アズアメ創作BL短編集

アズアメ

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(77)お隣のインコが迷い込んできた話

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上京し、ボロアパートで暮らす大学生の理桜。絶賛彼女募集中の彼の元に『リオクン、アイシテル』と告げるインコが舞い込んで……。
飢えた勘違い大学生×被害者イケメンお兄さん。
掘られる前に掘っちゃえっていう思考回路サイコクレイジーな攻めが好きです。

名執 理桜(なと りお):絶賛彼女募集中の平凡大学生。ネーミングは「お隣」
鳥飼さん:理桜の隣に住むイケメンお兄さん。ネーミングは言わずもがな。
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 満開だった桜も散り、花粉症も大分和らいできた今日この頃、晴天に恵まれることの多いこの季節。
「よいしょっと」
 干していた布団をベランダから取り込んだ俺は、素早くそれをタタミに敷くと、迷うことなくダイブする。
「はあ……。あったか~い」
 こんなに気持ちの良い昼下がりは、お日様の匂いを堪能して日々の疲れを癒すに限る。
 俺は名執 理桜、大学二年生。田舎から都会に越し、ボロアパートで一人暮らしを始めて二年目。ようやく家事に慣れてきた俺は、今日もイケメン力を高めるべく、手の込んだ料理を練習する算段だ。
「まあ、未だに彼女、いないんですけどね……」
 はは、と乾いた笑いが誰もいない部屋に響き渡る。
 大学に入れば、自然と彼女ができるものだと思っていた時期もあった。が、一年経った今、それが間違いだったと知った。待っているだけでは彼女はできないのだと悟った俺は、女子の会話を盗み聞き、ある結論へと至った。そう。それが主夫力。
『やっぱ今の時代、家事出来る夫と結婚したいっしょ!』『わかる~。料理とか上手かったらさ~、胃袋掴まれちゃうわ』『多少顔が平凡でも、家事さえできればいいまである』『わかる~!』
 キャッキャと盛り上がる女子を尻目に、俺は確信した。家事、特に料理だ。料理を極めさえすれば、平凡顔の俺でもモテる……!
 そこからは、毎日特訓の日々だった。和洋中華何でもござれ。例え今はぼっち飯でも……! 将来の栄光を夢見て、俺は今日も料理を仕込むのだ……!
「でも、あと少しだけ、ゴロゴロしよう……」
 お布団と太陽のコンボに魅了された俺は、窓から入ってくる初夏の風を受けながら、贅沢な昼下がりを微睡む。
「んん……。でも……。今日ぐらいはカップ麺でも……」
 抗いきれない眠気に侵食された俺は、ついに妥協案を呟き、目を閉じる。
 だって。しょうがないだろこれは。どうせ一人なんだし、最悪飯なんて食べなくても一日くらい……。



 気がつくと俺は、桜並木の下、見知らぬ女子と寄り添い合っていた。
 小鳥のように可愛らしい女の子が、俺の耳元で愛を囁く。
『理桜くん、好き……。大好きだよ……』
 照れながら囀る彼女に、俺の心は踊り狂う。
 めっちゃタイプ……。清楚な黒髪奥手はにかみ天然タイプ……!
 頬を擽る黒髪に、俺の心はいよいよ乱れる。
 抱きしめてもいいかな? いいよね! こんなん我慢する方が無理じゃんね?!
「俺も、だいっすきでええすっ!」
『ぴぎゃ!』
 ぴぎゃ?
 まるで鳥のような鳴き声に抱きしめようとした腕を止めた瞬間、額に鋭い痛みが走る。

「痛っつうう?!」
 耐え切れず、布団からがばりと起きた瞬間、それが夢だったことに気づき、肩を落とす。が。
『リオクン、スキ……。ダイスキダヨ……!』
「いてっ! いてててて! は?! なんだ、この鳥!」
 いつの間にか頭に乗ったインコが、くちばしで容赦なく俺の頭を何度もせっつく。
 あの夢、もしかしなくとも、こいつのせいで見たのか……!
