スワッピングに来た先輩

兵馬俑

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スワッピングに来た先輩

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 セフレの優馬が「スワッピングがしたい」と言いだした。

「すれば良いじゃん」

 戸次景義べっきかげよしは他人事のように言う。セックスは好きだが、アブノーマルに興味はない。男同士をアブノーマルと突っ込まれたら答えに困るが、景義自身は己をノーマルと信じている。自分はゲイでもバイでもない。男とはセックスを楽しむだけで、その先はない。

「僕はヨッシーを連れて行きたいの! トロフィーワイフ!」

 ガバッと背後から抱きつかれ、猫にするように優馬の顎下を撫でてやる。優馬は「ごろにゃん、ごろにゃん」と上機嫌に言う。

 30歳の既婚者のくせして、優馬は松本まりかでもやらないような甘え方をする。

 優馬との出会いはゲイ向けのマッチングアプリだった。顔を載せずとも、鍛え上げられた腹筋と胸筋を載せれば、夜の相手には困らなかった。困るとすれば、相手に本気になられることだ。だから既婚者の優馬は都合が良かった。詳しくは聞かないが、彼はそこそこの名家の生まれで、学生時代には婚約相手が決まっていたらしい。

「この太もも、デカ尻っ! 相手のネコちゃん、絶対僕に嫉妬するよ~。こんないい男、表参道にだって落ちてないもん」

「まあ表参道にはいないだろうな」

 景義は身長190センチ。胸板の厚いゴリゴリの体育会系だ。社会人になって少しは痩せたものの、同期と並ぶとかなり目立つ。

「掘り出し物~! なんでプロに行かなかったのさ~」

「行けるか」

「甲子園出たのに?」

「甲子園出たの、俺の一つ上の代だし。俺は連れて行ってもらっただけ」

「でもヨッシーだってベンチメンバーだったんでしょ?」

「先発ピッチャー」

「ふふ、プライド隠せてないよ~。ベンチメンバーとは違うでい! ってね。素直に『俺が先輩を連れて行ってやった』って言えば良いのに」

「そんなこと思ってねえもん」

 でもプライドがあるのは本当だ。景義は一年生からベンチ入りしていた。24歳になっても、そこらへんを勘違いされるのは我慢ならない。

「でも、自分がいなきゃ、甲子園に行けてなかったとは思ってるでしょ?」

「……そうかもな」

 でも、と続けたくなるのを堪え、景義は「もう良いだろ。そんな昔の話」と話を終わせようとする。

「ヨッシーって甲子園の話嫌いだよね。すごいんだからもっと自慢すれば良いのに。箱根駅伝走った奴なんか、その話ばっかりだよ」

「別にそれは良いだろ」

「でも僕さ、箱根駅伝とか甲子園とか、見てらんないんだよね。タスキが繋がらないのとか、土をかき集めてる姿とか、痛々しいじゃん。ていうかまず、丸坊主が見てらんない。あんなの体罰だよ」

「今どき丸坊主の方が少ないわ。俺らの時だって自由だったし」

「へ? そうなんだ? 野球部のくせに生意気!」

「ひがむなひがむな」

 笑おうとしたが、頬が痙攣しただけだった。

「ヨッシー、モテたでしょ」

「そりゃあな」

 なるべく感情がこもらないよう、サラリと言う。

「男にも、モテたでしょ」

「そんなの聞いてどうすんだよ」

「Z世代の恋愛事情ってどうなのかなって思ってさ。僕らの時代はゲイカップルなんていなかったけど、ヨッシーの時代は普通にいたのかなって。ねぇ、どうだった?」

 どくん、どくん、と胸が弾む。
 
「あー、こいつら怪しいって奴ら、いた?」

 景義はごくりと唾を飲み込む。高校時代、一つ上の先輩キャッチャーと付き合っていた話は、誰にもしていない。するわけがない。

「ねぇ、ヨッシーはどうして、男とセックスするようになったの?」

「それは……知ってるだろ」

 なんとか言った。マッチングアプリでの募集文言は、「彼女とアナルセックスをしてみたいので、やり方教えてください」だ。

「彼女とアナルでやり方を~ってやつ? あんなの嘘でしょ。アナルでやりたいからって、普通、男を相手にしようなんて思わないよ。アナル専門店行くでしょ。ヨッシーは男の味を知ってるんだよ。それで、もう一度味わいたくなって、マッチングアプリに登録した。最初はさ、特定の相手を作りたくないから、あんな地雷感満載の書き込みなんだと思ったけど、『俺は男を知らない』ってアピールだったんだね、あれ」

