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side 高橋
4階の営業事務課。
広いフロアの端の方に鈴木のデスクがある。
ほぼ習慣のように営業事務課に来ると鈴木のデスクの方を見てしまうのだが、今日はいつもと様子が違った。
鈴木のデスクの隣。
前は、若い男性社員が座っていた。
でも今は男性社員の姿はなく、代わりに女性社員が座っていて鈴木の指導を受けている。
疑問に思いながら、俺の担当の山本さんのデスクまで行くと、何故かそこに鈴木のところにいたはずの男性社員がいた。
俺に気づいた山本さんが立ち上がった。
「あ、高橋さん。この子、今度から僕のところで指導することになった伊藤くん」
「伊藤です、よろしくっす」
「あ、ああ、よろしく」
山本さんに、にこにこと伊藤を紹介された。
指導担当が、変わるなんて良くあることだ。だが、俺は妙な確信を得ていた。
伊藤の軽薄そうな態度と目つき。
これはあれだな。なんかあったろ。
とりあえず、当たり障りのない対応をして当初の目的の「資料作成」を山本さんに頼んだ。
用事も済んで、自分の課に帰る途中、エレベーターを待ってるところで、「高橋さん」と声をかけられた。
伊藤だった。
わざわざ俺を追いかけてきたのか?
仕事しろよ、と思わず眉をよせた。
伊藤は気にする様子もなく、にこりと人好きする笑みを浮かべた。
「高橋さんって、鈴木さんの元カレって聞いたんすけど。本当すか?」
初対面でそれを聞くのか。
俺は顔がひきつりそうになるのを堪えた。
「誰に聞いたんだよ」
「誰でもいいじゃないっすか。それより、なんで別れたんすか?」
すました顔で聞いてくる。
いい度胸をしてやがる。
「お前に関係ねぇだろ」
拒否してみたが、引く気はないらしい。
「ありますよ。高橋さんなら余裕で鈴木さん奪えたのにーー」
って、奪うだとか。ふざけてんのか?
イライラする俺を更に挑発するように、伊藤はヘラヘラ笑みを浮かべたまま
「俺ほんと運ないなって思って」
と言った。
「鈴木結婚してるぞ」
事実を伝えてやる。
言いながら、胸が痛んだ。
もうすぐ別れて1年は経つというのに、まだ未練があるとか終わってる。自分に呆れながらも、伊藤を見据えれば、伊藤はさらに口角をあげていた。
「知ってますよ?人妻ってのが逆にポイント高いっすよねぇ。新妻って、初々しくてより燃えません?」
「ゲス野郎かよ」
俺は舌打ちをした。
こんな世の中を舐めたようなクソガキに鈴木がどうこうなる訳がねぇだろ。大人を舐めんなよ。
「なんでかおしえてやるよ、クソガキ!」
俺は伊藤に向き直る。
「俺が別の女に目移りして捨てられたんだよ!今でも未練タラタラだわ!」
ポーン、とエレベーターの音が聞こえた。
扉が開いて、人が降りてきた。
俺は、エレベーターに乗り込んで『開』ボタンを押しながら、伊藤に人差し指を向けた。
「今あいつは幸せなんだから邪魔すんな!で、てめーは近い将来、絶対ろくな事にならねぇから、そのメンタル改めろ!」
伊藤はポカンとしていた。
「っつーわけだから、資料作成よろしく!」
俺は『閉』ボタンを押してさっさとエレベーターを閉めた。
扉が完全に閉じると息を吐いた。
本当にろくでもねぇ。
これがジェネレーションギャップってやつか。
若者の無敵感に恐れおののきながら、俺はフロアに着くのを待った。
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