孤児が皇后陛下と呼ばれるまで

香月みまり

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3章

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「へぇ、お前が新しい庶子か?」

「え?」


皇宮に入ってから4ヶ月が経過した頃の事だった。

数日続いた雨に参ってしまった宇麗は身体を動かしたくて、侍女を伴い庭園を散策していた。

不意に若い男の声に呼び止められて、驚いて声の主をキョロキョロと探す。

視線を巡らせた先にスラリと背の高い男の姿を見とめて、思わず息を飲んだ。

きちんと鍛えられそれでいて、無骨さを感じないしなやかな体躯に、まれに見ない整った顔立ちの青年だった。
色素の薄い瞳は不思議と吸い寄せられてしまいそうなほどに魅惑的な光を放っていて、宇麗は自然その瞳を見詰めることになった。

すごい美形、こんな人皇宮にいたかしら?

うっすらとそんなことを考えるものの、そんなのは愚問に過ぎない。
こんな美しい人を一目見たら忘れようと思っても忘れられるわけがない。

彼は、その長い脚を利用して数歩で宇麗の元までやってくると、その美しい顔で宇麗を覗き込む。

こんな美形に間近まで顔を寄せられたことなんて滅多にない。自然と顔が火照る。



「なんだ、割と普通だな。もっと気の強そうな女を想像していたのだがな。それにしても痩せてるなぁ。ちゃんと飯食えよ!」

しげしげと顔を眺められて、そしてゆっくりと品定めるかのように視線が降りていく。そうして彼の口から出た言葉は、皇女に対してという以前に女性に対して失礼千万な言葉だった。


「っ失礼な!どちら様でしょうか?」

眉間にしわを刻んで睨みあげる。もともとの生まれが貧乏だったせいか、食べても食べても太らないのだ。色気がないことくらい分かっている。
ちょっと顔がいいからって!と息巻けば、そんな宇麗を見下ろした、彼はふっと頬を緩ませた。

美形の微笑みは極上だ。


「ここの主で、お前のお兄様。第3皇子、凰訝おうがだ。」

だいさんおうじ、、、おうが、、、その名前に宇麗は、目を見開いて、そして上から下まで彼の姿を確認する。

一般的に平民は王室の構成なんてものは詳しくは知らない。皇帝と皇后、皇太子と要職についている皇子がいたのならその者の名くらいだ。
そしてこの第3皇子凰訝の名は、後者として、まだ農民の苓であった頃から知っていた。


第3皇子にして軍に所属し、各地の内乱や隣国との戦に先陣を切って制圧し、その有能さと共に、容赦のない残忍さと突飛な行動は民の中でも話題になるほどである。
他国では彼の事を恐れて、碧相の狂人と呼ぶものも多いとか。

それが、今目の前にいる「お兄様」と名乗る美形の青年であるというのだ。

たしかに、、、確かに伝え聞く話では美丈夫だとも聞いていたが、そんなもの夢を見たい平民が勝手に作り出した伝説のような偶像だろうと思っている人は多かった。

それにしてもこんな美しい顔をして、残虐な事ができるとは、、、そこまで考えて先ほどまでの自分の物言いを思い出して、さぁっと血の気が引いた。

そんな宇麗の顔色を面白そうに観察した彼は、その形のいい口元を、ニタリと引き上げる。

「威勢がいい女は嫌いじゃねぇぜ。まぁ庶子だ仲良くしようなぁ?」

そう言って、硬直している宇麗の頭を乱れることも気にせずガシガシとかき混ぜる。

お付きの侍女の誰も、それについて咎めるものはいない、、、当たり前だが。

しかし

「庶子、、、でいらっしゃるのですか?」

なんとか言葉を紡いで、彼を見返せば、彼は「なんだ知らねぇのか?」と眉を寄せた。
そんな話までは流石に平民には伝わっていない。
この皇宮に来てから、彼のことなど誰からも聞いてもいなかったから知りようもなくて。

そう言えば以前、雛恋が「得体の知れない庶子と思われているにぃさま」の事を話してくれたことを思い出す。

そのにぃさまは、この宮の主で、庶子で、怪物。

あ、この人だったのだと合点がいった。そんな所に

「あぁ~こんなところにいた!!」

件の雛恋の声と、たったと軽やかに走る足音が後方から追いかけてくる。

そして
「あらやだ!にぃさま!戻っていらしてたの!?」

宇麗と共に立つ、凰訝を見止めて一層跳ねるような声を上げた。

「父上に呼ばれてな。雛恋、久しくあっても本当にお前は変わらんなぁ」


流石元踊り子なだけあって、ぴょんぴょんと軽やかにやってきた雛恋は、嬉しそうに兄の首に手を回すと抱きついた。
全体重で飛び込んできた雛恋を、彼は難なく抱き留めて、くるりと一周回ると、音もなく彼女を地に下ろす。


「そう簡単に変わってなるものですか!お父様のご命令?本当にそれだけ?」

彼の首から手を離した雛恋はそのあり得ないほどの美貌を前にしても、一切怯むことなく、兄の顔をいたずらめいた表情で覗き込む。

「ま、建前上はな!」

「あはっ!やっぱりぃ?」


何やら楽しそうに会話をする二人を宇麗は唖然として見守った。

これが本当に碧相の狂人と言われた男の素顔なのだろうか?というより割と普通の人?


「殿下、そろそろ、、、」

ひとしきり二人が話しているのを見ていると、彼のそばに控えていた(それまで気配を消していたのか今気づいた)男性が声をかけた。

「あぁ?そうだな、、、」

この後に予定が詰まっているのだろう。言われた兄も思い出したかのようにうなずく。

そして雛恋の頭をやはり先ほど宇麗にしたようにくしゃりと撫でる。
どうやらあれは、彼なりに親愛の証のようだ。


「じゃあな!おい、宇麗!次はもっと太っておけよ!」

「っ!」

わざと宇麗の神経を逆なでるようにニヤリと笑った彼は

「行くぞ」と先ほどまでの柔らかい声音が嘘のように冷たく険しい声を従者にかけて、身をひるがえしていった。

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