「おいやめろ! ていうか、お前はなんで俺の名前を知ってんだよ鳥公!」
『リオクン! リオクン!』
「つつくのやめろー! 誰か、助けてくれー!」
 コンコン。悲痛な叫んだ数秒後、玄関のドアが控えめに叩かれ、救世主が現れる。
「すみません! 隣の者なのですが! 今、声が聞こえて! もしかして、ウチのインコ、来てます?!」
「き、来てます! 開けます!」
『リオクン、アイシテル! リオクン、ダイスキ!』
 暴れるインコをなんとか振り切って、ドアを開けると……。
「すみません! ご迷惑を!」
 イケメンのお兄さんが立っていた。いや、別に夢に出てきた美少女を期待していたわけではないのだが、なんというか、目の前のお兄さんは、同じ人間なのか疑わしいほどに顔が整いすぎていて。
 ああ、神様は意地悪だ……。こんなイケメンがお隣さんだなんて! なぜ夢の美少女ではないのか!
『リオクン! スキ!』
「あいて!」
 ぼーっとしていたところに、再びインコの攻撃が始まる。
「こら! トリ美! やめないか!」
『リオクン! アイシテル!』
 イケメンがトリ美と呼ばれたインコに手を伸ばすと、トリ美はあっさりとイケメンの手の平に乗り、大人しくなる。
 これが、イケメンとの差か……。
「全く。まさか掃除中に脱走するなんて。あ、すみません。お騒がせしてしまって」
「あ、いえ。ええと……」
「申し遅れました。私、隣に住んでいる鳥飼と申します」
「鳥飼さん……ですか。なるほど?」
 名前通りに鳥を飼っているなんて律儀な人だな。
「あ~。名前が名前なので、最近知り合いからこの子を押し付けられてしまって……」
 俺の表情から察したのか、聞かれてもない説明を始めるイケメンに、取りあえずはこちらも律儀に応答する。
「ここ、ボロいけどペットオッケーですもんね」
「そうなんです。実は、以前まで実家暮らしだったのですが、母がどうにも動物アレルギーでして。ですから、私はこの子のために一人引っ越しを……。って、どうでもいい話をしてしまいましたね。でも、保護してくれたのが理桜くんでよかった……。ありがとうございます」
 安堵の表情を浮かべたイケメン……鳥飼さんは、その黒髪を揺らしながら俺に向かって律儀に頭を下げる。というか、今までは顔ばっか見てたけど、Tシャツやばくないか? なんかぶっさいくな鳥がプリントしてあるんだが……。これがいわゆる「イケメンならなんでも許される」ってやつか? いや、違う。その服のダサさも気になるけど、今気にすべきは……。
「あの……。俺、鳥飼さんに名前教えましたっけ?」
 疑問を投げかけた瞬間、鳥飼さんの表情が凍り付く。
「……いや、それは。隣人なんだから、それくらい知ってますよ!」
「僕は貴方の名字すら知らなかったんですが……」
「それは……、なんていうか……」
 言葉を詰まらせた鳥飼さんは、わかりやすく目を泳がせる。
「それと聞きづらいんですけど、さっきのインコの言葉……。あれ、なんなんですか?」
「いや! あれは気にしないでいただけたら……」
『リオクンアイシテル! ツバサ、リオクントイッショニナリタイ!』
「うん……?」
 ツバサ、というのは恐らく鳥飼さんの下の名前だろう。でも、俺と一緒になりたい、というのは……。
「あの、これは……」
「鳥飼さん……」
「ち、違うんです! これは、なんていうか! すみません! ほんとに違くて……!」
「ひっ」
 俺に縋りつこうとする鳥飼さんの手を弾き、思いっきり飛び退き距離を取る。
「あっ、引かないで! 私は決して怪しい者じゃ……」
「か、帰れ! この変態イケメン!」
『ア~、リオクンペロペロ~!』
 ばんっ。インコの言葉にすっかり青ざめた俺は、インコと共に変態を早急に部屋から追い出し、ドアの鍵をかける。
「どういう神経してんだ、アイツ……」
 開け放たれたままの窓を閉め、ようやく息を吐きだす。
 女の子だったらまだ許せる……。だが、どんなに顔が整っていようが、男にストーキングされるのは、恐怖でしかない……!
「引っ越し資金貯めて、早く出よう……」
 こうなってしまえば、イケメン力を上げるどころではない。
「イケメンになるつもりが、イケメンに女にされるなんて……。考えただけで怖ええ……」
 さっきまで温かかったはずの布団はすっかりと冷め、気づけば辺りは夕暮れに染まり始めていた。どうやらこれは、カップラーメンルートらしい。



 あれから一週間。戸締まりと遭遇に気をつけつつ、俺はなんとかあの変態を回避することに成功していた。が。
 ピンポーン。午前零時を過ぎた頃、インターホンが鳴り響く。
「こんな夜中に一体誰が……」
 一瞬、あの変態の顔が過ったが、もし、クラスメイトの女の子が泊まる家を探して訪ねてきたのだとしたら……。なんていう童貞丸出しの妄想によって、俺の手は勝手にドアを開けてしまう。
「えっと。どちら様ですか……。って、うわ……」
「うう……。私だ……」
 ドアの前に座り込んでいた男を見て、己の妄想が宛にならないことを知る。
「ちょっと、どうして鳥飼さんがこんな夜中に、俺んちのインターホン鳴らしてるんです?」
「あれ? もしかして、私の、部屋じゃ、ない……?」
「は? てか酒くさ……。酔ってるんですか? 迷惑なんで、さっさと帰って……」
「う、も、駄目……、吐、く……」
「は、ちょ……、やめ……!」
 口に手を当てた鳥飼さんを、急いで退かそうと手を伸ばすが……。
「うわ……、マジかよ……」
 見事に俺の腕にゲロをかけた彼は、泣きながらその場に倒れ込んだ。


「すみません……。本当に、すみません……」
 玄関先で盛大にゲロをぶちまけられた俺は、あれからどうにかゲロを処理して、鳥飼さんを布団に運んだ。まさか、こんなところで主夫力が試されるとは……。
 そうして、目を覚ました鳥飼さんは、布団の上に正座してとにかく何度も土下座した。
「あの……。普通、自分の家、間違えます?」
「すみません……。会社の飲み会で無理やり飲まされて……。記憶が曖昧で……」
「てか、パンイチで土下座すんのやめてください。俺の服、着ていいですから……」
 残念ながら、ゲロで汚れたスーツは水洗いして乾かしている。応急処置なので、後でクリーニングに出すなり、新しいものを買うなりして貰わないといけないな。
 それにしても。
 俺がパンイチで土下座なんてやると間抜けなコントになるんだろうけど、なまじイケメンがやると色気がすごくて、そういうプレイみたいに見えてよろしくない。
「うう……。すみません……」
 まだ青い顔で申し訳なさそうに呟いた彼は、言われた通り俺のスウェットに着替え始める。
 いや、待ってくれ。そのクソダサスウェットでもイケメンは着こなしちまうのかよ……。
 愛用のくたびれ灰色スウェットも、イケメンが袖を通せばあら不思議。シックな味わいを醸し出したそれは、イケメンの色気とゆるさのギャップを益々引き立てるマストアイテムに!
