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9話
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*
今日は部屋の清掃作業があった。どうやら月1回の大片付けらしい。僕も自分の部屋を整理してちょうどひと段落ついた。
そこで、僕は妹の瑞稀のところへ向かっていると……。
「沙月先生! もう一度だけ。もう一度だけ見させてください!」
「もうこれで10回目よ」
「お願いします!」
「陰陽下級 一迅之太刀!」
よく見ると瑞稀は刀を持っていて、沙月さんに指導を受けてるところだった。どうやらお取り込み中のようだ。
「沙月先生。こ、こうかな?」
「その調子。その軌道で素早くやってみて」
「はいっ!」
ここまで熱心に指導を受ける瑞稀は、見たことがない。対して僕は妹に何もしてやれてない。したことがあるのは、身代わりくらいだ。
鳴海家での僕と瑞稀は、満足できるほど食事を与えられてなかった。毎回少ない量しかなく、僕はいつも自分の分を瑞稀にあげていた。
それもあってか、瑞稀は食事が大好きで色んな料理を知っている。あまり味には期待してなかったようだが……。
対して味もわからず育った僕は、雪音家に来てようやく食事というもの知ったばかりだ。雪音家の料理はどれも美味しくて、外食もしてくれる。
「全てはあの事件だったなぁ」
「もうお兄ちゃん。そこで突っ立ってないで」
「み、瑞稀⁉︎ もしかしてバレてた?」
「バレてたも何も。パンバイキング行くよ!」
「う、うん」
*
パンバイキングの店へやってきた僕達は、昨日と同じ手順で入店した。今日は汐梨さんに呼ばれてないし、掃除も終わってるので暇だ。
生まれて初めてのバイキング。食べたいものを中心に取っていくか。自分の食事量に合わせて戦略的にいくか。
だけど、パンの種類が多すぎてどれがいいかわからなくなっていた。ここは沙月さんに聞くべきか?
「うわぁぁぁ。パンがいっぱぁーーい! まずチョココロネでしょ。ミニフランス。レーズンもある! あとはあとはー」
「ちょっ、瑞稀取りすぎ取りすぎ!」
「あ、お兄ちゃん! じゃあ、お兄ちゃんにはこれあげる」
そう言ってトレーの上に乗せられたのは、チョココロネとレーズンパンだった。2つとも食べたことがある。
沙月さんがよくスーパーで買ってくるパンだ。味は想像できる。想像できるけど……。
「はむっ! あれ? スーパーのチョココロネと味が違う。こっちのチョコは少し苦い……」
「でも、パンは甘い。これってチョコの風味を引き立たせるためかな? チョコも種類豊富だね」
「うん」
「最近では、“キャロブ”っていう植物を使った、カカオアレルギー向けのチョコもあるくらいだからね。はいっ、チョコパン。こっちは甘いよ」
*
『ありがとうございました』
「はぁ……。沢山食べてお腹いっぱい」
「だねぇ」
結局僕は、瑞稀と沙月さんが選んだものばかり食べていた。バイキングって思い切りが必要なんだ。そう思ったひととき。
瑞稀も沙月さんも満足したようで、上機嫌だっ……た?
「沙月先生。お兄ちゃん。なんか嫌な予感がする」
「「嫌な予感?」」
「ちょっと着いてきて!」
「うん」「わかった」
瑞稀が警戒している? 僕と沙月さんは早足で前を行く瑞稀を追いかける。しばらくして瑞稀は周辺を見回し始める。
瑞稀が何を探しているのかはわからない。そもそも、この通りには人が密集していて、誰が誰だか見分けがつかないのだ。
「まだ近くにいるみたい」
「近くにいる?」
「ちょっと寄り道していい?」
「いいけど……」
そう言って瑞稀は服屋やスーパー。靴屋。八百屋。などを次々と入っていく。だけど、瑞稀の緊迫とした表情は晴れなかった。
そこでというように走り出す瑞稀。僕達ももちろん追いかけ、路地裏に逃げ込んだ。
「瑞稀さっきから何?」
「誰かがさっきから追いかけて来てる気がして」
「まさかストーカー⁉︎」
「ちょっとしー。しーだよお兄ちゃん」
「しーじゃないよ!」
『よくもまあ、ここまで巻いてくれたねぇ。少年とそのお仲間たち』
その声の主は黒いドレス着た女性。この声はどこかで聞いたことがある。路地裏を薄暗く、女性の黒さが引き立っていた。
「茨木童子!」
「おや、やっと気づいたのかい」
「このストーカー!」
「ちょっと瑞稀……」
茨木童子は首を数回鳴らして、睨みつけてくる。この様子どこかで見たような。そんなことを考えていると、沙月さんが刀を持って臨戦態勢になっていた。
対する茨木童子も金棒を持って、ブンブンと振り回している。
「ストーカーとは聞き捨てならないねぇ!」
「ストーカーなんて許さない! いざ勝負!」
「沙月さん⁉」
交わる茨木童子の金棒と汐梨さんの斧との刃の音が、僕の脳内にある記憶をフラッシュバックさせる。
それは僕が必死に瑞稀を守り抜いてきた記憶、傷ついた瑞稀に声もかけられず、何もできない自分を悔いた記憶。
茨木童子だって同じかもしれない。仲間を守れない自分に対する怒りを、復讐心にしてるだけなんじゃないか。
だったら、僕ができることはこれしかない!
