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4章

77 あの馬車

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♢♢
「腹立たしいですね。いったい何が狙いなのでしょうか?」

ガタガタと揺れる馬車の中で、書類を捲っていると、イライラした様子のマルガーナが不機嫌をあらわに眉を寄せている。

「狙い?」
小首をかしげて彼女を見れば。

「リドック・ロドレルですよっ!」

他に誰とは言わせない! そんな強い口調で言い切った彼女に、書類を捲る手を止めて一つため息をついて見せる。

「偶然かもしれないでしょう? それに大きな取引相手なわけでも無いのだから、さほど痛手は被っていないし」

「本当にこれが偶然でしょうか? この前のレストランから始まって3件目ですよ?」

「まぁ確かに立て続けではあるけれど、あちらも新規事業に参入するわけで、どうしても他所から仕事を奪う形にはなってしまうのは仕方ないでしょう?」

「そうですけど……」

言い淀むマルガーナに微笑みかける。
彼女が過剰に反応するのも理解ができる。昨日と今日、立て続けに古くからロブダート家と関係があった顧客がスペンス家との事業契約に鞍替えするという事象が起こっているのだ。
しかしどれも契約更新の時期に差し掛かったもので、別に不義理を働かれているものではない。

「我が家は広い市場を持っているわけだし、彼が手広く事業をしようとしているのなら自然と顧客は重なってしまうのは仕方のない事じゃない?」

いうなれば、それは一重に私が頼りなく、それよりも新規に事業を立ち上げようと異国で専門知識を学んできた同じ侯爵家のリドックの方が頼りになる……という事なのだ。

契約結婚までして彼に家の事を任せてもらっているのに、成果が出せないどころか、顧客を逃してしまっている自分の至らなさに苛立ちを感じるものの、商売敵であるリドックにその感情を向けるのは違う気がするのだ。

「でもっ!」
そんな私の言葉に、まだ納得がいかないと言うように言い淀むマルガーナは、隣に座るエイミーに視線を送るものの、エイミーも私と同様に眉を下げて微笑むと、マルガーナから私に視線を移す。

「この話は、旦那様には?」

「まだ……なかなか顔を合わせられなくて……でも流石に3件立て続けとなると早めにお伝えした方がいいわね。クロードにお願いしておこうかしら。お忙しそうだからあまり心配はかけたくないけれど……」

彼が戻って3日が経つものの、結局連日帰宅の遅い夫とはゆっくりとした時間を取れていない。最低限の報告事項や必要な事はクロードを通して伝えてもらってはいるものの、リドックに関する事は一切触れていない。

なんでも視察中に溜まってしまった殿下の書類仕事が非常に滞っていて、殿下付きの文官の立場の彼はとても立て込んでいるらしい……というのもクロードからの報告なのだが。

そんな事を思い出して小さくため息を吐くと、目の前の二人が顔を見合わせた。
ほどよくそのタイミングで、馬車がゆっくりと速度を落とす。

どうやら目的地に到着したらしい。

マルガーナが差し出してくる、ブルーグレーの帽子を受け取り、馬車を降りる。
今日は10日後に行われる王女殿下の誕生日を祝うパーティーのために仕立てたドレスの最終の採寸確認のために王都の中でも一番にぎわっている商業区画にやって来たのだ。

人気のテイラーや宝飾品店などが立ち並ぶ貴族御用達の区画とあって、道のあちらこちらにはそれなりに贅を尽くされた貴族の馬車が止まっている。
その中で私の目は、またあのネイビーブルーに黒い縁取りの馬車を捕らえてしまった。
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