ヒキアズ創作BL短編集

ヒキアズ

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(97)魔法少年と敵

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 魔法少年×敵。
 ドキッ、ヲタクな俺がキュアキラに……?! 可愛らしいマスコットに怪しい転校生、不思議な先輩まで現れて……?! っていう魔法少年モノの皮を被ったいつも通りのヤンデレです。全五十二話アニメを圧縮したら矛盾だらけになりました。悪になりきれない敵が好きです!
 ネーミングは音楽用語。作中アニメは前作で出したスイキュアと同一作品です。ちょっとした繋がり~。


音巻 奏(おとまき かなで):キュアキラヲタク。自他共に認める顔の良さでキモヲタをカバーしているぞ。魔法少年テヌートとなり、乗り気じゃないにせよ正義のためにアクセントと戦うよ。
スタッカート:人間界に現れた魔王だよ。魔物を召喚して人間たちを襲わせるよ。
晴頼 千留(はるより ちとめ):突然現れた謎の転校生。美少年。奏は彼のことを信用してないみたい。
草明 響子(そうめい きょうこ):学校で有名な占い好きの先輩だよ。魔法少女アクセントとなりテヌートを助けるよ。
レガート:魔法の力を秘めた人間を魔法少女として覚醒させる妖精さんだよ。普段は奏の鞄に入り込んでいるよ。

ネーミング補足。草明は命卜相(めいぼくそう)、千留は音切り=弟切草=血止草。晴頼は弟切草逸話兄の名前から来てたりするよ。
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「は? ふざけんなよ、ぷぅちゃん! マジそこ代われ!」
 日曜日の朝。俺は朝食替わりのポテチを摘まみながら、美少女たちに頬ずりされる小動物に向かって悪態を吐く。
『ぷぅちゃん、ほんと可愛い~』『助けてくれてありがとね~』『ぷぅちゃん最高!』
『ぷぅ~♪』
「なぁにが、ぷぅ~だ。これだからマスコットキャラは妬ましい!」
 どれだけ悪態を吐こうが彼女たちの反応がないのは、勿論それがテレビの中のキャラクターだから、だ。
 そう。俺、音巻 奏は女児に大人気であるアニメ『キュアキラ』にハマっている悲しいヲタクだ。ちなみに、今作ではスイキュアブラック推しだ。悪側が改心してキュアキラになるの、最高じゃないですか?
『まぁ、その……。感謝してるわよ、ぷぅちゃん』
『ぷ♪』
「……最高かよ」
 ツンデレブラック最高では? ぷぅちゃん本気でそこ代わって欲しいんだが……?
『それと、夢も……ありがと』
『千歳ちゃん!』
『あ~ら、すっかり仲良くなっちゃって』
 スイキュアピンクにツンデレするブラック。それを茶化すブルー。
「控えめに言って最高では? あ~、ぷぅちゃんになれずとも、俺も魔法少女になればその中に入れてくれんのかな~?」
 なんて。我ながら頭が湧いている考えを――。
『それなら、君が今日から魔法少年だね~』
「は?」
 スイキュアたちがきゃっきゃしている映像を遮り、ドアップで変な生き物が映りこむ。そして。
『とう~」
「は? え?」
 次の瞬間、それは、画面を超えて、実体化して……。
「え? なんだお前……!」
 ぽぬん、と変な音を立ててテレビから抜け出したそれは、目の前をふよふよと泳ぐ。
「やあ。こんにちは、お兄さん~。ボクはレガート。世界を守る力を、君に授けるための妖精だよ~」
「……すげー。ぷぅちゃんみたいじゃん」
 ウサギのぬいぐるみに似たそれのほっぺを押してみると、想像通りのぷにもふ具合。
「ぷぅちゃん?」
「や、こっちの話。てか我ながらヤバイ夢見てんな」
「夢じゃないよ~」
「じゃあ何で俺が魔法少女の勧誘を受けなきゃいけない? 夢じゃなきゃ、あり得ない冗談だろ」
「魔法少年だってば! 君には光の力が眠ってるし~! ヲタクのくせに顔がいいからさ~。合格ラインかなって~!」
「俺の顔がいいのは認めるけど、合格ラインガバガバすぎだろ」
「ボクだってほんと~は可愛い女の子にやってもらいたかったけど~。君しか見つからないし、仕方なく~」
「仕方なくって」
 夢ならもっと夢のある回答をしてくれよ。いや、夢があっても魔法少年なんかなる気はないんだけど……。
「でも。やってもらわなきゃ。もう奴が来るから~!」
「奴?」
「ああ、ほら。言わんこっちゃない。お出ましだよ~!」
「へ? って、うわ!」
 どんっ。
 マンションのすぐ側に何かが落ちる。あれは……。
「な、なんだ?!」
 慌ててベランダから見下ろすと、土煙の中から貴族のダンスパーティーみたいな仮面をつけた少年の姿が現れる。
「ようやく見つけたぞ、レガート」
「く、スタッカートめ~!」
「スタッカート?」
 ベランダの柵から身を乗り出して叫ぶマスコットを止めつつ、問いかける。
「あの男の名前さ~。魔王スタッカートはこの星を滅ぼす~。それが彼の使命だから~!」
「は? 魔王?」
「でもそれを阻止し、この地球を守るのが~。君、魔法少年テヌートなのさ~!」
「お、おい……」
 何を言っているんだ、このぬいぐるみ野郎は。てか、如何にも変身アイテムなペンダントを俺に押し付けつんな!
「さぁ、ペンダントに祈りを込めて! 叫べ~! 今こそ君の力を~!」
「叫べって、何を……」
「む、貴様こいつを魔法少年にするか」
「いや、俺は魔法少年なんてやらな……」
「今君がやらなければ、この星は滅んでしまうよ~?!」
「いや、俺やっぱ無理だって! 夢でも恥ずいわ!」
「いいから早く~!」
「させん! 出でよ、悪しく醜い我が僕! 今こそ妖精が力、奪い取れ!」
『ぐおお~ん!』
「うわ、何か来た!」
 ずももっ、と魔法陣から出てきた怪物が、ペンダントを奪おうと俺の目の前に立ち塞がる。
「カナデ、変身! 早く~!」
「くっ、ええい。こうなったら自棄だ! え~と、“アーティキュレーション”っ!」
 ぶわっ。
 ペンダントに向かって心に浮かんだ言葉を叫んだ途端、体が不思議な光に包まれる。そして、気付けば俺はフリフリの衣装に身を包んでいて……。
「う……。マジかよ……」
「魔法少年テヌート~。見参ってね~!」
 いや、キツイ。いくら俺の顔が良くて、これが夢だとしても。流石に精神的なダメージがある。
「チッ。変身したか。だが、それも遅い! やれ!」
『ぐお~!』
 少年の命令を聞いた巨大な化け物が俺のすぐ後ろに迫る。
「テヌート、必殺技~!」
「いや、そんなのわかんな……」
「叫べ~! 心に浮かぶその熱き闘志~!」
 コイツ、俺の夢なのにムカつきやがる。
『ずもっ~!』
「くそ、やればいいんだろ! 全てを結びて銀河の星となれ! シューティング、スラー!」
 手から放たれた小さな星が、敵を覆い尽くしてゆく。そして。
「星になれ~!」
『ポンッ』
 さっきまでの怪物は、星と共に跡形もなく消えた。
「やったね~! テヌート~! 初勝利だ~!」
「中々にヤベーな。俺の夢……」
 辺りを漂いながらぱちぱちと手を叩くウサ公を払いのけ、汗を拭う。
 コレ、女児が憧れるやつじゃん。完全に邪な気持ち込み込みで口走ったのが申し訳なくなるほどクオリティの高い夢じゃん……。
「いや、どうせならスイキュアブラックこと千歳ちゃんとよろしくする夢を見せてくれよな……」
 俺だって、千歳ちゃんのことを助けてツンデレされたい。浮気も可能ならば、夢ちゃんの絶対的スマイルに照らされたい。そんでもって……。
「……ト、テヌートってば!」
「なんだよウサ公。ヲタクの妄想を邪魔するな。てか、テヌートって……俺か」
「だから、前!」
「は?!」
 忠告に顔を上げると、すぐ目の前までスタッカートが切迫していて……。
「あぶな!」
「チッ」
 慌てて剣の軌道から体を逸らし、難を逃れる。マジで間一髪だ。
「お前な! 剣とか卑怯だろ! こっちは丸腰だぞ!? 男なら正々堂々と……・」
「覚悟!」
「ぐえっ!」
 全くこちらの言い分を聞く様子がないスタッカートの追撃に、バランスを崩し倒れ込む。勿論、すぐに起き上がろうとしたのだが……。
 どすり、と剣が顔のすぐ横に突き刺さる。
 いや待て……。コンクリートに突き刺さるのかよ、それ……。威力ヤバくないか?
「残念だったな、魔法少年。お前の初陣が最終回だ」
 妖艶に微笑んだスタッカートが剣を引き抜き、俺の胸に突き立てようと振りかぶった瞬間――。
「スタッカートめ~! や~め~ろ~!」
 どすっ。
「ぐっ」「うむっ?」
 がむしゃらアタックを決めたレガートのせいで、バランスを崩したスタッカートと俺の唇が重なる。
 なっ。何が悲しくて、俺は仮面野郎と夢でキスしなきゃいけないんだ……。
「虚無……」「ッ~!」
 柔らかい感触を味わったのも束の間、スタッカートが素早く身を起こす。その顔は真っ青になっていて……。
「あの、大丈夫……?」
「ッ! 覚えておけ、テヌート!」
 悪役らしい捨て台詞を吐いたスタッカートは、あっという間に俺の目の前から姿を消した。
「あれ~、帰っちゃったね~」
「じゃあ、もうこの夢終了ってことでいいな。早く覚めろ」
「やだな~。まだ夢だって思ってるの~?」
「当たり前だろ。現実でこんな地面に穴開いてたらヤバ……」
「なんだ、そんなことか~。それ~」
 レガートがぼこぼこになったコンクリートに向かって手を振った途端、壊れた地面が元通りに直る。
「……うん。やっぱ夢だな」
「え~! ボクの魔法なのに~!」
 そう。きっと夢だ。夢でしかない。こんな都合の良い魔法とか、魔法少年に変身する俺とか、怪しい仮面少年魔王とか、夢じゃなくちゃ気が狂う。
 だから、きっと。普通にお腹が空いてきたのも、ほっぺ抓ったら普通に痛いのも、気のせいでしかないのだ。
「気のせいでしかないのだ!」
「ぶ~! カナデのヘタレ~! 意気地なし~!」
 頬を膨らましながら浮遊するこのウサギも、きっと気のせいでしかないのだ!



