アズアメ創作BL短編集

アズアメ

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(106)パワハラ上司が部下に監禁される話

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復讐サイコ部下×パワハラ流され上司

部下からの詫びコーヒーを飲んだ途端、上司は眠ってしまう。目覚めたときには部下の部屋。おまけに、両手両足がっちり拘束されていて……。

復讐セッからアリじゃんってなるサイコパスな攻めが好きです!
今回も女の人が酷い目に遭う(先に言うと無残に殺されます)ので、ご注意ください。

浅木 海(あさぎ うみ):パワハラ上司。自分が正しいと思っている。部下から軒並み嫌われているがその自覚は薄い。
深川 四葉(ふかがわ よつば):上司に目の敵にされている可哀想な部下。のはずが……。
花巻 美千留(はなまき みちる):浅木の同期。美女。浅木の想い人であるが故に不幸な目に遭ってしまう。
ネーミングは受け攻めが対になるやつ。花巻さんは「巻き込み花散る」(ごめんて)。
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「お前、こんなことも知らないのか。いい歳して恥ずかしくないのか?」
「すみません……!」
 目の前の後輩、深川 四葉が焦ったように頭を下げる。その姿はいつ見ても情けない。
「大体お前は、何でも謝ればいいと思ってないか?」
「いえ、そんなことは……」
「気持ちが籠もってないんだよ。これだから今の若い奴は……」
「す、すみませ……」
「ほら、また謝る。だからお前はいつまで経っても駄目なんだ」
「……」
「は~」
 深川が黙り込んだのを見て、大袈裟にため息を吐く。コイツはどうにも礼儀がなってない。
 俺、浅木 海は青緑商社の営業担当。入社してから早幾歳。新人の頃から上司や顧客に気を遣いまくって、ようやく係長の地位を手に入れた。
 そう。俺は上司の無茶振りに散々耐えて、この仕事を乗り切ってきた。それなのに。今時の新人たちは悉く礼儀を知らない。とりわけ、この深川という男は全くもって媚びの売り方を知らない。

「先輩、さっきはすみませんでした。その、これ良かったら」
 なんてことを思っていた矢先、深川が紙コップを寄越してきた。中身は真っ黒い液体、コーヒーだった。それを静かに受け取って、口をつけながら次の台詞を考える。深川にしては気を利かせた方だが……。
「そんなことしてる暇があるなら、少しでも自分の仕事をこなしたらどうだ?」
 コイツは少しでも褒めるとすぐ調子に乗りそうだからな。厳しくした方がいいだろう。それに何より俺は今、機嫌が悪い。理由は簡単。出社早々、給湯室で女性陣が深川のことを持ち上げている会話を聞いたからだ。そこにいた俺の想い人である花巻さんは、特に彼のことを褒めちぎっていたのだから、モヤモヤしないわけがない。
「でも、先輩が上司は敬えって……」
「口答えをするな。それに、なんだこのコーヒー。不味いぞ? お前は、コーヒーの淹れ方も碌に知らないのか?」
「……」
「はっ。なんだ。急に黙り込んで。もしかして泣きそうか?」
「いえ」
「どうせ俺のこと厳しすぎだの、鬼上司だの思ってんだろ? 恨んでるんだろ? でもな、お前のことを思って言ってんだからな。期待してんだよ、こっちは。お前にはそれに応えられるようになってもらわないと、こちとら困るんだよ」
「……」
 深川の震える拳を見つめながら、心の底でほくそ笑む。夜も遅く、花巻さんどころか、誰も見ていないことは残念だが、コイツの鼻っ柱は充分折れただろう。
「ほら、そうやってすぐ黙る。そんなんじゃな、世の中渡っていけやしな……、ん……。なんだ……?」
「どうかしましたか?」
 更に追い打ちをかけてやろうと息巻いた途端、頭に鈍痛が走る。そして次第に、気怠さが増し、瞼が重くなって……。
「いや、なんか……。急に、眠く……?」
「ふ~ん。それは大変ですね」
 眠気に抗いながら深川を見つめると、彼は自分の分のコーヒーに口をつけながら、優雅に微笑む。
 まさかとは思うが……。
「お前……、なんか、した……?」
「気づくの遅すぎですよ。先輩」
 彼の笑みが更に濃く、凶悪になったところで事態に気づき、深川に掴みかかろうとしたのだが……。
「っ……」
「あらら。残念でしたね、先輩」
 深川に手が届くよりも先に、体の自由が利かなくなり……。俺は崩れ落ちながら眠気に飲み込まれた。



『浅木くんって、ほんとに仕事ができるよね~! 憧れちゃうな~!』
 細くて白い我らがマドンナ、花巻さんが俺に向かって微笑む。その姿はまだ初々しく、どういうわけだか入社当時と変わらぬ麗しさだった。
 ああ、なるほど。これは夢か。花巻さんを想うあまり、夢にまで見てしまったのか……。
 俺は同期の中でも仕事ができた。だから、花巻さんにもたくさん褒められた。それで俺は、当然のように彼女に惚れた。可愛くて俺のことをちゃんと見ててくれてる彼女を、好きにならない方がおかしい。
 それなのに。
『深川くんって、若いのに仕事も完璧だし、何より顔と性格が良すぎて……。年下だけど、あんな子と結婚出来たら幸せだろうな~』
 俺の目の前にいたはずの花巻さんが、いつの間にか遠くの方でしみじみと呟く。その姿は、先ほどの瑞々しさを失っていたが、可愛さは変わらない。
 いや、待てって。俺の方が絶対に花巻さんのことを幸せにする! 深川なんかよりも俺の方が花巻さんのことを想ってる!
 そう叫ぼうとするのに、喉がひりついて声が出ない。
 そうしている間にも、花巻さんはどんどん遠ざかっていく。そして、彼女の隣にはこれまたいつの間にか、深川が寄り添っていて……。



「ま、待てっ……!」
 追いかけて、深川に掴みかかろうとした瞬間――。
「っ……。やっぱり夢かよ……」
 体がびくりと震え、目が覚める。ああ。最悪な夢だ。あんなの、現実で聞かされりゃ、充分だ。……って。
 やばい、もしかして俺、残業中に寝て……。
「あ、れ……?」
 まだ視界がぼんやりとしているが、ここが会社でないことがわかる。
 じゃあ、ここは、どこだ……?
 瞼が再び閉じようとするのを、ぐっと堪えて辺りを伺う。
 ずいぶん殺風景な部屋だが、どうやらここはマンションの一室らしい。
 一体どうして、俺はこんなとこに……?
