アズアメ創作BL短編集

アズアメ

文字の大きさ
上 下
106 / 129
101~110

(104)婚約破棄された悪役令息が恋敵を頼る話

しおりを挟む
 アーシャ嬢から婚約破棄を言い渡たされたヴェイラは、彼女の手から家族を守るために、恋敵であるイールに恥を忍んで助けを求めるが……。

 恋敵横入り淫魔×自己犠牲悪役令息。当社比エロメイン。受けは諦めックス、攻めはお試しックスだったのに、そこからマジになっちゃうのが好きです!


アーシャ・リリネル(18):有名貴族のご令嬢。大事にされすぎて我儘。婚約までこぎつけたヴェイラに、ちやほや優しくされまくって結婚秒読みだったのに、ぽっと出のイールに惚れてしまう。
イール・フレイユ(20):突然現れ、アーシャを釘付けにした優男。謎が多い。薄れたはずの淫魔の血が先祖返りで蘇った。
ヴェイラ・アイガス(22):アイガス家長男。アイガス家のために尽くす。自己犠牲優等生。

 ネーミングは、頭文字がアイウ(ヴだけど)になるってだけです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ヴェイラ、貴方との婚約は今この瞬間、破棄いたします」
「そんな……! アーシャ様、どうか再考を!」
「いいえ。貴方の言葉はもう信じません」
「待ってください!」
「貴方のしたことはあまりにも罪深い。よって、アイガス家にも責任を負ってもらいます」
「そんな! お待ちください! どうかそれだけは! この身をもって償います! だから……!」
「黙りなさい。貴方の嘘は聞き飽きたわ。貴方のような欲深き男を生み出してしまったアイガスにも非はあるもの!」
「ッ……」
「アーシャ、何もそこまでしなくとも……」
「ああイール。貴方は本当に優しいわ。でもね、貴方がされたことを許すつもりはないのよ」
 眩暈がした。俺は選択を間違ってしまったのだ。真っすぐこちらを射抜くアーシャの冷たい瞳が、それを静かに物語っていた。



 俺、ヴェイラ・アイガスはアーシャ・リリネルの婚約者だった。
 この国で一番魔力を有するリリネル家の娘アーシャ。彼女と結婚すれば、俺はアイガス家復興の英雄になれるはずだった。
 だが。
 念願叶う寸前で、ぽっと出の王子、イール・フレイユにアーシャは心を奪われた。
 予想外のことに焦った俺は、イールをあの手この手で退けようとした。が、全て上手くいかなくて。とうとう、彼を殺そうと思うまで至ったのだ。
 勿論、己が手を下す訳ではなく。腕利きの暗殺者を雇ったはずだったのだが。
「あの男がどんな手を使ったのかは知らないが、まさか、返り討ちにされるとはな」
 雇った暗殺者たちは、皆逃げ帰って来たのだ。そして、そうこうしている内にアーシャに全てがバレて、このザマだ。
 愚策だったことは認める。だが、ああも強引な手段を取ったことについては後悔していなかった。だって、それがアイガス家の意向だったからだ。俺たちは、アイガスが滅びるのを覚悟の上で、最後の手段、最後の悪あがきとして彼を暗殺することを決めたのだ。
 しかし。
 神様はそんな俺たちを嘲笑うかのように、祝福をくれた。
『ヴェイラ、女の子が、生まれるのよ……』
「え?」
 アーシャに悪事を摘発される前日、俺の母親が顔を真っ青にしてそう言った。
『だからね、ヴェイラ、わかるでしょう?』
 母の言いたいことは、すぐにわかった。そう。はっきりと、お前はもう不要だと。その目が訴えていた。
 つまり、今までの悪事を全て抹消しろと。間違っても、アーシャの怒りを買うなと。全ての責任はお前一人で被れと。母親はそう言っているのだ。
 だから、俺は急いで証拠をかき消しに回った。だが、それも一足遅く――。



 こうして、アーシャが婚約破棄を言い渡し、取りつく島もなく去った後で、ただ地面に座り込むことしかできなかったのだ。
「ごめんね、ヴェイラ。でも、そういうわけだから……」
 イールが申し訳なさそうに去った後、俺はリリネルの兵に拘束された。
 抗ったが、当然複数の兵に勝てるわけもない。悔しかった。己の無力さが。だけど、まだ終わりじゃない。歯を食いしばり、彼が去った後を見つめる。
 俺はもう、これ以上失敗する訳にはいかないのだ。



 不安になるぐらい静寂に満ちた夜。俺は、慎重にその屋敷に忍び込み、目当ての男に近づいた。
「イール、すまないが、起きてくれ」
「ん……?」
 ベッドですやすやと眠る男の肩を揺すり、無理やり目を覚まさせる。
「イール。頼みがある」
 ぼんやりとこちらを見つめるイールに、俺は出来る限り誠実な声でそう告げた。
「ヴェイラ? どうして、ここに?」
「牢を、抜け出して来た。だから、長くは居られない」
 焦る気持ちを抑えつつ、小声で必要なことだけを告げてゆく。
 牢を抜けるのには中々骨が折れた。それも、何も一人の力で抜けたわけではなく、アイガスが全ての力を注いでやっと牢を抜けることができたのだ。だから、もう絶対に後戻りなどできない。
「抜け出してきたって……」
「頼む。どうか、アイガスへの罰を取り消すように君からアーシャに言って欲しいんだ」
「は?」
 唖然とするイールを見て、唇を噛みしめる。そりゃ、そうだ。俺はこの男を殺そうとしたのだから。
「俺が君に酷いことをしたのはわかっている。君は俺を許すべきではないことも理解している。だが、頼む。どうしても、家族を巻き込むことだけは、止めさせてほしいんだ……」
