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029 エルフ族の至宝

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「悠人、今なんと……?」

 シエラは耳を疑った。
 きっと悠人は自分の体を求めてくると思ったからだ。

「至宝……! 俺は至宝が欲しい……!」

「分かっているのか? 至宝を選ぶと、私とセックスできなくなるのだぞ?」

「仕方ねぇ……! 仕方ねぇんだ……!」

 悠人は心の底から苦しそうな顔で答える。
 辛い物が苦手な者に激辛ラーメンを食べさせた時のような顔だ。
 別の喩え方をするなら、火炙りにされている豚のような顔である。

「どうしてだ? 理由を聞かせてくれ」

「それが最善だからだ……! 日本に帰るためには……!」

 原則として、悠人の行動選択は性欲によって判断される。
 数少ない例外の一つが今回のようなケースだ。
 悠人にとって、日本に帰ることはセックスよりも大事だった。

「気持ちは分かるが、至宝を選んでも日本には帰れないぞ? いいのか?」

 シエラは全力で考え直させようとする。
 損得勘定もあるが、それ以上に、実は彼女もセックスを所望していた。
 数百年ぶりのオスを前に膣が疼いて仕方ないのだ。
 族長のメンツがあるのでおくびにも出さない。

「分かっている……が、至宝を選べば可能性が増えることは確実だ」

「どういうことだ?」

「いずれ学校を離れて他所の種族とも交流しようと考えている」

 聞き取り調査を行う中で、悠人は他にも人間に好意的な種族がいると知った。
 そうした連中と交流できれば、日本に帰る手立てが見つかるかもしれない。

「なるほど、そういうことか」

「俺たち人間が学校を離れる場合、危険なのは就寝時だ。現状では安全を確保する術がなく、そのためそこまで遠くには行けない。だが、至宝があれば状況が変わるかもしれない」

「至宝がどういうものかも分からないのに?」

「少なくともあんたをアヒアヒ言わせるよりは可能性がある。それに至宝を渡したがらないところを見るに、きっと凄まじい効果を秘めているに違いない」

 シエラは「ふっ」と笑った。

「そういうことであれば素直に渡すしかあるまいな。お主の太くて大きなイチモツで数百年ぶりの絶頂を味わえるかと思って期待していたが諦めるとしよう」

「お望みなら至宝をもらったうえで――」

「却下だ」

「はい」

 シエラは立ち上がり、壁際のタンスを漁り始めた。

「この辺りにあったはずなんだが……」

「何を探しているんだ?」

「もちろん至宝だ」

「え、至宝ってそんな雑な扱いなの? マジ?」

「なんだ? 気が変わったか?」

 振り返ってニヤリと笑うシエラ。

「いや……。俺は可能性に賭けたい……。たぶん……!」

「やれやれ、勘のいい男だ。さすがは勇者の生まれ変わ……お、あったあった」

 シエラはタンスから黒い指輪を取り出した。

「これが至宝〈結界の指輪〉だ」

「ほう? 結界を作れるようになるのか?」

 悠人は冗談のつもりで尋ねた。
 しかし、シエラの答えはイエスだった。

「この指輪を嵌めた状態で念じれば、術者を中心に半径10メートルの小さな設置型結界を召喚する。結界の等級はデラックスだ」

「当たり前のように『デラックスだ』って言われても分からないんだけど、それはすごいのか?」

「そういえば等級について話していなかったな。デラックスは五段階の三番目、つまり真ん中に相当する。等級は上から順にスイート、エグゼクティブ、デラックス、スーペリア、スタンダードとなっている」

「ホテルの部屋かな?」

 シエラは無表情で話を続ける。

「デラックス級より上の結界にはダメージを無効化する能力が備わっている。なので、この結界があれば外敵の攻撃を恐れる必要が殆どない」

「殆ど?」

「例えばエルフがそうであるように、結界を破る能力を持つ者が存在している。そういう者であれば結界を破ることが可能だ。また、これは設置型の結界全般の欠点だが、小動物や昆虫など、小さな生き物の侵入を防ぐことができない」

「なら結界を破られたり、毒性の生き物に攻撃されたりする危険があるわけか」

「滅多にない事例だが、そうした理由で死に至ることもある。ただ、それ以外の攻撃であれば、属性にかかわらず防げる。それこそドラゴンのファイヤブレスですらノーダメージだ」

