ならそんな重い気持ちは御免被るのだが、コイツに想われるのは悪くない。というかオレまでもが、コイツ以外に触られなくてよかった、なんて思っている。初心は伝染するらしい。
「わかったでしょ? 俺、結構アンタにべた惚れしてるんですよ」
「っ。待て。だからって、お前に流されるつもりはない」
「駄目ですか?」
 子犬のように潤んだ瞳を即座に視界から外し、気を強く持つ。
「駄目だ。明日だって学校だし。良い子は寝る時間だ」
「でも、先生だって、欲求不満でしょ? 散々お預け食らってさ」
「うるさい。とにかく、そんな簡単に掘られるつもりはない」
「その気になればいいってこと?」
「は?」
 山家の指がゆっくりとオレの唇をなぞる。
「キス。一回だけ。それで先生が落ちなかったら、今日は諦めます」
「いや、でも……。お前、一回って絶対長いやつだろ」
「自信ないんですか? じゃあ一分だけ。それだけ先生が耐えられたら今日は何もしません」
「……いいだろう」
 このままうだうだと抵抗されるよりは、提案に乗って諦めて貰う方が早いだろう。
 そう思ったのが甘かった。
「じゃ、口開けて?」
「んっ?! な、にっ……」
 口に何かを放り込まれ、それを封じるように口づけを落とされる。
 舌の上で溶けるそれは、恐らくラムネ菓子。何故そんなものを? そう疑問に思っている隙に、体に異変が起きる。
「は……。これ、まさか……」
「恐らく催淫剤入りラムネですね。小晴から貰ってポッケに仕舞ったままだったんですけど。イチバチで賭けてみました」
 やっぱり小晴ってば狙われてるんですね、と呟く彼に、一つの可能性が湧き上がる。が、深く考える前に思考は欲に攫わられる。
「じゃ、そういうことで。見事落ちてしまった先生には、お泊りしてもらいます」
「く、ふざ、けるな……」
「は。ほんとにこれ、効きますね……。今すぐ挿れたいけど……」
「待て、せめて風呂……」
「そんな待てるわけないでしょ」
 欲を湛えた瞳が真っすぐにオレを捕らえる。
「ん……。は、あ、キス、お前、上手いから、嫌い……」
「はは。嬉しいこと言ってくれますね。は~、ほんと、最高に可愛い」
「んっ、胸、触んなって……」
「じゃあココならいいんですか?」
「は……。よくな……」
「固くしちゃって可愛い」
「っ~。も、わかったから。とにかく、今日本番すんのは無しだ。口でしてやるから、さっさと……」
「ここまできて我慢できるわけないでしょ。先生だって、本当はシたい癖に」
「お前な、やられる側の負担ってもんをだな……。っひ!」
 なんとか説得を、と思っている隙に、容赦のかけらもない山家がローションに浸した指を穴に沈める。
「できるだけ優しくしますから」
「う、あ……。ば、か……。広げんな……!」
「随分と柔らかいですね……。もしかして、自分で弄りました?」
「ッ、そんなこと、な……。は。ふ、ぅ……」
「あ、そんな顔しないで。耐えられなくなる」
「は。そのまま一人でイっとけ……」
「嫌ですよ。せっかくこうして愛し合えるんですから」
「っ、あ! 掻き回すな……!」
「センセ、そろそろ挿れていい?」
「だ、だめ……」
「ほんとに?」
 指が引き抜かれ、山家のそれがぴとりと穴を塞ぐように触れる。それだけで、全身がぞくぞくして堪らない。
「ん、は……。も、戻れなくなりそうで……」
「怖い?」
「ん……」
 目を閉じて己の拳を噛んで震えを押し込めていると、起き上がった山家がその手を取ってオレの体を引っ張り起す。
「じゃあ、こうしましょうか」
「え……?」
 寝そべった山家が、己の上にオレの腰を誘うと不敵に微笑む。
「自分で挿れて?」
「は……?」
「その方が加減もできるでしょ?」
「そんな真似、誰が……」
「ほら。手伝ってあげるから」
「あ、あ……!」
 山家の力と互いの熱が抵抗を無駄にして、ゆっくりと腰を沈める。
「頑張って?」
「ああっ!」
 胸を擦られ、快感が強まったところで一気に腰が落ち、ずぶりと山家のそれがナカに突き刺さる。
「は。キツ……」
「あ。ほ、ほんとに、入って……」
「ん。やっと繋がれたね。烈花」
「ッ、名前……。てか、お前、この前、好き勝手に、挿れた癖に……」
「気持ちの問題ですよ。今は合意の上、でしょ?」
「ど、こが……」
「俺は烈花のこと、好きだよ? 烈花は俺のこと、嫌い?」
「あ……。ば、か……、嫌いな、わけ、あるかよ……」
「はは。腰動いてるよ。気持ちいいね」
「あ、ぐりって、すんな……! 当たる、からっ……」
「でも、もっと奥がいいんでしょ?」
「あっ。ん、熱……、も、ぐちゃぐちゃで、ヤバい、から……ッ!」
「ほら、もっとギリギリまで腰浮かして?」
「あ、んんっ!」
「ちゃ~んと自分の好きなとこ当たるようにしなくっちゃ、烈花」
「あ、あ、も、ぬるぬるするからっ。零れる、ッ……!」
「ほんと、汁が勝手に出てるね」
「は……。もう、イく……」
「待って。ちゃんと突かせて?」
「あッ、やッ……」
 ベッドに倒され、主導権が山家へと移る。熱い。頬が馬鹿みたいに熱くて、突かれる度に全身が震えて嬌声が漏れ出す。
「んッ、ああッ、やま、いえッ……!」
「紫音、でしょッ……!」
「し、おんッ……! もうッ、イ……」
「はっ、いいよ。一緒に……!」
「あ、ああ、んんっ、紫音ッ……」
「は、あ、烈花、愛してるッ……!」
 甘い台詞と共に達した後、今まで味わったことのない気持ち良さに身を震わせる。こんなの、落ちない訳がない。
「は……。ほんとヤバい。俺、もうアンタ以外抱ける気がしないや」
 頬を擽る山家の指が愛おしくて、手繰り寄せて口づけてやる。
「オレだって。こんなの、お前以外いらなくなる」
「いや、もうほんと煽んのやめてください! 明日学校だって言ったのアンタじゃん!」
「……明日、休むか?」
「うわ。不良教師だ!」
「元より、オレは欲望に忠実なんだよ」
「こんのエロ教師。どうなっても知らないですよ!」
「上等」
「言いましたね!?」
 不敵に微笑んでみせるオレに、山家が挑むように食って掛かる。こんなのは全くオレらしい恋愛とは言えないけれど、落ちてしまったのならば仕方がない。
「せいぜい楽しませてもらおうか、番犬君」
「楽しませてもらうべきは、誕生日の俺ですよ。俺の黒猫ちゃん」
 少しだけ大人になった少年は、翌日の心配などすっかり忘れたように欲を湛える。
 今夜は随分と長くなりそうだ。
しおりを挟む

処理中です...