3 / 9
第3話
しおりを挟む
カウンターで返却された書籍の整理をしていると、隣に座っている志鶴さんが「あっ」とつぶやいた。
「そうそう、大事なことを伝え忘れてた」
その声に何気なく志鶴さんを見る。隣に座っていると分かっていたのに距離の近さにクラクラした。
「もしも私がいないときに分からないことがあったら、あの人に聞くといいよ」
志鶴さんはそう言って図書室の奥の一角を指さした。そこには、本を読む女生徒の姿がある。その顔には見覚えがあった。
「えっと、確か……田所詠深(たどころよみ)さん?」
「知ってる子だった?」
「同じクラスです。まだ話したことはないんですけど」
「そうなんだね。あの子、図書室の主(ぬし)って呼ばれてるんだよ」
「主?」
「そう。ずっと図書室にいるから、ここにどんな本があるのか私よりも知ってると思うよ」
「委員長がそれでいいんですか?」
「別に、いいんでちょ」
志鶴さんの会心の笑みに、私は言葉を無くして見つめてしまう。すると、志鶴さんはみるみる赤くなった。
そんな顔を見て、ああ、好きだな、と思ってしまう。
「すみません、笑った方が良かったですか? あははっ」
「やめて、余計に傷つく」
顔を伏せた志鶴さんの姿に思わず笑みがこぼれた。諦めるために図書委員になったのに、余計に惹かれてどうするんだ、と心の中で自分を戒める。
この作戦は失敗だったのかもしれない。そう思いはじめていたとき、図書室のドアが開きひとりの生徒が入ってきた。
「そろそろ終わりだよね? 迎えに来た」
志鶴さんだけをまっすぐに見つめてそう言ったのは、ウチのバカ兄貴だった。
志鶴さんの表情がパッと明るくなる。頬の赤みや瞳の輝きが今までとは違うように見えた。私と二人のときには見せない顔に、ときめきと痛みを感じる。
「あとは閉めるだけだから、ちょっと待っててくれる?」
志鶴さんはそう言うと私に向き直った。
「じゃあ、閉めたら一緒に帰ろうか」
「「え?」」
私と兄貴の声がハモる。
「いやいやいや」
私が大きく首を振りながら言うと志鶴さんは小さく首を傾げた。
「でも、有村くんと美咲ちゃん、一緒の家に帰るんだし」
「兄貴と一緒に帰るなんて絶対イヤです」
「それはこっちのセリフだ」
私と兄貴の反論にも、志鶴さんは納得できないという顔をしている。
「あとは残ってる人を追い出して鍵を閉めるだけですよね? 私がやっておくので志鶴さんは兄貴と先に帰ってください」
「え、でも……」
渋る志鶴さんを無視して、私は志鶴さんの鞄を兄貴に押し付けると、二人の背中を押して図書室の外へと追いやった。
確かに、志鶴さんを諦めるために図書委員になった。だけど、三人肩を並べて帰るなんて冗談じゃない。兄貴が現れたときのあの表情だけで十分だ。
一緒に帰ってさらに見せ付けられた方が早く諦められるかもしれない。だけど、そこまでの痛みに立ち向かう勇気もない。結局中途半端なのだ。
諦めるためといいながら、本当は志鶴さんに少しでも近付きたいと思っているだけかもしれない。そんな浅ましい自分が嫌になる。
私は、一息つくと図書室に唯一残っている田所さんが座る席まで行った。その間、ざっと見回して他に残っている人がいないかも確認する。
「田所さん、もう閉める時間なんだけど」
田所さんのすぐ脇に立って言ったのだがまったく反応がない。
「田所さん?」
もう一度声を掛けたが反応はなかった。参ったな、と思いつつため息を付いたとき、田所さんがやっと動いた。
本をパサリと閉じると、本に手を当てたまま目を閉じて「ほぅ」と大きく息をつく。その深い吐息は、物語りの世界から現実へと戻ってくる儀式めいていた。
そこでもう一度「田所さん」と声を掛ける。すると、今度は私の声に気が付いて顔を上げてくれた。
「もう閉める時間なんだけど」
「あ、もうそんな時間? ごめんなさい。すぐに片づけます」
田所さんはそう言うと本を持って立ち上がり、書架の奥へと消えた。私はカウンターに戻り田所さんが来るのを待つ。
さほど時間もかからず、田所さんは荷物を持って現れた。そして、私に向かって「ごめんなさい」と頭を下げた。
「ところで、どうして私の名前を知っているんですか?」
本当に不思議そうな顔をする田所さんになんだか体の力が抜けてしまう。
「同じクラスなので」
「え? あ、そうだったんですね。すみません」
申し訳なさそうな顔をしたが、私はそれほど気にならなかった。田所さんはいつも本を読んでいたし話したこともない。私は、すぐにクラスメートの顔と名前を覚えたが、田所さんにとっては本を読むことの方が重要なのだろう。
そこまで徹底されると逆に清々しい。
「本、好きなんですね」
「はい」
