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プロローグ
序章
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――彼女は美しかった。
名前は山井乙音。徳島県のとある町に住んでいた少女だ。
キメ細やかな黒い長髪。人形のような翠色の瞳。雪のように白い肌。深紅のように赤い唇。醸し出される甘い香り。
まるで絵画から飛び出てきたのかと思うほどの美しさ。廊下を歩けば自然と目で追ってしまう。
それでありながら美しい体も持っていた。大人な雰囲気を出しつつも、子供らしい控えめな体付き。それでいて妖艶さも兼ね備えている。
乙音は性格も良かった。人懐っこく、虐めは許さず、元気で明るい。八方美人と言えば聞こえは悪いが、乙音を簡単に表すのには適している。
同性からも嫌われていない。むしろ好かれていた。妬みや嫉みすら湧いてこない。自分とは違う存在と初めから分かっているから、嫉妬も湧かないのだ。
老若男女。子供から老人まで。元気で心優しく、誰にでも心を開く。そんな乙音がみんな好きであった。
中学一年生の時である。遠足の帰り道。バスの中での出来事だった。
みんな遊び疲れて眠っている。バスの前にはテレビが吊るされてあった。今どき珍しいブラウン管のテレビである。
流れている映画を見ているのは――彼しかいない。疲れすぎて眠れていない。だからといって隣で眠っている友達を起こすのは気が引ける。
しかしだ。肝心の暇つぶし方法であるテレビで流れている映画はまったくもって面白くない。これなら真っ白の画用紙を眺めていた方が楽しめる。
やることはない。読書する本も持ってきてない。だからつまらないテレビを見るしかない。彼は肘掛けに肘をつきながら、心底つまらなそうな目でテレビを眺めていた。
「――ふふっ」
隣。細い通路を挟んだ先に――乙音が座っていた。つまらなさの極限値を迎えている映画を見て笑っている。
彼は自分以外が起きているとは思ってもいなかった。だから少し体が跳ねてしまう。
「この映画おもしろいね」
話すのは初めてだった。話しかけられたのも初めてだった。小学生から中学生へ上がったばかり。まだ子供の彼には、初対面の女子と話すのはドキドキしてしまう。
突然話しかけられて口をモゴモゴさせている。――乙音はそんな彼の姿を見て、フフっとお淑やかに笑った。
「みんな眠ってるから私一人だけかと思ってた」
匂いがする。まるで果物。まるで花。嗅いでいるだけで頭がクラクラする。麻薬のように脳を甘く痺れさせてきた。
必然的に呼吸数が増える。心臓が肋骨を圧迫する。手が震える。汗がタラりと1粒流れた。
「こんな面白い映画を見ないなんて、みんな損してるよね?」
太陽のように眩しい笑顔。影や黒なんて見えない。眩しすぎて見えない。
まばたきが少なくなる。できるだけ乙音の顔を網膜に焼き付けようとしていた。
「――そういえばさ。まだクラス全員の名前を覚えきれていないんだよね。私のこと知ってる?山井乙音って言うんだけど」
声を聞くだけで安心した。例えるなら聖母マリア。母親の腹の中のような、心地よい暖かさが皮膚を包み込んだ。
音はしない。人の声は全くしない。世界に2人しかいないようだ。
自分と乙音。全員眠っている。この世界は2人だけのもの。目の前に花畑が広がっているようだ。
「……僕は」
乙音は黙って彼の言葉に耳を傾けていた。その言葉は――その喉は――彼の名前を差し出した。
「――羽衣桃也」
名前は山井乙音。徳島県のとある町に住んでいた少女だ。
キメ細やかな黒い長髪。人形のような翠色の瞳。雪のように白い肌。深紅のように赤い唇。醸し出される甘い香り。
まるで絵画から飛び出てきたのかと思うほどの美しさ。廊下を歩けば自然と目で追ってしまう。
それでありながら美しい体も持っていた。大人な雰囲気を出しつつも、子供らしい控えめな体付き。それでいて妖艶さも兼ね備えている。
乙音は性格も良かった。人懐っこく、虐めは許さず、元気で明るい。八方美人と言えば聞こえは悪いが、乙音を簡単に表すのには適している。
同性からも嫌われていない。むしろ好かれていた。妬みや嫉みすら湧いてこない。自分とは違う存在と初めから分かっているから、嫉妬も湧かないのだ。
老若男女。子供から老人まで。元気で心優しく、誰にでも心を開く。そんな乙音がみんな好きであった。
中学一年生の時である。遠足の帰り道。バスの中での出来事だった。
みんな遊び疲れて眠っている。バスの前にはテレビが吊るされてあった。今どき珍しいブラウン管のテレビである。
流れている映画を見ているのは――彼しかいない。疲れすぎて眠れていない。だからといって隣で眠っている友達を起こすのは気が引ける。
しかしだ。肝心の暇つぶし方法であるテレビで流れている映画はまったくもって面白くない。これなら真っ白の画用紙を眺めていた方が楽しめる。
やることはない。読書する本も持ってきてない。だからつまらないテレビを見るしかない。彼は肘掛けに肘をつきながら、心底つまらなそうな目でテレビを眺めていた。
「――ふふっ」
隣。細い通路を挟んだ先に――乙音が座っていた。つまらなさの極限値を迎えている映画を見て笑っている。
彼は自分以外が起きているとは思ってもいなかった。だから少し体が跳ねてしまう。
「この映画おもしろいね」
話すのは初めてだった。話しかけられたのも初めてだった。小学生から中学生へ上がったばかり。まだ子供の彼には、初対面の女子と話すのはドキドキしてしまう。
突然話しかけられて口をモゴモゴさせている。――乙音はそんな彼の姿を見て、フフっとお淑やかに笑った。
「みんな眠ってるから私一人だけかと思ってた」
匂いがする。まるで果物。まるで花。嗅いでいるだけで頭がクラクラする。麻薬のように脳を甘く痺れさせてきた。
必然的に呼吸数が増える。心臓が肋骨を圧迫する。手が震える。汗がタラりと1粒流れた。
「こんな面白い映画を見ないなんて、みんな損してるよね?」
太陽のように眩しい笑顔。影や黒なんて見えない。眩しすぎて見えない。
まばたきが少なくなる。できるだけ乙音の顔を網膜に焼き付けようとしていた。
「――そういえばさ。まだクラス全員の名前を覚えきれていないんだよね。私のこと知ってる?山井乙音って言うんだけど」
声を聞くだけで安心した。例えるなら聖母マリア。母親の腹の中のような、心地よい暖かさが皮膚を包み込んだ。
音はしない。人の声は全くしない。世界に2人しかいないようだ。
自分と乙音。全員眠っている。この世界は2人だけのもの。目の前に花畑が広がっているようだ。
「……僕は」
乙音は黙って彼の言葉に耳を傾けていた。その言葉は――その喉は――彼の名前を差し出した。
「――羽衣桃也」
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