アズアメ創作BL短編集

アズアメ

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(93)看守と生贄

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 BL度☆☆★キス程度。ハピエン
 生贄×看守。
 魔力を搾り取るためだけに人工的に生まれてきた“夢の子ども”であるツクモは、問題児を集めた監獄に収容される。そこの看守であるアーディンは今までの看守たちとは比べ物にならないぐらい厳しく……。
 妹が人質に捕られてるの好きです!(何度も見た!)今回のは普段より増して黒幕倒すのが早いです。ご都合主義~。

アーディン・パーキー:看守。逆らう者には容赦なし。ネーミングはガーディアンとキーパー。
ツクモ:強力な魔力を持つ“夢の子ども”だが、幾度となく脱獄を繰り返したため、アーディンの元へ。ネーミングは九十九。
ロゼッタ・パーキー:アーディンの妹。生まれ持った体質の為、研究所に囚われているらしいが……。

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 魔法の発達したこの世界。生活のほとんどが魔法によって成り立ちはじめ、人々の暮らしはみるみる楽になっていった。しかし。進歩し続けるように思われた文明も深刻な魔力不足により低迷期を迎えた。
 焦った政府は魔力を確保するために非人道な手段を見出した。強い魔力を持つ人間の遺伝子を元にして人工的に“夢の子ども”、強力な魔力を持つ子どもを大量生産していったのだ。そうして出来た“夢の子ども”たちは、皆漏れなく十八歳の誕生日を迎えた瞬間、世界の生贄になるのだった。
 この世界の人間は十八歳の誕生日を迎えた途端、力が覚醒する。そういう風に出来ているもんだから、彼らの命もそれまでは枯れないように管理する必要があった。
 この監獄はそんな生贄たちを収容した場所。彼らは私に逆らえない。何故なら私はこの地獄を取り仕切る看守だから。もし逆らった者がいたのならば――。

「勘違いしているようだが、私はお前たちを殺す権限ぐらい持っているぞ」
『ひっ……』
 威勢よく私に盾突いて来た新入りが私の魔術を見た途端、怯えながら腰を抜かす。
 この監獄は各所にあるそれと違い、そこで面倒を見きれなくなった問題児を集めた処分場の意味合いが強い。
「お前程度の夢の子ども、代わりなどいくらでもいる。反抗するなら成長を待たずして殺す。それが国の考えだ」
『でも、そんなの……。どうせ十八で死ぬんだったら……!』
「抵抗した方がマシ? 甘いな。何もわかっちゃいない。いいか、しっかり見ておけ。私に逆らう奴らは……」
 炎が躍る手の平に息を吹きかける。すると、みるみる内に目の前の少年に炎は移り、あっという間に彼の全身を包み込む。
『あ、ああああ、熱、ああああああああああ!!!』
「こういう風に、苦しみながら死ぬことになる。だから、君たちもよ~く覚えておくべきだ」
 ざわり。
 牢屋の子どもたちの殺意が私に突き刺さる。だが、覚醒していない彼らの力では私を倒すことなどできまい。それをわかっているからこそ、彼らの殺意の裏に恐怖が見え隠れしているのだ。
「相変わらずいい性格してますね~、看守さんは」
「……その言葉、そっくりそのまま返すぞツクモ」
「あっは」
 凍り付いたこの場の雰囲気に全く相応しくない陽気な声にため息を吐く。
 管理番号K-九十九、通称ツクモ。薄暗い牢の中で、その金色の髪と瞳は嫌でも目に付いてしまう。他とは違う色を持つ彼は、所謂滅多に生まれない上位個体だ。何故そんな個体がこんな掃き溜めにいるかというと……。
「ね~、それより看守さん。いい加減、僕にも貴方の名前、教えて欲しいな~なんて」
「誰が教えるか。というか、空気を読んでくれ」
 その美しい瞳から早々に目を逸らして彼をあしらう。見過ぎてしまえばきっと駄目になってしまうのだ。
 彼は、人心掌握に長けていた。魔力とは異なる力で人間の心を掌握する術を持っていた彼は、幾度となく看守たちの同情を誘い、あろうことか脱獄の手引きをさせた。