「おはよ~」
「おー、おはよー。って、うげ……。まだウサ公が居んのかよ……」
 あの後、レガートの存在を無視して休日をやり過ごし、眠りについたわけだが。翌朝、目が覚めて見ると、やはりウサギのマスコットは目の前をふよふよ飛んでいて……。
「夢じゃないのはお約束だよね~?」
「クソ、一体いつになったら覚めるんだ、この夢は」
「え~、やだな~。これが現実なんだってば~」
「ハッ。まさか俺、ついに妄想と現実の区別がつかなくなったんじゃ……」
「やだな~。ボクはイマジナリーフレンドじゃないよ~」
 確かに、俺はあれこれと妄想をするのが好きだ。でも、だからといって、こんな変態的な妄想は一体誰得だというんだ。実は自分が気づいてないだけで女装癖がある、なんて御免だぞ?
「ねえねえカナデ~。考え込むのもいいけどさ~。早くしないと、学校遅れちゃうんじゃない~?」
 レガートの言葉に時計を見る。
「げ! ヤバい!」
 夢の中でも時間は普通に流れるらしい。お陰で何の準備もしてないというのに、家を出る時間が迫っていた。
 夢の中とはいえ、遅刻するなんて俺のポリシーに反する。
「とりあえず、俺は学校行くから! お前は勝手にしろ!」
「は~い!」
 元気よく手を挙げてみせたウサギをほっぽって家を出る。
 本当に、夢ならもっと有意義なものを見せてくれってんだよ。全く。


 何とか間に合った……。
 朝食抜き、ぼさぼさ頭のまま学校へダッシュした俺は遅刻を免れた。
「カナデって足速いんだね~」
「は……?」
 嫌な予感がしてバッグを開く。すると、案の定レガートが俺の鞄に詰まっていた。
 鞄、いつもより重いと思ったんだよ……。
「何でお前がここにいる」
「えへ~。だって、いつスタッカートが襲ってくるかもわからないし~。一緒にいた方が安全でしょ?」
「知るか。お前、絶対大人しくしてろよ……? さもないとどっかに捨てる」
「え~。カナデ冷た~い」
『はい、席に着け~。今日は転校生を紹介するぞ~』
 チャイムと共に教室に入って来た担任が転校生と言った途端、クラス中がざわめきだす。
『イケメンかな? イケメン来て!』『美少女来い!』『イケメン!』『美少女!』
 不純な欲が渦巻く中、俺はスイキュアブラックこと千歳ちゃんのことを思い出す。確か、彼女も転校生で……。
「晴頼 千留です。よろしく」
『きゃ~!』『クール系イケメン~!』『流し目がたまらない~!』
 束ねた黒髪を揺らしながら教室に入って来たのは、女子の歓声通りのイケメン君。残念ながら期待の外れた男子の皆さんは、がっくりと項垂れ、軟弱だの不愛想だのと負け惜しみを呟く。一方俺はというと……。
「あ~。これ絶対フラグだろ……」
「フラグ~?」
 バッグの中から顔を出すレガートを押さえ、頷く。
「そ。こういうのはさ、転校生が新しい魔法少女だったり、もしくは……」
『じゃあ、席は音巻の隣な』
「悪役側だったりすんだよな」
「……」
 すぐ隣まで歩いて来た晴頼を睨みつける。すると、彼の冷めた瞳が少しだけ揺らぐ。
「ちょっとカナデ~! スタッカートがこんなとこにいるわけないでしょ~」
「はは。例えばの話だよ。……改めて。よろしくな、晴頼」
「……よろしく」
『きゃ~!』
 俺が差し出した手を晴頼が握る。たったそれだけのことで、クラスの女子が黄色い悲鳴を上げる。顔が良い者同士の絡みは罪ってことだ。
「……カナデってさ~、意外とナルシストなとこあるよね~」
「心を読むな、心を」
 小声でレガートにツッコんでから、レガート自身をも鞄に再度突っ込む。全くもってマスコット枠は気ままで羨ましい。


「ハルヨリ、すごい人気だね~」
「ん、確かに」
 昼休み。さっそく女子に囲まれる晴頼を横目で見ながらパンを齧る。
「あ、もしかして嫉妬してる~?」
「別に。俺は、千歳ちゃん一筋だし。三次元の女子に好かれてもって感じ」
「げ~。拗らせてるぅ~」
「うるさいなあ。千歳ちゃんが可愛すぎるのが悪いんだ」
「でもさ~。チトセとハルヨリって似てない~?」
「は? なにがでもさ、だよ。てか、どこが似てんだよ、どこが! あ、やっぱ悪役、ってことか?」
「そ~じゃなくて! 名前だよ、名前~!」
「ああ、名前……」
 言われてみると、確かに“千歳”と“千留”一文字違いだけど……。だから何だって言うんだ。野郎と可愛い女の子じゃ天と地ほどの違いがあるだろ。
「ていうかさ~。カナデってばハルヨリのこと、やっぱ疑ってるじゃん~?」
「そりゃ疑うだろ。てか、あんなん疑わない方が難しいだろ」
 顎をしゃくった先にいるのは、晴頼と愉快な取り巻き女子たち。
『晴頼くん、良かったら一緒にご飯食べよ?』『え~、アタシも混ぜて~』『抜け駆けは無し! みんなで食べましょう?』
「えーっと。ごめん。僕、先生に呼ばれてるんだ。皆は先に食べておいて?」
 女子の誘いを断った晴頼は、そそくさと教室から出てゆく。
「……怪しい」
「え~?」
 スイキュア第十三話を思い出す。転校してきたばかりの千歳ちゃんは、確か昼休みに……。
「俺の勘違いならいいんだけど、な」
「あ~、ハルヨリの後をつけるの~? ボクも行く~!」


