5 / 23
第4話
しおりを挟む
祖母は病気が進行し,自分でトイレに行けなくなってしまった。歩けなくなっただけではなく,トイレを自分の意思で我慢したりすることも出来なくなっていた。
でも,祖母の尊厳を考慮し,なるべくトイレでするようにニ時間おきぐらいにトイレまで連れて行って座らせていた。座っている間,私や妹がトイレの向かい側の浴槽の縁に座り,前屈みになり落ちてしまわないように見守るのだった。
しかし,祖母がうちで暮らすことが決まり,祖父が介護の手伝いをしに通うようになると,彼がよくトイレの見守り役をするようになったのだ。祖父が見ているときは,様子を見に行く必要もないし,夫婦だから基本的に覗かずに二人きりにしてあげていた。
でも,あるとき,見ては行けない光景を見てしまったのだ。
リビングで宿題に取り掛かっていたら,祖父のいつもと違う声が聞こえたのでこっそりと覗きに行った。
そしたら,祖父は浴槽の縁に座ったまま便座に座る祖母の手を握り,「愛しているよ,ずっと」と小さくて柔らかい声で言ったのだった。
祖父は小さい声で喋ることも,柔らかい言葉を使うことも,珍しかった。言葉遣いがきつくて、露骨な方で,「愛している」のような言葉を頻繁に口にする人ではなかった。子供の頃,よくハグしてくれたけれど,それは優しくいハグではなく,少し痛いぐらいの乱暴な感じのものだった。ハグしてくれたと思いきや,いきなり大きい手で、こちょこちょされることが多かった。しんみりしたり、感慨に耽たりするタイプではなかった。
私はすぐ見ては行けないものを見てしまった気持ちになり,目を逸らした。
そのときは,まだ夫婦仲のことや誰かと親密になるということを知らなかった。でも,その光景は,親密以外のどの言葉でも形容し難いものだった。人には見せない二人だけのものだった。歳をとると,親密の形は変わる,そういう親密の形もあるだろうと度々その光景が目に浮かび,つくづく思う。
でも,祖母の尊厳を考慮し,なるべくトイレでするようにニ時間おきぐらいにトイレまで連れて行って座らせていた。座っている間,私や妹がトイレの向かい側の浴槽の縁に座り,前屈みになり落ちてしまわないように見守るのだった。
しかし,祖母がうちで暮らすことが決まり,祖父が介護の手伝いをしに通うようになると,彼がよくトイレの見守り役をするようになったのだ。祖父が見ているときは,様子を見に行く必要もないし,夫婦だから基本的に覗かずに二人きりにしてあげていた。
でも,あるとき,見ては行けない光景を見てしまったのだ。
リビングで宿題に取り掛かっていたら,祖父のいつもと違う声が聞こえたのでこっそりと覗きに行った。
そしたら,祖父は浴槽の縁に座ったまま便座に座る祖母の手を握り,「愛しているよ,ずっと」と小さくて柔らかい声で言ったのだった。
祖父は小さい声で喋ることも,柔らかい言葉を使うことも,珍しかった。言葉遣いがきつくて、露骨な方で,「愛している」のような言葉を頻繁に口にする人ではなかった。子供の頃,よくハグしてくれたけれど,それは優しくいハグではなく,少し痛いぐらいの乱暴な感じのものだった。ハグしてくれたと思いきや,いきなり大きい手で、こちょこちょされることが多かった。しんみりしたり、感慨に耽たりするタイプではなかった。
私はすぐ見ては行けないものを見てしまった気持ちになり,目を逸らした。
そのときは,まだ夫婦仲のことや誰かと親密になるということを知らなかった。でも,その光景は,親密以外のどの言葉でも形容し難いものだった。人には見せない二人だけのものだった。歳をとると,親密の形は変わる,そういう親密の形もあるだろうと度々その光景が目に浮かび,つくづく思う。
0
あなたにおすすめの小説
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
島猫たちのエピソード2025
BIRD
エッセイ・ノンフィクション
「Cat nursery Larimar 」は、ひとりでは生きられない仔猫を預かり、保護者&お世話ボランティア達が協力して育てて里親の元へ送り出す「仔猫の保育所」です。
石垣島は野良猫がとても多い島。
2021年2月22日に設立した保護団体【Cat nursery Larimar(通称ラリマー)】は、自宅では出来ない保護活動を、施設にスペースを借りて頑張るボランティアの集まりです。
「保護して下さい」と言うだけなら、誰にでも出来ます。
でもそれは丸投げで、猫のために何かした内には入りません。
もっと踏み込んで、その猫の医療費やゴハン代などを負担出来る人、譲渡会を手伝える人からの依頼のみ受け付けています。
本作は、ラリマーの保護活動や、石垣島の猫ボランティアについて書いた作品です。
スコア収益は、保護猫たちのゴハンやオヤツの購入に使っています。
新しい家族は保護犬きーちゃん
ゆきむらさり
エッセイ・ノンフィクション
〔あらすじ〕📝🐶初めて保護犬ちゃんを迎え入れる我が家。
過去の哀しい実情のせいで人間不信で怯える保護犬きーちゃん。
初日から試行錯誤の日々と保護犬きーちゃん
がもたらす至福の日々。
◇
✴️保護犬ちゃん達の過去・現在の実情の記述もあります🐾
✴️日々の些細な出来事を綴っています。現在進行形のお話となります🐾
✴️🐶挿絵画像入りです。
✴️拙いエッセイにもかかわらず、HOTランキングに入れて頂き(2025.7.1、最高位31位)ありがとうございます🙇♀️
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
白椿の咲く日~ひそかな恋、遠い日の思いは
紫さゆり
恋愛
結婚を控えた真由子は、久しぶりに異母姉の稚子(わかこ)と会う。
真由子の母、雪江は大学教授であり、著名な歌人の水上実之(みなかみさねゆき)の後添いとして水上家に嫁いだ。
婚約者の諒人(りょうと)のことなど、真由子は稚子と色々語り合ううち、庭の白椿の木は真由子がなついていた異母兄、靖之が植えたものだと知る。
白椿の木をめぐっての、ひそかな大人の恋物語です。
石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。
源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。
長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。
そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。
明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。
〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる