エレンディア王国記

火燈スズ

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第3章

139.協力

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 午後、長老の使いがリアに呼びを告げた。集落の中心の、最も大きなテント。昼の光を撥ね返す厚い獣皮の幕が上がると、空気は外よりひんやりしていて、香の匂いが深かった。

 長老は杖を膝に置き、まっすぐリアを見た。両の瞳には疲労の翳りがあるが、芯はまるで石柱だ。

「王家の子よ。――いや、今は開拓の灯と呼ぶべきか」

 リアは片膝をつき、丁重に頭を垂れた。

「お呼びにより参りました」

「昨夜の火、今日の手。わしは見た。……参加したい。おぬしの『エレンディア開拓』とやらに、この部族を」

 テントの外で風鈴のように骨飾りが鳴った。リアは静かに顔を上げる。

「ありがたく存じます。ただし、我らのやり方は、まず問うこと。与えるより前に問う。それでも良いのなら」

「それで良い。」長老は短く答え、杖の先で地面をことりと突いた。

「条件がある。」

「承りましょう」

「永久の、つつましい繁栄だ。」

 リアは目を細める。

「……つまり、部族の暮らしの静けさを守る。必要以上に都市を築かず、大道を敷かず、旗を立てねばならぬ場面でも、旗より風の印を選べ――そういうことで相違ございませんか」

「よく分かっておる。」長老は微笑し、サーシャを呼んだ。少女が入ってくる。先ほどのあどけなさより、幾分凛とした顔つきだ。

「誓いは、わしらのやり方で。――誓いの枝を」

 サーシャが黒く艶のある若枝を持ってきた。真ん中に細い裂け目があり、そこへ双方が一本ずつ、短い草紐をくぐらせて結ぶ。リアは草紐を選ぶ手を一度だけ止め、ほどけにくい半段のずらしを加え、結ぶ。

「風は、流れながらも戻る。」長老が唱える。

「火は、燃やしながらも照らす。」リアが応じる。

「血は、流しながらも繋ぐ。」二人の声が重なった。

 枝がかすかに鳴り、天幕の中の香の煙が輪になってほどける。サーシャは目を潤ませ、小さく手を握った。ティグノーが枝にひくく鼻を寄せ、『……悪くない結びだ』と満足げに言う。

 テントを出ると、昼の光が眩しい。リアはすぐに全員を広場へ集めた。

「――拠点を作る。草原の中心寄り、昨日夜紺蠍王の瘴気が届かなかった台地の肩だ。風が抜け、水筋に近い。地を傷つけない暫定だが、ここで手を合わせ、考えを合わせ、動きを合わせる場にする」

 かくして午後の作業が始まった。

 最初にするのは、測りだ。アレスが細い杭を射って仮の基点を作り、ケニーが縄を張って子どもたちに持たせる。

「まっすぐってむずかしいな!」

「風が押すからね、風に勝つな、風を使え!」

 サーシャは地表の草の向き、蟻の道、土の色で水脈を読む。ヒナは記録布に印をつけ、シャリスが足場の悪い場所へ風足の薄い加護を撒く。カイラとルテラは樹皮柱を立てる係だ。重い柱を持ち上げるとき、ルテラはほとんど無言だが、柱の足元に敷く石を選ぶ手は丁寧で、石一つの向きを変えては、柱の揺れが半分になる。

「ここ、石の目が立っています」

「ほう。」カイラは唇の端をわずかに上げる。

「お見事」

 穴を掘り、杭を打ち、草を刈りすぎないよう束ね、再生のための根残しを確認する。リアは要所で手を止める。

「この草は春の風を呼ぶから残そう」

「この茂みは鳥の道だから、逆U字で道を空ける」と指示を出す。部族の老人がうなずいた。

「……客人、目が風と同じだ」

 途中、ケニーが子どもたちと縄くぐり競争を始め、見事に引っかかって派手に転んだ。

「先生、足が長すぎるのでは?」

「いや違う、縄が短すぎるのだ!」

「じゃあ縄を伸ばせば?」

「伸びない縄もある、人生と同じだ……」

「意味わからない!」

 爆笑の中、ケニーはこっそり転んだ場所に浅いくぼみができているのを見つけ、「ここ、柔らかいっすよ」とリアに告げた。

 掘ってみると、伏流水が浅く走っていた。

「ケニー、転びの才が役立ったな」

「役に立つ転倒、初めて評価されました!」

 日は次第に傾き、草の影が長く伸びる。柱が立ち、布が張られ、道具と記録と水が集まる場所――拠点の骨が姿を現した。風が抜けるよう、布は二重に張らず片側を高く、片側を低く。地面に触れる部分には乾いた葉を敷き、湿りを吸っても交換しやすいよう束にする。

 部族の女たちが「これは楽だ」と目を丸くし、老爺が「昔、祖父が似たことを言っていた」と懐かしそうに笑う。
『風と火が、ようやく同じ小屋で飯を食い始めたというわけじゃな』ティグノーが肩で小さくあくびをした。

 夕刻、仕事を一旦切り上げる。拠点の真ん中に小さな石囲いを作り、慎ましい火を灯した。初めての火だ。誰も大声を上げず、自然に手を合わせる。長老はここへは来ない。だが、風鈴の骨が遠くでかすかに鳴った。――風が承認を与えたのだ、と誰もが思った。

 帰り道、草の香りは昼より甘く、影は深い紫を含んでいた。集落の灯りが見え、骨飾りが夕風に鳴る。門をくぐったその刹那、空気の張りが違うことに全員が気づいた。鈍い音、罵声、押し合う人波。

 広場の中央で、ハランとティーダが殴り合っていた。ハランの頬には血がにじみ、拳は固い。ティーダは獣のように低く笑い、避け、爪のような拳で頬を掠める。二人を囲む輪は二重、三重になり、止めに入る者の肩を別の誰かが引く。言葉は混ざって意味を失い、ただ怒りだけが形を持つ。

「やめなさい!」サーシャが駆け出そうとし、ヒナが腕をとって制した。

「待ってください。――リア様」

 リアは一歩前へ出た。夕火で縁取られた横顔が冷たく、しかし熱い。肩のティグノーが尾を鳴らし、風の向きが微かに変わる。群衆のざわめきが、ほんの一拍だけ遅れた。

 ハランの拳がもう一度、まっすぐに伸びた。ティーダが笑う。笑いは、誰かの背筋に薄い寒気を走らせた。

 ――その瞬間を、風は分かれ目と呼ぶ。
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