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002 抜け駆け

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 双頭のライオンが男子生徒を貪っている。
 前肢で巧みに押さえつけ、左右の頭で交互に喰らう。

「「「うわあああああああああああ」」」

 嬉々として外に出ていた生徒たちが一転して校舎に逃げる。

「どう見てもプロジェクションマッピングなんかじゃないぞ」

「何なの……これ……」

 美優は口を開けて固まっている。
 視界に広がる光景を脳が理解できていなかった。

(よく分からないがこれはまずいな)

 一方、悠人は冷静に行動を開始。
 静かにその場から離脱して階段を駆け上がる。
 三階を無視して四階に行き、目当ての部屋を探す。

「あった!」

 家庭科室だ。
 包丁を調達するのが彼の狙いだった。
 緊急時の武器にする予定だ。

 幸いにも鍵は開いていた。
 難なく中に入り、棚から包丁を取る。

(さすが地方の学校はセキュリティがザルだな)

 包丁を腰に差し、外から見えないようシャツで隠す。
 喉が渇いていたので、すぐ傍の蛇口を捻って水分を補給する。
 それから何食わぬ顔で部屋を出たのだが――。

「んごっ」

「きゃっ」

 女子と激突した。
 茶色く長い髪と恐ろしく大きな胸が特徴的な生徒だ。
 相手はぶつかった衝撃で尻餅をついていた。
 そのせいでスカートが捲れて白いパンツが見えている。
 悠人はその光景を目に焼き付けた。

「ごめん、前を見ていなかった」

「ごめんなさい、前を見ていなかったの」

 セリフが被ってしまう。
 二人はくすりと笑った。

「ごめんなさいね」

「こちらこそ」

 悠人は手を貸して巨乳の女子を立たせた。

「ところで君、家庭科室に何の用だったの?」

 女子が尋ねる。

「それは――」

 口が裂けても「包丁を盗みに来ました」とは言えない。

「――お互い様だろ?」

 悠人ははぐらかすことにした。

「お互い様?」

 当然ながら相手は首を傾げている。
 これ以上の長居は危険だ。

「とにかく急いでいるから失礼するよ」

 悠人は逃げるようにその場を去った。

 ◇

 本館に逃げ込んだ生徒が各々の教室に立てこもる中、悠人は屋上にいた。
 フェンスにしがみついて外の様子を窺う。

 双頭のライオン以外にも化け物がいた。
 頭が犬の人間だったり、背中から腕を生やした馬だったり。
 そいつらは青みがかった境目の向こうで待機している。

「あそこから先に進めないのか」

 空を見上げる悠人。
 自分と雲の間も青みがかっていた。

「どうやらこの青い壁は学校全体を覆っているみたいだな」

 そんなことを考えていると校内放送が流れた。

『み、皆さん、落ち着いて、たたた、たい、体育館に移動しす、し、してください! しゅ、きんきゅ、緊急集会、始めますので!』

 心の中で「お前が落ち着け」とツッコミを入れる悠人。

 放送に従い全校生徒が移動を始めた。
 本館を出て、隣接する体育館に入っていく。
 誰もが不安そうにしていた。

(体育館には行かないほうがよさそうだな)

 もしも外の化け物に襲われたら最悪だ。
 皆がパニックを起こして身動きが取れなくなる。
 そうなれば自分まで殺されかねない。

 悠人はその場で胡座あぐらを掻いてどうするか考えた。

(このまま学校に立てこもった場合、何が問題になるかと言えば……)

 食糧だ。
 災害用の備蓄があるとしても多くないだろう。

(校内放送が使えるってことは電気は生きている。そういえば照明も消えていなかったな。それに家庭科室で水を飲むことができた。となれば、必要なのは腹を満たす食い物だ)

 そこに思い至ってからは早かった。
 皆とは真逆の行動――つまり外に出ようとしたのだ。

 だが、その前に武器の確保に向かう。
 包丁だけでは心許ないので弓矢を調達することにした。
 弓道部の道場に行って和弓と矢を盗む。

「試しておくか」

 外へ出る前に道場で試射。
 弓道用のグローブは着けずに素手で弓を持つ。
 和弓を素手で扱うのは難しいが、悠人の場合は問題なかった。
 父の方針で色々と叩き込まれてきたからだ。

 そのため、悠人はあらゆることに精通していた。
 勉強も、スポーツも、武道も、そして――サバイバルも。
 彼が冷静さを保っているのもスパルタ過ぎる教育の賜物だった。

「よく手入れのされている弓だ。これなら問題ない」

 遥か遠い的のど真ん中を射抜いた悠人は、矢筒を装備して道場を出た。
 正門の周辺には化け物が多いため、閑散としている裏門を目指す。
 その時だった。

「どーこに行くのかなー?」

 背後から声を掛けられる。
 振り返ると、そこには美優が立っていた。
 右手に金属バットを持っている。

「どうしてここにいるんだ?」

「転校生が怪しい動きをしているから尾行していたわけさ!」

「なるほど。で、先生にでも言いつけるのか?」

 美優は「ノンノン!」と左の人差し指を左右に振った。

「私も同行しようと思ってね! 森に行くんでしょ?」

「そうだけど危険だぞ? 化け物に襲われかねない」

「だから一人より二人っしょ!」

 変わった女だな、と悠人は思った。
 だが、彼自身も変わっているため嫌な気はしない。

 それに美優の華奢な体つきは悠人の好みだ。
 まじまじと見ているだけでムラムラしてきて妄想が捗る。
 もちろん彼は童貞だ。

「断ると言ったら?」

「その時はここで叫んでやる!」

「叫ぶだと?」

 悠人の眉間に皺が寄る。
 途端に顔付きが険しくなった。
 不快な過去を思い出したからだ。

 彼の負の感情に美優も気づいた。
 だから慌てて「冗談だから!」と付け加える。

「叫ばないよ! でも連れて行ってくれないと悲しいなぁ? せっかく野球部のバットを盗んできたのに!」

「好きにしたらいいさ。俺に拒む権利なんかないしな。ただし、自分の身は自分で守れよ。襲われても助けてやらないからな?」

「もちろん! ではしゅっぱーつ!」

「元気だなぁ」

「持ち味でーす!」

 二人は裏門から森に向かう。
 半透明の青い壁は触ることができず、何もないかの如くすり抜けられた。
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