レッドリアリティ

アタラクシア

文字の大きさ
2 / 119
プロローグ

序章

しおりを挟む
――彼女は美しかった。


名前は山井乙音やまいおとね。徳島県のとある町に住んでいた少女だ。

キメ細やかな黒い長髪。人形のような翠色の瞳。雪のように白い肌。深紅のように赤い唇。醸し出される甘い香り。

まるで絵画から飛び出てきたのかと思うほどの美しさ。廊下を歩けば自然と目で追ってしまう。

それでありながら美しい体も持っていた。大人な雰囲気を出しつつも、子供らしい控えめな体付き。それでいて妖艶さも兼ね備えている。


乙音は性格も良かった。人懐っこく、虐めは許さず、元気で明るい。八方美人と言えば聞こえは悪いが、乙音を簡単に表すのには適している。

同性からも嫌われていない。むしろ好かれていた。ねたみやそねみすら湧いてこない。自分とは違う存在と初めから分かっているから、嫉妬も湧かないのだ。


老若男女。子供から老人まで。元気で心優しく、誰にでも心を開く。そんな乙音がみんな好きであった。





中学一年生の時である。遠足の帰り道。バスの中での出来事だった。

みんな遊び疲れて眠っている。バスの前にはテレビが吊るされてあった。今どき珍しいブラウン管のテレビである。

流れている映画を見ているのは――彼しかいない。疲れすぎて眠れていない。だからといって隣で眠っている友達を起こすのは気が引ける。

しかしだ。肝心の暇つぶし方法であるテレビで流れている映画はまったくもって面白くない。これなら真っ白の画用紙を眺めていた方が楽しめる。

やることはない。読書する本も持ってきてない。だからつまらないテレビを見るしかない。彼は肘掛けに肘をつきながら、心底つまらなそうな目でテレビを眺めていた。


「――ふふっ」

隣。細い通路を挟んだ先に――乙音が座っていた。つまらなさの極限値を迎えている映画を見て笑っている。

彼は自分以外が起きているとは思ってもいなかった。だから少し体が跳ねてしまう。

「この映画おもしろいね」

話すのは初めてだった。話しかけられたのも初めてだった。小学生から中学生へ上がったばかり。まだ子供の彼には、初対面の女子と話すのはドキドキしてしまう。


突然話しかけられて口をモゴモゴさせている。――乙音はそんな彼の姿を見て、フフっとお淑やかに笑った。

「みんな眠ってるから私一人だけかと思ってた」

匂いがする。まるで果物。まるで花。嗅いでいるだけで頭がクラクラする。麻薬のように脳を甘く痺れさせてきた。

必然的に呼吸数が増える。心臓が肋骨を圧迫する。手が震える。汗がタラりと1粒流れた。

「こんな面白い映画を見ないなんて、みんな損してるよね?」

太陽のように眩しい笑顔。影や黒なんて見えない。眩しすぎて見えない。

まばたきが少なくなる。できるだけ乙音の顔を網膜に焼き付けようとしていた。

「――そういえばさ。まだクラス全員の名前を覚えきれていないんだよね。私のこと知ってる?山井乙音って言うんだけど」

声を聞くだけで安心した。例えるなら聖母マリア。母親の腹の中のような、心地よい暖かさが皮膚を包み込んだ。


音はしない。人の声は全くしない。世界に2人しかいないようだ。

自分と乙音。全員眠っている。この世界は2人だけのもの。目の前に花畑が広がっているようだ。

「……僕は」

乙音は黙って彼の言葉に耳を傾けていた。その言葉は――その喉は――彼の名前を差し出した。

「――羽衣桃也はごろもとうや
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

M性に目覚めた若かりしころの思い出 その2

kazu106
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、終活的に少しづつ綴らせていただいてます。 荒れていた地域での、高校時代の体験になります。このような、古き良き(?)時代があったことを、理解いただけましたらうれしいです。 一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

M性に目覚めた若かりしころの思い出

kazu106
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、それをはじめて自覚した中学時代の体験になります。歳を重ねた者の、人生の回顧録のひとつとして、読んでいただけましたら幸いです。 一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。

処理中です...