 脱獄した彼を血眼になりながら政府が探し出し、別の収容所に移し、そこでまた彼が看守を誑かし……といった嘘みたいなループが十回ほど続き。仕方なしにここの独房に入れられることが決まったらしい。
 本来ならば彼のような優れた個体は普通の子どもたちと違い、ストレスが掛からない様特別待遇……私たち一般市民が羨むほどの良い暮らしを与えられ、大事に育てられる。そうすることで後に得られる魔力は何倍にも膨れ上がり、最終的に圧倒的な利益を生むからだ。
 それなのに。
「だって、つまんなかったから」
 理由を聞いたとき、彼はあっけらかんとそう言った。
 私には全く理解が出来なかった。
 無意味に抵抗して私に殺された子どもにも言えることだ。何故彼らはこうも逆らい続けるのか。
 十八になり魔力が覚醒した彼らは、確かに命を落とすことになる。だけど、その最期は決して悪くはない。望む食事でもてなされ、誠意ある儀式が執り行われ、生贄が魔法陣の上に寝そべった瞬間その魔力だけが抜かれ、安らかな死を迎える。
 そのことは彼らにも伝わっていて、多くの者たちがその運命を受け入れ、十八歳を待ち望む。“そういう風”に教育されているのだ。それなのに。

「ねえ看守さん。本当に貴方は僕に落ちない人ですね。お陰様で、僕ももうすぐ十八になってしまいますよ?」
 目の前で退屈そうに頬杖をつくツクモは今日も私にカマをかけ、脱獄を夢見ているのだ。
「ああ、それはよかったな」
「は~。まさか看守さんがこんなに手強いなんて。結構長いこと口説いてはみたけど……本当に僕に惚れてくれないの?」
「寝言は寝て言え。ガキで男のお前に興味持ったら社会的に死ぬっての」
 とはいえ、この数年間は本当に気を遣った。十人もの看守を手玉に取った彼の力は伊達ではない。最初のうちはきな臭い話だと思っていたが……。
「は~。名前がわかってたら違うんだけどな~」
「どういう理屈だ」
「わかんないなら貴方の名前、教えてくださいよ。そしたら僕も、実戦で教えてあげます」
「お前からは上質な魔力が取れそうだな」
「ストレス抱えてないってことですか? はは、嫌味だなあ。けどまあほんとに。甘やかされてるよりも、看守さんのことを虐めてる方が楽しいですからね」
「勘弁してくれ」
「ふふ。あと少しの辛抱ですよ」
「お前がそれを言うか」
 呆れながらも、彼の瞳をちらりと伺う。それは相変わらず楽しそうに輝いていて、不安を感じている様子などない。
 己の運命を受け入れ覚悟を決めているものでさえ、最期が近づくにつれ、不安を隠しきれないものなのだが。
「本当にお前は変わっているな……」
 もし、私も彼のように逆らうことができたのなら。
 抑え込んでいた気持ちが再び胸にせり上がる。
 いや、駄目だ。彼でさえもうすぐ死ぬ。抵抗したって、力がなければ意味などない。
 もし、彼が逆らい続け、己の運命から逃げ出すことができたのならば……。
 いや、そう期待しながら、彼に心を許さなかったのは他でもない私じゃないか。
 ああ、きっと私のしてきたことは正しい。ただ思考を停止して強い者に従うやり方は正しい。そうでなくてはいけない。
 悲しくも己が証明したそれを、心の中で反芻する。
 ぐちゃぐちゃに掻き混ぜられた思考も、彼がいなくなればきっと簡単に再び停止する。
 だから。
「まあ、私も早く君の誕生日を祝いたいよ、ツクモ」
 嫌味たっぷりに笑ってみせる。が、どうやら効果はいまひとつ。
「そうですか。僕も貴方に祝われたら嬉しいな~」
「……可愛くないガキだな。本当に」
「看守さんは可愛いんですけどね」
 減らず口を叩くツクモに、魔力予想値を測るための機械を翳す。毎日の日課であるそれも彼に行うのはあと数日で……。
「あれ……?」
 端末に表示された数値を見て測定ミスを疑う。
「どうしました?」
「いや……」
 再度翳してみるが、やはりその数値は前日と比べ物にならないくらい跳ねあがっている。
 誕生日前に気づいてよかった。とりあえず、万が一がないようリミッターを増やして、本部に連絡を……。
「どこ行くんですか、看守さん」
「え……?」
 どろり。
 彼の言葉に振り返って見ると、鉄格子が一瞬にして溶けてなくなる。