「でも、僕が言って聞くかどうか……」
 深々と頭を下げた俺を見て、彼は困ったように頬を掻いた。何だかんだで相手のペースに飲み込まれてしまうこの青年が、善人であることは嫌でもわかる。だから、何としてでもその心に付け込まなくてはいけないのだ。
「頼む……。もう、君しか頼れないんだ……」
「ちょっと、やめてくれよ! 土下座なんて、貴族がしていいもんじゃない!」
「君が望むというのならば、私はその靴をも舐める覚悟だ」
「待ってってば! 君、そんなキャラじゃないだろう? どうしてそんな必死なんだよ」
 どうして、と問われて顔を上げる。きっと酷く青ざめてみっともないだろう。が、これで同情が買えるというのならば、それでいい。
「母が、子どもを身籠っているんだ……」
「子どもを?」
「それが、どうやら女の子らしくて……」
「ああ、アイガス家の女性は魔術に長けているんだっけ」
 なるほど、と呟いた彼がアイガスの歴史に通じていたことに安堵する。これで説明の手間が少し省けた。
 アイガスとして生まれた女は、漏れなく強い魔力を保有していた。そのおかげで、アイガスはこれまで幾度となくその名を轟かせ、この国の歴史を支えてきた。
 だが、問題点が一つ。アイガスは、とてつもなく女が生まれにくい。少なくとも、ここ百年は女が生まれたという記録がない。
 つまり、アイガスは今や、過去の栄光に縋りついているだけの没落貴族。だが。
「その子さえ生まれれば、アイガス家は復活する。俺がアーシャと結婚をして、子を為さなくとも、女の子が生まれた時点でアイガス家は安泰するんだ。……でも、それが、このままじゃ」
「流産してしまうかもしれないね。アーシャ、明日にはアイガスの人間を全員牢に捕らえるつもりらしいから」
「やはりそう、なのか……」
「殺さないだけ優しいと本人は思ってるみたいだよ?」
 ぞっとした。俺のせいで母が牢で過ごすことになるなど。アーシャのことだ。母が妊娠していると知ればきっと、わざと甚振るに違いない。彼女は他人の幸せが大嫌いなのだから。そうなれば、アイガスは今度こそお終いだ。
「イール、頼む……。虫がいいのは分かっている。でも、もう俺にはどうしようもない。俺の命ならば喜んで捧げる。だから、頼む。家族だけは……」
「意外だなあ。まさかヴェイラがそんなに家族思いだったとは」
「家族思い、というか……」
「なあに? 言ってよ」
「……俺は、責務を果たせなかったから。だから、せめてこれくらいはしないといけない」
「ヴェイラ?」
 覗き込んでくるイールから目を逸らす。ああ、余計なことを言ってしまった。
「悪い。色々あったから、少し不安定なんだ、精神が」
「教えて? そうじゃなきゃ君を庇えない」
 イールは、まるで子どもを諭すように俺の手を優しく撫でて、俺が口を開くのをじっと待った。ああ、屈辱以外の何物でもない。
「俺は男だ。アイガスに己の力で貢献できない。魔力がこれっぽっちもない役に立たない男だ。アイガスの長男である俺の役目はただ一つ。アイガスの血を保った子孫を残すこと、だ」
「アイガスの伝説は聞いたことがあるよ。アイガスの女は魔術師として大国を一人で壊滅させることができるとか」
「その力に味を占めて、アイガスはもうずっと女の子が生まれることだけを待ち望み、甘い汁を啜り、待ち望み、というように、愚かな営みを繰り返し生きてきた」
「あれ。意外とアイガスに辛辣なんだ」
「事実だからな。アイガスは、過去の栄光に囚われてしまった哀れな一族なんだよ」
「自分も含めて?」
「……ああ。俺は長男だ。だから、逃げることなどできない。アイガスの男は、長男以外早死する運命らしい。俺の弟たちは皆死んだ。不思議な血の反動か、酷く弱い個体が生まれるんだ。だから……」
「弟たちの分まで責任を感じてるわけだ」
「父は、手あたり次第に魔力の強い女を誑かし、子を為した。……相手の魔力が強いほど、女が生まれやすいらしい。けど、残念なことに、結果は全部男だった」
「それはまた。すごい話だね。それで君はアーシャを狙ったのか。アーシャの魔力はめちゃくちゃ強いもんね。でもまあ、君は失敗した、と。いきなり現れた僕に焦って嫌がらせをしたのが間違いだったね」
「弁解はしない」
「はは。んで、妹が出来たと知った君は、己のしたことを後悔したが遅かったと」
「今の俺の使命は、子を為すことより、妹を守ることだからな。何があっても妹を守らなければいけない。命に代えても。そうでなければ俺は、役立つどころか……」
「大変なんだね。アイガスも」
「じゃあ……」
 力を貸してくれるのかと、彼を縋るような気持ちで見つめたが、どうやらそう簡単にはいかないらしい。
「そういうことなら、僕も考えてあげるけどさ。タダでって訳にはいかないよ、流石に」
「俺に出来ることならば何でもする。何が望みだ? お前に負わせた以上の傷をお前の目の前で己に刻もう」
「ああ、やめてよ。おっかないなあ」
「じゃあどうすれば」
「う~ん。そうだな。じゃあさ~、性欲処理にでも付き合って貰おうかな、なんて」
「……わかった」
「え、本当に?」
「それがお前の望みなら」
「ぶっ壊れてるな~。でもさ、本当にわかってる?」
「?」
 二つ返事で頷いた俺に、イールは呆れと意地の悪さを混ぜた瞳を向ける。
「あ~、知らないか。いやね、フレイユ家の先祖ってさ、淫魔なんだよね。昔話によく出てくるやつね。んで、俺には今でもその性欲と能力が受け継がれてるわけで」
 淫魔と聞いて納得する。時々彼が酷く魅力的に映ることがあった。それに。
「……道理でアーシャが速攻で魅了されたわけだ」
 おかしいと思っていた。彼女は順調に俺に惹かれていたはずだった。それなのに、イールが現れた途端、掌を返し、驚くほどイールに惚れ込んでいった。その彼女の酷い執着っぷりに、違和感を覚えていたところだったのだ。
「あ、信じてくれるの? でも、そういうこと。ちなみに、君が仕向けた暗殺者も、魅了して返り討ちにしてあげたんだよ。すごい便利でしょ?」
「ああ、便利だな。羨ましいほどに」
「でも、この力を維持するのも楽じゃないんだよ。そういうわけで、僕もアーシャちゃんの魔力目当てだったんだけどさ」
「?」
 言葉を切り、意味ありげにこちらを見つめるイールに首を傾げる。その若者らしい好奇心と欲に満ちた瞳を俺に向ける意味がわからなかった。
「ヴェイラのことも気になってたんだよね、実は」
「……俺? 俺に魔力はないぞ?」
「うん。そう聞いてたから声かけなかったんだけどさ。君からこうして提案してくれるんなら、味見ぐらいしてもいいのかなって」
「お前がそれでいいのなら、いい」
 魔力がない俺に興味を示すイールの気持ちはやはり全く理解できないが、それでアーシャを止めてくれるのならば、俺としては都合がいい。
「本当にブレないね~。やっぱやめては無しだからね?」
「お前こそ、思ってたのと違うからって約束を破るのだけは絶対にやめてくれ」
「ふふ。僕が誠実な男だって知ってるくせに」
「ああ、だからこそお前に頼んだんだ」
 そう。彼は約束を破らないことで有名だった。その誠実さは俺から見ても、信頼できる男だった。だから、突拍子のない要求でも飲む価値があると思い、俺は全てを彼に委ねることにした。



「じゃ、こっち来て。そう、ベッドに横になって。首噛んでそういう気持ちにさせるから」
「……ん」
 そういう気持ち、というのは恐らく催淫効果的なもののことだろう。その昔、淫魔は牙から毒を流し、獲物を意のままにしていたとかいう話を書物で読んだことがある。
「もしかして、怖い?」
「怖くない。早くやれ」
 肌に触れた牙を一旦離してからこちらを気遣うイールに、できるだけ落ち着いた声でそう促す。
「は~、情緒がないな~。んじゃ、ちょっとチクっとしますからね~」
「……ッ」
「ふは! 肩に力入れ過ぎ! やっぱ怖いんでしょ?」
「う、るさいな! さっさとやれって言ってんだ! 馬鹿!」
「う、わ。顔真っ赤じゃん。涙目になってるし……。ちょっと可愛……」
「さっさとやれ!」
「くないな、うん」
「ッあ……! は……?」
 ずぶり、と肩に牙が食い込んだ途端、全身の血が滾る。
「な……、んだ、これ……。力が……。は、あ……」
「これで君はもう抵抗できない」
「抵抗など、しないと言って……」
「ヴェイラ、君は可哀想な人だ。自分の為じゃなくアイガスの為に己の身を捨てるだなんて。真面目過ぎてあまりにもつまらない人生だ」
「は……。なんとでも、言え……。それに、俺はとうに、覚悟が、できてる……」
「自己犠牲を覚悟できてるなんて。本当に面白い。君はただ諦めているだけじゃないか」
「お前に、何がわかる……。いいから、さっさと始めろ……」
「も~。情緒がないな~。もう少し盛り上げてくれたっていいんじゃない?」
「は、そんなオプションは、生憎含まれてないもんで、な……」
「ま、いっか。頼まなくったって今のヴェイラの顔、結構そそるし。ね、内心では触られたくて仕方ないんでしょう?」
「ッ……」
 耳元で囁かれただけだというのに、甘い痺れが駆け巡り、その言葉通りのはしたない感情が頭を占める。
「でも。簡単にはイかせてあげない。だってさ、君には散々な目に遭わされちゃったからね。たっぷり意地悪してあげる」
 歪められたイールの瞳にぞっとする。まるで、獲物を前にした蛇のようじゃないか。
「嫌なら嫌って言っていいんだよ? 今ならまだ止めてあげてもいい」
「……やめたら、アイガスを、助けてくれないんだろう?」
「勿論」
「じゃあ、聞くな……。お前の、好きにしろ……」
 震える手でイールの服を掴み、額を押し当てる。今、俺はどんな顔をしているのだろうか。
「は。馬鹿だね~。本当に可哀想。ヴェイラ、君ってば最高だよ」
 無理やり上を向かされたかと思うと、容赦なく唇が重なり合う。
「ん、んん……! っは、う……!」
 執拗に絡んでくる舌が触れあう度に、大切な物が汚されてゆく恐ろしい罪悪感に苛まれる。だけど、それ以上に息が苦しくて体が熱くて、その快楽に溺れて全てを吐き出してしまいたくなる。
「どう? 今の気持ちは」
「最っ、悪に……、はぁ、決まって……」
「快感に耐えるのでやっとだね。まだキスしただけなのにね」
「お前が、変な細工するから……」
「そうだね。だから、どこ触っても感じちゃうでしょう?」
「は……。そんな、こと……」
 腕をいやらしく撫でるイールから目を逸らす。大丈夫だ、俺はまだ正気を保てている。なんでもいいから、早いとこイールを適当に満足させて終わらせないと……。
「そ~お? じゃあ別にココ以外では感じないんだね?」
「あ、当たり前……」
「じゃあさ。ココ、どんだけ撫でても大丈夫だよね?」
「胸……? 女じゃないんだから、それは、流石に……」
「よかった。じゃあ安心して触れるね」
 するり、と服の上からイールの指が胸の突起に触れる。
「は……? ッ?!」
 その摩擦が一瞬甘い痺れを起こしたものだから、驚いて変な声が漏れる。
