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2日目
二刀
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これはチャンスだ。2つの攻撃を避けられた。何もしなければ死んでた攻撃を避けられた。一生分の運を使い切った気分だ。
痺れる腕を庇いながら走り出す。このまま走れば撒ける。顔は見られてない。この女にもバレていない。
鋼鉄のように固まった地面を踏み出す。舞い上がる木の葉。もう一方の脚を前へと――。
「んが――!?」
引っかかった。硬いものに引っかかった。つまづいたのではない。引っかかったのだ。
地面に転ける。肩から転けてしまった。ジンジンと痛む肩を抑えながら起き上がろうとする。しかし気になった。何に引っかかったのかが気になった。
足元を見てみる。――鞘だ。真っ黒な鞘。見た。これはあの女が持っていた鞘だ――。
女が小刀を突き刺しにかかる。狙いは顔面。ギリギリ反応できた桃也は顔をずらして避けた。
残った刀。覆いかぶさられているので避けることはできない。包丁で防ぐこともできない。それなら――本人から離れる。
脚を胸元にまで持ち上げ、女を蹴り飛ばす。思わず振った刀は桃也の襟を少し切り裂いて空ぶった。
女は腰から地面に落ちる。両手の刀は離さない。握りしめたままだ。桃也を逃がすまいと、すぐさま立ち上がる。
桃也も同時に立ち上がった。手には包丁。汚れた背中。動きを止めたせいか、少し落ち着いてしまったせいか。急に疲れが押し寄せてきていた。
肩で呼吸する。荒々しい呼吸音が仮面から溢れ出てきていた。猫のように喉を鳴らす。思うように呼吸ができない。
――気が付かなかったが、ちょうど月が出てきていたらしい。さっきよりも鮮明に2人はお互いの姿を見ることができた。
女は若かった。20代前半くらい。それでいて美人だ。髪も艶やかな藍色。月光が反射して天女のように美しかった。
こんなに美しい人が桃也を殺そうとしていたのか。ちょっと見惚れていた桃也の心が現実に引き戻される。
女は心臓が止まりかけるほどの恐怖に飲み込まれていた。まるでメドゥーサに睨まれたかのように体が動かない。
すぐにでも逃げたい。這いずってでも逃げたい。涙を流したい。助けを叫びたい。
さっきまでは自分が優勢だった。目の前の男も自分から逃げていた。多少は抵抗していたが、常に自分が優勢だったはずだ。
それなのに。今も男は逃げようとしているのに。膀胱が破裂しそうなほど。失禁してしまいそうなほど。目の前の男に恐怖していた。
「極夜様……クソっ、化け物が――」
女は刀を握り直す。崩れそうになった心をなんとか持ち直したようだ。殺意を眼光に込めて、桃也に切りかかる。
グルっと回転して刀を避けた。流れるようにして立ち上がろうとする所にもう片方の刀が振りかかってくる。
「っち――!!」
包丁で刀を防御。また金属音が鳴った。ゲームで言うパリィ。その表現が適切だろう。
逃げられない――。また逃げるには、もう一度この女を足止めしないといけない。さっきのは運が良かっただけ。次も成功するとは思えない。
逃げられる可能性。捕まって惨殺に殺される。――そうなるくらいなら戦って死ぬほうがマシだ。
できた。また生き残れた。刀を防いだ腕が痛い。1回防いだだけで握力と体力が削ぎ落とされる。
電撃のように駆け巡る痛み。このまま接近しているのはヤバい。次に動くのは女の方だ。痺れた腕では防げて1回。それも確定ではない。しかも相手は二刀流。もう一手、攻撃手段を持っていた。
離れないといけない。刹那のような時間の中、桃也は考えを巡らせた。離れようと。離れようと脚に力を入れる――。
「ぐふ――!?」
桃也の脇腹に女の蹴りが入った。せりあがってくる空気。血のような唾液が口から吐き出された。
ゴロゴロと転がって立ち上がる。水の波紋のように広がる痛み。ギュルギュルと皮膚が捻れているかのように感じた。
痩せ我慢をしながら女を見つめる。戦うことを決めた矢先ではあるが、既に桃也はボロボロであった。
包丁を持つ手は痺れている。包丁そのものもヒビが入っていた。刀と市販の包丁では、刀の方が強度があるのは当たり前。脇腹も耐えるのがやっとの痛みが続いている。
限界が近い。女を見つめるだけで力を全て使い切りそうだ。まさにピンチ。絶体絶命を体現している。
「フゥフゥ……」
不規則な呼吸。自分の死が近づいてきている。目の前の女も、桃也の体が限界なことに気がついた様子だった。
「フゥ……フゥ……」
女が構える。対して桃也は何も構えない。というより構えられないと言った方が正しいか。
――次の一手で殺せる。殺される。2人の思考がほとんど一致した。違いは狩るか、狩られるかという点だけ。
どちらも次で終わることを察していた。どちらが殺されるかも分かっていた。はずだ――。