 意識が曖昧のままに、ベッドから身を起こそうとする。が。
 寝返りを打ち、手をつこうとしたところで、手首に妙な圧迫感があることに気づく。手だけじゃない。そういえば足首も動かな……。
「は……?」
 見ると、手足は自由が利かぬよう、ビニール紐で縛ってあった。
「なんだよ、これ……」
 血の気が引く音がした。すぐに解こうとしたが、固く結ばれているそれは、ぎちぎちと己の肉に食い込むだけだった。
 徐々に自分の置かれている状況が現実味を帯び、冷や汗が額を伝う。
 俺は、もしかして、今……。
「あ、先輩。起きましたね」
「!」
 声のした方に顔を向けると、深川が立っていた。ニコニコしながらドアを開けて入ってきた彼は、どうやら助けを求めるべき相手ではないらしい。
「おい、これは一体どういう状況だ?」
「はは。愚問ですね。わかってるでしょう?」
「むぶっ!」
 目の前まで来た彼の両手によって、頬を左右に引っ張られる。
「ぷ。変な顔」
 抵抗できないのをいいことに、深川は俺の頬を引っ張り回して遊ぶ。
 なんでコイツにこんなことされなきゃならんのだ!
「おみゃえ、ひったい、にゃに、ひゃんひゃえて……!」
「いやね。先輩を監禁しようと思いまして」
「んぶっ」
 散々頬を引っ張られた後、フィナーレだと言わんばかりに頬を両サイドから潰される。
「き、聞き間違いか……?」
「まさか。優秀な先輩が、聞き間違うはずなんてないでしょう?」
 見たことのない黒い笑顔で告げる深川を睨みつける。
 コイツ、こんな顔もできんのかよ。
 いつもへらへらしている彼のことが心底気持ち悪くて。どうせ腹の中は黒いんだろう、と悪態を吐いたこともあったが。
「まさか、お前がそんな趣味してたとはな」
「はは。だからぁ。気づくのが遅すぎですよ、先輩」
 甘ったるい声を出した深川が、今度はいつもの人懐っこい笑顔を浮かべる。
 この笑顔に何人の女が騙されたことだろうか。
 実際、会社でも『爽やかで優しい好青年!』『撫で繰り回してあげたい!』といった内容の会話をお姉さま方から幾度となく聞いた。中々の年上キラーっぷりである。
 お蔭で俺の狙っていた花巻さんも、最近じゃ彼にどっぷりご執心だ……。
 花巻さんは、俺の同期の中で紅一点、可憐で気が利く美人事務員だ。順調に仲良くなれていたというのに、コイツが来てからというもの……。
 正直に言おう。俺がこいつのことを必要以上にいびっていたのは、嫉妬心も手伝ってのことだ。
 絶対に許してはいけない……。俺の心のオアシス、花巻さんを虜にした罪は重い……。
「んで。どうです? そろそろ眠気が覚めてきました?」
「ん……」
 確かに、頬の痛みも相まって眠気が薄れ、思考がそろそろと纏まり出す。
 そうだ、俺はいつものように深川いびりを楽しんでいた。んで、詫びコーヒー飲んだら、いきなり眠くなって……。
「思い出しましたか? ねぼすけ先輩」
「お前、俺を監禁だなんていい根性してるな。あ? 殴ってみろ、明日にゃお前の首が飛ぶぞ」
「はぁ」
 殴られるのは勿論イヤだが、ここでビビってたら恐らく、コイツは図に乗ってしまうだろう。どっちが偉いのか、どっちが間違っているのか。それをしっかりわからせてやらねば。
「いいか、深川。お前のやってることは立派な犯罪だ。今ならまだ許してやる。誰にも言わない。だから、こんな馬鹿なことは止めてだな……」
 勿論、許すだの言わないだのは真っ赤な嘘だ。こんなヤバい後輩、警察に突き出すより他はない。恨みを買ってる自覚はあったが、お互い様。行動に起こした時点で、お前の負けなんだよ。全く。可愛く心の中で俺のことを恨んでいればいいものを。
「あっはは。馬鹿なのは先輩の方ですよ? わからないんですか? 先輩、僕は上に報告できないくらい酷いことをしようと思ってますけど?」
「俺が脅しに屈するとでも? 例えどれだけ酷く殴られようがお前のことは言ってやる。酷くされればされるだけ証拠が残るってもんだろ。それとも殺しでもやるってか? それこそ証拠を完全に消すのは難しいってもんだ」
 いつも考えが浅はかすぎるんだよ、お前は。後のことを考えれば、いくらなんでも。殺しなんて……。やらない、よな……?
 深川の笑顔は依然として爽やかで、胡散臭い。
「僕の顔に何かついてます?」
「……とにかく。馬鹿なこと言ってないで、さっさとこれを解いて謝れば許してやらんこともないぞ?」
 寛大な心で譲歩する俺。その申し出に対する彼の答えは……。
「先輩って、ほんっと馬鹿で可愛いですね」
「あ?」
 馬鹿はお前だ、と言わんばかりに、目つきが悪いと評判の睨みで殺気を飛ばす。が、彼の表情を見た途端……。
 ぞくり。
 一瞬にして、全身が凍り付くような寒気に襲われる。
 目の前にいるのは、本当にあの深川だろうか。まるで、獲物を前にした蛇のような、肉食獣のような……。とにかく、狂気を含んだ瞳と薄暗く冷たい微笑みとが相交じって、恐ろしい顔に仕上がっているのだ。きっと、真夜中に死神と会ったらこんな風なんだろうなと思うほどの……。
「んッ!?」
 得も言われぬ恐怖。それに戸惑っている隙に、覆い被さってきた彼の唇が俺の唇と重なる。
 は……? なにしてんだ、これ……? 冗談じゃねーぞ?!
 文句を言ってやろうと口を開くが、そのまま舌を絡み取られる。
「んんんん~ッ!」
 逃げようと体を左右に揺らすが効果はない。拘束さえされてなければ、殴り殺してやるのに……!
