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002 賢者の書
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ホライズン公国へ向かう馬車の中で、マリアは賢者の書を読み耽っていた。
「なぁマリア、何がそんなに面白いんだ? 何を書いているかも分からない本を見て」
彼女の正面に座っているライデンが不思議そうに首を傾げる。これまでの会話によって、彼はマリアのことを名前で呼ぶようになっていた。マリアがそれを望んだからだ。
「面白いっていうより、これを見ていると落ち着くの。王宮ではずっとこの本ばかり読んでいたから。あ、何が書いているか分からないから『読む』より『見る』って言うほうが適切なのかな?」
マリアの口調もフランクになっている。これはライデンたちが望んだからだ。仲間には敬語を使わない、というのが彼らのルールだった。
「それにね、何を書いているかは分からなくても、面白い部分だってあるんだよ」
「例えば?」
「なんとこの本、開くたびに内容が変わるの!」
マリアは賢者の書を閉じると、再び開いた。先ほどと同じページが開かれているのに内容は異なっている。それは誰の目にも明らかだった。
「うお、本当だ! なんか動物の絵みたいになった!」
「さっきは難しそうな文字だったよね?」とテオ。
「こんな感じで閉じたり開いたりを繰り返して、面白い絵が出てきたら嬉しいなぁって」
ライデンとテオは「なるほどなぁ」と納得している。
一方、ロンは険しい目つきで賢者の書を見ていた。
「のうマリア、その本、もしかして暗号化されているんじゃないか?」
「暗号化って?」
「最近では『封印』と呼ぶんじゃったかな。古代の遺物には得てして『暗号化』やら『封印』やらと呼ばれるものが施されておる。開くたびに内容が変わるのは暗号化に使った魔法の副作用かもしれん」
「ほへぇ」と感心するマリア。
「でも魔法の副作用なんて聞いたことがないぜ?」
ライデンが言うと、ロンは「そりゃ今はな」と笑った。
「現代では正しい魔法術式が確立されているが、まだ魔法が発展途上だった頃は違っていた。不正確な術式によって発動された魔法には、大小様々な副作用があったものじゃ」
「さっすがロン、建てに俺たちの倍以上も生きているだけあって詳しいな!」
「酒と魔法に関してはロンの右に出る者はいないね」とテオも続く。
「賢者の書が暗号化されているとして、ロンはそれを解くことができるの?」
マリアが尋ねると、ロンは「どうじゃろうな」と難しい顔をした。
「暗号化の解読には鑑定魔法を使うわけじゃが、鑑定魔法の成否に関しては純粋に魔力量がモノを言う。ワシは魔法の専門家ではあるが、魔力自体は決して高くないんじゃ。もう歳だしのう」
「やってみたらいいんじゃないか? 鑑定魔法に失敗してもブツが壊れることはないだろ?」
「そうは言うがのうライデン、鑑定が成功したらしたで問題が起きるかもしれんぞ」
「そうなのか?」
「暗号化した後の姿が書物なだけで、実際は全く別物という可能性がある。なかには人体に有害な物質を暗号化してお宝に偽装するケースだってあるしな」
「えぇぇぇ!」
顔を真っ青にするマリア。
一方、ライデンとテオは気にしていない様子だった。
「ロンなら問題ないっしょ」
「そうそう、ロンなら鑑定魔法と同時に防御系の魔法も使えるでしょ? それで僕たちを守ってくれたらいいじゃん!」
「やれやれ、簡単に言ってくれるのう。ま、どうするかは所有者であるマリアに決めてもらおう」
三人の視線がマリアに向く。
「お願いします! 鑑定魔法を使ってください!」
マリアは迷わなかった。多少の不安はあるものの、それ以上に賢者の書の内容が気になって仕方ないのだ。好奇心には勝てなかった。
「では試してみよう」
ロンは賢者の書を両手で持ち、目をぎょっと開いて睨みつける。体内に眠る魔力を呼び覚まし、超高速で練り上げていく。常人であれば一つの魔法を発動するのに早くても10秒、二つ同時となれば数分を要するところだが、彼は僅か数秒で二つ同時に発動した。
「フヌーバァ!」
鑑定魔法によって賢者の書が光り、防御魔法によって四人の体を光の膜が覆う。
しかし――。
「ダメじゃな、ワシの魔力じゃ鑑定できんかった」
