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第3話
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リンリンの恋人のことを知っても、ベルちゃんの結婚を知っても、当たり前に朝はやってくるし、仕事にも行かなければいけない。
そして、仕事に行けば、恋人ができてウキウキ、ソワソワしているリンリンの姿が嫌でも目に入る。
苦行としか言えない。
それでも会社に行く私はえらいと思う。
とはいえ鋼の心臓なんて持ってはいないから、午前の仕事中はできるだけリンリンを見ないようにして過ごした。
幸せそうなリンリンの横顔なんて見たら泣いちゃうと思う。
そうして静かに昼休みを迎える。
最近はリンリンをランチに誘うこともなくなっていた。
だって、毎回断られるの辛いもの!
ベルちゃんのことは辛いけれど、現実を目の当たりにしなくて良い分だけリンリンよりは辛くない。
心の傷をできるだけ広げないよう、私はランチに向かうために静かに席を立った。
「あ、神奈ちゃん」
そんな私をリンリンが無情にも呼び止める。多分、心臓が一回転したと思う。
「な、なに?」
それでも私は平静を装って笑みを浮かべた。多分、うまくできているはずだ。
「よかったら、今日は一緒にランチしない?」
背景に花びらが舞い散るような可憐な笑みでリンリンが言った。私の心臓はキュンと鳴って、さっきとは反対方向に一回転したみたいだ。良かった、心臓が正常に戻ったよ。
単に一緒にランチに行くだけでこんなにもうれしいのだから、私はやっぱりリンリンのことが好きなんだ。
だけどすぐに、リンリンには恋人がいるのだという現実が押し寄せて、ギュッと心臓が締め付けられる。
それでもリンリンの誘いを断ることなんてできなくて、私たちは会社から徒歩五分の場所にあるカフェに向かった。
店内の席はほぼ埋まっていたけれど、待つことなく席に案内してもらえた。
ランチのメニュー表を見ながら「私、ロコモコ丼にしようかな」とリンリンが言った。
ロコモコ丼と聞いて、ベルちゃんの新婚旅行先はハワイかもしれないな……なんて連想して密やかに落ち込む。
だからこそ敢えて私はリンリンと同じロコモコ丼をオーダーした。
しばらく午前中の仕事の話なんかをしていると、オーダーしたロコモコ丼が届いた。
「おいしそう」
と笑みを浮かべるリンリンを見て、私は嫌な予感に襲われる。
リンリンが久しぶりに私をランチに誘ったのは結婚の報告とかじゃないだろうか。
リンリンに恋人ができたかもしれないというのは私の予測であって確定しているわけではない。
細い糸だけど、まだ完全にフラれたわけじゃないと思うことで精神を保っている状態だ。
もしもその細い糸が切れてしまったら、私は一体どうなるのだろうか。
私はロコモコ丼を食べながらリンリンの様子を伺う。
特別に変わった様子は見られない。
この崖っぷちに立っていつ背中を押されるかわからない状況にジリジリする。
だからつい聞いて仕舞った。
「今日はスマホいいの?」
なんだか嫌味っぽいかもしれない。リンリンは少し眉尻を下げてばつの悪そうな顔をそた。
「ごめん、私……ずっと感じが悪かったよね?」
「い、いや、別にそういうことじゃないし」
私は慌てて否定した。
「昨日、帰り際に神奈ちゃんと話をしたでしょう?」
私は頷く。リンリンはスマホに夢中で仕事を終えると挨拶をしてすぐに帰路についていた。だけど昨日は、仕事終わり間際にちょっとトラブルがあってそれに対応したから「大変だったね」みたいな話を少ししたのだ。
「神奈ちゃんと話をして、すごく久しぶりだなって感じたの。毎日隣で仕事をしてたのに、神奈ちゃんと全然話してなかったなって気付いたの」
リンリンの言葉に私は微妙な気分になった。
だって、話してなかったことに気付かれてなかったんだよ。これって完全に存在を忘れられてたってことじゃない。
リンリンに恋人ができたとかできてないとか、それ以前の問題なんじゃないの?