『ぐおおおおおおおおお!』
『な、なにあれ?!』『ば、化け物だ!』『逃げろ!』『嘘でしょ……?!』
「チッ、遅かったか」
 晴頼を見失った代わりに見つけたのは、昨日現れた奴とよく似た化け物だった。
「テヌート、変身だ~!」
「は? ここでか?」
「うん。そだよ~」
「いや、だってあの姿で人目につくのは」
「大丈夫! 普通の人間には正体がカナデだってわからないシステムだから~!」
「いや、そうだとしても、魔法少年て」
「見た人はそれが当たり前だと思い込むから~!」
「なんだよそのご都合主義!」
 さすが俺の夢。いや、でもだったらもっと都合良い夢あるだろ。さすがでもなんでもないわ。
「ほら、そうこうしてる間に人間が襲われてるよ~!」
「げ」
 黒いスライムが生徒たちを絡め取り、キラキラオーラを吸い取ってゆく。
「あれは人間の希望エネルギーを吸い取って、代わりに絶望を植え付ける気だ~! 早く止めなくっちゃ、人間たちの生きる気力がなくなっちゃうよ~」
「くそ!」
 こんな夢、早く覚めろ! んでもって、とっとと出てこい、晴頼 千留!
『んにゃ!』
「あ?」
 ふいに、目の前を猫が横切る。その瞬間、俺を狙っていたスライムの腕に猫が捕らわれ……。
「危ない!」
 どぷん。
「は……?」
 滑り込んできた晴頼が、猫の身代わりとなってスライムに沈む。
「あいつ、何やってんだ……?」
 今、猫を庇って自らスライムに取り込まれに行った、のか……?
「猫を助けるなんて、魔法少年の素質があるなあ~」
「……いや」
 そういうフラグではないはずだ、これは。あいつ、俺が疑ってるのを知って、わざと優しい少年を演じているんじゃないか?
『い、いやー!』『は、晴頼くんが……!』『オレたちもきっと、食われる……!』『だ、誰か助けてッ……!』
「チッ、どのみち俺がやらないといけないのか」
「そうだよ、カナデ~! さあ、変身だ~!」
「くそ! やればいいんだろ! “アーティキュレーション”!」
「よしよし。魔法少年テヌート、見参ってね~!」
 ふよふよと宙に浮きながらドヤ顔を決めるレガートを一発ぶん殴ってから、辺りを見渡す。
『魔法少年、テヌート……?』『オレらのこと助けてくれんの?』
「ああ。あんな怪物、俺が倒してやる! ハアッ!」
 黒いスライムに拳を突き立てる。
「あ、テヌート! そんなことしちゃ~」
「え?」
 俺の拳がクリティカルヒットしたスライムは、そのまま壁にぶち当たり……。
「うわ!」
 べちゃり、と分裂した塊が飛び散り地面に落ちる。
「も~。だから言ったのに~」
「うるさいなぁ」
 横で文句を言うレガートをもう一発小突きながら、蠢くスライムを叩き斬る。が。
「げ、これキリがねえじゃん!」
 どれだけ殴ろうがスライムは分裂し、動き回るのだ。
「テヌート、今こそ必殺技だ~! さあ、叫んで!」
「こうなったら黒幕を叩くしかねえな」
「お~い、テヌート~! あのかっこいい台詞、叫んでよ~」
「断る」
「え~?」
 はっきり言って俺はアレを使いたくない。こんな格好してるだけでも恥ずかしいのに、男子高校生があんな技名を叫び、ポップな星を散りばめるのはいかがなものか。できることなら、残り少ないプライドを守り抜いていきたいところ。
「で。晴頼は……」
「テヌート、あれ~!」
「うわ……」
 レガートの指さす方を見ると、さっきまで足元で蠢いていたスライムの破片が集まって、元の形に戻ろうとしていた。そして。
「大変! ハルヨリが、取り込まれたままだよ~!」
 スライムの中で気絶している晴頼を見て舌を打つ。
「狸寝入りかよ。いいぜ。そっちがその気なら、そのまま断ち切ってこの夢終わらしてやる!」
「あっ」
 スライムに向けて手を翳す。必殺技への抵抗が消えたわけではない。が、これで全部が片付くのなら、この屈辱も甘んじて受けよう。
「全てを結びて銀河の星となれ! シューティング、スラー!」
『ぐぬあああああああ』
 どっ。
 数多の星がスライムを覆い尽くし、消し去る。
「テヌート~! ハルヨリが~!」
「おわ!」
 咄嗟に降ってきた晴頼をキャッチする。あれ、こいつ何で浄化されてないんだ……? てっきりコイツにも魔法少年の浄化の力が効くと思ったんだが。いや、魔王レベルに初期必殺技は効かないのがお約束ってわけか。
「おい、大丈夫か?」
「う、げほっ、は、うう……」
 べしょべしょになった晴頼が苦しげにスライムを吐き出す。
「……無実アピールすんのも大変だな」
「え、まだハルヨリのこと疑ってるの~?」
「ああ」
「でも、見てよ~。テヌートの攻撃で浄化されなかったよ~? それにハルヨリ、本当に気を失ってるし~」
 確かに。顔を触っても咳き込む以外の反応がないところを見ると、あながち演技ではなかったらしい。
「これ、どうすんだよ……。まさか、死なないよな……?」
「大丈夫。カナデが変身を解けば、きっと元どおりになるよ~」
「なんだ、そんなんでいいのか」
 一秒でも早く元の姿に戻りたかった俺としては好都合。
「はいっ」
 ぱちり。レガートが指を弾いた瞬間、ひらひらのスカートが消え失せ、男子高校生の制服へと変わる。
「本当だ……」
 地面や晴頼についていたスライムも消え、へこんだ壁も元に戻る。
「ん……」
「お、起きたか」
「う、わっ!」
「ん? 大丈夫か? ちゃんと息できるか?」
「あ、えと……。大丈夫、だけど……、顔近い……。何でほっぺ撫でて……? てかその、降ろして、ほしい……」
「ああ。ごめん」
 顔を赤くして戸惑いを見せる晴頼に素直に謝り、お姫様抱っこを止める。
「もしかして、君が僕を助けてくれたの?」
「ん、ああそうだけど」
「ありがとう。ええと……」
「音巻 奏」
「音巻くん」
「奏でいいよ」
「奏くん……。それじゃあ僕も、千留でいいよ」
「おー」
 なるほど、お友達作戦。これが目的か。
「良かったらこれから一緒にご飯食べない? 奏くん」
「でも千留、女の子から誘われてただろ?」
「まあ。でも僕、女の子と何喋っていいかわかんないし」
「俺となら何喋ってもいいってこと?」
「駄目……?」
「駄目……じゃない、けどさ……」
 否、駄目に決まってる。敵と仲良くランチタイムだなんて、何か企みがあるに決まってる。だけど、だ。千留の上目遣いが、第二十一話の千歳ちゃんが夢ちゃんに対して見せたそれにそっくりで……。
「じゃあ、決まりだね」
「う……」
 わかるかわからないかぐらいの微笑みを浮かべた千留は、やはり千歳ちゃんに雰囲気が似ていた。
「ね、やっぱり似てるでしょ?」
 陰に隠れながら囁いたレガートに再度心の中でツッコミを入れる。勝手に人の心を読むな、と。


「あ~、千留といると外野が更に増すなぁ」
 中庭のベンチに座って、ようやく落ち着いて昼食が取れると思った俺たちだった、が。いつの間にか女子が集まり、遠巻きにきゃっきゃしながらこちらを観察されちゃあ心が休まる暇もない。
「えっと、僕、何か変なことしたかな……?」
 気まずそうに小声で聞いてくる千留に額を押さえる。
「それ本気で言ってんの?」
「えっ?」
「お前がかっこいいから女子がキャーキャー言ってんだろ?」
「僕が、かっこいい、の?」
 目をぱちくりさせて自分を指さす千留は、かっこいいというよりあざと可愛いの部類に入ると思うが……。
「だってさ、お前。俺の次に顔が良いじゃん」
「そう、なんだ……。僕は、君みたいに人から憧れを抱かれる存在じゃないのにね」
「千留……?」
「あ、ごめん。何でもない。それより、早くご飯食べよ? 昼休み終わっちゃう」
 一瞬、濃い闇の気配が千留から溢れていた。きっと無意識に呟かれたものだったのだろう。それを打ち消すために慌てて作られたその笑みは、青ざめた顔と酷く不釣り合いだった。
「あ~、そうだな。てか千留、昼食それだけかよ」
 これ以上の詮索は気の毒に思えたので、話を逸らすべく千留が手にした栄養補給ゼリー飲料を指し示す。
「やっぱり変かな……? でも、僕はそんな食べなくて平気だし……」
「そんなんじゃ元気でないだろ。ほら」
「んむ?」
 卵焼きを口元に持ってってやると、千留は口を閉ざす。
「口開けて」
「……くれるってこと?」
「そ。美味いから食ってみ? ほら、あ~ん」
「……ん」
 俺が引かないことを悟ってか、渋々口を開けた千留がぱくりと卵焼きに食いつき咀嚼する。
「!」
「美味い?」
「う……ん……」
 最初、絶対おいしいって顔してたのに。どんどんと表情が萎れてゆくのはどうしてなのだろう。
「やっぱ不味かった?」
「ううん、美味しかったよ。でも、ね。僕にはやっぱりこっちでいいかなってさ」
「はは。スライムに塗れたばっかで、よくンなもん食えるな」
「うん。ほんとだよね。はは。でも僕はいいんだ、これで」
 その自分を無理やり押し込めるような言い方が、妙に気に食わなかった。
 どうしてお前がそんなに儚い顔をするんだ。お前はスタッカートじゃないのか?
「なあ、千留。お前は……」
 キーンコーンカーンコーン。
「あ。昼休み、終わっちゃう。奏くん、教室に戻ろう?」
「あ、ああ……」
 なるほど。これもお約束、というわけか。