「いや……、マジで何なんだよ……」
 てか、なんでこんなお泊り彼シャツ? みたいなことになってんだよ……。
 コイツ、絶対狙ってやっただろ……。そもそも、一人暮らしがインターホンを鳴らすはずがないんだよ。こんなの、わざと以外の何物でもない。コイツのペースに巻き込まれない内に、早く追い返した方が……。
「本当に、迷惑をおかけして……」
 涙目で口に袖をあてる仕草が、何ともあざとい。演技だとわかっていても、追い出すことを躊躇ってしまう。
 イケメン、本当に卑怯だ……。
「しょうがないな……。お水、飲めます?」
「あ、りがと……」
「ほら、飲んだらしばらく横になっててください」
「うう、それは、迷惑、だし、帰ります……」
「あ、ちょっと!」
 ふらふらと立ち上がった鳥飼さんは、やはりすぐに青い顔をして座り込む。
「う……」
 どうやら、酔っているのは本当らしい。まあ、そうじゃなきゃゲロなんて吐けねえよな。
「そんなんじゃ歩くの無理ですって。酔いが醒めるまで居ていいですから」
「やっぱり理桜くんは、優しいなあ……」
 しぶしぶ布団に寝かせてやると、鳥飼さんはへにゃりと相好を崩して瞳を閉じた。
 これは、なんというか……。
「えっと……」
「でも、やっぱり、恋なんて……。認めたくないなあ……。理桜くんに、迷惑だし……」
 うわ言のように呟かれた葛藤は、随分健気なものだった。
「この人、本当に俺のこと好きなんだな……」
 男に好かれるとか気持ち悪いと思ってたけど……。
「鳥飼さんなら、悪い気はしないな」
 頰にかかる髪を整えてやると、彼はくすぐったそうに瞼を震わせる。
「ん……」
 鼻にかかった声も、中々色っぽい。こうしてまじまじ見ると、本当に顔が良い。清楚な黒髪奥手はにかみ天然タイプ……。たしかに俺のストライクゾーンに合ってなくもない。
 でもな~。男に抱かれるのは嫌だよな~。イッショニナリタイ、とは恐らくそういうことだろう。でも、俺に掘られる趣味は全くないし……。
「あ、そうだ。抱かれる前に抱いちゃえばいいじゃん」


「う、うう……ん?」
「あ、起きた」
 瞼を震わせ、その濡れた瞳を開けた鳥飼さんの顔が、すぐに焦りを映し出す。
「え……。え? な、な?!」
「驚かせちゃいました? でも俺、こっちじゃないと嫌なんで」
 まさか、こんなに上手くいくとは思わなかった。見よう見真似で寝ている鳥飼さんを犯していくうちに、俺自身もどんどんやる気になっていって……。
「は、なん……で、ど、退い……っあ!」
「ここ、気持ちいいでしょ?」
 ずぶずぶになったそこを突くと、彼は頬を染めながら嬌声を上げる。
「んッ……! な、なに、これ……、あッ……!」
「はは。鳥飼さん、抱かれる方がよっぽど向いてますよ?」
「は、ああッ……!」
 寝ている間にたくさん弄り倒したおかげで、すっかり感じるようになった乳首を擦ってあげると、驚きの混じった甘い吐息が鳥飼さんの口から零れだす。
「な、なんでッ、こんなことッ……!」
「アンタだって俺にこんなことしようとしてたんだろ?」
「へ……?」
「でも、俺は抱かれるのは御免。だから、俺が好きなんだったら我慢してください」
「待ッ……て、んんッ……!」
「俺さ、抱く側だったらいつでも相手していいよ」
「や、やめ……!」
「鳥飼さんもさ、こっちが気持ちいいでしょ?」
「あ、も、駄目……」
 目の端に溜まった涙に口づけると、色白い体がぴくりと震える。
「うわ。俺も好きになりそうだわ、これ。鳥飼さん、こんなに可愛いんだったら、男でも全然……」
「ひっ……」
 噛みしめたままの唇を舐めてやると、小さく悲鳴が零れる。
「可愛い」
「あっ、うう……!」
 そのまま唇を重ね、舌を絡めると、取り返しがつかないほどの愛しさが込み上げて……。
「鳥飼さんっ、俺、アンタのこと、マジで好きかもっ」
「う、理桜くん、そんなこと、言っちゃ、駄目……ッ!」
「鳥飼さん……! 鳥飼さんッ……!」
「あっ、は、ああッ!」
