アズアメ創作BL短編集

アズアメ

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(115.5)カナリアの独白

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 天才道化と優秀マジシャンの番外編。
 ハピエンとメリバの対比が好きです。
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 わたしは、メイに飼われて幸せだった。
 メイは、ペットショップで一番みすぼらしくて売れ残ったままのわたしを買い取ってくれた。
 彼の父親は「こんな出来損ないより、こっちの方がいいぞ」と一番高いインコを指さしたが、メイは首を振った。
「ボクはこの子がいい」
 そう言って譲らない彼に、とうとう父親は折れ、わたしを選んだのだった。

 メイは、いつもわたしの世話を進んでしてくれた。
 メイは、いつもどこか寂しそうだった。
「ボクもね、出来損ないなの。お父様は、ボクを可愛がってくれるけど……。お母様は、ボクを嫌ってる。ううん、怖がってる。ボクはね、お父様の子じゃないんだって。お母様がおばあさまに話してるのを聞いちゃった。「少し遊んだだけで出来ちゃった子」で、それがバレたらお母様は追い出されるんだって。お母様は、ボクが成長する度に怯えてる。どんどん「遊んだだけの男」に似てきてるんだって。お父様はまだ気づいてない。だからボクは愛されてる。けど、もしそれが知れたら、ボクは……どうなっちゃうんだろうね」
 メイは、悲しそうに笑った。わたしは、メイを励ますように優しく突いた。
「あはは。ヴィヴァーチェだけだよ、ボクの正体を知っても優しくしてくれるのは」
 そんなことないよ、きっとお父様だって、わかってくれるはず。
 そう言って励ましたかったけど、わたしはピィピィとしか鳴けない。
 人間の言葉が話せたら、もう少しメイを励ませるのに……。