「なあ、レガート。そろそろ俺をお役御免にしてはくれないか?」
 あれから二度ほど化け物を倒し、陰でみんなの平和を守ったわけだが、正直、それが俺である必要はないと思う。
「君は貴重な魔法少年なんだから~。簡単には手放せないよ~!」
「だったら代わりを見つければいいだろ! 俺も手伝うし!」
「そう簡単に見つかってたら、ボクだって苦労はしないさ~」
「夢なんだったら、なんかこう、いい感じにアニメよろしくすぐに二人目が見つかるはずだ!」
「まだ夢だと思ってるの~? 本当は現実だって気づいてるくせに~」
「うるさいな。そうと決まれば、探しに行くぞ! こういうのはな、別の学年にいたりするもんだ!」
「そう~?」
「ちょっとお姉さんな魔法少女! イイ!」
「願望じゃん~」
 ジト目で図星を刺してきたレガートを一発殴りながら、三年校舎へと向かう。すると。
「ああ! アナタ! そこのアナタ! アナタから、何か力を感じるわ……!」
「えっ?」
 廊下ですれ違うなり、すごい勢いで俺の肩を掴んできた怪しい三年生女子に言葉を詰まらせる。いや、まさかこんなわかりやすいフラグがいきなり立つなんて思いもしないだろ?
「か、カナデ……。もしかしてこの人……!」
「ああ。多分な」
「悪の手先~?!」
「なんでやねん。いや、確かに怪しさ満載だけどさ……」
 え、まさか本当に悪サイドじゃないよな……?
「悪の手先とはなんですか! ていうか、どうしてぬいぐるみが宙に浮いて喋っているんですか?」
「は?」
 先輩の言葉に急いで振り向くと、レガートがなんの遠慮もなしに宙に漂っている。
「お・ま・え……! バッグに入ってろって言っただろうが!」
「わ~、殴るのはナシ~! ボクってば、実は普通の人間からは見えないし、声だって聞こえないんだよ~! だって妖精だも~ん!」
「は?」
「いや、ほんとに! カナデが聞いてくれないから今まで言いそびれてたけど!」
 じゃあ何か、今までの俺の苦労はただの無駄ってことか? いやでも、それじゃあ。
「じゃあ、先輩に見えてんのは何だよ」
「それは、だから! 彼女が普通じゃないってことだよ~!」
「つまり?」
「悪の……」
「なるほど。二人目のお仲間である証明ってわけか」
「え? そうなの?」
「そうなの! 多分!」
 おとぼけ妖精を放り出し、先輩に向き直る。
「あの~。お話は終わりました?」
「終わりました。貴女こそが新しいキュアキラです!」
「キュア……? よくわからないけれど、それより……。くんくん」
「うわ」
 いきなり体の匂いを嗅がれたもんだから、上ずった声を出しながら身を捩る。
「アナタの近くに、よくないモノが現れているわ」
「いきなりなんですか?!」
「あ。驚かせてごめんなさい。私は草明 響子。“占いちゃん”と言えばわかるかしら?」
「占いちゃんって……」
「三年の先輩に、占いが得意な生徒がいるって噂、聞いたことあるよ~。確かあだ名が『占いちゃん』!」
 お前、いつの間にこの学校に詳しくなったんだ。
「そ。それが私。アナタによくないモノが憑りつこうとしているから、つい声を掛けてしまったの」
「よくないものって」
「黒幕」
「え?」
 不思議な先輩が形の良い唇をニィ、と歪ませる。
「世界を、滅ぼそうとする、災厄……」
 黒幕。災厄。身に覚えがあり過ぎる。
「それってやっぱり――」
「あれ。こんなところでどうしたの、奏くん」
「千留……」
 声に振り向くと、今頭に浮かんだばかりの人物が澄まし顔でこちらを見ていた。
「僕はほら、図書室に寄った帰りさ」
 抱えた本を指し示しながら千留は俺に微笑む。確かに、図書室はこの校舎にあるわけだから、他学年の生徒がここにいてもおかしくはない。だけど、このタイミングで声を掛けてくるのは、いささか怪しすぎはしないだろうか。
「おやっ。アナタは……。ううっ、うううううむ?」
「ええ、と……?」
「あの、草明先輩。あんまりこいつのこと吸い過ぎると、ファンから殺されちゃいますよ?」
 匂いを嗅がれ、俺と同じく動揺する千留に助け舟を出し、やんわりと引き剥がしてやると、先輩は頭を激しく掻き毟る。
「わからない! どうして! こんなことが??」
「ひっ」
 血走った眼で睨まれた千留が、俺の背中に隠れて怯える。
 いや、お前。そんなんで大丈夫かよ。全く。
「どうして……。ちょっとキミ。そう怯えてない方のキミ。ちょっとこっちに来て頂戴?」
「はあ……」
「あの子、何故だか占えないのよ……。だから、なんていうか……」
 ぐっと近づかれたことにより、先輩の野暮ったい前髪からちらりと素顔が覗く。
 意外と可愛い顔してるな~。奇行さえなければキュアキラ主人公枠も狙える感じなのに。
「聞いてる?」
「あー。はい。つまり、千留が怪しいって言いたいんですよね、先輩は」
「う、うん。そうなんだけど……。キミ、もしかして気づいて……」
「内緒話なんて妬けるなぁ。ねえ、そろそろ僕も仲間に入れてよ、奏くん」
「千留……」
「じゃないと、僕は……」
 あ、これ。あの時と同じだ……。
 先ほどまでの様子とは一転、千留の黒い瞳が揺れ動き、底冷えするような闇の気配が漏れ出でる。
「千留……」
「ッあ……。はは。な~んて。ええと。邪魔しちゃ悪いから、僕は先に行ってるね」
「あ。千留、待っ――」
 ぱっと笑顔に切り替わった千留に手を伸ばしたが、遅かった。
「ねえ、キミ。初対面でこんなこと言うのもアレだけど……。彼に関わるのは止めた方がいいかも。じゃないと……」
 去っていく千留を睨みながら、先輩は俺の腕を引いた。
「わかってますよ」
「え?」
 先輩に言われなくともわかってる。あいつは信用していい奴ではないということ。そして、この後あいつがどう動くかということも。


『ガアアアアア!』
『きゃー!』『化け物が!』『逃げろー!』
 空がいきなり暗くなり、化け物の鳴き声と生徒の悲鳴が響き渡る。
「やっぱりそう来たか」
 スイキュア第二十三話の千歳ちゃんと同じだ。あいつは今、自分の正体がバレる前に俺を消そうと躍起になってるはずだ。
「テヌート、変身だ~!」
「仕方がない。アーティキュレーション!」
「魔法少年テヌート、見参ってね~!」
 レガートの掛け声と共に校庭に降り立つ。勿論、そこにいるのは他でもない、魔王スタッカートその人だ。
「ふん。来たかテヌート。今日こそは終止符を打たせて貰おうか!」
 スタッカートの合図とともに、空を飛んでいたカラスの群れが俺に向かって下りてくる。
「げ。もしかしてアレ全部魔物か?!」
 近づいてくるにつれて、凶悪な目つきと牙、そして体の大きさが普通のカラスでないことに気づく。
「テヌート、必殺技を~!」
「わかってる! 全てを結びて銀河の星となれ! シューティング、スラー!」
「ふ、甘いな」
「何?」
「全てを打ち消せ終わりを与えよ! フィーネ、フェルマータ!」
「あっ!」
 魔物に迫る煌く星々が一瞬にして闇に絡め取られる。
「あ~。スタッカートも必殺技持ってるのか~」
「冗談じゃない……」
「ふふ。そうさ。これは冗談ではない。いけ! 魔物ども! 今度こそ終わりだ!」
「テヌート~! 逃げて~!」
「くっ……」
 これで終わりなのか……? いや、まだだ。こういう時は、恐らく……。
「待ちなさい! 幼気な少年を虐めるなんて許さない! 私が相手よ!」
「草明先輩……!」
 そう。スイキュア第二十四話。キュアパープルが仲間になったときと同じ……。
「これは~! 魔法少女の気配!」
「魔法少女?」
 勇敢にも生身で魔物の前に立ち塞がった先輩が首を傾げる。
「そう、君は魔法少女になるべき逸材だ! さぁ、ペンダントに祈りを込めて! 叫べ~! 今こそ君の力を~!」
 俺の時と同様に、レガートが先輩に向かってペンダントを押し付ける。
「……それで魔物をやっつけられるならやるわ! アーティキュレーション!」
「お~! 物分かりが良い~!」
「魔法少女アクセント! 巨悪撲滅に力を貸すわ!」
「新たな仲間の誕生だ~!」
「な……。新しい魔法少女だと? ふざけるな!」
「ふざけるな、はアナタの方よ! アクセントロッド!」
「え、なにその武器?!」
 アクセントが天に向かって手を翳すと、いかにもなステッキが現れる。
「火力最大! 全てを焼き尽くせ! フォルテシモ、バースト!!!」
『ギィヤアアアア!』
 可愛らしい武器から放たれた炎は、可愛くない威力で魔物たちを焼き尽くす。
「まさか最初から武器まで使いこなすとはね~!」
「でも、今ので、全力出し切っちゃって……」
「あ、アクセント!」
 変身を解き、体をふらつかせたアクセントに駆け寄る。倒れる寸前で抱き留めることには成功したが……。
「テヌート、前!」
「うわっ!」
 レガートの声に顔を上げると、漆黒の剣が目の前まで迫っていた。
「チッ。避けるか」
「危な~」
 変身していたからすれすれで避けることができた。が、逆に変身を解いていたら恐らく死んでいたことに気づき、冷や汗が流れる。
「テヌート、退け。邪魔をするな。まずはそいつから殺る」
 低く冷たい声でこちらを威嚇するスタッカートに溜息を吐く。どうやら説得に応じてくれる雰囲気ではないらしい。
「アクセント、あの武器どうやって出すの?」
「ん……。手に、熱を集中させて、念じるの……」
 先輩を地面に降ろしながら、その言葉に耳を傾ける。
「なんだ。そんなことでいいのか。テヌートソード!」
 ぽん、と音を立てて出てきたそれをキャッチし、スタッカートに向ける。
「あ~。ロッドじゃなくてソードにするなんて~!」
「そりゃ、ポップな魔法より近接武器の方が俺としちゃ、やりやすいからな!」
「小賢しい真似を!」
 がっ。剣がぶつかり合い、火花を散らす。
「チッ!」
 スタッカートの攻撃に応じて剣を振るい、全てを受け止める。
「だが、所詮は付け焼き刃! これには耐えられまい! 闇の力をわが剣に込めよ、フィーネ・カタストロフ!」
 スタッカートが叫んだ途端、その闇が剣を包み始める。
「確かに。フツーに受けたら一溜まりもないかもな。でもさ、それ俺にも出来るかも」
「な……」
「星の力をこの剣に結べ、ステラ・スラー!」
 闇の剣が振り下ろされたと同時に、星の力が宿った剣で受け止める。その禍々しい闇は星の輝きと混じり合い、互いに力を失い消えゆく。
「馬鹿な……。いや、だが所詮は闇を打ち消しただけに過ぎない。星の輝きも消えた今、単純な剣術による戦いになっただけで……」
「ああ。言っとくけどさ。俺、こういうのは得意なんだよ、ねっ!」
 剣筋を逸らした隙に相手の懐に飛び込み、斜めに切り上げる。スタッカートもそれに気づき、咄嗟に後ろに飛んで回避を試みたようだが、遅い。
「っああ!!」
 宙にスタッカートの血が飛び散る。服が裂け、露わになった肌には深く傷跡がついていた。
「ぐ。テヌート、覚えていろ……」
「あ~! 逃げたよ~!」
 捨て台詞と共に姿を消したスタッカートの後には、血だまりが残っていた。
「大丈夫。きっとすぐに出てくるさ」
 剣に着いた血を指で拭い、口に含む。甘い。どうしてだろうか。酷く懐かしい。それでいて、もっと――。


