【完結】没交渉の婚約者より、図書館で会った人の方が素敵でした

ぽぽよ

文字の大きさ
5 / 5

ラスト

しおりを挟む

 レイチェルは息を呑んだ。
 好きになった人が、元婚約者だった。
 世界にこんな偶然があるだろうか。

 彼と一緒にいられる未来があったことに、胸が高鳴ったが、一瞬でその気持ちは降下した。
 もう婚約は解消してしまった。
 頭の中が混乱する。

「ま、まぁ、キリアン様でしたか。久方ぶりにお会いしましたね」

 なんとか平静を装って挨拶をしたが、心臓は激しく跳ねていた。

 彼がレイチェルを睨んだ。

「そんな悠長な挨拶してる場合じゃないよ!どうしてもっと早く名乗ってくれなかったんだ」

 顔を真っ赤にしてキリアンが声を荒げた。
 あの穏やかだった彼が、別人のようだった。
 何に怒っているのかわからず、レイチェルは困惑した。
 とりあえず落ち着かせようと、彼を宥めるように語りかけた。

「そんな、ハンカチを拾ったくらいでわざわざ名乗ったりしませんよ」

「それでも、君が名乗ってくれさえすれば、婚約解消にはならなかった」

 君のせいだ、と言われレイチェルは面食らった。

「わ、私のせいですか?」

「そうだよ!そしたら僕は解消を望んだりしなかった!」

 大きな声で喚く彼は、駄々をこねる子供のように見えた。
 レイチェルは唖然とした。

「そんなこと言われても、ハンカチを拾った程度で名乗るだなんて、恩着せがましくないですか?」

 お礼しろと言わんばかりに聞こえるし、言い寄っていると感じる人もいるかもしれない。レイチェルは、そんなふうに取られたくないから絶対に名乗りたくない。

「た、確かに、そうかもしれないが…それでも君が動いてくれたなら、こんな結果にはならなかった」

 理解を示したようにしたけれど、彼の主張は変わらなかった。どこまでもレイチェルのせいにしたいようだ。レイチェルは、少しムッとした。

「それいうなら、あなたが名乗っても良かったのでは?」

「男から名乗ったら、ナンパな男だと思われてしまうじゃないか!」

「それは、女性も同じだと思いますけれど…」

 レイチェルは顔をしかめた。
 先ほどからキリアンの主張は支離滅裂で、会話にならない。話しながらつま先を小刻みに動かしていたりと、落ち着きもない。

 酷く幼稚な男性に見えてきた。こんな人だっただろうか。図書館でのやりとりが幻のように感じた。今まで浮ついていた気持ちにすっと水を差された気分になった。

「そもそも、婚約者として少しでも交流を持っていたら、婚約解消はなかったと思いますよ」

 レイチェルが指摘するとキリアンは渋面をした。

「君だって交流を持とうとしなかったじゃないか!?」

 きつく睨まれ、吠えられた。いちいち大きな声を出さないと話せないようだ。レイチェルはキリアンの言葉に小さく頷いた。

「ええ。そうですよ。婚約してようがしてまいが、どちらでもかまいませんもの」

「え…」

 怒っていたキリアンは、今度は口をあんぐり開け間抜けな顔をした。

 怒ったり呆けたり、なんだか忙しない人だな、と思いながらレイチェルは続けた。

「お祖父様同士の約束ですし、経済的な提携もない。もっと早くに解消しておけば良かったと思うくらいです。わたし、婚約解消になって、何だか体も心も軽くなったようで快適に過ごしてるんです。だから、婚約解消に後悔も未練もないので、あなたがなぜそんなに怒っているのか、わからないんですが…好きな方と結婚するのですよね?良かったのではないですか?」

 安心させようとレイチェルは朗らかに笑った。
 一方、キリアンは顔を青くするばかりだ。

「そんな…き、君は…」

 キリアンは、まだ何か言おうとしていた。
 青ざめた顔で、縋るようにレイチェルに手を伸ばした。
 レイチェルは、手が届かぬようにすすっと距離を取った。
 あの日会ったキリアンは穏やかで優しそうだったが、今のキリアンは落ち着きがなく粗野で、発言も短絡的だ。