「お父様! ヴィヴァーチェが!」
『芽衣、しょうがないんだ。ヴィヴァーチェは元から歳をとっていたからね。もう長くは……』
「そんな……」
 体が怠かった。どうやらもうじき寿命らしい。悲痛な声を出したメイに申し訳なさを覚える。
 わたしの名前、メイがつけてくれた「ヴィヴァーチェ」。意味は「活発に」。元気に生きられるようにって、メイがわざわざつけてくれた素敵な名前。
 だけど、わたしはメイより生きられない。せっかく名前を貰ったけど。申し訳ないんだけど、これは仕方のないことだ……。
『すみません、お取込み中失礼します。社長、賢者の石が……完成しました!』
『何?! 本当か!』
 突然現れた赤毛の青年にあからさまに気を悪くしていたメイの父親が、「賢者の石が完成した」と聞いて喜びを露にする。
『ああ、これでようやく……。クク、何でも出来る力など、ああ、どう使ってやろうか……』
「お父様、ねえ、そのなんとかの石って、何でも出来るの?」
『ああ。出来るとも。すごいだろう?』
「あの、だったら、ヴィヴァーチェを……人間にしてほしい」
『ヴィヴァーチェ?』
 首を傾げた青年に、父親が「このカナリアのことだよ」と答える。
「お父様、お願い……。一生のお願いだから……」
『ああ、メイ! 可愛い我が子! わかったわかった。お父様が叶えてやろう。君、出来るな?』
『ええと……。前例がないので何とも言えませんが……恐らく、そう簡単ではないかと……』
 どうやら、賢者の石も万能ではないらしい。話を聞くに、何でも出来る可能性を秘めているに過ぎないようだ。
 だが、父親はメイのお願いに本気で向き合った。
 そして、わたしはついに人間……擬きに姿を変えた。
 おかげで、メイと話せるようになった。それはとても楽しかった。
 でも、メイは納得していなかった。
「肌が羽毛に覆われてるなんて……。ああ、こんなの気持ち悪い! ごめんね、ヴィヴァーチェ。ボクがちゃんと完成させてあげるから」
 わたしは、メイに何度も訴えた。
 寿命が来るのは仕方がないこと。わたしはこのままでも充分嬉しいこと。メイを愛しているという事。
 だけど、メイは聞いてくれなかった。
「中途半端なままじゃ、きっとすぐに死んじゃう。完璧な人間にならなきゃ。ボクはヴィヴァーチェとずっと一緒に暮らしていたいんだ。だって、ボクだってヴィヴァーチェのことを愛しているんだから」
 メイは、嫌がるわたしに何回も実験を施した。そのせいで、もっと中途半端になった。人間の顔だったのが、鳥の顔になってしまったのだ。
 それを見たメイは嘆き、「やっぱり小鳥遊じゃないと駄目だ……」と彼を追った。
 その頃、メイは父親から愛されなくなってしまった。実の子でないことがバレてしまったのだ。
 母親と共に追放されることとなったメイは途方に暮れていた。
 でも、わたしはどこか安心していた。これでようやく無意味な実験が終わると思った。
 その頃には、わたしもこの実験でどれだけの仲間たちが死んでいったかを知っていた。
 このまま殺されても良いと思った。メイと一緒に行けるなら、もっと良いと思ったけど。それはきっと、メイのためにならないと思った。メイにはもうわたしを忘れて生きて欲しいと思った。メイを認めてくれる人間だって、きっとどこかにいるはずだから。
 だけど。
 メイの父親は殺された。
『メイ、これで怯えなくて済むわね』
 メイは、母親にそう囁かれて笑った。
 どうやら、彼女が父親を秘密裏に殺したらしい。
 結局、父親は事故死と片付けられた。父親は、周りにメイの正体をバラしていなかったために、メイは周りから同情されながら、この家の当主となった。
 そこから、メイは研究員や大金を自由に動かし、小鳥遊 朔夜を本格的に探し始めた。
 小鳥遊らしき人物がピエロに扮して各地を巡っていると聞き、メイは彼をおびき寄せるためのサーカスを作った。
「ヴィヴァーチェ、もうすぐだからね。ボク、頑張るからね。だから、いい子で待っててね」
 メイの言葉に首を振る。そして、「わたしも行く」と言ったら、メイは苦い顔をした。
「ヴィヴァーチェは、ボクを邪魔する気なんでしょう?」
「……どうして?」
「だって……。ヴィヴァーチェはボクのこと、もうとっくに嫌いでしょう? でも、ボクはキミを愛してる。キミが苦しむのをわかってて、自分のためにキミを人間にしようとしてる。けど、ボクはどうしても嫌だから……。キミが死ぬのを、見たくないから……。だから、やめないよ……?」
 メイは悲しそうに笑った。彼は自分が歪んでいることを理解していたのだ。
「邪魔なんてしないよ。わたしもメイに協力する。メイは頑張り過ぎだ。わたしだって、メイが苦しむのを見たくない。わたしだって、メイのことを愛してるんだ」
「ヴィヴァーチェ……」
 勿論、言葉に嘘はない。わたしは、メイを止められないことを理解していた。だったら、共に堕ちてあげるのが、せめてもの償いだと思った。
 それから、わたしたちはサーカス団に扮し、ピエロを迎え入れた。
 わたしはメイの代わりに団長を務め、あの手この手で彼から情報を引き出そうと試みた。これ以上メイを働かせたくなかったから。全身を覆い、人間らしく振舞った。
 小鳥遊は不思議な人間だった。研究員だったことを微塵も感じさせない程、ピエロが板についていて、本当に彼が小鳥遊か疑わしかった。
 彼は、唯一の成功個体であるカラスを気に入ったようだった。彼の反応を見るためにと連れてきたのが功を奏したらしい。
 それから、わたしは彼らの動向を探りながら、このサーカスごっこを楽しんだ。
 メイもカラスも、まるで本当に元々サーカス団の一員だったみたいに自然な毎日を過ごした。
 恐らく、これは皆の夢だ。この滑らかに続く平和な日々が覚めないようにと、何度願ったことだろうか。
 だけど、メイはそれに浸っていられなかった。……わたしの寿命が尽きるかもしれないという恐怖のせいで。
「どう? そろそろアレが小鳥遊だって確信が持てた? ボクも限界だよ。間違っててもいいからさ、さっさと捕まえちゃわない?」
 可愛らしく首を傾げたメイから目を逸らす。その瞳の奥は真っ黒に染まっていた。
 今まで、どうにか理由をつけて引き延ばしては来たものの、それももう限界のようだ。
 この頃にはもう視えていた。賢者の石の力で、彼らのやりとりを全て監視していたお陰で、小鳥遊本人であることに気づいてしまったのだ。
 楽しいサーカスはもうお終い。わたしがメイを裏切る訳にはいかない。
「ごめん、オルニス」
「カラス、くん……」
 船の上で、カラスが小鳥遊に麻酔を打つ。
 ああ、可哀想に。あのカラスはもうとっくに小鳥遊を愛している。自分でも気づいているのかいないのか。どちらにしても愚かなことに変わりはない。

 捕まった小鳥遊は、どれだけ手を尽くしてもこちらに従わなかった。痺れを切らしたメイはカラスを呼んで、小鳥遊を脅した。
 それでも彼らは抵抗した。隙を突いて、白い羽で飛んで行った。小鳥遊にどうして羽が生えているのかは分からなかったが、それは鳥のわたしから見ても羨ましい程美しかった。

 彼らに追いつくと、メイは再びカラスを人質に取った。
「随分とカナリアにご執心だね。でも、カナリアくんは冷めちゃったんじゃないかな?」
「あんまり馬鹿にするなよ? コイツを殺してしまいかねん」
 小鳥遊の言葉に、メイが声を低くする。メイは、本気でわたしを愛してくれている。それはこの上なく嬉しいことだ。でも、それがメイを狂わせている。その事実がわたしにのしかかる。
「だから。やるなら君たちで、だ。私は石を貸すことしかできない」
「なんだよ……。そんな簡単なことだったのか……。ああ、ヴィヴァーチェ。これでやっとお前を人間にしてやれる」
 確かに、その理論は間違っていないのだろう。もしかしたら再度実験をしたとき、雇われた研究員たちでなくメイがそれを行っていたら、この頭も鳥に戻らず済んだのかもしれない。けど、どちらにせよどうせ完全な人間にはならない。
 だって。わたしは、人間になりたいと思えないから。
 メイの本当の幸せは、わたしが人間になって長生きすることじゃない。
 メイは、これ以上わたしのせいで狂ってはいけない。
 わたしじゃ、メイを幸せにはできないから――。

「あ、アアアアア! 小鳥遊ぃイイイ!!!」
 メイは小鳥遊に非難の叫びを上げる。が、彼が悪いわけじゃない。
 悪いのはわたしだ。全部がわたしのせい。
 だから、わたしが全てを終わらせる。
 化け物になり果てたメイを大きな口で食らう。これで、愛しい主人はいつでもわたしと一緒だ。
 そして、空を泳ぎ、研究所に向かって降下する。
 人々の叫び声が聞こえる。『化け物だ!』『逃げろ!』『殺せ!』『助けて!』
 立ち向かって来る者や、研究データを守ろうとする者たちに狂気を見せつけ、追い払う。
 彼らもわたしたちの犠牲者だ。もうこれ以上この研究に固執しないよう、充分に脅してやらなければ。
 わたしと同じ失敗作の化け物たちが、ゲージの中で嬉しそうに鳴き喚く。だけど、わたしは彼らを食べることでしか、彼らを救ってやれない。
 化け物と賢者の石を十分に飲み込み、研究所を破壊する。
 きっと、わたしの選択は正しくないのだろう。
 わたしが、人間としてメイと幸せに生きる未来に自信を持てれば良かったのに。
 わたしは、弱い。でも、だからこそ、もう間違えない。


 大きな港町で、人々が旅芸人のパフォーマンスに熱狂する。
 老若男女問わず人気のピエロが手品を終えて一礼すると、割れんばかりの拍手が起こる。
 そして、入れ替わりで出てきた青年が今度は歌を披露する。その歌声は澄んでいる訳ではないけれど、何処か心に響く美しさを秘めている。
 人々もそれを感じ取っているようで、皆が口を閉じ、彼の歌に耳を傾ける。
 カナリアを嫉妬させるほどの歌声が止んだ時、再び皆が拍手する。
 それを聞いた二人は嬉しそうに笑い合う。
 その様子を見て、更に自分は嫉妬してしまうだろうと思っていたが、意外にも満たされた気持ちでいるから不思議だ。
 人間たちにバレないよう、こっそりと飛び立つ。
 ゆく当てなどどこにもない。けれど、彼らの幸せを祈りながら、このまま空を揺蕩う余生も悪くない。わたしたちは共に自由になったのだから――。
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