『音巻くん、大丈夫?!』
「うん。俺は大丈夫。何ともないよ」
 俺が教室に戻った途端、クラスメイトたちが安堵の息を漏らす。
『良かった。音巻くんがいないからどうしようかと』『ほんと、どこ行ってたんだよ』『心配させんなよな!』
「ごめんごめん。それで、千留は?」
『それが、晴頼くんも見当たらなくって』
 まあ、そうだろうな。なにせ……。
 がらっ。
『あっ、晴頼くんっ!』
 教室のドアが開き、青い顔をした千留が現れる。
『もしかして、襲われて怪我したんじゃ?!』『えっ』
「いや、大丈夫だよ……」
 そう言って微笑む千留の額には脂汗が浮いていた。
「千留、無理しない方がいいよ」
『あっ』
 女子を押し退け、千留の腹をシャツ越しに優しく撫でる。
「ッ!」
「どうしたの?」
『キャー!』『何、何?!』
「やめろ」
「痛いの?」
「……ッぐ」
 ぐっと指に力を入れると、千留の表情が歪む。
「やっぱり、君がスタッカートなんだよね?」
「違、う……」
 耳元で囁いてやると、千留の体がびくりと震える。分かりやすい奴。千歳ちゃんだってもっと上手く嘘が吐ける。
「ふーん? じゃあ見せてみなよ」
「なっ」
 ズボンからシャツを引っ張り出し、捲ろうとする。が、慌てて千留が裾を押さえ、抵抗する。
「大人しく認めればいいものを」
「っあ!」
 千留を壁に叩きつける。そのまま力に任せてシャツに手を掛け……。
「や、やめろ!」
『お、おーい。二人とも……? 授業再開するぞ……?』
「……チッ」
 いつから居たのだろうか。困惑気味の担任が遠慮がちに声を掛ける。
『っ、きゃ~!』『今の、なに?』『オレたち、一体何を見せられてたんだ……?』
 息を殺して様子を伺っていたクラスメイト達が一斉に騒ぎ出す。が、知ったことではない。
「次はもっとわかりやすいとこにつけるからな」
「っ……」
 俺の言葉に青ざめ身を震わせる千留を見て、心が跳ねる。
「カナデ、どうしちゃったの~?」
 心配そうにこちらを伺うレガートに薄く微笑む。どうしてだか高揚した気持ちを抑えられない。
「や、何でもないよ。ただ、千留が心配だっただけ」
「大丈夫だよ~。これからはアクセントも一緒に戦うんだから。人間たちもより安全! ハルヨリだって安心だよ!」
「ふふ。そうだね。ていうかさ、そろそろ俺が魔法少年やんなくても、草明先輩だけで事足りない?」
「事足りないよ~! アクセントってば電池切れで保健室行きだったじゃん~。まだまだ新人!」
「俺だって新人なんだけど。まあ、いいや。こうなった以上、とことん付き合ってあげるさ」
「あ、やっと夢じゃないってわかったんだね!? さっすがカナデ! これからもよろしくたのむよ~!」
「うん。任せてよ」
 頼まれなくたって、もう少しだけ、この狂ったごっこ遊びに付き合ってあげるさ。



『次はもっとわかりやすいとこにつけるからな』
「クソ、冗談じゃない……」
 放課後、ふらつく足で僕は何とか空き教室に倒れこむ。ここならば、少しは落ち着いて回復できる。
「は……」
 テヌートに斬られた傷がじくりと疼く。あの躊躇いのない太刀筋、思い出しただけでも恐ろしい。それに、さっきの奏の様子は正義というより……。
 がらっ。
「ッ」
「ボクだよ、兄さん」
 ドアが開き、顔を覗かせたのは僕の弟だったのでとりあえずは安堵する。
「兄さん、随分苦しそうだね」
「……別に」
「そう? 正体バレかかってる癖に、よく強がりが言えるね」
「それは……」
「ほんと、しっかりしてよ。仮にも魔王を名乗る兄さんが猫なんか庇ってちゃ、流石のボクもフォローできない。それに、テヌートのことも。ギリギリ躱せる攻撃しかしない。ボクのこと馬鹿にしてんの?」
「ぐ……、だから僕は魔王役なんて嫌だって……」
「しょうがないでしょ。兄さんは闇が薄い分、浄化されにくい体質なんだからさ。ここで役に立ってくれなきゃ兄弟の縁切るよ?」
「……ごめん」
 ため息を吐いてみせた弟に果たして兄弟意識があるのだろうか。
「謝るなら甘っちょろい考えを捨ててからにしてよ。兄さんは昔っからそうだ。悪魔のくせに、弱い者を助けようと己を危険に晒す。あの時だって……」
 そう呟いた弟の顔が憎悪に染まる。そうだ、ボクは確かにあの時、間違った。中途半端な偽善は捨てるべきだとわかっているのに。
「自分でも悪い癖だとは思っている。けど……」
「ああ、くだらない言い訳を聞きに来たんじゃないんだ、ボクは。ねえ兄さん。アクセントにも早速呪いを施してよ」
「……またアレをやるのか?」
「そ。力が覚醒し切る前に、闇の力を植え付けとかないと意味ないからね。今度は自分の力でぶちゅっとやってよ?」
「でも、相手は女の子……」
「兄さん、これは命令だよ? 兄さんがボクに逆らえるとでも?」
「っ」
「わかったら、くだらないことばっか言ってないで、さっさと動いてよ? いい加減悪魔としての自覚を持ってよ。そうじゃなきゃ……」
「わかった。わかったから……」
 立ち上がり、己の足に力を込める。そうだ。僕には立ち止まっている暇などない。例え、どれだけ人に憎まれようと。僕は……。


『にゃ~ん』
「あら。可愛い猫ちゃん。どうしたの?」
 足元にじゃれついてきた黒猫に、草明 響子は笑みを向ける。
 その可愛らしい猫は、僕が先日助けたばかりの黒猫だった。
 猫の邪魔はしたくなかったのだが、彼女を襲うなら人気のない今がチャンスだ。
 腰を下ろし黒猫を撫で始めた彼女の背後に忍び寄る。そして。
「ねえ草明先輩」
「えっ?」
 彼女が振り向いた瞬間、その瞳を凝視する。
「あ、アナタは……!」
「動かないで。さあ、僕の目を見て……?」
 僕の存在に気づき、あからさまに警戒の色を強めた彼女の肩を掴む。
 さあ。僕の目を見ろ。この呪われた赤い瞳に畏怖し、その身を委ねろ。
「あ……」
 ふらり、と彼女の体が傾き、僕の腕に収まる。
「そう。いい子だ。そのままじっとしていろ。すぐに楽にさせてやる」
 彼女の頬にかかった髪を払い退け、唇を寄せる。
 これは仕方がないことなんだ。躊躇している場合ではない。そう、僕は彼を救うことができるのならば、何だって……。
「何してんだよ、千留」
「!」
 既の所で背後から声が掛かる。
 どうして、奏がここに……?
 その声から察するに、距離はとても近い。が、まるで気配を感じなかった。それと。もう一つ分かることがある。
「何してんだって聞いてるんだけど?」
「……」
 普段よりも大分低いその声は、怒り、そして軽蔑の類を含んでいた。
「あ、あれ……。私、どうしたんだっけ……?」
 まずい。草明 響子の催眠が解けてしまう前に施さなくては……。
「草明先輩、すみません」
「ひゃ!?」
 ふに。唇を無理やり彼女に押し付ける。成功した。そう思ったのも束の間、違和感を覚えて目を開ける。
「な……」
 目の前にあったのは、奏の手。そう。僕がキスしたのは、彼女との間に割って入った奏の手の甲だったのだ。
「満足したかよ、千留」
 草明 響子を僕から奪い、冷たい視線を突き刺した奏に苛立ちを覚える。
「どうして君は、そうやって僕の邪魔をするんだ……。僕はただ……」
「ただ?」
「……君に言っても仕方のないことだ。それに。遊んでいる暇はないようだ」
「あ、奏君、あれ!」
『グオオオオオオ!』
 彼女が指さした方角には、巨大な魔物がいた。恐らく弟が放ったものだろう。
「お前、いつの間にあんなの呼んで……って」
「いない……」


