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番外編ー清劉戦ー
関わりたくない人
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「それが、老師の書か?」
夜、湯浴みをすませて寝室で書に目を通していると、不意に背後から声がかけられ、翠玉ははっとして振り返る。
背後には、先程帰宅した冬隼が、夜着の装いで立っていて、どうやら彼を迎えに出て、一度別れてから、かなりの時間が経っていることを悟る。
「お疲れ様。禁軍はどうだった?」
自分の状況につい苦笑しながらも問うてみると、近づいてきた冬隼は卓に置かれた茶を2つの杯に注いで、翠玉に差し出すと、寝台に腰掛ける。
「十数年、最低限の予算だけでやっていたとは思えないほどに、上層部の統率も兵の質も保たれているな。壁将軍をはじめ、義兄上を慕い待ち続けた者たちの努力の賜物だろう。少々の時代遅れな装備や施設の作りは、碧相で将にまでなった義兄上のもとでならすぐに取り戻せるだろう。実際、義兄上もいくつか指摘していたしな」
「そう。とにかく立て直す間に他国に付けいられなければいいのだけど……問題は紫瑞国よね。董伯央は結局どうなったのかしら?逃したにしては凰訝殿下が、随分と大人しかったし……」
碧相国の第三皇子、碧凰訝はあの晩から3日ほどで、賓客として逗留し、行末を見守っていた碧相国の皇太子と共にあっさりと自国へ戻って行ったらしい。
取り逃したのならば、おそらく国境際まで執拗に追いかけ回したはずである。という事は、何かしら彼が満足する結果があるはずなのだが、翠玉の耳にはその情報は届いていない。
何か聞いていないだろうかと、冬隼を伺い見れば……冬隼がなんとも複雑そうな顔をしているので、彼の顔をじっと見たまま口をつぐむ。
それだけで、冬隼には翠玉が「知っている事を教えなさい」と言っていることは伝わる筈だ。
案の定、しばらくすると大きなため息をついた冬隼が口を開く。
「一瞬見ただけだ……実際はどうかしらんが、おそらく義兄上は我が国を関わらせないためにも何も言わないのだろう。だから、我々も知らぬふりをしておくつもりでいたのだ」
そう前置いて、あの日城壁の上で見た光景を説明される。
十中八九、董伯央は碧凰訝に狩られている……問題はそれがどう紫瑞に伝わったのかだが……。
「兄様も、頭が痛いわね」
「董伯央がいない今、紫瑞がすぐ何か事を起こす可能性は限りなく低いが、それでも禍根は残るかもしれないな」
「随分古い話ではあるけれど、皇太后も紫瑞の皇室の産まれだったしね。紫瑞にとっては面白くない事の連続で、内心腑煮え繰り返る気分でしょうけどね」
これで大陸に存在する国家のほとんどが、紫瑞にとっては敵国となるのだ。
腹はたっても迂闊に兵をあげる事もできない。
翠玉がもし紫瑞の司令官の立場でも、唇を噛んで耐えたに違いない。
「問題は、董伯央の後継者が育っているかどうか……次第かしら?」
「まだ歳も若かったからな……まさかこんな所で死ぬ事になるとは本人も思ってはいなかっただろうしな」
「狂人に目をつけられてしまったのが、彼の不運よね」
2人で顔を見合わせて息を吐く。
しばらくは情勢も落ち着いてくるとは言え、正直あの御仁には、出来ることならば今後一切関わりたくはない。
なんとなく、見ているだけで……関わるだけで、寿命が縮みそうな気がするのだ。
互いに顔を見合わせて、この話は終わろうと頷き合うと、同時に杯を仰いだ。
夜、湯浴みをすませて寝室で書に目を通していると、不意に背後から声がかけられ、翠玉ははっとして振り返る。
背後には、先程帰宅した冬隼が、夜着の装いで立っていて、どうやら彼を迎えに出て、一度別れてから、かなりの時間が経っていることを悟る。
「お疲れ様。禁軍はどうだった?」
自分の状況につい苦笑しながらも問うてみると、近づいてきた冬隼は卓に置かれた茶を2つの杯に注いで、翠玉に差し出すと、寝台に腰掛ける。
「十数年、最低限の予算だけでやっていたとは思えないほどに、上層部の統率も兵の質も保たれているな。壁将軍をはじめ、義兄上を慕い待ち続けた者たちの努力の賜物だろう。少々の時代遅れな装備や施設の作りは、碧相で将にまでなった義兄上のもとでならすぐに取り戻せるだろう。実際、義兄上もいくつか指摘していたしな」
「そう。とにかく立て直す間に他国に付けいられなければいいのだけど……問題は紫瑞国よね。董伯央は結局どうなったのかしら?逃したにしては凰訝殿下が、随分と大人しかったし……」
碧相国の第三皇子、碧凰訝はあの晩から3日ほどで、賓客として逗留し、行末を見守っていた碧相国の皇太子と共にあっさりと自国へ戻って行ったらしい。
取り逃したのならば、おそらく国境際まで執拗に追いかけ回したはずである。という事は、何かしら彼が満足する結果があるはずなのだが、翠玉の耳にはその情報は届いていない。
何か聞いていないだろうかと、冬隼を伺い見れば……冬隼がなんとも複雑そうな顔をしているので、彼の顔をじっと見たまま口をつぐむ。
それだけで、冬隼には翠玉が「知っている事を教えなさい」と言っていることは伝わる筈だ。
案の定、しばらくすると大きなため息をついた冬隼が口を開く。
「一瞬見ただけだ……実際はどうかしらんが、おそらく義兄上は我が国を関わらせないためにも何も言わないのだろう。だから、我々も知らぬふりをしておくつもりでいたのだ」
そう前置いて、あの日城壁の上で見た光景を説明される。
十中八九、董伯央は碧凰訝に狩られている……問題はそれがどう紫瑞に伝わったのかだが……。
「兄様も、頭が痛いわね」
「董伯央がいない今、紫瑞がすぐ何か事を起こす可能性は限りなく低いが、それでも禍根は残るかもしれないな」
「随分古い話ではあるけれど、皇太后も紫瑞の皇室の産まれだったしね。紫瑞にとっては面白くない事の連続で、内心腑煮え繰り返る気分でしょうけどね」
これで大陸に存在する国家のほとんどが、紫瑞にとっては敵国となるのだ。
腹はたっても迂闊に兵をあげる事もできない。
翠玉がもし紫瑞の司令官の立場でも、唇を噛んで耐えたに違いない。
「問題は、董伯央の後継者が育っているかどうか……次第かしら?」
「まだ歳も若かったからな……まさかこんな所で死ぬ事になるとは本人も思ってはいなかっただろうしな」
「狂人に目をつけられてしまったのが、彼の不運よね」
2人で顔を見合わせて息を吐く。
しばらくは情勢も落ち着いてくるとは言え、正直あの御仁には、出来ることならば今後一切関わりたくはない。
なんとなく、見ているだけで……関わるだけで、寿命が縮みそうな気がするのだ。
互いに顔を見合わせて、この話は終わろうと頷き合うと、同時に杯を仰いだ。
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