 カッと顔が熱くなる。こいつを黙らせないとと思うのに、舌が回らない。

「初めての相手、甲子園行ったチームメイトでしょ」
 
「……違う」

「百回記念大会の甲子園、ヨッシーの母校調べたら、名前わかっちゃうね」

「やめろよ!」

 優馬は勝ち誇ったように目を細めた。

「やっぱりチームメイトが初めての相手なんだ」

 景義は舌打ちする。

「相手に惚れられたんでしょ。ヨッシー、ノンケだもんね。『彼女と~』なんてわざわざ書いて、アピールしてるもんね。ゲイだって思われたくないの、バレバレ。なんならバイと思われるのも嫌なくらいでしょ」

 お前が、そんなに嫌だったなんて、知らなかった。気づいてやれなくて、ごめんな。

 懸命な笑顔と、軽い口調を意識した渋谷先輩の声が、鮮やかに蘇る。

 付き合ってくれて、ありがとうな。俺はすごく楽しかった。

 渋谷先輩の言葉は、鮮明に思い出せるのに、自分が何を言ったのかは、全く思い出せない。
 
 直後にチームメイトの秋本蒼太そうたに殴られて、忘れたのだ。

 ふざけんなよっ! ふざけんなっ! お前から付き合おうって言ったんだろうが! 渋谷先輩は、なんもお前に頼んでねえだろっ! 

 なにキレてんだよ。

 秋本に向けて放った言葉は、かろうじて覚えている。

 お前、俺にキレる資格あんのかよ。元はと言えばお前のせいだろ。つうか痛え。どうしてくれんだよ。暴力沙汰で廃部にでもなったら、お前、責任取れんのかよ。

 知らねえよ。俺は辞める。お前のいるチームなんかいられるか。

 は? 甲子園行きたくねえのかよ。

 その時、ハハッと冷ややかに笑った秋本の顔を、景義は忘れることができない。

 控えめで気の優しい男。それまで景義は、秋本をそう評価していた。部活で声を張り上げることはあっても、教室ではいつも大人しかった。

 ただ、妙に存在感のある奴だった。身長は180センチと、ずば抜けて高いわけではないのに、秋本がガタッと席を立つと、教室中の視線が一瞬、秋本に向かう。秋本が一人になる隙を、クラスの可愛い女子が狙っているのも知っていた。

 景義は、それが面白くなかった。自分は1番のエースで、秋本は内野手だ。ホームランを打つような打者でもないのに、自分よりモテて良いはずがない。

 秋本がゲイだと知った時、嬉しかった。可哀想な奴だなと思った。こいつは可愛い子に言い寄られても、応えられないのだ。ざまあみろ。

 ハハッ、甲子園、行けると思ってんの? 行けるわけねーじゃん。お前みたいな三流ピッチャーがアウト取れてきたのは、渋谷先輩のリードのおかげなんだから。別の奴と組んだら速攻ボロ出るぜ。賭けてもいい。

 何を賭けるんだよ。

 俺の姉。

 は?