「は……?」
 状況を理解する間もなく、地面から伸びてきた蔦を焼き払い、ツクモを睨む。
「やだなあ。お祝いしてくれるって言ったじゃないですか、看守さん」
「どういうことだ」
「わかるでしょ? 今日が僕の誕生日なんです実は。書類上のやつは、前の看守に頼んで捏造してもらってたってわけ」
 にこりと笑ったツクモの手から放たれた炎をかろうじて避ける。
「くっ、リミッターつけてこの威力か! 冗談じゃない!」
 突然始まった戦闘に叫びを上げつつ状況を把握する。
 ツクモが放った炎の威力は、私の魔術よりも格段に高いのが見て取れた。つまり、認めたくはないが、私一人ではツクモに太刀打ちできないということだ……。
「チッ、仕方ない」
 急いで手の中にある端末を操作して、応援を呼ぼうとする。が。
「駄目ですよ」
「ぐっ!」
 今度は氷の刃が端末にぶち当たり、私の手から端末を弾き飛ばす。
「クソ……」
 音を立てて地面に落ちた端末を掴み取ろうと、衝撃で痺れた手を伸ばす。柔な造りではないそれは、画面が欠けたとしてもまだ使えるはずだ。
「駄目だって言ってるじゃないですか」
「あ、ぐああああ!」
 ツクモの指が肩に触れた瞬間、全身に強い電気が流れ込む。
「なーんだ。看守さんってこんなに弱かったんですね」
 いつもの明るい声でそう言ったツクモが端末を拾い上げる。すると、それは鉄格子と同じくあっという間に溶けて無くなった。
「は……。ふざける、な……!」
 未だに痺れる体に鞭打ち氷柱を作り上げ、ツクモ目掛けて一気にそれを飛ばす。この渾身の一撃ならば、多少の傷はつけられるはず――。
「やめてくださいよ。僕はもう十八だ。こんなオモチャで遊ぶ歳じゃないんですから」
 甘かった。ツクモが空中で手のひらを振るう。それだけですべての氷柱がこちらに向き直り、速度を増して私に襲い掛かる。
「……ッ!」
 避ける暇などなかった。数本の氷柱が体を貫き、痛みを生む。
「そんだけ綺麗な魔力があるのに、使い方が全然なってない。ちょっと残念です」
「く……」
「もういいですってば」
「痛ッ……」
 最後の抵抗をと手の中で炎を練るが、すぐに腕ごと踏みにじられる。
「さて看守さん。散々僕らを虐めた貴方には、一体どんな死に方が似合うでしょうかね」
 なるほど、この少年にも復讐心はあったらしい。今までに聞いたことのない低い声は私に恐怖をもたらしてゆく。でも。
「は……、待ってくれ……」
「命乞い? まさか貴方がそんな真似をするなんて思いませんでした」
「違う……。けど、最期だというのならば、頼みを聞いて欲しい……」
「は?」
 驚きと呆れを含んだツクモの声に羞恥を覚える。だがしかし、これを頼まずして死ぬわけにはいかない。
「私はどうなってもいいんだ。今更助かろうとも思わない。だが、どうか妹だけは、助けてほしくて……」
「妹……?」
 ツクモが怪訝な顔で私を見つめる。どれだけ哀れに映ってもいい。でも、これだけは伝えなければ。
「あの子は、ロゼッタは、お前たちと同じなんだ……。力を持っているがために、奴らに利用されようとしていて……。だから、どうか助けてはくれないだろうか……。お前の力があれば、きっとあの子も奴らの手から逃れることができるはずで……」
「いや、でも。それって看守さんにも言えることじゃないですか?」
「……どういう意味だ」
「残念ながら、僕には分かっちゃうんですよね~。アーディン・パーキーさん。貴方は生まれつき特別な力を持っているでしょう? 周りの人間の魔力を少しずつ吸収し、それを体内で分解し、再構築できるんだ。そうすることで上質な魔力を練り上げることが可能。そしてそれは覚醒前の魔力でさえ吸い取ることが可能なんですよね? だから、貴方は政府に利用されている、でしょ?」
「……何故それをお前が知っている」
 驚いた。本名ばかりでなく私の体質までもを言い当てた彼に目を見張る。
「簡単なことですよ。端末の情報を透視したんです。でも、納得。看守さんから色んな魔力の匂いがしてたのはそのせいなんですね」
「匂い、か。普通は分かるもんじゃないんだが……」
「大方、貴方は魔力が溜まりきったら僕らと一緒で殺されるんでしょう? 僕たちと違って、普通に生まれた人間のくせに可哀想な人」