さっきからロコモコ丼を黙々と食べているのに全く味がしない。
「えっとね……それで、神奈ちゃんにちょっと相談したいことがあるの……」
視界にも入ってなかった私に一体何の相談でしょうか……。そんな荒んだ気持ちが押し寄せるけれど、私はなんとかプライドなのか意地なのかわからない何かを総動員する。
「なに? どんな相談?」
「神奈ちゃんて、今、彼氏と一緒に住んでるんだよね?」
リンリンの言葉に、口の中のロコモコ丼を吹き出しそうになった。
「な、なに? 突然」
「神奈ちゃんが彼氏と同棲中だって聞いたんだけど……もしかして秘密だった?」
生まれてこの方彼氏なんていたことはないし、作ろうと思ったこともないのに同棲なんてしているはずがない。
と思ったけれど、次の瞬間、リンリンの同棲発言の原因について思い当たった。
睦がウチに転がり込んで間もない頃、そんな話題になったことがあるのだ。それはリンリンが入社する前のことだ。
睦のことを彼氏だと勘違いする人がいたのだけれど、私はそれを否定しなかった。
そのまま勘違いしておいてもらった方が「彼氏はいないの?」とか「紹介しようか?」とか「合コンに行かない?」なんて煩わしいことを回避できるからだ。
一緒に住んでいる相手が彼氏ではなく弟だとリンリンには教えてもいいのだけれど、どうして同棲のことを尋ねるのかが気になった。
「秘密とかそういうんじゃないけど……。もしかして恋人から同棲しようとか言われてるの?」
私の脳内イメージでは自ら崖に一歩踏み出した状態だ。
「違うよっ! 私、恋人なんていないもん」
リンリンは顔を赤くして否定した。
その瞬間、空から天使が舞い降りて私を崖のからふわりと持ち上げた。天使たちと手をつなぎ晴れ渡る大空を飛びながらクルクルと踊る。
私の脳内イメージは地獄から天国くらいの大騒ぎだったけれど、そんなことに気付く様子もなくリンリンはつづけた。
「でも……ちょっと気になる人はいるんだよ。私、あんまり恋愛経験がないから神奈ちゃんに相談したいな、と思って」
脳内の天使たちが私から手を離した。私は真っ逆さまに落ちていく。
つまりリンリンは彼氏と同棲中で恋愛経験豊富な私に恋愛相談をしたかったということだ。
まだ恋人はいないみたいだけど、こんなにかわいいリンリンに好かれているのならあっという間に恋人になってしまうじゃないか。
そもそも私は恋愛経験ゼロだ。そのステータスは全く上げていない。
短いランチタイムに何度もフラれているような気分だ。
だけど考えようによってはチャンスかもしれない。
リンリンが想い人とうまくいかないようにさりげなくアドバイスをするのだ。そうすればリンリンに恋人はできない!
って、経験値ゼロの私がそんな高度なことできるわけないじゃないっ!
それにリンリンが悲しむことを率先してやることなんてできるわけがない。
だけど、その想い人がどんな人なのか知りたい。もしも悪いヤツなら心を鬼にしてでもリンリンを諦めさせよう。
「気になる人って……どんな人なの?」
「実はね……。気になるって言っても、名前も顔もしらないんだよね」
「へ?」
私は思わず変な声を上げてしまった。
そして、仕事に行けば、恋人ができてウキウキ、ソワソワしているリンリンの姿が嫌でも目に入る。
苦行としか言えない。
それでも会社に行く私はえらいと思う。
とはいえ鋼の心臓なんて持ってはいないから、午前の仕事中はできるだけリンリンを見ないようにして過ごした。
幸せそうなリンリンの横顔なんて見たら泣いちゃうと思う。
そうして静かに昼休みを迎える。
最近はリンリンをランチに誘うこともなくなっていた。
だって、毎回断られるの辛いもの!
ベルちゃんのことは辛いけれど、現実を目の当たりにしなくて良い分だけリンリンよりは辛くない。
心の傷をできるだけ広げないよう、私はランチに向かうために静かに席を立った。
「あ、神奈ちゃん」
そんな私をリンリンが無情にも呼び止める。多分、心臓が一回転したと思う。
「な、なに?」
それでも私は平静を装って笑みを浮かべた。多分、うまくできているはずだ。
「よかったら、今日は一緒にランチしない?」
背景に花びらが舞い散るような可憐な笑みでリンリンが言った。私の心臓はキュンと鳴って、さっきとは反対方向に一回転したみたいだ。良かった、心臓が正常に戻ったよ。
単に一緒にランチに行くだけでこんなにもうれしいのだから、私はやっぱりリンリンのことが好きなんだ。
だけどすぐに、リンリンには恋人がいるのだという現実が押し寄せて、ギュッと心臓が締め付けられる。
それでもリンリンの誘いを断ることなんてできなくて、私たちは会社から徒歩五分の場所にあるカフェに向かった。
店内の席はほぼ埋まっていたけれど、待つことなく席に案内してもらえた。
ランチのメニュー表を見ながら「私、ロコモコ丼にしようかな」とリンリンが言った。
ロコモコ丼と聞いて、ベルちゃんの新婚旅行先はハワイかもしれないな……なんて連想して密やかに落ち込む。
