平民出の奴隷は氷の侯爵を一途に愛する

鯛田オロロ

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僕は、ご主人様の言いつけを破ったから、奴隷商のもとに戻されるかもしれないと思った。

ご主人様との性行為は、たまらなく恐ろしかった。アルファの味を嫌というほど味わわされた。僕は、またこれを望んでしまうだろうことが、わかった。



ご主人様は、僕を奴隷商に返しはしなかった。

ラットの期間が終わると、ご主人様は、身の回りの世話も僕に教えた。ご主人様の靴を磨いたり、コートにブラシをかけたり、ご主人様のクラバットの結び方も教えてもらった。

ご主人様はお茶の淹れ方も僕に覚えさせた。年配のハウスキーパーのミレディは、いやいやながら僕に教えてくれた。

上流階級の女性にとって、オメガというのはそばにいるのも穢らわしい、性的逸脱、堕落の象徴のような存在らしい。が、ご主人様の手前、僕に教えざるをえないのだ。

「ティーポットとカップを温めます。茶葉は多すぎても少なすぎてもいけません。あらかじめ水で湿らせておくとしっかりと葉が開きます。砂時計で蒸らし時間を計ります。順番に少しずつ注ぎ、最後の一滴まで注ぎきるのです」

そうして淹れた茶を飲むと、今まで飲んできた茶とは別の飲み物かと言うほど味の差があった。茶葉ももちろん違うだろうし、淹れ方も違った。

「……美味しい」

ミレディ夫人は、目を閉じて、当然だと言うようにうなずいた。



ご主人様は、毎朝、僕に新聞を音読させるようになった。

「eeにアクセントを置くんだ、もう一度」

「はい」

僕が読み間違えるたびに指摘し、正しい発音に訂正させた。



僕はご主人様のラットのたびに抱かれることになった。避妊の効果のある、ウィンターチェリーの根を煎じて飲んでいたから、妊娠することはなかった。

不思議なことに、ご主人様のラットと、僕のヒートの時期はぴたりと重なるようになっていった。

ラットとヒートが重なると、快楽はいや増した。

「シャル、シャル」

ご主人様は、行為中に耳元で僕の名を呼ぶ。僕は、そのかすれた声を聴くだけで達してしまうのだった。



ご主人様には、美しい婚約者がいた。彼女は伯爵令嬢だった。

ご主人様は、私が彼女の目に入らないようにしていた。私の存在は、彼女にとって不愉快だろうから。

ご主人様が差し出した腕に、令嬢が手を置く。二人は、侯爵邸の綺麗に整えられた庭を歩いている。

僕がここにいるのは、ご主人様が独り身の間だけだ。僕は、お似合いのお二人を見て、溜息を漏らした。



ご主人様のお父上の侯爵様は、王都で女優を囲っていた。それゆえ、王都でほとんどの時間を過ごし、領地にも家庭にも、まったくの無関心だった。

侯爵の母上の侯爵夫人は、ご主人様をまるで恋人のように愛していた。

私は、侯爵夫人から蛇蝎のごとく嫌われていた。愛する息子が卑しい奴隷の、見目の悪いオメガと性行為をするのが、彼女には耐えがたいようだった。僕は、淫らで不潔で穢らわしい存在だった。

侯爵夫人の奉公人たちからも虫けらのごとく見られていた。

屋敷の中で働く使用人も、すべからく僕を嫌っていた。



しかし、屋敷の外で働く使用人たちは、僕をそれほど気にしなかった。

ご主人様は、僕をよく街に供として連れて行ったが、それ以外のときは、僕を自由にさせていた。僕は、外の使用人たちに混ざっていることが多かった。僕が人懐こいハックの友人ということで、彼らは僕を受け入れてくれた。

使用人に振る舞われる季節の祭りの特別なご馳走も、彼らと食べた。

ご主人様が僕に用があるときは、ご主人様にいいつけられた使用人のレアンが僕をいやいや探しに来る。

レアンは中流階級の出で、見目も良く、将来は執事を目指しているらしかった。僕のような奴隷は虫けら同然に思っていたし、学のない屋敷の外で働く使用人のことも見下していた。

ただ、レアンはご主人様のことを崇拝していたから、ご主人様に用を申し付けられた自分はご主人様に特別に目をかけられていることを自慢に思ってもいた。

レアンが呼びに来たが、僕は、全く気が付かなかった。

僕はハックと一緒に、洗濯婦たちと洗濯の歌を歌っていたからだ。

洗濯は、大変な暑さと危険を伴う、大変な重労働だ。

それでも彼女らの歌声は、どこまでも明るい。歌を歌いながら桶の中の洗濯物を足で踏んでいる。

彼女たちは、僕がもう帰ることはないだろう故郷の村の明るく元気な農婦たちを思い出させた。彼女らも機織りや糸紡ぎ、農作業のとき、川で洗濯するときにも歌を歌っていたから。

シーツにはほんの少し、仕上げに青い染料を混ぜるのだって忘れなかった。

僕を探してあちこちかけずり回った挙げ句、何度呼んでも気づかれなかったレアンは、顔を真っ赤にして叫んだ。

「ルイス様がお呼びだ! 何度言わせる気だ!」



牧童のハックとは、一番気があった。

大工のゲン爺から頼まれて、ハックとともに木の柵にペンキを塗り直していた。ハックと話しながらの作業は、大変ではあるが楽しいものだった。そのハックから、

「おめえ、ずいぶん喋り方が変わっちまったなあ。旦那様みたいじゃんか」

としみじみと言われて、自分の発音やアクセントが上流階級のものになってきていることにはじめて気がついた。

ああ、ご主人様は、このために僕に毎日新聞を読ませていたのかと思いあたったのだ。

僕が字が読めるということで、外の使用人たちに新聞や雑誌を読んだり、娘や息子宛の手紙を代わりに書いてやって喜ばれるようになった。



毎日の新聞の音読で僕の語彙が増えスペリングも正確になると、ご主人様は、難しい内容の手紙の代筆を僕にさせるようになった。

「先日うかがった新法案のお話ですが、工業の発展を促す上で……」

僕は、ご主人様が口述したことを一生懸命書き取った。書き上がったものをご主人様に見せると、ご主人様がうなずく。僕は、それを見て心底ほっとした。

そして、手紙を書き終えると、近場なら直接届け、遠い場所なら郵便局に出しに行く仕事も任された。

ご主人様が貸し本屋から借りた本の返却も、僕の仕事になった。

いつでも僕は、逃げ出せる環境にあった。だが、僕は、そうしなかった。逃亡奴隷として逃げつづけるのは無理だからだ。

いや、ここでの生活にも慣れてしまった。

衣食住が保証されていたことも大きいが、僕は、もうご主人様との性行為なしには生きていけそうになかった。思い出すだけで、腹の奥が疼くのだから。

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