「可哀想、か」
 ツクモの言葉にそういう見方もあるのかと感心する。この世に誕生してすぐ研究所に預けられた私には、自分が普通の人間だという感覚が全くなかった。
「こんな養殖場で恨みを買いながら、死ぬまで綺麗な魔力を作らされるなんてさ。そんなの、僕らより辛いんじゃない?」
「私はそれを受け入れた。その時点で罪だ。お前たちにした仕打ちは消えることなどない」
 そう。逆らえない時点で私は彼らと同罪だ。
「でも、妹は違う。アイツはまだ穢れちゃいないんだ。それなのに、私と同じ体質に生まれたせいで……」
 ロゼッタは可哀想な子だ。やはり能力を持って生まれた彼女は、私と同じく研究所へと預けられた。そして彼女の誕生により、私への研究の手は緩んだ。彼女が生まれるまで、毎日のように機械に繋がれ、長い時間をかけて体を調べられていたのだが、彼女が生まれてからその役目は徐々に減っていったのだ。そして……。
「アーディンさん。貴方は脅されてこんなことをしているんですね?」
「どうだったかな」
「本当のことを教えてくれなきゃ、僕は貴方の妹を助けませんよ?」
 ぞっとするような瞳でこちらを睨んだ彼に、嘘を吐いても意味がないことを悟る。
「……まあ有体に言えばそうだ。政府はロゼッタを研究対象として据え置き、私を使い捨ての道具にすると決めた。勿論、私は逆らった。だが、逆らえば逆らうほど妹が傷つけられた。私が逆らい続けるのならば、妹を今すぐ殺し、私だけを研究対象として生かすと彼らは言った。彼らとて妹は惜しいはずだ。彼らが本当に妹を殺すとは思えなかった。だけど。殺さないとも言い切れなかった。だから、私はこうして政府の犬として看守を務めると同時に夢の子どもたちの魔力を吸い取っているというわけだ」
 自分で言ってて反吐が出る。何故私は特殊な力を持っているというのに、彼らに逆らうことができないのか。
「辛かったんですね。人質を捕られていたんじゃ仕方がないですよ」
「私、は……」
 許されるものではないと思っていた。許されなくともいいと思っていた。だけど。ツクモの慈しむような眼差しを受けて、私は初めて泣きそうになった。
「もう大丈夫です。これからはこんな馬鹿げた養殖場、いらなくなる」
「ツクモ……?」
「壊しましょう。何もかも。僕は最初からそのつもりだったんです。本当は貴方のことも真っ先に殺してあげる予定だったんですけどね。でも」
「……同情などいらない。言っただろう? 私はお前たちの仲間を何人もこの手で殺めてきた。苦しめてきた。だから、その罪から逃れる気などない」
『殺せ! 殺せー』
 離れた牢屋から状況を伺っていた子どもたちが一斉に叫び出す。その声に込められた殺意は、私の罪を物語っていた。
「殺しませんよ、僕は。勿論、同情したってのもありますけど。貴方が欲しくなっちゃいましたから」
「は……?」
 抱き寄せられ、口づけを落とされる。一瞬の出来事に驚いている間に、傷が綺麗に治ってゆく。こいつは、こんな魔法も使えるのか……。
「妹さんの件、僕が責任を持って片付けましょう。でも、代わりに貴方には僕の物になって貰いましょうか」
「……そういう趣味があったのか?」
 尻を撫で回すツクモの手を退けながら、言葉の意味を推し量る。
「貴方のせいですよ、看守さん。思春期にこんなエロい格好されたら、ね」
「は? 一般的な看守の制服なんだが?」
「それがエロいんじゃないですか」
「何が思春期だ。オヤジの思想じゃないか」
「はは。でもホントに。こんな独房じゃ、貴方相手でも妄想しちゃうでしょう?」
「でも、お前は私を殺す気でいただろう?」
「貴方が命乞いをするまでは、ね」
「別に、私は妹が無事なら死んでもいいと言って……」
「違うんです。僕は、今まで貴方のことを全く分かっていなかった。情報を透視するまでは、貴方のことを悪だと思っていた。だけど、貴方は被害者だった。可哀想なぐらい孤独で。可哀想なくらいもがき苦しむ哀れな人間に過ぎなかった」
「……そりゃ悪かったな」
「ふふ。拗ねないでくださいよ。アーディンさん。僕はね、貴方のそんなか弱い面が知れて良かったと思ってるんです。だって僕は、そんな貴方を守りたいと思ってしまった。今は貴方のことが愛おしくて堪らない」