 気づいたら、そのまま欲に身を任せて、ただひたすらに愛をぶつけていた。干したばかりだった布団には、酒と精液と鳥飼さんの匂いが染みついて皺だらけになっていた。


「鳥飼さん。これで満足しましたか?」
「は……。君、見かけによらずヤバいな……。さすがツバサが惚れただけある……」
「鳥飼さん、自分のコト名前で呼んじゃう系? あざと~」
 よれよれになった鳥飼さんの髪を撫でつけていると、ふいに彼がうめき声を上げる。
「うう……。やっぱり君、勘違いしてるだろ……」
「ん?」
 首を傾げる俺を前に、鳥飼さんはため息を吐いて肩を落とす。
「いいかい? 私は、君のことを恋愛対象として見たことなんてない」
「んん? ああ、もしかして。俺に迷惑が掛かるからってやつ?」
「ん?」
 鳥飼さんのいじらしさに思い当たってそう告げると、今度は彼がインコみたいに首を傾げ始める。
「いや、大丈夫です。俺も最初は無理って思ってましたけど。鳥飼さんなら特別オッケーです!」
「んん? いや、私は君に迷惑だからとかそういう次元の話でなく本気で……」
「は? だって鳥飼さん、酔ったとき言ってましたよ。恋なんて認めたくない~。理桜くんに迷惑だし~って」
「え……? あ、それは……!」
「それに、インコも俺のことアイシテルって……。あれ何なんです? 気づいてほしくてわざと覚えさせたんですか? それとも、いつも鳥飼さんが言ってるから勝手に覚えたんですか?」
「ち、違う! 待ってくれ! 私じゃない!」
「でも、ツバサって……。鳥飼 つばさが貴方の名前なんでしょう?」
「妹だ!」
「妹?」
「鳥飼 つばさは妹の名前なんだよ。よく逆に間違えられるんだが、私の名は朝海だ」
「朝海さん……?」
「ああ」
「じゃあつまり……?」
「君のことが好きなのは妹の方だってこと」
「え……?」
「トリ美には妹が覚えさせたんだ。私も困っていたんだよ。それがまさか、本人に聞かれてしまうなんてね」
「いや、でも。朝海さん、一人暮らしって……」
「そうだが、実家が近いんだ。だからよく妹は、理桜くんのこと見にやって来るんだよ」
「俺を……?」
「私の口から言っていいのか迷ったんだが。どうも妹は理桜くんに一目惚れしたみたいなんだよ」
「俺に、一目惚れ……?」
「私が一人暮らしを始めてすぐ、妹が遊びに来たんだけど。そのとき、丁度理桜くんを見かけたらしく……」
「え、じゃあ、浅海さんが俺の名前を知ってたのは……」
「妹情報。あいつ、好きになった相手はとことん調べ上げるから」
「あ……。じゃあ認めたくないってのは」
「君と妹がどうこうなるのを認められないってこと。あ、君が悪いんじゃなく、妹に問題があって。あいつ、ストーカー気質で。だから君に迷惑をかけるだろうから。なるべく彼女と会わせないようにしてたんだけど……」
「えっと。マジですか……? じゃあ、俺がやったことって……」
「普通に考えて犯罪だな」
「ご、ごめんなさい!」
 全ての辻褄が合い、己の思い込みを恥じると共にスライディング土下座をキメる。
 いや、ほんとに。俺、すっげーヤベーじゃん……。
「いや、私こそ、君に勘違いさせてしまって……」
「あの、それじゃあ本当に朝海さんは俺のこと、なんとも思ってないんです?」
「……ああ」
「う……。俺、すごい恥ずかしいこと言いましたよね?」
「いや……。まあ、そう、だね……。でも、お互い様だし……。私も、全部忘れることにするから。だから、全部なかったことに……」
「……あの! やっぱ俺、朝海さんのこと好きになったの、取り消せません!」
「は?」
 土下座から顔を上げて叫んだ俺に、朝海さんがきょとん顔で立ち尽くす。
「朝海さん! 好きです。俺は貴方が好きになりました」
「え……?」
「だって、朝海さんが可愛すぎるから! それに、朝海さんだって、良かったでしょ? ね?」
「っ、そんなこと……」
 口では否定しているものの、朝海さんの頬は真っ赤に染まっていて……。
 やっぱこれは可愛すぎる。好きにならないはずがない。取り消せるわけがない。だから。
「だったら」
「っわ!」
「貴方が俺のことを好きだって言ってくれるまで、俺は貴方を諦めません!」
 朝海さんの目の前に跪き、手を取りそっと口づける。そうすることによって、朝海さんの頬は更に赤く染まり、その瞳はゆらゆらと潤みだす。
「そ、そんな……! ちょっと待って。冷静になった方が……」
 あと一回押せば落とせる。そう思った瞬間。
 ぐうう。なんとも可愛らしい腹の音が鳴った後、朝海さんの瞳が気まずそうに宙を泳ぐ。
「……もしかして、このタイミングでお腹空きました?」
「っ……! だって、元々酒しか飲んでなかったし……! たくさん吐いたし……。あんなことしたし……。すみません……」
 段々と萎んでいく声に笑いを堪えながら、これ以上は押せないことを悟る。
「えっと。とにかく、朝海さんはシャワー浴びてください」
「うう……。面目ない……」
「あ、そっちじゃなく」
 よろよろと玄関に向かう朝海さんの腕を引き、自分の部屋の浴室へと彼を導く。
「え、いや。私は帰るから……」
「そんなふらふらで帰せるわけないでしょ。倒れられたら困るんです。大人しくココの風呂使ってください。俺は色々やっときますから」
「ん……」
 抵抗するのを諦めた朝海さんは、疲れ切った顔で浴室へ消える。
 さて。告白は失敗に終わったけど、罪滅ぼしならまだできそうだ。


「はい。卵雑炊と漬物です。それと、こっちはほうじ茶です」
 風呂から上がり、新しいスウェットに着替えた朝海さんが、テーブルを前にして目を輝かせる。
「えっと。これ、私まで食べていいんでしょうか……?」
「朝海さんが食べないでどうするんですか。ほら、冷めないうちに召し上がれ」
 遠慮を見せる朝海さんを無理やり席に着かせ、スプーンを握らせると、流されるままに朝海さんは目の前の雑炊を口に運ぶ。
「ん……。おいしい……。温かくて、優しい味……。あ……、こっちの野菜の漬物も、歯ごたえがあっておいしい……」
「昨日作ったばっかの浅漬けですけど。浅漬けは浅漬けで美味しいんですよね」
「は……。温かいごはんって、こんなにおいしかったんだ……」
 ほうじ茶を飲んだ朝海さんが満足げに息を吐き、呟く。
「朝海さん、もしかして料理しない感じですか?」
「恥ずかしながら。もっぱらインスタントや出来合いのものに頼り切っていてね……。ときどき妹が実家から残り物を持ってきてくれるんだけど……。その、温めるのも面倒くさくて、結局冷たいまま食べたりして……」
 意外に不摂生な朝海さんにも、ギャップ萌えが漏れなく適用されてキュンとする。
「……あの。俺、前々から食事を一人で取るの、寂しいと思ってたんですよね」
「ん? そうだね。私も実家にいた頃と比べると随分寂しく思っているよ」
「だから、もしよければなんですけど。朝海さん、これからは俺の手料理、食べに来ませんか?」
「ふへ?」
 間の抜けた声で聞き返す朝海さんに萌え滾りながらも、自然と口を突いて出た自分の言葉に困惑する。でも、確かに名案だ。
「夕食だけでもいいんです。俺、いつも作り過ぎちゃうから。朝海さんが一緒に食べてくれると助かるなあ、なんて」
「いや、でも……」
「ちなみに、明日の夜はハンバーグの予定です」
「ハンバーグ……」
 明らかに揺れ動く朝海さんの心に、さっきできなかったもう一押しを実行する。
「カレーとか、一人だとどうしても余っちゃうから避けてたんですけど、朝海さんがいるなら、カレーもメニューに入れられるんだけどなあ……」
「あう……」
「とりあえず、難しいことは置いといて。明日の夕食だけでも一緒に食べましょう?」
「ん……。その、それじゃあ、明日だけなら……」
 そう言って易々と承諾した朝海さんが、明日だけでなくこの先ずっと俺の料理を食べることになるなんて、俺だって想像していなかった。
 胃袋を掴むべしは真理。その言葉に尽きる。


『お兄ちゃん狡い! どうしてツバサのリオくん取っちゃったの!?』
「取ったとかそういうんじゃなくて、限りなく事故に近いというか……。でもつばさ、お前のそのストーカー癖も良くないからね? そのせいでお兄ちゃんは酷い目に遭ったんだからね?」
『何が酷い目よ! 思いっきりイチャイチャしてるくせに!』
「盗聴も立派な犯罪だよ?」
『うわーん! お兄ちゃんの意地悪! あんな平凡顔、最高に好きな奴なのに~!』
「でも、理桜くんは真剣な顔するとカッコいいよ?」
『そういう惚気はいらないのよ! でも、正直に言うと、二人の関係も悪くはないわ!』
「……? それは、お兄ちゃんを許してくれるってこと?」
『も~、だってしょうがないじゃん。お兄ちゃんが初めて恋した相手だもん。アタシが取るわけにはいかないじゃん?』
「べ、別に初恋ってわけじゃ……」
『んも~。バレバレだよお兄ちゃん。嘘吐くの下手過ぎ。ツバサはお兄ちゃんが他人に興味持たない人なの知ってるんだから。それがすっかりリオくんには気を許しちゃってさ』
「ぐ……。それは……」
『ま、アタシ的にはもう、リオくんのことは諦めたから。後は好きにやっちゃってよね』
「でも、さ。きっと理桜くん、ツバサのこと好きになると思うんだよね……。ツバサ、黒髪で清楚で見た目は奥手で天然だからさ……」
『見掛け倒しじゃお兄ちゃんに敵わないよ。それに、リオくんがそう簡単にお兄ちゃんを捨てるとは思わないな』
「へえ。よくわかってるじゃん。ツバサちゃん」
「うわっ」
『きゃ。リオくん……!』
 朝海さんの手からスマホを奪うと、驚きと喜びの混じった女の子の声が耳に届く。
「へえ。つばさちゃん、中々可愛い声してるんだね」
『は、い、いえ……。そんなもったいなき……!』
『リオクンアイシテル!』
 照れた様子の彼女の感嘆符に、釣られるようにしてインコが呪文を口にする。
『うわ。トリ美、本当にアタシの言葉完璧に覚えてんだね。こんなことならもっと早くに作戦決行しておくべきだったな~』
「作戦って?」
『えへ。それはまあ……。つまりはお兄ちゃんがやったのと同じ奴ですけど……』
「わ、私のはわざとじゃないよ?! 本当にあれは事故で……」
 あわあわと隣で顔を赤くする朝海さんに目を細めながら、スマホに向かって牽制の言葉を囁く。
「ごめんね、つばさちゃん。俺が君に靡くことはないから諦めてね」
『は、はい……』
「でもね、君とは良好な関係を保っていたい。だから、ね。俺にお兄ちゃんを頂戴?」
『は、はい。あの、お好きに、どうぞ……。はわ……』
「さて朝海さん。通話の時間はおしまいですよ。ハンバーグが冷めちゃいますから」
「あ、うん。それじゃあつばさ、またね」
 スマホを受け取った朝海さんがいそいそと通話を切り、テーブルに運ばれたハンバーグをガン見する。
「ねえ、朝海さん。お食事の前にひとつ確認。俺のこと、好きですか?」
「それ、好きって言わなきゃ食べれないやつ?」
「さあ。どうでしょう」
「……トリ美」
 意地の悪い視線をくれてやると、朝海さんはインコに何やら合図を送り……。
『アイシテル! リオクンアイシテル! ワタシ、アサミハ、リオクンヲ、アイシテマス!』
 見事な告白をしてのけた。
「朝海さん、それ狡いですよ……。自分の口で言ってくれなきゃ」
「……ハンバーグ、冷めちゃうから」
「冷めちゃうからこそでしょ?」
「うう。理桜くん、その、好きだよ……。愛してる。大好き。だからさ、ハンバーグ、食べていいでしょ?」
「……まあ、いいでしょう」
「やった~。私ね、理桜くんのハンバーグ、すごく好き!」
「あの、俺に対する告白より気持ち込めるのやめてくださいよ……」
「ふふ。拗ねない拗ねない」
『アイシテル!』
 ハンバーグを幸せそうに頬張る彼と、自棄気味に叫ぶインコに嘆息する。俺の思い描いていた未来ではなかったけど、これはこれで最高に幸せだから、オールオッケー。主夫活様様、だ。
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