平民出の奴隷は氷の侯爵を一途に愛する

鯛田オロロ

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ここに来て、六年の歳月が流れていた。

ご主人様は、王都でのご友人の結婚式に参列なさった。

帰ってきたご主人様は、酷い高熱を発症された。そして、翌日、その美しい顔を、そして全身の肌を、無数の赤い発疹が覆った。

医師は、聖パデオロ病と診断した。感染性の病気で、発症すれば致死率は五割と言った。一週間が山場だとも。

ご主人様の周りから、水が引くように人が消えた。ご主人様を溺愛しているはずの、母である侯爵夫人すら。当然、婚約者も見舞いに来なかった。

このときに、僕は、気がついた。僕は、分不相応にも、ご主人様を愛しているのだと。

行為中に、僕の名を呼んでくれるのが好きだった。ご主人様が僕に代筆させる文章を声に出すとき、僕はそれにうっかり聞き惚れそうになる。ご主人様が僕を信じて、様々な仕事を任せてくれるのが嬉しかった。

ご主人様が買ってくださらなかったら、酷い主人のもと、死んでいたかもしれない。

僕は、ご主人様のそばで、濡れタオルで汗を拭いて、うなされて支離滅裂なことを叫ぶご主人様の手を握っていた。

「ご主人様、僕がここにいます」

そう言いながら。

全身の発疹から膿が出るのを、ガーゼで拭って薬を塗った。食事は、メイドや小間使いの少年が息を止めてカートで運んで、逃げ去っていく。

一週間後、ご主人様の熱は嘘のように下がり、発疹もほとんど消え、膿も収まった。

ご主人様は、死の淵から見事に戻っていらした。

ご主人様は、僕の手を握り返した。

「シャル、君が、ずっとそばにいてくれたんだな」



今度は僕が隔離されることになった。

庭の隅の使われていない、朽ちかけた納屋に閉じ込められた。扉には外から板があてられて、釘が打たれた。

ハックが見張りの隙をついて、朽ちた板の隙間からチーズやパンを差し入れてくれなければ、僕は死んでいたかもしれない。

幸い、聖パデオロ病を発症することも、餓死することもなかった。

ご主人様は命の危機は脱されたものの寝付いていて、僕がこのように隔離されたことを知らなかった。

ご主人様は、ベッドから起き上がれるようになると僕を探し、納屋にいるのを突き止めた。命を顧みず世話してくれた恩人に何たる仕打ちだと激怒した。

「病を恐れる者は離れていろ! 私がやる!」

使用人たちが遠巻きに見守る中、ご主人様がバールで釘を抜いた。

そして、ご自身の手で僕をそこから出してくださった。僕は寒さのために思ったより衰弱していて、ご主人様に抱きかかえられて外に出た。

王都に半ば暮らしている父上の侯爵は、処分をご主人様に任せた。

執事は弁解した。

「ルイス様の奴隷が、ルイス様に命を捧げたのは奴隷として当然のことでしょう。加えて、疫学上の観点から、かの者の隔離は妥当です」

「食事も与えずに、隙間風吹く納屋に閉じ込めることがか!」

僕には、いつも冷静で感情を表に出さないご主人様が、奴隷の僕のために怒ってくださったことが、何よりも嬉しかった。

侯爵夫人のお気に入りの執事は、紹介状もなく解雇された。



ご主人様の発疹はほとんど消えていたが、ご主人様は顔を包帯で隠しつづけた。

元通にりになりつつあるのを知っているのは、僕と医師だけだった。ご主人様は、僕達に口止めした。

ご主人様は体力がお戻りになると、顔を包帯で隠したまま婚約者に会った。

婚約者は、ご主人様の快癒を喜んだ。

「顔の痕は治るのでしょう?」

何気なく聞かれて、ご主人様は答えた。

「いや、おそらく痕は相当残るだろう」

婚約者の顔はさっと青ざめた。

この様子を教えてくれたのは、レアンだった。執事の見習いとして、婚約者を病室へと案内して聞いたのだという。

「マイン伯爵令嬢は、ルイス様のお姿とご身分にしか関心がないのでしょうな」

レアンが辛辣に吐き捨てた。

レアンは、僕がご主人様を看病して以来、僕への敵意を捨ててくれた。

僕も常に悪意にさらされていたいわけではない。お茶の淹れ方を教えてくれたミレディ夫人もそうだった。ハックにパンやチーズを持たせてくれたのは彼女だった。

礼を言うと、あんなところで死なれては寝覚めが悪いでしょうと、ぷいと横を向いてしまったのだが。

しかしだ。ご主人様は、包帯を取って、愛する婚約者をなぜ安心させてやらないのだろうか。



ご主人様の結婚は、もう一年後に迫っていた。

そうすれば、お役御免の私は、奴隷ではなく、自由民にしてもらえるはずだ。なのに、僕はこれを喜べなかった。

ご主人様への叶わぬ恋慕の情は募るばかりだった。

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