「嘘だろ?」
「嘘だと思います?」
 手袋の中に入り込んだツクモの指が、手の甲をついと撫でる。そのまま手袋がはぎ取られたかと思うと、手を取られ、手首に口づけを落とされる。
「っ……。変な触り方するな」
「で、どうします? 僕のモノになってくれるというのなら、僕は貴方のために動きますけど」
 選択の余地があるとは思えなかった。彼とてそれをわかっていて、わざわざ聞いているのだろう。
「……わかった。私なんかでいいのなら、好きにしろ」
「交渉成立ですね。それじゃあとっとと方をつけましょうか」


『ひいっ、殺される!』『逃げろ!』『もう駄目だ!』『この国はお終いだ!』
「凄まじく容赦がないな」
「はは。貴方の為に全力を出してるんですから、引かないでくださいよ」
 牢をぶっ壊し、夢の子どもたちを解放した後ツクモが向かった先は、この国の研究所。そこで圧倒的な力を使い、数多の兵をねじ伏せた彼の後を追いながら、改めて彼の力が異常であることを思い知る。
「さて。これだけ派手にぶっ壊してるんですから、そろそろ出てきてもいい頃ですね。アーディンさん、僕の傍を離れちゃ駄目ですよ?」
「ん……」
 強い魔力の気配を感じ、彼の声音が真剣味を帯びる。それに従い、私も辺りにより警戒を強めようとした矢先。
「お兄様……?」
 耳を擽るか弱いその声に、全身の血が湧き立つ。よく知るその声の持ち主は確かめる必要もない。
「ロゼッタ……!」
 気づいたら、駆け出していた。当たり前だ。どれだけ会いたかったことか。どれだけ彼女のことを心配したことか。ああ、生きていた。早くこの手で抱きしめたい。抱きしめて、危険に晒されることがないよう、守ってあげなければ……。
「アーディンさん!」
「え?」
 ロゼッタを抱きしめる寸前、ツクモに腕を掴まれ引き離される。
 その瞬間目の前に炎の柱が現れ出で、勢いよく燃え盛る。
 あのまま進んでいれば、私は燃えていた……。
「これは……、一体……」 
「ああ、お兄様。どうして避けてしまうのかしら」
「え……?」
「アーディンさん、貴方は騙されているんです。その悪魔に」
 よろよろと後ろに下がる私を抱き留めたツクモが、静かにそう言った。
「いいえ、お兄様! お兄様を騙しているのはその方です! ああ、お兄様。どうか今一度ワタシの手を」
「……ツクモ、これはどういうことだ?」
「お兄様!」
「はは。流石に二度は騙されないですよね! お利口お利口!」
「ツクモ!」
「ハイハイ、つまりですね。貴方の本物の妹さんは、とっくの昔に魂を食われてるんですよ。んで、目の前のコイツは抜け殻を利用してるただの悪霊ってわけです」
「は?」
 淡々と説明をするツクモに聞き返す。が、嘘を吐いている様子はない。
「コイツの正体は僕らのプロトタイプ、すなわち夢の子どもゼロ番ですね。といってもコイツが劣化版って意味じゃありません。コイツには僕らと比べ物にならないぐらいコストが掛かってるんで。能力的には……」
「ククク、ワタシが上に決まってるじゃない」
「……上かどうかはわかりませんが、コイツはかなり厄介ですよ。人間たちはコイツを制御しきれなかったんですから」
「なるほど。アナタ、情報端末からあらゆる機密事項を抜き取ったわね?」
「ええ。お陰で貴方の悪事も筒抜けですよ」
「教えてくれ、ツクモ」
 愛しい妹の皮を被った化け物を睨みながらツクモに説明を求める。癪だが、彼に教えてもらうより他はない。
「この化け物は覚醒した後、その莫大な魔力で人間たちを逆に制御してしまったんです。今じゃ国の重要機関は全てコイツの支配下にある。コイツは己の魔力を高めるためだけにそれらを使っているのです」
「ええ。どうしても体が魔力を欲するのよ。でもね、そういう風に作られたんだからワタシは悪くないでしょう? 人間たちが悪いのよ」
「それじゃあ、夢の子どもたちを生産しているのも、私を利用しているのも……」