 深川の舌を噛み切ってやろうとするが、その度に執拗に絡まれ、上手く力が入らない。
 てか、こいつ、慣れてるというか……。いや、マズイ……。なんか、マジで気持ちよくて、抗う気力が……。
「っは」
 ふいに顔が離され、唾液が糸を引いて切れる。唇から顎へ伝う唾液を拭おうにも、手が縛られていることに気づき、忌々しく肩で拭く。
「上手いもんでしょ? 気持ち良かったですか?」
「んなわけあるか、お前、おかしいぞ……」
 色んなものを抑えながら、出来るだけ凄んで話すが、ところどころの息継ぎで台無しだ。
「はは。嘘ばっか。こんなにメロメロな顔してるくせに」
 深川の指が唇をなぞり、まるで猫の肉球を堪能するかのように、ふにふにと執拗に触れる。
「触んな」
 その手に噛みついてやろうとするが。タイミングよく手を引込められ、虚しくも空ぶった上下の歯ががちりと音を立てる。
 その様子を冷ややかに見つめる深川は、本当にくそったれだ。
「ほんっと馬鹿ですね。僕の手を噛み千切ってやるつもりでしたか? 躾がなっちゃあいませんね」
「大人しくしてれば調子に乗りやがって」
「いつ貴方が大人しくしましたっけ?」
「うるさい! 大体お前、こんなことするなんて普通じゃ……」
 ばちっ。
 言い終わらないうちに、思いっきり頬を叩かれる。
「ッは……?!」
 その容赦のないビンタに一瞬記憶が飛ぶ。
 コイツ……やっぱり、頭おかしい……。
「うるさいのは先輩の方ですよ。あ~、痛かった」
 自分の手をさすりながら飄々としゃべる深川。
 俺は生憎、手が縛られているのでそうすることもできず、身を起こし、少しでも彼との距離を取ろうと壁に張り付く。
「あ、もしかして今のでビビっちゃいました? あ~、涙目になってますね」
 距離を取ったのも虚しく、壁に追い込まれる形で頬を撫でられる。
 びくっ。
 反射的に怯えてしまう自分に歯噛みする。
 でも、またいつ叩かれるかわかったもんじゃない。今のこいつはどんなに非道なことでもやってのけそうで。こうして撫でまわした後に、ばちんともう一発叩いてきそうで。
「ぷぷ。可哀想な先輩。僕の一挙一動に脅えちゃって。あ~、たのし~」
「お前、次こんなことしてみろ、絶対お前をクビにして、そんでもってお前にもおんなじことをしてや……、ッう!」
 ばちっ。
 大きな音を立てて、再び頬が叩かれる。
「あはは。そんなに怒りに震えないでくださいよう。って、今は恐怖に震えちゃってるのかな。狂犬もチワワの如くってね」
 さっき叩かれた頬の痛みが引いてきたと思ったら、今度は反対側かよ……。
「く、そ……」
 どうにかして紐を解こうと手首を動かす。しかし、どんなに動かしても紐が肉に食い込むばかりで。
 そうこうしているうちに、また深川が近づいてきて……。
「先輩、なんで僕がこんなことするか、わかってるでしょう?」
 彼に撫で回された頬が、じんじんと痛みを増してゆく。
「お前の性格が歪んでるからとしか、思えないな」
「ほんと学習能力がないですね」
「っ」
 手を振りかぶる深川に、思わず目を閉じる。またあのビンタが来るかと思うと、悔しいが今の俺では、身を縮めることしかできなくて……。
 痛みを覚悟した瞬間。深川の手が俺の頬を包み込む。そして、そのまま唇が押し付けられたかと思うと、軽い音を立てて離される。
 ……え、それだけ、か?
「あれ。不満そうな顔してますね?」
「さっきから、お前なんなんだよ! まさかそっちの趣味があって俺を狙ってる、とかじゃあないだろうな?」
「勝手にドン引くのはやめてください。んなわけないでしょ。たとえ僕が女だったとしても先輩みたいなのに恋することはありませんから」
 そりゃそうだ。俺は散々コイツをいじめてきたんだから。コイツがよほどのドM体質でない限り嫌うのが当たり前だ。てことはやっぱり……。
「だったらこんな気持ち悪いことすんな」
「何言ってんですか。先輩が気持ち悪いと思うから、やりがいがあるんじゃないですか」
 ケロリと言ってのける深川に、確信する。やっぱりコイツは俺に嫌がらせをするためにこんな……。いや、だからって。
「お前だって気持ち悪いだろうが」
「ん~、僕は別にそこまでは。ていうか、それ以上に先輩の嫌がる顔がすごい楽しいので」
 コイツ、ドSかよ。普通は気持ち悪さが勝るだろうが!
「まぁお察しの通り、日頃かなりムカついてるんで、ここらで先輩にわかってもらおうかなぁなんて」
「わかってもらうって?」
「いやだなぁ。自分の立場を、ですよ」
「それは、そっくりそのままお前に返したいが?」
「そういう先輩だから偉いみたいなの、ほんと虫唾が走りますよねぇ。能力だって僕の方があるでしょうに。そんなに僕が気に入らないんですか?」
「別に、そんなことは……」
「やっぱあれですかねぇ、先輩の愛しの花巻さんをそそのかしちゃったのが悪かったんですかねぇ」
「は? そそのかしたってなんだよ」
 ていうか、なんでコイツが俺の花巻さんへの想いを知ってんだよ。
「別に、僕は彼女に全く興味がないんですけどね。先輩を懲らしめるための良い材料だなって思って。ちょっと気のある素振りをみせたら、チョロいチョロい。とんだビッチですよあの女」
「材料って……。お前、嫌がらせのために、俺から花巻さんを奪ったのかよ!」
「興奮しないでくださいよ。お楽しみはここからなんですから」
「……?」
 勿体つけるような口ぶりで謳う深川に、ふと悪寒が走る。
「いやね。今日も、先輩なんかよりも僕の方が貴方を想ってますよ、みたいなこと言ったら、ホイホイついて来ちゃって」
「ついて来たって……?」
「ふふ。知りたいですか?」
 楽しそうに揺れる深川の瞳に、いよいよ嫌な予感が頭を駆け巡る。
「何を……」
 まさか、花巻さんは既にコイツの女になっているとか? このクソみたいな復讐劇に加担してるとか……?
「ぷ、呑気なもんですね先輩も。そんなことよりもっと楽しいことですよ!」
 口に出して呟いた途端、深川がケタケタと笑い出す。でも、よく見るとその目は全く笑っていなくて……。
 深川はそのまま、舞台俳優さながら踊るようにベッドから離れ、クローゼットに手をかける。
 何がしたいんだ、と疑問符を浮かべていると。
 ごと。
「な……」
 クローゼットから引きずり出されたそれは、まぎれもなく話題に上がっていた彼女だった。


「おい起きろって」
 ばちり!
