3 / 77
1章
1 行末
「霜苓! お前……柵の事聞いたか?」
土埃の混ざった乾燥した風。その中に香るのは、鉄を水に溶かしたような錆びた臭い。霜苓には馴染み深く、日常となっているものだ。今さら顔を顰めるようなものではない。
戦勝に湧く陣営の中で、勝利に酔いしれるでもなくただ戦場を見下ろす霜苓に近づいて来た男も、また霜苓と同じように一切の感情を取り払った顔をしている。
彼……白杜と自分は、幼い頃から、任務中には表情を変える事を禁じられ、訓練されてきた。ゆえに互いに相手の表情の動きは一切気にするところではない。
「柵……?確か左翼の班だったはずよね?」
「あぁ……任務は成功したが……死んだらしい」
淡々と告げられた白杜の言葉に、霜苓は一回だけ普段の呼吸より少しばかり深く息を吸った。それだけでも、白杜には霜苓が随分驚いている事は伝わったに違いない。
「そう……残念ね……遺体は?」
「班の連中が、きちんと処理したそうだ」
「そう、なら安心ね。他に何か指示は来てる?」
「いや、特には、数日は待機だろうさ」
「退屈ね……」
まるで天気の話でもしているかのような上辺だけの言葉を吐く。今しがた数日前に祝言を挙げたばかりの夫の死を聞いたと思えないほど、霜苓の胸の内には夫に対する想いは浮かばなかった。それよりも……。
「柵が死んだのなら、私は寧院行きね……」
当然そうなるだろうと呟いた言葉に、白杜が息をのむ気配を感じる。
「まだ……分からないだろう」
彼にしては端切れの悪い返しに、ようやく霜苓はわずかに頬を緩める。これはほぼ確定事項だと、一族の者ならば誰でも分かる事だ、にもかかわらず、彼がそう言ってくれるのは霜苓へのささやかな慰めに他ならない。
幼い頃から仲間想いで、情に厚い男なのだ。
「戻ってすぐ、呪女老に頼んでみるわ。教えてくれてありがとう」
ひらりと手を振ると踵を返す。白杜の持ち場は左翼で、霜苓の持ち場は右翼だ。わざわざ反対側にそんな事だけを伝えに来てくれた彼に、礼を告げると自陣へと足を向ける。
去る霜苓の背中に、まだ何か言いたげに白杜が口を開いた気配を感じつつも、振り返る事はしなかった。この戦にくる直前、昨年祝言を挙げた妻の懐妊が分かったばかりの彼に、霜苓にかけられる言葉などなく、かえって気を使わせるのが気の毒に思えた。
土埃の混ざった乾燥した風。その中に香るのは、鉄を水に溶かしたような錆びた臭い。霜苓には馴染み深く、日常となっているものだ。今さら顔を顰めるようなものではない。
戦勝に湧く陣営の中で、勝利に酔いしれるでもなくただ戦場を見下ろす霜苓に近づいて来た男も、また霜苓と同じように一切の感情を取り払った顔をしている。
彼……白杜と自分は、幼い頃から、任務中には表情を変える事を禁じられ、訓練されてきた。ゆえに互いに相手の表情の動きは一切気にするところではない。
「柵……?確か左翼の班だったはずよね?」
「あぁ……任務は成功したが……死んだらしい」
淡々と告げられた白杜の言葉に、霜苓は一回だけ普段の呼吸より少しばかり深く息を吸った。それだけでも、白杜には霜苓が随分驚いている事は伝わったに違いない。
「そう……残念ね……遺体は?」
「班の連中が、きちんと処理したそうだ」
「そう、なら安心ね。他に何か指示は来てる?」
「いや、特には、数日は待機だろうさ」
「退屈ね……」
まるで天気の話でもしているかのような上辺だけの言葉を吐く。今しがた数日前に祝言を挙げたばかりの夫の死を聞いたと思えないほど、霜苓の胸の内には夫に対する想いは浮かばなかった。それよりも……。
「柵が死んだのなら、私は寧院行きね……」
当然そうなるだろうと呟いた言葉に、白杜が息をのむ気配を感じる。
「まだ……分からないだろう」
彼にしては端切れの悪い返しに、ようやく霜苓はわずかに頬を緩める。これはほぼ確定事項だと、一族の者ならば誰でも分かる事だ、にもかかわらず、彼がそう言ってくれるのは霜苓へのささやかな慰めに他ならない。
幼い頃から仲間想いで、情に厚い男なのだ。
「戻ってすぐ、呪女老に頼んでみるわ。教えてくれてありがとう」
ひらりと手を振ると踵を返す。白杜の持ち場は左翼で、霜苓の持ち場は右翼だ。わざわざ反対側にそんな事だけを伝えに来てくれた彼に、礼を告げると自陣へと足を向ける。
去る霜苓の背中に、まだ何か言いたげに白杜が口を開いた気配を感じつつも、振り返る事はしなかった。この戦にくる直前、昨年祝言を挙げた妻の懐妊が分かったばかりの彼に、霜苓にかけられる言葉などなく、かえって気を使わせるのが気の毒に思えた。
あなたにおすすめの小説
後宮の棘
香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。
☆完結しました☆
スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。
第13回ファンタジー大賞特別賞受賞!
ありがとうございました!!
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
片思いの貴方に何度も告白したけど断られ続けてきた
アリス
恋愛
幼馴染で学生の頃から、ずっと好きだった人。
高校生くらいから何十回も告白した。
全て「好きなの」
「ごめん、断る」
その繰り返しだった。
だけど彼は優しいから、時々、ご飯を食べに行ったり、デートはしてくれる。
紛らわしいと思う。
彼に好きな人がいるわけではない。
まだそれなら諦めがつく。
彼はカイル=クレシア23歳
イケメンでモテる。
私はアリア=ナターシャ20歳
普通で人には可愛い方だと言われた。
そんなある日
私が20歳になった時だった。
両親が見合い話を持ってきた。
最後の告白をしようと思った。
ダメなら見合いをすると言った。
その見合い相手に溺愛される。
(第一章完結)ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています
紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、
ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。
「もう君は、僕の管理下だよ」
退院と同時に退職手続きは完了。
住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。
外出制限、健康管理、過保護な独占欲。
甘くて危険な“保護生活”の中で、
私は少しずつ彼に心を奪われていく――。
元社畜OL×執着気味の溺愛社長
囲い込み同棲ラブストーリー。
拾ってないのに、最上位が毎日“帰る”んですがーー飼い主じゃありません!ただの受付係です!
星乃和花
恋愛
王都ギルド受付係リナは、今日も平和に働く予定だった。
……のに。
「お腹すいた」
そう言って現れたのは、最上位の英雄レオン。
強いのに生活力ゼロ、距離感ゼロ、甘え方だけは一流。
手当てすれば「危ない」と囲い込み、
看病すれば抱きしめて離さず、
ついには――
「君が、俺の帰る場所」
拾ってない。飼ってない。
ただ世話を焼いただけなのに、英雄が毎日“帰ってくる”ようになりました。
無自覚世話焼き受付嬢 × 甘えた天然英雄の
距離感バグ甘々ラブコメ、開幕!
⭐︎火木土21:20更新ー本編8話+後日談9話⭐︎
一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました
由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。
ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。
遠い存在になったはずの彼。
けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。
冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。
【完結】転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。