平民出の奴隷は氷の侯爵を一途に愛する

鯛田オロロ

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ご主人様が留守の間に、ご主人様のお母様である侯爵夫人によって、僕は再び奴隷商に売り払われた。

侯爵夫人の私室に呼び出されて、拘束された。

僕は、ご主人様に屋敷で待つように言われたこと、ご主人様個人の所有物であり、侯爵夫人に僕を処分する権限がないことを必死に訴えたが、聞き入れられなかった。

侯爵夫人は昂然と顎を上げて言った。

「私は息子から頼まれました。息子の出かけているうちに、薬によって不要になった、穢らわしいオメガをお払い箱にしてほしいと」

侯爵夫人の奉公人団が僕を取り囲み、うなずいている。ここには、僕の味方は一人もいない。

僕の心は、揺れた。もしかしたら、そうなのかもしれない。ご主人様は、なまじ情が移りかけた奴隷の処分に気が進まず、母である侯爵夫人に全てを任せたのかもしれない。

そんなはずはない、と思おうとしたが、難しかった。

彼が僕に伝えたいと言ったのは、これなのかもしれないと思えてきた。

奴隷商は私に全裸になるように言った。ここでは嫌だと言う僕に、侯爵夫人が命じた。

「奴隷に口答えが許されるものですか。鞭を持って来なさい」

僕は男の使用人たちに押さえつけられた。

「あの子はね、美しく高貴な令嬢と結婚するのです! そして、あの子とそっくりの、美しい子供が生まれるのですよ!」

侯爵夫人が手ずから私の尻を鞭打つ。剥き出しにされた尻を真っ赤に腫れ上がるまで打たれた。

私の抵抗する気力は、それですっかり萎えてしまった。

奴隷商が、裸にした僕の体中をじろじろと、ときに器具を使って入念に調べた。

奴隷商は見積金額を侯爵夫人に提示した。侯爵夫人は金額に納得してうなずき、契約書にサインし、現金で対価を受け取った。

僕は馬車に乗せられた。すぐさま馬車は走り出した。



今度僕を買ったのは、船会社だった。

長い船旅における、船員の性のはけ口として、僕は買われたのだ。

船の下働きとしても働かされることになったが、荷物の積卸しは力がなく不向きだった。使い物にならない僕は、怒鳴られ、殴られた

ひたすらじゃがいもを剥くなどの作業に従事した。そうして、夜になると代わる代わる男たちに犯され、男ばかりの船上での性のはけ口にされた。

男たちは手酷く乱暴に僕を犯した。

僕は、犯されながら、ご主人様の冷たい美貌にめったに浮かぶことのない笑顔を思い出していた。

最後の日に見た微笑みを。もう二度と見ることはかなわない、その微笑みを。

僕は、おかしくなっていった。男たちを、ご主人様なのだと自己暗示をかけることで、心を守った。

「ご主人様、ご主人、様……!!」

そう呼ぶと、美しいご主人様の顔した男たちがどっと笑った。

「ご主人様、だってよ!」

「ああ、そうだ、俺がお前のご主人様だぞ!」

「なんだあ? こいつ、狂っちまったのか?」

男たちの陰茎を、奴隷商に教えられたように、口と手で愛撫する。

男たちは面白がって、二人の男が前と後ろから、僕の尻にペニスを挿入した。

「ひぎゃあ゛ああッッ!! はっ、お゛、ん゛お゛お゛おおお……!!」

「すげえな、こいつ、イッてやがんぜ」

同時に、ぎゅっと乳首がつねられる。

「ひいぃ……!! ぐ、る゛じ、ご主、人様ッッ! ごしゅ、じん、しゃ、みゃッッ……! ふぎゃあ゛あッッ……!!」

「おお、締まる、締まる」

たくさんのご主人様が僕を取り囲んでいる。ご主人様が、僕を必要としてくれる。

僕は、夢もうつつも区別がつかず、苦痛と快楽に混濁する思考の中で笑った。



僕が船上で奴隷になって、三年の月日が流れていた。

ある日のことだ。

「この者は、私の所有の奴隷だ」

ご主人様が、港に着いた船の上に、判事と警官と、従者になったレアンを連れて現れた。

昨夜も犯しぬかれて朦朧としている僕は、ぼうっとそれを見上げていた。

彼は、本物のご主人様なのか? 僕にはもう、わからなくなっていた。

ご主人様は、購入時の売買契約書と、侯爵夫人が僕を勝手に売ったことを無効とする裁判所の決定通知書も持っていた。

船会社の人間もごねたところで、僕をご主人様に引き渡さざるをえなかった。

「ご主人、様……?」

本当のご主人様なのですか?