 深川が、横たわっていた彼女の頬を容赦なく叩く。
「な、なにしてんだ、お前……!」
「うぅ……」
 俺と同じく手足を拘束された彼女がうめき声をあげる。彼女も眠らされていたのだろうか。いや、それよりも。
「な、んで、裸……?」
 深川に髪を掴まれた彼女は、その身に何も纏っていなかった。
「はは。見てよ、先輩のアホ面。ほら、とっとと起きろったら!」
 深川が乱雑に彼女を揺する。そして、瞼を震わした彼女は深川を見た途端、可哀想なほど震え始めた。
「や、やめて、もうやめて……ッ!」
 何に対してなのか、懇願する彼女の体には、あちこち痣のようなものが見受けられた。頬も両方が赤く腫れていて、今叩かれただけでないのが窺える。
「ああ、うるさい女だな。ほんと。流石は先輩の趣味なだけある!」
「い、いやぁッ!」
 ばちり、ともう一度彼女の頬が叩かれた瞬間、我に返る。
「お前、何してんだ深川ァ!」
 叫び、ベッドの上から芋虫のように転がり落ち、転がってでもそちらへ向かおうとする。が。
「まぁ待ってください。それ以上近づいたらこのナイフでこの女を一刺ししちゃいますよ?」
「は?」
「ひっ」
 どこから取り出したのか、彼は彼女の喉元にナイフを宛がい、俺をせせら笑う。
「お前……、待て、正気か?」
 今までのことは、冗談なのではないかとどこか油断していた。いくらなんでも同僚がこんな犯罪まがいのことをするはずないと思っていた。だが。
 彼女は確かに暴力を加えられていて。深川に対して異常なほどの怯えを見せているのだ。
 彼女の露わな姿に吐き気を覚える。あんなに恋焦がれていた彼女の裸体。それが今、目の前にあるというのに。全くもって吐き気しかしないのだ。
 ああ、これは、本当に現実なのか……? 夢だったり、新手のドッキリだったりしないだろうか……。
「ほら、花巻サン、アンタからも何か言ってやんなよ」
「た、助けて……。浅木くん……」
 神に祈るように弱々しく吐かれた言葉。それに嫌でも応えたい気持ちはある。けど!
 助けてって言われても、今の俺じゃあ……。
 いくら手足を動かそうとも、紐が千切れる様子はない。ならば……。
「な、何が望みなんだ、深川」
「あはは。少しは賢くなってきましたね、先輩。でも残念。僕にこれといって望みはないんですよ?」
「待て、俺にできることだったらなんでもやるから、なんなら俺を殺したって……殺したって構わない! も、元々は俺のことが憎くてやったんだろ? 彼女は関係ない、だから、いい加減放してやっては……んぐ!」
 言い終わる前に、近づいてきた深川が俺の腹を思い切り蹴り飛ばす。
「ねえ、先輩。簡単に殺したっていいなんて言わないでくださいよ、面白くないッ!」
 痛みに這い蹲った俺を足で転がし、仰向けにした深川は、腹を目掛けて容赦なく足を踏み下ろす。
「ぐあッ!」
 口から内臓が飛び出るんじゃないかと思うほどのキツい痛みに転げまわる。マジで、本当に、コイツ、イカレてる……。
「先輩は、もっとみっともなく足掻いてくれなきゃ。絶望してくれなきゃ! 今日を楽しみにして毎日耐えてきたんですから。ご褒美をくださいよ。ね、ね、先輩。そんなに花巻サンが大事ですか? 自分の命を差し出すほどに?」
「あ、当たり前、だ……。俺は、彼女が好きなんだから……」
「あっは! 花巻サン、今の聞きました? 情熱的な告白ですね! でも、花巻サンも災難でしたね。だって、そうでしょう? 先輩が貴方を好きじゃなかったら、こんなことにはならなかったのに、ねぇ?」
「え……?」
 彼女は呆然とした後、憎しみの込もった表情で俺を睨んだ。
「あ、んたのせいで、私は……ッ」
「ま、待ってよ花巻さん……! 悪いのは明らかにコイツで、俺はただ……」
「うるさい! あんたさえいなければ、こんな目に遭うこともなかったのよッ!」
 空気を震わすほどの金切り声が俺を責め立てる。目の前にいる彼女は本当に俺が憧れた花巻 美千留なのだろうか。そう思うほどに、今の彼女は醜く見えた。
「ふふ。あはは! 想い人に恨まれる気持ちはどうですか、先輩?」
「お前、彼女に何を……」
 彼女がこんな風に足り乱すのには何か理由があるはずだ。よっぽど酷いことをされたんじゃないだろうか……。
「聞きたいんですか? 悪趣味ですねぇ」
「やめてッ!」
「おや、残念。彼女は聞かれたくないようですよ」
 よっぽど聞かれたくないのか、深川のセリフに被せるように、彼女の拒絶が飛んでくる。
 彼女の表情は、憎しみや羞恥、悲しみ、苦しみでぐしゃぐしゃに歪んでいた。それが全て深川のせいだと思うと……、怒りを通り越して怖さを感じざるを得ない。
「お前は、ほんとに、深川なのか……?」
「ぷ。馬鹿な質問を。……まぁいいや。先輩には教えてあげましょう。特別ですよ?」
 そう言った深川が芝居掛かった動作で机の引き出しを開け、何かを取り出し戻ってくる。
「ほら」
 目の前で嬉しそうに広げられたそれは、数枚の写真。促されるままに目を移すと。
「うわッ、なんだ、これ……ッ!」
 そこに写っていたのは、“人だったもの”。すなわち、切り刻まれて、ばらばらになった……。
 吐き気がした。人の目、髪、肉、骨、血……それらが写っている写真は、普通の人間が見ていいものではない。間違っても、深川のような笑顔は浮かべられない。
「何って僕の趣味ですよ。これが、これこそが本当の僕なんですよ。人を甚振るのが大好きな殺人鬼」
「そんな、嘘……」
「嘘だなんて心外だなぁ。僕は普通に殺りますけど?」
 こんな風にねっ、とつぶやき軽く腕を振る。すると、彼の手に握られていた何かが、素早く花巻さんに飛んでいき……。
 さくっ。
「いやああああ、あああああッ!」
 彼女の奇声に首を向ける。彼女の腹には、銀色に鈍く光るダーツの矢がぐっさりと刺さっていた。そこから滲む真っ赤な血にぞっとした。
 これは、現実なのか?