「やあ、テヌート。それにアクセント。随分と調子が良さそうじゃないか」
 一旦気持ちを整えた僕は、丁度魔物を倒し終えた二人の目の前に姿を現す。アクセントの方は催眠から冷めやらぬようで、そのふらふらした足取りでは戦力にならないことが窺い知れる。
「アクセントはここで待ってて。後は俺が何とかするから」
「テヌート……。ごめんね……」
「ふふ。気分はさながら姫を守る騎士と言ったところかな、テヌート」
「お前こそ、姫を狙う王子様ごっこはもういいのか?」
「何のことだか」
「ふん、王子様から魔王だなんて随分な転身だな、スタッカート」
 奏の皮肉に顔をしかめる。本当に。白を切るこちらの身にもなって欲しい。だが、それももう終わらせる。邪魔をするというのならば、死なない程度にテヌートから可愛がってやるまで。
「今日こそ、ここで終止符を!」
「そっちこそ、いい加減正体晒してもらうぞ!」
 カンッ!
 互いの剣がぶつかり合い、死への恐怖を駆り立てる。
 同じ日に二度戦うことになろうとは。だが、時間がないのも事実。決着は早くつけるべきだ。
「なあ、俺に勝てると思ってる?」
「どういう意味だ!」
「アンタさ、腹の傷、まだ治ってないだろ。さっきより動きが鈍い。それに」
「っ!」
 先程と同じく、力で剣筋を逸らしたテヌートが懐に入ってくる。
 そう何度も同じ手を食うものか!
 咄嗟に剣を捨て、腕で腹を庇う。が。
「思った通り。素直だな。騙しやすくて助かるよ」
「な!」
 動いたのはテヌートの足だった。身を屈ませたテヌートが思い切り僕の足元を掬うようにして蹴り倒す。
「っぐ」
「チェックメイト。お前の負けだ」
「は……。待って、くれ……」
 地面に倒れ込んだ僕の喉元にテヌートの剣先が触れ、痛みを与える。
「このまま掻っ切ってやってもいいんだぞ?」
「ぐ、や、め……」
 テヌートの瞳の黒さにぞっとする。それは確かに僕の血を望んでいた。でも、駄目だ。殺されるわけには……。だって、それじゃあ、僕は、君を救えな……。
「終わりにしようか、スタッカート」
「ぁ……」
 テヌートの笑みに眩暈がする。止めなくちゃ……。どうにか時間稼ぎを……。そう思うのに。どうして。言葉が出てこない……! 痛い! やめてくれ! ああ、神様……!
 僕みたいな悪が神様に願ったところで叶う訳がない。でも、それでも、と縋ったところで、奇跡的にテヌートの動きが止まる。
「は……。ようやく効いてきたか……」
「な、に……?」
 目を丸くしたテヌートを押しのけ、起き上がる。そして、戸惑うテヌートの額に手を当て、唱える。
「テヌート、お前は僕のしもべとなれ。フィーネ・セルヴァン!」
「う……!」
 テヌートの首ががっくりと折れ、下を向く。
「テヌート?! テヌート!」
 テヌートに駆け寄り、アクセントが叫ぶ。だが、その叫びはもう彼には届かない。
「これで完全に掛かったな。よし、テヌート。剣を捨ててこっちに来い」
「……はい。スタッカート様」
「そんな……! テヌート、しっかりして!」
「そうだ。そして跪き、この僕に二度と逆らわぬよう忠誠を誓え」
「仰せのままに」
 ふらふらとした足取りで僕の目の前に跪いたテヌートが、僕の手を恭しく取る。そして、手の甲に唇を近づけ……。
 がりっ。
「ッ!?」
 予想外の痛みに手を引っ込める。手の甲を見ると、歯型と血がついていて……。
「クソ……」
「テヌート!」
 アクセントの喜ぶ声が癇に障る。どうして。何故、まだ絶望に染まらない……!
「隙だらけだよ、スタッカート」
「!」
 振るわれた剣を避けきれず、頬に鮮烈な痛みが走る。
「ぐ……。貴様……。何故、術が効いていない……?!」
 頬を押さえながらテヌートを睨む。すると、彼は目を細めて笑った。
「効いてるさ。でも、まだ抵抗できるレベルだ」
「だったら、完全に効くまでここで踊らせてやる……!」
「!」
 血に濡れた指で地面に印を描く。
「我が従僕よ、現れ出でよ! フィーネ・サモン!」
『グオオオオアアアア!』
 ごぼり。悍ましい声が土の中から聞こえ、数本の腕が飛び出す。
 魔物さえ召喚してしまえばこちらの物。後はアクセントにも口づけを施し、闇を入れてしまえば……。
「待て、アクセントは、どこに……」
「こ・こ・よ! フォルテシモ・バースト!」
『グオオオオオオオ!』
 油断した。土から生まれる前に焼き尽くされた魔物を見て歯噛みする。
 まさか、アクセントまでもが弱ったフリをしていたとは。
「チッ」
 流石に分が悪い。ここはひとまず撤退を……。
「逃がすかよ!」
「う、ぐッ!」
 テヌートの蹴りが腹に入り、倒れ込む。
「さあ、お前の正体晒してもらおうか。スタッカート!」
 すかさず馬乗りになったテヌートが、僕の仮面にナイフを突き立て……。
 ぱきり。仮面にヒビが入った音がした。
「ッ、退け!」
「うわ、まだそんな余裕が?」
 目一杯力を込めてテヌートを払い、仮面を押さえて立ち上がる。
「クソ……。覚えていろ……!」
「あ、逃げちゃう!」
 アクセントが僕の体に触れるより前に転移魔法を唱え切る。
 ああ、きっと次に戦うときこそが最後なのだろう。
 視界の端で笑うテヌートを見て、僕はそう確信する。
 どうせなら、もっと学校生活を楽しみたかったな、なんて。そんな風に思うのは、やっぱり僕の心が弱いからなのだろうか。


