私のお嬢様は……

悠生ゆう

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第17話 お嬢様視点 6 最終話

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「よかった……。プロポーズして本当によかったです」
 サラッとそういうことを言うのは止めてほしい。その度に動揺して思考がストップしてしまう。
「だ、だから父が結婚話を進めてしまうまでに何とか道筋をつけておかなきゃいけないのよ」
「伯母様は承知してくださるでしょうか」
「簡単ではないでしょうね」
「もしも最強のカードが切れないときはどうするんですか?」
「もう少し泥臭い手にはなるけど別の手も考えているから大丈夫よ。ただ、色んな人に迷惑を掛けちゃうと思うけど」
「そうなんですね」
「でも、少なくとも伯母と交渉のテーブルには付けるはずだから、絶対に承知してもらうつもりでいるけどね」
「桜木家と関わりを持ちたくない方なら、交渉のテーブルに着くのも難しいのでは?」
「そこは折江さんに協力してもらうから」
「え? 折江さんってクラスメートの?」
 紗雪にとっては思いがけない名前だったのだろう。キョトンとした顔をしている。
「そう、幼なじみの折江さん」
「どうして折江さんが出てくるんです?」
「折江さん、伯母の娘なのよ。つまり私のいとこね」
「ええっ!」
 紗雪が今日一番の驚きの声を上げた。
「私も中学でそのことを知ったときはびっくりしたわ」
「それってどういうことなんですか?」
「伯母は海外に渡ってから結婚したらしいの。そのときに生まれたのが折江さん。その後離婚をして、折江さんは日本に戻ったお父様が育ててきたの。伯母は再婚しているけど、年に何度か折江さんとも会っているみたいよ」
「すごい偶然ですね」
「伯母は桜木家とのつながりをずっと折江さんに隠していたらしいから、折江さんが関わることを良く思わないかもしれないけど」
「折江さんは大丈夫なんですか?」
「大丈夫とは?」
「その、折江さんも複雑な立場みたいですし……」
 紗雪が言いづらそうに口ごもる。
「ああ、信用できるのかってこと?」
「……はい」
「少なくとも私は信用しているわ。もしもそうでなかったなら、私に見る目が無かったと思って諦めるしかないわね」
「そうですか……」
 なぜか紗雪の表情が冴えない。
「なに? その顔」
「え?」
 紗雪は表情を確かめるように自分の顔を触る。私がジッと紗雪の顔を見ると、バツの悪そうな顔をして紗雪がポツリと言った。
「いや、折江さんと仲がいいんだなと思って……」
 予想外の言葉に私は思わず笑ってしまった。
「嫉妬でもしてるの?」
「嫉妬では……いえ、そうかもしれません」
 紗雪の顔がみるみる曇っていく。
「折江さんとはただの友だちよ」
「いや、そうじゃなくて……」
「なんなの?」
「私は何の役にもたてないのに、折江さんはちゃんとお嬢様の力になれるんだなって……」
「そんなことを気にしてるの? 別に紗雪に何かしてほしくてこの話をしたわけじゃないのよ」
 そう言っても紗雪の顔は晴れない。
 私はソファーから立ち上がると紗雪の前に立った。紗雪は黙って私を見上げる。
 私は紗雪の膝に座って紗雪を抱きしめた。紗雪は少しびっくりしたみたいだけどゆっくりと私の背中に手を回す。
「紗雪はおいしいパンを焼いて、馬鹿みたいに笑っていてくれればいいの」
「馬鹿って……」
「この五年間、私がそれにどれだけ救われてきたか知らないでしょう」
「お嬢様は小さなころからずっとお一人で戦っていたんですね」
 静な紗雪の声が耳元で響く。
「そんなたいしたことじゃないわ」
「私、何も知らなくて……すみません」
「私が話したくなかっただけよ」
「お嬢様、約束してください」
「なに?」
「私には何もできませんけど、お嬢様の話は全部聞きます。だからこれからは、辛いことも、怖いことも、悲しいことも、嬉しいことも全部教えてください」
「うん、わかった」
「一緒に戦うなんて言えませんけど、お嬢様のそばにいて絶対に離れませんから」
「それが一番心強いわ」
「お嬢様が嫌だって言っても、離れませんからね」
「それはこっちの台詞よ。紗雪はこれから一生私のためにパンを焼き続けるのよ」
「なんだかそれだけ聞くと怖い台詞ですね」
「嫌なの?」
「嫌じゃありません。お嬢様においしいと言っていただけるパンを毎日焼き続けます」
 ゆっくりと体を離して目が合うと、どちらからともなくクスクスと笑った。
「でも……」
 紗雪が笑顔を浮かべたまま言う。
「折江さんがいてよかったです」
「ん? 伯母のこと?」
「違います。私はお嬢様より二十歳も年上なので、いずれお嬢様を置いて行ってしまいます。でも折江さんがいればお嬢様は寂しい思いをすることはないでしょう?」
「何を言ってるのよ。私、百歳まで生きるつもりだから、紗雪は百二十歳まで生きなさい。それならお互いに寂しい思いをすることなんてないでしょう?」
 紗雪は一瞬目を大きくしてからケラケラと笑った。
「それは命令ですか?」
「もちろん命令よ」
 紗雪は両手で私の頬を包むとそっと顔を近づけた。キスをされるのかと思ってギュッと目を閉じたら、やわらかな感触が額に触れた。
「美羽、これは百二十歳になるまで毎日美羽のためにパンを焼くという誓です」
 若干の物足りなさと気恥ずかしさを抱えて私は紗雪の唇が触れた額に指を当てる。
 私はスッと紗雪の頬に手を当てると即座に顔を寄せてその唇に自分の唇を押し当てた。一秒にも満たないキスだ。そして紗雪に捕まらないうちにサッと立ち上がって三歩下がる。
 見ると紗雪の右手が何かを掴むように空振りしていた。
「美羽?」
「絶対自由になって紗雪とパン屋さんをやるから。今のはその約束」
 紗雪は行き場の失った手を頭に当ててニッコリと笑うと「はい」と言った。


   おわり
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