「あ~、外れちゃった。残念」
 振り返った俺と目が合うと、深川はにこりと微笑んだ。
「な、彼女の手当てをっ……」
 尚も「痛い痛い」と悲鳴を上げている彼女に近づこうとするが、深川に蹴り飛ばされて床を転がる。
「そんなことより、ちゃあんと僕の遊び相手してくださいってば先輩」
「うぐっ」
 どかっ、と俺の上に深川が腰を下ろす。
「お前、いい加減に……」
「痛いいいいいいッ! 早く、助けて、死ぬ、死にたくな――」
「うるっさいなぁ」
 さくっ。
 彼の手から二投目が放たれる。それは、彼女の肩に刺さって。
「―――ッ!」
 彼女は言葉にならぬ断末魔の悲鳴を上げる。
「や、やめろっ!」
「え~、どうしよっかなぁ。これはこれで楽しいんだけどなぁ」
「お前……。この外道が!」
「え~、先輩に言われるなんて心外ですね。それに、人にモノを頼むんなら、もっと丁寧にしてくれなきゃ。先輩っていっつも偉そうなんですよ。僕たち後輩のことなんてゴミ扱いですもんね。先輩って後輩たちからの評判、かなり悪いんですよ。知らないでしょ」
 ……知らなかった。こいつに当たってる自覚はあったが、他の奴らからの評判も悪かったとは……。
「先輩って他人の心を抉るのが上手いですよねぇ。嫌味ばっかりグサグサ刺して。自分ではハキハキと後輩のために叱ってやってるって思ってるかもですけど、もっと相手の立場を考えるべきじゃあありませんか? 叱られて伸びる人なんて早々いないですよ。これだから自分をできる男だと勘違いして偉そうにしてる人間は」
「う、でもお前らは、叱んないとわかんないから、俺が言わないと……」
「あのですねぇ。叱りつけて後輩を萎縮させて従わせる時代は終わったんですよ。先輩ってば年の割に古くさいんですよねぇ。まだ二十八じゃなかったですか?」
「そう、だけど……」
 ちなみにこいつは新入社員なので確かまだ二十三だ。五歳も年下の奴にこんな風に言われてムッとしない訳がない。大体、今どきの若い奴らは皆軟弱で、へらへらしてて……。
「先輩だけが正しいわけじゃないですよ」
「なに?」
「それが社会だなんだって先輩は僕をいなそうとする。でも、僕はそんな社会なんて大っ嫌いです。だから」
 一呼吸おいて深川は微笑む。
「僕が気に入らないものは全て排除するんです」
「そ、それこそ正しくないだろっ」
「え、何言ってるんですか。僕の人生の主人公は僕なんだから、僕が正しいんですよ」
 当たり前だという顔でこちらを見つめる深川に狂気を感じる。
 普通なら、つらつらと文句を並べられた時点でブチ切れている。だが、この状況下では流石の俺でも強気にはなれない。それに。
 確かに、悔い改めるべき行いをしていたのかもしれないと思い知らされた。今までこんな真正面から反撃されたことがなかったから気づかなかったが……。
 今の彼を見て、正義がわからなくなった。自分の正義も、周りから見れば彼のように独りよがりのものだったのかもしれない。
 信じてきたものが壊れてしまう心細さに押し黙る。
「あれ、もしかして反省しちゃいましたか? ぷぷ。先輩にも人の心があったんですねぇ」
「お、お前は……」
 お前こそ人の心はないのかと問いたかったが、とても口にはできなかった。
「ま、とにかく。先輩もモノを頼むんならもっと丁寧にお願いしてもらわないと」
 そうだった。こうしている間にも彼女のうめき声が弱くなってゆく。
「頼む、彼女の手当てを……」
「え~、なんですかぁ?」
 俺から降りた深川が、楽しそうに足で俺を仰向けに転がす。
「ぐえ」
 そのままぐいと胸元を引っ張られ、上体を起こされる。起き上がってみると改めて手足の拘束感が辛い。
 ぱっとシャツから手を放され支えを失った俺は、体を保とうと腹筋に力を入れる。手首の拘束は相変わらず解ける気配がない。
「先輩。もっと可愛くお願いしてもらわないと、ねぇ?」
「可愛くって……」
 目を細めて悪い顔をしてみせる深川にたじろぐ。一体俺はどうすれば正解なんだろうか。
「ほら、早くしないと彼女死んじゃうかも」
「っ、おねがい、します……」
「なんかフッツーですね。もっとこう、『お願いします、深川サマ』みたいな」
 おめでたいことに、深川が裏声を使って自演する。正直、俺がそんなことを口走っても気持ち悪いだけだと思うのだが。
「ほらほら、言ってみてください」
「っ……、わかったよ。お、お願いします、深川さま……」
「う~、これまたビッミョ~ですね」
 人が恥を忍んで言ったというのに、深川は苦虫を潰したような顔をする。
「どうすれば……、俺が何をすればお前は満足してくれるんだ……」
「ふふ。先輩だったらきっと『聞く前に少しは自分で考えろ。お前は考えることすらできないのか?』って言うんでしょうねぇ」
 言いそうだな、と心の底で思った。そう考えると、俺はつくづく嫌な上司だったのかもしれない。
「頼む、深川……。俺のせいで、彼女を殺すなんて、やめてくれ……!」
「いいですよ。でも、そうだなぁ。代わりにここで抜いてみせてよ」
「……は?」
 聞き間違いかと思い、聞き返す。が、どうやらそうではないらしい。
「自分でやれって言ってんの。わかるでしょ、先輩」
「ッ!」
 すり、と俺の股間を撫で上げた深川に短く叫ぶ。
「わかりましたか? 先輩」
「じ、冗談、だろ……?」
「冗談だと思うんならやらなくても構いませんよ。まあ、花巻サンは助からないだろうけど」
「わ、わかった、やるから!」
 藻掻き苦しむ彼女を見て、慌てて答える。迷っている暇はない。このままでは本当に彼女が死んでしまう……。
「じゃ、決まりですね」
 微笑んだ深川が、手足に巻かれたビニール紐をハサミで切る。
「っ!」
 チャンスだと思った。手が自由を取り戻した瞬間、深川に殴り掛かる。が。
「危ないなぁ」
「い、痛いっ!」
 あっさりと躱され、よろけたところで、後ろから腕を捻り上げられる。
「今度そんな反抗的な態度取ったら、アンタもコイツも迷わずぶっ殺しますよ?」
「……わ、わかったからッ!」
 解放された瞬間、べしゃりと地面に転がる。
 駄目だ。コイツ、俺より反射神経いいし力も強い……。クソ、腕がめちゃくちゃ痛い……。