 次の日の朝は雨だった。こんな日でも決められた道をいつも通り歩かなければならないなんて、人間は中々大変だ。
 似たような傘を差して、足元を濡らしながら。似たような服を着て、人間たちは雨に耐える。
 憂鬱。こんなにどんよりと曇った空じゃ、きっと人間たちの心も不満で一杯なのだろう。
 僕たちにとって、それは喜ばしいことだ。人間たちが負の感情を抱けば抱くほど、僕たち悪魔の力は高まるからだ。
 だけど、流石に今日ばかりは僕も足取りを重くするより他がなかった。
 永遠に辿りつかなければいいのに。ひと時の人間ごっこだったけれど、この道を通るのも最後だと思うと惜しかった。
 雨で良かったのかもしれない。こんな日に晴れていたら、自分の感傷に浸れやしない。
 名も分からない植物の葉に手を伸ばす。他の葉と比べ、茶色く変色してしまったその一枚は、千切ってしまった方がこの花の為だろう。出来損ないがずるずると生きている道理はない。
「仕方のないことだ」
「何が仕方ないの?」
「あ……」
 雨音に紛れて近づいて来た彼を見つめる。学校に着く前に出会ってしまうなんて。ツイてない。
「千留、これどうしたの?」
 分かっているくせに。葉を千切る寸前で手を掴まれ、撫でられる。
「これは……、犬に噛まれて……」
 言い訳なんて無意味だと分かっているくせに。僕は愚かな時間稼ぎに興じてしまう。
「犬、ねえ……。じゃあ顔のは?」
「これは、そのとき、びっくりして転んで……」
「ふーん?」
 何食わぬ顔で僕の頬を撫で回した後、奏は傘を地面に投げ出し……。
「痛ッ!」
 僕の傘に入って来たかと思うと、その傷跡をぺろりと舐めた。
「これさ、どう見ても刃物で切った跡だよね。千留」
 僕の反応を見て奏が目を細める。こいつ、完全に面白がってやがる。
「……お前こそ、何ともないのかよ」
「ふふ。そうだね……。よくわかんないけどさ……」
「?」
 ふいに、奏の唇が僕の唇と重なる。
 は? なんで……。
「ん、んんっ……や、めろッ!」
「いたっ」
 慌てて傘を手放し、奏の体を押し退ける。頬を打つ雨が熱を冷ますより前に、奏の手が僕の体を再び引き寄せる。
「なんかさ……、千留の全部が欲しくなるんだよね」
「いッ!」
 がり、と肩に噛みつかれたかと思うと、今度は至る所に奏の唇が触れてゆく。
「やめ……」
「千留……」
「っ」
 雨に濡れた髪をかき分けられ、奏の顔が迫る。その目は明らかに闇に染まりかけていた。きっともう一度でも僕に口づけてしまえば、彼の心は完全に闇に支配されるだろう。そしたら彼は僕の言うことを無条件に何でも聞いてくれるようになる。忠実なしもべの誕生だ。
 そうなればもう何も怖くない。奏がこちら側になることで、僕が奏を守ってゆけるのだから。
 だけど。きっと。
「奏は……」
「千留」
「待ってくれ、奏はやっぱり、こんなことしちゃダメだ……!」
 奏の体を力の限り押し退ける。
 そうだ。奏は魔法少年としての素質を持っているんだから。その綺麗な心を僕が穢していいわけがない。闇に染まった奏を守ったって、それはただ、僕の自己満足に過ぎない。わかっていた。そんなこと。わかってたのに……!
「千留は、優しいね」
 ふ、と奏の瞳に慈愛が満ちる。
「奏……?」
「だけどね、俺は千留が思ってるほど綺麗じゃないよ」
「は……? や、やめろ……! これ以上は駄目だって……! 正気に……ッ!」
 抵抗も虚しく、雨に濡れた唇が重なり合う。
 ああ、やっぱり僕は神様に愛されていないんだ。
 頬に流れた雨が冷たくて。どんどん僕の心を冷やしてゆく。
『きゃああ! 化物よ!』
 世界は、いつの間にか闇に包まれていた。夜よりももっと暗い闇。そう、この世界の終焉だ。
「っ、始まったか……」
 化け物たちが次々と人間たちを平らげてゆく。その光景はまさしく地獄。人間たちの絶望は悪魔たちに力を与える。そう、落ちこぼれの僕であっても、その恩恵は受けられる訳で。
 傷が、治ってゆく……。
 自分の力だけでは治しきれなかった傷が、たちどころに跡形もなく消える。それに、底を尽いたはずの魔力が体中に漲ってゆく。
 これならば。
 奏の体を離し、己のシャツの下からペンダントを取り出す。そして、その黒い宝石に力を込めて……。
「奏、君は僕とは違う。その闇に抗う力があるはずだ。君は正義として世界を救うべきだ。だから……」
「千留……」
「アーティキュレイト」
 唱えた瞬間、闇が体を覆い尽くし、変身が完了する。
「はは。自分から正体をバラすなんて。千歳ちゃんでもやらないよ。悪役失格じゃないか、千留」
 乾いた笑みを浮かべる奏を真っすぐに見つめる。僕はもう間違わない。
「どうせ君は気づいていたんだ。今更躊躇っても意味がない。それに。今日こそは、本当に終止符を打つ」
「へえ? 千留が考える最後って、いったいどんな終わりなの?」
「奏の正気を取り戻す。それで、イチかバチか……」
「俺に世界を救わせる気じゃないよね、千留。残念だけど、俺はそんなに強くない。普通の人間なんだから。それに、俺は千留にしか興味がない」
「本来のテヌートにはできるはずだ。だから、“僕と戦え。戦って勝ってみせろ”」
「……本当に、千留は馬鹿でお人好しだな」
 奏の顔が歪む。お人好しはどっちなのだろうか。だが、残念ながら今の奏は僕の言葉に逆らえない。そう、奏に術を施した張本人を倒さない限り、彼は闇を払えない。だから。
「クソ……。アーティキュレーション」
 震える手でペンダントを掴んだ奏が変身する。
「それでいい。さあ、テヌート。“僕を殺してみせろ”」
「クソったれ……!」
 剣を手にしたテヌートが僕にゆっくりと近づいてくる。
 最初から信じればよかった。彼の光の力に賭けるべきだった。闇に染まった彼を見て気づくなんて、遅すぎた。だけど、もう間違えない。彼には本当の意味で幸せでいて欲しいから。
「さあ。“その剣で僕の心臓を貫け”」
「ぐ……」
 テヌートが握りしめた剣を後ろに引く。そのまま剣を前に押し出して、僕の心臓を貫……。
『テヌート、加勢するわ! フォルテシモ・バースト!』
「!」
 振り向くと、目の前に炎が迫っていた。アクセントにやられるのは予想外だが、奏のことを考えると、こっちの方が良いのかもしれない。正気に戻ったとき自分が僕を殺したと知ったら、きっと心に傷を負ってしまうだろうから。
 目を閉じ、熱に焼かれる覚悟を決める。
 ああ、奏。君はこれでやっと僕から解放されるんだ。君は僕に守られるような人間じゃないよね。君は、きっとこの星を救ってくれるはずだ。だから……。
「さよなら、奏。“幸せになれ”」
「……嫌だね」
「え?」
 目を開くと、奏の剣が炎を薙ぎ払っていた。
「どう、して……」
「は。やっと抗えた」
 まさか。闇の支配を打ち破るなんて。そんなことが……。いや、彼の素質があれば可能なのだろうか。でも、一度光を侵食してしまえば術者を殺さない限り、闇は消えないはずで……。
「ほんと、馬鹿な真似してくれたよね、スタッカート。それにアクセント」
「あ……」
 いや、闇は払えていない。彼の気は邪悪に満ちている。ならば、何故……。
「テヌート! どうしてアナタがスタッカートを庇うの?!」
「……わからないかい? 僕が操ってるのさ」
 駆け付けたアクセントの問いに悪役面で答えてみせる。原因など本当はこっちが聞きたいぐらいなのだが……。
「アナタがテヌートを?」
「ああ、そうだよ」
「許せない!」
 ドッ。挑発に乗ったアクセントが炎を放つ。勿論、避ける気などない。今度こそ、僕に終止符が打てる。そう、思ったのだが。
「させるかよ」
「きゃあ!」
 テヌートの剣がアクセントの炎をぶった切る。
「お願い、目を覚まして、テヌート!」
 返ってきた己の炎を払いながらアクセントが叫ぶ。
「ああ、目ならとっくに覚めてるよ。寧ろ、現実が見えてないのは君たちの方だ」
「テヌート、やめろ、来るな……」
「はは。怯えてんの? 可愛いなあ。ねえ、もっと見せてよ。千留の絶望した顔を。もっと味わわせてよ。千留の闇を」
 ぞくり。全身が恐怖に震える。これは本当にあの奏なのか? 彼をこんな、悪魔よりも恐ろしい笑顔にさせてしまったのは、僕……?
「やめてくれ。見たくない。君は穢れてはいけなかったんだ……。僕は、間違った。許してくれ。この命を持って君を元に戻す。だから……」
 構えた剣を己の腹に向ける。悪魔が自ら命を落とせばその魂は真っ黒に染まり、転生もできぬまま世を彷徨い続けるらしい。理性を失い、人に危害を加え続ける。そんな化け物になってしまうのが怖かった。だからこそテヌートやアクセントにトドメを刺してほしかったのだが。もうそんなことを言っている場合ではない。それに、僕にはそんな最後がお似合いなのかもしれない。
「奏、君だけは皆の光であってくれ」
 剣に力を込め、覚悟を決める。が。
「千留。“今すぐ手に持った剣を捨てろ”」
「ッ……?!」
 奏の言葉通りに剣を取り落とした自分に焦りを覚える。
 手が、勝手に……? まさか……、まさか……!
「いい子だね、千留。それじゃあ、“俺が全部片づけるまで、そこで大人しく見てて”」
「く……」
 奏がそう僕に言葉を掛けた途端、体が見えない何かに拘束される。
 どうして! どうして奏の闇が僕の闇を上回っているんだ! そんな馬鹿なことがあっていいわけがない! クソ! 声すらも出せないなんて……。
「哀れね。テヌート。アナタは闇に染まってしまった。スタッカートなんかよりも、よっぽど悪の素質があるらしいわ」
「お褒めに預かり光栄だけど、千留を馬鹿にしてるんだったら許さない」
「ふふ。でもそうじゃない。彼はあの千留君なんでしょう? 彼には魔王なんか務まらない。いつも怯えてばかりの可哀想な無能悪魔だわ。でも。だけど、ね。彼は正真正銘悪魔なの。救いようのない魂よ。だから……」
「アンタは千留を殺すつもりか?」
 問われたアクセントが肩を竦めて息を吐く。
「可哀想だけど、これは仕方がないことなの。悪魔を消さない限り、人間たちに平和は訪れない」
「そうか。じゃあお前が死ね」
 待て、奏。僕なんかを庇うな。頼むから……!
「私を殺す気? いいわ。だったら。アナタも私が浄化してみせるッ!」
「ッ!」
 カッ。奏の目の前でアクセントが放った光が弾ける。
「俺、は……」
「アナタは人々の希望! その光は早々に失われはしない!」
「ぐ……」
 アクセントの光を受け、奏はフラフラと後ずさる。
「わ~! いいぞ~。アクセント~! そのままそのまま~!」
「レガートちゃん!」
 あ……。
 何処に隠れていたのか、ふいにレガートがアクセントの後ろに姿を現す。そして。
「そのまま、死んでもらおうかァ!」
「きゃっ、レガート、ちゃん……?」
 レガートの小さい体が徐々に大きくなり、人間の姿になる。そして、彼女を地面に突き飛ばし、ニタリと笑う。
「時は満ちた。アクセント、君にあるのは死のみだよ?」
「なに、言って……」
「死ねって言ってんだよ!」
 ドッ。レガートの手から放たれた闇が容赦なくアクセントを襲う。
「きゃあ!」
「ふん。他愛もない」
 闇に覆われぱったりと倒れたアクセントに向かって、レガートが吐き捨てる。が。
「な~んて。相変わらず足りないのよね、レガートは」
「は……?」
 まさか、闇の魔法が効いていない……?
 むくりと起き上がったアクセントが武器を手にレガートに立ち向かう。
「死ぬのはアンタなのよ! レガート!」
「チッ。兄さん!」
「っ!」
 弟を守るべく、アクセントのステッキを剣で受け止める。
 良かった。アクセントが奏を浄化してくれたおかげで体の自由が利く……。だが……。
「悪は許さないって言ってるでしょ! フォルテシモ・バースト!」
「ぐっ! フィーネ・フェルマータ!」
