その溺愛、契約要項にありました？〜DV婚約者から逃れたら、とろ甘な新婚生活が待っていました〜

4章

105襲撃者①【ラッセル視点】

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「ティアナが少し疲れているようだから、幕が閉じたら、人の通りが激しくなる前に出る。そのつもりで準備をしてくれ」

手洗いに立った際、護衛のためについてきたダルトンに確認を取れば、彼は神妙な面持ちで頷いた。

今日は終始どこか上の空な妻の顔を思い出す。調子でも悪いのだろうか？　そうであるならば悪戯に人混みの中を動くよりいいはずだ。


彼女の体調次第では食事の日も改めよう。

そんなことを考えながら、手洗いを済ませて、戻る道すがら、殿下付きの護衛であるディノと顔を合わせる事になった。

「なんだ、休暇の申請を出していたと思ったら、行き先は一緒だったのか！」

そう声をかけると、こちらに気づいた彼も柔かく微笑んで「そのようですね」と頷いて、彼の腕に手をかけている御令嬢に「殿下付きの、ロブダート侯爵家の……」と簡単に説明をしている。

その優しい声音と言葉の紡ぎ方で、その女性が彼の婚約者である事は理解出来た。
確か男爵家の御令嬢で、御子息がいない為にディノが婿養子になる予定だと聞いたことがある。

ディノの説明を受けた御令嬢が、やはり彼の婚約者だと名乗り、互いに挨拶を交わすと、他愛のない話をして別れた。
丁度その時だった。

「アンジー‼︎ やはりその男を選んだのか！　騙しやがって！」

貴族ばかりの利用する厳粛なフロアに、突如として半狂乱の男の声が響いた。

アンジー、その名はつい先ほどディノに紹介された彼の婚約者の女性、アンジェリカの愛称だろうか。

人混みの中に「キャァ！」という女性の叫び声と、「何だ貴様は！」といった怒号が響き渡る。

驚いて今しがた別れた2人の方を振り返ると……

婚約者を守るように抱きかかえたディノと、その数メートル先に刃物を持って2人を睨みつける男の姿があった。

歳の頃は40前後だろうか、服装からして貴族かもしくは裕福な身の上だろう。
震える手で刃物をディノとアンジェリカに向け、肩を大きく上下させてジリジリとこちらに向かってくる。

「っ、ニコラス！ どうしてこんなところに⁉︎」

ディノに肩を抱かれて、震えるアンジェリカ嬢が悲鳴のような声を挙上げる。

「何のために俺がこの歳まで独身を貫いたと思っている！　全てはお前と結婚するためだ！　ずっと……ずっとお前が結婚できるまで成長するのを待っていたのに、他所の家の男と結婚するだと⁉︎ 俺や父上に何の相談もなく！」


ニコラスと呼ばれた男がブンブンと刃物を大きく振り回しながら喚き散らすたびに遠巻きに見ている観客達から悲鳴が上がる。

「そんな他所の若造でいいのなら、分家の俺の方がいいはずだろう。畜生！　お前も、伯父上も、俺を……俺たちを馬鹿にしやがって！」

「っ、こんな所にまで……まさかそんな事のために⁉︎」

混乱して泣き出しそうなアンジェリカ嬢の声に男はギリギリと歯を鳴らす。

「そうさ！　お前達親子がいかに愚かな選択をしようとしているのか、貴族の皆様に聞かせてやろうと思ってな！　ついでに、その邪魔な男を消してしまえばいい！　そうすればお前は俺と結婚することになるだろう？」


「滅茶苦茶な理論だな」

自身に刃物が向けられていても、流石に王太子殿下付きの騎士であるディノは冷静な様子で、アンジェリカ嬢を宥めながら、彼女を背に庇い男に向き合っている。


おそらく、あれほどの小物ならば、刃物を持ってかかってきたとしてもディノ一人でひと捻りに出来はするだろう。
しかし背にアンジェリカ嬢を庇っている為、万が一を考えると、助太刀はいるだろう。

「ダルトン」

後方に控えているダルトンに声を掛ければ、「私が参りますから、旦那様は……」とすかさず釘を刺されて苦笑する。

「頼む」

そう告げたのと、刃物を持った男が奇声を上げてディノに向かって行くのは同時で

観客達の悲鳴が上がった。