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2章 宝石の並ぶ村

第42話 我ら荒野のならず者!

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――その日の夜中。


「ふー」

眠っているヘキオンの隣に座るカエデ。疲れてぐっすり眠っているヘキオンに対して、カエデはまだまだ元気がありそうだ。

「ヘキオンの速度だったら明日にでも余裕で着くな。方角も合ってるし」

カエデは走ってベネッチアの場所を確認してきていた。ヘキオンを置いていくと仮定して、カエデが本気で走れば1秒もかからない。

「おんぶして連れてったら一瞬で着くんだけどなぁ……それだとトレーニングにもならないか」

ゴロンと寝転ぶカエデ。


空にはギュウギュウに詰められた星。流れ星がきらりと光る。薄黄色の満月はヘキオンとカエデを照らしていた。

ロマンチックな光景。美しき世界。しかしこの世界に住む人々にとってはなんてことない光景だ。それはカエデも例外ではない。

「……」

横。カエデの横。寝返りを打ったヘキオンがカエデの方に向く。


綺麗な顔。整った顔立ち。例えるなら桜や桃と言うべきか。とにかく綺麗な顔立ちをしている。

ほのかに赤くなった頬。頬よりも真っ赤に染まっている唇。起きている時は幼い顔つきだが、寝ている時は大人っぽい。美しい顔だ。

「――」

顔を真っ赤にするカエデ。師匠風を吹かせているが、どこまで言ってもやはりまだ17歳の子供。好きな人の隣で寝るのは心臓に悪いのだろう。

「……」

じっとヘキオンを見つめている。



「――っ」

乱れる呼吸。興奮している感じではない。過呼吸。なにかに動揺しているかのような呼吸だ。

「っっ――ハァハァハァハァ」

汗が流れる。冷や汗。顔がどんどんと青ざめていく。

「ヘキ、かフッ――ロー、ルトッ――イッ、ヨウッッ、ュウッッ」

流れる涙。カエデの脳内に走るノイズ。まるで壊れたテレビのように途切れ途切れに流れる画像。記憶の断片がカエデの頭の中に駆け巡る。少し見てみよう。





1人の少女。髪を後ろで結んだ少女。真っ黒の髪に優しそうな雰囲気を出している。

1人の少年。髪は短く、サラサラしている。スポーティな印象を抱かせる。

1人の少年。こちらも髪は短く、少しくせっ毛気味。身長が高く、筋肉質。

1人の少年。髪は少し長めのサラサラ。チビで悪そうな顔をしている。

1人の少年。髪は短く、顔が丸い。体格は大きく、縦にも横にも大きい。



5人が集まっている。こちらに向かって差し出される手。顔には真っ黒のペンでぐちゃぐちゃに塗りつぶしたような、よく分からないものがかかっている。顔が視認できない。

――走るノイズ

5人が前を走っている。前に。前に。前に。みんな元気そうにはしゃいでいる。みんな楽しそうに走っている。歳は何歳だろうか。

――歪む記憶

5人が川で泳いでいる。全員下着姿。少年たちはふんどしみたいなのをつけている。少女はそれの女の子版。胸にはサラシみたいなのが巻かれてある。今なら児童ポルノでしょっぴかれそうだ。

――大きく鳴る心臓

5人が木登りをしている。1番上には少女。その下には必死になって登る少年たち。その顔からは疲れが見えているが、どこか楽しそうな雰囲気を出している。

――止まらない過呼吸

5人が並んで座っている。5人の目の前には老人。怒鳴っているようだ。察するに悪いことをして怒られている……といったところか。





「――――ガフッッッッッ!!!」

起き上がる体。瞳孔は開き、心臓は外にも聞こえるほど鳴っている。

「ハァハァハァハァハァハァハァハァ……」

過呼吸。いつものカエデでは考えられないほど弱々しい姿。


「ハァハァハァハァ……フゥフゥ……」

ほんのちょっと落ち着きを取り戻していた。なにが起きたのだろうか。

「フゥフゥ……フゥ……」

隣には寝ているヘキオン。まだ起きてはいない。幼児のような吐息を漏らすだけ。その姿に安心したのか、過呼吸も止まっていた。


「……」

思い詰めたような眼をしている。目線の先はヘキオン。

「……君は……」

呟く。

「……せめて……君だけは……」

優しい声。

「……大切な人は……」

ヘキオンの方に手を伸ばした。

「――守らないと」

カエデの手がヘキオンの頬を撫でた。優しく、優しく。子供をあやすかのように。



「――んぅ」

ピクリと動くヘキオン。反応して同じくピクリと動くカエデ。

「……んん」

微笑んだ。疲れ切っていたカエデの顔が明るくなる。







「――おい」

カエデの後ろ。音も出さずに居た。少女。真っ黒の布で全身を包んでいる。

「なっっ――」
「気がつかないとでも思ったのか。市街ならまだしも、こんな広々した荒野で隠密なんてできるわけないだろ」


ナイフを取り出す少女。戦闘態勢。見た目だけで見るなら強くはなさそうだ。

「なんだやるのか?金目の物はないからやったって無駄だぞ」
「か、関係ない。それに欲しいのは金目の物じゃなくて食料と水!」
「……まぁやってやらなくもないけど」

軽く欠伸をする。自分が舐められているということに気がついた少女。眉を引き寄せて怒りの表情を作った。

「ふん!舐めていられるのも今のうちだよ!」
「なにか秘策でもあるかのような口ぶりだな」
「……気がついてないようだね。こんなに可愛らしい盗賊が1人で旅人を襲うとでも?」





カエデの後ろ。寝ているヘキオンに刃を向ける男。真っ黒の衣装に身を包んだ男がそこにいた。

「――なるほどね。暗殺者アサシンか」

振り向いたカエデの目に光はなかった。
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