「フゥ……ハハ……アハハ……へへへ」
――仮面からチラリと見えた桃也の顔。その顔は笑っているように見えた。
痺れる腕を庇いながら走り出す。このまま走れば撒ける。顔は見られてない。この女にもバレていない。
鋼鉄のように固まった地面を踏み出す。舞い上がる木の葉。もう一方の脚を前へと――。
「んが――!?」
引っかかった。硬いものに引っかかった。つまづいたのではない。引っかかったのだ。
地面に転ける。肩から転けてしまった。ジンジンと痛む肩を抑えながら起き上がろうとする。しかし気になった。何に引っかかったのかが気になった。
足元を見てみる。――鞘だ。真っ黒な鞘。見た。これはあの女が持っていた鞘だ――。
女が小刀を突き刺しにかかる。狙いは顔面。ギリギリ反応できた桃也は顔をずらして避けた。
残った刀。覆いかぶさられているので避けることはできない。包丁で防ぐこともできない。それなら――本人から離れる。
脚を胸元にまで持ち上げ、女を蹴り飛ばす。思わず振った刀は桃也の襟を少し切り裂いて空ぶった。
女は腰から地面に落ちる。両手の刀は離さない。握りしめたままだ。桃也を逃がすまいと、すぐさま立ち上がる。
桃也も同時に立ち上がった。手には包丁。汚れた背中。動きを止めたせいか、少し落ち着いてしまったせいか。急に疲れが押し寄せてきていた。
肩で呼吸する。荒々しい呼吸音が仮面から溢れ出てきていた。猫のように喉を鳴らす。思うように呼吸ができない。
――気が付かなかったが、ちょうど月が出てきていたらしい。さっきよりも鮮明に2人はお互いの姿を見ることができた。
女は若かった。20代前半くらい。それでいて美人だ。髪も艶やかな藍色。月光が反射して天女のように美しかった。
こんなに美しい人が桃也を殺そうとしていたのか。ちょっと見惚れていた桃也の心が現実に引き戻される。
女は心臓が止まりかけるほどの恐怖に飲み込まれていた。まるでメドゥーサに睨まれたかのように体が動かない。
すぐにでも逃げたい。這いずってでも逃げたい。涙を流したい。助けを叫びたい。
さっきまでは自分が優勢だった。目の前の男も自分から逃げていた。多少は抵抗していたが、常に自分が優勢だったはずだ。
それなのに。今も男は逃げようとしているのに。膀胱が破裂しそうなほど。失禁してしまいそうなほど。目の前の男に恐怖していた。
「極夜様……クソっ、化け物が――」
女は刀を握り直す。崩れそうになった心をなんとか持ち直したようだ。殺意を眼光に込めて、桃也に切りかかる。
グルっと回転して刀を避けた。流れるようにして立ち上がろうとする所にもう片方の刀が振りかかってくる。
「っち――!!」
包丁で刀を防御。また金属音が鳴った。ゲームで言うパリィ。その表現が適切だろう。
逃げられない――。また逃げるには、もう一度この女を足止めしないといけない。さっきのは運が良かっただけ。次も成功するとは思えない。
逃げられる可能性。捕まって惨殺に殺される。――そうなるくらいなら戦って死ぬほうがマシだ。
できた。また生き残れた。刀を防いだ腕が痛い。1回防いだだけで握力と体力が削ぎ落とされる。
電撃のように駆け巡る痛み。このまま接近しているのはヤバい。次に動くのは女の方だ。痺れた腕では防げて1回。それも確定ではない。しかも相手は二刀流。もう一手、攻撃手段を持っていた。
離れないといけない。刹那のような時間の中、桃也は考えを巡らせた。離れようと。離れようと脚に力を入れる――。
「ぐふ――!?」
桃也の脇腹に女の蹴りが入った。せりあがってくる空気。血のような唾液が口から吐き出された。
ゴロゴロと転がって立ち上がる。水の波紋のように広がる痛み。ギュルギュルと皮膚が捻れているかのように感じた。
痩せ我慢をしながら女を見つめる。戦うことを決めた矢先ではあるが、既に桃也はボロボロであった。
包丁を持つ手は痺れている。包丁そのものもヒビが入っていた。刀と市販の包丁では、刀の方が強度があるのは当たり前。脇腹も耐えるのがやっとの痛みが続いている。
限界が近い。女を見つめるだけで力を全て使い切りそうだ。まさにピンチ。絶体絶命を体現している。
「フゥフゥ……」
不規則な呼吸。自分の死が近づいてきている。目の前の女も、桃也の体が限界なことに気がついた様子だった。
「フゥ……フゥ……」
女が構える。対して桃也は何も構えない。というより構えられないと言った方が正しいか。
――次の一手で殺せる。殺される。2人の思考がほとんど一致した。違いは狩るか、狩られるかという点だけ。
どちらも次で終わることを察していた。どちらが殺されるかも分かっていた。はずだ――。
「フゥ……ハハ……アハハ……へへへ」
――仮面からチラリと見えた桃也の顔。その顔は笑っているように見えた。
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