「あれ? ねえ、もしかして女みたいに感じちゃった?」
「あ……、違う、これは、ふ……、あ……、あっ」
 そんなはずがない……! そう思うのに、イールの人差し指が胸を擦る度に熱い息が口から洩れる。これ、なんか、おかしい……。こんなの、感じるはずないのに……。
「でもさあ、さっきからココ、ぐしょぐしょなんだけど」
「ッ……」
「安心してよ。ココは触らないから。そしたら、君が自分で触れない限り、流石にイっちゃうことはないもんね。あ、勿論、君が勝手に触るのは無しだよ、ヴェイラ。それじゃあ君が僕を満足させたことにはならないからね。まあ、優秀なヴェイラにはわかってると思うけど」
「う……」
 正直、触りたくて仕方がなかった。既に少し濡れてしまったズボンを脱ぎ棄てて、イールの指の動きに合わせて己のものを擦ったらどれだけ気持ちがいいだろう。でも、それでは使命が果たせない。俺が先に欲に溺れてしまっては全く意味がない。だから、我慢しなくては……。
「どうしたの? ヴェイラ。もしかして、もうイきそう?」
「ちが、う……。前戯はいいから、さっさと、済ませろ……。俺は、女じゃないんだぞ」
「え~。まあ、そうだよね。女じゃないもんね」
「ああ、だから……」
「でも。だったらさ、こんな風に強く摘まんだって大丈夫なんだよね?」
 くるりと円を描いたイールの指が、突然両方の胸を思い切り摘まむ。
「ッ、あ、ひっ、い、イっ~!!」
 痛い、はずなのに。どうしてだか、快感が先立って。気づいたら己のものを引っ張り出して、射精していた。
「あれ、ヴェイラってば自分で触ってイっちゃったの? 乳首、そんなによかった?」
「っ……」
「はは。そんなに睨まないでよ。でも、悪いのはヴェイラでしょ? 自分で触るのは無しだって言ったよね?」
「う……。それは、わかってたけど……」
 あんなの、耐えられるわけがない。だって、未だに頭がぼうっとする……。
「可愛いなあ。で、今度はどうする? また勝手にイっちゃうのかな、ヴェイラちゃん」
「調子に乗るなよ……。クソ。も、早く、終わらせて、くれ……」
「え~、じゃあさ、ヴェイラはどうすれば早く終わると思う?」
「……し、らない」
「自分で考えることも大切だよね」
「調子に乗るなと言って……ッあ。ああああッ!」
 がぶり、と容赦なくイーラが肩に噛みつく。無論、追加で催淫効果がたっぷりと体中に染み渡る。熱い。熱くて気持ちがいい……。
「それで? ヴェイラはどうして欲しいんだっけ?」
「ん……、俺、じゃなくて……、お前の、好きなように、しろって……」
「あは。偉いね! そんなにもの欲しそうな顔しといて、ちゃ~んと目的覚えてるなんて!」
「揶揄うな……。大体、俺は、こういうの、詳しくないから、指示してくれなきゃ、お前を満足させられないから……、早く、どうしたらお前が満足するのか、教えてくれ……」
「……中々そそることを言ってくれる。わかったよ。じゃあさ、お望み通りじ~っくり教えてあげるよヴェイラ」
「俺は、早くと言ってるんだ……」
「急かすのはお勧めしないけど? 女じゃないんだから、ちゃ~んと慣らさなきゃ。ヴェイラが痛い目見るだけだよ?」
「……く、勝手に、しろ」


「案外すぐにほぐれたね、ヴェイラ」
「う……」
 男同士では尻を使うのだと聞いたことはあった。が、四つん這いにさせられるのは屈辱的だし、実際に他人の指がそこに入り込むのは怖いし痛いし気持ちが悪かった。それでも、そんな感情を上塗りしていくように快感が押し寄せるので、俺はすっかり自分がわからなくなった。
「ほら、すごいよ? 僕の指を咥え込んでぐちゃぐちゃだ」
「それは、お前が、変なモン入れるからッ……!」
「淫魔特製ローションのこと? すごいでしょ、コレ」
「あ、待て、そんな、奥、掻き混ぜると、イ……っ」
 ぐちゅぐちゅと音を立てながら、ヴェイラの指がいいところに当たる。その快感が脳天まで駆け抜けてあと少し擦られたら達する、というところで非情にもヴェイラの指が動くのを止め、引き抜かれる。
「おっと。まだイかせないよ。最初簡単にイったんだから。もう勝手にはイかせてあげない」
「んん……。あ、んく、イールっ……」
 もどかしい。あと少しだったのに……。
「ヴェイラ、わかってる? 一人でイっても終わんないよ?」
「う……」
 忘れかけていた本来の目的を思い出し、己のものに触れそうになる手を何とか抑えてシーツを思い切り掴む。
 ああ、でも。駄目だ。やっぱり、触りたい……。
「ちょっとヴェイラ、シーツ噛まないで。ほら、やる気あるんだったらもっかい膝ちゃんと立てて。そう。んで、自分の指突っ込んで、穴を広げて僕によく見せて?」
「そ、んなこと……」
「アイガスのために何でもやるんじゃないの?」
「っ……。変態……」
「どっちが。自分が今どんなにエロい顔してるかわかってる?」
「う、るさい……。もう、いいだろ。遊びはいいから、さっさと……」
「ハイハイ。じゃあほらちゃんと自分で広げて。そしたら挿れてあげるからさ」
「っう……」
 こんな行為は恥だ。でも、アイガスのためだから……。それに、淫魔の毒に逆らえるわけがない。薬まで入れられてるんだから……。だから、これは、仕方のないことで……。
「いい子。へえ、待ち遠しくてひくついてるね」
「ん、イール、もう、いいだろ……?」
「うん。じゃ、お望み通り、挿れるね」
 ひたり。何か冷たくて固い物がそこに押し当てられて、にゅるりと入り込む。
「ひ、冷た……、それ、な、に……?!」