 魔法がぶつかり合い、突風が生まれる。
「スタッカート。アナタにはわかっているはずよ? アナタは魔王にはなれない。アナタじゃ奏君を救えない」
「それは……」
 そうだ。わかっている。僕にはもうわかってしまった。彼の正しい道に僕は必要ない。むしろ邪魔なだけだ。だから、僕はもう弟に、従わない方が……。
「兄さん!」
「ぁ……」
 気づくと、すぐ目の前まで炎が迫っていた。
「テヌートは私が守る。だから、アナタは安心して地獄で罪を償いなさい!」
 ああ、今度こそ僕は終われるのか。
 アクセントの声に目を閉じる。今更怖くなんてなかった。僕はただ、奏の幸せを願い、炎に焼かれるのを待った。が。
「アクセント、言ったはずだ。死ぬのはお前だと」
「奏……」
 炎から僕を庇い火傷を負った奏が、アクセントを睨みつける。
「まさか! どうして! アナタに植え付けられた闇は取り払ったはずなのに! どうしてこんなに深い闇が……!」
「五月蠅い。いい加減正体を現せ化け狸」
「あああッ!」
 奏がアクセントに向かって剣を振るう。すると、その体は剣をすり抜け、蜃気楼のように揺らめき……。
「ああ、やっぱりそうだ! あの女!」
 レガートが憎々し気に吐き捨てたと同時に、彼女の姿が可愛らしいウサギに変わる。
 これは一体どういうことだ。あの姿、まるで……。
「ああ、まさかお前が妖精『メイコ』だったとは! ボクとしたことが見抜けなかったなんて!」
「妖精って……」
「は~。バレちゃしょうがないわ。そう、私こそが魔法少女を覚醒させて悪に立ち向かうマスコットキャラクター『メイコ』なの。勿論、レガートと違って本物の、ね」
 くるりと宙で回転してみせたメイコは、確かにアクセント以上に光のオーラを纏っていた。
「テヌート、よく聞いて。アナタが倒すべき相手は彼らなの。レガートは、己の敵となる魔法少女の存在を消し去るべく、妖精のフリをして幾人もの魔法少女たちを潰して来たの」
 彼女の言う通り、レガートは自分を妖精と偽り魔法少女たちを覚醒させていった。そして。
「そして、そこにいるスタッカートは共犯者よ。彼は、レガートの命令で覚醒したばかりの不安定な魔法少女たちを次々と誑し込み、闇の力を植え付けて暴走させて苦しめた」
「誑し込んだ……? 千留、それ本当? 俺以外にもキスしたって言うの?」
 殺気を孕んだ眼差しで奏が僕を覗き込む。論点がズレていることを指摘する前に、その手は僕の首をぎちぎちと締め上げて……。
「し、てない……。ただ、級友として潜入して、信用されたところで隙を突いて邪水を飲ませて……」
「邪水?」
「邪水っていうのは、聖水の逆バージョンね。邪水は飲んだ者を闇に染める力があるわ」
「なるほど」
 メイコの説明に頷いた奏の手が緩む。放された僕は、盛大に咳き込み地面に崩れる。
「本当は君たちも他の子と同じように、飲み物に邪水を混ぜるなりして飲ませるつもりだったんだけど……。君たちはどうにも警戒心が強かったからね、兄さんの唾液を介して直接闇に染まってもらおうと思ったんだよね。こっちもさあ、最後の魔法少女だってことで焦ってたしさ」
「最後? 俺たちが?」
「そう。正確にはアナタが、よ。テヌート」
「俺、魔法“少女”じゃないんだけど?」
「ええ、わかっているわ。でも、アナタには女の子に負けないぐらいの煌く素質があったから……。本当に、魔法少女たちは全滅してしまったときはどうしようかと思ったけれど。人間にはまだアナタがいる。私は貴方を守るために、魔法少女の振りをして彼らの動向を見ていたの。テヌート、アナタは正真正銘人間たちの最後の希望なのよ。だからね、レガート。彼は絶対に渡さない!」
 メイコの体が光り、再びアクセントの姿に戻る。
「残念ながら、勝つのはボクたちだよメイコ。カナデはもう既に、それもずっと前にだ、闇に染まってしまったんだからね!」
「どういうことよ……!」
 勝ち誇った笑みを浮かべ、僕を見つめる弟に眩暈がする。ああ、そうだ。僕がいけなかった。結局は僕のせいなのだから。
「残念ながら、ウサギに説明している暇はない。さあテヌート、メイコを殺せ! その素晴らしい力をボクたちの為に振るえ!」
「させないってば!」
 アクセントロッドから眩い光が放たれる。その光は真っすぐ奏に伸び……。
「う……。俺は……」
「テヌート! 今度こそ正気に戻ったわね?! ここは私が食い止める。だから、アナタは今のうちに逃げて――」
「その必要はないよ、アクセント」
「きゃっ」
 闇が払われたはずのテヌートがどういう訳かアクセントの武器を弾き飛ばし、笑う。
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「俺は最初から正気だよ」
「嘘よ……。どうして。どうしてまだ闇が……」
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「ぐっ……」
 希望を失い呆然と立ち尽くしたアクセントの首をレガートが締め付ける。
「うう、テヌート……、助け……」
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「レガート……?」
 ふいに嫌な予感がして弟の名を呼ぶ。が。
「だってさ、今のテヌートなら簡単に殺せるんだから!」
 どっ。レガートの放った魔法が奏に当たる。
「テヌートっ!」
「な、レガート! どうして! 奏は殺さない約束だろ!?」
「兄さん、そんなわけないだろ? 本気で信じてたわけ? おめでたいね。普通の人間ならまだしも、彼は魔法の力を認められた少年なんだよ? 魔法の力を持つ者は全て排除する。それがボクらの仕事だろ?」
「でも、奏は悪に染まって……!」
「いつ正気になるかもわからない。危険なことには変わりない。だから……」
「やめろ!」
 再び魔法を繰り出そうとするレガートの腕に飛びつき押さえる。
「兄さん、ほんとアンタって人は、無能のくせに昔っからボクの邪魔ばかり。……ねえ、もうさ、兄さんさあ、いっそ事故で死んだことにしていい?」
「レガート……」
 その残忍な笑みを見て悪魔の血の繋がりの脆さを憂う。だけど。
「でもさ、チャンスをあげるよ兄さん。兄さんが今すぐそこを退くのなら、許してあげてもいいよ?」
 まだ利用価値があると思ってのことだろうか。それとも、悪魔といえど少なからず情が湧いたのだろうか。レガートはこちらに向かって手を伸ばし、その手が取られるのを待っていた。だけど、だ。僕はもう間違えない。もうこれ以上弟に操られるのは御免だ。
「……レガート、これ以上お前に奏は傷つけさせない」
 初めて自分の意志を素直に吐いた途端、胸が空き、世界が輝いて見えた。
「チッ。じゃあ、お前が先に死ね!」
 レガートの容赦ない攻撃にありったけの魔力で応戦する。
 せめて時間稼ぎになれば……。
 すぐ後ろで力を振り絞り奏の手当てをするアクセントを見て願いを込める。
 どうか、奏がレガートから逃れることができますように。
「兄さん、これで終わりだよッ!」
「……ッ」
 展開した防御壁を突き抜け、レガートの剣が目の前に迫る。
 目を閉じた先に浮かぶのは、月夜に揺れる桜の花びら。そして、痛みに耐え切れず涙を流す少年の姿。
 ああ、泣かないで。僕がどうにかしてあげる。大丈夫だから。ね?
 幼い少年に手を伸ばす。散りゆく桜の花びらが僕の手に触れて黒く染まる。
『ありがとう、綺麗なお兄ちゃん』
 黒く染まった瞳を細めて、少年が笑う。ああ、桜はどうしてこんなにも儚いのだろうか。どうして僕は――。
「……め、千留!」
「っあ……」
 体を揺さぶられて現実に引き戻される。
「良かった。今度ばかりは間に合わないかと思ったよ」
「奏……」
 奏は真っ黒い瞳を細めて笑うと、僕の肩に顔を埋めた。
 ああ、くすぐったくて暖かい。
 無意識に奏の背中に手を伸ばし、抱きしめ返そうとしたところで地面に転がるそれを目にして動きを止める。
「奏、まさかレガートを……?」
「ああ。邪魔だったから。殺しといた」
 血だまりの中で横たわる弟を見て、全身の血が冷え切る。
「弟殺したから怒ってる?」
 黙り込んだ僕の手に頬をすり寄せた奏は、上目遣いで僕の機嫌を伺う。でも。
 違う。そうじゃない。
 どうしようもなく怖くなったんだ、僕は。
 弟を殺されたというのに、奏の心配をしている自分が。あの桜の花びらのように真っ黒く染まってしまった奏の瞳が心配でたまらない。
「ああ、テヌート! レガートを一瞬で倒すなんて……! やはりアナタは私が見込んだ魔法少年だわ!」
 興奮冷めやらぬ様子でアクセントが奏を褒める。一度失った希望を取り戻せたのがよっぽど嬉しかったのだろう。だけど、彼女は間違っている。それを伝えようと思うのに。酷く優しい奏の瞳が、僕の言葉を塞き止める。
「そのままスタッカートも倒せばアナタの魔法少年としての役目は果たされる! さあ、テヌート! 今こそ叫んで! アナタの正義を!」
 アクセントの瞳が希望に輝いた途端、奏が舌打ちをする。そして。
「奏――!」
 止める暇もなく、アクセントは赤く染まってしまった。
「これも殺しちゃ駄目だった?」
 アクセントを斬り捨てた剣を振るい、奏が小首を傾げる。
「駄目に決まっている! 今の君は普通じゃない。駄目なんだよ、戻らなくてはいけない……。君は、こちら側にいるべきではない!」
「闇に染まった俺は許されない?」
「君は人間たちの希望だって言っただろう? そう在るべきだ」
「……千留が染めたくせに」
「っ。それは、レガートに言われたから……」
「仲間に引き入れることができたら俺を助けてくれるって?」
「それは……」
「千留は相変わらず甘いね。ねえ、千留はさあ、ずっと昔にも俺のこと助けてくれたんじゃない?」
「……覚えていたのか」
 奏の言葉に俯き、後悔する。そう。僕は昔、奏を助けようとした。
 レガートが魔法の力を秘めた人間を殺し回っていた最中、幼い奏も例に漏れず殺されかけていたから。だから、僕はあの桜が舞う夜に瀕死の奏を助けようと試みた。だが、それは間違いだった。例え弱くとも僕が悪魔であることには変わりなく。そのとき、幼い彼に混じってしまった闇は僕の闇を凌駕するほどに大きく成長していたわけで。
「千留はどうして俺を助けてくれたの?」
 血に濡れた剣を投げ捨てた奏が僕に問う。
「理由なんて。ただ、僕が悪魔として出来損ないだっただけだ」
 悪魔のくせに良心があるもんだから、随分苦労して生きてきた。その結果がこれなんだから、皮肉過ぎて笑える。
「優しくて可哀想な千留。でも大丈夫。もう千留が無理をすることもない。千留は俺が守ってみせるよ」
「可哀想なのは奏じゃないか。僕の闇にあてられて、よじ曲がって育ってしまった!」
「そうだね。千留のせいだ」
「頼むから、奏は人間の希望でいてくれよ……」
「いいよ。ただし、千留が俺のモノでいてくれるならね」
 いつの間にか雨は止み、雲の隙間から太陽の光が差し込み始める。
「僕は……」
 アクセントと魔法少女たちが息絶え、レガートが倒された今、この機を狙って人間たちを襲う悪魔はいるだろう。人間たちにとってテヌートは必要不可欠だ。それに、僕だって同族殺しがバレればタダでは済まないはずだ。
「大丈夫。何も難しいことはないよ。“深く考えずに俺に委ねればいい”」
 そよ風に乗って飛んできた桜の花びらを奏が掴み、僕に微笑む。その花びらはみるみるうちに黒く染まり、灰になる。
「僕は……」
 差し出された手に導かれるようにして手を重ねる。
 ぼんやりと空を見上げると、僕の心を知ってか知らずか綺麗な虹が描かれていた。そして、桜がひらひらと舞い踊っていた。
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