「それなら、なんで図書委員にならなかったんですか?」
「図書委員になったら、本が読めないじゃないですか」
田所さんは何を当たり前のことを聞くんだという顔をしている。図書委員には本好きの人が多いのは事実だ。だが、田所さんの本好きは、そのレベルを超えているのだろう。
それは、回遊魚のようなものだ。泳ぎ続けなければいけない回遊魚のように、本を読み続けたい田所さんが、図書室にいるのに本が読めない状況は拷問のようなものだろう。
そんな会話を経て田所さんを見送り、私は図書室を閉めて帰路についた。
「そうそう、大事なことを伝え忘れてた」
その声に何気なく志鶴さんを見る。隣に座っていると分かっていたのに距離の近さにクラクラした。
「もしも私がいないときに分からないことがあったら、あの人に聞くといいよ」
志鶴さんはそう言って図書室の奥の一角を指さした。そこには、本を読む女生徒の姿がある。その顔には見覚えがあった。
「えっと、確か……田所詠深(たどころよみ)さん?」
「知ってる子だった?」
「同じクラスです。まだ話したことはないんですけど」
「そうなんだね。あの子、図書室の主(ぬし)って呼ばれてるんだよ」
「主?」
「そう。ずっと図書室にいるから、ここにどんな本があるのか私よりも知ってると思うよ」
「委員長がそれでいいんですか?」
「別に、いいんでちょ」
志鶴さんの会心の笑みに、私は言葉を無くして見つめてしまう。すると、志鶴さんはみるみる赤くなった。
そんな顔を見て、ああ、好きだな、と思ってしまう。
「すみません、笑った方が良かったですか? あははっ」
「やめて、余計に傷つく」
顔を伏せた志鶴さんの姿に思わず笑みがこぼれた。諦めるために図書委員になったのに、余計に惹かれてどうするんだ、と心の中で自分を戒める。
この作戦は失敗だったのかもしれない。そう思いはじめていたとき、図書室のドアが開きひとりの生徒が入ってきた。
「そろそろ終わりだよね? 迎えに来た」
志鶴さんだけをまっすぐに見つめてそう言ったのは、ウチのバカ兄貴だった。
志鶴さんの表情がパッと明るくなる。頬の赤みや瞳の輝きが今までとは違うように見えた。私と二人のときには見せない顔に、ときめきと痛みを感じる。
「あとは閉めるだけだから、ちょっと待っててくれる?」
志鶴さんはそう言うと私に向き直った。
「じゃあ、閉めたら一緒に帰ろうか」
「「え?」」
私と兄貴の声がハモる。
「いやいやいや」
私が大きく首を振りながら言うと志鶴さんは小さく首を傾げた。
「でも、有村くんと美咲ちゃん、一緒の家に帰るんだし」
「兄貴と一緒に帰るなんて絶対イヤです」
「それはこっちのセリフだ」
私と兄貴の反論にも、志鶴さんは納得できないという顔をしている。
「あとは残ってる人を追い出して鍵を閉めるだけですよね? 私がやっておくので志鶴さんは兄貴と先に帰ってください」
「え、でも……」
渋る志鶴さんを無視して、私は志鶴さんの鞄を兄貴に押し付けると、二人の背中を押して図書室の外へと追いやった。
確かに、志鶴さんを諦めるために図書委員になった。だけど、三人肩を並べて帰るなんて冗談じゃない。兄貴が現れたときのあの表情だけで十分だ。
一緒に帰ってさらに見せ付けられた方が早く諦められるかもしれない。だけど、そこまでの痛みに立ち向かう勇気もない。結局中途半端なのだ。
諦めるためといいながら、本当は志鶴さんに少しでも近付きたいと思っているだけかもしれない。そんな浅ましい自分が嫌になる。
私は、一息つくと図書室に唯一残っている田所さんが座る席まで行った。その間、ざっと見回して他に残っている人がいないかも確認する。
「田所さん、もう閉める時間なんだけど」
田所さんのすぐ脇に立って言ったのだがまったく反応がない。
「田所さん?」
もう一度声を掛けたが反応はなかった。参ったな、と思いつつため息を付いたとき、田所さんがやっと動いた。
本をパサリと閉じると、本に手を当てたまま目を閉じて「ほぅ」と大きく息をつく。その深い吐息は、物語りの世界から現実へと戻ってくる儀式めいていた。
そこでもう一度「田所さん」と声を掛ける。すると、今度は私の声に気が付いて顔を上げてくれた。
「もう閉める時間なんだけど」
「あ、もうそんな時間? ごめんなさい。すぐに片づけます」
田所さんはそう言うと本を持って立ち上がり、書架の奥へと消えた。私はカウンターに戻り田所さんが来るのを待つ。
さほど時間もかからず、田所さんは荷物を持って現れた。そして、私に向かって「ごめんなさい」と頭を下げた。
「ところで、どうして私の名前を知っているんですか?」
本当に不思議そうな顔をする田所さんになんだか体の力が抜けてしまう。
