自転車センパイ雨キイロ

悠生ゆう

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 それからしばらくして夏休みになった。センパイからメッセは届かないし、夏休み中に会う約束もしていない。
 とりあえず私は夏休みの宿題に取り掛かった。センパイにメッセの交換を申し出た理由に「宿題で分からないところがあったら」と言ってしまった。センパイから連絡が来たとき、宿題をやっていなかったら格好がつかない。
 驚くべきことに夏休みに入って一週間で宿題をすべて終わらせてしまった。分からないところやまだ自信が持てない部分には付箋を張り付けてある。こんなに早く夏休みの宿題を終わらせてしまったのは、小学校の頃から考えてもはじめてだ。
 毎日スマホを眺めているけれど、センパイからのメッセージは届かない。だから付箋を貼った個所を勉強しなおしたり、教科書を見直して改めて分からないところを洗い出したりして時間を潰した。
 七月も終わろうとしていたある夜、ピロンとスマホが鳴った。私は慌てて画面を見る。
『やっほー。明日ヒマなら遊びに行かない?』
 そのメッセージは藤花からだった。メッセなんてこれくらい気楽なものなのだ。難しく考えずにセンパイも気楽に送ってくれればいいのに。そう考えながら藤花に返事を打つ。
『いいよー。どこいくの?』
『適当にブラブラしようと思ってたんだけど、行きたいところある? 桃に聞くと絶対に変なところだから勝手に決めよう』
 私は思わず苦笑いを浮かべる。それから何度かやり取りをして待ち合わせの時間と場所を決めた。
 翌日、待ち合わせの時間から少し遅れて藤花と桃が現れた。藤花が桃に引きずられるようにしているところを見ると、今日も藤花が寝坊したのだろう。
「遅くなってごめんねー」
 桃が言うと、藤花も「ゴメン」と申し訳なさそうに言った。
「そんなに待ってないし、大丈夫だよ」
 私が笑顔で言うと、藤花はパッと元気を取り戻して私と桃の肩に腕を回す。そして「それじゃあ行こう!」と大きな声で言った。
 遊ぶ場所に選んだのは郊外にあるショッピングモールだ。ファッションや雑貨、靴やバッグのショップはもちろん、本屋や映画館、ゲームセンターなども入っている。ここならみんなが楽しめるだろうという理由以上に、涼しいということが決め手になった。
 モールに到着して最初に向かったのはフードコートだ。モールまでの移動だけで、すっかり喉がカラカラに渇いていたので、まずはジュースを飲むことにしたのだ。
 それぞれにジュースを買い、テーブルについてこれからの予定を相談する。
「私、服見たいな。買うお金ないけどね」
 という藤花の言葉に被せるようにして、桃が「あ、アレが見たい!」と、フードコートの壁に貼られたポスターを指さした。
 そこには『ヘンテコいきもの写真展』という文字と、おじさんのようなヒゲの生えた顔の魚の写真があった。
「へー、面白そう」
 藤花も興味深そうにポスターを眺める。
「いいね。それじゃあまずはあの写真展見に行く?」
 私の言葉に二人もすぐに賛同した。
 写真展を見てからショップをブラつこうと決めると、藤花がお手洗いに行くと言って席を立った。
 二人だけになると桃が少し心配そうな顔で私を見た。
「もしかして、藤花ちゃんが強引に誘った?」
「え? 別にそんなことないけど……どうして?」
「ずっとスマホを気にしてたから、他に予定があったのかな? って思って」
 私はドキッとした。そんなにスマホを気にしていただろうか。無意識にメッセージを確認してしまっていたのかもしれない。
「いや、別にそんなことないよ。ずっと暇してたし」
「それならいいんだけど」
 私は笑顔を作って左手に握りしめていたスマホをバッグの中にしまう。センパイは「届かないメッセージを待つのが寂しい」と言った。それを聞いたときはあまりピンと来なかったけれど、今はその気持ちがよく分かる気がした。
 鞄の上からスマホの硬さを確認する。そして藤花と桃と遊びに来ているのだから、今日はセンパイからのメッセージのこと忘れよう、と心に決めた。
 藤花が戻ると三人で写真展に行く。展示会場はそれほど広くなかったが、飾ってある生き物の写真はどれも見たことがないものばかりで面白かった。
 三人で爆笑しながら写真を見て回り、それぞれがお気に入りの生き物の写真が入ったストラップを購入した。さらに私は不思議な形の魚のイラストが入ったハンドタオルも購入した。
 展示会場から目的地も決めずに洋服やバッグなどを見て回り、大きなパンケーキを食べるためにカフェに入った。
「そういえば紫蒼って、三年の先輩と仲いいの?」
 藤花が唐突に切り出す。
「え? うん、まあ」
「やっぱ、そうなんだ。テストのとき、紫蒼が先輩と一緒に勉強してるのを見たって子がいてさ」
 テスト期間中は学習ラウンジで勉強をする生徒が多かったから、その中の誰かが藤花に話したのだろう。センパイとの勉強会のことはなんとなく言えなかったが、特別隠しているわけではない。
「へー、そうなんだねー。どうやって知り合ったの?」
 桃は幸せそうな顔でパンケーキを頬張りながら聞く。
「なんか、偶然ちょっと話す機会があって」
 そう、センパイと仲良くなれたのは偶然だ。それなのに勘違いしてメッセを交換しようなんて言ったのがいけなかったのだ。だからセンパイはメッセージをくれないのかもしれない。そこまで考えて私は頭振る。今日はそのことを忘れようと決めたのだった。
 そんな私の様子に桃も藤花も首をかしげている。
「あ、そんなことより、これからどうする?」
「どうしよう……お腹もいっぱいになったし、ゲーセンでもいかない?」
「いいけど藤花ちゃん、あの気持ち悪いヤツはやらないでね」
「えー、あれが面白いのに」
「藤花、あれってなに?」
「ゾンビが襲ってくるのを銃で倒すゲーム」
「紫蒼も嫌だよね。妙にリアルな映像でブシャーってなるの」
「あー、私もちょっと苦手かも」
 私と桃の意見が一致すると藤花は渋々それ受け入れた。
 雑貨店などを見て回りながらゆっくりとゲーセンに移動して、結局夕方までゲームをして遊んだ。
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