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001 学校転移

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 朝のチャイムが鳴って生徒たちが教室で待機している頃、霧島悠人きりしまゆうとは担任の若い女教師と廊下を歩いていた。

「夏休みまで日がないのに転校してくるなんて大変ね」

「ウチの親は夏休みも待てないほど俺を捨てたかったみたいです」

 担任の長谷川真紀はせがわまきは何も言えなかった。
 悠人の言葉に偽りがないことを知っているからだ。

「私が呼んだら入ってきてね」

 真紀は2年1組の前で足を止めた。
 それが悠人のクラスだ。

(見事なまでの都落ちだな)

 転校前、悠人は都内の有名な進学校に通っていた。
 それが今では岡山の片田舎にある聞いたこともない私立高校にいる。
 金さえ積めば誰でも入れる、設備の綺麗さと広さだけが取り柄の場所に。

 別にこの学校を嫌っているわけではない。
 むしろ前の学校よりも楽しめそうな気すらしている。

 ただ、ここに至った経緯に不満があるだけだ。
 何も悪くない自分がどうして転校せねばならないのか。

「入ってきて!」

 真紀の声が聞こえる。

(ま、今後は好き放題に過ごさせてもらうさ)

 悠人は教室の扉を開けた。

「なんだ男かよー!」

「ちょっと陰キャっぽい?」

「でもチー牛感はないよなぁ」

 残念そうにする男子。

「ちょっと暗いけど悪くないじゃん!」

「東京から来たらしいよ」

「わー、都会の話が聞けそう!」

 女子はそれなりに盛り上がっていた。

「じゃあさっそく自己紹介をしてもらおっか!」

 真紀が手を叩き、悠人にペンを渡す。
 悠人はキャップを外し、ホワイトボードに名前を書き込んでいく。
 この後に行う掴みの挨拶をどうするか考えながら。

 ハイテンションでぶちかますか、クールぶってスカすか。
 そこで今後の全てが決まると言っても過言ではない。

 しかし、彼はどのパターンの挨拶も実行できなかった。

「うお」

 教室で悠人が発した初めての言葉がそれだ。
 名前を書いている最中に地面が大きく揺れた。

「地震だ!」

「揺れがデケェ!」

 教室内が騒然とする。

「みんな、机の下に隠れて! 霧島君も早く!」

 真紀は悠人の手を取り、教卓の下に押し込む。

「収まったか?」

 地震は10秒ほどで落ち着いた。
 生徒たちは机から顔を出し「今のは震度5だな」などと話している。
 もはや皆の関心は悠人から地震に移っていた。

「静かにして。地震は一回で終わりとは限らないわ。油断したらだめよ。すぐに校内放送で指示が出るはずだから、それに従って――」

 真紀が丁寧に説明していると。

「おい! 外の様子がおかしいぞ!」

 別クラスの生徒が廊下に飛び出した。
 それによって皆の視線が廊下に向かう。

「なんじゃこりゃあ!」

 男子生徒が叫ぶ。
 声には出さないが、悠人も同じ気持ちだった。

 外が変貌していたのだ。
 校舎や運動場などの学校設備はこれまでと変わりない。
 しかし、ひとたび学校から出た先に広がっているのは未知の森だ。
 これまでは地方にありがちな個性のない低層の建物群だった。

「どうなってんだ!?」

 一人の男子が教室から飛び出す。
 それを皮切りに他の生徒も一斉に廊下へ。
 真紀の制止する声を聞いているのは悠人だけだった。

(運動場側だけじゃない。反対側も森に覆われている……)

 教室の窓から外を眺める悠人。
 この異常事態に対して納得のいく説明がないか考えていた。
 だが、どれだけ考えても夢オチ以外に閃かない。

(ネットに繋がらなくなっているな)

 少し遅れて他の生徒もネット回線の異常に気づいた。
 外の森をスマホで撮影しようとしたのがきっかけだ。

「みんな教室に戻って! 勝手に動いたらダメよ!」

 真紀の声が廊下に響く。
 残念ながら従う者は誰もいなかった。
 それどころか、廊下では飽き足らず運動場に出て行く。
 森に近づいて様子を見るつもりのようだ。

(勇敢な奴等だなぁ)

 悠人は廊下に出て運動場を眺める。
 過半数が外に向かっているため、人が少なくて快適だ。

「プロジェクションマッピングには見えないよね」

 一人の女子が悠人に話しかけた。
 鮮やかな赤色のミディアムヘアで、毛先は波のようにカールしてある。
 贅肉とは無縁のスラッとした体型ながら胸だけは膨らんでいた。

「プロジェクションマッピング?」

 首を傾げる悠人。

「外の森ね。プロジェクションマッピングなんだって」

「そうなのか?」

「なんか森と学校の境目が薄らと青くなっているじゃん? あれがディスプレイらしいよ」

「へぇ、言われてみればたしかに青みがかっているな。でも映像とは思えないほどリアルだぞ」

「だから本当にそうなのか確かめに行っているんだよ、みんな」

「なるほど」

「君は行かなくていいの? 転校生くん!」

「転校初日じゃなかったら行っていただろうけど……って、そういえば名前を訊いていなかったな」

「私は美優みゆだよ!」

「苗字は?」

西村にしむら! そっちは?」

「霧島悠人だ」

「かっこいい名前だね!」

「ありがとう」

 美優は「むぅ」と眉間に皺を寄せた。

「悠人ってクールなタイプなの?」

「そうでもないよ。ただ緊張しているだけだ。なにせ転校初日だから」

「それもそっか! じゃあ私が友達になってあげよう! これでもダンス部のホープだからね、顔が広いんだよー私!」

「ダンス部のホープと顔の広さにどういう関係が――」

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 二人が話していると、外から悲鳴が聞こえてきた。
 会話は中断され、悠人たちの視線が外に向かう。

 正門を出てすぐのところで生徒が襲われていた。
 それにも衝撃的だったが、それよりも――。

「ちょ! あれなに!?」

 美優が口に手を当てて愕然とする。

「あんなの日本に……いや、地球にいねぇぞ!」

 悠人も驚いていた。

 生徒を襲っていたのは、双頭のライオンだったのだ。
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