スワッピングに来た先輩

兵馬俑

文字の大きさ
3 / 3

軌道修正

しおりを挟む
「二人とも帰ったよ。優馬くんはずっと申し訳ないって謝ってた。きみと景義くんの関係を知っていて引き合わせたわけじゃないみたいだよ。もちろん俺も知らなかった。でもごめんね。もっとしっかり相手のことを聞いておくべきだった」

 渋谷千尋は頷くので精一杯だった。繋がっていた部分がヒリヒリと痛む。心臓は胸を突き破りそうなほど激しく波打っていた。

「お湯溜めたから、とりあえず汗流そうか。立てる?」

 首を横に振ると、シンジは千尋の横に回った。「首に腕、回して」と言われ、応じると、抱え上げられた。

 バスルームへ運ばれ、湯船に下ろされる。ぬるま湯が心地いい。千尋は目を閉じ、呼吸を整えた。

「サークルの先輩が初めての相手じゃなかったんだね」

「……古傷、えぐんないで」

「まだ痛む?」

 シンジが頭を撫でながら聞いてくる。

「痛い」

「きみが強がらないの、珍しいね」

「強がってどうすんの。あんなみっともない姿見られてるのに」

 相手が戸次だと気づいて、ひどく取り乱してしまった。泣き喚いたせいで声は枯れるし最悪だ。

「特定の相手を作らないのは、景義くんが原因?」

「…………本当は付き合いたくなかったって言われた。俺が先輩で、バッテリーだから、そうするしかなかったって」

 ずっと胸にしまい込んできたのに、いざ口にすると止まらなかった。

「一年間……苦痛だったって。あいつの言い分も、わかるけど……わかるけどっ……」

 だったら告白なんかしてくるな。無理して付き合うな。思い出すだけで気分が悪くなってくる。戸次が嫌がっているとも知らず、男に抱かれて喜んでいた自分は救いようのないバカだ。

 すみません……渋谷先輩は、戸次のことが好きなんですよね……

 秋本、ここにいたのか。中村先生が呼んでたぞ。早く行けよ。

 あの時、戸次の邪魔が入らなければ、自分は秋本の告白を受け入れていた。確かに戸次のことが好きだった。でもあいつは女好きだし、叶わぬ恋だと諦めていた。秋本とはほとんど関わりはなかったけれど、なぜか付き合うイメージが容易にできた。彼となら上手くいくかもとか、もっと彼のことを知りたいとか、ポジティブな気持ちが次々と湧いてきた。でも……

 渋谷先輩……実はさっき、聞いちゃったんすけど、渋谷先輩って、俺のこと好きなんすか? 実は俺も、渋谷先輩のこと好きで……あの、良かったら俺と付き合ってくれませんか? 秋本に渋谷先輩取られるの、耐えられねえっす。

 あれが嘘とも知らず、千尋は舞い上がった。迷わずその告白を受け入れた。次の瞬間にはキスされた。ビクッと震えた体を強く抱きしめられて、幸せすぎて涙が出た。秋本には悪いと思いつつ、舞い込んできた幸福を手放せるはずがないと開き直った。

「苦痛だったら一年も続かないと思うし、男のセフレなんて作らないと思うよ」

「……そうかもね。でも、今更そんなの知りたくなかった」

 あの日、自分はたった2択で間違えた。二人と再会して、それを思い知った。

「チェックインの時、ロビーで会った奴、わかる?」

 てっきり千尋は、秋本がスワッピングの相手だと勘違いした。秋本がゲイだと知っていたから、早とちりしてしまったのだ。だからシンジに「待ち合わせは9時だよ」と言われ、慌てて追いかけた。

「秋本くんでしょ。さっきも名前呼んでたよね」

 それもバッチリ聞かれていたのだ。恥ずかしくて、千尋は両手で湯を掬い、顔面に掛けた。

「俺、告白されたんだ」

「戻ってきた時、やけに顔が赤かったから、何かあったのかなとは思った」

「高校の時も」

 シンジの手が一瞬止まり、「それで?」とまた動く。

「初めて男に告白されて、驚いたし嬉しかった。秋本のこと……よく知らないのにこいつと付き合ったら上手くいきそうって思った。……なのに俺、戸次を選んだんだ」

「景義くんのこと、好きだったんだね」

「うん。俺バカだから」

 じわりと視界が滲んだ。

「秋本を選んでたらどうだったんだろうって……何度考えたかわからない。勝手だろ。秋本を傷つけて、戸次を選んだのに。なのに秋本、俺を幸せにするって言うんだ。俺が望むこと、全部叶えるって」

