アズアメ創作BL短編集

アズアメ

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(85)毎日告白される話

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 幼馴染が毎日告白してくる話。変わらない日常が終わってしまう哀愁が好きです。
 このあと役割交代転生ループするかもしれないし、このまま終わりかもしれない。そんな答えのない話。
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「俺はお前が好きだ」
「またそれか」
「返事は?」
「ごめんなさい」
「またそれか」
 静かな朝。駅のホーム。人もまばらな電車が来るまでの待ち時間。彼は一日一回、僕に告白をする。
「君も毎日飽きないね」
「変化が欲しいのなら付き合ってくれよ」
「お断り。君が諦めるより他はない」
 それから僕たちは、何事もなかったかのように他愛のない会話をして。電車に乗って、学校に着いて。僕は生徒会の仕事を。彼は剣道の稽古をする。暑い日も寒い日も同じ。どんな天気だろうが、それは学校がある限り続いた。
 彼とは幼い頃からの付き合いで、所謂腐れ縁というやつだ。最初に告白された時は、まだ戸惑いもあった。どう返事をするべきなのか、迷いもした。
 でも、結局僕は断った。それが僕たちにとって正解だと思ったから。
 でも、彼は折れなかった。折れるどころか、図々しく何度も告白を繰り返した。
 それが朝の挨拶代わりになって。いつしか僕らの生活の一部になった。
 いい加減諦めてしまえばいいのに。
 僕は何度もそう思った。僕だったら、とてもやりきれない。毎日自分の気持ちを吐き出して、その度に手酷く断られる。
 それってもしかして地獄のように辛いんじゃないだろうか。

「本当に君は図々しいな。断られるとわかっているはずなのに。どうして毎日懲りずに口を開けるのか」
 いつだったか、僕は彼にそう聞いたことがあった。
「逆に黙っている方が体に悪い。思っていることは外に出さなきゃ勿体ない。それに」
「なんだよ」
「毎日言葉にしていれば、洗脳できるんじゃないかと」
「馬鹿馬鹿しい」
「ロマンがないなあ」
「男同士で何がロマンか」
「はあ。お前は真面目だなあ」
「君が不真面目なだけだ」
「いや、俺は至って真面目さ。いつだって本気で言ってる。後はお前が首を縦に振るだけなの」
「冗談は一日一回にしろ。身が持たん」
「図々しいもんで」
 彼は肩をすくめて笑ってみせた。僕はそれがなんだかくすぐったくて。こんな冗談みたいな毎日が続けばいいと思った。
 僕は卑怯だった。
 彼の気持ちを認めようともしないで。自分の気持ちを認めようともしないで。ただただこのぬるま湯に浸かっていたかった。
 彼がどんなに焦っていたかも知らないで。

 ある朝、彼は来なかった。
 いつもの電車が来る時間になっても、彼が現れないことに戸惑った。
 戸惑っているうちに、僕を置いて電車が発車した。
 駅のホームで、僕は彼を待った。
 待ったけども、次の電車が来ても彼が来る気配はなかった。
 仕方なく、僕は重い足を引きずってその次の電車に乗った。

 彼のいない朝は、まるで世界が変わってしまったかのように味気なくて、随分長いように思えた。
 彼だって人間だ。体調の悪い時ぐらいあるだろう。
 風邪かそれとも部活で怪我をしたか。はたまたただの寝坊だろうか。そうであったらいいのだけど。
 手元のスマホを意味もなく眺めてみる。彼は今時珍しく、高校生になってもスマホを持っていなかった。前に一度、理由を聞いたことがある。 
『どうしてスマホ買って貰わないんだ?』
『買ったら絶対人付き合いが面倒になる。SNSに振り回されるのはごめんだ』
『お前それでも高校生か? 今からそんなこと言ってると、あっという間に文明に追いつけなくなるぞ?』
『いいさ。俺にはそんなものなくたって。大事な人とは毎日話せる』
『恥ずかしいやつ』
『照れてる?』
『お前はもっと恥を知れ』
 ああ。そう言ってふざけ合ったのも、電車の中だったっけ。
「アイツがスマホを持ってれば、もっと簡単に連絡が取れるのにな」
 ……文章でなら、きっと素直に気持ちを綴れるのにな。
「はぁ……」
 次に会った時には、とびきり文句をつけてやろう。そんでもって、スマホを買ってもらうように嗾けよう。スマホさえあれば、平日以外でも僕と話せるぞってさ。

 でも。学校に辿り着いた僕は、思い知った。
 自分の愚かさを。そして、彼の死を。
 信じられる訳がない。だって、あの頑丈そうな彼が死ぬ訳ない。
 だって、まだ僕は一度も彼の告白に頷いていない。
 諦めの悪い彼が、僕を置いていくはずがない。
「ない、のに……」
 彼は死んだのだとクラスメイトが泣きながら僕に伝えた。彼は病気だったのだとクラスメイトが泣きながら僕に話した。
 病気の名前を聞いたって、僕には理解できなかったけど、難しい病気だったらしいことはわかった。
 いつ発作が起こるかもわからない状況で、彼は普段通り明るく振る舞っていたそうだ。
 本当は部活だってとっくに辞めていたらしい。なのに、彼は僕やクラスメイトたちに怪しまれないように、部活に行くふりを続けていたそうだ。
 そんなこと、僕は知らなかった。気づいてもいなかった。あんなに一緒にいたというのに、だ。
 それは、クラスのみんなもそうだったようで、各々彼への悲しみを曝け出していた。
 そんな中、僕だけが涙を流さなかった。まるで悲しくなんてなかった。
 だって。これはきっと夢だから。
 僕の一日は、彼の告白から始まるのだ。それがまだなされてないのだから、きっと僕はまだ寝ているはずだ。
 だから。
 早く夢から覚めなくては。学校に遅れてしまう。
 気づいたら僕は走っていた。電車に乗って、いつもの待ち合わせ場所に辿り着いた。待ち合わせ、と言っても、勿論彼とそんな約束をした覚えはない。ただ、彼が僕の登校に時間を合わせただけのことだ。でも。僕は今朝、彼を待たずに置いていってしまった。待っておけばきっと、なんてことない間抜けな笑顔で、いつものように僕の目の前に姿を現すはずだ。いつものように、僕に愛を伝えてくるはずだ。
 だから、早く彼に会わなくては。
 どっ。
 騒然とする駅のホーム。救急車が来るまでの待ち時間。
 電車に跳ね飛ばされた僕は、朦朧と空を仰ぐ。
「僕は、君が、好きだ……」
 ああ。息絶え絶えに呟いた言葉じゃ、彼には聞こえないだろうな。
 遠くに投げ出されたスマホを見つめる。
 大丈夫。とびきり文句をつけてやるのは無しにする。だから、お互い置いて行くのは無しだ。
 スマホなんてなくたって、僕がお前に会いに行ってやるから。だから。
 次は僕に告白させてくれ。何度断られたって、毎日洗脳してあげるからさ。
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