 西町のマロンって喫茶店で、お前が連絡先教えた店員、あれ、俺の姉なんだよ。「野球部の子にナンパされた」って笑ってたわ。俺の姉、わりと美人だろ? 胸もデカいし。賭けに勝ったらヤらせてやるよ。

 秋本の端正な顔が、筋肉の微妙な動きで、まるで知らない男のようだった。それに景義の知る秋本は、「ヤらせてやる」なんて乱暴な言葉は使わない。彼は下ネタと距離を置くような人間だ。

 賭けって……甲子園に行けるかどうかは、俺だけの力で決まるわけじゃねえだろ。

 甲子園で賭けるなんて言ってないだろ。お前のボロが出たら俺の勝ち。

 ボロって、そんなのどうやって判断するんだよ。

 お前次第でいいよ。2ヶ月もあれば十分だろ。2ヶ月後、お前が自分で勝ったと思ったら、俺にそう言えば良い。そうしたら俺は、姉に睡眠薬を飲ませて、手足を縛ってお前に突き出してやる。

 想像しただけでカッと顔が熱くなった。嘲るように、秋本が鼻で笑う。

 安心しろよ。ちゃんと目隠しもしてやるから。

 秋本は景義に近づくと、耳元で囁いた。

 俺の姉、ああ見えて淫乱なんだ。しょっちゅう部屋に男連れ込んでんの。3人でヤってたこともあったな。男が来なきゃ電マでオナニーするんだぜ? そのうちAVとか出るんじゃないかな。

 ボロが出るかなんて、匙加減だ。それに景義には自信があった。先輩のリードは確かに優れていた。でも、たかがリード。補佐だ。メインは俺。俺の球が優れていたから、甲子園に出場できたのだ。それでも一応、聞いておく。

 ……もし、俺が負けた場合は、どうなるんだよ。

 それまで饒舌に喋っていた秋本が、息を吸ったきり、答えない。もう一度息を吸い、吐き出し、唇を舐めた。

 一体なにを要求されるのだろうと身構えていた景義は、やがて彼の口から吐き出された言葉に拍子抜けした。

 二度と、渋谷先輩に話しかけるな。

 断る理由などなかった。負けたとて、渋谷先輩と話せなくなるだけ。だいいち、話したいとも思わない。渋谷先輩が引退して、やっと別れられたのだ。今まで付き合っていたのは、渋谷先輩に辞められたら困るから。

 だから乗った。秋本の姉とヤりたかった。

 でも2ヶ月も経たないうちに、景義は嫌でも思い知った。匙加減などと、言ってられなかった。誰が見ても、景義はピッチャーとして落ちぶれた。球の質が落ちたわけではなかった。並のリードでは、簡単に攻略できる球しか、景義は持ち合わせていなかったのだ。

「そんなヨッシーが付き合った男でしょ。この人とならセックスしても良いかなって、思えた男でしょ。きっとソートー美形なんだろうね」

 渋谷ってさぁ、モーニングテレビの中条レナに似てね?

「それで、きっと野球も上手い。ベンチメンバーじゃなくてスタメン」

「うるせえよ……」

「ねえ、ヨッシーは女の子と済ませてた? それとも童貞? 彼は……処女?」

 すげえ、柔らかいっすね。渋谷先輩、こういうの慣れてるんすか?

 見通しのいい穴を両手で広げ、マジマジと眺めながら景義は言った。中から透明な液体が滴り落ちて、恥じらうように穴が締まる。それがおかしくて、エロくて、

 なんか垂れてきましたよ。

 無神経を装って言えば、渋谷先輩は耳を真っ赤にして言った。

 嫌なら……やめよう。

 嫌じゃないっす。入れますね。

 男となんて絶対無理だと思っていたのに、気づけば獣のように腰を振っていた。しなやかな筋肉に覆われた渋谷先輩の体は、ちょっとのことでは壊れないだろうという安心感があった。