「ヴェイラのための玩具だよ。まずはこれで慣れようね」
「い、要らない……! そん、なの……! んう……」
「よし。奥まで入った。ああ、押し出したら駄目だよ。ちゃんと咥え込んで?」
「これ、あ、押し込まないで……ッ、もう、いっぱいだからっ、奥、擦れる、と……!」
「そうそう。ナカをちゃ~んと意識しててね。じゃあ立って」
「っは?」
 にっこり笑ったイールが、俺の手を引っ張り、ベッドの横に無理やり立ち上がらせる。
「ヴェイラが一分立っていられたら優しく抱いてあげる」
「なんだよ、それ……」
「簡単なゲームだよ」
「立ってられなかったら……?」
「どうなるかな」
 イールの仄暗く光を宿した瞳にぞっとする。これは、勝たなきゃいけないやつかもしれない。でもまあ、立ってるぐらいなら……。
「じゃ、始めようか」
「は、ァん……!」
 イールが指を弾いた途端、中の玩具が震え始める。
「な、これ、なにッ……!?」
「魔力で動かすことができる優れものなんだよ、それ。ほら、しっかり立たなきゃ負けちゃうよ? 一分なんてさ、あっという間なんだから、耐えられなきゃ変態でしょう?」
「は、でもっ、これっ、振動が……、強……」
「そんなことないよ。だって、これもっと強くできるからね」
「あッ……! 激し……! 強くするの、駄目……!」
「こら、僕を掴むのは無しだろ」
「だ、って……!」
 中でうねるその刺激に耐え切れず、倒れ込むようにしてイールの肩に顔を埋める。
「ちゃんと立って」
「あ。んん……ッ、だめ、も、イきたい……、イールぅ、いっ、もう……!」
 先から零れるそれが、ぱたぱたと床を汚す。もう、頭が、痺れて、無理……。
「5・4・3・2……」
「あッ、あああ!」
 あと一秒、というところで振動が極限まで激しくなる。その予想以上の刺激に、俺は呆気なく床に崩れ落ちた。
「あーあ。惜しかったけどさ。失敗だね、ヴェイラ」
「んッ、駄目っ!」
 達したばかりの俺に構うことなくイールが玩具を引く抜く。
「あ。今のでまた感じたの?」
「そんなわけない……。おい、待て、指、入れるなって……」
「こんなに吸い付いてくるくせによく言うよ」
「く、仕方が、ないだろ……。牙だの薬だので、へんな気分に、させられてんだから……」
「そうだね。仕方ない仕方ない。で、ヴェイラはゲームに負けたわけだけど、僕にぶっ壊される覚悟は出来た?」
「ん、クソ……。勝手にしろ」
「あれ。随分と潔いんだね」
「先に約束を持ちかけたのはこちらだ。だったら、俺も約束を守るべきだからな……。それに、覚悟なんて、最初から出来てると言ってるだろ……?」
「ふ~ん。ま、全ては僕次第だもんね。どんなに酷いことされたって、ヴェイラは耐える以外ないんだもんね?」
「ん、そういう、ことだ……」
「あれ。ヴェイラ、本当は怯えてるんじゃない? 震えてるよ? ねえ、僕が今からどんなに酷いことをするのか、不安で堪らないんじゃない?」
「……いいから、さっさとやれ」
「ああ、駄目だってば。急かすのは君のためにならないって言ったでしょ?」
 ぐちゅりといやらしい音を立ててイールの指が中をかき回す。それだけで、吐き出したはずの熱が、簡単に蘇って理性を押しのける。
「ねえヴェイラ。君は僕に従わなければいけない。そうでしょう?」
「わ、わかっている。けど、その……」
「我慢できない? 二回も勝手にイっといて?」
「ぐ……。それは」
「言い訳はもう聞きたくないんだ。ヴェイラ、一回一人でやってくれる?」
「は……?」
「だから、僕の目の前でヴェイラが自分でイけたら、僕もやる気が出ると思うんだよね。そしたら、ヴェイラのお望み通り、早く終わらすことができるかも」
「それは……」
「僕はヴェイラのために言ってるんだよ? だって君、今のままじゃ、また勝手に途中でイき兼ねないからね。ある程度出しておいた方がいい。それとも、ヴェイラは俺の指をこれ以上ふやけさせたいの?」
「ん……ッ。わかった……。言う通りにする、から……」
「お利口さん」
 散々中をかき回した指が、ようやく抜かれる。すると、今まで与えられていた刺激を探し求めるように奥が勝手に疼きだす。
「ん、うう……」
「へえ。自分で後ろ触っちゃうんだ。前じゃなくて後ろがいいとか。ヴェイラはもう立派な変態だね」
「う……。だって、薬が……」
「そうだね。もうヴェイラの奥まで入り込んじゃってるもんね」
「っあ、お腹、押さないでッ……!」
「ああ、ごめん。感じちゃう? 一人でイかないと駄目だもんね」
「ん……。も、少し……」
 あと少し、刺激がないと、イけない……。
「うわ、乳首触ってるの? もう性感帯だって理解してるんだね。偉い偉い」
「っ、ッ~」
 イールがやったように摘まんでみると、全身に痺れが及ぶ。けど、本当にあと少しだけ、刺激が、足りない……。
「すごいね。自分の指そんなにじゃぶじゃぶ咥え込んじゃってさ。僕に見られてるのわかってる?」
「み、るな……」
「こら、ちゃんと穴の中がこっちに見えるように這い蹲ってくれなきゃ駄目でしょ?」
「あ、ああッ――!」
 ぺしり、と尻を叩かれた瞬間、頭が真っ白になる。
「あー。僕ってば、また手助けしちゃった? でもさあ、尻叩かれてイくのはヤバイよ? ヴェイラ」
「う、誰の、せいだと……、ん」
 羞恥と背徳感で火照る顔を見られないよう背けて、自分の指を引き抜く。
「はいはい。僕のせいだね。僕が君をこんなにエロくしちゃったんだ。そのせいで淫魔の僕でもこの通りヤバイ」