「ほら、花巻サン。今から先輩がいいもの見せてくれるってさ。楽しみだねぇ」
「あ、あああ……」
 すでに意識を失いかけている彼女の髪を引っ張りながら、深川が笑う。
「早くやらなきゃほんとにコイツ死んじゃいますよ?」
「っ……」
 冷たい言葉が俺に追い打ちをかける。迷っている暇なんてなかった。
 ズボンに手を突っ込んで、自分のものを触る。
「なにやってんですか。ほら、ちゃんと見せてくださいよ」
 深川が無慈悲に下着ごとズボンをずり降ろす。
「うう……」
 最悪だ。花巻さんの前で、こんな……。
「ああ。緊張してるんですか? 全然気持ちよさそうじゃないですね」
「う……」
 こんな状況で興奮できる方がすごいだろ……。
「は~。そんなんじゃ全然終わりませんよ? わかってます?」
「っ、そう言われても」
「しょうがないですね。最初だけですよ」
「は、何して……ッ!」
 深川の手が触れ、いい感じにそれを擦り始める。
「トロい先輩の手助けですよ。優秀な後輩のサポート、嬉しいでしょ?」
「や、めろ……ッ」
 イケメン特有の骨張った指が、いやらしい手つきで動く。背徳的なその光景から目を逸らすが、見ていなければ見ていないで、彼の一挙一動に過剰に反応してしまう。
「まだ怖がってんですか? さっさとイけば終われるってのに」
「う……」
「ほら、花巻さんも見てるんですよ?」
「あ……ッ」
「ぷ。今ので興奮したんですか? 変態じゃないですか」
「う……。もう、許してくれ……」
 じわじわと襲い来る恐怖と快感が気持ち悪い。こんな状況で感じるなんて、本当に変態みたいで……。
「今更。先輩が悪いんでしょ。僕なんかに喧嘩売るからさぁ」
「う、あ……」
「気持ち良くなってきたんですか?」
「謝るからっ、俺が悪かった、からっ」
「つまんないこと言うな」
 構える暇もなく、ばちり、と頬を叩かれる。
「う……」
 叩かれた頬がじんじんする。なんで俺がこんな目に……。
「謝って済む問題じゃないんですよ。は~、ほんとわかってないなぁ。素直に謝られてもねぇ。がっかりしましたよ」
「な、なんでだよ! 俺が、謝ってんのに……」
「ほんと、馬鹿ですね」
 ざくっ。花巻さんの体にダーツが刺さる。
「あああああああああああああああ!」
「ひっ」
 恐ろしい悲鳴を前に、俺はどうすることもできなかった。
「先輩、口開けてください」
「な、なに……」
「早く」
「うう……」
 恐る恐る開けた口の中に、錠剤を乗せられる。
「飲んで」
「これ、なんの……」
「あんまり怒らせないでくださいよ?」
「わ、わかったから」
 渡されたペットボトルの水を口に流し込む。
「よくできました」
「……」
 得体のしれない薬の正体も怖いが、何より、視界の端で真っ赤に染まった彼女を確認するのが怖い。俺の頭を撫でる深川が怖い。
「あれ、大人しいですね。あは、泣いてるんですか?」
「ん……」
 頬を撫でられただけだというのに、ぞくりと体が震える。
「あ、ほんとにこの薬効くの早いんだ」
「んあっ!」
 かぷりと耳を食まれた途端、体中に電撃が走る。
「気持ちよくなってきたでしょ?」
「あ、なんか、駄目ッ~!」
 するりと深川の指が全身をなぞってゆく。どこに触れられても体が震えるほど気持ちよくて……。
「んんっ……」
「ああ、自分で触ろうとするなんて。悪い子ですね」
「あっ」
 無意識のうちに己のものに触れていた手が取られる。そして、抵抗する間もなく再び手首を縛られる。
「は……。待て、これ、おかしい……」
「あ~あ。もうこんなぐしょぐしょになって」
「は……あっ」
「自分で触りたいでしょ?」
「うう……」
 触りたい。のに、深川は俺の手を掴んで離さない。
「それとも、僕に触られたい?」
「あ……」
 ごくりと唾を飲み込む。そうしないと、とんでもないことを強請ってしまいそうで。
「こんなとこ触られても、感じちゃうでしょ?」
「は? そんなこと……」
 深川の指が、胸に触れる。女にするような手つきで触れる深川に疑問符を浮かべたのだが……。
「本当に? なんともない?」
「は、あ……。なんか、変……。い、痛いっ、摘まむなって」
「じゃあこれは?」
「んっ、な、なに? 今度は撫で……? んっ、くすぐったいって」
「じゃ、これは?」
「は、あ……ッ!」
 かり、と深川に乳首を食まれた途端、甘い痺れが突き抜ける。
 なんだ、これ……。そんな、男が胸触られて感じるわけ……。
「ぷ。先輩、女みたいですね」
「ん、ああ、深川っ……、や、め、胸ッ、変ッ……!」
「あーあ。みっともない顔。ほら、愛しの花巻サンが見てますよ?」
「あ、うう、駄目、早く、病院……」
「だから、先輩がちゃんとイかなきゃ」
「んっ、ああ、それ、う、もっと、強く摘まんで!」
「やですよ。強くしちゃ先輩イっちゃうでしょ」
「イかなきゃ、って……」
「そうですね。だったらもっとおねだりしてくださいよ。みっともなくね」
「じゃあ、もう、縄、解いて……」
「自分でするつもりですか?」
「ん」
「はは。させるわけないでしょ。先輩がトロいのがいけないんですよ?」
「あ、じゃあ、も、いいから、触って……」
「あれ、もうプライド捨てちゃったんですか?」
「頼む、から……。なんか、体、熱くて、もう……」
「わかりました。そこまで言うんなら」
「ひ、なに……!?」
 うつ伏せに押し倒されて、ぺちぺちと尻を叩かれる。
「どうせならここも使ってあげようかなって」
「は……?」


 深川の指が縦横無尽に腹の中を動く。
「優しくしてあげてるんですから、感謝してほしいですね」
「う、うええ、き、気持ち悪……」
「我慢してください」
「い、うう……」
 異物が入り込むその感覚に汗が滲む。
「そりゃまだ慣れませんよね。でも、一応ローションにも媚薬入ってんですよ?」
「こんなの、おかしい……」
「そのおかしい行為をずっと花巻サンは見せられてるんですけどね」
「うう~」
「ほら、こっちもやってあげますからね」
「あ、んっ……」
 前を擽られた拍子に、甘い息が漏れる。
「うわ。ケツに指突っ込まれといて、よく喘げますね」
「っ……」
「変態」
 ぱちり、と軽く尻を叩かれた瞬間、体がぞくりと震えだす。
「あっ!」