「陰陽上級! 神楽舞!」
「お兄ちゃん⁉」
パッと思いついた技。こんな技あるのだろうか? そう思いながら使ったが、世界は自分と共鳴した。
真っ赤な炎が茨木童子を襲い、周囲を染め上げる。この光景どこかで。僕は力を上手く制御し炎を小さくさせていく。
そこには、大人しくなった茨木童子と、沙月さんの姿。妹の瑞稀も呆然としている。これが、僕の陰と陽を組み合わせた技なのか?
「そこの少年やるねぇ。あの頃と違うねぇ」
「あの頃?」
「少年の家を燃やした日。アタイの部下が燃やしたのさ」
「茨木童子の部下が⁉︎」
「ま、そこまでしなくてもいいと思った矢先の出来事だったから。この前まで怒ってたんだけどねぇ」
「そうは見えないですけど……」
感情を隠しているのでわからないが、部下に怒っているらしい。そういえば沙月さんも似たようなことを言ってた気がする。
だけどそれって、僕達を救ってもらうきっかけにもなった。だから、少し困惑している。ストーカーをしたことはいけないことだ。
だけど、このマガツキを警察に渡すわけにもいかない。マガツキは陰陽師とだけの間に成立するのだから。
「あの……。茨木童子さん」
「なんだい少年」
「僕達を救ってくれてありがとうございます」
「アタイがアンタ達を救った? それはどの口が言うんだい」
「僕の口からです」
ちょっと微妙な流れになってしまった。確かに、僕達が救われる機会を作ってくれたのは、この茨木童子だ。
沙月さんは助けてくれたけど。それ以前に救われていたんだ。だから、言うことは決まっている。
「今度からは、放火などをしないでください。僕達以外にも家を失くした人がいます。もしそれが部下だったら、しっかり叱っておいてください」
「アンタ変わってるねぇ。そう言われたのは初めてだよ」
「え⁉」
「約束しよう。これを大事に持っておけ」
(そんなすんなり?)
茨木童子はまるで契りでも交わすように、豪奢なカバンをゴソゴソさせる。そこから出てきたのは、抜け落ちた牙の入った小さい袋と爪切りだった。
そして、素早く爪を切り牙の入った袋に入れると、それを渡される。マガツキの爪と牙。これが約束の印になったのだろう。
「これ、本当に貰っていいんですか?」
「いいよいいよ。きっとお互いにいい事が起こるから」
「お兄ちゃん。従っちゃダメ」
止めに入る瑞稀。しかし、これを受け取った以上返すのももったいない。僕は牙と爪が入った小袋をポケットにしまう。
「それと、さっき止めに入った少女はアンタの妹さんかい?」
「あ、はい。そうですけど」
「なんか嫌いなオーラがプンプンしてたまらない。警戒対象としておこうかね」
(瑞稀が警戒対象?)