 それでも、何発もヤればへばって当然だ。翌日、渋谷先輩は景義の球を何度も前にこぼした。

 チームメイトが「なにやってんだよー」と呆れる中でただ一人、秋本だけは、「大丈夫ですか?」と渋谷先輩を気遣っていた。
 
「処女相手でも、ヨッシーなら平気で激しくしそうだよね。ちゃんとアフターケアしてあげた?」

 優馬がニタリと邪悪に笑う。

「しないよね、ヨッシーは。むしろ冷たく突き放したんじゃない? 男の体に夢中になった自分が許せなくて」

 こんなに鬱陶しいセフレとは、縁を切ろう。

 だが優馬ほどサッパリとしたセフレはなかなかいない。関係を持ったら、たいていの男は自分に惚れる。付き合ってほしい、と乞うてくる。

「スワッピング、してやっても良いぜ」
 
 景義は言った。

 スワッピングに来た男を、優馬の後釜にすればいい。

 スワッピングに来るような淫乱だ。特定の誰かと付き合う気などないだろう。セックスを楽しむのにちょうど良い。

「え! やった! じゃあ月末空けといて!」

 自分が切られるとも知らず、優馬は上機嫌に言った。



 金曜日の夜21時、優馬と指定されたホテルへ行く。三井ガーデンプレミアとかいう高級ホテルで、一体どんな奴がいるんだろうと期待が高まる。

 上野の開業医。変態だけど紳士だから安心して。

 と優馬は言っていた。

 宿泊階へ行くにはルームキーが必要らしく、相手カップルとはロビーで落ち合うことになっていた。

「やあ」

 と手を挙げてやってきたのは、30代前後の優男だった。メガネを掛けたインテリ風で、体に合った細身のスーツはいかにも高級そうだ。

「シンジさん! 久しぶり~!」

 優馬がはしゃぐ。周りの人の目をちょっとは考えろよと、景義はイラついた。二人がカップルと思われる分にはどうでも良いが、自分が同族だと思われるのは耐えられない。

「彼がヨッシー?」

 シンジ、と呼ばれた男が言う。景義は軽く会釈した。

「うん。シンジさんの相方は?」

「部屋で寝てる。急な仕事が入って7時過ぎまでパソコンと睨めっこしてたからね。ちょっと疲れちゃったみたい」

「えー、そんなこと言われたらヨッシー萎えちゃうよ、ねぇ?」

「ふふ、心配いらないよ。先に準備は済ませてあるし、彼は寝ている時の方が素直だから」

 シンジがイタズラっぽく微笑む。期待していると思われたくなかったが、こんなところでそんな話はしたくない。「さっさと行こうぜ」と、景義はぶっきらぼうに言った。

 シンジの後に続いて、エレベーターに乗り込む。

「こういうこと、よくやるのか?」

 周りに誰もいなければ、景義も聞きたいことがある。

「相手が見つかればね」

「別の男に抱かせて、何が楽しいんだ?」

「俺、ネコ同士が手を繋いでる姿に興奮するんだ。背面座位だとヨソの男に抱かれている方が顔が見えるから、交換するってだけ」

「よっぽど淫乱なんだな。あんたのセフレは」

「ふふ、そうだね。だから好きにならない方がいいよ。彼、特定の相手は作らない主義だから」

「そりゃあいいな」

 景義は片頬だけで笑った。

 
 キングサイズのベッドに、男は布団にくるまって眠っていた。うつ伏せで顔はわからない。

「ヒロくーん、本日の竿が到着しましたよ~」

 シンジが布団を剥ぎ取る。半分こちらを向いたその顔に、景義は息をのんだ。

 渋谷先輩……

 西洋人のようなメリハリのある輪郭に、スッと通った鼻筋。目を閉じている時と、開けている時とで、渋谷先輩の印象は大きく変わる。目を閉じているとハーフに見えるのだ。

 渋谷先輩で間違いない。だいいち下半身が野球部のそれだ。

 髪は学生時代より短くなっていた。他に変わりはないかとつま先まで視線を飛ばす。元々体毛は薄い方だったが、全身脱毛したのか、全くない。

「ふふ、熟睡だな」

 シンジがベッドに上がる。渋谷先輩の無防備な尻を遠慮なくほじくった。

「ん……ぁ、あっ、ん……」

 スラックスの中でペニスが固く育っていく。

「あっ……きも、ちい……」

 シンジは熟睡と言ったのに、渋谷先輩は腰をくねらせながら言う。

「んん……そこっ……あっ……」

「ん、ここ?」

「あッ……そこっ……はあっ、ん……きもち……い、くっ……」

 びくん、と渋谷先輩の体が大きく跳ねる。「うそ」と隣で優馬が言った。

「すごいよねぇ……学生時代にルームシェアしてた相手に仕込まれたんだって。まあ単純に寝込みをしょっちゅう襲われてただけだと思うけど」

「学生時代っ……?」

 景義は思わず反応した。学生時代、渋谷先輩と付き合っていたのは自分だ。浮気されていたのか? 渋谷先輩と同室だったのは誰だったか……景義は通学組だったから、寮のことは詳しくない。