「……お前、俺を見て勃ったのか?」
「他にどんな理由があるってんだよ。まったく。言っただろ、ヴェイラに興味があったんだって。僕、君みたいな人、タイプなんだよね」
「変わってる」
「そうかな。ヴェイラみたいな堅物が快楽に堕ちるのって最高じゃない?」
「なるほど。爽やか王子様にも犯罪者みたいに下卑た趣向があるんだな」
「……なんか嫌だなその言われようは」
「今更何を。お互いとんだ恥を晒した仲じゃないか」
「ヴェイラ、君、自暴自棄になってないか?」
「そりゃあ自棄にもなるさ。こんな女みたいに何度もイかされればな!」
「泣いてるのか?」
「アイガスの男が泣くものか!」
「……悪かったって。でも、僕だってここまでヴェイラにハマるなんて思ってもみなかったからさ……。ほんと、最初は興味本位だったけど、今は……」
「イール……? んッ……!」
 勝手に溢れ出てくる涙を拭っていると、イールの顔が近づいてきて唇を奪われる。
 どうしてだろうか。それは最初の口づけよりもずっと丁寧で優しくて、甘ったるくて暖かくて……。その心地よさに、再び涙腺が緩みだす。
「ヴェイラ。君は僕のことを恨んでいるだろう。そのまま恨んでいてくれても構わない。だけど、僕はもう止まれない。今わかった。僕は、君を愛したくて仕方がないんだ……」
「は。腑抜けたことを。君は俺を、ぶっ壊してくれるんだろう?」
「……ヴェイラは、僕に壊されたいの?」
「……そうかもしれない。どうせ俺の人生なんてここで終わりだ。どう足掻いたってアーシャに殺される。だったら、アーシャの想い人であるお前と、こういうことをするのも皮肉で良い。それに、単純に、何も考えなくていいほどにぶっ壊されたい気分なんだ」
「ヴェイラ……。君は、本当に……」
「なんだよ」
 突然肩に顔を埋めてきたイールに困惑する。痛いほど力のこもった腕で抱きしめられて苦しいはずなのに、どうしてだか心が満たされてゆく。ああ、俺は寂しかったんだな。きっと。いつの間にか、愛に飢えていたんだな。こんな風に、誰かに抱きしめて貰いたかったんだろうな。
 生まれたときから、失望され。碌な愛を受けることなく、道具として厳しく躾けられてきた俺は、誰に心を許すこともなく。こういうことでもない限り、俺はこんな風に抱きしめられることなどなかったんだろうな。なんて。
「ねえ、ヴェイラ……。もう少し自分を大切にしてよ。こんなの、正しくないんだからさ」
「お前が言うのか? でも、俺にとってはこれが最善だ。なあ、イール。もう萎えてしまったのか……?」
「は? おい、待て……。馬鹿、何して……!」
「よかった。まだ元気みたいだな」
 確かめるようにイールのそれに触れると、イールの体がびくりと震える。
「な……。ヴェイラ、君、そんな顔で笑うなんて……。まさか誘っているのか?」
「それじゃあ俺はどうすればいい? どうしたら、お前は満足してくれる?」
「おい、嘘だろ……?」
 イールの指を導いて無理やり中に差し込んでやると、彼は目を丸くしてこちらを見つめた。それが何だか面白かったので、今度は挑発するような笑みを浮かべて彼の手首を固定しながら腰を揺らしてやる。
「う……。まさかヴェイラがこんなことするなんて……」
「お互い様だ。こうなったら、堕ちるとこまで堕ちてやるさ」
「本当に、それでいいのか?」
「いい。お前に壊されたいんだ、イール」
「馬鹿。せっかく大事にしろって言ったのにさ。……もうどうなっても知らないからな!」
「あッ、ぐ……」
 イールの瞳が妖しく光ったかと思うと、肩を思い切り噛まれる。それだけで頭が熱に浮かされて、全てを放棄して、欲に飲まれる。
「ほら、さっきまでの威勢はどうしたの? 体、震えてるよ」
「あ、指ッ、動かすなッ、もう、早く……!」
「早く、どうするか知ってるの?」
「ん……。それは……」
「ココ、何挿れて欲しいの?」
「あ……、んッ」
「ほら、指で足りるの? もっと欲しくないの?」
「は、あ……。ん、欲しい……。イールの、挿れて……ッ」
「うわ。エロ」
「早く……、それ、欲しい……」
「まさかこんなにもヴェイラがはしたないおねだりしてくれるとはね。は、最高だよ、ヴェイラ」
 熱い。ぐちゃぐちゃになったナカに、早く、イールのものを、押し込みたい……。
「は……。ん、ぬるぬる滑る……。は、ここ、入る、イールの、はい、る……!」
「はは……、あのヴェイラが、僕に跨って、自分で挿れようとするとかさ、ほんと……」
 それを穴に宛がうと、まるで餓えた生物が餌を絡めとるみたいに、じわじわと吸い付いてゆっくりとナカに沈めてゆく。
「ん……、イールの、熱い……。ん、おっきい、けど、ちゃんと、最後まで、入れる、から……」
 このまま、ゆっくり、深いとこまで……。
「ヴェイラ。ごめん、流石にそれは、耐えられない」
「ん、あ、え? ヒッ、待っ、無理だって、あ、駄目、あ、ああ――ッ! ひッん……!」
 腰を持たれた瞬間、強い力が加わって、ずちゅり、と一気に腰を落とされる。
「はは、入った。すご……。ちょっとキツい、けど、ナカ、ぐちゃぐちゃで熱すぎて……」
「ん、あ……。奥ッ、だ、め、動かすと、苦し、あ、も……、いっぱい……ッ!」
「ちょっと動くだけで音、やばいね……。は……。これは、動くなって方が無理だ」
「んん……、あっ、そこ、変ッ……」
「ここがいいんだ? どう? 気持ちい……?」
 ずちゅずちゅと脳に響く音が、擦られた奥が、気持ち良すぎて……。
「あ、ぐ……! 駄目、そこ駄目だって……ッ!」
