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土曜と日曜を挟んだ月曜日の朝。どんよりと垂れ下がった分厚い雲からザーザーと雨が落ちていた。今朝のニュースで梅雨入りが伝えられていた。体を覆うような生ぬるい湿気が不快だったが、気分は悪くない。
いつものバスに乗り込み車内を見回して空席を探す。一人掛けの座席がまだ空いていたけれど、私は二人掛けの座席を目指した。そして、まだ混み合っていないのを理由にして通路側の席に座る。
バスがひとつ目のバス停で停車する。乗り込んでくる人の中にセンパイの姿を見つけた。センパイは私を見ると、軽く笑みを浮かべて歩いてくる。そして、私が窓際の席に移動すると、「いいですか?」と確認することなく私の隣に座った。
「おはようございます」
「おはよう」
センパイは、鞄の中からハンドタオルを取り出して、少し濡れた制服の肩を拭きながら言う。
「今日は雨が降ってたから、いるかな? って思ってたんだ」
「はい」
「もしかして、席を取っておいてくれたの?」
「あ、はい」
「でも、お行儀が悪いから、次からはしちゃだめだよ」
「はい……」
「どうしたの? 今日は大人しいね。雨だから?」
「いえ、別に、そんなわけじゃないんですけど……」
自分でもよく分からないが、センパイと何を話せばよいのか分からなくなってしまった。考えてみればセンパイと顔を合わせるのはこれが三回目だ。共通の話題もない。それなのにセンパイと一緒のバスで登校できるかもしれないと浮かれて席を取っておくなんて、とても恥ずかしいことをしてしまったような気がしたのだ。
「うーん、よくわからないけど、元気だしてー」
センパイはそう言うと私の頭にポンポンと軽く触れた。なんだか子ども扱いされたようで少し気恥ずかしくなる。「やめてください」と顔を上げてセンパイを見ると、なぜだか目をキラキラさせていた。
「えっと、何ですか? センパイ」
「髪、すごく触り心地がいいね」
そう言うとセンパイはそろりと私の頭に向かって手を伸ばす。私は思わず体を引いてその手を避けた。
「ちょっとだけ触っていい?」
「え、ヤダ、センパイの目が怖いです」
「大丈夫、大丈夫、痛くしないから、ちょっとだけ」
なんだか怪しげな呪文を唱えるようにつぶやきながら、センパイがグイグイと迫ってくる。バスの座席に座った状態では逃げられるはずもなく、ついに頭を捉えられてしまった。
「この間は気付かなかったけど、いいよー、この髪。湿気で膨らんだりもしないよね」
センパイはうれしそうに私の頭を触りまくる。私は逃げるのを諦めてしばらくなすがままにされた。私の髪型がすっかり乱れ切った頃合いにセンパイはようやく私の頭を解放する。
「この髪質だからショートカットでもいいんだね」
「センパイの髪だってきれいじゃないですか」
「私の髪は針金みたいだよ。その上、湿気が多いと膨らんじゃうから面倒なの」
そう言いながらセンパイは自分の肩に垂れる髪を摘まんだ。私は、センパイの髪に触れてみたいと思った。けれどなんとなく言い出すことができずに俯いた。
いつものように玄関でセンパイと別れて教室に行く。誰もいない雨音だけが響く教室はちょっと物悲しく感じる。ぼんやりと雨粒を眺めていると、藤花と桃が現れた。
「おはよう。今日は起きられたんだね」
私が言うと桃が肩をすくめた。どうやら起こしに行ったようだ。
私は立ち上がって藤花の髪に触れた。
「え、なに?」
藤花がびっくりして少し顔を赤くする。続いて桃の髪にも触れてみた。桃は小首をかしげてなすがままにされている。
友だちの髪には平気で触ることができる。どうしてセンパイの髪には触れられなかったのだろう。
髪に触れるなんて大したことじゃない。センパイだって私の髪をガシガシ触っていた。たしかに三年のセンパイとクラスメートは違う。だけどそんなに構えるほどのことはないはずだ。