「うん。サークルの先輩が初めての相手なんだって」

 馬鹿な。ガツンと頭を横殴りされたような衝撃が走った。

 渋谷先輩は、俺との過去を隠している。

 楽しかったと言っていたのに。ありがとうと感謝していたのに。

 俺との時間は、幸せだったはずなのに。

 それを隠している。無かったことにしている。

 猛然と腹が立った。俺の名前を出せとは言わない。むしろ出してほしくない。けれど……けれど、ノンケなのに付き合ってくれた優しい後輩がいたことを、なぜ自慢しない? 

 ふざけんなよっ! ふざけんなっ! お前から付き合おうって言ったんだろうが! 渋谷先輩は、なんもお前に頼んでねえだろっ! 

 忌々しい男の声が蘇る。

 確かに告白されたわけではない。でも渋谷先輩は俺に好意を持っていた。それを俺に伝えたのは、お前じゃないか。

 全部お前が悪いんだ。内野手のくせに俺よりモテるから。下位打線のくせに俺に口出しするから。ちょっと投げるのが上手いからって、ピッチャーの真似事なんかするから。

 俺が聞いているとも知らずに、渋谷先輩に告白なんかするから。
 
「シンジさんは僕と楽しむんでしょ?」

 優馬が猫撫で声で言い、シンジをベッドに押し倒す。さっそく濃厚なキスをした。

 景義はベルトを外し、スラックスと下着をいっぺんに下ろす。ぶるんと固いペニスが飛び出した。先端に蜜が浮いたそれを扱きながら、景義は吹出物ひとつない綺麗な背中に覆い被さる。

「ん……」

 小さな入り口を見つけ、ズリズリと押し入っていく。たっぷりとローションでほぐされたそこは、すんなり景義のものを飲み込んだ。

「はっ……あっ、あ……っ」

「……くっ」

 それでも、きつい。入れただけで景義は達してしまった。

「ヨッシー、もしかしてイッた?」

 シンジの上で腰を振りながら、優馬が笑う。

「いいでしょう、彼。付け根まで入れた状態で左右に動くと目覚めるよ」

「も……起き、てるっ……」

 思いの外ぞんざいな口調だった。

「こいつ……中にっ……くそっ……出しやがった……」

 シンジに言われた通りに、深く繋がった状態で左右に動く。達したばかりのペニスが瞬く間に固くなった。

「ああっ……」

 苦しげな喘ぎ声。7年ぶりに渋谷先輩の中に入っているのだと思ったら、景義は我慢がきかなくなった。背中にピタリと密着し、激しく腰をふりたくる。

「ひっ……あっ、んあっ……やっ……はげし、いっ……」

 渋谷先輩は頭を横に振った。

「あっ、……あッ……きつ……や、……あっ……んっ」

 興奮が、怒りを刺激した。

 渋谷先輩の初めてを奪ったのは、この俺だ。初めて渋谷先輩とした時、彼はこんな声で喘がなかった。もっと苦しそうに、申し訳なさそうに声を押し殺していた。あれは絶対初めてだ。

