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第一章

うちのメイドが言うことには

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  今日も平和な一日が始まろうとしている寝起きの私に対して、私付きのメイドであるリーナが言った。

「お嬢様は物語の謂わゆる悪役、そう悪役令嬢でございます」

「えーっと、リーナ?とりあえず、おはよう?」
  何を言われているのか、そもそも起きたばかりで頭が回らない。

  ハウス公爵の娘、謂わゆる公爵令嬢の私にとって彼女は優秀すぎるメイドである。そんなリーナが寝起きの私に言うのだから、余程の事なのだろうとは思う。
  が、寝起きなのだ。

  頭は回らないし、悪役令嬢とはなんなのか。
  物語の悪役と言えば、本の中に出てくるルーベルト伯爵の様な存在という事かしら。でもルーベルト伯爵と言われるには、まだ年も追いつかないはずなのに。
  それでもルーベルト伯爵は物語に必要不可欠な存在で、意外と好きな人物だからそれはそれで嬉しい。なんてやっぱりルーベルト伯爵よりも、主人公のアティス伯爵と言われたい。

  頭の中でそんな事を考えてしまうぐらい悪役令嬢という聞き慣れない言葉は、寝起きの私をひどく混乱させた。

  そもそもリーナから嫌われるような事をした覚えもないし、彼女はとても優秀なメイドである。そんな彼女が何も考えず、私にだなんて言うはずがない。
  悪役という事は、悪い人だという事は確実なのだから。

  それは分かるけど、何せ寝起きなのだ。
  せめて朝のお仕度が、全て終わってからでも良いのではないだろうか。とも思うけど、それが分からない様な相手ではない事も分かる。
  と言うことは、何か一大事なのだろう。

「リーナ、その話は今聞いた方がいいのかしら?」
  もちろん答えはイエスだろうとは思うけど、一応聞いてみる。

「はい、お嬢様。出来れば本日、旦那様からのお話の前に説明させて頂きたいのです。」

「お父様からのお話?」
  リーナの言葉を繰り返してから、まだ寝惚けてる頭で昨日のお父様との会話を思い出す。

  確か昨日国王陛下であるハイン・アルディオール・クライツ様の元へ出向いた父は、夜も遅い帰宅だった。そんな中帰って来て早々に明日重要な話があると告げられた、ただそう告げられたのは私だけでなかったのだけれど。

「では私だけでなく、サーシャも呼んだ方がいいかしら?」

  サーシャとはサーシャ・ハウス、私の実の妹である。
  昨日のお父様からのお話は、私ではなく私たちに向けられたものだった。それなだけにリーナが私付きのメイドとは言え、私だけにしなくてはならない話とは思えない。

  サーシャと私は年も二つしか変わらないし、仲の良い姉妹だと思う。もちろんリーナもそれを理解しているし、私だけに敢えて話すとなるとサーシャに聞かれてはまずいということになる。
  だからお父様のお話の前にと言うのなら、聞かれてまずいことでもない限り、サーシャにも聞かせた方がいいのではないだろうか。

「いえ、お嬢様。サーシャ様には敢えて話す事ではございませんので、どうかこのままお話させて下さいませ」

  リーナの物言いからしてサーシャに聞かれてはまずい、もしくは聞かせる必要がないのだろう。でもお父様のお話の内容を、リーナが知っているとも思えない。
  であればサーシャに聞かれてはまずいことなどあるのかしら、と考えてひとつの答えが浮かんだ。

「まさか私、リーナに辞めたいと思わせてしまったかしら?」
  私だけに話したいと言うならば、可能性として高いのは職を辞したいと言う事ではないのだろうか。

「え?」
  ポカーンと言う表情で間の抜けた声を出すリーナに、的外れな答えだと言われたようだった。

  常に傍にいてくれたリーナが辞めるとなれば、それはサーシャと共に聞くよりは私だけに話すだろうと思う。リーナはあくまでも私付きのメイドであって、サーシャにはステラというメイドがついている。
  つまり自分が付いてるわけでもないのに、辞めることを朝から伝える必要はない。ということだと思ったのだけれど、リーナはそれこそ何を言ってるのか分かりません、と言う顔をしていた。

  リーナが辞めると言うことであれば断固拒否させてもらうけれど、そうではないと分かって胸をなでおろす。

「いいわ、話して」
  リーナが辞めるわけでないと分かれば、朝からを言われても動じないだろう。
  悪役令嬢と言う言葉が何を指すのか、一体何なのかは分からないけれども、リーナが辞めるわけでは無いのならば一安心だ。
  そう思って話をするように促し、リーナを見つめる。

  そんな私の気持ちを察したのか、少し溜め息混じりに息を吐き出して、リーナが口を開いた。

「私は転生者でございます」

  リーナは悪役令嬢に続き、また理解し難いことを言いました。
  リーナは転生者で、私が悪役令嬢。どちらも聞き慣れない言葉なだけに、次は私の顔がポカーンとなっている気がします。

  そんな私の顔を見てリーナが溜め息を隠さなかったことを、気づかないフリでもしておきましょう。
  理解出来ないものは出来ないのだから、しょうがないじゃない。でも理解したい気持ちはあるので、リーナに先を促すように見つめれば、一呼吸置いて話始めた。


「お嬢様、これから全てをお話致します。」

  その一言を言った後、彼女は物語でも読むかの様に、本当に全てを話し出した。
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