「遅くなって、すまなかった」

ご主人様は僕を立たせて、力強く抱き締めた。

本物のご主人様だと言う証拠に、懐かしいご主人様の匂いがした。本物の、ご主人様だ。

僕の目から、とうに枯れたと思っていた涙が溢れ出した。



ご主人様は、僕の奴隷の証の首輪と足かせをすぐに外させた。

船を降りると、ご主人様は警官と判事に礼を述べた。

判事は、君の当然の権利が認められたまでだよ、と手を上げ、鷹揚に言った。

僕は、侯爵邸に連れていかれた。

眠くて仕方がなく、ベッドに寝かされて、こんこんと眠り続けた。

次に目覚めたとき、ご主人様がベッドに腰掛け僕の髪を優しく撫でていた。

「ご主人、様」

「ああ、おはよう。シャル」

僕は、夢でも見ているのだろうか? 窓から差し込んだ光が、ご主人様の金糸のような髪を煌めかせた。

「何か食べられるか? 果物がいいか?」

僕は、夢うつつに温室で育てられたオレンジを食べ、また眠ってしまった。

そんな日々がどれだけ続いただろうか。僕の心はだんだんと、現実に戻っていった。

僕は、ベッドからようやく出ることができるまでになった。

「ご主人様、助けていただきありがとうございます」

「礼など言ってくれるな、本当に申し訳ないことをした。君にはどれだけ詫びても足りない」

ご主人様が苦しげに、眉をしかめた。

「母なら、南の子爵領にいる。監視をつけてね。もう二度と君に危害を加えることはない」

彼の母親のことを考えるとぞっとした。もう顔を合わせることはないようだ。

「それに、君はもう奴隷ではない」

ご主人様は立ち上がると、書類を持ってきて僕に見せた。

「これは君の自由人としての証明書だ。どこにでも、好きなところに行っていい」

僕は、がつんと頭を殴られた気がした。書類を持つ手ががたがたと震えた。

ご主人様は、高貴な使命感から、僕を救い出しただけだ。もう、僕を必要とはしていないのだ。

アルファのラット用の薬がもう存在しているのだから、僕はもういらないのだ。

「君には、年金を支給する。生活の心配はしなくていい」

同情から言ってくれているだけ。彼の母親のしたことに罪の意識を感じているのだろう。

もしくは、侯爵家の内輪揉めの醜聞を避けるための口止め料なのかもしれない。

僕なんかをそばに置く道理がない。

ご主人様は、まだ結婚はしていないようだ。前侯爵から引き継いだ印章の指輪をしているだけで、左手の薬指に指輪はない。

しかし、もう、婚約者に裏切られた傷も癒えて、新しい婚約者がいるのかもしれない。

「君はもう、自由だ」

自由だと言われて、どこに行けと言うのだろう。



ずっと、この三年の間、あなただけを支えに生きてまいりました。

これなら、一生正気になど戻らないほうがよかった。

幻想のあなたと一緒にいたほうがずっとよかった。

どうして、わざわざ僕を探し出して、無理やり夢から覚まして、それから捨てるようなことをなさるのですか。

あなたは、酷いお方だ。

僕は、一人枕を濡らした。



夜が明けて、久々にレアンにあった。

レアンは僕が生きていたのを喜んでくれた。僕は、彼に、オメガに相応しい居場所とはどこかを聞いてみた。

「オメガに相応しい場所? それなら、ヨーマン州に、オメガも受け入れている修道院があると聞いたことがあるが……」

修道院はいいかもしれない。

「まさか、ここを出ていくとは言わないよな? やめておけ、どれだれけルイス様が君を探したか」

「ご主人様からどこにでも好きなところに行くように言われたんだ」

「まさか!」

レアンが疑うが、本当のことだ。

オメガの僕を他家で雇ってくれるだろうか、難しいかもしれない。娼館で虐待されて死ぬのも嫌だった。



久々に会ったハックに、僕は、お金を借りに行った。修道院の遠い道のりを行かなければならないのに、今の僕は無一文だった。

僕が出ていくというと、ハックは怒りを爆発させた。

「ルイス様は大馬鹿野郎だ!」

「そんなことを言っちゃいけないよ」

「大馬鹿に大馬鹿って言って何が悪いってんだ!」

そうして、ちょっと待ってというと、有り金をそっくり僕に渡してくれた。

「ありがとう、ハック。必ず返すよ」

「いいよ、友達じゃねえか。いや、やっぱり貸すことにするよ。必ず返しに来てくれ、また会うって約束だ」

「うん、必ず返しに来るよ」

ハックは涙ぐみながら、堅焼きパンとチーズも包んで持たせてくれた。

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