「そう。このワタシ。人間たちが考えた案をそのまま採用しただけなんだけど。蓄積した魔力は全部ワタシが貰うってのがミソ。だけど、アナタやロゼッタの体質は予想外だったわ。研究しようと試みたけど。残念ながら彼女は実験早々に死んでしまったの。仕方がないから、古びてしまった体を捨てて、彼女にワタシの魂だけ乗り移らせたの。そうすれば、彼女の魔力も手っ取り早くワタシのものになるし、アナタを脅し続けることもできるってわけ」
「悪魔が」
「何とでも。ツクモと結託してワタシの正体を見破ったのは驚かされたけど、所詮はそれまで。アーディン、アナタにはもう少し魔力を貯めてて欲しかったのだけど、仕方がないわ。そういうわけだから。二人仲良くワタシに力を渡して頂戴!」
「アーディンさん!」
 叫んだツクモが手を伸ばし、再び目の前に迫る炎の柱から私を助け出す。
「ふふ。ツクモ、それを庇っていてはワタシには勝てないわよ?」
「人をお荷物扱いしないで貰おうか……」
「あら怖い。でもね、アーディン。この体を傷つけるつもり? アナタにできる?」
「……く」
「無理よね。お兄様」
 あざとく首を傾げたロゼッタが、己の妹でないことぐらいわかっているが……。
「無理しないで。僕がやりますから。貴方は下がっていてください」
 動けなくなってしまった私を庇うように、ツクモが前に立ちふさがる。
「だったら……。ツクモ、こっちを向け!」
「……なるほど」
「ハッ。出来損ないに何ができるっていうの? アナタたちは所詮、ワタシの餌に過ぎないのよ!」
「それはどうかな」
「えッ」
 躊躇いなくツクモに口づけ、そこからありったけの魔力を注ぐ。
「すごい。この魔力があれば……」
「な。嘘でしょ……?」
 青ざめた彼女の目の前に、彼女が出したものよりも巨大な炎の塊が迫る。そして。
「ああああああ熱い、熱いいいいいいいい!!!」
 ロゼッタの体は燃えてなくなった。悪魔の魂と共に。

「アーディンさん……」
「ありがとう、ツクモ。妹もようやく安らかな眠りにつけるだろう」
「ハイ。きっと」
 柄にもなく気まずそうに俯くツクモの髪を撫でてやると、彼は気持ちよさそうに目を細めて微笑む。まるで犬だな。
「さてツクモ。後はお前の好きにするがいい。私のことも、この世界のことも。全てはお前の意のままだ」
「本当は、貴方のこともこの世界のことも、ぶっ壊してやればいいと思ってたけど……。どうにも愛着が湧いちゃったみたいで……」
「どうするつもりだ?」
「アーディンさんは、本当に魔術に頼る暮らしが良いものだと思いますか?」
「え?」
「昔は、魔術に頼らなくとも生活できていたはずでしょう? だったら、こんな犠牲を払ってまで魔術社会にする必要はないんじゃないかなって」
「まさか、お前……」
「ええ。ゼロ番の代わりに、今度は僕が人々を操ってやるんです。そして、夢の子どもたちを解放して、魔力の要らない世界に変えてやるんです。それが僕の、力を持って生まれた者の役目なのかな、なんて」
「ああ。だったら私も変わらずに私の役目を果たそう」
「アーディンさんの役目?」
「死ぬまで傍でお前を監視してやるさ」
「はは。ほんと、最高ですよ。アーディンさん」
 甘ったるい口づけが落とされ、されるがままに撫で回される。
「そういう約束だからな。俺はお前のモノなんだろう?」
「ええ。でも、逃げてくれても構いません。貴方の心まで縛れないのなら、僕は約束を破棄します。僕は、貴方に嫌な思いをさせたくありませんから」
 金色の瞳が小さく揺れて、頬を撫でていた手が離れてゆく。でも。
「逃げないさ」
「アーディンさん?」
 ツクモの手を取り、その手を頬に寄せる。
「俺はお前が作る世界を見てみたい。約束だってちゃんと守りたい。それに、別に嫌だとは思ってないからな」
「……それは、期待してもいいんですか?」
「さあな」
 頬から少しずらしたツクモの手の平に唇を押し当て、挑発してやる。
「ズルい。これだから大人は……」
「お前も大人なんだろ?」
「ああそうですよ! もう本当に知りませんからね?」
「好きにすればいい」
 再び落とされた口づけに目を閉じ、未来に思いを馳せる。恐らくそれは、想像するよりもずっと希望に満ち溢れた世界になるはずだ。
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