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新しい自分
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佳穂が毎日,志穂に食べ物を持って来てくれたが,志穂の掘っている穴に気づくことはなかった。
1週間ほどしたら,穴は,志穂が這い出せるくらい大きくなっていた。
「自由だ!」
志穂の心がそう叫んだ。
ところが,そこで初めて,少し躊躇った。実姉に対する家族愛のような気持ちがないのは,確かだ。しかし,だからと言って,思いがないから,家族ではなくなるわけではないし,実姉が志穂のために色々犠牲にして来たという事実も変わる訳ではない。姉を見放したくない。そう思った。これも,心の底から思ったことだった。
しばらく悩んでから,どうすれば良いのか,はっきりとわかった。
志穂は、宝石珊瑚を一欠片手にし,歌い始めた。すると,自分の歌声が宝石の中へ吸い込まれて行った。これを姉への餞別にすることにした。
志穂は、小さい頃から歌が大好きだった。小学生の時から,ずっと合唱団をやって来たし,家でも,両親や祖母に歌を歌い聞かせて,よく喜ばれたものだった。合唱団に所属しない自分,歌わない自分を最近まで想像することすら,出来なかった。しかし,今は,自分を赤ちゃんの時から想い続け,話すことを10年以上我慢し続け,自分の帰還を長年ひたすら待ち続けた姉に自分の一部を残していきたい。この気持ちには、迷いはなかった。
そして,また宝石珊瑚の欠片を持ち,壁にメッセージを彫った。
「また会う日まで。」
メッセージを書き終わると,志穂の気持ちがスッキリした。宝石珊瑚の欠片を幾つか手に持ち,自分の彫った穴を潜り,洞窟の外へ出た。そして,まっしぐらに,太陽がジリジリと光る炎天下の地上で「夏」と呼ばれる季節を迎えようとしつつある自分の心の故郷へと向かった。
宝石珊瑚の力は,姉が教えた通りだった。志穂は、すぐに,人間に戻れた。
生まれつきの人魚の体に別れを言うのは,寂しく感じたが,今の志穂には,わかった。何か大事なものを守るためには,何かを犠牲にしなければならない。実姉がそう教えてくれたのだ。
志穂は、最初人魚になって,新しい自分を発見したと思った。しかし,その自分は、自分ほんの一部に過ぎなかった。
自分を生んでくれた海の世界と自分を育ててくれた陸の世界と,二つの世界を知り,二つの自分を知った上で,自分がどう生きていきたいのか,模索しながら考えた末に,自分なりの答えを見出せた今の自分の方が,新しい自分,本来の自分に感じる。
志穂は、夏のそよ風を頬に感じながら,父親と,母親と祖母の思い出が待つ家を目掛けて,浜辺を歩いた。
すると,たまたま家のベランダに座り,寛いでいたお爺さんが志穂に声を掛けて来た。数週間前に,お茶をご馳走になったあの貝好きなお爺さんだった。
「おーい!久しぶりだなぁ!元気だったか?」
「お陰様で。」
志穂が会釈をして,笑顔で答えた。
「またいつでもお茶を飲みにおいでよ。」
お爺さんが穏やかな笑顔で言ってくれた。
「はい,また行かせてください。」
志穂は、このお爺さんなら,「貝殻の秘密」を話してみてもいいかもしれないと思った。
そして,志穂は、静かに「貝殻の秘密」に感謝した。前の自分がいたのも,今の自分がいるのも,自分の本当の家族がわからなかったのも,今はっきりと,それがわかったのも,全部,紛れもなく「貝殻の秘密」のおかげだ。
1週間ほどしたら,穴は,志穂が這い出せるくらい大きくなっていた。
「自由だ!」
志穂の心がそう叫んだ。
ところが,そこで初めて,少し躊躇った。実姉に対する家族愛のような気持ちがないのは,確かだ。しかし,だからと言って,思いがないから,家族ではなくなるわけではないし,実姉が志穂のために色々犠牲にして来たという事実も変わる訳ではない。姉を見放したくない。そう思った。これも,心の底から思ったことだった。
しばらく悩んでから,どうすれば良いのか,はっきりとわかった。
志穂は、宝石珊瑚を一欠片手にし,歌い始めた。すると,自分の歌声が宝石の中へ吸い込まれて行った。これを姉への餞別にすることにした。
志穂は、小さい頃から歌が大好きだった。小学生の時から,ずっと合唱団をやって来たし,家でも,両親や祖母に歌を歌い聞かせて,よく喜ばれたものだった。合唱団に所属しない自分,歌わない自分を最近まで想像することすら,出来なかった。しかし,今は,自分を赤ちゃんの時から想い続け,話すことを10年以上我慢し続け,自分の帰還を長年ひたすら待ち続けた姉に自分の一部を残していきたい。この気持ちには、迷いはなかった。
そして,また宝石珊瑚の欠片を持ち,壁にメッセージを彫った。
「また会う日まで。」
メッセージを書き終わると,志穂の気持ちがスッキリした。宝石珊瑚の欠片を幾つか手に持ち,自分の彫った穴を潜り,洞窟の外へ出た。そして,まっしぐらに,太陽がジリジリと光る炎天下の地上で「夏」と呼ばれる季節を迎えようとしつつある自分の心の故郷へと向かった。
宝石珊瑚の力は,姉が教えた通りだった。志穂は、すぐに,人間に戻れた。
生まれつきの人魚の体に別れを言うのは,寂しく感じたが,今の志穂には,わかった。何か大事なものを守るためには,何かを犠牲にしなければならない。実姉がそう教えてくれたのだ。
志穂は、最初人魚になって,新しい自分を発見したと思った。しかし,その自分は、自分ほんの一部に過ぎなかった。
自分を生んでくれた海の世界と自分を育ててくれた陸の世界と,二つの世界を知り,二つの自分を知った上で,自分がどう生きていきたいのか,模索しながら考えた末に,自分なりの答えを見出せた今の自分の方が,新しい自分,本来の自分に感じる。
志穂は、夏のそよ風を頬に感じながら,父親と,母親と祖母の思い出が待つ家を目掛けて,浜辺を歩いた。
すると,たまたま家のベランダに座り,寛いでいたお爺さんが志穂に声を掛けて来た。数週間前に,お茶をご馳走になったあの貝好きなお爺さんだった。
「おーい!久しぶりだなぁ!元気だったか?」
「お陰様で。」
志穂が会釈をして,笑顔で答えた。
「またいつでもお茶を飲みにおいでよ。」
お爺さんが穏やかな笑顔で言ってくれた。
「はい,また行かせてください。」
志穂は、このお爺さんなら,「貝殻の秘密」を話してみてもいいかもしれないと思った。
そして,志穂は、静かに「貝殻の秘密」に感謝した。前の自分がいたのも,今の自分がいるのも,自分の本当の家族がわからなかったのも,今はっきりと,それがわかったのも,全部,紛れもなく「貝殻の秘密」のおかげだ。
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