文字の大きさ
大
中
小
134 / 161
番外編ー清劉戦ー
1日目 謁見1
『湖紅国、皇弟殿下、並びに禁軍大将
紅冬隼様
並びに御内室翠玉様』
謁見の間に、文官のかしこまった声が響く。
その瞬間、一気に広間に緊張感が漂うのを、翠玉は肌で感じる。
赤と金が鮮やかな絨毯を踏みしめ、一歩踏み出せば視線の先には、皇帝と、その妃達が並んでいる。
冬隼と共に、ゆっくりと前に進み礼をとる。
冬隼が兄である皇帝陛下を代理して祝いの口上を述べ、翠玉は夫に付き従って頭を下げたままそれが終わるのを待った。
「遠路はるばる、ようお越しくださった。湖紅の皇室にはわが姉妹が世話になっている。昨年の姉の突然の死には驚いたものですが、妹の姿をこうして見られたことは嬉しく思っております」
皇帝の口から出た言葉は、最初こそねぎらいの言葉であったものの、その先は当て擦りだと、翠玉には分かった。
異母姉、、、彼にとっては実姉の死は、この祖国にも当然知らされていた。
しかしその死は自国の後宮のいざこざを隠すため病死と伝えている。
当然彼らがそれをそのまま鵜呑みにすることはないだろう。
極め付けに翠玉が彼女の忘れ形見の皇子を養育している事で、「お前が計ったのではないのか?」と、翠玉を見下ろす目が言っているのを、翠玉は敏感に感じ取っていた。
予想通りの反応に、つい口元に皮肉な笑みを浮かべそうになるのを堪える。
「義姉上の死は非常に残念なことにございました。まだ幼き皇子を残してさぞ無念であったことでしょう。」
おそらく気づいている冬隼が、当たり障りなく言葉を繋いでくれる。
「皇子はどのように過ごしておられる。繊細な子と聞いております。もし馴染めぬようならば、母の祖国でしばらく過ごす事もお考えいただいてもよいかもしれない。こちらには皇子にとっての祖母も叔母達もおりますゆえ」
少し前のめりになった皇帝が、冬隼に向けて問いかける。
程よく湖紅の後継者候補を自国で養育して染め上げようという事だろう。
惺眞が、皇位継承権を放棄している事を彼らは知らない。清劉にはその習慣がない上、それを説明するには、姉が犯した罪まで公表しなければ納得させられないだろう。
彼らがそうした提案をしてくる事は、最初から翠玉には想像がついていた事だった。そして隣の冬隼も予め翠玉から、おそらくそうした提案があるだろうと聞いていたため、驚くような素振りも見せなかった。
くすりと翠玉は笑う。
「ご心配には及びません異母兄様。他でもない華遊異母姉様が今際の際に私を指名して惺眞を託されたのです。たしかにしばらくは母の死に塞いでおりが、今は異母兄や従兄達と仲良く勉学や剣術に励んでおります。とても優秀な子ですから、将来は異母兄の御代をしっかり支える臣下となるでしょう。」
その言葉に、皇帝がグッと息を飲むのが分かった
すでに、湖紅内部では彼らの思い描く、惺眞を次期皇帝にという路線は無いものとなっている事が分かったはずだ。
極め付けに、皇帝には今現在、自身の御代を支える兄弟と言うものがいない。なぜなら彼の母が殺し尽くしてしまったからである。
無事であった歳下の皇子達も、そんな卑劣な母子の御世のために働こうとするものはいなかった。
実際のところそれが、今皇帝の座についた彼を苦しめているのだ。心から信頼できる者は少なく、彼の近習達もあまりいい働きはしていない。
母に付き従って協力していた有力者達は年老いて引退を迎えている。そしてその後を継ぐ子供は、必ずや自身に心から忠誠を誓っているとは限らない。
祖母や叔父、母のしてきた行いとは違い、惺眞は兄弟で支えあって生きて行くのだ。それが出来なかったお前達になど、あの子を関わらせてなるものか。
冷ややかな視線を向ければ、目の前の兄がぐっと唇を噛み締めたのがわかった。
どうやら翠玉の皮肉は、余す事なく彼には伝わったらしい。
「まったく。結婚して子も産んだと言うのに、あいも変わらず可愛げのないことよ、華遊が其方に子を託したなどという戯言誰が信じるものか」
このまま、形式ばかりの挨拶を終えて辞そうかと思った矢先、そこに苛立たしげな女の声が響く。
「母上!」
驚いたように腰を浮かせたのは皇帝で、その場にいるもの達がハッと息を飲む気配がした。
感想 260
あなたにおすすめの小説
【完結】聖女と国王は恋仲にしか見えませんので、私は妻をやめます
王妃アリアは、国王レオンと聖女セレナが愛し合っているという噂に苦しんでいた。夜通し共に過ごし、人前で名前を呼び合い、触れ合う二人は、誰の目にも恋仲にしか見えない。
それでもレオンは「国を守るために必要なことだ」と妻の痛みに気づかず、セレナも王妃の席へ座り、妻のように振る舞い続ける。ついに礼拝堂で、アリアは皆の前で二人を問いただす。
「お二人には、本当に呆れましたわ」そして結婚指輪をレオンへ投げつけ、「私は、あなたの妻をやめます」と宣言する。だが王妃が去った直後、妻になったつもりで振る舞う聖女へ、王宮中の視線は冷たく変わっていき。
『嘘の病気で同情を買うな』と私を死に追いやった婚約者、私の墓標の前で額を叩きつけ、血の涙を流して号泣する大破滅!