思えば僕達の中で真っ先に茨木童子に気づいたのは、瑞稀だった。だからなのだろう。茨木童子が警戒したくなる気持ちはわかる。
だけど、あの本に触れる前までは瑞稀のことを警戒してなかったのに、今はマガツキの感覚がわかってきた。
僕の中で、何かが変わろうとしているのかもしれない。だけどそれが何なのか、今の僕にはまだわからなかった。
今日は部屋の清掃作業があった。どうやら月1回の大片付けらしい。僕も自分の部屋を整理してちょうどひと段落ついた。
そこで、僕は妹の瑞稀のところへ向かっていると……。
「沙月先生! もう一度だけ。もう一度だけ見させてください!」
「もうこれで10回目よ」
「お願いします!」
「陰陽下級 一迅之太刀!」
よく見ると瑞稀は刀を持っていて、沙月さんに指導を受けてるところだった。どうやらお取り込み中のようだ。
「沙月先生。こ、こうかな?」
「その調子。その軌道で素早くやってみて」
「はいっ!」
ここまで熱心に指導を受ける瑞稀は、見たことがない。対して僕は妹に何もしてやれてない。したことがあるのは、身代わりくらいだ。
鳴海家での僕と瑞稀は、満足できるほど食事を与えられてなかった。毎回少ない量しかなく、僕はいつも自分の分を瑞稀にあげていた。
それもあってか、瑞稀は食事が大好きで色んな料理を知っている。あまり味には期待してなかったようだが……。
対して味もわからず育った僕は、雪音家に来てようやく食事というもの知ったばかりだ。雪音家の料理はどれも美味しくて、外食もしてくれる。
「全てはあの事件だったなぁ」
「もうお兄ちゃん。そこで突っ立ってないで」
「み、瑞稀⁉︎ もしかしてバレてた?」
「バレてたも何も。パンバイキング行くよ!」
「う、うん」
*
パンバイキングの店へやってきた僕達は、昨日と同じ手順で入店した。今日は汐梨さんに呼ばれてないし、掃除も終わってるので暇だ。
生まれて初めてのバイキング。食べたいものを中心に取っていくか。自分の食事量に合わせて戦略的にいくか。
だけど、パンの種類が多すぎてどれがいいかわからなくなっていた。ここは沙月さんに聞くべきか?
「うわぁぁぁ。パンがいっぱぁーーい! まずチョココロネでしょ。ミニフランス。レーズンもある! あとはあとはー」
「ちょっ、瑞稀取りすぎ取りすぎ!」
「あ、お兄ちゃん! じゃあ、お兄ちゃんにはこれあげる」
そう言ってトレーの上に乗せられたのは、チョココロネとレーズンパンだった。2つとも食べたことがある。
沙月さんがよくスーパーで買ってくるパンだ。味は想像できる。想像できるけど……。
「はむっ! あれ? スーパーのチョココロネと味が違う。こっちのチョコは少し苦い……」
「でも、パンは甘い。これってチョコの風味を引き立たせるためかな? チョコも種類豊富だね」
「うん」
「最近では、“キャロブ”っていう植物を使った、カカオアレルギー向けのチョコもあるくらいだからね。はいっ、チョコパン。こっちは甘いよ」
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『ありがとうございました』
「はぁ……。沢山食べてお腹いっぱい」
「だねぇ」
結局僕は、瑞稀と沙月さんが選んだものばかり食べていた。バイキングって思い切りが必要なんだ。そう思ったひととき。
瑞稀も沙月さんも満足したようで、上機嫌だっ……た?
「沙月先生。お兄ちゃん。なんか嫌な予感がする」
「「嫌な予感?」」
「ちょっと着いてきて!」
「うん」「わかった」
瑞稀が警戒している? 僕と沙月さんは早足で前を行く瑞稀を追いかける。しばらくして瑞稀は周辺を見回し始める。
瑞稀が何を探しているのかはわからない。そもそも、この通りには人が密集していて、誰が誰だか見分けがつかないのだ。
「まだ近くにいるみたい」
「近くにいる?」
「ちょっと寄り道していい?」
「いいけど……」
そう言って瑞稀は服屋やスーパー。靴屋。八百屋。などを次々と入っていく。だけど、瑞稀の緊迫とした表情は晴れなかった。
そこでというように走り出す瑞稀。僕達ももちろん追いかけ、路地裏に逃げ込んだ。
「瑞稀さっきから何?」
「誰かがさっきから追いかけて来てる気がして」
「まさかストーカー⁉︎」
「ちょっとしー。しーだよお兄ちゃん」
「しーじゃないよ!」
『よくもまあ、ここまで巻いてくれたねぇ。少年とそのお仲間たち』
その声の主は黒いドレス着た女性。この声はどこかで聞いたことがある。路地裏を薄暗く、女性の黒さが引き立っていた。
「茨木童子!」
「おや、やっと気づいたのかい」
「このストーカー!」
「ちょっと瑞稀……」
茨木童子は首を数回鳴らして、睨みつけてくる。この様子どこかで見たような。そんなことを考えていると、沙月さんが刀を持って臨戦態勢になっていた。
対する茨木童子も金棒を持って、ブンブンと振り回している。
「ストーカーとは聞き捨てならないねぇ!」
「ストーカーなんて許さない! いざ勝負!」
「沙月さん⁉」
交わる茨木童子の金棒と汐梨さんの斧との刃の音が、僕の脳内にある記憶をフラッシュバックさせる。
それは僕が必死に瑞稀を守り抜いてきた記憶、傷ついた瑞稀に声もかけられず、何もできない自分を悔いた記憶。
茨木童子だって同じかもしれない。仲間を守れない自分に対する怒りを、復讐心にしてるだけなんじゃないか。
だったら、僕ができることはこれしかない!