「ヒロくんはそれを言われて、嬉しかったの?」

「うん」

「じゃあどうして俺との約束を断らなかったの?」

 罪悪感もあるのだろう。シンジの声音には苛立ちが混じっている。

「こんなに良いホテル取ってもらって、相手の都合もあるのに、ドタキャンなんてできないでしょ」

 シンジは呆れたようにため息をついた。

「まあ……きみはそういう人間だものね。責任感が無駄に強い」

「シンジさん、ごめんね」

「きみが謝ることじゃない。秋本くんと連絡は取れる?」

「ライン交換した」

「そう、良かった。こうやって会うのはこれきりにしよう。困ったことがあれば力になれると思うから、連絡先は残しておいてほしいけど。……まあでも、秋本くんが消せって言うなら消してもらって構わない。きみが困っていたら、彼ならきっと助けてくれると思うから」

「なんでそんなことわかるわけ」

「パッと見た感じの印象かな。俺を見る目に敵意がなかった」

 千尋は首を傾げる。

「なんて言うか彼の目は……きみに相応しい男かどうか、俺を見極めているようだった。きみに好意がある奴は、だいたい敵意を向けてくるんだけど。彼の目にはそういう下心が一切含まれていなかった。ただ純粋に、俺を疑っていた」

「疑う……」

「戸次くんみたいに俺がきみを傷つけないか、心配していたんだと思う」

 ぱんと胸が弾けた。

 自分が切り捨てたものの大きさに気づいて、千尋は両手で顔を覆い、咽び泣いた。
 
「ちゃんと秋本くん、呼びなね。事後とかつまらないことは考えなくていいから。大丈夫だから」

 甲斐甲斐しく千尋の体を拭い、ベッドまで運ぶと、親切にスマホを手に握らせて、シンジは帰って行った。

 本当に、事後とか考えなくて良いのだろうか。戸次とセックスしたこの場所に、彼を呼んで良いのだろうか。今更彼を選ぶなんて、虫が良すぎやしないだろうか……

 それでもスマホを開く。秋本からメッセージが来ていた。

 今日は会えて良かったです。やっぱり渋谷先輩のことが好きです。さっきの話、真剣に考えてくれると嬉しいです。

 わずかな理性と躊躇いは、秋本のメッセージを見た瞬間に消滅した。返信しようとキーパッドに指を置く。けれど何も言葉が思いつかなくて、焦る気持ちが通話ボタンを押していた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

俺にだけ厳しい幼馴染とストーカー事件を調査した結果、結果、とんでもない事実が判明した

あと
BL
「また物が置かれてる!」 最近ポストやバイト先に物が贈られるなどストーカー行為に悩まされている主人公。物理的被害はないため、警察は動かないだろうから、自分にだけ厳しいチャラ男幼馴染を味方につけ、自分たちだけで調査することに。なんとかストーカーを捕まえるが、違和感は残り、物語は意外な方向に…? ⚠️ヤンデレ、ストーカー要素が含まれています。 攻めが重度のヤンデレです。自衛してください。 ちょっと怖い場面が含まれています。 ミステリー要素があります。 一応ハピエンです。 主人公:七瀬明 幼馴染:月城颯 ストーカー:不明 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 内容も時々サイレント修正するかもです。 定期的にタグ整理します。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募するお話に、真紀ちゃん(攻)視点を追加して、倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

追放された味見係、【神の舌】で冷徹皇帝と聖獣の胃袋を掴んで溺愛される

水凪しおん
BL
「無能」と罵られ、故郷の王宮を追放された「味見係」のリオ。 行き場を失った彼を拾ったのは、氷のような美貌を持つ隣国の冷徹皇帝アレスだった。 「聖獣に何か食わせろ」という無理難題に対し、リオが作ったのは素朴な野菜スープ。しかしその料理には、食べた者を癒やす伝説のスキル【神の舌】の力が宿っていた! 聖獣を元気にし、皇帝の凍てついた心をも溶かしていくリオ。 「君は俺の宝だ」 冷酷だと思われていた皇帝からの、不器用で真っ直ぐな溺愛。 これは、捨てられた料理人が温かいご飯で居場所を作り、最高にハッピーになる物語。

バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?

cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき) ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。 「そうだ、バイトをしよう!」 一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。 教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった! なんで元カレがここにいるんだよ! 俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。 「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」 「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」 なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ! もう一度期待したら、また傷つく? あの時、俺たちが別れた本当の理由は──? 「そろそろ我慢の限界かも」

記憶を失くしたはずの元夫が、どうか自分と結婚してくれと求婚してくるのですが。

鷲井戸リミカ
BL
メルヴィンは夫レスターと結婚し幸せの絶頂にいた。しかしレスターが勇者に選ばれ、魔王討伐の旅に出る。やがて勇者レスターが魔王を討ち取ったものの、メルヴィンは夫が自分と離婚し、聖女との再婚を望んでいると知らされる。 死を望まれたメルヴィンだったが、不思議な魔石の力により脱出に成功する。国境を越え、小さな町で暮らし始めたメルヴィン。ある日、ならず者に絡まれたメルヴィンを助けてくれたのは、元夫だった。なんと彼は記憶を失くしているらしい。 君を幸せにしたいと求婚され、メルヴィンの心は揺れる。しかし、メルヴィンは元夫がとある目的のために自分に近づいたのだと知り、慌てて逃げ出そうとするが……。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

処理中です...