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食べ終わって皿は洗ってくれると言うので、あとは任せて風呂に入った。
浴槽に浸かりながら改めて思う。
佐藤は、私がいい訳じゃない。
ちょうどいいから私でいい、なのよ。
私、が!じゃなくて。私、で!なのよ。
この差は大きい。近くにいるから、楽だったからって適当に決めたに決まってる。
プロポーズとなっている言葉も、タコパで思いつきのように言った言葉だし、好きとかも言われてない。
男女のあれこれをするかと思いきや、結局、何にも進展してない。なんにも無さすぎて、逆に拍子抜けしたくらいだ。
下着とかも気にしなくなった。
今日も着替えに持ってきたのは、上が水色で、下が黒だ。なんかの女性誌で下着の色が違うと男の人は引くとか聞いたけど、見られなきゃ別に何色だっていいんだよ。
そこまで考えてふと、田中さんとか後輩女子のことが頭に浮かんだ。彼女たちはちゃんとこういう上下を揃えるタイプなんだろうなと思って、ちょっとモヤッとした。どうせ、女子力なしですよ。別にいいじゃんか。機能は一緒だし、つけてるんだからさ。
誰に責められた訳でもないのに、なぜだか無性に腹が立った。
腹を立てながら持ってきた水色のブラと黒いパンツをはく。鏡で見たらチグハグすぎて恥ずかしくなった。なんかすごく負けた感じがした。
リビングに戻ると、ドライヤーと櫛を持った佐藤が待ち構えていた。
「何してんの?」
「半乾きが気に入らない」
「は?」
促されるまま座ると、ブローが始まる。
「ブリーダーって、たぶんこんな気持ちなんだと思うわ」
勝手に始めて、背後でしみじみ言われた。
ブリーダーって、私、犬かよ。
ブリーダー佐藤は風速強でガンガン風を吹かせてくる。ブローが雑すぎて、髪が全部顔にかかって邪魔でしょうがない。
「雑すぎない?」
「乾けばいいだろ」
「私が犬だったら噛み付いてるよ」
髪を払って、ふと思う。
「……髪、切ろっかな」
「なんで?」
「邪魔じゃない?最近ちょっとうるさいかなって思って」
ドライヤーを止めて、佐藤が言う。
「俺、長いの好きだぞ」
「佐藤が好きって言ってもな」
「まあ、短くても似合うと思うぞ。割と何でも合うんじゃないか?」
振り返る。
「……あれ?佐藤ってやっぱり私が好きなの?」
佐藤が目をぱちくりさせる。
そのあと、眉間にぎゅっと力が入った。
「その結論、どっから来たんだ?」
「だって、すごい褒めるじゃん」
「褒めたら惚れてることになるのか?」
「なんかその言い方ムカつくな」
「なんでムカつくんだよ、じゃあ、もういっそ坊主にしろ。坊主も似合うぞ、きっと」
「極端すぎでしょ、本当に坊主にしたらどうするよ?」
「離れて歩けよ」
「そういう奴だよね、佐藤は!」
ドライヤーの温風が、また雑にかかる。
髪が乾ききる頃、佐藤が思い出したように声を上げた。
「あ、そうだ。来週、親父たちに挨拶行くから」
「……挨拶?いくの?」
「悪い。親に鈴木と結婚するかもって言ったら、挨拶来いってさ」
「展開早くない?」
「まあ、なんとかなるだろ」
軽いなぁ……。
「とりあえず、どうしたらいいの?服とかさ」
「いつも通りでいいだろ」
「え?でも」
「いきなり畏まってスーツで行ったら、笑われるぞ」
「……笑うかもね。陽気だもんな、陽子さん」
「やだー」って言ってお腹を抱えて笑う陽子さんが簡単に想像できた。
「だろ?だから、いつも通りでいいんだよ。俺達らしいし」
「……うん。そう、だね」
それでも一応、菓子折りを持って行こうということになって、駅前でピレーネを買った。
何でピレーネって思ったけど、「親父が好きなんだ」と言われると他に選択肢などない。
プレーンとチョコを何個か買って佐藤家へ向かった。
佐藤の家は相変わらずでかかった。
元地主だったとかで、とにかく敷地が広く、庭も立派だ。
屋根付きの門は、何度も目にしていても厳つい。
子供の頃から通る度に、何かを試されているような気持ちになって苦手だった。
「小学生の頃、佐藤の家をヤクザの家だとか言ってる子がいたな」
門を見上げて言うと、
「なんだそれ、ただボロいだけだわ」
佐藤が嫌そうな顔をしながら門をくぐった。
笑いながら、私も門をくぐる。今日は子供の頃とまた違う、複雑な気持ちになった。
門を抜けると、立派な日本家屋が目の前に現れた。
玄関までの道には石畳が引かれ、岩や低木がセンス良く植えられている。
「何度来ても、料亭みたいで素敵だよね」
佐藤はめんどくさそうに顔をしかめる。
「手入れが大変なだけだぞ?裏のもみじとか秋は地獄だ」
情緒もへったくれもないことを言われた。
そう言えば小学生の頃に、佐藤のおじいちゃんにお小遣いをやるから手伝えと、落ち葉拾いをさせられたことがあった。
当時は集めた落ち葉は庭で燃やしてたけど、最近は野焼きすると消防署に怒られるらしい。佐藤家は今どうしてるんだろう。
「ただいま」
佐藤が引き戸を開ける。
「いらっしゃ~い」
陽子さんの陽気な声が聞こえた。