結果は失敗だった。賢者の書はそのままの姿で残っていたのだ。
「じゃあ次はマリアだ!」
ライデンは賢者の書をマリアの膝に置いた。
「え、私?」
「元聖女の魔力なら大丈夫だろ!」
「そっか、聖女って魔力の高い人が選ばれるものだった!」とテオ。
「でも私、鑑定魔法の術式を知らないよ。使えるのは植物魔法の〈グロウアップ〉だけだから」
「ならワシが教えよう。鑑定魔法は〈グロウアップ〉より簡単だから数分で習得できる」
「え、いいの? ありがとう!」
ロンは「ほい」と微笑み、鑑定魔法〈アプレイズ〉をマリアに教えた。
マリアは決して飲み込みが早いほうではなかったものの、それを補って余りある集中力によって、10分足らずで鑑定魔法を身に着けた。
「じゃあ、鑑定魔法を使うね! ロン、防御魔法をよろしく!」
「任せい」
マリアは膝に置いた賢者の書に右手を当て、体内で魔力を練り始めた。ロンとは違い、発動するのは〈アプレイズ〉ただ一つにもかかわらず時間がかかる。初めて且つ覚えたてということもあり、何度か失敗してしまう。
しかし数分後――。
「やぁ!」
ついに鑑定魔法〈アプレイズ〉が発動した。
ロンが使った時と同様、賢者の書が光に覆われていく。
「光の勢いがロンの時より遥かに強いぞ!」
「眩しくて何も見えないよ!」
「もしかして私、失敗しちゃった!?」
「安心せい。魔法の発動自体は成功しておる。あとは鑑定結果だけじゃ」
数十秒に及んで続いていた光が消えていく。
そうして現れたのは――鑑定前と同じ見た目の書物だった。
「おいおい、あれだけピカピカした挙げ句に失敗かよ!?」とライデン。
マリアも「そんなぁ」と落ち込む。
「分からんぞ。ワシの時とは明らかに違っていた。普通なら成功しているはずじゃ」
「中を確認したらどう?」とテオ。
マリアは頷き、賢者の書を開いた。
「やっぱりさっきと変わらねーじゃん!」
いの一番にライデンが言う。
「失敗じゃったかぁ」と、ロンも残念そう。
しかし、マリアは違っていた。
「え、皆にはそんな風に見えるの?」
マリアの言葉に、三人が「え?」と返す。
「私には書いている内容が読めるようになったよ!」
そう、マリアの鑑定魔法は成功していたのだ。ただし一般的な成功とは違い、術者である彼女だけが解読できる状態になっていた。
「なぁマリア、何がそんなに面白いんだ? 何を書いているかも分からない本を見て」
彼女の正面に座っているライデンが不思議そうに首を傾げる。これまでの会話によって、彼はマリアのことを名前で呼ぶようになっていた。マリアがそれを望んだからだ。
「面白いっていうより、これを見ていると落ち着くの。王宮ではずっとこの本ばかり読んでいたから。あ、何が書いているか分からないから『読む』より『見る』って言うほうが適切なのかな?」
マリアの口調もフランクになっている。これはライデンたちが望んだからだ。仲間には敬語を使わない、というのが彼らのルールだった。
「それにね、何を書いているかは分からなくても、面白い部分だってあるんだよ」
「例えば?」
「なんとこの本、開くたびに内容が変わるの!」
マリアは賢者の書を閉じると、再び開いた。先ほどと同じページが開かれているのに内容は異なっている。それは誰の目にも明らかだった。
「うお、本当だ! なんか動物の絵みたいになった!」
「さっきは難しそうな文字だったよね?」とテオ。
「こんな感じで閉じたり開いたりを繰り返して、面白い絵が出てきたら嬉しいなぁって」
ライデンとテオは「なるほどなぁ」と納得している。
一方、ロンは険しい目つきで賢者の書を見ていた。
「のうマリア、その本、もしかして暗号化されているんじゃないか?」
「暗号化って?」
「最近では『封印』と呼ぶんじゃったかな。古代の遺物には得てして『暗号化』やら『封印』やらと呼ばれるものが施されておる。開くたびに内容が変わるのは暗号化に使った魔法の副作用かもしれん」
「ほへぇ」と感心するマリア。
「でも魔法の副作用なんて聞いたことがないぜ?」
ライデンが言うと、ロンは「そりゃ今はな」と笑った。
「現代では正しい魔法術式が確立されているが、まだ魔法が発展途上だった頃は違っていた。不正確な術式によって発動された魔法には、大小様々な副作用があったものじゃ」
「さっすがロン、建てに俺たちの倍以上も生きているだけあって詳しいな!」