だからこそ敢えて私はリンリンと同じロコモコ丼をオーダーした。
しばらく午前中の仕事の話なんかをしていると、オーダーしたロコモコ丼が届いた。
「おいしそう」
と笑みを浮かべるリンリンを見て、私は嫌な予感に襲われる。
リンリンが久しぶりに私をランチに誘ったのは結婚の報告とかじゃないだろうか。
リンリンに恋人ができたかもしれないというのは私の予測であって確定しているわけではない。
細い糸だけど、まだ完全にフラれたわけじゃないと思うことで精神を保っている状態だ。
もしもその細い糸が切れてしまったら、私は一体どうなるのだろうか。
私はロコモコ丼を食べながらリンリンの様子を伺う。
特別に変わった様子は見られない。
この崖っぷちに立っていつ背中を押されるかわからない状況にジリジリする。
だからつい聞いて仕舞った。
「今日はスマホいいの?」
なんだか嫌味っぽいかもしれない。リンリンは少し眉尻を下げてばつの悪そうな顔をそた。
「ごめん、私……ずっと感じが悪かったよね?」
「い、いや、別にそういうことじゃないし」
私は慌てて否定した。
「昨日、帰り際に神奈ちゃんと話をしたでしょう?」
私は頷く。リンリンはスマホに夢中で仕事を終えると挨拶をしてすぐに帰路についていた。だけど昨日は、仕事終わり間際にちょっとトラブルがあってそれに対応したから「大変だったね」みたいな話を少ししたのだ。
「神奈ちゃんと話をして、すごく久しぶりだなって感じたの。毎日隣で仕事をしてたのに、神奈ちゃんと全然話してなかったなって気付いたの」
リンリンの言葉に私は微妙な気分になった。
だって、話してなかったことに気付かれてなかったんだよ。これって完全に存在を忘れられてたってことじゃない。
リンリンに恋人ができたとかできてないとか、それ以前の問題なんじゃないの?
さっきからロコモコ丼を黙々と食べているのに全く味がしない。
「えっとね……それで、神奈ちゃんにちょっと相談したいことがあるの……」
視界にも入ってなかった私に一体何の相談でしょうか……。そんな荒んだ気持ちが押し寄せるけれど、私はなんとかプライドなのか意地なのかわからない何かを総動員する。
「なに? どんな相談?」
「神奈ちゃんて、今、彼氏と一緒に住んでるんだよね?」
リンリンの言葉に、口の中のロコモコ丼を吹き出しそうになった。
「な、なに? 突然」
「神奈ちゃんが彼氏と同棲中だって聞いたんだけど……もしかして秘密だった?」
生まれてこの方彼氏なんていたことはないし、作ろうと思ったこともないのに同棲なんてしているはずがない。
と思ったけれど、次の瞬間、リンリンの同棲発言の原因について思い当たった。
睦がウチに転がり込んで間もない頃、そんな話題になったことがあるのだ。それはリンリンが入社する前のことだ。
睦のことを彼氏だと勘違いする人がいたのだけれど、私はそれを否定しなかった。
そのまま勘違いしておいてもらった方が「彼氏はいないの?」とか「紹介しようか?」とか「合コンに行かない?」なんて煩わしいことを回避できるからだ。
一緒に住んでいる相手が彼氏ではなく弟だとリンリンには教えてもいいのだけれど、どうして同棲のことを尋ねるのかが気になった。
「秘密とかそういうんじゃないけど……。もしかして恋人から同棲しようとか言われてるの?」
私の脳内イメージでは自ら崖に一歩踏み出した状態だ。
「違うよっ! 私、恋人なんていないもん」
リンリンは顔を赤くして否定した。
その瞬間、空から天使が舞い降りて私を崖のからふわりと持ち上げた。天使たちと手をつなぎ晴れ渡る大空を飛びながらクルクルと踊る。
私の脳内イメージは地獄から天国くらいの大騒ぎだったけれど、そんなことに気付く様子もなくリンリンはつづけた。
「でも……ちょっと気になる人はいるんだよ。私、あんまり恋愛経験がないから神奈ちゃんに相談したいな、と思って」
脳内の天使たちが私から手を離した。私は真っ逆さまに落ちていく。
つまりリンリンは彼氏と同棲中で恋愛経験豊富な私に恋愛相談をしたかったということだ。
まだ恋人はいないみたいだけど、こんなにかわいいリンリンに好かれているのならあっという間に恋人になってしまうじゃないか。
そもそも私は恋愛経験ゼロだ。そのステータスは全く上げていない。
短いランチタイムに何度もフラれているような気分だ。
だけど考えようによってはチャンスかもしれない。
リンリンが想い人とうまくいかないようにさりげなくアドバイスをするのだ。そうすればリンリンに恋人はできない!
って、経験値ゼロの私がそんな高度なことできるわけないじゃないっ!
それにリンリンが悲しむことを率先してやることなんてできるわけがない。
だけど、その想い人がどんな人なのか知りたい。もしも悪いヤツなら心を鬼にしてでもリンリンを諦めさせよう。
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