婚姻届を出す前日、久世景人はようやく、十年遅れの婚約指輪を私の指にはめた。
銀色の輪が薬指に滑り込んだ瞬間、私は照明の下で光るダイヤをぼんやり見つめた。長く続いた待ち時間が、やっと終わったような気がした。けれど次の瞬間、彼は私の手を見下ろし、まるで似合わない品物を評するように静かな声で言った。
「正直、澪の手ってあまりきれいじゃないよな」
私は言葉を失った。
景人はそのまま私の指先を取ると、さっきはめたばかりの指輪を抜き取った。十年待ち続けた指輪は、彼の手のひらの上で冷たく光っていた。
「この指輪、瑠奈の手にあったほうが似合うと思う」
私は手を引き戻し、信じられない思いで彼を見た。
「どういう意味? 瑠奈と結婚するつもりなの?」
景人は目を伏せ、指輪の縁を指先でなぞった。まるで、たいしたことではない問いを少し考えているだけのようだった。
「そこまでじゃない。ただ、会えない時間が長くなると、どうしても瑠奈のことを考えるんだ」
その瞬間、私は自分がどうやってあのタワーマンションを出たのかさえ覚えていない。
妹ばかり愛した家族へ。私が王太子妃になった日、皆さんは謝りました。けれど、もう遅いのです
【全一話完結】
幼い頃から妹の引き立て役として生き、婚約者まで奪われて家を追放された侯爵令嬢エレナ。
傷ついた彼女が助けた青年は、身分を隠した王太子だった。
一年後、王太子妃となったエレナの前に現れたのは、今さら「家族だから」と擦り寄ってくる両親と妹。
けれど彼女は、もう二度と振り返らない。
側妃を紹介されたので、その婚約はお断りいたします
公爵令嬢ヴィオレッタは、王子の婚約披露の日に、もうひとりの令嬢を「側妃に」と紹介された。
逆らってはいけない――そう信じて微笑んだわたくしは、濡れ衣を着せられ、お腹の子を奪われ、雪の離宮でひとり息を引き取った。
けれど目を開けると、そこはあの婚約披露の日。時間が、巻き戻っていた。
今度は、飲み込まない。今度は、微笑まない。
前の生で覚えた数字も、罠も、あの女の手口も、ぜんぶ覚えている。
「その婚約、謹んでお断り申し上げます!」
涙を武器にする令嬢に、二度は負けない。そして――誰も見ていないと思っていた場所で、ずっとわたくしを見ていた騎士がいた。
これは、運命に流されるだけだったわたくしが、自分の人生を"選び直す"物語。
王妃教育を辞退したら「困る」と国王陛下が直接迎えに来ました ~婚約破棄された私に、王太子ではなく国王陛下が求婚してきます〜
【全一話完結】
王太子の心変わりによって婚約を破棄された侯爵令嬢リリアーナ。
十年以上受け続けた王妃教育も辞退し、ようやく自由になれると思っていた。
ところが数日後、侯爵家を訪れたのは国王陛下本人。
「王妃教育を辞退されると困る。私の妃になってほしい」
努力を踏みにじった王太子はすべてを失い、選ばれたのは誠実に生きてきた彼女だった。
これは、年上国王に溺愛されながら、世界一幸せな王妃になるまでの逆転ラブストーリー。
終わりにします
「終わりにします」
その言葉とともに、侯爵令嬢シルヴィアは毒を飲んだ。
婚約者は妹を選び、父は妹だけを信じた。
誰にも必要とされなかった人生を終えたはずなのに、目を覚ますと三か月前へと時間は巻き戻っていた。
もう、誰かに愛されるためだけに生きるのはやめよう。
そう決めた彼女は、静かに運命を書き換えていく。
これは、一度死んだ少女が、自分自身の人生を取り戻すための物語。
「君を愛することはない」と言われて三年、そろそろ白い結婚をやめようと思います
伯爵家の娘・セシリアには、幼い頃からの許婚がいた。
公爵家当主にして王国宰相、ユーリス・シルヴェイン――初恋の相手でもある彼と、セシリアはついに結婚する。
しかし結婚初夜、彼は静かに告げた。
「君を愛することはない」と――。
ユーリスはほとんど帰宅せず、聞こえてくるのは他の女性との浮いた話ばかり。
没落寸前だった伯爵家の借金を肩代わりしてもらった身では、反論する術もない。
セシリアに求められるのは、ただ"完璧な公爵夫人"でいることだけだった。
しかし"ある夜"をきっかけに、ふたりの関係はより歪になる。
彼が稀に邸へ戻る夜――ユーリスは決まって、セシリアの隣で眠るのだ。
理由も、意味も、分からない。でも、怖くて聞けない。
そんな折、社交界である噂が囁かれ始めた。
他国の王女との縁談、そして「本命の女性がいる」という声。
結婚して三年。愛されなくとも、傍にいられればそれで良かった。
けれど、もう――潮時なのかもしれない。セシリアは静かに、離婚を決意する。
「仕方ない」には疲れました ~三年続いた白い結婚を終わらせたら、辺境公爵の溺愛が待っていました~
「仕方ない」と白い結婚に耐え続けていた伯爵夫人エリス。
彼女の誕生日、夫は幼なじみのセシリアを屋敷に連れ帰り、エリスが大切にしてきた猫を彼女に見せろと言う。冷めた晩餐の前で心が折れたエリスは、ついに離縁を宣言し実家へ戻った。
彼女の薬草知識と領地経営の才は、北方を守る公爵ディートリヒが目を留める。流行り病に苦しむ公爵領を救うため奮闘するエリスは、初めて努力を認められ、大切に扱われる喜びを知っていく。一方で彼女を失った元夫の伯爵家は傾き、身勝手な幼なじみの嘘も暴かれて――。
我慢をやめた傷心令嬢が、辺境公爵に溺愛され、自分らしい幸せを選び直す逆転愛されファンタジー。