「酒と魔法に関してはロンの右に出る者はいないね」とテオも続く。
「賢者の書が暗号化されているとして、ロンはそれを解くことができるの?」
マリアが尋ねると、ロンは「どうじゃろうな」と難しい顔をした。
「暗号化の解読には鑑定魔法を使うわけじゃが、鑑定魔法の成否に関しては純粋に魔力量がモノを言う。ワシは魔法の専門家ではあるが、魔力自体は決して高くないんじゃ。もう歳だしのう」
「やってみたらいいんじゃないか? 鑑定魔法に失敗してもブツが壊れることはないだろ?」
「そうは言うがのうライデン、鑑定が成功したらしたで問題が起きるかもしれんぞ」
「そうなのか?」
「暗号化した後の姿が書物なだけで、実際は全く別物という可能性がある。なかには人体に有害な物質を暗号化してお宝に偽装するケースだってあるしな」
「えぇぇぇ!」
顔を真っ青にするマリア。
一方、ライデンとテオは気にしていない様子だった。
「ロンなら問題ないっしょ」
「そうそう、ロンなら鑑定魔法と同時に防御系の魔法も使えるでしょ? それで僕たちを守ってくれたらいいじゃん!」
「やれやれ、簡単に言ってくれるのう。ま、どうするかは所有者であるマリアに決めてもらおう」
三人の視線がマリアに向く。
「お願いします! 鑑定魔法を使ってください!」
マリアは迷わなかった。多少の不安はあるものの、それ以上に賢者の書の内容が気になって仕方ないのだ。好奇心には勝てなかった。
「では試してみよう」
ロンは賢者の書を両手で持ち、目をぎょっと開いて睨みつける。体内に眠る魔力を呼び覚まし、超高速で練り上げていく。常人であれば一つの魔法を発動するのに早くても10秒、二つ同時となれば数分を要するところだが、彼は僅か数秒で二つ同時に発動した。
「フヌーバァ!」
鑑定魔法によって賢者の書が光り、防御魔法によって四人の体を光の膜が覆う。
しかし――。
「ダメじゃな、ワシの魔力じゃ鑑定できんかった」
結果は失敗だった。賢者の書はそのままの姿で残っていたのだ。
「じゃあ次はマリアだ!」
ライデンは賢者の書をマリアの膝に置いた。
「え、私?」
「元聖女の魔力なら大丈夫だろ!」
「そっか、聖女って魔力の高い人が選ばれるものだった!」とテオ。
「でも私、鑑定魔法の術式を知らないよ。使えるのは植物魔法の〈グロウアップ〉だけだから」
「ならワシが教えよう。鑑定魔法は〈グロウアップ〉より簡単だから数分で習得できる」
「え、いいの? ありがとう!」
ロンは「ほい」と微笑み、鑑定魔法〈アプレイズ〉をマリアに教えた。
マリアは決して飲み込みが早いほうではなかったものの、それを補って余りある集中力によって、10分足らずで鑑定魔法を身に着けた。
「じゃあ、鑑定魔法を使うね! ロン、防御魔法をよろしく!」
「任せい」
マリアは膝に置いた賢者の書に右手を当て、体内で魔力を練り始めた。ロンとは違い、発動するのは〈アプレイズ〉ただ一つにもかかわらず時間がかかる。初めて且つ覚えたてということもあり、何度か失敗してしまう。
しかし数分後――。
「やぁ!」
ついに鑑定魔法〈アプレイズ〉が発動した。
ロンが使った時と同様、賢者の書が光に覆われていく。
「光の勢いがロンの時より遥かに強いぞ!」
「眩しくて何も見えないよ!」
「もしかして私、失敗しちゃった!?」
「安心せい。魔法の発動自体は成功しておる。あとは鑑定結果だけじゃ」
数十秒に及んで続いていた光が消えていく。
そうして現れたのは――鑑定前と同じ見た目の書物だった。
「おいおい、あれだけピカピカした挙げ句に失敗かよ!?」とライデン。
マリアも「そんなぁ」と落ち込む。
「分からんぞ。ワシの時とは明らかに違っていた。普通なら成功しているはずじゃ」
「中を確認したらどう?」とテオ。
マリアは頷き、賢者の書を開いた。
「やっぱりさっきと変わらねーじゃん!」
いの一番にライデンが言う。
「失敗じゃったかぁ」と、ロンも残念そう。
しかし、マリアは違っていた。
「え、皆にはそんな風に見えるの?」
マリアの言葉に、三人が「え?」と返す。
「私には書いている内容が読めるようになったよ!」
そう、マリアの鑑定魔法は成功していたのだ。ただし一般的な成功とは違い、術者である彼女だけが解読できる状態になっていた。
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