星が降りそうな港町

Yonekoto8484

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歌子がまた遠くへ

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ある日,歌子がまた海外旅行をしてくると私に報告して来た。今回の行き先は,ヨーロッパだった。「スペインにちょっと行って来る。」と言われた。しかも,一人で行くというのだ。

オーストラリアに行った時は,一人ではなく,同年代のお友達だったし,現地にも助けてくれる友人がいるという話だったため,私として,心配する理由は特になかった。

歌子には,スペイン人の友人はいないし,治安も悪い。新婚旅行でイタリアを訪れ,酷い目にあったばかりの私は,歌子が一人でヨーロッパに行く予定があると聞くと,心配にならずにはいられなかった。特に,前回の海外旅行で風邪を引いたのをきっかけには副鼻腔炎になり,一年近く辛そうな姿をそばで見たものとしては,心配でたまらなかった。

しかし,歌子と微妙な関係になっていたその時の私は,歌子を止めたり,口出しをしたり立場にはない。そうわかっていても,放って置けなかった。

歌子に,「一緒にスペインに行きたい。」と言うことにした。

これは,決して,歌子と一緒に海外旅行をするつもりだった訳ではなく,歌子が自分の予定を考え直し,一人で行かない方がいいと判断をしてもらうための私なりに熟慮した上での作戦だった。

歌子は,私が一緒に行きたいと言うと,「泊まる予定にしているところは,一人しか泊まれないところだから,今回はごめんね。」とうまく断った。

私は,歌子が関係の拗れてしまった私と一緒に旅行をするとは,最初から期待していなかったから,傷つくことはなかった。お金もなく,有給休暇を全部角膜炎の治療に消費してしまっていたから,「一緒に行こう!」と言われたら,逆に困る立場だった。歌子が断るだろうという前提に,考えた作戦だった。

唯一予想外だったのは,歌子が私の意図に気付いたことだった。

次の交流広場の開催日の時に,訊かれたのだ。「一緒に行きたいと言ったのは,私が一人で行ったら,私の身に何かが起こるかもしれないと心配したからでしょう?」

しかし,私は,自分の目的が歌子にバレたのが嫌で,私の気持ちをこれまで沢山翻弄して来た歌子に「その通りだ。」と素直に自分の意図を認めるのがもっと嫌で,肯定も,否定もしなかった。

歌子は,結局,未子の娘さんと一緒にヨーロッパに行くことになった。私は,これで,安心し,自分の作戦が成功したと密かに満足した。

しかし,安心したのも束の間,やっぱり今回も,歌子が風邪をひいて帰って来たのだった。
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