佐藤の後ろに着いて玄関に入ると、光一さんと陽子さんの他に、なぜか私の両親までいた。
「は?え?父さん母さん、なんで?」
「なんでって、佐藤さんが『どうですか?』って言ってくださって」
父さんが答えた。
「いっぺんに済んだほうが楽でしょう?」
陽子さんが朗らかに言った。
確かに実感はすぐそこにはあるんですけど。
何か締まらない。
いいのかな。こんな感じで。
佐藤をチラリと見たけど、気にする様子もなく、さっさと靴を脱いで家に上がっていた。
緊張していた私からすると、拍子抜けするんですが。
「あー、これお好きと聞いたので」
私は、光一さんに紙袋を渡した。
袋を受け取ると、光一さんは顔を綻ばせた。
一見、背が高くて厳つそうに見えるけど、笑った顔が可愛らしい。
「わぁ由佳ちゃん ありがと!僕これすごい好きなんだよぉ」
「コーヒー入れなくっちゃ」と言って光一さんがルンルンで台所へ消えていった。
本当に好きらしい。
疑ってた訳じゃないけど。ちょっとほっとした。
「ささ、あがってあがって~!」
陽子さんが手招きした。
一休さんのとんちで出てきそうな虎の屏風を通り過ぎ、誘われるまま奥の座敷へと案内された
窓越しに庭を見ながら、長い廊下を歩く。
「こっちよ」と立派な床の間がある座敷に通された。
座敷には、大きな卓上が置かれ、その上には寿司とビールが並んでいた。
寿司は食べかけ、グラスにはビール。
既に宴がはじまっていたらしい。
座布団に座ると、陽子さんがグラスにジュースを注いでくれた。
光一さんがグラスを持って掲げる。
「ご唱和ください!」
『結婚おめでとうー!』
親たちが「わぁ」と盛り上がる。
酔ってるなこの人達。
光一さんと父さんが肩を組んで「サライ」を歌い出した。
「あの、まだ結婚してませんけど」
「いずれするんでしょ?なら同じじゃーん」
陽子さんと母さんがグラスを合わせてチンとならした。
さっきまで緊張していた私は、あまりの軽さに戸惑った。
「あのさ、これ『娘さんをください』とかやらないの?」
佐藤に聞くと、佐藤は眉間に皺を寄せた。
父さんを見ると、父さんはキョトンとした顔をして、母さんと顔を合わせた。
「それならね、もう言われたことあるもんなぁ」
「そうねぇ」
母さんが頬に手を当てる。
「……え?佐藤、もう言いに来たの?」
驚いて、佐藤を見た。
佐藤は慌てて首を横に振った。
「ま、覚えてないよねぇ。小学校一年生?二年生くらいかな?耕平くんが家に来てねえ。『由佳ちゃんをお嫁にください!』って言ったのよ。もう、すっごく可愛くて!」
「なあ、ビデオ撮っとけばよかったな~」
わっはは、と父さんが笑う。
えー……そんなことが?知らなかった。
佐藤を見たら、俯いて耳まで真っ赤だった。
酒のせいか、照れてるかは分からないけど。
なんだよ。私って、もしかしてめちゃくちゃく愛されてない?そう思ったら、にやけてしまった。
「なあなあ、ホントなのかい?」
私が佐藤を肘でつつくと、赤い顔をした佐藤が「うるせぇ」と私の手を払った。
「本当になっちゃったなー。耕平くん、由佳のことよろしく頼むよ?」
「……はい」
佐藤は短く頷いた。
その日の佐藤は、いつになく飲むペースが早かった。
挨拶も無事終わり帰宅すると、私はウェッジウッドのカップにコーヒーを入れた。
木製の庶民的なテーブルにマグカップを置く。
マグカップだけやけに品があってちょっと笑える。
「佐藤、コーヒー出来たよ」
呼ぶと「おお」と返事がかえってくる。
帰ってきてそうそうに上下を黒のスウェットに着替えた佐藤は、ベランダで洗濯物を取り込んでる。
生活感ダダ漏れの格好なんだけど、大きな背中を見て、悪くないかもと思えた。
「私さ、膝まづいてプロポーズされるの夢だったんだよね。山盛りの薔薇の花束とかでさ、アイラブユーとか」
佐藤の背中に向かって言うと、嫌そうな顔をした佐藤が振り向いた。
「正気か?」
本心から理解できないって顔してて、それが可笑しかった。
「柄じゃないのはわかってるけど憧れてたの。家でもイチャイチャしたりして、愛してるよ?とか言われたりとか、言ったりとか……」
佐藤の顔が歪む。
おい、その残念な人を見る目やめてくれない?
「要するに何が言いたいんだ?」
ちょっと苛立ったように言われて、ムッとした。
「要するに、なんか幸せって、どんなか分かった気がするってこと!」
苛立ち半分に言うと、佐藤はあからさまにホッとした顔をした。
「よかった……跪いてプロポーズしなおせとか言われたら、土下座しようかと思ってた」
洗濯物を取り込み終わって佐藤がベランダから戻ってきた。私の向い側の椅子に座った。
「そこはちゃんとはプロポーズしてよ」
「そのうち、気が向いたらな」
佐藤は言ってコーヒーを飲んだ。
気が向いたら、なんて言うけれど、そんな未来は訪れないだろう。
でも、それでもいいと思えるのだから、私もなんやかんや佐藤が好きなのだろう。
これが私たちの未来。
悪くないと思えた。
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