「わ~。キモい。ほんとにソッチの気あるんじゃないですか」
「ちが、こんなの、しらな……」
「こういうのも使ってたりして」
「は? なに、して……ひっ、や……!」
 指が抜かれたかと思うと、そこに指より太くて固い物が押し込まれる。
「すっご。玩具、ずぶずぶ飲み込まれてく……」
「う、や……、ひっ」
「いいとこに当たってます? おいしそうに咥えちゃってまあ」
「ぬ、抜け、これ、早く……ッ。あ、これ、固くて、中、当たって、締まる……ッ」
「ああ、焦らないでくださいよ。今スイッチ入れますからね~。ハイ」
「は? なに、ッ~!」
 突然、中に入ったそれが激しく唸りを上げる。
「これ、怖いッ、や、深川ッ……!」
「ほら、これなら無能な先輩でも一人でイけるでしょ?」
「ああッ! これ、む、むりッ……!」
「はは。涎垂らして、気持ちよさそうじゃん」
「うう、あっ、もう、むりっ、い、イきたい……」
「イきたいんですか?」
「い、イく、~ッ!」
「まだ駄目ですよ」
「っは……?!」
 ばちり、と突然思い切り頬を叩かれ、視界が眩む。
「ほんと馬鹿犬ですね」
 絶頂を感じ取るより先に、ずるりと玩具が引き抜かれる。
「あ、う……。なんで……」
「それは、何の涙ですか?」
「ふ、深川……」
 目の前の男が怖い。だけど、ここまで来て欲を抑えきれない。
「で、どうして欲しいんですか? 先輩」
「も、これ、解いて……」
 ばちっ。頬が叩かれる。
「違う」
「うう……、じゃ、どうすればいいんだよ、俺は……」
「何が欲しいんですか?」
「何って……」
「僕が挿れていいんですか?」
「あ……」
 ごくり、と喉が鳴る。でも、まさかそんなこと、口が裂けても……。
 ばちっ。頬が叩かれる。
「返事!」
 ああ、どうせ言わされるんだ……。だったら、もう……。
「あ、うう……。いい、からっ」
「は?」
「っ……。い、いれて、くだ、さい……」
「じゃあ、自分で穴広げてみて?」
「うう」
 拘束が解かれる。ここでもう一度深川に殴りかかる度胸は俺にはなかった。
「ほら、ここでしょ」
 手を取られ、導かれる。そうだ、ここだ……。ここに、もっと……。
「ん、んん……」
「うわ、ちょっと。自分でしないでくださいよ」
「あ、はぁ……」
 ぐじゅぐじゅと音を立てて中をかき乱す。もうイきたい。もう……。
「自分の指だけで足りるんですか?」
「……」
「これ、欲しくないですか?」
「は……、もう、よくわかんな……」
「欲しいんだったら、わかりますよね?」
「ん……」
「もっと腰上げて。僕にちゃんと見えるように。そうそう」
「んう……」
「は。今自分がどんな格好してるかわかってます? 先輩」
「ん……」
「ふふ。ほら、花巻サンにも見せてあげたら? 先輩の穴、こんなにひくひくして……。見てよ、僕の指が触れた途端、嬉しそうに吸い付いてくる」
「あっ、ん、もう、早く、深川……」
「あ~あ。僕の指使わないでくださいよ。腰、揺れてますよ。全く。はしたない先輩ですね」
「はぁ……う、深川ぁ……」
「僕が欲しいんですか?」
「ん、欲しい……」
「うわ、エロ。先輩さぁ、そんな声、駄目ですよ……」
「……?」
「先輩は憎たらしいままでいてくれないと」
「は、ぁ……」
「って聞いてないか。ほら、挿れてほしいんだったら手、退けくださいよ」
「ん……」
「アンタ、プライドってもんがないんですか? 後輩に尻つきだして」
「うう、お願いだから、もう、欲しい……早く……」
「どうしようかな」
「あああっ。だめ、そこ、あ、はああ~、ッ!」
 両方の乳首を同時に強く摘ままれた瞬間、その強い刺激に連動して体が震え、欲を吐きだす。
「あれ、胸摘まんだだけでイっちゃったんですか?」
「あ、うう……」
「ほら、崩れない。ちゃんと膝立てて!」
「あっ、今、イったばっか……ッ」
「そのくせにほら、まだ元気でしょ」
「あ、触るな」
「ね、ココはもういいの?」
「う、あ……」
 深川の指が中を掻き回す。それだけで勝手に腰が動き、欲を感じ取る。
「も、怖い……。こんなの、変だ……」
「先輩が変なんでしょ。男にこんなとこ弄られて息荒くして」
「んっ」
「もう普通の行為じゃ満足できないね」
「う……、もうやめ……」
「ね、今度こそ挿れようか?」
「あ……」
「それとも、やめます?」
「うう、い、れて……」
「違うでしょ? 先輩」
「い、いれて、挿れてくださいっ……!」
「よくできました変態さん」
「あっ、あああッ!」
 一気に押し込まれたそれは、指や玩具よりも深いところを突いて……。
「ね、嬉しいですか?」
「あ、んん……」
「は、締めつけ過ぎですよ、馬鹿犬先輩!」
「ああッ」
 突かれる度に、頭が真っ白になるほどの強い刺激が襲い来る。
「あ~。先輩の中に今挿入ってるとか、おもしろすぎ」
「ん」
「気持ちいい?」
「は……」
「ね、返事してよ」
 耳元で囁かれたせいで、勝手に体が震えあがる。
「っ、きもち、いい……。もう、ぜんぶ、熱い……。とけそ……」
「……」
「深川……? ッああっ!」
 黙り込んだ深川を不思議に思っていると、入ったままに体勢を変えられる。互いに向かい合い、顔が見えるようになったせいで、深川のイケメン面が複雑に歪んだのが見えた。
「はは。あほ面。先輩のそんな蕩けた顔、見たくなかったなぁ」
「あっ、ふ、かがわぁ……」
 それはこっちのセリフだ、と言いたかったのだが、呂律がどうにも回らない。
「僕の名前しか呼べないんですか?」
「ん、ああっ。深川っ、は。も、いく……、も、いかせて……」
「っ、ちょ、先輩、締め過ぎですってば」
「んんっ、あっ、熱いッ」
「先輩、僕にこんなことされて、女みたいに喘いで。相当恥ずかしいですよ?」
「んっ」
「ほら、彼女を助けたいんなら、自分でしなきゃ。僕にされるがままじゃ駄目でしょ」
「ん……」
 再び体勢が変えられ、深川の上で腰を振る。
「そんなんじゃ気持ちよくないでしょ。もっと腰使って動かなきゃ」
「は……。んんっ。あ、はァ……!」
「そうそう。自分で加減して」
「あっ。あああ。はあっ」
 この体勢、深くまで届くから、ヤバ……。もっと、もっと……。
「はは。僕のことあんなに貶してた先輩が、今自分で僕のを咥え込んでんですよ?」