「おっと。まだイかないでね?」
「ひっ、あ、抜くな……、も、イかせてくれッ……!」
「あ、こら。勝手に押し込まない! ヴェイラは散々イったでしょ」
「だって、まだ足りない、ん、はァ……。気持ちい……」
 腰をぐいぐいイールに押し付けて、いいところに擦りつける。駄目、これじゃ足りない、もっと、激しく……。
「ん、は、ふっ、あっ、奥ッ、深……! あ、い、イクっ……!」
「ちょ、ヴェイラ……!」
 体を震わせながら、達してしまったことに罪悪感を覚える。まずい、また欲に飲み込まれて一人で暴走してしまった……。
「す、すまない、イール! もう、体が馬鹿になってて……! だから……ッ」
「謝るぐらいならさ、続き、再開していいよね?」
「で、でも、もう……」
「もうやる気になれない? そうかな、また感じ始めてるみたいだけど?」
 そう言って意地の悪い笑顔を浮かべたイールが、繋がったまま、ぐるりと体制を入れ替える。
「あ、んん……ッ!」
「ほらね。さあ、ヴェイラ。こっから僕にどうして欲しい……?」
「ん、だったら、さっさと、俺を壊せ……ッ!」
「でも、ヴェイラはとっくに壊れてるでしょ? さあほらヴェイラ。壊れたヴェイラ。僕に望みを言ってごらん?」
「う……。だったら、もっと、奥……、突いて……」
「はい。欲深いお姫様」
「アッ、胸もッ、触って……ッ!」
「は、すっかり、気に入っちゃったね!」
「ん、ああッ……! 気持ちいい……ッ! 駄目、も、出るッ、イールっ!」
「キス、してほしい?」
「して……! あと、ぎゅって、だ、抱きしめてほし……!」
「お望み通りに、お姫様。って、結局甘やかしちゃったな。でも、まあいいよね? 僕だってそろそろ限界だ」
「あッ、イールっ、激しッ、も、ぐちゃぐちゃで、んぐッ、あ、駄目、イ、イクっ……!」
「いいよ。イって、ヴェイラ」
「は、う、ああああッ――!」



「う……。痛、て……」
 随分と長い間寝ていたような気がする。おかげで頭が頗る痛い……。
「あ。ヴェイラ、やっと起きたね」
「……イール?」
 彼の親し気な笑顔に首を捻る。あれ、どうしてコイツはライバルであるはずの俺に、こんな顔をするんだっけ……?
「はは。寝ぼけてる? ま、無理もないか。あれから結構長いことヤりまくったし。催淫効果の副作用もあるかな。ヴェイラってば丸一日寝てたんだよ?」
「あ……」
 枯れた喉を押さえながら、イールとの契約を思い出す。
「アイガスは……、母は、妹は、どうなった……?!」
「思い出してまず出てくるのがそれってとこが、かなりヤバいよね。ま、安心してよ。あれから僕がアーシャを魅了で言うこと利かせたから」
「それじゃあ、アイガスは、助かったのか……?」
「うん。今頃は船で遠い外国へ向かってるところじゃないかな。アーシャを恐れてか、知らない土地で再スタートを図るっぽいよ?」
「そう、か……。良かった……。ありがとう、イール」
「あんだけ酷いことした僕にお礼言っちゃうんだ」
「酷いこと……? そう望んだのは俺だ。それに、結局最後はお前に労わられてしまった。淫魔の血を引くお前は、完全には満足してないんじゃないか?」
「……そりゃ、僕はまだできたかもしんないけど。あれ以上はマジでヴェイラが死ぬ」
「壊してくれればよかったのに」
「十分壊した自覚はあるけどな……。ヴェイラ、今更だけど、体は大丈夫?」
「ん。多分、寝てれば治る」
「そっか。よかった」
「どうしてお前は、俺の心配をする? 俺はもう用済みだろう?」
「まさか。いや、確かに最初は一回試せばいいか、ぐらいに思ってたけど。今はもう、絶対にヴェイラのことを手放したくない。それぐらい、その、ヴェイラが良かったから……」
「悪趣味な奴だ」
「いや、マジで。実はさ、ヴェイラと体の相性良すぎてさ、人から魔力吸い上げなくても、ヴェイラとの行為で魔力が作れるのに気づいてさ……」
「それは、確か……。淫魔が真実の愛に目覚めたとき~っていうおとぎ話の?」
 昔、本で読んだことがあった。淫魔は本当の愛を知らない。だけど、もしも淫魔が愛を認めたとき、その愛が彼らを満たすエネルギーとなり得るのだと。あの頃は淫魔の存在自体、本当の話だとは思えなかったけれど……。
「あー、知ってるのか。困ったな……。まあね、多分それ。僕さあ、ヴェイラのこと知っちゃったらさ、もう人から苦労して魔力巻き上げるのが馬鹿々々しくなってきたっていうかさ……」
「それは、なんていうか、すまない……」
 今更、この男が嘘を吐いているようには思えなかった。真実の愛云々はわからないが、それがこの男の人生を狂わしてしまうというのならば、謝らざるを得ない。
「別にヴェイラが謝ることじゃないんだけどさ。で。僕としては、ヴェイラには正式に僕のパートナーとして、僕の傍にずっといてほしいと思ってるわけなんですけど……。どうですか? なんて」
「え……?」
 花瓶に刺さっていた赤い薔薇を一本引き抜いたイールが、気障ったらしく俺に向かってそれを差し出す。
「いや、でも、もしヴェイラがアイガスに戻りたいって言うなら、僕はアンタを責任持ってアイガスの元まで送り届けるけど」
「……」
「ま、まあ、そう答えを急がなくても、ゆっくり考えてくれれば……」
「……ふ。お前、何でそんなしどろもどろになってるわけ? あんなにドSだった癖に」
 目を泳がせるイールが、なんだか無性におかしくて、堪えきれず腹を抱える。