「話が逸れるんだけど、学校の防壁は何等級なんだ?」

「あれはエグゼクティブだな」

「デラックスの一つ上か」

「違いは結界を破る際の難易度だけだ」

「すると学校を覆うものと同じような結界を自由に出せるってことか。かなり便利な指輪だな。さすがはエルフの至宝だ」

「私の体よりも価値があっただろ?」と笑うシエラ。

「まぁな。あんたを侍らすのも相当な魅力だったが、これには敵わない」

「喜んでもらえたようでもらえてなによりだ。指輪について質問はあるか?」

「いくつかある」

「なんだ?」

「一つは結界に出入りできる者をどうやって選別するのか」

「それは使用者――つまりお主の心に反応して自動的に決まる。お主が『結界に入れてもいい』と思っている者は数を問わず出入り可能だ」

「いちいち何かしらの作業をする必要はないのか。それは助かる」

「ただし、場合によっては望まない者まで結界に入れてしまう可能性がある」

「というと?」

「結果の発動時、結界の範囲内に予めいた者については、お主の心に関係なく結界に入れてしまう。一度でも外に出れば出入り不可能になるわけだが」

「なら結界を発動する際は周囲に気をつけないとな」

「うむ。他には何が気になる?」

「使用回数の制限とかないの? メデューサ戦で飲んだ秘薬は三回しか効果がなかったけど」

「そういった制限はない……が、複数の結界を生成できないという欠点がある。既に結界を召喚している状態で新たに発動した場合、先に生成した結界は自動的に消えてしまう」

「なるほど」

「また、結界の持続時間は12時間だ。その点も注意が必要だろう」

「結界は一つしか出せず、最長で12時間しか持続しないと。了解した」

「他に質問は?」

「いや、今ので全部だ」

「それでは話を終わるとしよう。もう夜も遅い。私はシャワーを浴びて寝させてもらうよ」

 シエラが立ち上がる。
 それに合わせて悠人もソファから立つ。

「俺も体がベトついている。一緒にシャワーを浴びないか? セックスは抜きで、ただ互いの体を綺麗に洗い合いっこするだけだ」

「もちろん」

 シエラが笑う。

「おお! いいのか!」

「ダメだ」

「ケチ女!」

 ◇

 シエラの家を出た悠人は、美優と葵の待つ家に移動した。
 律儀にノックをしてから扉を開ける。

「「お!」」

 二人が悠人を見る。
 美優は立っていて、葵はベッドサイドに座っていた。

「戻ってきちゃったかぁ」

 苦笑いで後頭部を掻く美優。

「なんだ? 俺が戻ったら嫌だったのか?」

「嫌じゃないよ。ただ、私は戻らないほうに賭けていたから!」

「惜しかったね、美優さん。あと数分だったのに」

 悠人はスマホの時計を確認した。
 時刻は23時56分。
 そのことから0時がタイムリミットだと推測した。

「悠人、こんな時間まで何していたの?」

「シエラと話をしていた」

「話だけ? エロいことしか考えない悠人が?」

 怪しい、と目を細める美優。
 一方、葵は悠人の右中指に嵌められた指輪を見た。

「その指輪はどうしたの?」

「え? 指輪? あ、本当だ! 悠人が指輪してる!」

「これは〈結界の指輪〉と言って――」

 悠人は指輪の詳細をはじめ、先ほどまでのことを話した。
 もちろん女体か指輪のどちらを選ぶか迫られたことも。
 そこは武勇伝だから外せない。

「よく指輪を選べたね、悠人君」

「悠人君にも理性があったんだ!」

「シエラも同じような反応だったよ。そんなわけで、ひたすら話していたわけではない。というより、シエラとの会話時間は数十分程度じゃないかな」

「なるほどねー。じゃ、賭け負けた私は退散しまーす。おやすみー」

 美優は悠人の脇を抜けて家から出ようとする。

「退散? どこで寝るんだ?」

「別の家。悠人がいない間に用意してもらったの。ほら、この家ってベッドが一つしかないじゃん? だから三人で寝るには窮屈だと思ってさ」

「なるほど。すると俺の家も別にあるわけか」

「ううん、ないよ」

「ということは……つまり? そういうこと?」

 ニヤける悠人。
 葵が「だね」と肯定した。

「賭けに勝った方が悠人君と一緒に過ごせるって条件だったの。で、賭けは私の勝ちだから、悠人君は私と過ごすわけだね。二人きりで」

「二人きり……! いい響きだ……!」

「そんなわけだからお邪魔虫は失礼しまーす! さいならー」

 美優は唇を尖らせ、不貞腐れた様子で出ていった。

「やれやれ、賭けに負けたくらいでお子様な奴だなぁ。何をあそこまで拗ねる必要があるんだ?」

「悠人君のことが大好きだからだよー」

「奴もああ見えて飢えていたわけか。また抱いてやらないとな」

「また?」とニヤける葵。

 美優なら「何でもない!」とはぐらかす場面だろう。
 しかし悠人は違っていた。

「おう、まただ。昨日抱いた」

「あはは。ぶっちゃけるね」

「実績はアピールする主義でな」

 そう言うと、悠人は表情をキリッとさせた。

「それより葵先輩、一つ教えてほしいことがある」

 葵の正面に立つ悠人。

「なーに?」

 葵は上目遣いで悠人を見る。
 就寝前だから制服のリボンを外していた。
 シャツのボタンもいくらか外れており、胸の谷間が見えている。
 普段の悠人なら迷わずに凝視しているだろう。

 しかし、この時の悠人は違っていた。
 チラッチラッチラッチラッと素早く四度見ただけだ。
 以降は葵の顔に視線を固定していた。

「メデューサが現れた時、俺のことを守ってくれたでしょ?」

「だねー。身を張って石になったよー」

 軽い調子で笑う葵。
 一方、悠人は変わらず真剣な表情で尋ねた。

「あの時、どうして盾になったんだ?」

 悠人には葵の行動が理解できなかった。
 包丁の件が解決していたとはいえ、少なくとも好意はなかったはず。
 そんな奴をかばって石になるなど正気の沙汰とは思えない。
 と思ったのだが――。

「愛しているから……かな?」

「え?」

 葵はプッと吹き出した。

「冗談だよ」

「本気にしたじゃないか」

「あはは」

 そこで葵の表情も真剣になる。

「本当はね、別の理由があったの」
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