私はセンパイの髪を思い出しながら自分の手のひらを見つめた。
いつものバスに乗り込み車内を見回して空席を探す。一人掛けの座席がまだ空いていたけれど、私は二人掛けの座席を目指した。そして、まだ混み合っていないのを理由にして通路側の席に座る。
バスがひとつ目のバス停で停車する。乗り込んでくる人の中にセンパイの姿を見つけた。センパイは私を見ると、軽く笑みを浮かべて歩いてくる。そして、私が窓際の席に移動すると、「いいですか?」と確認することなく私の隣に座った。
「おはようございます」
「おはよう」
センパイは、鞄の中からハンドタオルを取り出して、少し濡れた制服の肩を拭きながら言う。
「今日は雨が降ってたから、いるかな? って思ってたんだ」
「はい」
「もしかして、席を取っておいてくれたの?」
「あ、はい」
「でも、お行儀が悪いから、次からはしちゃだめだよ」
「はい……」
「どうしたの? 今日は大人しいね。雨だから?」
「いえ、別に、そんなわけじゃないんですけど……」
自分でもよく分からないが、センパイと何を話せばよいのか分からなくなってしまった。考えてみればセンパイと顔を合わせるのはこれが三回目だ。共通の話題もない。それなのにセンパイと一緒のバスで登校できるかもしれないと浮かれて席を取っておくなんて、とても恥ずかしいことをしてしまったような気がしたのだ。
「うーん、よくわからないけど、元気だしてー」
センパイはそう言うと私の頭にポンポンと軽く触れた。なんだか子ども扱いされたようで少し気恥ずかしくなる。「やめてください」と顔を上げてセンパイを見ると、なぜだか目をキラキラさせていた。
「えっと、何ですか? センパイ」
「髪、すごく触り心地がいいね」
そう言うとセンパイはそろりと私の頭に向かって手を伸ばす。私は思わず体を引いてその手を避けた。
「ちょっとだけ触っていい?」
「え、ヤダ、センパイの目が怖いです」
「大丈夫、大丈夫、痛くしないから、ちょっとだけ」
なんだか怪しげな呪文を唱えるようにつぶやきながら、センパイがグイグイと迫ってくる。バスの座席に座った状態では逃げられるはずもなく、ついに頭を捉えられてしまった。
「この間は気付かなかったけど、いいよー、この髪。湿気で膨らんだりもしないよね」
センパイはうれしそうに私の頭を触りまくる。私は逃げるのを諦めてしばらくなすがままにされた。私の髪型がすっかり乱れ切った頃合いにセンパイはようやく私の頭を解放する。
「この髪質だからショートカットでもいいんだね」
「センパイの髪だってきれいじゃないですか」
「私の髪は針金みたいだよ。その上、湿気が多いと膨らんじゃうから面倒なの」
そう言いながらセンパイは自分の肩に垂れる髪を摘まんだ。私は、センパイの髪に触れてみたいと思った。けれどなんとなく言い出すことができずに俯いた。
いつものように玄関でセンパイと別れて教室に行く。誰もいない雨音だけが響く教室はちょっと物悲しく感じる。ぼんやりと雨粒を眺めていると、藤花と桃が現れた。
「おはよう。今日は起きられたんだね」
私が言うと桃が肩をすくめた。どうやら起こしに行ったようだ。
私は立ち上がって藤花の髪に触れた。
「え、なに?」
藤花がびっくりして少し顔を赤くする。続いて桃の髪にも触れてみた。桃は小首をかしげてなすがままにされている。
友だちの髪には平気で触ることができる。どうしてセンパイの髪には触れられなかったのだろう。
髪に触れるなんて大したことじゃない。センパイだって私の髪をガシガシ触っていた。たしかに三年のセンパイとクラスメートは違う。だけどそんなに構えるほどのことはないはずだ。
私はセンパイの髪を思い出しながら自分の手のひらを見つめた。
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