 レイチェルは面倒になった。

 キリアンは不満があるようだが、どうあったってこの婚約が覆ることはない。
 もう解消してしまったのだから。
 レイチェルは遮るように手を叩いた。

「ま、もう過ぎてしまったことはどうしようもないことですし、その話はこの辺でおしまいにして、せっかくの夜会を楽しみましょう」

「ちょ、待ってくれ、ぼくは」

「良いご縁がありますことを、お祈りしております」

 まだ引き留めようとするキリアンを無視して、出来るだけ人が集まっているところへ向かい人混みに紛れた。
 その後、レイチェルはキリアンに注意をはらいながら、馬車に飛び乗り帰ってきた。

 次の日、案の定キリアンが屋敷にやってきた。
 レイチェルは面会を希望された。
 レイチェルはキリアンと話すことは何もない。面会を拒否して、キリアンを追い返した。
 キリアンは納得していない様子だったが、全てが今更だ。

 レイチェルに、次の婚約の話が出ている。
 今度のお相手は、キリアンに比べ容姿はそれほど良くない。しかし、愛嬌のある顔をしており、物腰が柔らかく話しやすい。
 共通の趣味もある。
 レイチェルは、この婚約に前向きだ。
 彼のことは、時々思い出す。
 図書館で会った時のあの穏やかな笑顔。優しい瞳。

 もしかしたら、彼が運命の人だったのかもしれない。
 でも、運命だけでは幸せにはなれないことをレイチェルは知った。
 大切なのは、お互いを知ろうと努力すること。
 見た目で判断をせず、本質を見極めること。
 今度はしっかりと交流しよう。
 レイチェルは、そう心に決めた。


【おわり】
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

【完結】さようなら、私の初恋

蛇姫
恋愛
天真爛漫で純粋無垢な彼女を愛していると云った貴方 どうか安らかに 【読んでくださって誠に有難うございます】

婚約者の初恋を応援するために婚約解消を受け入れました

よーこ
恋愛
侯爵令嬢のアレクシアは婚約者の王太子から婚約の解消を頼まれてしまう。 理由は初恋の相手である男爵令嬢と添い遂げたいから。 それを聞いたアレクシアは、王太子の恋を応援することに。 さて、王太子の初恋は実るのかどうなのか。

僕の我儘で傲慢な婚約者

雨野千潤
恋愛
僕の婚約者は我儘で傲慢だ。 一日に一度は「わたくしに五分…いいえ三分でいいから時間を頂戴」と僕の執務室に乗り込んでくる。 大事な話かと思えばどうでも良さそうなくだらない話。 ※設定はゆるめです。細かいことは気にしないでください。

ひまわりを君に。

水瀬瑠奈
恋愛
ずっと好きだった君が見ていたのは、私じゃなくて親友だった。

君を自由にしたくて婚約破棄したのに

佐崎咲
恋愛
「婚約を解消しよう」  幼い頃に決められた婚約者であるルーシー=ファロウにそう告げると、何故か彼女はショックを受けたように身体をこわばらせ、顔面が蒼白になった。  でもそれは一瞬のことだった。 「わかりました。では両親には私の方から伝えておきます」  なんでもないようにすぐにそう言って彼女はくるりと背を向けた。  その顔はいつもの淡々としたものだった。  だけどその一瞬見せたその顔が頭から離れなかった。  彼女は自由になりたがっている。そう思ったから苦汁の決断をしたのに。 ============ 注意)ほぼコメディです。 軽い気持ちで読んでいただければと思います。 ※無断転載・複写はお断りいたします。

あなたは愛を誓えますか?

縁 遊
恋愛
婚約者と結婚する未来を疑ったことなんて今まで無かった。 だけど、結婚式当日まで私と会話しようとしない婚約者に神様の前で愛は誓えないと思ってしまったのです。 皆さんはこんな感じでも結婚されているんでしょうか? でも、実は婚約者にも愛を囁けない理由があったのです。 これはすれ違い愛の物語です。

【3話完結】愛する人の恋のため私は身を引きましょう。どうぞお幸せに。…なんて言うわけないでしょう?

リオール
恋愛
私は知ってるの。あなたには他に好きな女性がいることを。 愛するあたなの幸せが私の幸せ。 私は身を引くから、どうぞ彼女とお幸せに。 ……なんて言うと思うの?

私はアナタから消えます。

転生ストーリー大好物
恋愛
振り向いてくれないなら死んだ方がいいのかな ただ辛いだけの話です。

処理中です...