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第一章

婚約するより破棄致しましょう

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  その後のリーナのお話は、とても簡単だった。

  果たされぬままになっている約束の内容は、お互いに男の子と女の子を授かった時に、結婚させて本当の家族になろうという内容であった。
  しかしどちらも男の子しか授かることはなく、国の為を思えばここまで繁栄できたと喜ばしいが、果たされぬままの約束となってしまっていた。
  そしてそんな中、ハウス家に2人の女の子を授かったことこそが、リディアを悪役令嬢へと変貌させる。

  今回リディアと第一皇子リーアムが共に十五歳を迎えた事で、国王はハウス公爵に婚約を申し出た。もちろんハウス公爵がその申し出を断るはずもなく、今日リディアにその話をする予定なのである。
  ただサーシャも二人とは二つしか変わらない為、二人の婚約に何かがあった時の為に候補として名があがった。

  しかしあくまで候補であって、婚約者になるのはリディアに変わりない。それは国王も公爵も、皆が分かっている事実であった。

  そうと決まれば皇子に挨拶に行かなくてはならないと、公爵は二人の娘を連れ立って挨拶に伺った。
  皮肉にもそれこそが、主人公とヒロインの運命の出逢いになる。

  一目でお互いを気に入ったリーアムとサーシャは、リディアの手前公には出来なかったが、密かに愛を育んでいった。
  もちろんその間リディアが育んだのは、憎悪と嫉妬による嫌がらせだ。リディアは数々の嫌がらせを、実の妹であるサーシャに向けた。

  それでも健気に直向きに頑張るサーシャを、リーアムは尚更愛した。

  そしてその日はやってきた、リディアに断罪が告げられる。
  憎悪と嫉妬により周りの者を傷つけた罪から、シリーズの最終局面でリディアは断罪となる。

  そうして主人公とヒロインはめでたく結ばれ、永遠に幸せに暮らすのだ。

「以上が大まかな内容にございます」

  静かにリーナは物語の終わりを告げて、私を見据える。

  私の反応を待っている、と言った感じかしら。であれば先ほどと同じように、手を挙げてみる。

「それって、私が身を引けば良いのではないかしら?」

  別にサーシャと殿下の仲を邪魔しなくても、祝福すればいいのではないかしら。私でもサーシャでも良いと国王様が申されるのであれば、私が身を引いて惹かれ合う二人が一緒になればいいのでは、という疑問だ。

  一瞬ポカーンと言う表情をしたリーナに、それではダメなのかしら、と再度問いかける。

「お嬢様はそれでよろしいのですか?」

  恐る恐ると言うように、リーナが言った。

「もちろんよ、サーシャが幸せになれるなら喜んで身を引くわ」

  本心からの言葉なのに、リーナは驚きを隠せないと言う表情を浮かべている。どういうことなのでしょう。

  私にとって可愛い妹のサーシャが幸せになれるのなら、自分の幸せは後で良い。むしろサーシャに比べて、作物を育てることが好きな私は次期王妃には向かないだろう。
  サーシャは誰が見ても公爵家のお嬢様で、土を触ることもほぼない。
  それに引き換え私はというと、常に土に触れているような形ばっかりの令嬢だもの。

  でもそれを恥ずかしいとも思わない。なぜならハウス家は作物を育てることで、公爵という爵位を授かったのだから。

  領民の方々からの反応は良いけれど、次期国王となられる方の婚約者には不向きだということも分かっている。

「お嬢様、でしたら婚約破棄を必ず決行しましょう!」
  語気を強めて言うリーナに、驚きを隠せない私です。

「もちろん婚約はお断りするけれど、しなかった場合どうなるの?」

  ただの好奇心で聞いた言葉だったのに、リーナの顔色が悪くなる。なんだか申し訳なくなるほどで、ついごめんなさいと言いたくなってしまった。

「お嬢様が殿下と婚約してしまった場合、断罪となる事は避けられないかと思います」

  リーナの言葉を聞いた瞬間、私の顔色も悪くなったに違いない。二人して顔を見合わせて、首を横に振ってしまった。

「断罪を避けるためには、婚約破棄が絶対ということね」
「はい。小説と異なるように進めなくては、必ずバッドエンドが待っています」

  バッドエンドとは何かしらなんて、聞きなれない言葉だけれど確実に最悪な結末ということでしょう。
  であるならば、リーナの言葉に従う以外に選択肢はありません。

「では、小説とは違うようにしないといけないのね」
「はい。そうすれば、ハッピーエンドも夢ではありません!」

  ハッピーエンドというのも聞きなれないけれど、バッドエンドの反対を意味するものなのでしょう。
  だったら全力で、を目指さなくてはなりません。大好きな人たちを思えばこそ、断罪だけは避けたい。

「リーナ、ありがとう」

  心からの感謝の言葉に、彼女は目をパチパチ瞬かせている。何故かしら。
  リーナがいなければ私は確実に断罪になった、そう思えば彼女は間違いなく命の恩人。感謝を伝えるのは、どう考えても当然のことなのに。

「お嬢様、申し訳ございません」

  何故謝るのかしらと、首を傾げてみせる。
  リーナが何に謝っているのか、私には全く分かりません。
  そんな私を見て、彼女は口を開く。

「本来ならお嬢様の婚約を祝福するのが、私の役目であるべきですのに」

  歯切れの悪い言葉に、思わず笑ってしまう。

「でもそれは、私の幸せの為でしょう?」

  そう伝えれば、また目を瞬かせる。
  多分とても怖かったはずなのに、彼女は伝えてくれたのだ。自分が仕える相手に対して今の話をすれば、それこそ断罪になる可能性だってあったのだから。

  そう思えば自分の事よりも私の事を考えてくれたのだから、感謝するに決まっているわ。
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