「んっ」
「どうですか。嫌いな後輩の味は」
「も、いきたいって……」
「違うでしょ」
「あ、んっ!」
 きゅ、と胸を抓られ、体が引き攣る。
「嫌いな部下の上でこんなことして、どうなんですか?」
「あ……。きもちいいって、ふかがわ……、きもちよすぎて、おかしく、なる……から、触るな、って」
「体も馬鹿ですね」
「は、ああっ!」
「ほら、もっと彼女に見せてあげましょうよ。先輩の醜態」
「ん……」
「どうしました? 助けたいんでしょ? ほら、彼女もあんなに息を荒くして……先輩?」
 深川が怪訝な目をする。が、それに構わず深川の頬を両手で包み、正面を向かせる。そして。
「え、先輩?」
 気づいたら、深川に口づけを落としていた。
「っ、お前が、悪い……」
「え?」
「よそ見、するから……」
「っ」
「も、限界って……。だから、その、早く……」
「先輩、僕のこと嫌いなくせに、よくキスできますね」
「ああ、嫌いだ……。お前なんか……」
「はは。でも欲望には抗えないんだ」
「お前だって、もう、余裕、ないくせに……っ」
「いいですよ。そんなに言うんなら、お望み通りやってあげますよ」
「……ッ!」
「僕を煽ったこと、後悔して泣いても、やめてあげませんからねっ!」
「あ、はああっ! う、深川っ! やばい、気持ちいッ……!」
「っ……。んとに、性悪ですよ! 浅木、先輩……ッ!」
 深川の顔が色っぽく歪む。それが妙にぐっときて、コイツに抱かれるのも仕方ないのかもしれないと思ってしまった。もっと欲しいと思ってしまった。



「ん、あれ。っと、ここは……」
「あ、起きました?」
「深川……?」
 目を擦りながら深川を見ると、ふいと目を逸らされる。
「まだ起きない方がいいですよ。体、痛いでしょうから」
「……あ」
 自分が何も身に着けていないのに気づき、記憶が蘇る。そう、あの忌々しい記憶が。
「お前……、よくも……」
「後処理はできる限りやってあげましたけど、その調子じゃ大丈夫そうですね」
「大丈夫じゃない! よくも人の体をねちねちずこばこと……! って」
「ん?」
「お前、花巻さんは……?」
 周りを見回してから青ざめる。
「なあ、あれは夢だよな……。えっと、どこまでが本当だ……? ええと」
「花巻サンならいませんよ」
「なんだ……。そう、だよな。お前の家にいるはずがないもんな……。はは、俺、何言ってんだろ……」
「そうですね。あんなオブジェ、僕の趣味じゃあないんで。さっさと捨ててきちゃいましたよ」
「え……?」
「ほら、これですよ」
「ひっ……」
 差し出されたスマホの画面を見て言葉を失う。
 そこには、無残な姿になった花巻さんが写っていた。
「花巻サンは先輩のおまけですからね。趣味じゃなくて当たり前ですよね」
「お前、なんで……」
「もう忘れちゃったんですか? 全く、言ったことは一度で覚えてくださいよ」
「待て、言うな。俺は知りたくない、何も知らない……! 深川……!」
「駄目ですよ。先輩には僕のこと、ぜーんぶ知ってもらわなきゃ。だって僕の上司でしょ? 知りませんでした、は通じませんよ」
「深川……、俺は……」
 俺の頬を引っ掴んだ深川がにこりと微笑む。
「先輩。僕はね、殺人鬼なんですよ。狂った人間。人を甚振るのが好きで、甚振られるのは嫌いなんです」
 ああ、そういえば最近よくニュースで報道されていたな……。バラバラになった遺体が発見されたとかって……。まさか、コイツがこんなに真っ黒な人間だったとは。
「深川、許してくれ……。もう、俺は……」
「やだなぁ。僕はもう先輩のこと、嫌いじゃないんですよ」
「っ、深川……!」
「むしろ……」
「ッ」
 深川の指が尻を撫で始める。その撫で方がまたねちっこくてじれったい。
「ね、先輩。もう一回してもいいですか? 僕ね、先輩のこと、癖になっちゃいそうです。人をばらばらにするより興奮するかも」
「ふ、深川っ……」
「先輩は? どうですか? 無理強いはしません。だから、答えて?」
 耳元で囁いた深川が、撫で回すのをやめた指をひたと穴に添える。それだけで、熱が再び体を突き動かして……。
「っ。俺は……」
 どきどきと脈を打つ欲に耐え切れず、深川の指をつぷりと沈ませる。
「自分から押し込むなんて。変態ですね。あれで足りなかったんですか? それとも、まだ薬が効いてる……?」
「なんでも、いいだろ……。もう、なんでも、いい……」
「さすが無能な先輩。考えることをやめちゃうなんて」
「あっ……」
「全部馬鹿になって。可愛い」
「んっ」
「これで、先輩も普通じゃなくなっちゃいましたね」
「深川ぁ……」
 襲い来る欲の波に体を震わせながらキスを強請る。
「しょうのない人ですね」
「んっ……。はぁ、ん……ッ!」
 合わさった唇に夢中になっていると、押し倒されて体が重なる。
「はは。すんなり挿っちゃいますね。一応ローション塗りましたけど、痛かったりします?」
「ん、痛く、ない……。それより、気持ちいい……。頭、おかしくなりそうだ……」
「ほんと、可愛くなっちゃって。はぁ~。先輩のこと、あんなに嫌いだったのになぁ」
「っは……。それは、今、俺が好きって、こと、か?」
「ああ。なるほど。そうかもしれない」
「お前の方が、よっぽど馬鹿だ……」
「はは。すごい。先輩に馬鹿呼ばわりされてもムカつかないや」
「ほんとに、馬鹿だ……」
「じゃ、先輩にはもっと馬鹿になってもらいましょう」
「ん……あッ! 深いッ! 強いって、ふ、かがわぁ! こわ、壊れるッ……!」
「僕が殺人鬼でも、一緒に居てくれます?」
「んっ、居るッ! 一緒に……! ふかがわ、ずっと……、一緒に、居て……ッッ!」
「僕のこと、好き?」
「す、きっ! ふかがわ、好きだからッ!」
 あれ? 俺は今何を口走ったのだろうか……。一瞬冷静になったが、激しさを増す行為に思考が途切れる。
「愛してますよ、浅木先輩」
 耳元で囁かれた愛の言葉の甘さに全部がとろける。
 ああ、俺はようやく部下に愛される上司になったわけだ。こういう愛され方は全くの予想外かつ不本意だけど。
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