「ちょ、笑わないでくれよ! 僕だって、まさかアンタに求婚する日が来ようなんて考えてもなかったわけだし……!」
「求婚……? お前は、手頃な餌が欲しいだけだろう?」
「う……。そうだけど、そうじゃなくて……」
「なんだ? どうして顔を赤くする?」
「あー! もう! ヴェイラが可愛すぎるのがいけないんだろ!? うっかり好きになったんだよ!」
「好き……? 可愛い……? 俺は男だぞ……?」
 逆切れするイールに困惑しつつも、その手に握りしめられた薔薇を見つめる。真っ赤で立派な麗しい花が、俺に似合うとは思えない。
「知ってるよ! でも、どうしようもないぐらいにヴェイラのことを愛したい。もっとヴェイラを見ていたい。知りたい。触りたい。そういう気持ちが際限なく湧き上がってくるんだよ」
「……本気か?」
「うん」
 イールの曇りない瞳は、真っすぐに俺を見ていた。素直に頷いたところをみても、やはり彼が嘘を吐いているようには思えない。
「……どの道俺は、アイガスに戻る気はない。俺の役目は既に終わったのだからな。だから、俺はここで死んでもいいんだ」
 そう、本当はもう死んでしまいたかった。だけど、どうしてだろうか。今、少しだけ死ぬのが勿体ないと思ってしまった。
「じゃあ頂戴。ヴェイラがいらないってんなら、僕が貰う」
「物好きめ。俺はただのガラクタだぞ?」
「僕にとっては宝石だ。いや、美しい花かな。いやいや、もっとこう……。愛しくて何にも代えがたい……」
「むず痒いからやめてくれ。俺にそんなことを言うのはお前くらいだ」
「僕以外がそんなこと言ったら、僕はソイツをぶち殺すけど?」
「……はは。わかった。好きにするといい。俺を殺すも生かすもお前次第だ」
「えっ?」
「間抜けな顔だな、王子様」
「痛て」
 無防備な彼の額を指で弾く。この際、イールに任せてしまえと思った。どうなろうと、俺はもう構わないのだから。だったら、彼に全て委ねてしまった方が面白いとさえ思ってしまった。
「……絶対、ヴェイラにも好きって言わせるから」
「生憎、人を好きになった経験がない。思い通りにはいかないと思うぞ」
「それでも、僕はヴェイラにこの想いを伝え続けるだけだ」
「……それは、少し困るな」
「あれ。ちょっと赤くなってない? ね、これ脈ありなんじゃない?」
「うるさいな」
 イールの手から薔薇をひったくる。それが照れ隠し故の衝動だと気づいた時には、もう遅い。
「可愛い。そうやって、どんどん僕を意識してね。あっという間に逃げられなくしてやるからさ」
「ん……」
 甘く口づけが落とされる。それだけで、先日の情事を思い出した体が勝手に火照りだす。
「ああ、体の方はとっくに逃げる気を無くしてるみたいだね」
「う……。馬鹿、待て、やめろ」
「好きにしていいって言ったのはヴェイラだよ?」
「それは、そう、だけど……。いざとなると、少し、その、怖くて……」
「怖い? あれだけヤっといて?」
「それもだが、その……、イールを、好きになったら、俺はどうなるのかと……」
「は? もうそれ好きじゃん。僕のこと」
「……じゃあ、もう満足したのか?」
「え?」
 首を傾げるイールに、心がざわつく。今までアイガス家の長男だからと無くしていた感情が、雨漏りのように少しずつ心に蘇って染み渡る。
 好きだと思った。目の前の彼が。俺を好きだと抱きしめてくれる彼の愛情が欲しいと思ってしまった。だって、俺だって愛されたい。大切にされてみたい。本当の愛を知りたい。
 だから、余計に怖くて……。
「俺がイールを好きになったら、お前はもうやりがいがないだろう? 飽きて、捨てるんじゃないのか……?」
「なにそれ。あ、もしかして両想いになったら終わりだと思ってる?」
「……違うのか? あ、でもそうか。俺は餌だから、飽きても捨てられないのか。いやでも、真実の愛? じゃなくなるから、結局は餌としての機能がなくなる訳で……??」
 駄目だ、なんかまだ、頭がぼーっとして。よく考えがまとまらないし、勝手に口が回る……。これ、絶対めんどくさい奴だと思われて――。
「あのね、思いが通じ合ったらゴールってわけじゃないよ、ヴェイラ。まあ、君は結婚して子を為すことだけが愛だと教えられたんだろうけどさ」
「でも、イール……」
「あ~。わかったわかった。そんな捨てられた子犬みたいな目、しないでよ。全く。しょうがないな。こっちはヴェイラを気遣って我慢してたってのにさ。いいよ、教えてあげる。僕が君にどれだけ執着しちゃったのか、さ」
「は……? ッあ!」
 肩にイールの牙が食い込む。その感覚は怖いはずなのに、どうしてだろう。俺は目を閉じ、その感覚を味わうように、逃さないように震えながら、彼の胸元に縋りつく。
「いい子だね、ヴェイラ。愛しているよ、泣いて喚いたって逃がしてあげないから」
「は……、逃げるわけ、ないだろ……」
 イールが俺の手を取り、薔薇に口づけを落とす。それが酷くじれったくて。気づいたら、イールの唇に己の唇を押し当てていた。
「びっくりした。ヴェイラからしてくれるなんて」
「うるさいな。俺だって、イールに依存し始めてるって、教えて、やるから……」
「だから、こんな可愛いキスしてくれたんだ。ふふ、は~。好き」
「ッ。耳元で、言うな……」
「え~? だって、好きなんだもん」
「うう……」
 頭が、体が、熱くてぐちゃぐちゃに溶けそうだ。これ以上愛されたら、それこそ壊れてしまいそうで。心臓が痛いほど早鐘を打つ。薔薇の花が床に落ち、二人の甘い吐息が部屋を満たした。
しおりを挟む

処理中です...