 どうして、俺との関係をなかったことにしたんだ。

「はっ……と、めでっ……あっ……ひっ」

 止めるかよ。景義はいっそう激しく腰を振る。鎖骨に噛みつき、悲鳴を上げさせた。

「ちょっときみ、乱暴はやめてくれよ」

「うるせぇ」

 思わず呟くと、渋谷先輩の体がビクッと跳ねた。

「あっ……えっ……」

 細い顎をつまみ、無理矢理顔を向かせる。切れ長の目が驚愕に見開かれ、その表情にまた、憤りを覚える。

 唇に噛みつき、舌を喉奥までねじ込んだ。

「ん、んんっ……」

 彼は激しく首を横に振り、景義のキスから逃れた。ならばと景義は体を離し、ずるっとペニスを引き抜く。肩口を掴み、仰向けにひっくり返した。

 真上から渋谷先輩を見下ろす。相変わらず綺麗な顔は、怯えるようにまつげと唇を震わせている。腹が立つ。きっとどんな反応をされても腹が立つ。景義は、男同士のセックスに自分を付き合わせた渋谷先輩を憎んでいた。俺はゲイなんかじゃないのに、渋谷先輩の尻に欲情してしまう。汗ばんだうなじを見ると、練習中でも舐めたくなってしまう。どんどん深みにハマっていくことが、どれだけ怖かったか。人の人生を狂わせたくせに、なかったことにするなんて許せない。

「な……んで……」

「それはこっちのセリフっすよ。渋谷先輩、なんで俺との関係、なかったことにしてるんすか。ひどいじゃないっすか」

 言いながらペニスを押し込めていく。伸ばされた渋谷先輩の手を掴み、顔の横に押さえつけた。

「あっ……やっ……やだ……んああっ」

 ふざけるなふざけるなふざけるな。

 ふざけんなよっ! ふざけんなっ! お前から付き合おうって言ったんだろうが! 渋谷先輩は、なんもお前に頼んでねえだろっ! 

 まただ。忌々しい男の声に追い立てられるように、景義は激しく腰を振る。

「あぁっ……や、あっ……た、……けてっ……」

 俺はゲイなんかじゃない。柔らかい女の体が好きで、胸はデカい方がいい。右手よりもマンコが好きで、フェラよりやっぱりマンコが好きで、アナルなんか、男なんか眼中になかったはずなのに……

「たす……ひ、いっ……」

 渋谷先輩に狂わされた。

 渋谷先輩のせいで、マンコじゃ満足できなくなった。恋愛対象は女なのに、窄まったアナルの締め付けがないとイケなくなった。

「や……あっ……はっ、くっ……うっ……」

「ヨッシー!」

「おい! 嫌がってるだろう!」

 背中に痛みが走ったが、景義は構わず腰を振る。腕を振り、邪魔者を遠ざけた。

「あっ……ひっ、いっ……う、ぁあっ」

「本当はっ、あんたなんかと付き合いたくなかった! でもあんたが俺を好きだって知ったから……バッテリーだからっ」

 言いながらデジャブを感じた。

「付き合ってやったんだ! 本当はずっと嫌だった!」

 ああ、これを言ったのだと、景義は思い出す。

 傷つけるつもりはなかった。別れを告げるだけのつもりで渋谷先輩を呼び出した。本当は別れたくなかった。でも渋谷先輩でオナニーまでするようになって、このままじゃマズいと危機感を抱いたのだ。関係を終わらせなければという焦りによって、気づいたら酷いことを言っていた。

 お前が、そんなに嫌だったなんて、知らなかった。気づいてやれなくて、ごめんな。

 懸命な笑顔が、犯され泣きじゃくる今の顔と重なる。あの時、あの笑顔の下にあった本当の顔を、まるで暴いているようで、景義は腰を止めた。

「うっ……くっ……うぅ……」

「渋谷先輩……」

 急速に罪悪感が押し寄せてきた。なんか今、ものすごく酷いことをしている気がする。でも、久々に渋谷先輩の中に入っているのだという感慨がようやく芽生え、景義はゆっくりと、中を堪能するように腰をゆすった。

「う……ふ、ぅうっ…………」

「渋谷先輩……また、抱いてあげますよ」

 開き直ると、充足感に満たされた。アナルでしかいけなくたって、良いじゃないか。だって渋谷先輩がいる。

「あっ……ぅ……たす……けてっ」

 けれど嗚咽に紛れて放たれた単語に、景義は戦慄した。

「…………秋本っ」
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