「陰陽上級! 神楽舞!」
「お兄ちゃん⁉」
パッと思いついた技。こんな技あるのだろうか? そう思いながら使ったが、世界は自分と共鳴した。
真っ赤な炎が茨木童子を襲い、周囲を染め上げる。この光景どこかで。僕は力を上手く制御し炎を小さくさせていく。
そこには、大人しくなった茨木童子と、沙月さんの姿。妹の瑞稀も呆然としている。これが、僕の陰と陽を組み合わせた技なのか?
「そこの少年やるねぇ。あの頃と違うねぇ」
「あの頃?」
「少年の家を燃やした日。アタイの部下が燃やしたのさ」
「茨木童子の部下が⁉︎」
「ま、そこまでしなくてもいいと思った矢先の出来事だったから。この前まで怒ってたんだけどねぇ」
「そうは見えないですけど……」
感情を隠しているのでわからないが、部下に怒っているらしい。そういえば沙月さんも似たようなことを言ってた気がする。
だけどそれって、僕達を救ってもらうきっかけにもなった。だから、少し困惑している。ストーカーをしたことはいけないことだ。
だけど、このマガツキを警察に渡すわけにもいかない。マガツキは陰陽師とだけの間に成立するのだから。
「あの……。茨木童子さん」
「なんだい少年」
「僕達を救ってくれてありがとうございます」
「アタイがアンタ達を救った? それはどの口が言うんだい」
「僕の口からです」
ちょっと微妙な流れになってしまった。確かに、僕達が救われる機会を作ってくれたのは、この茨木童子だ。
沙月さんは助けてくれたけど。それ以前に救われていたんだ。だから、言うことは決まっている。
「今度からは、放火などをしないでください。僕達以外にも家を失くした人がいます。もしそれが部下だったら、しっかり叱っておいてください」
「アンタ変わってるねぇ。そう言われたのは初めてだよ」
「え⁉」
「約束しよう。これを大事に持っておけ」
(そんなすんなり?)
茨木童子はまるで契りでも交わすように、豪奢なカバンをゴソゴソさせる。そこから出てきたのは、抜け落ちた牙の入った小さい袋と爪切りだった。
そして、素早く爪を切り牙の入った袋に入れると、それを渡される。マガツキの爪と牙。これが約束の印になったのだろう。
「これ、本当に貰っていいんですか?」
「いいよいいよ。きっとお互いにいい事が起こるから」
「お兄ちゃん。従っちゃダメ」
止めに入る瑞稀。しかし、これを受け取った以上返すのももったいない。僕は牙と爪が入った小袋をポケットにしまう。
「それと、さっき止めに入った少女はアンタの妹さんかい?」
「あ、はい。そうですけど」
「なんか嫌いなオーラがプンプンしてたまらない。警戒対象としておこうかね」
(瑞稀が警戒対象?)
思えば僕達の中で真っ先に茨木童子に気づいたのは、瑞稀だった。だからなのだろう。茨木童子が警戒したくなる気持ちはわかる。
だけど、あの本に触れる前までは瑞稀のことを警戒してなかったのに、今はマガツキの感覚がわかってきた。
僕の中で、何かが変わろうとしているのかもしれない。だけどそれが何なのか、今の僕にはまだわからなかった。
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