「同じクラスなので」
「え? あ、そうだったんですね。すみません」
申し訳なさそうな顔をしたが、私はそれほど気にならなかった。田所さんはいつも本を読んでいたし話したこともない。私は、すぐにクラスメートの顔と名前を覚えたが、田所さんにとっては本を読むことの方が重要なのだろう。
そこまで徹底されると逆に清々しい。
「本、好きなんですね」
「はい」
「それなら、なんで図書委員にならなかったんですか?」
「図書委員になったら、本が読めないじゃないですか」
田所さんは何を当たり前のことを聞くんだという顔をしている。図書委員には本好きの人が多いのは事実だ。だが、田所さんの本好きは、そのレベルを超えているのだろう。
それは、回遊魚のようなものだ。泳ぎ続けなければいけない回遊魚のように、本を読み続けたい田所さんが、図書室にいるのに本が読めない状況は拷問のようなものだろう。
そんな会話を経て田所さんを見送り、私は図書室を閉めて帰路についた。
0
あなたにおすすめの小説
せんせいとおばさん
悠生ゆう
恋愛
創作百合
樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。
※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。
名もなき春に解ける雪
天継 理恵
恋愛
春。
新しい制服、新しいクラス、新しい友達。
どこにでもいる普通の女子高生・桜井羽澄は、「クラスにちゃんと馴染むこと」を目指して、入学早々、友達作りに奔走していた。
そんな羽澄が、図書室で出会ったのは——
輝く黒髪に、セーラー服の長いスカートをひらりと揺らす、まるで絵画から抜け出したような美しい同級生、白雪 汀。
その綺麗すぎる存在感から浮いている白雪は、言葉遣いも距離感も考え方も特異で、羽澄の知っている“普通”とは何もかもが違っていた。
名前を呼ばれたこと。
目を見て、話を聞いてもらえたこと。
偽らないままの自分を、受け入れてくれたこと——
小さなきっかけのひとつひとつが、羽澄の胸にじわりと積もっていく。
この気持ちは憧れなのか、恋なのか?
迷う羽澄の心は、静かに、けれど確かに、白雪へと傾いていく——
春の光にゆっくりと芽生えていく、少女たちの恋と、成長の物語。
旧正月の提灯の下で、君の唇が甘かった
南條 綾
恋愛
旧正月の喧騒を抜けた路地裏で、私はいつものように半歩遅れて彼女の背中を追っていた。
美咲の長い黒髪が街灯に揺れるたび、胸がざわつく。
人混みを避けて連れて行かれた小さな公園のベンチ。
冷たい風に震える彼女の指を握り返したら、
「今年も一緒にいられてよかった」
小さな声で、でもはっきりと言葉が落ちてきた。
爆竹の音が遠く響く中、
彼女の頬に残る胡麻団子の甘い匂いと、初めて触れた唇の柔らかさ。
「……私も」
ようやく絞り出した返事は、自分でも情けないほど震えていた。
旧正月の夜は、まだ終わらない。
この温もりが、来年も、その先も続くように。
私はそっと、彼女の髪に顔を埋めた。
春に狂(くる)う
転生新語
恋愛
先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/
カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761
放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~
楠富 つかさ
恋愛
中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。
佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。
「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」
放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。
――けれど、佑奈は思う。
「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」
特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。
放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。
4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる